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屍者の誇り  作者: 狭間義人
一章
27/81

二輪

 四階建てのマンションを後にして、向かう先は目と鼻の先にある青いビル。歩いて数分もかからない道のりを足早に進む。

それにしてもシビルさんに手伝いを頼むとはいったいどんな大物だろうか、ターゲットシステムでも世界第三位の金額で上位に君臨する人物だ。もしかしたら厄介ごとに巻き込まれるかもしれない、腰にあるバールを軽く撫で気を引き締める。


 あと少しで目的地に到着というところで、空から黒い塊が飛来する。


『ドッスゥゥゥン!』


 人が降ってきた、もしくは落ちてきた。


「ムウゥ? フジ、ナニシテル?」


 そこに現れたのは自身の身長よりも頭一つ分は大きい黒酔の巨人ことベル・ドゥカティエルさん。今日一日で黒酔のメンバー全員と遭遇することになろうとは、中々に慌ただしい一日だ。


「ど、どうもベルさん。今からシビルさんの手伝いに行く最中で、ベルさんはどこかへお出掛けですか?」


「ウム、テツダイ、エライ。ワレハイマカラ、ボスノトコロニ、イク」


「なるほど」と相づちを打つも会話がそこで止まってしまう。


 流暢とは言えないながらも丁寧な日本語に関心していたが、こちらを値踏みするような相手の視線に次の会話の糸口を探り目を彷徨わせる。しかし、こういった場合における万能の一言を俺は持っている。


「そうだ、ベルさんの出身はどちらになるんですか?」


「アッチ」


 まさかの切り返し。

 海外実習生もとい外国人労働者と同じ場所で働くこともあった俺にとっては万能の質問。海外から遥々(はるばる)やってきた彼らの中にも休憩時間などには孤立する人も少なくなかった、そういった人物に話しかけ引き寄せるのは地元トークである。しかし今回は当てが外れたようだ。


 短い言葉と共に指し示られたのは、すぐ近くあった窓ガラスの大半が割れているビルの一棟。国の名前ならまだしも、方角のみを言われても世界地図が詳細に頭に浮かばない俺にとっては難問である。


「そう、なんですね。……えっと、ご家族もそこに?」


「ワカラナイ。カゾクノキオク、オモイダセナイ」


 先日の会話を思い出す。八年経っても記憶が戻らない人がいると。

 それはどんな心情なのだろう。顔見知りならいざ知らず、碌に家族のことも記憶にない状態が数年間続く世界はとても心細いのではないだろうか。


「それは、大変ですね」


「タイヘン? ワカラナイ。ケド、コクヨウノミンナヤサシイ。ダカラ、オカネタメテ、イツカクニヘカエル。ソレカラ、マタカンガエル」


 特に適した返しが思いつかずに応えた言葉は誤りだった。この世界では彼女にとって黒酔こそ新たな拠り所なのだ、あの夜に黒酔こそが家族であると言った漆黒の少女と目の前にいる人物を重ね合わせる。


「ソロソロ、イク。マタナ、フジ」


「はい、ベルさんも。お気を付けて」


 筋肉隆々の身体を軽やかに跳ねさせながら喫茶店の方角へ行くベルさんの後ろ姿を見送る。

 交わした言葉は少ない、人相もお世辞にもいいとはいえない人物ではあるが良識のある人であるというのはなんとなく理解できた。機会があればまた話をしてみたい、そう思いながら目的地だった青いビルへと足を急がせる。



「よぉ、フジ。さっきの音はベルか?」


 ビルの一階、ガレージから現れたのは白髪の男前。そして大きな機械の塊が一つ。


「はい、急に空から降ってきましたね」


「外に出るときは玄関使えって言ってんだけどなぁ」


 そう言いながら目の前にある機械物を黒い布で拭くシビルさん。見たことも無い形状ながらも、旧世界で見たソレに近い名称が頭に思い浮かぶ。


「シビルさん、それって電二(でんに)ですか?」


「ん? やっぱそう見えるか」と嬉しそうに応える白髪の人。


 電二といえば地上を走る電気自動車や空を舞う飛行型車両と違い、若者の移動手段として定番であった電動二輪車のような形状をしている目の前にある機械物。しかし、以前街中で見かけていたソレとは違い白と赤と青色で彩られた車体は随分とゴツゴツとした形状をしている。


「こいつはな『バイク』っていう大昔に流行っていた原動機を使う代物(しろもの)でな、ちょっと見てろよ」


 そう言いながらハンドル部分と思わしき右レバーにある赤いスイッチに指をかけ、左レバーを引きながらその機械物は唸りを上げる。


『キュキュキュドルゥゥゥン!』


「うわ! なんですかこの音と振動!?」


「ははっ、驚くのも無理はねぇな。昔の車両なんかは全部こんな音がしてたらしいぜ?」


 まるで獣の唸り声を感じさせる轟音。それを手懐けているかのようにハンドルの中央にある銀のスイッチを左に回し、バイクと呼ばれた機械物の唸り声は鳴りを潜める。


「へぇ、すごいですね。そういえば昔読んだ漫画とかで見たことがある気がします。もしかして手伝いってコレが関係しているんですか?」


「いんや、こいつは移動手段さ。これから兄貴たちの所に行って運送の手伝いするんだけどな、一人でやるのも退屈だからフジが暇なら手伝って貰えねぇかと思ってよ。礼ならするぜ、P・B・Zに出るんなら金も必要だろ?」


 それはまるで闘いの催促をされているような言い方。しかし、頼みが荒事ではないことに少しばかり安堵する。

 お金という部分では喫茶店で大金を譲ってもらったばかりではあるが無いよりはあるほうがいいだろう、なによりホタルが世話になっているチームメンバーからの頼みを断るつもりは毛頭ない。


「わかりました、手伝います。シビルさんのお兄さんはどちらに住んでるんですか?」


「よしきたっ! 兄貴たちはこっから数十キロ離れた場所で整備工場に住んでるんだよ、つうか俺の実家だけどな」


「整備工場?」


「んじゃ、これとこれとこれな。サイズは兄貴たちが使ってたモノだから問題ないと思うぞ」


 渡されたのは三つの品。ヘルメットとグローブと厚手のジャケット。


「えっと、これは?」


「俺がバイク運転するから、フジは後ろに乗ってくれ」



 以下、シビルさんからのバイク搭乗説明。


『バイクってのはバランスをとって乗る車体だ、電二みたいに姿勢制御装置なんてついてねぇからな。映画とか漫画で後ろに乗る人間が運転手の腹に手を廻して乗ったりするのを見た事あるかもしれんが、あれはただの演出だな。実際は運転手の体重移動を邪魔するような乗り方を搭乗者はしてはダメなんだ。後ろに乗る場合は専用のステップに足を置いた後に運転手と拳二つ分くらい間をつくる、そんで搭乗者は運転手の肩とかを片手で掴んでもう一方の手で車体を掴んでバランスをとる。それから大事なのは膝だ、最初は恥ずかしいと思うかもしれんが両膝で運転手の尻を挟む。これをニーグリップって言ってな、車体を傾けて曲がる時に必要な技術だ。バイクでコーナーを曲がる時には運転手は身体をその方向へ傾ける、そして搭乗者もそれに合わせて傾ける。バイクを二人で乗るなら運転手と搭乗者が連携した動きをしないとバランスが保てなくなってコケちまうからな。運転をするのは一人でも走行するのは二人の協力が必要ってわけだ』


 以上、説明終わり。


****


 風の中を駆け抜けていく。


 下半身に伝わる振動が気にならないほどの風圧が全身を包み込み、見渡す景色が後方へと過ぎ去っていく。初めて体験する世界は、頭の中にあった迷い事も全て吹き飛ばしてしまうくらいに素晴らしい世界だった。


『どうだ! 気持ちがいいもんだろう!?』


『はい! 凄いです!』


 子供のような感想しか思い浮かばないほどの衝撃の経験。

 ヘルメットの中に仕込まれていたマイクとスピーカーで電話をするように会話ができることも驚きだ。風を切るようにして進み、目の先にある海岸線から潮の香りが吹き抜けていく。

 どうせなら上着を脱ぎ捨てこの風を全身で堪能したいと欲が出てきてしまうが、それは運転手が許してはくれないだろう。シビルさんなりのバイクに乗る礼儀だろうか、安全を疎かにしての搭乗は許さないと釘を刺されていた。


『そこ曲がるぞ!』


 視界が斜めに傾いていく。それに合わせ運転手と同じ方向に身体を傾け、まるで地面がすぐ隣にあるかのような感覚に思わず緊張の糸が張り詰める。

 曲がり角を抜け一度減速した車体は再び速度を上げ、元の垂直に起き上がり二人でそれに合わせて姿勢を戻す。


 最初は抵抗もあった。男っぽいとはいえシビルさんも女性だ、その華奢な肩を掴み尻を膝で挟むというのは俺にとってはハードルが高い。しかしそれはもう過去の話、慣れてしまえばなんてことはない。


 曲がり角から少し走り、辺りの景色は表情を変えていく。

 整備工場と聞いてもあまり想像がつかなかったのだが、辺り一面は鉄の山。何かの設備だったり車両の亡骸が無造作に積み上げられてできた要塞。その間を速度を落とした車両が緩やかに抜けていく。そして古ぼけたプレハブ小屋の前でバイクは停止した。


「おし、到着。フジ、先に降りてくれ」


 指示された通りにバイクから降りヘルメットを脱ぐ。今まで身体の蒸気を飛ばしていた風もなくなり、じんわりと汗が浮かび始める。


「ここがシビルさんの実家ですか?」


「ああ、住むところはもっと奥の方だけどな」


 そう言いながら慣れた足つきで車体を支えるバーを出しバイクを立てかける。ヘルメットをバイクの両側にある小さな鏡に被せシビルさんが大声で呼びかける。


「おおぉい! 兄貴! 手伝いにきたぞ!」


 余りにも大きな声に耳を塞ごうかと思うも、手にあるヘルメットを落とせまいと代わりに目を瞑る。その声に反応してか鉄くずの間からがっしりとした体格の男が二人姿を現した。


「え、え、えええええええええ! シビルが男連れてきてるううううううう!」


「ど、ど、どうするんだ兄ちゃん!? あれか! 赤飯炊くのかこの場合!」


 とてつもない大きな声の歓迎を受ける。


「悪いな、アレがウチの馬鹿兄貴の二人だ」


 まるで残念なモノを紹介するかのように首を垂らし、頭を掻く姿は初めて見る仕草。今までの彼女は常に自信がある態度ではあったが、やはり家族の前だと幾分か素に戻るのかもしれない。


「おい、兄貴! 言っとくけどこいつは俺のじゃなくて、この前連れてきたホタルの仲間だからな」


「マジでかぁ……ホタルちゃん、彼氏いたんだ……」


「そんなぁ……俺たちの、女神がぁ……」


「妹のダチをなに狙ってやがんだよ、クソ兄貴どもが!」


 一口に『きょうだい』と言っても人それぞれだなと感じた瞬間であった。

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