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屍者の誇り  作者: 狭間義人
一章
26/81

静かなる休日に木漏れ日を

 出会い頭に『気味が悪い』と女子から言われれば健全な男子はどう思うだろうか。きっと泣きたくなるだろう、だがパンツ一枚で女子会へ召喚された男子の心臓は頑丈だ。泣いてなんかいない、泣いていないんだ。


「ちょっと、トウコ失礼でしょ? 気味悪くなんかないわよ、今もこうして買い出し手伝ってもらってるんだし。フジくんは優しい人だと思うけど」


「そうじゃない、分かるんだよ。そいつからは私と同じ()()がする、そして見えないというよりは誤魔化していると表現するのが正しいか? とにかくお前はこのマンションに近寄るな、そうでなきゃ頭をカチ割るぞ」


 女神のような寵愛を与えられたかと思えば、悪魔のような処刑宣告を下され口を開くことができない。

 あからさまな敵対視を向けられ両腕には大量の荷物があるため身動きも取れない、どうしたものか。


「あのね、そろそろ怒るわよ? 訳わからないこと言ってないでもう図書館にでも行けばいいじゃない」


「ダメだ、今からこいつに質問をする。その答えによってはここを通してもいい」


「はぁ、またそれ? フジくん悪いけど少しトウコとのお話に付き合ってもらえる?」と、呆れた口調で言われる。


「はい……わかりました」


 恐らくこの場においてそれ以外の選択肢はない。

 小柄な体格で上下半袖のジャージらしき服を着た鈴木刀子からは殺気立った視線を感じ、首元に牙でも立てられているような寒気すら覚える。先日ホタルが言っていた黒酔の知恵者からは一体どんな質問が投げかけられるのか。


「二つ質問をする。ホタルと行動を共にしていたとあれば細かい説明は省くぞ。まず一つ目、ウイルスが蔓延し『感染者』または『ゾンビ』などと呼び方は様々だが、あの時そいつらは()()()()()()()()()()()()()()()()?」


 いきなりの難問だ。

 何故あのように、そして動いているという大雑把な行動の括りでは、どう答えればいいのか想像もつかない。


「あの、何故とは――」


「そちらからの質問は無しだ、私の質問に思い浮かんだことを正直に答えろ。ちなみにこの質問には正解なんぞない、人によって答えが変わるからな」


 あまりにも理不尽な要求。そして正解はないということはこちらの答えをトウコという人物が気に入るかどうかということだ。


 改めて思い返す、俺たちがゾンビと呼称していた存在について。ウイルスに感染した人間が悪鬼にでも憑りつかれたかのように人を襲い、噛みつき人の肉を喰らうその姿。

 ただ殺すためにとは違う、それならもっと別の方法もあるはずだ。食事とも違う、ゾンビは人の肉は喰らうが喉に通すわけでもなくただ肉片を噛み続けているだけであった。それでは何故あのような行動をとっていたか、言われた通りに思い浮かんだ言葉を口にする。


「仲間が、欲しかったから……ですかね」


「ほう、そうか。まぁいいだろう、それでは次の質問だ。旧世界から様々な事柄が変わったこの世界だが、()()()()()()()()()?」


 またしても難問。

 人間が絶滅して代わりに屍者がこの世界の住人になった時代。そこに必要だと感じたことは何か。


「正しいこと、正しい行いをすることが必要だと――」


「はぁ!? 正しいとはなんだ、いったい誰がそれを判断するんだこんな無法者の世界で。だいたいそれは本当にお前の意見か?」と、苛立つように返される。


「あ、いえ。さっきホタルと話した時に、そう感じただけで」


「そんな良識人ぶった考えは捨てろ、ホタルと何を話したかもここでは忘れろ。今聞いているのはお前の意見だ、他人の言葉ではなくお前が考えた言葉で語れ。それとも他人の意見に便乗したそれがお前の本音か?」


 頭を叩きつけられたように全身が揺らぐ。他人の言葉ではなく自分の言葉。

 改めて思考を巡らせる、己の言葉を探すために。

 この世界に転生して、人間の肉体から屍者の身体に変異したことにより様々な事情が変わった。死という人間であれば終焉を指し示す結果が、この世界ではとても軽い存在に変わった。不老という通常の人間であれば渇望するような現象が当たり前になり、暴力で物事が解決されてしまう日常。


 そんな世界に何が必要か。 


「自分……です」


「ん? 自分とは、どういう意味だ。まさかこの世界で英雄にでもなりたいとでも?」


「ち、違います! ええっと、この世界は……暴力的に感じます。それは人を戒める法律も国もないからであって、人類保全機構がいっている自由という言葉に踊らされているのではないかのかな、と。そして自分を見失ってしまった人が多くいるのではないかと思って……」


 思い返すのは昨日の出来事。友人を襲ったあの兄弟もきっと昔は普通の暮らしをしていたはずだ。それがこの自由な世界で力に溺れ自分を見失ってしまい、他人への迷惑なんかを顧みなくなってしまったのではないかと感じた。頭に思い浮かんだ言葉を口にした結果だ。


「そうか、それは考えてもみなかったな……成程、自分か。面白いな」


 小さく言葉を繰り返しながら小柄な少女は思考に耽る。


「どうだった、トウコ。満足した?」隣で様子見をしていたサラさんが少女へ話しかける。


「ああ、満足だ。そうだなフジサワ、フジといったな? お前はなかなかに面白いやつだ、いいだろう。サラの手伝いを許可する」


 やったね、気味が悪いやつから面白いやつにランクアップした。したのか?

 彼女が放っていた殺気めいた気配はなくなっており、相変わらず鋭い目つきだがこちらへの警戒を解いたように感じる。


「もう、許可だなんて偉そうに。いきましょ、フジくん」


「あのその前に、トウコさん。質問をしてもいいですか?」と、気になった事を口にする。


「なんだ?」


「今の二つの質問にはどういった意味が?」


「ああ、それか。簡単な話だ。一つ目の質問はあの地獄のような世界に何を求めたかを意味する。ゾンビと呼ばれていた存在はいわば鏡だ、それがどのように動いているかと人によっての見方は様々だ。例えば人を殺していると感じたのであれば、そう感じたヤツは躊躇なくあの世界でも人を殺していただろう。そしてフジ、お前は仲間を求めたと言ったな? つまりあのくそったれのような世界でもお前は仲間を求めて行動したのだろうな、ホタルと共に生き延びたというのであれば納得のいく見解だ」


 ごめんなさい、簡単な話には聞こえないです。


「そして二つ目の質問はもっと単純だ。何が必要かとは、この世界で何を欲しているかという意味だ。そしてお前は面白いことに自分と答えた。実に面白い、とんだ押し付けだ。そもそも自分とは多種多様な受け取り方ができるわけだが、自己愛や自尊心、()()ともとれるだろうか? 人間から屍者になったというのに、つまりは屍者の誇りとでも言い表すのかこの場合? ハッ! 笑えるな、夢想家なのかそれとも扇動者か。まぁいい、ちなみに今までのこの質問の見解にソースはないぞ、なにせ私の持論に基づくものだからな」


 すみません、ちょっとなにいってるかわからないです。


「ソース? なんで調味料がでてくるのトウコ」


「気にするな、それよりもフジ。忠告というよりも一つアドバイスをしておこう」


「は、はい」と、思わず姿勢を正す。


「恐らくだがお前は長く生き延びたんだろうな、あの世界で。そして長く生き残ったヤツほど引かれ合うんだ、この世界ではな。お前がここにいることがなによりもその証拠だ、そしてよく聞け。あの世界で長生きした誰もが()()()()()()()()()。普通の人間ではまともではいられなかったからな、自分を偽り、忘れ、壊して生き残ったんだ」


 どういう、意味だろう。


「私がお前を警戒したのは不透明だったからだ。得体の知れないとも言い換えてもいいかな、私は鼻が利くんだ。だからこそわかる。とにかく今後、目の前に現れる人物が全て真実を語るとは思うな。しっかりと自分で見極めろ、以上だ」


 あまりにも雑な助言でも、こちらを案じてのことなら素直に受け取ることにしよう。正直訳が分からないのだが。


「わかり、ました。ありがとうございます」


「ではな、フジ。また機会があれば話そう、あのモジャ男に比べればまだ話せるやつだよ」


 そう言い残して小柄な少女は片手に紙製の本らしき物を持ち、目の前から去っていった。

 しかし、モジャ男ことマサノブは黒酔の人たちと昔何かあったのか、トウコという人物の言い回しからはあまり好意的には思えなかったが。


「それじゃフジくん行きましょうか、重いでしょ」


「え? ああ、はい」


 機関銃のような言葉の嵐を前にすっかりと忘れていた両腕の重さを思い出す。黒酔の知恵者、恐ろしい台風のような人物であった。



 マンションのエレベーターに乗り、サラさんが四階のボタンを押すと同時に密室の中、柔らかな甘い匂いが鼻腔をくすぐる。


「トウコって変わってるでしょ? いつも本ばかり読んでるんだけど、本好きな人って皆あんな感じなのかしら」


「それは違うと思いますよ、トウコさんは……個性的ですよね」


 個性的、実に便利な言葉。


「そうねぇ、ところでフジくんはさっきの自動販売機でなにを買おうとしてたの?」


「食べ物でも買おうかと思っていたんです、朝から何も食べていなくて」


「そうだったの、ごめんね。それならさっきのトウコのお詫びと手伝ってくれたお礼も兼ねてウチで食べてく? 丁度お昼時だし」


「いいんですか!?」


「もちろん! 大したものは出せないけどね」


「ありがとうございます、いただきます」


 女子からの手料理、それはどんな苦境をも乗り越えられる魔法の一品。両腕の重みも今では軽いくらいだ。


 エレベーターが止まり扉が開く。長く伸びる廊下にはいくつもの扉が一定の間隔で並んでいる。一つの階層に十部屋くらいだろうか、そのうちこちらから見て一番手前の四〇一号室と記されている扉が開く。


「ん? サラ、とフジじゃねぇか。どうしたんだ、二人で?」


 そこに現れたのは白髪のショートカット、服は黒いツナギを着ている人物。本田志美瑠さんだ。


「罰ゲームの買い出しよ、それをフジくんに手伝ってもらってるの。フジくん、左手の紙袋を一つ頂戴」


「はい、どうぞ」と、紙袋を渡し、一つ分の重さがなくなり少しの解放感を得る。


「おお、サンキュ! ところでフジ、今日はこの後予定でもあるのか?」


「今からフジくんは私とお昼ご飯食べるけど、もしかしてまたお手伝い?」


「そうなんだよ、それでフジがよけりゃ手伝ってもらいてぇんだが」


 こちらを覗うように見るシビルさん。今日は休日だと決め込んではいたが、先日お世話になった人物からの頼みをないがしろにするほど俺も不出来な男ではない。


「大丈夫ですよ、俺で手伝えることなら」


「お! いいね、そんじゃ飯食ったあとでいいからよ、あそこに見える青いビルの所まで来てもらえるか? 一階で作業してるから、んじゃ後でな」


 そう指し示したのはこのマンションから遠くない場所にある青いビル。颯爽と少年のように言い残しエレベーターへ向かう白髪の人。


「シビルったら、フジくんのこと気に入ったみたいね」


「そう、なんですか?」


「ほら、黒酔って女の子ばかりのチームじゃない? 男の子っぽい性格のシビルからしたら嬉しいんじゃないかしら、フジくんみたいな友達ができて」


 まだ出逢って数日も経ってはいないが友人とみられるのは嬉しいものだ。その為なら人肌脱ごう。


 その後、四〇二号室のサラさんの部屋にお邪魔してお昼ご飯をいただいた。

 メニューは白いご飯とお味噌汁、鮮やかに彩られたサラダにマヨネーズが添えられた唐揚げを美味しくご馳走になった。


 大きな窓を覆うカーテンからは、優しい木漏れ日のような日差しが部屋の中へ入り込んでいた。

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