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屍者の誇り  作者: 狭間義人
一章
24/81

正しいこと

 じわりと滲む汗を額に感じ目を覚ます。

 部屋の天井を眺めながら、この空間にも少し慣れてきたなと感じつつ身体を起こそうとして違和感に気付く。


「んっ……」


 この部屋の主が使用していたであろうベッドをそのまま使わせてもらっているわけだが、ダブルベッドのそれは俺一人で十分に感じられる程の大きさをしていたはずだが妙に狭い。


 隣で誰か寝ている。色っぽい寝息をたて、心地よさげに微睡みを満喫しているような気配がある。


 おいおいおい、新世界ってのには困ったものだ。まさかこの俺が、こんなプレイボーイのような朝を迎えるなんて誰が想像できただろうか。


 まったく、いったいどこの子猫ちゃんが迷い込んだんだい?


 はやる気持ちを抑えつつ、顔を確認しようと被っていたタオルケットに手をかけ、眠りを妨げないようにゆっくりとめくる。するとそこには、黒くてもっさりドレッドヘアー。


「なんでだよっ!!」


「んぎゃ!」 


 思わず蹴飛ばしてしまった。


「いてて、なんだよダイト……起こすならもっと優しく起こせって……」


「なんだよじゃないだろ! どうしてマサノブが同じベッドで寝てんだよ!」


 これは怒っていいはずだ。すこぶる腹を立てていい案件だ。


「そんなに怒鳴んなって、昔はよく同じマットレスとかで寝てたじゃん」


「非常事態だったからだ! というかなんで部屋にいるんだよ!?」


「鍵空いてたぜ? 不用心だな、お前も」


 鍵が空いていたから部屋に入っていい訳でも、ましてやベッドに侵入してもいいなんてことはありえない訳だが。こうしていても話が進まないのでさっさと企みを吐かせることにする。


「もういい、それで? なんか用か?」


「用というか、まぁ昨日の礼だな。ありがとな、金を取り返してくれて」


「あ……ああ、別にいいよ。それくらい」


 昨夜は確かマサノブからお金を奪った赤隈兄弟に会いに行ったんだ。


『チガウ』


 そして、交渉は難航したがなんとかお金を返してくれるように説得できたんだ。お金と言っても電子通貨な為すぐに事は済んだ、確かそうだ。

 弟の方はだいぶ渋っていたが、兄の方は見た目によらず聡明な人物であった。人を見かけで判断するなとはよく言ったもので、交渉が終わった後には酒盛りでもしたんだっけ。所々と記憶がないあたりかなりの量をのんでしまったようだ。


「赤隈さんだっけ、見た目は怖かったけど話せばちゃんとわかる人でよかったよ」


「はぁ……またか……」


「どうしたマサノブ?」


「ん……いや、そうだな。さすがだぜ! やっぱ昔から交渉事はダイトの得意分野だもんな!」


 少し寂しそうな顔を浮かべたかと思いきや、急にこちらを持ち上げてくるのだからやや気味が悪い。それよりも問い詰めなければならない事柄がある。


「それで、なんで俺の部屋にきて同じベッドで寝てたんだ?」


「いやぁ昨日遅くまで喫茶店で待ってたんだけどさ、時間も遅かったしマッキーを家に送った後は俺も部屋に戻って風呂入って着替えてから端末を確認したんだ。そしたら金が振り込まれてたからさ、ダイトがうまくやってくれたんだろうなって思ってこの部屋まで来たんだ。んで、呼びかけても返事がねぇから心配になって扉開けようとしたら鍵がかかってないじゃん? 中に入ったらシャワーでも浴びたんか知らんけど髪とか濡れてる状態のダイトがベッドで寝てるのを見てよ、俺も安心して眠くなってきたから空いてるスペース借りて寝てたんだわ」


 どうしてそこで同じベッドで寝るという選択肢が起きるのか、たまにマサノブの行動は理解できない時がある。それでもこうして人から心配されるというのは嫌ではない。

 しかしナオやマッキーが入り込んでくるのなら可愛げがあるというものだが二十代の男の寝床に、同じく二十代の男が侵入してくるのはよろしくない、とてもよろしくない。大きなため息が漏れてしまう。


「頼むから、眠かったとしても今度からはソファーでも使ってくれ」


「あいあい、了解っす。それで昨日の礼といっちゃなんだが……」


「なんだ?」


「ハグハグチュッチュッしてやるぜぇ!」


「うるせぇ!!」


*************************


 太陽も高々と昇り、お昼前の時間帯に街を歩く。

 マサノブを部屋からたたき出した後、唐突に胃袋が鳴り部屋に買い置きの食料もないため喫茶店へ赴くことにした。

 

 今日は休みにしよう。この世界へ転生をしてから慌ただしい日々を送っていたのだからたまにはいいだろう。休むということはとても重要なこと、あの平和な世界から学んだ教訓である。何もしない日でなく、なにもしないでいい日をしっかり管理できてこそ大人であると教えられた。


 つまり俺はまだ中身が子供ということだ。

 腰にはベルトの間にバールを差し出歩くことが癖になっているあたり、あの日からまともな休みというのを持つことがとても難しい。


『カラン』


 店内へ入るとひんやりとした空気に包まれ身体の熱が奪われる。

 暑い場所から急に寒い場所へいくと自律神経が乱れるというが、この屍者の身体にもその神経は通っているのだろうか。


「ダイト、昨日は大変だったみたいだな」


 カウンター席に座る全身を黒で纏った少女から声がかかる。


「ホタル。マサノブから聞いたのか?」


 そう言いながら少女の隣の席へ腰を下ろす。


「いや、マキから聞いた所だ。その様子だと無事に解決したようでなによりだ」


 巻き込みたくはないと言っていたのだからマサノブから話がいくのは確かにおかしい。そして名前が挙がった喫茶店の主が席に座る俺を見つめていた。


「じぃぃぃぃぃぃぃ」


 いや、睨まれている。口を一文字にしてこちらの様子を窺がっている。


「ええっと、マキちゃんどうしたのかな?」


「べっつにぃ、はいメニュー」


 今までに見たこともない素っ気ない態度でメニューを渡され動揺する。何かしてしまっただろうか。

 昨日までのここでの行いを振り返ってもとくに思い当たる節がない。


「昨夜マサノブから誤った話を聞いたようでな、私が訂正したところだ。()()()()()


「え? ああ、うんわかった」


 そう言われてしまってはもう何も言えないのだが、マサノブは一体どんな話をこの子にしたのだろうか。今度それとなく聞いてみよう。


「それよりもデビューおめでとう、と言っておこうか。まぁこうなるだろうとはわかってはいたが」


「デビュー?」


「端末に『ターゲット』というアプリがある、それを見てみろ」


 こういったやり取りは何度目だろうか。一度全てのアプリを確認しておこう、食後に部屋に帰った後にでも。

 端末を起動し、アプリの中からターゲットと記されたアイコンをタップして立ち上げるとそこには『通報』などという物騒な文字が目に留まる。その他にも様々な言葉で分けられているアイコンが映し出されている。


「これは?」


「この世界にあるターゲットシステムというやつでな、一番下にある『名前検索』とあるアイコンから自分の名前を検索してみろ。その端末を登録した時と同じ名前をだ」


 言われるがままに、自身の名前で検索をかけてみると《藤沢大翔 200000 byte》との表示に切り替わる。


「簡単に言えば賞金首のようなものだと思えばいい」


「はぁ!? え、俺が賞金首って、なんで!? 悪いことなんてしていないのに」


「そうだ、この世界では正しいことをしてもそのように値が付けられるんだ。このターゲットシステムは屍者であれば誰でも『通報』が行える。例えば何かの問題に巻き込まれて他の屍者から迷惑行為があったとする、それをこのアプリで通報し世界全域にある人類保全機構が操るドローンや監視カメラで通報内容と相違なければ通報された対象者はターゲットで賞金が懸けられるんだ」


「そんな……通報だなんて、俺はなにも――」


()()()()()()()()()()()()()()()()()。そうさ、ダイトは何も間違えていないから安心しろ。私が保証する。昔、話してくれたではないか『人は他人に迷惑をかけずに生きられない』と」


 それはなんでも一人で解決しようとするホタルを諫める為に使ったどこかで聞いた受け売り言葉。しかし、その他人に対する迷惑に値が付けられるだなんて考えてもみなかった。それに俺はいったいどこでそんな過ちを犯したのか、訳がわからない。

 そういえば昨日、弟の方はお金を返すことに不満を感じていたようだ。あの後に俺への腹いせに通報を行ったとみるべきか。

 だがそれは強奪と黄泉がえりまでさせられたマサノブがあまりにも不憫だったからで、多少言葉は汚かったかもしれないが最後は互いに納得のいく交渉だったと思うのだが。昨夜の記憶が朧げなのが悔しい。


「そう確かに言ったかもしれないけど……」


「もう気にしなくていい、それに私もターゲットだ。ダイトの金額が可愛くみえる程のな」


「え!? そうなのか?」


「端末の画面を一度戻って『討伐金額順』というページを開いたほうが分かりやすいだろうな」


 またも促されるままに端末を言われた通りに操作すると、複数の名前と数字が浮かび上がる。


<河崎 シノ        1206010000 byte>

<ラスカー・イワノフ     692270000 byte>

<本田 志美瑠        523800000 byte>

<鈴木 刀子         413700000 byte>

<ベル・ドゥカティエル    370030000 byte>

<マーフィー・カジュダン   339600000 byte>

<宝塚 蛍          265690000 byte>

<ゲルマン・アダモフ     192450000 byte>

<山羽 沙羅         138820000 byte>

<リック・カルムス      104430000 byte>


 あれれ? 知っている名前が沢山あるぞ?


「あの、ホタルさん? 黒酔の人たちの名前が載っている気が、するのですが?」


「ああ、黒酔にいると厄介ごとによく巻き込まれるものでな。仕方ないんだ」


 想像できるだろうか。まさかご近所の方々に賞金首がいて、しかもこれは全世界での金額順である。


「嘘だろっ!? そんな、だって黒酔の人たちは皆いい人たちばかりなのに、それにホタルが世界で七番目に高い金額だなんて!」


「この通報というのは悪党も利用できるんだ。つまり悪党を成敗すればその分の恨みも買うというわけだ、たとえそれが正しい行いであってもな」


「正しい、行いでも……」


「だから昨日の出来事は気にする必要はない。だが、今度からはそういった問題は私に相談して欲しい。昔の私からは想像つかないだろうが、今ならきっとダイトの役に立てる」


「そんなことはない、前からホタルのことは頼りにしていたよ」


「それでは、どうしてマキがダイトの番号を知っていて私は知らないんだ?」


「あ」


 あまりにも一緒にいることが当たり前過ぎてすっかりと忘れていた。

 ホタルはやや不機嫌な視線をこちらに向けながら自身の端末を差し出してくるのに合わせ、急いで端末を操作し直し赤外線通信を起動する。


「ご、ごめん。別に悪気があった訳じゃないんだ」


「わかっている、ダイトのそういう所は抜けているあたりもな」


 嫌味を言われつつも端末には《電話帳 宝塚 蛍 登録を完了しました》と表示されるのを確認する。


「それでは送金するぞ、生活に困らないぐらいにな」


 その言葉と同時に、慣れた手つきで端末を操作する隣の少女。

 端末から『ピピッ』と音が鳴り、画面には《宝塚 蛍 さんから送金を確認しました》と表示された。


「え? どうして?」


「私からの礼というやつだ。あの時、長い時間を生き延びれたのはダイトのおかげだ。貸してみろ、ちゃんと送金をできたか確認しよう」


 手に持っていた端末を強奪され、俺の端末を操作し始めるホタル。他人に見せるのはマナー違反とマッキーから聞かされていたが別に問題はないだろう。あの時代を一緒に生き延びた仲間なんだ。


「なんだ、大したことないな……」


「どうした?」


「いや、ちゃんと送金できているみたいだ。あまり多くはないが有意義に使ってくれ」


 端末を返され、マイデータが開かれた画面を見るとそこには『所持金 841092 byte』と表示されている。確か俺の所持金は十万バイトを切っていたはずだが。


「は、八十万!? そんな大金受け取れるわけないだろ!? この前もバールを貰ったばかりなのに」


「いいんだ、礼だと言っただろう。この世界で私が大腕を振って歩いていられるのもダイトのおかげなんだ。それに新しい世界ではあまり金は使える場所がない、娯楽施設なんかはないからな。気にせず受け取って欲しい」


 押し付けられた大金をよそに、クールにコーヒーを啜るホタル様。

 先程の不機嫌な態度はどこへやら、どこか満ち足りた表情を見せる漆黒の少女は静かに笑っていた。


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