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屍者の誇り  作者: 狭間義人
一章
22/81

臨機殺人

 店内に静寂が戻り、夜のジャズでも聞こえてくればロマンスが溢れる環境でも残された二人の表情は険しいもの。


「すごい剣幕だったね、ダイトくん」


「ああ、こうならねぇためにも部屋で待ってるように言ったんだけどな」


「いいの? 一人で行かせて。相棒なんでしょ?」


 それは仕方のないこと、ああなってしまった以上は止める方法を俺は知らない。力づくを含めて頼み込めばきっと耳を傾けてはくれるだろうが、そんな気は起きない。


「相棒だからって常に一緒にいるってわけじゃねぇよ。俺は暴走しやすいあいつのストッパー役みたいなもんだったからな、もう役目は終わってるんだよ。『ついてこないでくれ』なんて言われちまったしな」


「ふぅん、変な関係だね。それに立場が逆なんじゃないの? 熱くなりやすそうなのはマサヤンと思うけど」


「そこはまぁ否定できねぇけど、俺だって多少の分別はわきまえれるぜ。ただ、こういう事態にはアイツの方が得意というか」と、諦めまじりにな言葉が漏れる。


「でもさ、黒酔の人たちに言ったほうがよかったんじゃない? せめてホタルちゃんとか」


「言えねえだろ、普通。これは俺の問題だし」


「ダイトくんはいいの?」


「まぁ、ダイトはな。昔っからこういう揉め事は二人でなんとかしてきたし」


 言える訳がない、ホタルにはああいう手合いは任せられない。しかしそれは旧世界の話でこれは俺の、いや俺たちの身勝手な押し付けだ。面倒ごとに巻き込まないように、老夫婦や身体の不自由な人や子供が多かったグループで若い男二人が息巻いていた後遺症なのかもしれない。


「マッキーはまだ会ってからそんなに経ってないけど、ダイトのことはどんな風に見える?」


「んん、誠実で優しいっぽい、かな。でも、人の多い所だとすれ違っても気が付かないかもって感じ?」


「ひでぇ事を涼しい顔で言うなよ……。まぁ、見た目だけならそう見えるのかもな。けどなあいつが普通の人と違うところは『思い込みが激しい』ってところだ」


「げぇ!? まさかストーカーとかしちゃうタイプ!?」と、驚く女店主。


「そうじゃなくてだな、俺たちみたいに『仲間』だと認識した人物を傷つけるようなやつを『敵』だと思い込んだら容赦っつぅか、加減が効かなくなるんだ」


「んん? でもそれって仲間を守る為に闘うってことならカッコいいんじゃない」


「まぁ、そうとも言えるんだがな。あの日を迎えて生存者でグループ行動していた時に物資のことで別のグループと対立したことがあるんだ。その時にさ……ゾンビじゃなくて、普通に生きている人間だったヤツらを手にかけたんだよ」


 そう、それは記憶からなくしてしまいたい出来事。どうしてこの世界では色々な自由が約束されているのに、記憶を自由になくせるようにしなかったのかは数少ない不満点。


「それは……うん。私は長く生きられなかったし、よくわからないけど仕方なかったんじゃない? だってホタルちゃんや物資を守る為にだったんでしょ?」


「違う違う、その時は俺たちが()()()だったんだよ」


「え?」


****


 等間隔で聞こえてくる金属同士がぶつかる音。最初は遠くから聞こえてくる不気味な音は段々と大きく耳に届くようになる。


『カァン……! カァン……! カァン……!』


「兄貴」


「ああ」


 飲みかけの缶を放り投げ、警棒を片手に立ち上がり屋上の入口へと身体を向ける。弟と目を合わせ阿吽の呼吸を確かめ合う。

 ナガブチのヤツ、黒酔に知り合いはいないと最後までほざいていたがやはり嘘か。だがそれは些細な問題だ、明日の予定が今日に前倒しになっただけのこと。


『カァン! カァン! カァン!』


 その音を最後に一瞬の静寂が辺りを支配する。そして、屋上の扉が重く開く。


 鈍い闇から現れたのは、一人の男。服装や体形から察するに昼間ナガブチと一緒にいた平和ボケした面の男。


 とんだ肩透かしだ。黒曜の連中が攻めてきたとすれば俺たちでも苦戦したかもしれないが、まさかたった一人で攻め込んでくるとは。


「なんだ兄ちゃん、昼間ナガブチと一緒にいたヤツじゃねぇか。何か俺たちに用事でも?」


 下卑た笑いを堪えられない弟、だが気持ちはわかる。


「その手にもったバールでなにしようってんだ? んん? まさかお友達の仕返しにでもきたのかなぁ?」


「いや、違うよ」と、穏やかに返す唐変木。


 驚いた、実に冷静な声色だ。怒りに身を任せ、激昂して突っかかってくるかと思いきや随分と落ち着いて見える。

 二歩、三歩とこちらへ近寄り空を眺めるその姿は、近所に散歩でもしにきたかのような調子にこちらも気が抜け落ちる。


「それじゃあ何のようだ? こっちは楽しく晩酌をしていた最中なんだが?」


「話をしようと思って。どうしてマサノブから金を奪ったのかを聞きたいんだ」


「はん、それはな『必要』だったからさ。俺たちは次の闘技大会に向けて金がいるんだよ! だからナガブチからは『協力』してもらっただけだ。大会に出ても勝ち目のある俺たちにな」


「そうか、必要だったから協力させたのか。うん、納得したよ」


 物分かりのいい態度に少し気味の悪さを感じる。しかし、弟はそんなことを気にも止めずに乱暴な足取りで男に近寄る。


「なんだ、あいつの知り合いでも随分お利口さんじゃねぇか。もしかして俺たちの仲間になりたくてここまで来たのか? それならよ、お前も『協力』してくれるか。まずはお互いの信頼関係を築かないとな、それから仲間にするか決めようじゃないか」


 雲の隙間から差し込む月明かりに男の姿が鮮明に浮かび上がる。


 幻か、そいつの身体からは赤い影が揺らぐ。


『パァン!!』


 それは夏の始まりを告げる花火のように、鮮やかな真紅で彩られた。


 噴水のように吹き上がる血しぶきが弟の首元から舞い上がる。そして、顔がどこかへ消えていた。


「はっ……!? なにを……」


 言い掛けて、近くにあった給水タンクを背にするように移動する。

 こいつ仲間を連れてきていやがった。恐らく今のは狙撃かなにか、目の前にいるこいつは単なる囮だ。


「なんだ、案外脆いんだな。屍者の身体って」と、男は呟く。


 何を言っているのか、血しぶきを浴びた男は倒れた弟の上着から端末を探し当て立ち上がる。


「お前ぇ! ふざけんじゃねぇぞ! ああ!? 端末(それ)を元に戻しやがれ!」


「……ロックを掛けてるのか、用心深いな」


 そう言いながらゴミを捨てるかのように端末を血の池に落とす。

 これは挑発だ、あいつの側へ行けば俺も撃たれる。せめてこいつを殺して弟の資金だけでも回収する必要がある。


「汚ねぇ野郎だ! 仲間連れてきてたとはな、いい演技力じゃねぇか」


「仲間? どこに?」


「どっか遠くから狙ってんだろ! わかってんだよ狙撃手(スナイパー)がどっかからこっち見てるんだろ!?」


「狙撃? ああ、そういう選択肢もありなのか。でも、届くのかな? ここかなり高いビルの屋上だろ。昇るのに苦労したんだ」


 まるで世間話でもしに来たかのように飄々とした態度を崩さない。

 足が震える、怯えている。俺が? 違うだろ、これは今から目の前にいる男をぶちのめすのを待ちきれないだけだ。

 しかし、男の言葉は信じたくも無いが事実だ。ここは狙撃ができるような位置ではない、では弟を誰がやった。認めたくはないがここにいる俺とこいつの二人のうちどちらか。そして手に持つ工具に血が滴るのを見て最大限の警鐘を脳内で鳴らす。


「なぁ、アンタまさかワンナーか?」と、問いを投げかける。


 考えられる可能性はそれだ。屍者となり身体能力が向上し、視力も聴力も上がった弟が油断していたとはいえ不意打ち一発で頭を持っていかれるとすれば、同格であるワンナークラスでもない限りあり得ない。

 屍者にとって腕や脚の一本くらいならすぐに転生センターに連れていけば再生できるが、頭もとい脳をやられれば一撃だ。それを防げなかった弟には悪いが、いい囮になったよと後で詫びよう。こいつを殺した後に。


「それは言わない方がいいんじゃないのかな、弱点になると聞いた。どうしてアンタたち兄弟は自分の生きた時間を言いふらしてるんだ?」


「はっ! 自信があるからだよ! ワンナーだと分かれば大抵のヤツは逆らおうとしない。そして俺たちは数々の修羅場をくぐってきた強者だからな」


 それは絶対の自信。今まで殺してきた人間も屍者たちも俺たちに跪くしか能のない雑魚連中。その上に立ってきたのが俺たち泣く子も逃げ出す赤隈兄弟だ。


「そうか、勉強になったよ。ところでアンタ、ええっとお兄さんだっけ? 少しお願いがあるんだけど」


「はぁ!? 頼みなんか聞くかよクソ野郎!」


 不意打ちではない真っ向勝負。手に持つ警棒を振りかざし、男の脳天へ会心の一撃を叩き込む。

 

 決まった。完璧に決まった。

 警棒から滴る血は確実に男の頭を砕き、割れない。なんで?


「もう、いいのか? 少しくらいなら受けてもいいと思ってたんだ。これからアンタにすることを考えれば当然の報いだ。でもあまり長くはしないでもらえないか? こっちもそれなりに痛いから」


「へっ……!? な、なにを! お前はなんで」


「お願いは『持ってる金を全部くれ』ってことなんだけど、いいよな?」


「ふざけんな! ふざけんなよ! クソが!」


 警棒を再び振り上げ殴打を繰り返す。頭へ腕へ胸へ、続けざまに殴れる場所は全て殴打するもびくともしない。なんだこいつ、まるでゴム人形でも殴っているかのような感触に疲れ、何十発と振りぬいた後に警棒を落としてしまった。


「そろそろいいか? それじゃあまずは片手になってもらおうかな」


『ブチンッ』


 それは今までに聞いたことも無い、肉が勢いよく引き千切れる音。最初はなにが起きたかは理解できないでいた。しかし、左半身から湧き上がってくる熱に自らの左腕が彼方へ吹き飛ばされて行くのを目にし、ようやく理解してしまった。


「あ、あ、ああああああ……俺の、俺の左腕が、何をした、何をしやがったてめええぇぇぇぇぇ!!」


「問題ないだろ、片手があれば端末は操作できるんだ。さあ、マサノブの端末に金を――」


「うるせぇええええええ!!」


 腕が飛ばされたことは一度忘れ蹴りをお見舞いしてやろうと、身体を傾けそいつの頭に上段蹴りを放とうとした。瞬間。


「脚もいらないか」


『バキンッ』『ゴッキン』


 視界を宙が舞う。その最中に見た、男の身体は赤い霧に包まれバールを二度振るった。しかしそれはとても常人の動きとは異なり、例えるなら剣士が切り上げと下段払いを立て続けに不格好な体捌きでおこなった連携技。


「いぎゃあああああああああ!」


「うまくいかないな。昔子供の頃にみたアニメの動きを真似してみたんだけど、難しいもんだな」


 察した。こいつ、化け物だ。なんだ今の動きは、予測していたとしても反応できない。


「さて、少し話をしよう」


 そう男はぼやきつつ、俺の腹の上へ馬乗りし地に足をつけて膝を立てる。その膝の上に両腕を置きこちらを冷めた目つきで見下ろしてくる。


「交渉しよう、見ての通り俺は二人よりも強いみたいだ」


 知っている、これは交渉の常套手段。まずは脅迫案。


「今すぐにマサノブの端末に金を全額振り込んでくれ、さもないと頭を砕く」


 次に譲歩案。


「金を振り込んでくれたらアンタを黄泉がえりから回避させてやる。そっちの端末が空になっても弟の端末が残っていれば無一文にはならないんだろう? 黄泉がえりをすると全額消失(ロスト)するとさっき聞いたんだ」


 世界を股に掛けたビジネスマンでもやる交渉の常套手段の一つ。しかし、そんな条件飲める訳がない。


「ふざ、けるなよ。てめぇ! 俺たちを脅そうなんて、くっ……必ず後悔させてやるからな……!」


「頼むよ、俺もあんまりいい気分じゃないんだ」


「うるっせぇ! てめえ、かなり殺し慣れてる態度じゃねぇか! そんな『仕方ない』みたいな面でなにいってやがる!」


「そうは思ってないさ。人が人を殺すのに仕方がないなんて()()()()()()。さっきアンタたちも言ってた通り()()()()()。そう、必要なんだ。アンタの金がマサノブにとって必要だから俺は今こうやってるんだ」


 こいつは、イカれてやがる。一体誰と話をしているんだ、視線がさっきから焦点があってないみたいに揺れている。


「クッソォ……!!」


 なんとか逃れようとするも右腕だけでは拘束を外せない。


「暴れるなよ、それと口はもういらないか」


「ぐっぽぉ!!」


 やめて、こうぐ、くちに、いれ、ないで、やめ、そんな、ればぁ、あげる、みたい、そんな、いやだ、あげ、ないで、やめて、したが、ささる、いたい、いたい、やめて、やめて、やめて、いや、やだ、いや。


『ガッコン』


「…………っ!! か…………っ!!」


「便利だよなバールって。こうやってゾンビとか人間の顎を外して腕を折れば無力化できるんだ。その後は壁や囮にも使えるしさ。聞いてる?」


 だめだ、これは、だめだ。


「端末は……あった。ええっと――なんだロックしてないのか助かるよ。確かこうやって、と。よし、送信完了だ。協力ありがとう、必要だったんだこれが。それとマサノブの連絡先は消しておくよ、もう必要ないだろ?」


 こわい、いやだ、また、しぬ。


「これで用事は済んだんだけど。そうだ、もう少し協力してもらえるかな。屍者の身体が頑丈なのは知っているんだけど……凄いなまだ生きてるんだもんな、これだけ血が流れてても」


 たすけて、くるし、ころし、て。


「ゾンビって不思議な存在だよな、腕が腐り落ちても、内臓が飛び出てもまだ動けるんだから。でも頭を砕くと動かなくなるんだ。それなら脳味噌だけになったらどうなるのかな?」


 この身体の最期の記憶は、目に指を突き刺され頭蓋骨を引きはがされた瞬間に終わりを告げた。





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