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屍者の誇り  作者: 狭間義人
一章
21/81

黄泉がえり

 時刻は午後六時を過ぎ、薄暗い日差しが部屋を染める。薄い曇が空を覆うのも手伝って本来明るい時季でも夜の帳がおりはじめる空模様。


 部屋で特にすることもなく、新居のソファーの上でぼんやりと考えて早数時間。


 友の言葉を信じ部屋に籠るのが正解か、強引にでも力になろうとするのは彼に対する裏切りか。そんな答えのない問題を俺が解けるはずもなく、無駄な時をすごしている実感に虚しさを覚える。


 元々人間である屍者(おれたち)の間で争いがおこるのは当然のことだ。人間たちは争うことで発展をとげてきた種族であることは歴史が証明してくれている。その渦中に身を投じるか、自己判断できる立場にいる俺は選択の余地を遮断する。


 動く、考えるのはその後でいい。それではどう動くか。


 部屋に押し込まれる直前、マサノブは知り合いに相談してみると言っていた。ホタルは巻き込みたくないらしく別に頼れる人物がいるのだろう。あの陽気な性格なら顔も広いはずだ。俺よりも頼りになる人物がいるのであれば下手にこちらで何かをしようとするのは悪い気がする。


 ソファーから立ち上がり、端末を立ち上げ『電話帳』のアイコンを呼び出す。


 引っ込み思案だった俺の背中を押してくれたマサノブ、尻を蹴っ飛ばしてくれたホタル、常に隣にいてくれたナオ、そして俺の言葉を信じてついてきてくれた生存者の人たち。その人たちに誇れるような行動をしよう。


*************************


「やーびっくりしたよ、急に『変な人きてない?』とか電話してくるんだもん」


「ははっ、ごめんね。驚かせちゃって」


 訪れたのは喫茶店。別にマッキーに会いたかったという訳ではない、本当に。

 赤隈兄弟と呼ばれた二人と出逢ったのはこの店の近く、女の子に手を出すような輩なら被害を被りそうな人物の近くに居たほうがいいだろうという判断だ。しかし、夜間に訪れて改めてこの喫茶店の外観に驚かせられる。窓をスモーク張りにでもしているのか、営業しているのか外では判断つかないほどだった。


「マキちゃんはこの辺に住んでるの? こんな遅い時間でも店にいるなんて」


「おやおやぁ? 私の部屋に遊びにきたいのかいダイトくんは」


「ち、違うって! ちょっと気になっただけで。女の子一人でお店に立つのはこの世界では危ないんじゃないかって思ってさ」


「ああ、そゆこと! 私はね近所にある黒酔の人たちと同じマンションに住んでるよん。私が二階を使わせてもらってて、黒酔の人たちが四階に住んでるの」


 それは昨日拉致されたマンションだった。帰り際、ホタルからこのマンションに住んでいるという話をそれとなく聞いたようなきがする。ダメだな、酔っていたせいか記憶が曖昧だ。


「それってこの近くにある茶色のマンション?」


「そだよ。ダイトくんはこの近くに住んでるの?」


「うん、マサノブの住んでる場所の近く。ここから百メートルも離れていないかな」


「おお! そうなるとご近所さんですな。改めてよろしくねぇ!」


「こちらこそよろしく」


「うん! それで危ないんじゃないかって話だけど、このお店は黒酔の人たちから守ってもらってるから案外平気なんだよ。……昔ね、私が東京をうろついてる時に声をかけてもらって。夢だったんだ、自分のお店を持つの」


「夢?」


「うん。私のおじいちゃんとおばあちゃんが喫茶店を開いてて、よく遊びに行ってたんだ。二人が亡くなった後はそのお店を別の人に売り払っちゃって、すぐに取り壊されたの。すごく寂しかったんだ、店に遊びに行ってた時は常連の人たちやおじいちゃんたちが遊んでくれたりしてたんだけど」


 そこで一呼吸、自分用に準備したカフェラテを啜りつつ、再度懐かしむように店主は語る。


「お店のなかはすっごく明るくってね、いつも笑顔が溢れてた。だからね、お店が取り壊されちゃった時もまだ子供だったんだけど『大きくなったら自分のお店を持とう!』って考えてたんだ。へへっ、小さい夢だよね」


「そんなことない、そんなこと……ないよ」


 なにかを成したいという夢に大きいも小さいもない。俺なんて子供の頃から周りに流され、特に夢を追ったことすらなかった。それが目の前にいる少女はどうか、ホタルと同い年の十八歳だったというのにしっかりと地に足をつけて夢を叶えている姿は、眩しすぎる。


「マキちゃんは、凄いね。ちゃんと夢を叶えてるんだし」


「んん? 凄いのは黒酔の人たちだよ。この世界でお店をもつのって余程のこだわりをもった人とか、私みたいな趣味でやってる人たちばかりでさ。さっきダイトくんが心配してくれた通り危ないんだよね、いろいろと。だから黒酔の御用達って看板に守られているからなんとか営業できてるだけなんだよね、このお店」


「そうなんだ。やっぱり……黒酔の人たちって凄いんだね」


「うん! 世界で一番強いからね!」


 勿論マキちゃんも、という気の利いた返しが打てるはずもなく笑顔でそれに応えるしか俺にはできない。人がいる場所には何かしらの過去があり、きっとこの店やマキちゃんや黒酔の人たちの間には何かがあったのだ。


『カラン』


 来客を告げる鐘が鳴る。そろそろ閉店の時間だと言っていたので、どうせなら最後までいようと思っていた。

 黒酔の誰かが来たのかと二人で扉の方角へ顔を向けると、心臓が一つ高鳴る。


「あ……」


「マサヤン! どしたの、その恰好!?」


 その姿は先日、俺が身に着けていた患者衣を着たマサノブがいた。そして、目を逸らした。まるで会いたくない人物に偶然出会ってしまったかのようなその仕草に直感が走る。

 俺だ、マサノブがこの状況で会いたくない人物はきっとここにいる俺だ。


 席をたち、彼の両肩を掴む。


「マサノブ……! あいつらにやられたんだな!?」


「待て待て待て! 大丈夫だから、もう解決したんだ。大丈夫だからさ、なぁ一回落ち着こうぜ! ほら、座って座って! へへっ」


 嘘、つくなよ。

 本当に問題がないなら『大丈夫』なんて言葉はそんなに出てこないんだ。そしてそんな苦しそうな笑い方はしない。


「そいつら、今どこにいるんだ?」


『ドクン、ドクン、ドクン』


「大丈夫だってば! もう俺たちから手を引くように約束させたしよ! もう東京からも出ていっちまったよ」


「どうしたの? 何か揉め事?」


 店主から声が掛かるが今はそちらに振り向けない。


「嘘だろ? そうやって人に心配かけないようにする時は必ず視線を外すんだよ、マサノブは」


『ドクン、ドクン、ドクン、ドクン』


「うっ……! さ、流石は俺の相棒だぜ! まぁ立ち話もなんだしよ、とにかく冷静になろうぜ。な?」


 ごめんな、ずっと頭は冷静なんだ。この世界で目覚めたばかりの時とは違う、頭痛もしない。ゾンビが溢れてトラブルだらけだった時代に自然と身についた心構え。頭は冷たく、身体は熱く。


「頼む、教えてくれ。そうでなきゃ街中全部を探して回るだけだ」


『ドクン、ドクン、ドクン、ドクン、ドクン』


「…………」


 観念したのか、マサノブは口を閉じる。


『ドクン、ドクン、ドクン、ドクン、ドクン、ドクン』


 ブレーキが外れた俺の心臓はさらに加速する。


*************************


 この辺りでは一番高い建物の屋上で見晴らしは最高、とは言えない。なにせ明かりが全くないおかげで何も見えやしない。しかし酒は旨い、空の下でのむビールってのは格別だ。


「あの野郎、けっこう持ってやがったな。ちまちま貯蓄するタイプには見えなかったが」


「それでもこれで参加料一人分は貯まったんじゃないか? 兄貴」


「おう、そうだな。お前の端末にも少し送っておいたぞ。今度女でも買いにいくか?」


「お、サンキュ! かわいそうだよなぁ力の弱いやつってのは、俺たちに喰われる存在でしかねぇんだから、男でも女でも」


「喰いかたに違いはあるけどな」


「げっへっへ! その通りだぜ!」


 大金が手に入り実に気分がいい。

 これで夜空に月でも見えればいい肴になるというのに、空気がよめない雲のおかげで心晴れやかにとまではいかないのは残念だ。


「さて、明日からはどうするかな」


「考えたんだけどよ、ナガブチのヤツと一緒にいたあの兄ちゃん。あいつからも『協力』してもらうべきじゃないか? せっかくこの街で知り合えたんだからよ」


「そうだな、それにこの街には黒酔がいるって噂だ。そいつらを俺たちの下僕にして、なんならここを今後の活動拠点にしてもいいかもな」


「いいね、いいね! やっちまおうぜ、兄貴!」


 あの世界では一年以上生存できたのはほんの極僅か、黒酔の連中は試合動画でしかみたことはないがあれはたいしたことはない。せいぜい俺たちよりもほんの少し長く生き残ったくらいだろう。例え生き残った時間が多少違えど、元々の身体の性能差で充分覆せるというものだ。さらには俺たち兄弟での戦闘経験はそこらの連中に比べて段違いだ。格の違いってのを世界に見せつける時がきたのかな。


 明日からこの世界を変えてやる。そう思うと酒がさらに進むってもんだ。


「なぁ、兄貴。なにか聞こえないか? 風もそんなに強くねぇのに」


「あん?」


『カァン……カァン……カァン……』



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