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屍者の誇り  作者: 狭間義人
一章
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困窮

 人を殺してはならない。それが他人であっても自分であっても当たり前にあった世界の理。

 

 しかし、時と場合によっては変化させなければならない。


 終わりを始めたあの世界は、強者が弱者を喰らうという自然の摂理を表していた。


 それなのに人間という生き物は目を逸らした、向き合おうとしないのだ。


 生者の驕りだ。優しい人間から死んでいく。


 それでも――は違う。生きる為に殺した、食べる為に殺そうとした、助けるために喰わせた。


 そう、全ては仕方のないことだったんだ。


****


「このぐらいでいいかな」


 空を曇天が覆う今日この頃。労働に勤しむのにはやや蒸し暑いが流れる汗は不思議と嫌な気はしない。

 部屋に籠っていても落ち着かないので何かしようと選択したのが労働だ。


 皮肉なもので、旧世界と呼ばれる平和な時代には『労働とは尊いものか?』などと自問自答をしてきた自分が、不安や考え事を紛らわせる為に選んだ手段が働くことなど聞いてあきれる。


 働き口のないこの世界で仕事となるのは端末のアプリにある『フリーワーク』という新世界のシステム。簡単に例えるなら日雇いの仕事。アプリを開くと端末の画面上に近隣のマップが開き、幾つかのアイコンが表示され。マップを辿りアイコンがあった場所まで赴き端末で再検索を開始、すると画面上にその場所特有の仕事が表示され、アイコンの指示通りに条件を満たすと報酬獲得といった流れだ。


 そして俺が選んだのは公衆トイレの掃除。

 仕事開始のアイコンをタップすると、どこから飛んできたのか飛行型のドローンがお掃除グッズを落としていった。これを存分に使えと言われた気がして、思う存分に掃除してやったところだ。


 流石に便器を舐められるほどにとまではいかないが、ここに来た頃に比べれば大分きれいにした所で手を洗い端末の画面でお仕事完了の報告アイコンをタップする。すると、ドローンが再び現れ仕事の具合を監査して『お仕事 お疲れ様でした』と丁寧に労われ、掃除道具を回収しドローンは去っていった。


 獲得報酬の『3500 byte』が振り込まれるも溜息がでる。P・B・Zに参加しようにも百万バイトにはほど遠い現実。いつになっても世知辛い世の中だ。


 掃除を終えた公衆トイレの天井を見ると茶色く汚れた部分があり、その中に白い斑点のようなものが見える。そしてこのトイレの近くには大学の校舎だった建築物がある。

 成程、ここは昔学生たちの憩いの場だったのかもしれない。


「おぉい! ダイト、そんなところでなにしてんだ!」


 トイレから出てきて声を掛けてきたのはドレッドヘアーがお似合いの友人、今日もサングラスがキラリと輝く。


「ああ、マサノブ。フリーワークをしてたんだ、この前教えてもらったやつ」


「げぇ!? マジ? めっちゃ稼ぎ悪いって言ったじゃん」


「それでも確実に稼げるなら悪くないさ。それで、マサノブはお出かけか?」


「いんや、飯でも一緒にどうかと思ってな。昨日もマンションにはいなかったみたいだし」


「なんだよ、電話くらいすればよかったのに」


「ん。まぁ、そうだな。んで、今からどうする?」


「行こうぜ、飯だろ? 俺も腹減ったところだ」


「いいね! 今日は俺が奢ってやんよ」




 一度部屋に戻り軽くシャワーを浴び着替えてから、先日訪れたラーメン屋でラーメン&チャーハンセットなる炭水化物の塊を腹に収め店を後にした。それから俺たちは腹ごなしに近所を散歩することに。


「そっか……ナオちゃんのこと思い出したんだな。悪いな、話してやれなくて」


「いいよ、俺の記憶が急に戻るのを避けるためだろ? 案の定、実家に帰った途端ぶっ倒れちゃったし」


 マサノブに話すのは実家に帰省して思い出した記憶とP・B・Zについて。それと昨日偶然にホタルと会い第四回P・B・Zでナオとホタルが出逢っていたという所まで。黒酔の飲み会に拉致された件については伏せておくことにしよう。


「仕方ないさ、最初の頃なんてそこらじゅうで頭抱えてのたうち回ってる人たちばっかりだったかんな」


「それは……想像するだけでも怖いな。マサノブは実家に帰ってみたりしたのか?」


「おう、今でも母ちゃんが住んでるぜ。昔は興味なんて無かったくせに今じゃ家庭菜園なんかやっててピンピンしてるよ」


 そういえばマサノブの父親は早くに他界していたんだっけ、昔拠点の見張りをしていた時に互いの家族の話をしていたことを思い返す。

 ナオのことを思い出して以来、頭痛がこない。それはつまり妹と同じ時期に俺も最期を迎えたということだろうと内心安堵していた。ズルいもんな、兄貴だけ生き残ったなんて。


「それでナオちゃんのことなんだけどな、俺もホタルとまったく一緒だ。俺も第四回P・B・Zに参加してて、せめて番号だけでも聞いとこうと思ったんだけど周りのガードがきつくてな」


「そんなに凄いのか? コレクトってチームは」


「規模が違うもんなぁ。何千万人といるなかの選抜メンバーで周りにはごつい鎧を着てる親衛隊が常に五十人ぐらい囲ってるからな、近寄れたもんじゃねぇ」


「それは、厄介だな」


 微かな希望を抱いていた。P・B・Zに参加しなくとも、闘技大会の会場へ行けば話せるのではないかという目論見も都合がよすぎる妄想でしかないようだ。


 この世界をおかしいとは感じている。その為にもP・B・Zの優勝は不可欠であるということもわかっている。それでもその前にナオに会って話がしたい、なによりも優先するべきは家族だ。


「よう! ナガブチじゃねぇか!」


 そこへ聞いたことも無い声が背後から聞こえ振り返る。


「げっ! 赤隈(あかぐま)兄弟!」


「なんだぁその反応は? 失礼じゃないか『チームメイト』に向かって。なぁ兄貴?」


「ああ、失礼だな。俺たちにむかってその態度は」


 二人組の大男、身長は俺より頭一つ分は高く兄貴と呼ばれた男は赤いモヒカン頭。そしてもう一人は金髪のモヒカン、言葉遣いも相まってガラの悪さがより際立つ。手には警察が扱うような警棒が握られている。


「もうお前らとのチームは解散しただろ! チームメイトなんかじゃねぇんだよ!」


「おいおい、つれないことを言うじゃねぇかよ。せっかくいい話を持ってきてやったのに」


「そうだよなぁ兄貴、せっかくこうして会いに来てやったんだからよ。もっと愛想よくしろや」


 マサノブが一歩後ずさる、それにならって同じく一歩後ずさる。状況はわからないが、あまりいい関係ではなさそうだ。


「へっ! 話なんて必要ねぇな。もうお前らとは組まねぇと言っただろ」と、マサノブは吐き捨てる。


「そう邪険にするなよ。俺たちはなもう既に第五回P・B・Zの為に動いてんだよ」


「金が必要なんだよ、お互いに協力しあえば稼げるだろ? この世界じゃ『ハーフナー』は貴重だからよ、俺たちみたいな『ワンナー』からのお誘いにはありがたく聞いておくべきだぜ?」


 また知らない単語だ。それにしてもマサノブは困っている様子、なにか力になれればいいのだが。


「お断りだ。お前たちなんかよりもよっっっぽど頼りになる相棒と再会したからよ!」


 そう言いながら俺の肩を抱くマサノブ。唐突に話の中に巻き込まれるもドレッドヘアーから流れる汗をみて緊張を走らせる。


「ああ? なんだそのとっぽい兄ちゃんは、ナガブチの知り合いってんならハーフナーか?」


「さぁな! お前たちには関係ないだろ! ほら、行こうぜダイト」


「あ、ああ……」


 強引に進路を変えられ、大男二人組から離れようとするマサノブに対して再び男たちから声があがる。


「おい! ナガブチ、風の噂ってやつでちょいと気になる情報があるんだけどよ」


「お前、黒酔の女に知り合いがいるって本当か?」


 足を止める。こいつら、今なんて言った?


「知らねえな、あんな物騒な集団と関わりなんかねぇよ。第一もし知り合いがいたところでなんだっていうんだ?」


「決まってんだろ、抱かせろよ! へへっ、あいつら半分は色物だが、もう半分はなかなかイケてるからな」


「そうそう! それに黒酔の連中を犯してやったとなると俺たちの名も売れるってやつよ!」


 昨夜、短いながらも酒をのみ交わした人たち。それをなんだ、物みたいに言いやがってと怒りに震えだしそうになるのを肩を抱く力が強まり俺を制する。


「はっ! ご愁傷様だな、お前たちなんかじゃ黒酔の連中を押し倒すどころか首を刎ねられて終わりだろ! 行くぞ、ダイト」


 再び歩き出した友に促され、大男二人から足早に離れていった。




「はぁぁ、すまねぇ。巻き込んじまって……」


「別にいいよ、相棒なんだろ?」


「へへっ、本当に面目ねぇ……」


 先程までいた場所から離れ、少しでも元気づけようとしたが造られた笑顔には覇気がない。


「さっきチームメイトって言ってたけど、P・B・Zの時に組んだヤツらなのか?」


「ああ、そうだ、俺も馬鹿でよ、少しでも強いヤツらと組もうとした結果があいつらだ。後で知ったことなんだがあの赤隈兄弟は極悪人でさ、平気で力の弱い屍者を襲ったりして評判最悪なんだよ。P・B・Zの時に観客の女の子に手だしたりなんかして、その場でチーム即解散したんだ」


 これは弊害というやつか。マサノブは俺なんかと違い誰とでもすぐに打ち解ける。その結果がたまたま悪い連中に引っ掛かってしまった、それだけの話。


「運が悪かったな。それにしてもワンナーとかハーフナーってどういう意味なんだ?」


「ええと、俺が喰われた時のことは覚えてるんだよな?」


「覚えてるけど……それが?」


「感染が始まったのが七月、そこから半年間生存したのが『ハーフナー』つまり日本では最初の冬まで生き残った人間を差す時に使われる造語で、俺みたいなヤツの事だな。それから一年間生存した連中を『ワンナー』って呼ばれてる。赤隈兄弟は自称だけどたぶんそれぐらいの力は持っているんだとは思う」


「なる、ほどね。それってやっぱり珍しいのかな」


「まぁそうだろうな、全世界人口の約一パーセントって言われてるんだよハーフナー以上は」


 それは納得できる話。生存者グループでも人数の多いい時でも十人くらいで、その百倍どころか千倍はゾンビがうろついていた世界であった。


「とにかくダイトも気を付けてくれ、ヤツらから顔を覚えられちまっただろうからしばらくは外に出るのも控えたほうがいい。家まで送るよ」


「え? なんで?」


「言っただろ、あいつら極悪人だからな。相手が男なら金を奪いに来るかもしれねぇ。頼む、俺がなんとかすっから。ほら、行こうぜ」


 こちらからの返答を待たずにマサノブは歩き出す。本当に大丈夫だろうか。


「マサノブ、なにか困ったことがあったらすぐに電話してくれよ?」


「おう! 頼りにしてるぜ、相棒!」


****


 不味いことになったな。まさかここまであいつらが嗅ぎ付けてくるなんて。

 とにかくダイトは部屋に帰したのはいいものの、俺はどうする? このまま帰るなんてできる訳がない。あいつらに俺たちとホタルが繋がってるなんてバレたら一大事だ。絶好のゆすり材料にされちまう。

 いっそ黒酔の河崎シノに頭を下げてなんとかしてもらうか、いやそんなダセェ真似は極力したくない。せめてホタルに電話かけて注意でもしておくか。


 ダイトもホタルも俺よりは長く生き残ったんだし、あいつらにも負けないとは思うが念の為ってやつだ。


「よう、ナガブチ。また会ったな」


「なっ! なんだよ!」


 油断した、まさかつけられていたのか。


「なに、久しぶりに再会したんだ。一緒に酒でものもうじゃねぇかと思ってよ」


 そんな訳あるか、大丈夫だ。俺一人でも相手が金髪の弟一人ならなんとか撒けるくらいには走れるだろう。しかしふと違和感に気づく。


「あれ? お前一人か?」


「兄貴なら後ろにいるぜ? お前のな」


『ゴスン』


 端末を握りしめたまま、目の前が暗くなる。


 ああ、チクショウ、俺は、どうしてこうなんだろうな。



 



 

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