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屍者の誇り  作者: 狭間義人
一章
2/81

目覚め

 目を開けば綺麗な天井。

 忘れていた呼吸を取り戻しつつ、辺りを見回そうとするも眼球の渇きを覚え瞬きを数度と繰り返す。


(どこだ……ここ……)


 朦朧とする頭、身体に力は――入らない。どうやらベッドの上で寝ているということだけは全身の感触で察する。

 状況の確認がしたい。ヤツらが近くにいるのかもしれない、不用意に声をあげるのは憚られる。


「う、ぐぅ……」


 動かない身体に喝をいれ、上半身だけでも起こせないかと背中と両腕へ力を込める。

 ギリギリと軋む肉体はまるで長年に渡り油を差されなかった機械のようだ。だが、そこからくる痛みこそ俺はまだ生きているという安心感と焦燥感をあたえてくれる。


 上半身だけを起こし周囲を見渡す。白い壁に白い天井、何物にも侵されてはいない清潔な空間。

 どこかの建物なのか、部屋は広く天井も高く感じる。扉は大きな引き戸であり、その反対にある窓は大人が悠々と出入りできそうなほど大きい。

 広い部屋にベッドが一つと俺一人。純白で飾られた空間に、少しばかりの寒気とヤツらがいないことへの安堵感に溜息を漏らす。


『ガラリ』


 突如として開かれた扉に顔を向け身構える。

 そこには若い男が一人。


 身長は高く立つ姿は優雅とすら感じる、髪は八:二で整えられており薄い銀色の髪が特徴的だ。顔も髪型と同じく整っている。


「お目覚めですか?」


「こ……かふっ……!!!」


 慌てて男からの問いかけに応えようとして思わず咽る。喉に違和感を感じるも、口内の唾液を呑み込むことで徐々に薄れていく。

 

『ガラリ』


 開いていた扉が閉じられ男が一歩、二歩とベッドへ近づき制止する。距離にして三メートルほどでこちらの様子を眺めているようだ。

 互いに目が合い少しの沈黙。無機質な彼の行動に戸惑いつつも頭に浮かんだ疑問を投げかけてみることにする。


「ええっと、ここはどこなんですか?」


「ここは人類保全機構(じんるいほぜんきこう)が管理する施設であり、私は人類保全機構に属するモノです」


 男はこちらの問いに対し流暢に答えるが、人類保全機構? 聞き慣れないその言葉に思考を巡らせようとするも、男のある一部が目に映り新たな疑問が浮かぶ。


「あんた、まさかアンドロイドか!?」


「イエス。私は九千二百九十八番式ソアラ型となります」


 驚いた、まるで人間そのものだ。

 男の首にキラリと光る首輪のような機械物。あれは人間とアンドロイドを区別する為にどこのメーカーも共通して着用していたものだと(もや)のかかる記憶から拾い上げる。

 しかし、どこかで見たアンドロイドの特集ではここまで人間らしい姿はしていなかったはずだ。目の部分がカメラのレンズだったり、手が人間の骨を模したステンレスでできていたりともう少し機械的な部分が残っていた気がするのだが。

 目の前に立つ男型のアンドロイドは、もはや人間と遜色のない姿をしている。

 

 目の前にいる対象がアンドロイドだと分かると少し身体の力も抜ける。

 相手は機械だ、ならばこちらから名乗る必要もない。相手が人間であれば助けてもらった感謝の言葉を探していたところだがその必要もなくなった。


「えっと、じゃあ人類保全機構ってところが俺を救助してくれたのか?」


「その質問の前に、こちらから伺いたいことがあります。貴方は会話は可能ですか?」


 今まさにその会話をしていたというのに。何故そのような質問を返すのか疑問に思う。


「ああ、まぁ……会話はできるぞ」


「イエス。それではこれより環境説明モードより会話を用いた説明モードへ移行します」


 そう言いアンドロイドの首にある機械物は、二度青く点滅。

 視線を俺へ向けながらもどこへ話をしているのか、アンドロイドの管理者へ報告でもしているのだろうと思い流すことにする。


「それでは説明をさせていただきます。先程、救助と申されましたがそれは誤りです。正しくは貴方に対して転生を施したと表現するのが適切です」


「てん……せい?」


 テンセイ――とはなんだ? 俺に、転生を施したとアンドロイドは言ったのか?


「そして人類保全機構とは、人類がこの世界へ留まれるよう旧世界の先進主要国が中心となり設立した組織です」


「旧世界? どういう、意味なんだそれ?」


 流れ込んでくる多くの情報に焦りすら覚える。

 なにがあった? なにがおきたんだ?

 必死に記憶を辿る。先程からなにかを思い出そうとするたびに頭痛にも似た熱が頭蓋を軋ませる。

 しかしそんなことに構ってはいられない。大切な、それはとても大切なナニかを俺は思い出せずにいる。

 

 遠ざかる手へ、手を伸ばす。

 

『ズキン』


 唐突に脳内へ拡がる風景。街は荒廃し、少し寂れたアナログな掲示板。

 <西暦2076・07・01より 日本五輪開催間近応援セール>と記されている。

 街中を徘徊するのは人間、ではない。肉が腐り、歯が抜け落ち、呻き声をあげながら獲物を求める人型の狩人、瞳は赤く――染まっている。


 ゾンビだ。

 

「ッハア――ハァ――ハァ――」


 呼吸を取り戻し我に返る。全身からは汗が吹き出し、頭を抱える。

 今の景色は、どこかで見た風景の残滓だろうか。そして少しずつ、ソレが当たり前になってしまった世界だと記憶が蘇ってくる。


 この場所で目覚めた瞬間、アンドロイドが扉を開いた時に感じた警戒感。これはもしかするとヤツらが近くにいるのではないかと身体が無意識に反応した影響だろうか。

 

 いまだに朧げな記憶、蘇る空想に浮かぶ疑問。溢れ出しそうな感情と焦燥に駆られながらもアンドロイドへ恐る恐る再度問いかける。今すぐにでも聞いておきたい、とても大事なことを。


「この世界には、まだ………ゾンビっているのか?」


「ゾンビ。つまりは屍者にあたる存在でしょうか? それならば存在しております」

 

 ――――肩を落とす。

 少しだけ期待をしたのだが、ヤツらがとっくに居なくなった世界を。

 しかし、落ち込むべき時ではない。


「なら……それなら人間は? どれくらい生き残っているんだろうか、君の管理者とかもこの建物のどこかにいるのか?」


「ノウ。人類は絶滅しました」

 

「絶……滅?」


「イエス。人類はすでに絶滅しております」


 頭に、重い、なにかが落ちてくる。

 努力を、してきたはずだ。

 人は歴史とも呼べる成果と汚辱を重ね合い、この世界を創りあげてきた。それなのにこいつは言った、滅んだと。

 

「嘘だ!! 人が……人類が絶滅したなんて!!」


「ノウ。本当のことです」


「それなら俺はなんだ! 生きているだろ! いま、ここに!」


 激昂する。身体中から噴きあがる体液が全身を焼き付けていくような感触。

 ここにいる。俺はまだこうやって生きているんだ。生きて―――。

 

「落ち着いてください。ミスター、貴方は知らなければならない。貴方がいた世界を、貴方がいるこの世界を」


 冷淡だが強い口調に少しだけ驚く。

 アンドロイドだ。普段は決められた事柄にしか対応できないはずの機械仕掛けがまるで感情をあらわにしたかのように、先程の言葉からは熱を感じとることができた。

 これも技術の進歩なのかと不意に悟り、この場では自身を強く諫めようと努力する。

 

「そう、だな。話を……続けてくれ」


「イエス。それでは貴方がいた世界についてお話ししましょう」


 一歩、二歩とアンドロイドは部屋の中央へ歩を進める。

 少しだけ耳を澄ませてみる。もしかしたら誰かの話声でも聴こえるのではないか、そんな期待感をもって。しかし非情なまでの静寂にあるのは、靴底とコンクリートが硬く触れ合う音が響くだけ。

 そしてアンドロイドはこちらへ振り向き語りはじめる。

 

「貴方がいた世界、我々が旧世界と呼称する時系列では世界的な危機が迫っていました」


「危機?」


「イエス。国同士での戦争、国内での紛争、大気汚染、温暖化による海水面の上昇、極所的な人口増加、それらの背景による居住できる土地、又は食料など物資の不足が主な原因としてありました」


 覚えはある。なんとなく朝や夜に点けていたテレビの報道番組で流し見をしていた情報だった。

 

「そして我々、人類保全機構の当時の試算によれば人類は西暦二千七十四年からおよそ二十九年後には文明が崩壊するという結果が判明しました」


「そんな、馬鹿な話があるか!? 今まで……なんとかなってきたじゃないか!」


「ノウ。限界に近かったのです、人類と地球にはもう未来がなかった。そこで我々はトリマーウイルスという救済兵器を開発しました」


「救済……兵器?」


「イエス。貴方が先程『ゾンビ』と呼称された存在へ人類を転化させるための救済兵器です」


 頭が真っ白になる。

 幾度となく呪ったあの惨状を、あの悲劇を生み出したであろう犯人が――目の前に立っている。

 

「お前……お前たちがやったのか!! あれを! 人が、人を喰う世界にしたっていうのかよ!?」


「イエス。必要だったからです。人類が次なる段階へ進化する為の副作用でした。その結果、人類の時代は終わり、あらゆる環境へ対応可能な『屍者』として『新生類』が生まれました」


 先程まで頭を支配していた感情は怒りを通り越して呆れてしまう。

 必要だった? 進化? 新生類?

 それだけの為に俺は、俺たちはあの理性もが腐乱した暗闇から逃げ続けたというのか。

 あまりの事の重さに首を垂れる。しかし、そんなことは意に介さずアンドロイドは話を続ける。

 

「新生類へ転生を果たした際に起きた副作用はまた後ほど説明とさせて頂きます。それでは次にこの世界での社会制度についてですが、世界に数多くあった『国』という存在は消失。各国を治めていた政府ならびに支配機構はすべて解体され、国境なども廃止となりました。現在、一部のユニバーサルサービスを人類保全機構が運営をしております」


「……………………」


 声が、でなかった。次々と投げかけられる情報に耳を塞いでしまいたい。

 

「新生類へ進化を遂げられた皆様へは自由と平等が約束されました。以前とは違い特別な肉体を手に入れた新生類は―――』


 長々と話をしていたアンドロイドは唐突に口を噤む。

 

『緊急警報、緊急警報。施設敷地内二危険因子ノ侵入ヲ確認。至急新生類ノ方ハ施設内管理機体ノ指示二従イ避難ヲシテクダサイ。緊急警報、緊急警報―――』


 

 

 


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