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屍者の誇り  作者: 狭間義人
一章
19/81

月下の帰り道

 喉の渇きを酒で紛らわせようとグラスを口に運ぶ。食道を流れる液体は潤いを与えてはくれなものの、落ち着きを取り戻す切っ掛けにはなったようだ。

 怖かった。元々シノさんは不良じみた外見から近づきがたい印象であったが、気さくな人物であると勘違いしていたのかもしれない。

 建物の屋上には四人だけとなった。


「やれやれ、あいつもどこに沸点があるのかよくわかんねぇよな。ホタル、別に気にしなくていいぞ。シノのヤツ、昔コレクトの連中から追い回されて毛嫌いしてるだけだからよ」


「はい……」


 俺とホタルの向かいに座るシビルさんから励まされるも、相変わらず落ち込んでいるのか、うつむきつつも酒を煽るホタルが少々不憫に思えた。俺が捲いた種なのに悪いことをした気分。


「フジくんはコレクトについてあまり詳しくない感じ?」と、隣のサラさんから質問が入る。


「そう、ですね。四大勢力(ビッグ・フォー)と呼ばれる一角であるということぐらいしか」


「そっか。コレクトはねビッグ・フォーでも一番人数の多いい勢力なの。確か二千万人くらいはいるんだっけ?」


「二千万人!?」


「確かそうだな、つっても数が多いいってだけで中身は大したことねぇよ。カルト集団みてぇに薄気味悪い連中だしな、お前の妹も『洗脳』でもされてんじゃねぇか?」


「洗脳!? そんな、どうしてナオが!」


「色々と変な噂があるのよコレクトって。『我らこそが世界で唯一の正義である』なんて触れ込みして警察まがいのことをしてるけど、裏では人身売買とか屍者の身体を実験のモルモットにしてるとか、変な噂ばかりであんまりいい印象はないのよね。フジくんの妹ちゃんもたぶんそいつらの変な勧誘に引っかかったんじゃないかしら」


 サラさんが顎に指を立て思案するように言葉を紡ぐ。そこに、許しを請うような声色の少女が語りかける。


「ダイト……その、ナオのことは責めないでやってくれないか……」


 弱々しい表情で俺を見るホタル。勿論ナオを責めるつもりもないのだが、生存者グループで一緒にいたナオとホタルはあまり仲がいい関係とは言えなかった。言い争いをするというよりは壁があるといった印象ではあったが。


「それは勿論だけど、なにか他に知っているのか?」


「いや、先程話したことでナオに知る情報は全てだ。だが、想像はできる。ダイトはこの世界で目が覚めて日も浅い、だから分かりづらいかもしれないが、転生をした直後は大抵一人なんだ。もし一人で暴力が支配する世界に投げ出されたのであれば、優しく声をかけてきた集団に縋りたくなるのもわからなくもない」


 再び痛感する、俺は幸運だったと。

 もしも、喫茶店でマサノブとホタルに出逢わなければ、実家に親がいなかったらと思うと想像するだけでも恐ろしい。

 街中はアンビとかいう怪物が闊歩し、まだ出逢ったことはないが力づくで奪いに来る連中もいるという話だ。そんな環境で妹のナオが一人でいたことを考えると、心が痛む。


「まぁ、あれだ。お前の妹ちゃんはコレクトにいてP・B・Zに出てるってんならそこまで心配する必要もねぇだろ。闘技大会の選抜メンバーにいるってんならこの世界じゃ間違いなく『強者』だ。いかれた野郎から襲われる心配もないだろうし、大丈夫だろ」


 先程から俺たちを励ましてくれるシビルさんは見た目や口調はチンピラそのものではあるが、その言葉は本当に温かい。きっとこの人を中心に黒酔というチームが結成されたのではないだろうか。もしも右も左もわからない世界に投げ出された時には、シビルさんのような人物について行きたいと思うのは俺だけではないはずだ。


「そう、ですね。ところで黒酔の皆さんは第四回P・B・Zには参加されなかったんですか?」


「ううん、参加したわよ。その時にホタルをシノやシビルが気に入ってスカウトしたんだし」


「そうなると、負けたんですか? 黒酔がコレクトに」


 それは父親から聞いた話からずっと引っかかっていた疑問。マッキーの話やBBでも話題にされていた世界最強チームであるはずの黒酔。もし黒酔がコレクトと闘っていたのであれば優勝チームのコレクトは実質手に負えない存在なのでは、と思ったのだが。


「ああ、それ? ウフフ、フジくん試合の結果はみていなかったのね」


「本当に情けねぇよな、ハハッ! 永遠の晒し者ってやつだな」


 真剣な表情で俺の話を聞いてくれていた二人の顔が、ウフフアハハと声をあげてその場の空気が緩むのを感じる。そんな二人をみてクエスチョンマークを浮かべる俺に、ホタルが呆れたように解説をしてくれた。


「黒酔も決勝までいったんだがな。その前日……私もその場にいたんだが、酒をのみすぎて全員寝過ごしてしまい不戦敗になったんだ」


****


 暗いビル群の間からみえるのは満天の星空と降りそそぐ月明かり。

 人口の光が一つも無く、自然の照明を受けた東京の街並みは美しく彩られていた。


 お開きとなった飲み会で『片付けはこっちでやっとくから、ホタル送ってやんな。夜道はあぶねぇからな』と俺とホタルを送りだしてくれたシビルさん。

 裸足でいることを不憫に思ったのか『これ履いてって、それじゃあおやすみ』と先端をデフォルメされたクマのキャラクターがあしらわれたスリッパを貸してくれたサラさん。

 二人ともいい人だったなと、夜の街並みをホタルと歩きながら思う。


 新しい世界になって東京から人がいなくなってよかった。

 なにせ眼鏡の少女いわく古代ローマ像のような恰好でありながら足元はクマさんのスリッパを履いた二十代の野郎が、見た目は十代の少女と一緒に歩いているのだ。確実に逮捕案件である。


「今日は悪かったな、ダイト」


「いや、俺も沢山いろんな話が聞けたからよかったよ、それに……」


「それに?」


「少し心配していたんだ。ホタルが、その、怖い人たちと一緒にいるんじゃないかって」


「ふふっ、確かに見た目は怖いかもしれないが皆いい人たちだ。それに心配したというのであれば私のほうが心配していたぞ、ダイト」


「え? ホタルが俺を?」


 酒にでも酔っているのか、少し前を歩いていたホタルが片足を軸にクルリとこちらへ振り向き上機嫌な笑顔を見せる。その姿は黒い装束を月夜に照らされ、幻想的ともいえる絵画のようだ。


「私は黒酔、というよりシノさんに出逢うまではずっと一人だった。マサノブとも第四回のP・B・Zで再会したしな。それまでは本当に一人だった」


「一人って、家に家族はいなかったのか?」


「忘れたのか? 私があの日どうして東京にいたのか」


「え? ああ、確か家出してきたんだっけ……」


「そうだ、私の帰る家なんかもうなかった。いま思えばあんな家で母親と最期を迎えるくらいならダイトやマサノブ、それにナオと同じグループで生き残ることができて本当によかったと思っているよ」


「そんな……でも父親は?」


「ん? 話したことはなかったか。私の父親は実業家というやつでな、ほとんど家に帰ることなんてなかったよ。世界中に愛人をつくってくるクズでな、遠い異国の地でくたばったかと思うとせいせいするよ」


 マサノブの真似をするわけではないが、こんなに物騒な言葉がホタルの口から出るなんて、少し悲しいです。


「そんなこと言うなよ、仮にも血の繋がった家族だろう?」


「関係ないね、もうあいつらと逢う気も無い。それにこの世界で私は充分に一人でやっていける、誰に頼ることもなく、のはずだったんだがな……」


 言葉を詰まらせ、再びクルリと回り俺に背中を向ける。


「あの闘技大会で黒酔の人たちと話して考え方が少し変わった。今では黒酔や、マサノブとダイトが……私の家族だと思っている」


 それは、純粋に嬉しく思う。ホタルや黒酔の人たちの間にどんなやり取りがあったのかはわからないが、きっと彼女の価値観を変えてくれる何かがあったのだろう。


「そっか、俺もホタルみたいな妹がいたら嬉しいよ」


「馬鹿をいうな、ナオが聞いたら悲しむぞ? せいぜい行儀の悪い弟だとでも思っておけ」


 性別が変わってますよホタルさん。しかし背中越しにでもわかるホタルからの親愛は妙に気恥ずかしくて顔が熱い。俺にも酒がまわってきたのだろうか、少し話題を変えてみよう。


「ところでホタルはどうしてP・B・Zに参加したんだ? というか団体戦だったんならその時の仲間は?」


「仲間というかチームメンバーはBBで募集した。別に優勝が目的ではなかったがな」


「BBって、ネットで知らない人とチーム組んだのか? 危ないんじゃ……」


「仕方ないだろ、それしか方法を知らなかったんだから。それに私がP・B・Zに参加した理由はお前だよダイト」


「へ?」と、予想だにしない言葉に間の抜けた声が漏れる。


「さっきも言ったが私はこの世界で一人だった。もし、もしもダイトだったらどうしていた? いきなり知らない世界に一人で放り出されたら」


「それは、知り合いを探すんじゃないか?」


 そこで気づく、俺は本当に大馬鹿者だ。


「だろう? 私も探した。転生してから数年間この世界を彷徨い、考えられる場所は全て探したよ。生存者として辿った道をなぞるように、ダイトたちと歩いた場所は全部」


 言葉を失った。どれだけの思いで、俺たちのことを探してくれていたのか。


「それでも見つからなかったからな、だから世界中から注目を集めるP・B・Zに参加してみたんだ。もしかしたら誰かと会えるんじゃないかと思ってな。その結果マサノブとナオには会えたんだが、まさかまだ転生を受けていなかった人物がいるとは夢にも思わなかったよ」


 再度こちらへ振り向き、いたずらっ子のような幼い笑みを浮かべる黒髪の少女。


「ご、ごめん! 俺がもっと早くに転生できていればホタルがそんな――」


「いいさ、別に。そのおかげで私は黒酔の人たちと出逢えたんだから。それにしても運の悪い男だな、ダイトは。転生を受けるのに九年ものあいだ誰にも見つからなかったなんて」


「そう、かな?」


「ああ、そうさ」


 俺個人としてはこの世界にきて、すぐに知人に出逢えたのだから運がいいと思っていたのだが。どうやら他の人からはそうは映らないようだ。そして気になるのは黒酔という存在。彷徨っていたホタルにどういった影響を与えたのだろうか。

 

「ダイトはまだこの世界には慣れていないか?」


「ん? まぁ、そうかもな。感染していた期間が長いほど力が強いってのも、いまいちよくわからないし」


「そうだな、分かりやすく言うと身体能力が向上すると考えればいいのではないかな。このあたりはトウコさんと話してみるのもいいかもしれない」


「トウコさんて、さっき寝落ちした人?」


「そうだ、トウコさんは口のほうは悪いが黒酔の中でも知恵者だ。機会があれば話してみるといい」


 思い返すのはお世辞にも行儀がいいとは言えないべろんべろんに酔っぱらった小柄な少女。あの人が黒酔の頭脳だったりするのだろうか。


「それにしてもホタルは黒酔を大事にしてるんだな。昔どんなことがあったんだ?」


「ん? 第四回P・B・Zの三回戦で私のチームと黒酔が対戦してな。私はシノさんにボコボコされたよ」


 物騒過ぎるぜ新世界系女子。


「その対戦のあとに黒酔に誘いを受けてな、まぁ、今に至るという訳だ」


 大事な部分をすっ飛ばされたような気がしないでもないが、ホタルが楽しそうに話すのでよしとしよう。


「その、やっぱりシノさんってそんなに強いの?」


「ああ、強い。闘いとなれば膝をついた姿なんて見たことも無いくらいだ」


 それはまるで憧れの存在を語るような仕草。


「そうなんだな。でもホタルも凄いと思うぞ、あの怪物相手に剣術っていうのかな。まるで剣豪みたいだったじゃないか」


「私のアレはシノさんの真似事だ。本物はもっと凄いぞ」と、自慢げな漆黒の少女は語る。


「シノさんはなにか剣術でも習ってたの?」


「いや、こっちの世界で身につけたと聞いたよ。……そうだな、ダイト。この世界では身体が成長を止めるというのはわかるな?」


「そう、聞いてるけど。それが?」


「確かに私たちの身体は変化することはなくなった。それでも個人の技術や精神は別の話だ。昔に比べれば頑張り次第でどうとでもなれることが多くあるのさ、この世界は」


 月夜に照らされた少女の後ろ姿は昔となんら変わらない。それでも以前に比べて大人びた空気を感じたのは気のせいだろうか。


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