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屍者の誇り  作者: 狭間義人
一章
17/81

 夜空から流れ込んでくる風はたいして涼しくもないが悪い気もしない。


 東京へ来て部屋の窓を開けるだなんて想像もつかなかった。車両の飛行化が世界的に進む中で法整備で遅れをとった日本、相次ぐ事故と車体から放たれる飛翔音が問題視され、一時期飛行車両の使用は禁止となり国が大顰蹙(だいひんしゅく)をかっていた。

 

 世界に追いつこうと急ぎ空を走る車の改良と法の見直しが行われ、西暦二千六十年頃に本格的な飛行空路が一部地域に限り制定されたのだが、その一部地域の近隣に住む者としてはたまったものではない。改善されたとメーカー側が言い張っていた飛翔音は相変わらず五月蠅く、窓を開けるどころか深夜に飛翔音と合わせて爆音で音楽をまき散らしていた輩には殺意を抱くほどであった。

 しかし、その土地柄ゆえに家賃が安く済むという恩恵に与っていたのでなにも言えなかった情けない俺を思い出す。


 地元から東京へ戻ってきて、喫茶店へ赴き軽い食事をした。そして部屋に戻りシャワーを浴び、室内に戻って窓を開けた時の解放感はなんともいえない心地よさ。

 空を飛ぶ車両も見当たらないし、都会の喧騒もゾンビの呻き声も聞こえない、実に静かな夜だ。


 部屋に最初から置いてあったソファーに寝ころび端末の画面を立ち上げる。

 今朝がた、父から教えてもらった掲示板にあるという闘技大会『P・B・Z』の動画を漁る。


 目に付くのはやはり『黒酔(こくよう)』の文字。いったいどれだけのファンがいるのか、関連のスレッドは二百件を超えていた。その中から適当に『動画で黒酔の闘いを振り返るその239』というスレッドを選択、上下へスクロールさせ目に入った動画をダウンロードして中身を開く。その映像には想像を遥かに超えた闘いが記録されていた。


 例えれば昔遊んだアクションゲーム。アンビとの闘いで屍者と呼ばれる俺たちの一部には超人のような力が備わっているのはわかってはいたが、これは異常だ。

 

 動画に映し出されていた白髪のベリーショートで男にも見える人物。確かホタルと初めて会った時に一緒にいた五人のうちの一人だ。

 驚くべきは対戦相手。機関銃のような大型の銃器でこれでもかと弾丸をまき散らしている姿。闘技大会だというのに銃とかありなのかよ、という心配は瞬時に吹き飛ぶのは黒い影がさらに驚愕の動きを見せたからである。

 避ける。銃身が黒い影を追うも当たる気配はない、それどころか遊んでいるようにすら見えたほどに。ベルト式の給弾が途切れたと同時に黒い影は接敵、腰に下げられた木刀を抜くかと思いきや蹴りを一発あて対戦相手を場外へ弾き飛ばした。

 

 怪物。アンビと呼ばれる生物が可愛く見えてしまうほどの速さと力に思わず見惚れてしまう。


『兄貴やっぱりかっけぇ!』『相手完全に遊ばれとる』『懐かしいなデビュー戦だっけかこれ』


 などなど貼られていた動画に対して品評会のように感想が書きつづられている。

 他の動画もいくつか目を通してみたが中身はどれも似たようなものばかり。巨漢の対戦相手を次々と吹き飛ばす黒い装束の少女たち。これがマッキーの言っていた世界で一番強いチーム黒酔。


 こんなのと闘って勝てるわけねぇじゃん! と内心ツッコミを入れるも父と友の言葉を思い出す。力がある、俺にもこれに近い闘いができるということだろうか。そもそも人と闘いたくはないのだが。


 相手がこちらを喰らわんとすればそれに抗う為にバールを振るえるが、単純な力比べにはさして興味は湧かないのが現状だ。この掲示板で盛り上がっているコメントのように観るぶんには楽しめるのかもしれないが、やはり殺し合いというのはどうも気が乗らない。仮にこの大会に自身が出場して黒酔の女の子と一戦交えるなど想像するだけでも恐ろしい。


 端末を机に置き天井を眺める。


 力こそが全て、頂点にたてば願いが叶う。理屈は簡単だ。その願いに『普通の人間に戻りたい』と願えば叶うのだろうか。

 できるのであれば戻りたい。ゾンビが蔓延った世界ではなくさらに前、生活に余裕はなくとも当たり前のようにあった平和な世界へ。

 あの平和な世界に満足していたわけではない。自分の立場もあまりいいものでもなかったのだが、人と人が奪い合い、騙し合い、殺し合う世界がいいものではないと……思う。


『昔の世界となにが違う?』


 父親の言葉が頭をよぎる。そう、たいして変わらないんじゃないかと俺の中でも葛藤が生まれていた。


 一つ溜息、今日はこのまま寝てしまおう。身体に身に着けているのは実家からの帰りに自販機で購入した、下半身用の下着一枚だが風邪を引くこともないだろう。以前よりも頑丈になった身体と、昔では考えられない都内で一等地のワンルームマンションという恩恵に卑しく縋る俺は情けなく惨めにも思えた。


 この世界がおかしいと感じていたはずなのに。


****


 夢の中を走る。


『カァン! カァン! カァン!』


 ゾンビ達から逃れる為に立ち寄った二階建てのショッピングモール。物資の補給も兼ねてのことだったがそこでゾンビの大群に襲われた。


『カァン! カァン! カァン!』


 マサノブとホタルがグループを先導し、外へ逃れる為に囮役をかって出た俺は、ショッピングモールの二階にある吹き抜けの手すりをバールで叩きながらひた走る。

 ヤツらは音に敏感だ。その特性を利用しこちらへゾンビの大群を引きつけ、ナオたちが安全にここから出る時間を稼ぎ出す。


「ダイト! もういいぞ!」


 友の声が遠くから聞こえる。振り返ればグループは外に逃れてはいたが、俺の周りは思った以上のゾンビを引きつけてしまい囲まれて逃げ場がない。


「下だ!」


 その言葉に反応し手すりから下階をのぞくと確かにそこにはヤツらの数が少ない空間があった。躊躇なんかしていられない、ゾンビの手が触れそうになる瞬間、手すりを飛び越え月明かりが映し出す暗闇の階下へ身を投じる。


****


『ドスゥン!』


 落ちた。ソファーからだろうか、それにしても床が硬い。この感触はコンクリートのような気がするが寝ぼけている頭と体を起こし、目を擦りつつ起き上がる。


「ぎゃははははははははは! ベル、なにパンツ一枚のまま連れてきてんだよ! 完全に拉致してきたみたいじゃねぇかよ!」


「ひぃっ!」


 女子の声が聞こえ咄嗟に跪き、胸と股間に手をかざし大事な部分隠そうとするが無意味だ。


「もう、トウコってば笑いすぎ。ベルもなんでこんな格好で連れてきちゃったの?」


「ムゥ、チャイムオシタケドデナイ。デモ、マドガアイテタカラハイッテ、ツレテキタ」


 俺の右側で笑い転げる黒髪お下げの少女とプロレスラーのような体格の二人を、緩いパーマのかかった女性が諫める姿があった。


「ダイト、取り敢えずこれを」


「ホ、ホタル!?」


 その反対、左から声を掛けてきたのはよく知る顔のホタルだった。白いカーテンのような大口の布を手渡してきた。訳も分からない状況だが手渡された布を急いで左肩から掛け、布の端と端を結びなんとか身体の大部分を覆うことができた。


「あはっははは! なんだそれ、古代ローマ像かなんかだよ! ははっははっひぃ! 腹いてぇ!」


 さらに笑い転げる黒髪の少女。なんだこれ死にたい、いやもう死んでるんだけど。


「トウコ、流石に笑いすぎでしょ。ごめんね、フジサワ君だっけ? とりあえずここに座って」


 緩いパーマがかかる美人のお姉さんから促された先にあるのはコンクリートの上に置かれた座布団。

 周りを見渡すとここは外。ビルかマンションの屋上らしきところに大きなローテーブルが一つ置かれ、その上にはランタンが二つ置かれ辺りの空間が木漏れ日のように映しだされる。そしてそれを囲うように複数の人物がいることを確認できる。


「悪いな兄ちゃん、飲み会やっててホタルとアンタの話になってな。どうせならここに呼んじまおうってなったんだが、まさか拉致まがいに連れてくるとはなぁ」


 こちらから見てローテーブルの向かいにある大きなソファーの左側に座り、にやにやと笑う白髪の短髪。寝る前に動画でみた人物だ。

 促されるままに座布団の上で正座する、無意識のうちに。


 正面に見える白髪の人物が座るソファーの反対側には金髪の麗人、河崎シノが口を抑え笑いをこらえる姿が見えた。そして俺を攫ってきたであろう日本人とは到底思えない大柄で黒い肌の人物は、座った俺の背後を通り過ぎローテーブルの左側に座った。


 思わず息を吞む。成程、どうやら俺は世界最強と謡われる黒酔の集まりに拉致されてきてしまったようだ。そこへ右隣りに座るお姉さんから話しかけてくる。


「ベルったら融通利かないんだから。ところでフジサワくん、お酒は大丈夫?」


「あ、はい。大丈夫です」


「よかった。ビールとウイスキーと赤ワインがあるけど、どれにする?」


「えっと、それではウイスキーをお願いします」


「あら、なかなかイケる口ね。割り方は?」


「氷があれば、それを一つ」


「オッケー! フジサワくん結構強いのね」と、近くにあったグラスで酒を作りはじめるお姉さん。


「けっ! サラ、おめぇ男が来たからって『から揚げにレモンかけますぅ?』みたいな媚び方しやがって、気持ち悪い!」


「なによ! ホタルの知り合いならいいでしょ別に! それに私は『から揚げにはマヨネーズ』って前にも言ったでしょ!?」


「うっせぇ! それがこの脂肪の塊か、こんにゃろ! こんにゃろう!」


「ちょ、痛い! 痛いってば!」


 俺に優しくお酒を勧めてくれた人物に先程までその隣で笑い転げていた黒髪の少女風な人物が突っかかる。お姉さんの見事に大きな双胸をどすこいどすこいと突っ張る低身長の黒髪少女。

 心の中で手を合わせる。眼福にございます。


「悪かったな、ダイト。一応止めたのだが……」


 暴れる二人の反対側に振り返ると、ホタルが小さな座椅子にちょこんと体育座りをしてバツの悪そうな表情を浮かべていた。その片手にはグラスが持たれ、中には茶色の液体がゆらりと光る。


「ホタル!? お前それって、酒じゃないのか!?」


「ん? 酒だが」


「だ、だめだろ! たしか未成年だったはずじゃあ……」


 ホタルよりも俺は七つ年上の年長者としては見過ごせない。どうしてそんなにグレてしまったんだ、とホタルを注意しようとするもその当人はでかい溜息をついていた。


「はぁぁ、この前話したではないか。私はこの世界で六年過ごした。あの日十八歳だった私は今では二十四歳だ。それならば問題ないだろう?」


 なんだその身体は子供、中身は大人理論は。


「ははっ! おもしれぇ奴だなフジサワ! 最近転生したってのも本当みたいだ。ええっと、『フジ』でいいや。なぁフジ、たとえホタルが未成年で酒をのんでも誰が取り締まるんだ? この世界で」


「そ、それは……」


 対面に座る白髪の人物から横やりが入り言葉が詰まる。

 それもそうだ。国という存在が機能しないのであれば人を守護する法律も治安部隊も存在しないことになる。それでも真面目だった人物が非行に走ったのではないかと内心戸惑いを隠せない。


「まぁまぁ、細かいことはいいじゃない。はい、フジくんどうぞ。あ、私は山羽沙羅(やまはさら)。サラって呼んでね、よろしく」


「ど、どうもサラさん」


 先程の取っ組み合いを終え、グラスを差し出してきた山羽沙羅さんは自己紹介をしてくれた。例えるならば夜の蝶、髪は軽くウエーブの掛かったロングで濃ゆい亜麻色、シノさんやホタルのように凛々しいタイプとは違う美人、そして巨乳。父親が推していた人物であり、親の性癖が垣間見えた瞬間であった。


「おい、フジ! てめぇサラに変な気ぃ起こしたらタダじゃおかねぇぞぉ!」


「トウコいい加減にしてよ。この子は鈴木刀子(すずきとうこ)って名前で、ちょっと酒癖が悪いのよ。ごめんね」


 サラさんから紹介された鈴木刀子という人物は黒髪の少女で体格は小柄。髪型はお下げで眼鏡の下からはぎろりと此方を牽制するような目つきをしている。どうやらあまりいい印象を持たれてはいないようだ。そして、黒酔での俺の呼び方は『フジ』で定着したようだ。


 ここは落ち着いて対処するべきだ。俺も社会人としての経験は多少なりともある、この現状を顧みるに女子会に呼ばれた男一人だと察する。

 やることは一つ、アウェイにいるのであればイエスマンに徹するのだ。そうすればこの状況を切り抜けられる。


「ところでフジくんとホタルって付き合ってるの?」


「「違います」」


 二人同時に否定した。



 

 

 

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