P・B・Z
食事を終え、片付けをした後に二人で晩酌をすることになった。
いそいそと酒を持ち出してきた父は少し嬉しそうにも見え、酒の趣味も俺と同じようで流石は親子かなと話を弾ませた。
「それでダイト、むこうでの友達はどんな子なんだ?」
「マサノブって名前で、髪型はドレッドヘアーの派手な服がよく似合うヤツだよ」
「お前、それ……」
「ああ、いや! 見た目は派手なんだけでさ、いいヤツなんだよ!」
しまった。父親がお堅い職業だったことを忘れていた、
「あと、ホタルって子もいてさ、真面目な子でさ。感染が広まった時に一緒になって、ナオやその二人と動いてたんだ」
「ホタル……うん、いい名前だな。それで、その子はダイトの彼女か?」
「違うよ、ホタルはナオの一個年上で、俺にとってはもう一人の妹みたいなもんだよ」
「なんだ、つまらん。わしがお前くらいの年にはまだ母さんと出会う前でな、その頃にはーー」
はいはい始まった、中年男性の昔語り。それでも父はよく喋るようになった。いや、俺が話そうとしなかっただけなのかもしれない。
「さて、ちょっと外で一服してくるかな」
「気をつかわなくていいよ。ここ、父さんの家だろ」
「ん、そうか? そうだな、お前も大人だもんな」
そんな満足をしたような、少し寂しげな表情を浮かべタバコに火を付ける父。
母さんが昔話していた、俺が生まれた時にタバコを止めたのだと。
煙を吐く父を見て、先日喫茶店で出くわした人物を思い出した。
「そうだ、父さん。そのタバコってこの辺りで売ってるの?」
「いや、自動販売機でタバコは売っていないが。ダイトも吸うのか?」
「そうじゃないんだけど、向こうで知り合った河崎シノって人がタバコを欲しがってて――」
「はああああ!? 河崎シノってまさかあの『黒酔の河崎シノちゃん』か!?」
あれ? なんだこの反応は。
「そ、そうだけど。父さん知ってるの?」
「知ってるも何も超有名人じゃないか! ええ? まさかさっき言っていた『ホタル』って、黒酔にスカウトされた新メンバーの『宝塚蛍ちゃん』なのぉ!? うわっ、お前凄いな!」
例えて言うなれば、久しぶりに実家に帰ると寂しさを紛らわせる為にアイドルに熱中する父親とでも表現すればいいのだろうか。
そんな父さん、見たくないよ。
「それで!? その、シノちゃんはタバコを吸うのか!?」
とりあえず『ちゃん』付けをやめろクソ親父。
「いや、シノさんは吸わないけどお世話になってるヒトが欲しがっているから、手に入るようなら連絡してくれって言われてて」
「いいなぁ、シノちゃんやホタルちゃんと知り合いだなんて……あ、おほん。ええっとタバコだったな。これは近所に趣味で作っている人がいてな、安く譲ってもらっているんだよ。その、シノちゃんの為というなら譲ろう。ほら」
そう言いながら近くにあったテレビ棚の上からシガーケースらしきものを取り俺の前に差し出す。
「ありがとう。お金出すよ、シノさんからも幾らか払うって言われてるから」
「いいさ、気にするな。ろくにお前が向こうに行ってからは何もしてやれなかったんだ。そのまま受け取ってくれ」
「父さん……」
あとでこのタバコに変な液体だとか毛が混じっていないか検閲しておこう。シノさんに渡す前に。
それにしても黒酔の知名度には驚かされる。この世界で出会う人の全てが知っているのだから。
「それで、お前は黒酔の人たちと知り合いなのか? サラちゃんとか」
「いや、他のメンバーは知らないけど。なんで?」
「サラちゃんは実にいい子なんだよ、笑顔が素敵でな。いいなぁ……わしも東京行こうかな……」
絶対に阻止せねばならない案件だ。
しかし、やはりと言うべきか。国がなくなったと言いつつも、この世界の住人は各所にある地名はそのまま使っているようだ。
「なぁ父さん、どうしてそんなに黒酔のことを知っているんだ? テレビとかラジオ、ネットもまともに使えないだろ? この世界は」
それは友人から聞いた世界事情。
人類保全機構が支配している世界では、テレビ局などの放送は行われてはいない。大量の電力は規制されるためだ。ラジオなんかは個人でできる範囲で趣味としてやっている人もいるらしいが。
そしてネット回線は全て封鎖されており、人類保全機構が管理する端末だけが他者との連絡がとれる唯一の手段だ。
「なんだ、『BB』は使っていないのか?」
「BB?」
「まあ、簡単に言えば世界共通の電子掲示板だ。端末のアプリにあるだろう?」
そう促され端末を立ち上げ、アプリアイコンの中から『BB』を選択。すると、画面いっぱいに大量の文字が浮かびあがった。
『トレード相談part678』『黒酔応援隊その214』『この屍者を探しています』
『コレクトメンバー専用367』『出会ったマジ基地を晒すその76』『フリワお勧め情報局912byte』
『黒酔アンチ32殺』『近場で正交渉127回目』『ターゲット情報part65』
「なんだ、これ?」
「この世界は娯楽が少ない、他の屍者たちと交流する数少ない手段だ」
それは俺が生まれる前に流行っていたというネット掲示板らしき様相をしていた。まるで世界の裏側を覗いているようだ。
「ところでダイト、東京の友達から『P・B・Z』については聞いていないのか?」
「いや、聞いたことないけど」
「パーソナルバトルゾーンだったかな? 人類保全機構が二年に一度開かれている闘技大会のようなものだ」
「闘技って、闘うのか!?」
「そうだ、オリンピックみたいなものなんだが、実際は屍者同士の殺し合いだ」
「殺し合い……なんだよそれ、スポーツ感覚で殺し合わせるのか!?」
父は手に持っていたタバコを灰皿でもみ消し、グラスに入った酒を一口煽る。
「まあ、落ち着け。お前が知り合ったという河崎シノちゃんは第三回P・B・Zのチャンピオンだ。それで彼女と同じ黒酔のメンバーは世界的にも有名人なんだよ」
訳が、わからないぞ。
人同士の殺し合いをさせて、しかもシノさんがそれのチャンピオン、そしてその黒酔にはホタルがいる。
あれだけ身近にいた二人が人を殺すっていうのか。
そういえばマサノブはやたらと『強さ』に拘っていた、つまりP・B・Zが関係していたのか。
今すぐにでも誰かに電話をかけて確かめたい衝動を抑える。他はともかくどうしてマサノブやホタルは俺にそのことを隠していたのか、なにか理由があるのか。
「なぁ、父さん。その闘技大会ってなんの意味があるんだ?」
「それは参加する屍者それぞれに理由があるんだろうが、恐らくは優勝した時の副賞目当てだろうな」
「副賞? もったいぶらずに教えてくれ」
「願いが叶うんだよ」
「は?」と、理解が及ばず変な声が出た。
「正確に言えば『現実的に叶えられる要望に人類保全機構が応える』というのが一番近いな、この世界にルールを書き加えるとも言える。たとえば魔法を使いたいだの神になりたいという幻想的な願いは当然無理だ。あくまで現実的に行える範囲で、という話だな」
「それは、人類保全機構になんの意味があるんだ?」
「さてな、ただ優勝者の要望には真摯に答えてくれるそうだ。例えばこの酒だな、第二回優勝者が『酒がのみたい』と頼んだら世界中の自動販売機に酒が追加されたんだ。まったく、よくわからない連中だよ」
たったそれだけの理由で、と口から出かかって思い直す。
実際に今、俺と父親は晩酌をしていた最中だ。酒を楽しみにしている人からはどんな願いよりも優先すべき事柄だったのかもしれない。
思案を巡らせていた俺をよそに、父はなにやら自らの端末を操作している。そしてこちらへ向き直る。
「ダイト、見せたいものがある」
「な、なに?」
「この真ん中にいる人物に見覚えはないか?」
父から差し出された端末の画面には動画が映し出されている。
「この映像はな、少し画質は荒いが第四回P・B・Zの試合中継だ。大会の期間には、このように端末で試合を見ることができるんだが……ここだ」
父は画面をタップし動画を一時停止させる。
五人の人物がならんでいるその中央、白髪のロングヘアーに白い鎧のような衣服を纏ったファンタジー世界の戦士を彷彿とさせる人物が映し出されていた。
「この人が、なに?」
「よく見ろ、誰かに似ていないか?」
そう催促され再び画面に映る白い戦士に目をむける。
衣服の隆起から女性であると認識できるが、顔は、あれ、でもこれって。
「……ナオ?」
「やはりそう思うか」
俺の妹、藤沢奈央だった。
髪型や服装もまるで違う、眼鏡だってかけていない。それでも間違える筈がない、顔の輪郭や鼻筋と口元。どれも俺の記憶にあるナオと一致する。
「どうして、どうしてナオがここに映っているんだ!? それにこの恰好、なんで……」
「わしもな、最初は他人の空似と思っていたんだがお前もそう見えたのなら間違いないだろう。この少女の名前は『ミリア・スワンプ』と登録名にはあったんだが」
「ミリア? それじゃあ別人じゃないのか?」さらに問いを返す。
「どうかな、わしとお前がナオに見えた。そしてこの白髪で日系の顔立ちはなかなかに目立つ」
信じられない、どうしてナオが。それにミリアって名前は――。
「なぁダイト、この端末を受け取った時の事を覚えているか?」
「え? うん、施設で人類保全機構のアンドロイドから貰ったけど」
「端末の登録をする時、もしもだ。違う名前を入力していたらどうなる?」
「それは……つまりこの世界では別人になるってこと、なのか?」
「ああ、わしはナオがそうしたのではないかと考えている」
それは、確かにそうなのだが。それは納得できない、なぜそんなことをする必要があるんだ。
「恐らくお前には理解できないかもしれんがな、ナオは昔の自分を捨てたかったのか、新しい自分にでもなりたかったのかもしれん」
「どうして父さんはそんな冷静なんだよ! 殺し合いなんだろこの大会は? それにナオが昔の自分を捨てたいだなんて、どういう意味だよ!」
父親に言って欲しくない言葉に憤る。目の前にいる親に食って掛からんという勢いで捲し立てるも、父親は冷静な態度を崩さない。
「この世界には会社や団体なんて存在していないが、この画面に映っている白い装束の連中は『コレクト』と呼ばれている組織だ。この組織はチームとして一大勢力となり、四大勢力の一角とも言われている」
父が聞き慣れない言葉を紡いでいく。
「闘技大会はその時によってルールが変わる。第三回が個人戦、第四回がチーム戦だ。そして第四回のチャンピオンチームがその画面に映し出された『コレクト』だ」