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屍者の誇り  作者: 狭間義人
一章
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武器

 フリーマーケットが開かれているという公園へ到着。そこには三十人ばかりの人だかりができていた。

 この世界にきて初めて見る群集に自然と胸が躍りだす。


 先程の自身への疑問は『自分が死んだ時の事なんか覚えていてもいい気分じゃないだろ』と一蹴された。

 生き延びた時間が大切だと言っておきながら、思い出さなくてもいいと矛盾したことを言う。しかし、トラックに轢かれ痛みを感じることなく死んでしまったのならマシなのかもしれない。ゾンビたちに捕まり腕の皮や腸を生きたまま噛み千切られるような死に方は、想像するだけでおぞましい。

 

「さて、私は一旦帰るとしよう。十分くらいで戻る」


「あれ? どうかしたん?」


「私としたことが木刀を忘れた、それにダイトに渡しておきたいものもあるしな」


「俺に?」


「ああ、ではまた後でな」


 そんな『財布忘れた』みたいな調子で物騒なモノを取りに行くといい残しホタルは公園を後にした。


「まったく相変わらずマイペースだな。そうだ、ここの自販機でちょっと腹ごしらえしようぜ、朝からなんも食ってないだろ?」


「ああ、え? 自販機?」


 マサノブに連れてこられたのは公園の端にあった自動販売機の列。

 透明のケースに並べられていたのは、水やコーラなどの飲料水、塩や砂糖などの調味料、カレーや袋麺などのレトルト食品、ニンジンやピーマンなどの生野菜、そして人工肉。


「人工肉!?」


「おう、臭みがなくて適当に塩振って焼くだけでも結構イケるぜ?」


「いや……人、肉って……」


「人間の肉ってわけじゃねーよ! ほら、昔からあったじゃん。食料不足の対策としてえーとなんだったかな。確かクローン技術の応用とか培養とかして作ってるやつだよ。昔はもっと違う名前だったけど」


「ああ、成程な」


 昔、牛や豚を飼いならし丸々と太らせてから食料としていた時代。世界的人口増加の背景にあったのは食糧難。その対策のために先進国が中心となって進めていた、培養技術による食料供給政策。

 俺がまだ小学生の頃、無数にあった牛丼チェーン店は軒並みサイエンスフード店に鞍替えしていた時期があったのを思い出した。


「しかし、凄い数の食料だな。いったい誰が管理しているんだ?」


「人類保全機構だよ、その土地にあった必要物資をこうやって自販機で売っているんだ。この公園はかなり種類が豊富なんだけど、他の場所に行けば酒なんかもおいてあるぜ」


 人類保全機構、凄すぎませんか? 水や電気だけでなく住居や食料まで管理しているなんてどれだけ巨大な組織なんだ。


 数ある食べ物の項目から『おにぎり 高菜 100 byte』をチョイス。

 自販機から落ちてきたおにぎりの梱包を脱がし、パリッと一口。うん、旨い。

 昔よく食べていたコンビニのおにぎりよりもやや米は硬いが充分に食べられる旨さだ。もしこんな便利な自動販売機があの時にあればどんなによかったか、そんな意味のない絵空事を思い浮かべる。

 

 近くにあった階段に腰を下ろし、久しぶりに食するおにぎりを楽しむ。


「ダイト、さっきの話に付け加えることがあるんだけどよ、んぐんぐ。食い物とか飲み物は極力こういう自販機で買って食ったほうがいいぞ、もぐもぐ。自分で野菜作ったりしてるおっちゃんとかもいるけど」と、もりもり食べ物を口にしながら行儀悪く話をするドレッドヘアー。


「どうして?」


「自販機で売られている飲食関係のものは()()()()()()()()()()()()


「ぶはぁっ!」


 思わず吹き出す。ごめんよ米粒ちゃんたち、急にマサノブが変なことを言いだすから。


「ウイルス!? この、おにぎりの中に!?」


「おう、俺たちの身体を維持しているウイルスは段々と減っていくんだよ。だからこうして自販機で販売しているモノを食ったり飲んだりして補給する必要があるんだわ。人類保全機構が管理している食い物とかじゃねえとウイルス入ってないしな」


 平然とウイルスという単語を連発されると気味が悪い。


「それ、じゃあ、ウイルスを摂取しなかったらどうなる?」


「簡単な話、肉が腐り始めて『亡者』もしくは『ゾンビ』になる。昔は意地でも人類保全機構のいうことなんか聞かねーって連中もいたけど、さすがに何回も身体が腐っていく感覚には耐えられなかったんだろうな。そいつらも今じゃ随分と大人しくなったよ」


 強引に世界を支配した組織にたてつきたくなる気持ちもわからないでもない。

 しかし、身体が腐っていく感覚はそれ以上に嫌だったのだろう。

 

 少し頭の中を整理する。

 全世界に『トリマーウイルス』なるものをまき散らし人類を滅ぼした人類保全機構。それは、世界が危機に瀕していたという理由で行った救済措置。

 ゾンビとなった人間たちを昨夜マサノブから聞いた『転生処置施設』と呼ばれる施設で蘇らせ、ウイルスに感染した肉体を『不老』という信じがたい性能を付け加えての転生が施される。


 各国で制定されていた暦から『新生歴』と統一され、今は確か九年目と昨夜マサノブから教えられた。

 ゾンビ、亡者、感染者と呼び方は様々だが、あの日人類を変異させたのは俺たちを特別な身体へ進化させる為。しかし、人間以外の動物にはウイルスが適用外だったために『アンビ(動物ノ屍)』として元人間の『屍者』を襲うようになってしまった。

 俺たちの生活に必要な設備や食料は全て人類保全機構が面倒をみてくれているという状態。旧世界の時のことを考えればかなり快適になっている部分もあるというのは身をもって理解できた。


 しかしそれは、ウイルスを摂取しなければゾンビになる世界。いや、もうゾンビの身体になってしまっているのだから『腐化』したくなければ従えという脅迫に近い世界構造だ。

 いったいどんな顔をした連中がこの世界を創り出したのか一抹の興味を覚える。


 そして、『ウイルスに感染していた期間が長いほど力は強くなる』という理解し難い情報は頭の隅にでも置いておこう。

 

 こんなところだろうか。まだ俺が知り得ない情報がありそうだが、新しく生まれ変わった世界の景観はみえてきた気がする。平和な世界にいたころには信じがたい状況だが、あの地獄を見てきた成果だろうか、大抵の理不尽には耐性ができているようだ。


「お、ホタル戻ってきたな」


 マサノブの視線の先に目をやると、黒い装束のホタルがこちらへ向かって歩いてきていた。

 先程とは違い黒くて太いパンツのベルトに木刀を差し、左手には白い布で包んだなにかを持ち、こちらへ真っ直ぐと進んでくる。だが、その途中で次々と公園の人だかりから声を掛けられている様子。


『ホタルちゃん! この前はありがとう!』


『旧世界のいいお酒を見つけたの、今度シビルちゃんに渡しておくわね!』


『必要な物があったら言ってくれよ!』


 例えて言えば芸能人、ではなく英雄(ヒーロー)に声援を送るような光景。その声援にホタルは空いた右手を軽く振り応える姿も実に様になっていた。

 そして、俺たちの元へ戻ってきたホタルが開口一番。


「なんだマサノブ、またから揚げを食べているのか」


「いいだろ別に、ゾンビのやつらから逃げる時には全然食えなかったんだから。こうして食い戻しをしている最中なんだよ。んぐっ」


 なんだその『食い溜め』の対義語みたいな言い方は、というツッコミは米粒と共に呑み込み座っていた階段を起つ。


「凄いなホタル、本当に人気者みたいじゃないか」


「私と言うよりは黒酔が、と言ったほうが正しいだろうな。この東京付近は黒酔の縄張りみたいなものでな、他の場所に比べればかなり治安がいいんだ」


「さっすが黒酔のお膝元なだけはあるよな。その噂をどっかで聞いたのか、この辺りも前に比べれば随分と住む人も増えたしな」


 この二人とマッキーが当たり前のように話す黒酔というチームの存在、そして先程の声援。

 朧気だが昨日見た黒い特攻服を纏った少女たちを思い浮かべるも、ガラの悪そうな集団にしか見えなかった俺としてはホタルのことが少し心配でもある。

 喫茶店で出逢った河崎シノは仲間想いの人物だと想像できるが、他は果たして――。


「ダイト、これを」


 ホタルが俺に近寄り白い布で包まれた細長い物体を差し出してきた。


「俺に?」


「ああ、再会できたら渡そうと思っていた」


 女子からの贈り物を喜ばない男子はいない。

 ホタルから白い布ごと受け取り、手には硬質な肌触りの感触が伝わってくる。なんだろうと思い、はやる気持ちを抑えつつ一枚一枚重なった布を捲っていく。


「バールじゃないか!!!!」


「バールだな」


「ああ、バールだ」


 しかもこれはただのバールではない、ヒラバールだ。

 バールと言えば狭い場所へ差し込み、建築や解体の現場で使用されるイメージがあるかもしれないがその用途は多岐に渡る。本来はくぎ抜きやはがしに使われる大工道具だが、俺が以前勤めていた工場でも設備のメンテナンスや段取りなどにもにも使用されていた。よく勘違いされがちだがくぎ抜き用のL字側の反対、長手側の先端が平たい面をしている物をバールと呼び、両側がくぎ抜きでヘッドの部分がハンマーの場合はカジヤと呼び方が異なるのだ。渡されたバールは大ぶりなバールとは違い指先から肘までのサイズ感が実に愛らしい。また、胴部分は丸ではなく平たい形状から携帯のしやすさもあって、様々な場面で愛用されるのは言うまでもない。嗚呼、そして世界を魅了するのはこの塗装だ。胴部分の中腹から先端にかけて紺色の装飾はなんと力強いことか。その反対にL字側のヘッドの部分は、照れているのかな? 少女の頬のように赤く染まっている、実にキュートだ。


「――イト! おい、ダイト!」


「ハッ! あ、えと、なんだ?」と、現実に引き戻され狼狽える。


「いや、急に意識がどっかにいっちまった顔だったからよ」


「すまない。でも、どうして俺にバールを?」


「それは……ダイトと言えばバールだからな」


「ああ、バールだな」


『ズキン』


 軽い頭痛に襲われる。

 脳裏に浮かぶ光景はゾンビと対峙する場面。ヤツらの脳天にバールを突き刺し、手に持つバールが滴る血が啜っているかのような光景。俺がヤツらを屠るのに用いていた主力武器(メインウエポン)だ。


「記憶が戻る原因になるのではと思っていきなり渡すのは躊躇していたんだが、今日のダイトは落ち着いているように見えたので持ってきたんだが……」


「ああ、確かに。護身用になにかしらの武器は持っておいたほうがいいかもな。それで記憶は戻ったかダイト。頭痛とかしていないか?」と、心配するような仕草の二人。


「大丈夫だ、問題ない。でも護身用ってどういう――」


 そう言いかけて端末が『ピピピッ』と音を立て鳴り響く。

 俺の端末だけではなくマサノブやホタル、近くにいた公園の人だかりからも端末の着信音が聞こえてきた。その光景は災害速報がおきた光景に酷似しており、慌てて端末の画面へ目を移した。


『緊急警報 危険生物を確認 近隣の住人は至急避難されたし 協力者は至急討伐に向かってください 危険度S』


 端末には謎の文面が映し出されていた。



 



 


 



※バールという工具は特殊開錠用具所持の禁止などに関する法律により、正当な理由なく携帯することは禁じられております。

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