新世界の住処
『カラン』
「ダイト、おまたせ。んじゃ行こうぜ!」と、扉が開かれ友からの誘いがかかる。
「あ、ああ! マキちゃん、ご馳走様!」
「はーい、行ってらっしゃい!」
慌てて残りのトマトジュースを飲み干し席を立つ。
女店主へ別れを告げ、店の入り口で待つマサノブと共に外へでる。するとそこには昨日と同じく、黒い装束を身に纏った宝塚蛍の姿があった。
「ホタル! 久しぶりだな」
「うん……久しぶり」
久しぶりの再会、のはずなのだがホタルはどことなく俺から距離を置くようにして目を伏せている。
「ええっと、昨日は悪かったな。心配かけたみたいで」
「大丈夫。気にするな」
言葉短く、頭を小さく左右に振る姿は冷静で年下だというのに落ち着いている、昔となんら変わりのないホタルだった。服装以外は。
「いやいや、時間は掛かったけどやっと再会できたな。この三人で」
「そう、なのかな。一つ聞きたいんだけど、二人とも最近になって『転生』を受けたのか?」と、先程から気になっていた疑問を口にする。
「ん? いいや、俺は八年前くらいだな」
「私は六年前になるかな」
「それは、おかしいだろ。俺と二人が初めて会った時点でマサノブが二十四歳で、ホタルがたしか十八歳だったはずだろう? それなのに……」
その姿は出逢った時と変わらない、そう言いかけて言葉を止めた。
いくら若作りにしても限度というものがある。ホタルは分からなくもないが、マサノブは俺の年齢を飛び越えていて三十代にしては見た目が若すぎる。
「マサノブ、まだ言ってなかったのか?」
「ああ、そんなに重要なことでもないしな」
二人は何かを察したのか、互いに目を見合わせ俺の方へと向き直る。
「んん、そうだな。わかりやすく言うと『形状記憶』ってわかるか?」
「ああ、金属とか眼鏡に使われている素材の性質だっけ?」
「そうそう、それと似た感じなんだよ、俺たちの身体は。『戻る』んだ。ウイルスに初めて感染した当時の身体に」
「…………はぁ!?」素っ頓狂な声をあげてしまった。
「驚くのは無理もない、私たちも最初は戸惑った」
なんだそれは。どういった理屈で人の身体が『戻る』だなんて現象が起こるんだ?
新しい世界。それは俺にとって分からないことが多すぎる。
「まぁ悪い事ばかりでもないんだぜ。身体が成長しないってかわりに『老化』もしないってことだからな。いいもんだぜ、永遠に二十代の身体ってのも」
「マサノブは相変わらずお気楽だな」と、呆れたような顔の黒髪少女。
「なんだよホタル。お前だって天然の希少な十代じゃないか」
笑顔で話すマサノブに若干の恐怖を覚える。
俺がおかしいのか? ホタルも当たり前のように話しているところをみると、これは世界での常識的なことなのだろう。
まるで一人だけ取り残されたような錯覚に陥る。二人の見ている風景は俺と違うなにかをみているような感覚に、少しだけ寂しさのような感傷に浸る。
「さて、そろそろ行こうぜ。ダイトの住む場所も決めないとな!」
両手を拡げ、ホタルと俺に移動を促そうとするマサノブに待ったをかける。
「マサノブ、俺そんなに金持ってないぞ。ましてやこの辺りなんて……」
「にっしっし! 大丈夫だって、マサノブ様にお任せあれ」と、不安がる俺をよそに歩き始めた。
****
俺の知らない新世界はとんでもなく便利になっていた。
まず端末のアプリケーションから『マップ』を開き、複数あるタブの中から『住居』を選択。
そこから画面に映し出された地図から浮かび上がった複数の居住候補。『ここがいいんじゃないか?』と二人から提案されたマンションへ移動し、先程の端末画面から『住居契約』のアイコンをタップ。
すると、どこからやってきたのか複数のドローンや清掃用ボットが部屋を訪れ作業を開始。
散らかっていた部屋は隅々まで片付けられ、剥がれていた壁紙なんかも丁寧に補修。さらには、新品のLED電球なども取り付けられ電気と水道までも使えるようになった。
そして、作業を終えたボットたちが部屋を出ていき、我が住居の完成である。
「凄い便利だな!?」
「だろう? 役所に届出なんてのもしなくていいし、マジで楽だよな」
「でも、どうなっているんだ? 水とか電気とか、マンションの管理人とかは?」
「いないんだなこれが。こういう集合住宅とか発電所とか水道局なんてのも人類保全機構のロボットが全部管理してるんだよ」
人類保全機構、とんでもない組織だった。
「それでも、家賃とかは?」
「端末の画面見てみ、たぶん驚くぞ?」
そう促され端末の画面に目をやると《ご利用ありがとうございます ○○××マンション 201 号室 月々の使用料 1000 byte です》と表示されていた。
確かバイトを日本円に換算すると『1byte』は『一円』だったはずだから。
「安いな!?」
「おう! つうかどこも一律同じ値段だからな。ぶっちゃけタダみたいなもんだよ」
驚いた。都内でも一等地で、部屋は十五畳ほどありそうなワンルームマンションが千円で住めるだなんて夢のような話だ。
「それにしても、このあたりには人が住んでいないのか? まったく出歩いてるヒトを見かけないんだが」
「それは新しい世界になってから変な噂が広まってな、『東京』なんかは特に住んでいる者が少ないんだ」
部屋についてから無言だったホタルへと向き直る。
「変な噂?」
「ああ、新しくなった屍者の身体は『熱に弱くて腐りやすい』なんていう根も葉もない噂だよ。昔、『ゾンビ』と呼んでいたアレから連想したんだろうがな」
それは確かに想像できる姿だ。
ゾンビへ変異した人間は肉が腐り嫌な臭いを漂わせていた。そのゾンビと同じ身体になったと説明されれば、そう考えてしまうのも無理のない話だ。
「それからは噂を信じた人たちは気温が比較的に低い土地へ移住したんだ。旧世界でいえば北陸地方なんかには今でも多くの者が住んでいるな。そのお陰とでも言おうか、この東京には殆ど人がいないんだ」
「それもなぁ、なんか寂しい話だよな。地元愛みたいなもんはねぇのかよって感じだぜ」
「マサノブ、お前の地元は確か埼玉だろう」
「うるへぇ! 埼玉も大事だけど東京も俺にとっちゃホームグラウンドなんだYO!」
そんなエセラッパーのような素振りでマサノブはホタルへ威嚇する。
そういえばこの二人はよくこんな感じで言い争いしてたっけ。暗くなりがちな生存者グループでもじゃれ合うような明るい話題のひと時。そしてそれを俺と――が一緒に笑っていて、あれ? あともう一人、同じグループで、歳の近い、誰か。
「ああもういいや、次行こうぜ次! 家具とかは部屋にあるもん使えばいいけど他にも色々と必要な物があるだろうしな」
「どうした、ダイト? 顔色が悪いぞ……」
「いや、何でもない。えっと次はどこへ行くんだ?」
ホタルから声を掛けられ浮かびかけたナニかが再び沈んでいく。嫌な予感がした。
きっとそれが浮かび上がった時には、昨日みたいに二人には迷惑がかかる。これからは昔の事を思い出そうとする時はできるだけ一人の時がいいだろう。
「買い物だよ。そういえば今日『フリマ』の日だったよな?」
「ああ、そのはずだ」と、ホタルが相槌を打つ。
「フリマの日?」
「フリーマーケット。ほら、昔も公園なんかでたまにやってただろ? あれと一緒だよ。このあたりに住んでる連中で物々交換したりしているんだ。大半は趣味のものだったりで生活に使えそうなもんはあんまり無いけどな。そんじゃ行こうぜ!」
そういいつつ部屋を出るマサノブとホタルの後を追う。新居の扉に鍵を掛けるのも忘れずに。
****
フリーマーケットをしているという公園へ向かう途中、どうしても気になっていた疑問を口にする。
「なぁホタル、その恰好って……」
全身を黒で統一され、ロングの特攻服を羽織り、少し太目なパンツの先はブーツイン。はっきり言ってガラの悪い服装が気掛かりであった。
「ん、これか? チームの決まりでな、外を出歩くときは着用することにしている」
ホタルはやや男勝りな所もあるが基本的には真面目だ。校則なんかは遵守するタイプなんだろうなと勝手に納得する。
「いいよな、ホタルは。どこいっても人気者だろうしな」
「人気者? 確か『黒酔』ってチームだっけ?」
「そうだ。別に人気者なんかではないがな。マキから聞いたのか?」
「ああ、喫茶店で二人が来る前にシノさんって人と話した後に……」
そこまで言った辺りで二人がギョッとした表情で足を止めた。
「嘘だろ!? あの『河崎シノ』と話したのかダイト!?」と、悲壮感溢れる驚き顔で問うてくる。
「え? ああ、話したぞ。大したことは話してないけど」
「マジか、よく無事だったな……」
マサノブの反応を見るにマッキーが言っていた『男嫌い』というのは本当なのだろう。この場面でジュースを奢ってもらったり、番号を交換したと言えばマサノブがどんな表情を浮かべるか興味はあったが黙っておくことにする。
「マサノブ、失礼だぞ。シノさんは本来優しい方なんだ」
「いやいや、俺たち野郎からしてみれば鬼っつーか『魔人』なんてあだ名で呼ばれてるじゃねぇか」
「それはシノさんに突っかかってきた男共が悪い。私からすればいい気味だ」
「おお、こわ。ホタルも物騒なことを口にするようになっちゃって……」
マサノブがよよよと泣き真似をするのを横目に、先程の喫茶店で会話した内容を思い出す。
つまりは身辺調査。同じチームの仲間であるホタルの知り合いで尚且つ男、心配になったのであろう。そのために食事がてら喫茶店で待ち構えていたとすれば、河崎シノの行動は理解ができた。
なんだ、ホタル。いい仲間と出逢ってたんだな、少し心配だったんだ。
生存者たちでグループを作った時も、あまり同性である女性陣には加わらず俺やマサノブについてくることが多かった。男勝りな性格だからかなと勘ぐってはいたが、新しい世界では同性の友達ができていたことに勝手ながら安堵する。
少しの安心、そして少し寂しいと感じるのは我が儘だ。
「それでマキちゃんからは黒酔ってチームは世界で一番強いとか聞いたんだが、どういう意味なんだ?」
「そうだな、その辺の話もキッチリしておくか。下手に口を出されても俺が困るし」
泣き真似を止め、昨日のように真剣な面持ちに切り替わるマサノブ。
「マサノブ、昨日はどこまで話したんだ?」
「基本的なことばかりだよ。『ウイルスに感染していた期間が長いほど力は強くなる』ってあたりさ」
「それなんだけど、ウイルスに感染したっていうのは……『あの日』からってことでいいのか?」
「そう、西暦二千七十六年七月一日。あの日に全人類はウイルスに感染した。いや、させられたと言うべきかな? 人類保全機構に。それでな、単刀直入に言うと俺が喰われた日のことを誰にも言わないで欲しいんだ」
「え? ああ。わかったよ、でもどうして?」
「この世界では警察や軍なんてものは存在しないからな、自分の身は自分で守る必要がある。この世界は治安が悪くてな、弱者は強者に喰いものにされるしかないんだ。そこで個人の強さを計れる『生き延びた時間』が重要になってくる」
隣で解説をしてくれるホタルだが、いまいち納得のいかない表情を浮かべる俺にマサノブが正解を打ち明ける。
「つまりはさ、弱点になるんだよ。自分の生きた時間が知られれば『あいつは俺より力が弱い』ってなるだろ? そうなれば恰好のカモになっちまうからな。力づくであれこれ奪いにくるクソ野郎から下手すりゃ何回でも襲われるんだよ」
合点がいった。弱者から強者が搾取していた世界、それが間接的にではなく物理的になったという話。
「そう、だから私なんかはマサノブなんかよりもずっと強い」と、涼しげな表情で憎いことを言うホタル。
「キイィ! 薄情者め! 俺のおかげで長生きできたんじゃねえかよ!」
「わかっているよ。感謝してる」
二人のやり取りに思わず頬が緩む。
あの時、マサノブが身を呈して守ってくれなければ俺や他の生存者も長くは生きられなかった。
しかし、待て。それならば俺は――。
「ん? どうしたダイト?」
「俺、死んだ時の事を、覚えていないんだが……」