第三章
かなり、学校から遠ざかった場所で独りの男子高校生がスマホを見ながら入り組んだ住宅地の細道を、足の音も立てず、暗く所々にある街灯の光の円を踏みながら歩いていた。少し、湿った制服と心の外膜が今の私に、ぴったり合っていると思えた。
家の前までついて玄関を前にするが、電気が灯っているわけでもなく、静かな闇が目の前の自宅を不気味に見せる。
そして、私は玄関の鍵穴に合鍵を差してひねり、ドアが空いた音がし、すぐに鍵を抜いて、すぐにドアノブに手を掛けて開けて入り、すぐに閉めた。家の中には誰もいない。
母はいつもの夜勤らしく、父は私が2歳の時に離婚していていない。
父については、私が随分と小さい時だったので、覚えていることは少ないが、たったひとことだが、なぜか忘れていない言葉がある。
それは、「ごめんな。」だった。一体どこで言われたかも、いつ言われたかも、なぜ言われたかもわからない。そして、どんな声色で言われたかもわからない。しかし、この言葉を思い出すたびに、心が締め付けられる感じがして、嫌な気分になる。
小さい頃から私は一人で静かにしていることが多かった。幼稚園の頃はよく周りの大人から「静かにしていて偉い子ね。」と、よく言われた。
しかし、小学校に入ると状況は一変した。今まで周りを大人が囲っていたが、今度は同年代の子供が近くにいるのである。
そうすると、事の通りで周りから孤立するのはもちろん、授業中も、先生から「もっと周りの子達と話なさい。」と、指摘された。
そんな時だった。「お前、暇だろ。」横の机から少し強めのトーンで言われ、ぱっと横を見ると1年生ながら妙に生意気そうで、机に頬杖をついて、こちらを見ている男の子がいる。
しばらくぼーっとその子を見ていると、今度は、「授業ちゃんと聞いてたか?先生の言うことは絶対聞いとけ。今の質問は、…」と、以外にも彼は見た目によらず、きちっとしていた。
その日からだ。彼とは毎日話す縁になっていた。すると、不思議なことに少し乱暴な彼だが、彼の周りにはたくさんの人が寄ってきて、そして、あっという間にクラスの人気者となっていた。
私も彼の周りにいたかった。しかし、押し寄せて来る「彼の友達」に私だけ押しのけられ、結局また、一人になったのは私だけであった。
彼とは放課後の公園で会うことが多くなった。学校にいる時はなかなか近づけずにいたが、放課後の公園は誰もおらず、彼と二人きりで話せる場所であった。しかし、たった10分間の特別な時間。もう、彼とは10分間の友達。という関係で成り立っていた。
そんな関係が続いたら普通なら、そんな付き合いなんて面倒だし、たくさんの友達とたくさん遊びたいと思うだろう。きっとすぐにこの縁も切れてしまうだろうと思っていた。しかし、彼とのこの付き合いは小学三年生まで続いたのである。
その日の夕暮れの真っ赤な太陽は、私独りの影を映していた。ベンチも遊具も私と同じく、ひとつ、細長く、寂しい雰囲気が漂う影を落として、住宅街のでこぼこの地平線に沈みかけている。
私は悲しさや虚しさに歯を食いしばっていると、辺りがふっと暗くなってやっと帰る気分が湧いてきて、それまで座っていたブランコからひょいと降り、歩き出した。
彼は結局来なかった。