第ニ章
ただ、友達はいなかった。
孤独、と言えばそういう訳でもない。しかし、毎日何気ない戯言でも話せるような人がいたかといえば、そういう訳でもない。
まるで、命令されたら動くロボットか、それとも、呼ばれたら駆けつける召使いか。それはもう、クラスメイトに向ける目ではなく、何か心のない無機物にでも話しかけるような目だった。
冷たく、心を見通せないような。真っ黒い目には自分は映っていない。物を見る目が自分に向けられている。そうして、私はいつからかは分からないが、クラスの中で浮き始めていた。
そしてある日、つまり昨日だ。私はいじめを受けた。
朝に登校すると、机の中に手紙が入っていた。そこにはこう書いてあった。「お前なんかいらないから。」随分と乱暴な字で書かれていて、正直驚いた。
周りを1回確かめようとしたが、全員がこちらを見ているような気がして、笑っている気がして、顔を上げるのをやめた。
顔をうつ向けたまま席を立って教室を出て、すぐにトイレに向かった。そして、個室にこもって便器に座り数十分泣き続けた。
しばらくすると、数人の足音がする。そして、私がいる個室のドアの下の隙間から6本、足が動くのが見える。その次の瞬間だった。
上から水滴が降ってきてかと思うとすぐに大量の水が落ちてきた。頭の頭頂部の髪の毛から指定靴のメッシュの部分まで、ほんの一瞬で全身が濡れて思わず「わっ。」と声が出た。
それが聞かれたのか、それとも、私にバケツの水をかけた達成感か、男子3人は大声で笑って個室から離れてトイレを後にした。
当の私は放心状態だった。ただ、悲しく切ない、言葉で説明しきれない感情が今度は全身を濡らした。もう、ここから立ち上がる気力すら湧き上がらずに数時間はここでこもった。
トイレの中はもう暗くなり始めており夕暮れの光が寂しく白い天井にオレンジ色を映していた。そこで私は、ここから出るという、若干の焦りが募りようやくドアの鍵に手を添えた。
そうして、軽く右手を外の方へ押すと簡単にドアは外に開いた。数歩、歩いて誰もいない廊下に出た。
それで、安心した私自身が馬鹿な奴だとわかった。
日が傾きもうすぐ地平線に差し掛かろうとしている。その東の空は薄い雲がかかっていて雲の奥には夜を感じさせる、群青色の影が覗かせている。
自分はそれに気付かずに日々過ごしているのが目に見えずにいたため、結局のところ何もかも遅かったのが原因なのかも知れない。
そうして辺りは、夜の闇に暮れていった。