脅迫状の罠
Mホテルから県警本部までの道中、白垣は、少し笑いながら、
「それにしても、中州で私が関係無いと言い切ったんですが、田端や西城仁志の名前が出てきてしまい、びっくりしました。まあ、まだ関与していると言い切れないですが」
と言った。
「私は、大いに関与していると思います。ようやく、突破口が見えた感じです」
城戸が、そう言うと、白垣は、
「確かに、突破口は見えましたが、相手が政治家とか、大物が関与しているとなると考えると、私は先が思いやられてしまいます」
と、渋い顔で言った。
二人が捜査本部に戻ると、すぐに捜査会議が開始された。福岡市での一件が、今回の事件に関与しているらしい、という事を踏まえてでの会議である。
福岡市による、三百万円の簿外処理についての説明を聞いた南条は、
「その問題で、一番怒っているのは福岡市民ですよね」
と、言ったが、城戸はすぐさま反論した。
「君の言うことは間違いでは無いが、今回の事件に当てはめて考えなければならないんだ」
「犯人は、市長の田端ではないですか?」
野口が、城戸を見てそう言った。
「動機は何ですか?」
「動機は、金をしつこく要求され、嫌気が差したのではないでしょうか。なので、関係を断ち切ろうと、犯行に及んだんです」
「では、無関係の恵比須流以外の総務を殺害した理由は?」
「偽装のためです。西城清志だけ殺すと、三百万円の事がすぐバレると恐れたのだと思います」
「それはどうであれ、田端が、金の要求に嫌気が差して関係を断とうとするなら、西城仁志を殺害するでしょう。実際、西城清志の方は、市に金を要求したわけじゃありません。市に要求したのは、西城仁志の方なんです」
次に意見を出したのは、白垣だった。
「恵比須流だけが三百万円を多くもらっていて、他の流れは良く思わないでしょう。なので、犯行に及んだ、というのは考えられませんか?」
「恵比須流以外の総務を殺害した理由はどうお考えですか?」
「これも、偽装ではないですか?」
城戸の反論に、白垣が自信なさげにこたえる。
「よく考えてみると、三百万円の件で恵比須流に恨みを持ち、殺害した場合、偽装の必要はないんです。恨みを持つ犯人は、逆に警察や世間に知らしめる方法を選ぶと思います。恵比須流の悪行を隠す必要は、全く無いわけです」
城戸が、そう反論すると、川上が意見を出した。
「逆に、山笠の各流の総務が殺されて喜ぶのは、恵比須流の総務の西城清志ではないでしょうか。仮に、他の流が、三百万円の件を知っていてですが」
「私も、川上と同意見だ。口封じを図るため、殺害した可能性は大いにあると思う」
城戸がそう言うと、白垣が噛み付いた。
「城戸警部、恵比須流の西城清志は、大濠公園で被害に遭っています。なので、どちらかというと、被害者側の人間だと思うのですが?」
「それも、果たして事実かわからないですよ」
「つまり、どういうことですか?」
「西城清志が、自分で自分を切り付け、あたかも被害を受けたかのように見せかけた。簡単に言えば、自作自演の可能性も十分にあるわけです。何より、西城は一命を取り留めてますからね」
「大濠公園の事件は、犯人である西城清志が、被害者面をするための一人芝居だったという事ですか?」
「はい、そうです。もし、恵比須流の西城が、ただ単に他の総務の口封じを図っていたならば、最終的に自分だけが生き残って疑われる。そこで、自分も何者かに狙われたが生き残った、という芝居をしたんですよ」
城戸は、自慢げにそう言って、さらに説明を続けた。
「こう考えると、三百万円を要求する脅迫状も、説明できると思うんです。脅迫状は、真犯人である西城清志が、警察に犯人は山笠振興会外部の人間だ、と思わせるためだけに、殺害現場に置いたんだと思います」
すると、白垣が目を大きくして言った。
「すると、脅迫状は、金を得るためでも何でもないという事ですか?」
「はい、そうです。山笠の各流に三百万円を支払わせるためでもないんです。ただ、自分の容疑を晴らすための偽装ですよ」
「確かに、我々は、脅迫状で『山笠を恨む男』と謳う振興会外部の人物が犯人とみて、その人物は誰かという事に重点を置いて捜査してきました」
南条が、確認する口調でそう言った。
「そして、我々は、特急『きらめき四号』の事件で安達雄介という男に目を付けたが、結局、事件とは無関係だった。我々は、犯人の仕掛けた罠に嵌ったわけです」
城戸の発言を受けて、野口が、
「今考えてみると、安達への罠は『きらめき四号』での事件だけではなかったようですね」
と、落ち着いた口調で言った。
「確かに、その様に思えます。西城が罪を着せようとしたのは、振興会を辞任に追い込まれた、安達でしょう」
「まんまと罠にハマったわけか。西城のやつ、恍けやがって!」
白垣が、悔しそうに言った。確かに、白垣は、安達犯人説を支持していた立場だった。
ここで、福岡県警と警視庁の捜査員全員が納得し、一連の事件は、西城清志が犯人という結論に至った。それでも、会議は終了しなかった。
野口が、
「城戸警部」
と、言い、質問をした。
「西城清志は、大濠公園での事件の後、入院しています。特急『きらめき四号』での犯行は不可能と考えられますが───」
「それは、簡単ですよ。恵比須流には、他の人間もいるでしょうから、殺害を依頼すれば可能ですよ」
城戸が、軽い口調で言った。
「すると、実行犯もいるわけですね」
野口が、肯きながらそう言った。城戸は、さらに続けた。
「どちらかというと、西城清志も実行犯の立場だと思います」
白垣は、顔を驚かせ、
「指示した人間が他にいるんですか?」
と、城戸に質した。すると、城戸は、自信に満ちた面持ちで答える。
「指示者は、西城仁志だと思いますね。西城仁志には、現職の衆議院議員という地位があります。しかし、税金の三百万円が外部に不正に流出した事件に関与しているとして、不祥事が世間の明るみに出てしまうと、地位に影響してしまいます。それを阻止しようと図った西城仁志が、兄の清志に殺害を依頼したんだと思います。清志の方は、貴金属店の経営者の様ですが、仁志と比べると然して重い地位や権力は背負ってないと思われます」
そういう城戸に、川上が言った。
「それなら、田端が指示者の可能性もあり得るんじゃありませんか?」
「確かに、それもあり得る。田端には、現職の福岡市長という地位があり、それだけではなく、衆議員議員候補として、次の選挙に福岡一区で出馬しようとしているんだ。今回の会計不正は、国政に挑戦する彼にとって、十分すぎる不祥事だよ」
「では、殺害を指示したのは、一体どちらでしょうか?」
野口が、腕を組んで疑問を口にし、考え込んでいた。しかし、城戸はそんな疑問に、野口の様に考え込むことなく、平然と答えた。
「指示したのが田端だろうが西城仁志だろうが、その指示を受けたのが西城清志であることに変わりはないんです。なので、我々は、西城清志を逮捕し、どちらの指示で動いたのかを聞き出して、明らかにすればいいだけです」
城戸が、そう言ったことで、どうやって事件を解決するか、という肝心な議題に変わった。
「今のところ、どの事件でも犯人を示す証拠はまるでない。どうやって犯人を逮捕するか、だな」
白垣が、そうやって嘆く。
「しかも、相手は大物です。政界の人間が、素直に自白するとは思いません」
野口も続けて嘆いた。
そんな二人に、城戸が、相談する様に声を掛ける。
「確かに、政界にいる人間を追い詰めるのは難しいです。ましてや、市長と衆議院議員です。なので、被害者をマークするのはどうでしょう?」
白垣が、顔を上げて、城戸の目を見ながら質問した。
「被害者に着目してどうするのですか?」
「犯人、つまり西城清志の仲間は、今まで山笠の各流の総務を連続して殺害しているんです。次に被害を被る人間も、きっと、まだ生きているどこかの流の総務でしょう。その総務を徹底的にマークしていると、殺害を企む人間が現れるはずです。そこを、現行犯逮捕し、自供に持ち込ませるんです」
城戸は、そう言って、まだ被害に遭っていない、山笠の各流の総務の名前を、ホワイトボードに書き出していった。
中州流 総務・本部員会計 常田淳司
土居流 総務・本部員広報 小池英二
大黒流 総務・本部員広報 柳原太蔵
東 流 総務・本部員庶務 喜多芳郎
すると、白垣が、口を尖らせて言った。
「でも、結局、自供に持ち込む必要があるわけでしょう?」
「しかし、犯人を示す証拠を持っていない今、我々ができることはそれぐらいしかありません」
城戸は、訴えるようにそう言った。
確かに、犯人を示す証拠はまるでなかった。上野公園では、山西の報告した、法被姿の二人の男が、殺害現場に向かって歩いていた、という曖昧な証言しかない。
大濠公園の事件では、犯行時刻は早朝だった。時間が時間なだけに、福岡市民の憩い場とはいえ、目撃者はゼロだった。
特急『きらめき四号』では、安達が犯行時刻に、死体発見現場に居たという車掌の証言のみである。
証拠と言えば、各事件現場に、何者かの靴跡が残っていた。その靴跡は、上野公園の現場だけ別の物だった。恐らく、上野公園の事件の犯人は西城清志で、大濠公園と特急『きらめき四号』の事件の犯人は、恵比須流の他の人間なのだろう。
城戸は、その靴跡で、西城清志の犯行が証明されるだろう、と考えていたので、逮捕には苦労しないだろうと思った。しかし、西城仁志か、田端の逮捕は、やはり苦しむことになるかもしれない。
ただ、だからと言って、今迷っている暇はない。次の犠牲者がいつ出るかわからないからである。
取り敢えず、城戸が出した案の通り、まだ生存している山笠の総務に監視をつけることにした。
そうすれば、西城清志の指示を受けた、実行犯を突き止める事ができる、という策略である。
早速、その日の内に、山笠の総務に監視が付いた。
城戸は、南条や川上と共に、中州流の常田の監視をすることになり、覆面パトカーの車内から、自宅を見守っていた。
白垣は、野口と共に、喜多の監視をしている。
勿論、他の二人にも、福岡県警の捜査員による監視がついている。
監視を始めてすぐに、日は暮れてしまった。