政治と山笠
城戸と白垣を乗せた特急「きらめき四号」は、終点小倉に、十一時二八分に着いた。時刻表通りである。
二人は、特に小倉での用事はないので、直ぐに新幹線「さくら五四九号」で、博多に戻った。
その「さくら五四九号」の車内で、白垣は、部下の野口に連絡を取った。
「一月二四日に、特急『きらめき四号』として走った車両の、二号車デッキにある、『コモンスペース』という場所を調べて、その部屋に濱嵜に関する証拠が何かないか調べてくれないか?」
白垣は、野口にそう言って頼んだ。勿論、濱嵜が『コモンスペース』に居たことを証明するためである。
白垣からの依頼を受けた野口は、まずJR九州に連絡をして、一月二四日に『きらめき四号』として走った車両を調べたいので、その車両は今どこにあるのか教えてほしい、と問い合わせた。
すると、直ぐにJR九州の担当者からの返事があり、
「一月二四日に『きらめき四号』として走った車両は、今、南福岡駅横にある、車両基地にあります。今日はもうその車両基地から出て客は乗せないので、調べたい事があるのなら、南福岡の車両基地に来て欲しい」
という返事だった。そこで、野口は福岡県警の鑑識課数名を、車両基地に行って、調べるように指示をした。
車両基地に到着した鑑識課の数名は、直ぐに、問題の車両の「コモンスペース」で、調べ始めた。
すると、数本の頭髪が発見された。それ以外に、指紋や足跡などの証拠はなかったので、その数本の頭髪だけを、県警に持ち帰り、さっそく調べ始めた。勿論、濱嵜のDNAと照合し、一致するかを調査する。
その結果が出た頃、城戸と白垣は、既に県警本部の、捜査本部に戻っていた。
捜査本部に、若い刑事が勢いよく入ってきて、
「警部、結果が出ました」
と言って、一枚の紙を渡した。その紙を一通り見た白垣は、城戸に、
「城戸警部、『コモンスペース』の中から見つかった頭髪のDNAが、濱嵜のDNAと一致したそうです」
と言った。
「つまり、一月二四日の特急『きらめき四号』車内の『コモンスペース』に濱嵜は居たと、証明されたわけですね」
城戸は、そう言った。そして、実際に特急「きらめき四号」に乗ってみてわかった、一月二四日の事件の詳細について、城戸が、捜査員の前で報告した。
「という事で、安達が犯人ではない可能性は、百パーセントに近くなりました」
城戸は、そう言って報告を締めくくった。すると、南条が、
「警部、こちらでは、面白いものを見つけましたよ」
と、言って、一冊の週刊誌を城戸の前に出した。
その週刊誌は、S出版が刊行する、「週刊ニッポン」という週刊誌だった。
予め、あるページに付箋が付けてあって、南条が、そのページを開いた。それには、大きく、
〈福岡市の杜撰な会計!博多祇園山笠に、税金300万円が流出!?〉
という見出しがあった。
「これは、先々週発売の、『週刊ジャパン』という週刊誌の記事です」
南条は、城戸にそう言い、説明を続けた。
「福岡市が、税金の内三百万円を簿外で処理したそうで、この記事によると、その三百万円は、博多祇園山笠、厳密にいうと、恵比須流に全額が流出した、というのです」
川上が、南条の説明に付け加えた。
「まあ、この週刊誌の記事が事実とは限りませんが───」
すると、城戸は、
「それでも、調べてみる価値はありそうだよ。三百万円という額は、今回の事件で重要なんだ」
城戸は、自分に言い聞かせるようにそう言った。
「はい、我々も、三百万円という額に注目したんです」
城戸は、その週刊誌の記事を書いた記者の名を探した。すると、左下に記載されていた。
〈S出版 倉田雄二〉
と書かれていた。そこで、城戸は、S出版に連絡をして、
「先々週の『週刊ジャパン』について、倉田雄二という記者に会って話がしたい」
と頼み込んだ。すると、相手は、居場所を調べるので、また数分後に連絡をする、と返事した。
約束通り、数分後に、電話が鳴った。やはり、S出版からの電話で、倉田本人が出た。
「私に会って、先々週の記事についてお話がしたいそうですね?」
「はい、私、ある殺人事件を捜査している、警察の者なんです。是非福岡でお会いしたいのですが───」
「それなら丁度良い、私は、明日に取材のために福岡に行くんです。明日の午前十時、博多駅近くの、Mホテルでお会いしませんか?
「お忙しいのに、ありがとうございます。明日の午前十時に宜しくお願いします」
城戸は、そう言って電話を切った。
翌日、城戸と白垣が、Mホテルのラウンジ前で、ソファに腰掛けていると、午前十時きっかりに、クールで爽やかな感じの、男がこちらに向かって歩いてくる。年齢は、三十代位だろうか。
その男は、城戸と白垣の前で立ち止まり、
「S出版の記者をしております、倉田です」
と、深く礼をして、名刺交換をした。
倉田は、白垣の名刺を見ても何も反応しなかったが、城戸の名刺を見ると、驚いた顔をして言った。
「警視庁の刑事さんなんですか?」
「はい。東京で起きた事件と関連がある、という事で、福岡県警と合同で捜査しているんです」
と、言うと、
「そうなんですか」
と、他人事のように、軽く倉田が言った。
そして、倉田がソファに腰掛ける。
「我々は、博多祇園山笠振興会の関係者が、連続して狙われる事件の捜査をしているのですが、この記事に関してお話を聞きたいと思い、お呼びしました」
城戸は、そう言って「週刊ジャパン」の問題のページを開いた。そして、再び話を続けた。
「この、福岡市が三百万円を簿外で処理した、というのはどうして判明したんですか?」
「ある他の記事で、福岡市に情報公開請求をしたのですが、それで手に入れた書類を良く調べてみて、判明しました」
「その他の記事というのは何ですか?差支えが無ければ教えてください」
すると、倉田は微笑しながら、
「山笠とは、関係ありませんよ。ただ、全国の自治体は税金を正しく使っているのか、という記事載せようと思い、全国の全ての政令指定都市に、情報公開請求をしていたんです」
「そして、福岡市の情報公開請求の結果、簿外で三百万を処理していたことが判明したんですね?」
「はい、その通りです」
「この記事では、その三百万円の流出先は、博多祇園山笠の恵比須流と書いてありますが、それはどうして判明したんですか?」
「ある情報提供者による情報です」
「その情報提供者とは、どなたですか?」
「それは、申し上げられません。匿名希望での情報提供ですので」
倉田は、きっぱりと城戸に言った。城戸も、そこに拘らず、質問を続けた。
「では、どう言った内容の情報提供でしたか?」
「恵比須流が、他の流より三百万円を多く受け取っている疑いがある、という情報です。決算書を調べてみると、恵比須流が三百万円を多く受け取っていたのは事実でした」
「そもそも、博多祇園山笠振興会というのは、どこからの収入で運営しているんですか?」
「福岡市から、『祭り振興事業補助金』というのが、毎年二千七百万円払われます。それを、分配して各流の手元に届くんです」
「具体的に、分配金はどのくらいの額になるんですか?」
「まず、振興会が、二千七百万円から、六百万円を取ります。残った二千百万円を、七つの流に等しく分けます」
「つまり、一つの流に三百万円ずつですね?」
「はい、そうです。しかし、恵比須流は、他より三百万円多い、六百万円受け取っていたんです」
「つまり、その『祭り振興事業補助金』というのは、振興会を通じて、各流に払われるですよね?」
「はい、そうです」
「では、福岡市で簿外処理された三百万はどうでしょう?これは、やはり振興会を通じてないんですか?」
「振興会に事実確認をしたところ、全く知らないそうなので、振興会は経由していないでしょう。そもそも、振興会は、それを知ったら許さないでしょう」
倉田は、そう言った。
「それでは、具体的に三百万はどのような経路で、恵比須流に流出したのでしょう?」
「それは、恐らく、ある衆議院議員が一枚噛んでいると思うんですよね」
「その衆議院議員の名前は、西城仁志ではありませんか?恵比須流総務の一つ違いの弟で、福岡一区選出と聞きました」
「はい、その通りです」
倉田は、目を輝かせてそう言い、話を続けた。
「で、その西城仁志なんですが、現職の、田端福岡市長と関係が深いんです。田端は、西城仁志の力のお陰で、市長に上り詰めた男です。ですから、田端は西城を慕っています。師弟関係で言うと、田端の師匠が西城で、西城の弟子が田端、という事でしょう」
「それで、その西城仁志がどのように関与しているんですか?」
「これは、憶測でしかありませんが───」
不安そうにそう言う倉田に、城戸は、
「構いませんよ」
と声を掛けた。
「まず、恵比須流総務で、兄の清志が、弟の仁志に、金が無くて恵比須流の運営に困っている、と相談したんでしょう。それは、勿論、仁志の力で、市から何か援助を受けられるだろう、という計算の元です。それを聞いた仁志は、弟子である、田端に、自分の兄の所、つまり山笠の恵比須流に金をやってくれないか、と話したんでしょう。それで、田端は、三百万円を簿外で処理し、恵比須流に送ったのではないでしょうか」
「それには、私なりに疑問があります。確かに、田端にとって、西城仁志は師匠かもしれません。しかし、師匠の兄と言っても、それは見知らぬ人間と同然だと思います。つまり、その見知らぬ人間にそこまでして資金援助をするでしょうか?」
「それが、見知らぬ人間なんかじゃないんです」
倉田は、鞄の中から何かを漁った。すると、何かを見つけたようで、
「信じられないでしょうが、山笠と政治は、関係が深いんですよ」
と、言いながら鞄から取り出し、城戸の目の前に置いた。
一枚のカラー写真である。城戸には、倉田に質問しないでも、山笠の舁き山の写真であることが分かった。その舁き山に、背広の上から法被を羽織った男三人が乗っている写真である。
「これは、山笠の舁き山の写真です。その舁き山に乗っているのは、城戸警部の方から見て左から、現職の三浦福岡県知事、そして福岡市長の田端、福岡一区選出の西城仁志です」
「これは、つまり、どういう事ですか?」
「地元県知事と、市長、福岡一区選出の衆議院議員が舁き山に乗るのは、『集団山見せ』と言って、毎年恒例なんです。そして、この三人が乗っている舁き山は、恵比須流の舁き山なんです。この写真で私が言いたいのは、恵比須流総務の西城清志と、田端は、少なくとも一回は面識があるという事です」
城戸は、呆気に取られたような感じで、その写真を見ていた。
すると、ここまで終始無言だった白垣が、口を開いた。
「山笠の流というのは、資金面でどこも困っていたんですか?」
「私にも詳しい事はわかりませんが、恐らく困っていたでしょうね。山笠というのは、元々神輿の華美を競うものですから、毎年凝った神輿を、とやっていたら当然費用も嵩んでいくでしょう」
倉田は、次に城戸を見て、
「この、福岡市の会計不正は、今回の殺人事件と何か関係あるんですか?」
と、逆に質問した。
「今の時点で判断はできませんが、私は大いにあると思いますよ。どちらにしろ、貴方からの話で、事件の核心に迫る事ができたと思っています。お忙しいところ、ありがとうございました」
城戸と白垣は、立ち上がって、倉田にお辞儀をし、その場を去った。
Mホテルを出た二人は、覆面パトカーに乗り込み、県警本部へと戻った。