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特急『きらめき四号』の罠  作者: にちりんシーガイア
第七章
7/10

再び、特急「きらめき四号」

 城戸は、白垣と共に、博多駅に居た。特急『きらめき四号』に乗るためである。

 その後、城戸は、博多駅二番ホームを舞台に、心を躍らせる。

 城戸が、博多駅二番ホームに上がると、ホームには、言葉通り、真っ青な塗装を纏った、特急『ソニック十五号』が、十時十九分の出発を待っていた。特急『ソニック』は、博多と大分おおいたを二時間で結ぶ特急列車である。

 その、特急『ソニック』の青い車両には、車体にいくつものロゴが散りばめられていて、それが一々かっこいいのである。これは、誰かが乗客の心を感動に導く為、一生懸命考えて設計デザインされた列車なんだ、と城戸は直感的に感じた。

 そして、車内を覗くと、特徴的な座席の枕部分ヘッドレストが並んでいた。

 そうやって観察をしているうちに、特急『ソニック十五号』は、大分に向けて出発してしまった。

 次にやってきたのは、快速門司港(もじこう)行き、つまり何の変哲もない、人々の生活の足となるだけの、いわば地味な電車のはずだった。

 しかし、その快速門司港行きは、それさえも裏切ってしまった。

 入線してきたその列車は、真正面から見ると、真っ黒な顔立ちで、しかし、横から見ると真っ白という、他の通勤・通学用の電車には、他に類を見ない斬新な配色だった。そして、さっきの特急『ソニック』に見られた、一々かっこいいロゴも、当たり前のように散りばめられている。

 ドアが開き、客の出入りが収まった後、城戸は、車内を覗いてみた。すると、城戸は、思わず衝撃を受けた。

 車内の、横に続く長い座席(ロング・シート)は、木でできていたのだ。

 九州人は、木のぬくもりを感じながら、通勤・通学しているのだ。城戸は、それに憧れてしまった。そして、プラスチックの溢れる、味も何もない東京の電車に、怒りさえ覚えてしまう。

 その後も、個性的な列車が、博多駅二番ホームを発着していった。

 十時三五分を回ると、楽し気なメロディの後に、特急『きらめき四号』小倉行きの入線を知らせる放送があった。

 城戸は、次は一体どんな個性的な車両が現れるのだろうか、と、覗き込むように特急『きらめき四号』の到着を待っていた。

 すると、奥から、真っ黒な列車が現れ、こちらに少しずつ向かってきている。

 その真っ黒な車体は、巨大な駅ビルの陰に入り、形は見えなくなり、四つの前照灯ヘッド・ライトのみになった。

 駅ビルの影を抜け出すと、再び真っ黒な車体が現れた。城戸は、期待を裏切らない、考え抜かれたデザインだ、と感心した。どこか、中世ヨーロッパの鉄仮面の騎士を思わせる。単純ではあるものの、重厚感がある、という顔だった。お約束の、かっこいいロゴも、勿論散りばめられている。

 ドアが開くと、城戸は、白垣と共に列車に乗り込んだ。

 特急「きらめき四号」は、外観エクステリアだけでなく、内装インテリアに関しても、細部まで作りこまれていた。

 一号車のデッキは、色の濃い木でできていて、シックな感じで作られている。ホテルのフロントの様な雰囲気である。

 城戸と、白垣は、グリーン個室の切符を取っていた。前日夜に手に居れた切符だったが、まだ売れていなかったのだ。事件当日、車掌をしていた小野田の言う通り、一時間足らずの乗車時間で、グリーン個室を利用しよう、という客はやはり少ないのだろう。

 グリーン個室までの通路には、ダウンライトが、天井にいくつも埋め込まれている。鉄道車両の照明は蛍光灯が言うまでもなく主流だったが、この車両は、その常識を破ったのだ。そのお陰で、鉄道車両の車内とは思えない、どちらかというと、ホテルを思わせる空間である。

 城戸は、グリーン個室の入り口である、木製の扉を見つけた。それは、金の燕の飾りがある、しゃれた扉だった。

 中に入ると、これまたシックな世界が広がっていた。淡いパールオレンジの壁に、落ち着いた柄で、エル字型のソファ、中央には、木製のテーブルもあった。

 「サロンコンパートメント」と呼ばれるグリーン個室には、グリーン車の通路と同じく、これまで当たり前のように使われていた蛍光灯はなかった。そのかわり、天井てんじょうに向けられたいくつかのスポットライトが、反射によって、「サロンコンパートメント」を照らすという、なんとも言えない極上の照明器具が使われている。

 天井に向けられたスポットライトにより、空間を照らす鉄道車両などあっただろうか。「サロンコンパートメント」は、ホテルのラウンジ以外の何でもない空間だった。

 城戸と白垣は、エル字型のソファに腰掛けた。白垣も、ホテルと同然の、グリーン個室の空間を楽しんでいた。

 十時三八分に、特急『きらめき四号』は、時刻表通りに博多駅を出発した。

 城戸は、白垣と共に、グリーン個室で、駅の売店で買った缶コーヒーを飲んでいた。

 黒崎駅に到着する、十一時一七分までは、一月二四日に何も事件は起きていないので、特にすることもない。なので、雑談を楽しんでいた。まず、城戸が白垣に話しかけた。

「白垣警部、何やら、九州には楽し気な列車がたくさんありますね」

「確か、JRジェイアール九州には、顧問デザイナーがいたはずです」

「つまり、JR九州の列車は、そのデザイナーによるデザインという事ですか」

「はい。城戸警部もご存知かもしれない、『ななつぼしinイン九州』とかも、そのデザイナーの作品のはずです」

「ななつ星なら、東京の自分も知っていますよ。九州を一周する、クルーズトレインとも呼ばれる、豪華寝台列車の事ですよね」

「はい。他にも、九州にはD&(アンド)S列車というのが、九州中を走っていますよ」

「それは、どんな列車ですか?」

「所謂、観光列車です。『SL人吉エスエルひとよし』『海幸山幸うみさちやまさち』『Aエー列車で行こう』最近だと、『かわせみやませみ』何かがあるんですよ。D&Sとは、デザイン&ストーリーという意味で、九州を走る観光列車には、洗練されたデザインと、その土地を走るストーリーを持ち合わせなければならない、という意味だそうです」

「面白そうですね。いつか、私も観光で九州を楽しんでみたいです」

「さっき言った、『A列車で行こう』なんかは、車内でハイボールが楽しめるんですよ」

 白垣は、笑顔で言った。

 そんなことを話しているうちに、特急『きらめき四号』は赤間駅に到着した。

 そして、赤間を発車し、真新しい折尾駅もすぐに発車し、ついに黒崎駅に到着した。

 その黒崎駅を出発すると、城戸が、

「白垣警部、ついに黒崎を出ましたよ」

 と、言って立ち上がった。

「取り敢えず、『携帯電話室』に行ってみましょう」

 白垣も、そう言って立ち上がった。

 途中、二号車の一番A席を確認した。被害者の濱嵜が所持していた切符の座席である。

「濱嵜は、この座席の切符を持っていたんですね」

 白垣が、確認するようにそう言った。

「はい、そうです。でも、結局誰も現れませんでした」

 結局、二号車一番A席には、何もなかったので、二人は、「携帯電話室」に向かった。

 二号車の客室を出ると、すぐに赤い扉の「携帯電話室」があった。

 白垣が、その赤い扉を開け、「携帯電話室」の中を確認した。

 「携帯電話室」には、中に簡易的な、木でできたテーブルがあるだけで、どちらかというと「多目的室」という感じで、いろんな用途に使えそうな空間だった。おそらく、前は公衆電話が置いてあったのだろう。時代の流れで、携帯電話が普及し、公衆電話が取り除かれ、「携帯電話室」となったのだろう。

 その携帯電話室で、一月二四日に、濱嵜の死体が見つかったのだ。

「城戸警部は、殺害現場は、ここではないとお考えなんですよね?」

 白垣が、城戸にそう訊いた。

「はい。ただ一方で、他の乗客もいる、客室を通って死体を運んだ、とは思ってません。つまり、濱嵜の殺害現場は、ここ辺りにあると思うんですよ」

 城戸は、そう答えた。すると、白垣は、指を差しながら、

「あそこに、広そうなトイレがありますよ」

 と、興奮した口調で言った。しかし、城戸は落ち着いた口調で、

「トイレはないでしょう。ほかの乗客が利用することも多いわけですし」

 と、反対した。

 城戸は、辺りを、何か死体を隠せるような場所はないか、と見回した。城戸は、まさか車掌に「この列車に死体を隠せる場所はありませんか?」と質問するわけにはいかないので、自力で探す必要があると考えていた。乗り込む時は、何としても探すぞ、という強い意気込みだったが、今となっては、そんな所が列車内に本当にあるのか、という感情を持っている。

 そんな時、城戸は『携帯電話室』背を向けてみた。すると、ガラスというよりは、透明なアクリル板で覆われた部屋があった。安全面への配慮のため、アクリル板なのだろう。

 その部屋は、中に簡易的なベンチが置いてあるだけだった。「関係者以外立ち入り禁止」の類の注意書きはなかったので、スライド式のドアを、開いてみた。

 中に入ってみても、ただベンチがあるだけの空間である。しかし、カーテンがあり、外から中が見えないようにでき、扉を良く見ると、施錠できるようになっていた。

 つまり、ここが濱嵜の殺害現場でもおかしくはない。ベンチとはいっても、人一人横になれる余裕はあるし、カーテンで中を見えないようにすることができる。鍵だって掛けれるのだ。

 城戸が、その部屋を色々と見回していると、車掌が通りかかったので、

「車掌さん、すいません」

 と、呼び止めた。別に、身分を明かす必要はないと思い、警察手帳は示さなかった。

「このお部屋は、何ですか?」

 そう質問すると、中年の車掌が、指を差しながら答えた。

「その部屋は、『マルチスペース』ですよ」

「『マルチスペース』?」

「はい、分かりやすく言うと、多目的室です。体調を悪くされたお客様に横になって頂いたり、赤ちゃんをお連れのお母さんには、カーテンを閉めて『授乳室』としても利用して頂けます」

「この『マルチスペース』を利用する場合、車掌への申告が必要ですか?」

「いいえ、自由に利用して頂いて構いませんよ。何か緊急時は、中に呼び出しボタンがありますので」

 城戸が車掌に礼を言うと、車掌は、三号車の方へ歩いて行った。

「白垣警部、殺害現場はここですよ」

 と、城戸が言った。すると、白垣が肯いた。

「確かに、『携帯電話室』は遠くないし、これ位なら、死体も運べそうですよ」

 二人は、取り敢えずグリーン個室へと戻った。その中で、犯人Xの犯行を整理した。

「濱嵜は、あの『マルチスペース』で殺害されたんです。車掌が、二号車にいる濱嵜を、博多から見ていないことを考えると、濱嵜は、博多を出発する前から『マルチスペース』に監禁されていたんでしょう」

 城戸が、まずそう言った。

「そうなると、十一時二〇分に、Xは濱嵜の監禁されている、『マルチスペース』に居たんでしょう」

「はい。そして、十一時一九分に、安達に電話を掛けます。『携帯電話室』におびき出す電話です。そして、『携帯電話室』に入ったことを確認したXは、『マルチスペース』の中で、濱嵜の腹部にナイフを突き刺したんです」

「安達は、Xの思惑通り、『携帯電話室』の場所を車掌に質問しました。それで、車掌が、安達は十一時二〇分、つまり、犯行時刻に、殺害現場に居たと証言しています。Xは、その手口で、安達を殺人犯に仕立てるつもりだった」

「しかし、実際の殺害現場は、『マルチスペース』で、『携帯電話室』ではなかった。安達が、『携帯電話室』から出たのを確認したXは、濱嵜の死体を、『携帯電話室』に運び出したんです。そして、殺害現場が、あたかも『携帯電話室』であるかのように装ったわけです」

「まったく、面倒くさいことをしてくれるな」

 と、半分困惑した顔で、でも、殺害現場を発見できたからか、半分安堵した顔を見せながら白垣が呟いた。

 白垣の、安堵した顔を見た城戸は、厳しい顔になって、

「ただ、肝心の犯人が不明なのは変わりません。まだ、安心してられません」

 と、言った。

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