消えた死体の謎
特急『きらめき四号』で、濱嵜の死体が見つかった翌日、福岡県警捜査一課の刑事数人と、警視庁捜査一課から派遣された、城戸、川上、南条の三人で、合同捜査会議が開かれた。
昨日起きた、特急『きらめき四号』の事件を検証し、本当に犯人は安達なのか、という議題で会議が進んでいく。合同捜査会議での意見をまとめるのは、警視庁捜査一課の城戸である。
「では、まず安達の供述にあった、見知らぬ男から『きらめき四号』に乗れと要求された、という件から検証してみよう。これは、県警の刑事が調べたと聞きました」
城戸が、そう言うと、県警の若い刑事が席を立ち、調査結果を報告した。
「安達の勤める、武田工務店は、福岡市内で住宅の建設に携わっていて、安達もその一員でした。その住宅の建設現場付近に喫茶店があり、聞き込んだところ、夕方の六時頃に、四十代くらいの作業員姿の男と、サングラスをかけた男が喫茶店に入っていることが、聞き込みで判明しました」
「四十代くらいの作業員姿の男、というのが安達であることは確認しているのか?」
白垣が、若い刑事に問い質した。
「はい、安達の顔写真を見せると、確かにこの男だと店員が言ってました」
「つまり、安達の供述は正しいという事ですね」
白垣が、若い刑事の答えを聞いて、そう安心するように言ったが、城戸が反論した。
「ただ、サングラスの男、ここでは仮にXとしましょう。そのXは、安達が供述以上の要求をしていたこともあり得ますよ」
「供述以上の要求と言いますと?」
「Xは、『きらめき四号』への乗車だけでなく、濱嵜の殺害を依頼した場合です」
「その場合、一連の事件の犯人はXで、安達に罪を擦り付けたという事になりますね」
川上が、そう言った。
「ああ、そうなるな」
川上の一言を聞き、南条が、
「これは、極端な意見ですが───」
と、意見を言いかけた。すると、城戸が
「別に、言ってもらって構わないよ」
と言って、南条を促した。
「今のところ、安達とXが、喫茶店でどんな話をしていたのかわかっていませんよね?」
「確かに、そうだな」
「なので、Xは安達に呼び出されて、喫茶店を訪れたというのはどうでしょう?つまり、安達は、一連の事件の犯人で、特急『きらめき四号』での犯行を、Xに罪を着せようと考える、という事もあり得るのでは、と思ったのです」
城戸は、南条の意見を聞き、少し考えこんだ。自分なりの答えが見つかると、
「その可能性は低いな。その後の話の辻褄が合わなくなるんだ」
と、南条に言った。その後、城戸は、そう結論付けた理由を述べる。
「安達は、特急『きらめき四号』の車内で、濱嵜の死亡推定時刻である、十一時二〇分頃に、車掌へ、死体発見現場となる『携帯電話室』はどこか、と質問している。それは、つまり、車掌に十一時二〇分に『携帯電話室』に居たことを証明することになる。そうなると、容疑がかけられる事になるんだ。よって、安達はXに罪を着せることは不可能になるんだ」
城戸の反論に、南条を含めた皆が納得した。
「つまり、一連の事件の犯人が、安達ではない可能性が、これで高まったと思います」
城戸が、最後にそう付け加えた。
それに関しては、城戸に対する異論も、少なからずあった。ある県警の中年の捜査員が、
「やはり、犯人は安達雄介でしょう。今、唯一殺人の動機がある人間ですし、殺害現場にいたのは安達です。安達以外の犯人は、一人も浮かび上がって来ませんよ」
と異論を唱える。城戸は、それに反論した。
「確かに、安達には動機があります。しかし、完全に職を失い、生活の先行きが不透明な訳では無いんです。それで、殺人を企てるのは、大袈裟過ぎると思います。そして、安達は、『きらめき』の車内で、『携帯電話室』の場所を車掌に聞き、わざわざ被害者の死亡推定時刻に、死体発見現場に居たことを証明しているんです。犯人は、その様な事をするでしょうか?死亡推定時刻に、死体発見現場にいた男に、警察が目を向けるのは、安達もわかっているはずと思うのです」
議題は、特急『きらめき四号』車内での話に移った。
「そもそも、事件は何故、列車内で起きたのだろうか?」
城戸が投げかけた疑問に、野口が答えた。
「それは、こちらで調べました。山笠振興会に聞き込むと、濱嵜には、事件当日に来月行われる、小倉城でのイベントの打ち合わせの為、小倉に行く必要があったそうです」
「その道中で、殺人が起きてしまったのか」
一つ目の疑問は、あっさりと解決されたので、城戸は、新たな議題を持ち込んだ。
「黒崎駅を発車してすぐ、詳しく言うと、十一時一九分に、安達の携帯に、非通知からの着信がありました。本人は、Xから『携帯電話室』に行け、と指示されたと供述しています。これは、Xが一連の事件の犯人としてですが、安達への罠だと思います」
城戸は、そう言って説明を続けた。
「Xは、死亡推定時刻の十一時二〇分ごろに、安達を死体遺棄現場の『携帯電話室』におびき寄せたんだ」
「しかし、その場合、いくら容疑が安達にかかるからとはいっても、死体を発見したのに、呑気に電話を掛ける事なんてできるんでしょうか?」
川上が、不思議そうな顔でそう質問した。
「だから、濱嵜と犯人は、その時『携帯電話室』にいなかったんだ。犯行現場は別にあると思う」
「では、その犯行現場はどこにあるとお考えですか?」
「正直、まだわからない。列車内と外のどちらの可能性もあるが、濱嵜が小倉へ行く用事があったとなれば、列車の外での犯行は考えにくい。犯人も、死体をわざわざ列車に載せる手間が増えてしまう」
すると、白垣が疑問をぶつけた。
「しかし、濱嵜は、特急『きらめき四号』の車内で姿を見せていません。濱嵜は、その間どこにいて、犯行現場は果たしてどこなのでしょうか?」
「それは、『きらめき四号』に乗ってみなければ、分からないと思います」
「では、列車内に、死体を隠せられるような場所があったとして、Xはどのような犯行に及んだとお考えですか?」
「安達を呼び出したXは、十一時二十分に『携帯電話室』の中にいることを確認し、濱嵜を殺害。安達が出た後、死体をその『携帯電話室』に遺棄して、犯行場所が『携帯電話室』であるように装ったのではないかと考えています。濱嵜の死亡推定時刻に、死体発見現場にいたことが証明されている安達に、罪を着せようという、Xの計算ですよ」
「問題は、列車内に死体の隠せる場所があるのか、という事ですね」
「はい、そうです」
城戸が、白垣にそう返事をする。
城戸は、最後に捜査方針についてまとめた。
「今回の捜査会議をまとめると、取り敢えず、安達犯人説は成り立たない可能性が強まったので、犯人はどこか別の人間、『きらめき』の事件でいう、安達に切符を渡したXという事でしょう。そのXは、山笠振興会の総務七人に、三百万円ずつを要求している人間でもあるのです。私は、これが、ただ単にXの金稼ぎとは思っていません。山笠の各流に、三百万円を払わせることに意味があると思っています。その山笠の各流に、三百万円を要求する謎を解くことができれば、自然とXも浮かび上がると思います」
すると、白垣が席から立ち上がり、捜査員たちに指示を出した。
「よし、城戸警部の言う通り、山笠振興会について隈無く調べ、なぜ三百万円が要求されるのかを調べ、犯人の目星をつけろ」
そういうと、捜査員たちは返事をし、捜査本部を出て行った。
とはいっても、既に日は暮れていた。捜査本部には、城戸と白垣だけが残っていた。
城戸は、明かりの灯る外の景色を眺めていた。すると、白垣が、そんな城戸の元へ寄っていき、
「城戸警部、中州の屋台でラーメンでも啜りませんか?」
と、誘った。
今日も、中州の那珂川沿いには、奥まで続く赤い『ラーメン』の文字の提灯と、人々の活気で盛り上がっていた。簡単に組み立てられた屋台は、見渡す限り続いていたが、どの店も人でいっぱいである。
白垣は、行きつけの屋台に、城戸と共に入り、ラーメン一杯ずつと、お約束のビールも一杯ずつ頼んだ。屋台の中は、脂っこい匂いが漂っていて、テーブルにもシミなどがあり、何より外なので寒い。しかし、それが屋台の醍醐味なのである。寒さは、暖かいラーメンで凌げばいいのである。
ビールは直ぐに、ジョッキに注がれ、城戸と白垣のもとに出された。
二人は、ジョッキのビールを、飲み干してしまう勢いで、喉を鳴らした。
すると、白垣が、城戸に呟くように言った。
「城戸警部、実は、西城についてわかったことがあるんです」
「大濠公園で、何者かに襲われながらも、一命を取り留めた西城の事ですね?」
「はい。で、その西城ですが、一人だけ弟がいるんです」
「それが、どうしたんですか?」
「その弟はとんでもない大物だったんですよ」
「とんでもない大物?」
「ええ、地元福岡一区選出の、西城仁志という衆議院議員が弟なんですよ」
「衆議院議員ですか。それでは、他の被害者とは、少し違った生活でしょうね」
「はい、その通りです。清志自身、福岡市内に数店舗を展開する、『ニシシロ』という貴金属店の経営者でもあるんですよ」
そう言って、白垣は更に話を続けた。城戸は、その様子を見て、早くも酔いが回ったか、と思った。
「これは、事件と全く関係ないんですがね。今の福岡市の市長に、田端という男が居るんですが、その田端が、どうやら国政に挑戦するそうなんですよ」
「国会議員になるという事ですね?」
「はい、その通りです。それで、その田端の国政進出によって空いた、福岡市長のポストを、西城仁志が引き継ぐそうなんです」
「田端という男と、西城仁志はどんな関係ですか?」
城戸は、事件と関係ない話であったが、興味本位で質問してみた。
「師弟関係、ですかね。西城仁志が師で、田端が弟です。田端が市長まで上り詰めたのは、西城仁志の尽力があったからこそ、と言われていますから」
そんな話をしていると、ラーメンが出来上がり、店員が、城戸と白垣の前にそれぞれ置いた。勿論、博多の豚骨ラーメンである。
ただでさえ脂っこい匂いの漂う屋台だったが、目の前に豚骨ラーメンが運ばれたことにより、匂いが増し、湯気と共に漂った。
城戸は、その匂いを嗅ぎ、懐かしい思い出が蘇るようであった。九州に居た頃は、当たり前のように、豚骨のラーメンを楽しんでいた。上京してからは、その機会が著しく減ってしまった。
そのせいか、城戸は、一生懸命に麺を啜って、久し振りの豚骨ラーメンを楽しんだ。
相変わらず、脂っこい味だった。しかし、それ故にこの豚骨ラーメンは美味しいのである。美味しさのあまり、豚骨ラーメンに健康さなんて考えられなかった。
城戸と白垣は、終始無言で麺を啜った。
面を啜り終え、スープの味を楽しんだ後、城戸は、
「白垣警部、私、明日特急『きらめき四号』に乗ってみようと思います」
と、白垣に言った。
「私も是非、ご一緒させてくださいよ」
白垣は、ビール瓶を片手に、笑顔でそう言った。