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特急『きらめき四号』の罠  作者: にちりんシーガイア
第四章
4/10

特急「きらめき四号」

 一月二十四日、安達雄介は、博多駅二番ホームに立っていた。しかし、彼は何だか、気持ちの整理がついていないように見えた。落ち着きが、どことなくではあるが、無かった。

 博多駅二番ホームに立つ前日、つまり、一月二十三日に、安達はいつもの様に、自分の勤める工務店の仕事で、新築の一軒家を建設する工事をしていた。日も既に暮れて、仕事を終えて帰路に就こうとすると、サングラスをかけた男に、

「あなた、安達雄介さんですよね?」

 と呼び止められた。全く見知らぬ人だったので、何事かと沈黙してしてしまう。間を置いて、返事をした。

「はい、そうですよ。何か用ですか?」

「あなたに頼み事があるんですよ。そこの喫茶店で話しましょうよ」

 近くの喫茶店を指差しながら、男はそう言った。安達は、返事を渋ったが、男は返事を待たずに、

「さあさあ、寒いですから早く行きましょう」

 と、強引に安達を喫茶店まで引っ張った。

 喫茶店に着くなり、男はブレンドコーヒーを二人分頼んだ。

「あなた、何なんですか一体」

 最初に強い口調でそう言ったのは、安達である。

「あなたに、お願いがあるんですよ」

 そう言った男は、コートのポケットから封筒を出し、テーブルの上に置いた。

「この封筒の中には、博多十時三八分発、小倉こくら行き特急『きらめき四号』の、博多から小倉までの切符が入っています。その特急『きらめき四号』に、明日乗ってもらいたいのです」

「ちょっとよくわからないのですが?」

 安達がそう聞き返した時に、若い女の店員がブレンドコーヒーを二つ運んできた。

「さあ、安達さん、飲んで飲んで。私が払うから」

 と、男が安達にコーヒーを勧める。安達は、男のペースに追いつけてなかったが、とにかくコーヒーを啜った。普段、砂糖を入れるのだが、今回はそれどころでなく、入れなかったので少し苦かった。

「それで、私は明日何をすればいいのですか?」

「だから、博多から終点の小倉まで、博多十時三八分発の特急『きらめき四号』に乗って欲しいんだ」

「乗って、どうしろと言うのですか?」

「何もしなくていいんだ。ただ乗ってくれればそれでいい。乗車券と、特急券は、既にこちらの方で入手して、この封筒にあるから、あなたは一銭も払わなくていいんだ」

「───」

 安達は、余にも意味を理解できなかったので、黙り込んでしまった。そこに、男が付け加えてきた。

「あっ、そうだ。安達さんの携帯の電話番号を教えてくれないかな?」

「携帯の番号ですか?そんなもの、教えるわけないじゃないですか」

 安達が、男の要求を断ると、男は顔色を変え、安達に顔を寄せた。

「君、自分に従わないと、後で痛い目見るよ」

 男の豹変した態度に、安達は驚き、顔が青ざめた。

「わ、わかりました」

 安達は、携帯を取り出し、自分の携帯の電話番号を表示させて、恐る恐る男に渡した。

 男は、黙って安達の携帯を見ながら、手帳に書き写していた。

 手帳に書き写し終わると、男は

「どうもありがとう。心配しなくても、悪い事には使わないから」

 と言いながら、安達に携帯を返した。

「とにかく、明日、博多十時三八分発、特急『きらめき四号』に乗ればいいだけだから。宜しく頼むよ。コーヒー代も自分が払っておくから」

 男は、そういうと、残っていたコーヒーを飲み干して、会計を済ましていた。

 安達は、恐る恐る封筒の中身を確認した。すると、確かに博多から小倉までの乗車券と、特急「きらめき四号」の特急券の二枚が入っている。特急券をよく見ると、


〈B特急券・グリーン券〉


 と書かれていた。グリーン券とは、特急列車のグリーン席を利用できる切符である。安達は、そのグリーン券の豪華さに、更に驚いた。


〈1号車 8番 個室〉


 つまり、この特急券を持っていると、グリーン個室を利用できるのだ。安達には、JRの特急を利用したことは、何度かあったが、グリーン席には程遠く、いつも自由席を利用していた身分である。なので、グリーン席、しかも個室となると、浮かれてしまい、明日、特急「きらめき四号」の乗車を決断した。今となっては、その決断を後悔してしまうのだが。

 十時三五分頃、漆黒の塗装をまとった車両が、博多駅二番ホームに入線する。

 安達は、列車が近づくにつれ、やはりあの男の要求に乗るべきでは無かった、と自責の念を重くした。

 一号車のドアが開き、安達は踏みしめるように、足を列車に乗せる。一号車のデッキは、木で覆われていて、自責の念を強め、落ち着きのなかった安達も、心を落ち着かせることができた。

 そして、グリーン個室の扉を開ける。その扉も、やはり木製だった。

 グリーン個室には、窓が二つあり、エル字型のソファーと、一人分の座席があった。

 安達は、荷物をソファに置き、座席に腰かけた。座席は、向きを変えられるようになっていたので、窓の方へ向けることにした。

 数分後、列車は静かに博多駅を発車した。いつもより一層静かに感じるのは、グリーン個室だからであろうか。

 発車してすぐに、個室の扉をノックする音が聞こえた。

「失礼します。切符の拝見に参りました」

 と、扉の奥から聞こえた。車掌が検札に来たのだ。

 小野田おのだという車掌に、乗車券とグリーン券を渡すと、黙って切符に印を押し、紙に何かを記録していた。安達は、一銭も払わずに、このグリーン個室を利用しているわけで、それがバレて、警察沙汰になるのでは、と心配した。勿論、それは杞憂きゆうに終わるのだが。

 車掌が出た後、グリーン個室を改めて見回した。元々、四人での利用を想定して設計されているそうだが、四人でも少ないほどの、ゆったりとした空間だ。安達は、それをたった一人で利用しているので、寂しく感じてしまう。

 車窓は、博多の市街地から、田んぼの広がる景色へと移り変わった。

 遠くまで広がる田んぼと、その広がりを止める、もっと遠くの山々を眺めながら、安達は、やはりあの男の要求に乗っかるべきではなかった、と後悔していた。

 ただ、今頃後悔しても意味はない、と心を入れ替えた。

 昨日、男から、携帯電話の番号を聞かれ、記録していた。なので、携帯電話は重要な役割を果たすのかもしれない、と何回も電源が入っているか確かめた。

 すると、列車は赤間あかま駅に停車したが、一分も経たないまま、発車してしまった。

 安達が「きらめき四号」に乗って、暫くが経ったが、今のところ、特に何もない。このまま、何も起きずに、終点小倉に到着するのだろうか?それなら、安達は相当幸運な男である。一銭も払わずに、グリーン個室で一人くつろいでいるのだ。当の安達も、グリーン個室のお洒落で、列車とは思えない、ホテルのような空間にとても満足していた。

 列車は、折尾おりお黒崎くろさきと、短時間の停車を繰り返していた。

 黒崎を発車した後、安達の携帯電話が鳴った。安達は、今から何か始まってしまうのか、と恐る恐る携帯を取り出し、電話に出た。相手は、やはり昨日の男の様だ。

「安達さん、どうやら、『きらめき四号』に乗ってくれているみたいだね」

「はい、今乗っています」

「今、列車の中だよね?このままじゃまずいから、車掌に聞いて、携帯電話を使用していい場所を探してくれないか。その場所に入ったら、再発信してくれ」

 と、電話が切れてしまった。ここは、個室なんだから、そのままでよかったじゃないかと思ったが、電話は一方的に切られてしまった。

 安達は、仕方なく、グリーン個室を出て、車掌を探すことにした。

 一号車を出て、二号車に入ってすぐに、車掌室があった。車掌室の扉は開いていて、車掌の姿があったので、

「すいません、車掌さん。携帯電話を使用できる場所は、どこですか?」

 と質問した。

「それなら、この二号車の三号車側デッキに、『携帯電話室』というのがありますから、そこを利用してください」

 安達はそう言われると、礼を言って、二号車の客室を通り、三号車側のデッキに出た。

 すると、確かに、自動販売機の横に、真っ赤の扉の携帯電話室があった。そこに入り、例の男へ再発信をした。

「もしもし、用件は何ですか?」

「安達さんか、わざわざ申し訳ないね。君は、私の頼んだ通り、『きらめき四号』に乗ってくれたようだ。その確認をしたかっただけだ。小倉に着いたら、自由に新幹線なりで帰ってもらっていいから」

 そこで、電話が切れてしまう。

 安達は、それぐらいの要件なら、グリーン個室の中で良かったじゃないか、と心の中で文句を言った。

 その後、安達はグリーン個室に戻った。

 「きらめき四号」は、戸畑とばた駅に到着した後、あっという間に終点小倉駅に到着した。安達は、途中、確認の電話があっただけで、他には本当に何もなかった、と五〇分の優雅なグリーン個室の旅を振り返った。その後、安達は、何もなかったかのように、小倉一一時三八分発の、「さくら五四九号」で博多に戻った。

 安達が、新幹線で小倉駅を去った時、小倉駅に、パトカーのサイレンが響いていた。

 何と、安達が乗っていた、特急「きらめき四号」で、男の死体が見つかったのである。

 そこで、小倉北警察署捜査一課の、安武やすたけ警部と、水島みずしま刑事が、小倉駅に駆け付け、「きらめき四号」の停車している、小倉駅七番ホームに現場検証にやってきた。死体が見つかったのは、二号車の「携帯電話室」であるが、死体はホームに出されていた。腹部に、二つの傷があった。

 Tシャツの上に、ジャンバーを着ている、カジュアルな格好の、年配の男である。

 水島刑事が、身元を調べるため、所持品の鞄を漁った。財布を出して、運転免許証を見ながら、

濱嵜はまさき俊之(としゆき)、五十四歳。博多の人間の様ですね」

 と言った。水島は、さらに鞄を漁る。すると、名刺入れがあり、濱嵜の名前の入る名刺を見つけた。


〈博多祇園山笠 千代流総務・本部員会計 濱嵜俊之〉


 それを見た水島が、安武に、

「警部、そういえば、最近博多祇園山笠の、関係者が殺される事件が発生してましたよね?」

「確かに、そんな事件があったよな。この濱嵜も、博多の山笠の関係者なのか」

「はい、その様です。県警本部に連絡しますか?」

「ああ、その必要がありそうだな」

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