振興会を辞めた男
城戸は、福岡・博多でも、上野公園と同じような事件が発生したことを知り、福岡行きを決定した。
城戸の上司である、中本に福岡への出張について、掛け合ってみた。すると、中本は快諾してくれた。
翌日、城戸は、南条と川上を連れて、羽田から午前八時丁度発、福岡空港行きの全日空二四二便に乗り込んだ。中本が、岡田刑事部長に許可を取り、福岡への出張が認められたのである。
福岡までは、一時間三十分程の飛行である。城戸は、その間に福岡でも同様の事件が起きたことを、考えていた。
福岡で襲われた、西城は、博多祇園山笠の恵比須流の総務であり、本部員庶務でもある。そして、その西城にも、三百万円を要求する脅迫状が送られていたのだ。犯人は、他の流の総務にも、同じ脅迫状を送り付けているのだろうか?
そう考えると、犯人はただ単に三百万を手に入れようとしたのではなく、三百万円を七人に要求して、二千百万円も手に入れようとしたという事になる。
しかし、城戸は、そうは思わなかった。最初から二千百万を手に入れるのなら、振興会に直接二千百万円を要求すればいいわけである。犯人が、わざわざ七回に分け、三百万円ずつ手に入れるような、面倒くさい真似をするはずがない。
だが、今回、犯人は実際にそうやって金を手に入れようとしているのだ。挙句の果てには殺しも犯している。城戸は、各流に三百万円を要求することに意味があるのだと思っていた。犯人は、金を手に入れようとしているのではなく、各流に三百万を支払わせるために犯行に及んでいるのだと思っていた。
そんなことを考えているうちに、全日空二四二便は福岡空港に着陸した。
福岡空港国内線ターミナルは、まだ工事中であった。城戸が、距離を置いている間、福岡は、百五十万都市へと成長していた。それでもなお、まだ成長は止まりそうにない。
城戸は、空港のターミナルを出て直ぐの所に駐めてあった、福岡県警の覆面パトカーを見つけた。警視庁からの事前の連絡があったので、城戸達を迎えに来ていたのだ。
城戸、そして川上と南条達は、その覆面パトカーの傍に立つ、背広姿の二人の男の元へ歩いた。
城戸が、自己紹介をしようとすると、相手の方から
「あ、警視庁捜査一課の城戸警部ですか?」
と言ってきたので、城戸は「はい」と返事した。
「どうも遥々東京からご苦労様でした。私、福岡県警捜査一課の警部、白垣と申します。こちらは、私の部下の野口です」
と、二人は礼をしてそう言った。城戸の方も礼をして、
「私、警視庁捜査一課の城戸です。こちらは、同じく私の部下の、川上、そして南条です。宜しくお願いします」
と言った。白垣は、
「こちらこそ、宜しくお願い致します。取り敢えず、パトカーに乗ってください」
と言い、城戸たちはパトカーに乗り込んだ。白垣と野口は、それぞれ運転席と助手席に座った。
「城戸警部、どちらに向かいましょうか?」
白垣が、後部座席に顔を向け、そう言った。
「西城清志は、まだ入院中ですよね?」
「はい。市内の病院に入院しています」
「それでは、そこに向かいたいと思います」
「その後はどうしますか?」
「博多祇園山笠振興会の人間に会って、話がしたいですね」
「わかりました。取り敢えず、病院に向かいます」
白垣がそう言うと、野口がアクセルを踏み、車を発進させた。
西城が襲われたのは、「福岡市民の憩いの場」ともいわれる、大濠公園の敷地内である。今は、大濠公園近くの総合病院に入院している。
福岡空港から、その総合病院までは、福岡都市高速を使って二十分程である。途中、博多港を都市高速の上から眺め、高速を降りると、地元球団である、福岡ソフトバンクホークスの本拠地、「福岡ヤフオク!ドーム」が見えた。
病院に着くと、白垣と野口が、念のため医師に面会と会話の許可を取り、病室へ向かった。
病室に入ると、西城の妻がいたので、
「警察の者です。すこし、西城さんにお話ししたいのですが、よろしいですか?」
と、白垣が妻に尋ねると、妻は「どうぞ」と場所を譲ってくれた。
どうやら白垣は、既に事情聴取で西城と話した事があるようだ。
「西城さん、何度もすいません。今日は、警視庁から刑事さんが来られているんですよ。我々と同じ質問かもしれませんが、正直に答えてください」
白垣が、そう説明し、
「こちら、警視庁から来られた城戸警部。そして、川上刑事と南条刑事です」
と、城戸達を説明した。
城戸は、西城を見て、頑固な親父のような男だ、と思った。なので、慎重に
「警視庁捜査一課の城戸です」
と言ったが、まだ口を閉じている。しかし、城戸は訊問を始めた。
「まず、事件の状況を教えてください」
「昨日、大濠公園の名島門っちゆうところにおったら、急に誰かから刃物で右腕ば切り付けられたんや」
西城の博多弁に、城戸は驚いてしまったが、訊問を続けた。
「顔は見ていないんですよね?」
「サングラスとマスクば付けとったけん、わからん」
「犯人に心当たりはありませんか?誰かとトラブルになった等です」
「ない。あったら、既に言うとる」
「それでは、あなたが大濠公園で倒れていたのを発見した際、あなたは、この脅迫状を所持していた様です。これは、いつから持っていましたか?」
と、城戸が脅迫状のコピーを西城に見せながら、質問した。すると、西城は目を逸らして言った。
「わしは、そげなもんは知らん」
「知らないはずないじゃありませんか?あなたは、これを持っていたんですよ?」
城戸はつい、強い口調でそう言ってしまった。すると、後ろに立っていた白垣が、
「私も、同じ質問を以前したのですが、西城さんは、その時も全く知らないと言っていました」
と、城戸に言った。
「それでは、質問を変えます。ここには、三百万円を要求する文面があります。三百万円を要求される、心当たりはありませんか?」
「ない」
西城は、目を逸らしたまま首を横に振った。
「では、あなたの所属する、博多祇園山笠振興会ではどうですか?振興会で、三百万円が要求される心当たりがありませんかね?」
そういうと、西城が城戸と目を合わしたが、すぐにまた逸らし、
「少なくとも、わしはわからんな」
と言った。城戸は、それで諦め、
「西城さん、今日はここまでにしましょう。ご協力ありがとうございました」
と挨拶をして、病室を出た。
刑事五人は、病院を出ると、すぐにパトカーに乗り込んだ。そして、白垣が城戸に確認をした。
「次は、山笠振興会の人間に会いに行きますよ」
「はい、お願いします」
「予め、こちらの方から振興会に連絡しておきました。すると、向こうが櫛田神社境内の、『櫛田会館』という所で会おうと言ってきたので、櫛田神社に向かいます」
再び、野口がアクセルを踏み、パトカーが発進した。病院から櫛田神社までは、福岡を東西に横切る、明治通りを東に走る。福岡城跡を横目に通り過ぎ、天神も通過すると、櫛田神社に着く。
櫛田会館に着き、白垣達が打ち合わせていた時刻を廻ると、建物から一人の男が出てきた。なんと、振興会会長の富永正次郎が、直々に迎えに来たのである。
富永は、刑事五人を会議室の様な部屋へ通し、自分と向かい合うような形で、パイプ椅子に座った。
城戸が、博多祇園山笠振興会への訊問を始めた。
「まず、山笠振興会の方が、相次いで殺人事件の被害に遭っています。これはご存知ですね?」
「ええ、勿論」
「では、それに対して、どうお考えですか?」
「我々振興会は、無関係だと考えております。なので、彼ら自身の問題で事件に巻き込まれたと思っています」
城戸は、富永のその言葉に、何か責任逃れをしている様な違和感を覚えた。つい、感情的になりそうだったが、それを抑えて訊問を続ける。
「では、上野公園で事件が起きた、一月二十日について質問します。まず、あなた達は、上野公園で開催されていた、イベントに参加していたそうですね。イベントの主催者に聞き込むと、五時にイベントが終わり、山笠ブースの片付けが終了したのは、六時半過ぎだと聞きましたが、正しいですか?」
「はい、その通りです」
「実は、そのイベントに参加した、佐々木康平さんの死亡推定時刻は、六時半です。なのでお聞きしますが、佐々木さんはいつ頃いなくなりましたか?」
「それが、全く気付かなかったのですよ。何しろ、片付けの作業に追われていましたからね」
「では、佐々木さん以外にも居なくなった人が居るか居ないかはわかりませんかね?」
「それはわからないですね」
「ちなみに、ホテルに聞き込んだのですが、片付けを終了した六時半から、八時までホテルに戻っていないようですが、その間何をしていたのですか?」
「夕食を摂っていました。夕食と言っても、呑んでばかりでしたが」
富永は、少し笑いながらそう言った。
「それでは、質問を変えます。佐々木さんも、西城さんも、三百万円を要求する脅迫状を所持していました。つまり、三百万円を要求されていたのです。我々としては、三百万円を要求される理由は、博多祇園山笠振興会にある、と考えています。なので、西、恵比寿流の他の流にも、三百万円が要求されているのではないか?と思っているのですが、脅迫状は送られていますか?」
「いいえ、そんなものはありません」
富永は、そう言い切った。城戸が、富永の目を見ると、ただでさえ細い目が、さらに鋭くなっている。城戸は、何度も質したが、相手は、そんなものはないの一点張りである。
「では、実際に脅迫状があるかないかは置いておいて、振興会に三百万円が要求される心当たりはありませんか?」
「全くありません。我々は、伝統ある祇園祭なんですよ。やっと、ユネスコにも認められたのに、こういったことは本当に困ります」
富永は、口々に文句を述べた。
「脅迫状には、『山笠振興会の弱音を握っている』と書いてありましたから、不名誉な事と思いますが、我々は殺人事件を捜査しているのです。ご協力お願いします」
「そんなことを言われても、無い事はないので困ります」
富永は、平然と、でもきっぱりと言った。
「では、脅迫状のことも置いといて、山笠に恨みを持つ人間をご存じではないですか?祭りの時にトラブルになった人ですとか、振興会を辞めさせた人間とか───」
「振興会を辞めさせた人間なら、いますよ」
「是非、教えてください」
「安達雄介、市内の工務店に勤めている四十ぐらいの男です。安達は、去年の十月に、中州の呑み屋で、客と喧嘩を起こしたんです。それで、振興会の人間として相応しくないとされて、辞めさせました。最も、本人は辞めろと言っても反発しなかったので、辞任は円滑に進みました」
そう説明する富永に、城戸は安達の顔写真や、振興会役員時代の住所などの情報を手に入れた。
「白垣警部、この安達という男、県警の方で調べていただけませんか?」
城戸がそう言うと、白垣は「わかりました」と言い、野口を連れて部屋を出た。城戸は、構わずに訊問を続けた。
「その安達さんは、振興会を辞めても、工務店に勤めていらっしゃるんですよね?」
「詳しくは知りませんが、多分勤めてると思いますよ」
「そうですか。今日は、以上です。ご協力ありがとうございました。私の名刺をお渡ししておきますので、何か思いだしたこととか、用があれば連絡してください」
城戸は、富永に名刺を渡して、櫛田会館を出た。すると、パトカーには、白垣と野口がすでに乗り込んでいた。
警視庁の刑事三人がパトカーに乗り込むと、白垣が城戸に、
「我々の捜査本部に行きますか?」
と、質問した。
「ええ、お願いします」
そういうと、野口がアクセルを踏み、県警本部へと向かった。その道中、白垣が城戸に話しかけた。
「安達について、うちの捜査員が今調べています。調べ上がったら、手配しますか?」
「いいえ、その必要はないと思います」
「何故です?今のところ、一番容疑の濃い人間です」
「白垣警部は、振興会を辞めさせられたことに恨みを持ち、犯行に及んだとお考えなんですよね?」
「はい、そうですよ」
「私も最初、そう思いましたが、疑問が浮かんでくるのです。安達は、山笠振興会の役職を失った後も、工務店での勤務は続けているようです。つまり、本職は失っていないわけですから、生活はしていけると思います。なので、恨みはあったとしても、殺人にまで至るとは考えにくいと思うのです」
城戸は、自分の考えを正直に説明した。
「ですが、安達の捜査は参考程度に続けてください」
最後に、そう付け加えた。