博多の誇り、山笠
城戸は、常田が一向に動かない事から、今日は泊まり込みの張り込みになりそうだ、と思った。久しぶりの泊まり込みである。
なので、城戸、川上、南条の三人が交代で仮眠をとることにした。
最初に、川上が仮眠をとることになり、寝息を立てて眠っていた。城戸と、南条はそれを聞きながら、常田の家を監視している。
すると、門が開き、一人の男が、ガレージに向かって出て行った。
それを見た南条が、川上を起こした。
城戸は、ハンドルを握り、常田の乗る日産スカイラインを尾行した。
車は、夜の明治通りを走る。城戸が、時刻を確認すると、夜八時近くになっていた。それでも、かなりの交通量である。
スカイラインは、大濠公園を過ぎたあたりで、右に折れた。続いて、城戸の運転する覆面パトカーも右折する。行き先の分からない不安を抱きつつ、城戸はアクセルを踏んでいる。
暫くその道を進むと、スカイラインは、路地の中に入り、ハザードランプをつけて、路肩に車を止めた。
城戸は、少し手前に覆面パトカーを止めた。
スカイラインを降りた常田は、緩い坂の続く道を登って行った。
その道は、福岡で有名な、「西公園」という場所に続いている。どうやら、常田は、犯人に西公園に呼び出されたらしい。
その西公園は、山の上に存在する公園である。なので、道は、坂が続いていて、道もくねくね曲がっている。
城戸は、こうして歩いている途中に、犯人が突然現れて常田が襲われてしまうと、自分たちは対応できないな、という不安に駆られていた。何しろ、午後八時をとっくに回っているので、辺りは真っ暗である。
結局、その不安は杞憂に終わり、常田は、坂を上ったところにある、「展望台広場」で足を止めた。
「展望台広場」と言っても、辺りは木で囲まれていて、何も展望できない感じである。
城戸達は、植え込みの陰に隠れていた。
直ぐに、誰もいなかった「展望台広場」の木の奥から、男の人影が見えてきた。
城戸は、固唾を呑んで見守り、川上と南条に目で合図を送った。
その男の右手から、光が反射してきた。刃物を持っていたのである。
男が、刃物を常田の方に向け、握り直すと、城戸が駆け出した。それに後れを取らず、川上と南条も駆けだす。
城戸が、常田の前に出て、盾の様に立ちはだかった。川上と南条は、常田の手を引っ張った。刃物を持つ男との距離を取るためだ。
「君を、殺人未遂の現行犯で逮捕する」
城戸が、そう言うと、男は、刃物を持つ手の力を弱めた。静かな公園に高い音が響き渡る。刃物を、地面に落としたのだ。
川上が、後ろから出てきて、手錠を掛けた。
逮捕した男の正体は、すぐに判明した。奥田純一、四三歳。市内のコンビニエンスストアのオーナーで、やはり、山笠の恵比須流の一員だった。
夜中ではあったが、取り調べはすぐに行われた。
奥田は、特急『きらめき四号』で濱嵜を殺害した事、そして、西公園で、常田を殺害しようとしたことを認めた。上野公園で、佐々木を殺害したことは否認したが、城戸の想定内である。
次に、城戸が、殺害の動機について質問した。
「うちの流の総務の、西城清志っていう男に殺せと頼まれたんだ。何故、殺せと指示したのかは、自分にはまったくわからない」
奥田は、落ち着いた口調でそう答えた。
翌日、その供述をもとに、白垣と野口が、西城清志を任意で連行してきた。白垣によると、西城清志は、特に抵抗しなかったという。
城戸は、まず、西城清志の靴底を調べ、その資料を警視庁に送り、上野公園の殺害現場で見つかった足跡と照合するように依頼した。
三〇分もすると、返事が返ってきた。電話の声の主は、城戸の部下の椎葉刑事だった。
「警部、照合の結果、一致しましたよ。資料、ファックスでそちらに送ります」
電話を切ると、照合結果の資料が送られてきた。
それが決め手となり、西城清志が、殺人容疑で逮捕された。上野公園で、佐々木康平を殺害した容疑でである。
西城清志の取り調べも、城戸が担当した。まず、動機について質問した。
「弟の、仁志から殺すように依頼された。口封じの為にだ」
「弟からの指示を、証明できませんか?」
「何かあった時の為に、テープレコーダーでやり取りを録音しておいた。櫛田神社の、御神木の銀杏の木を調べると、カセットテープが括り付けてあるはずだ」
城戸は、福岡県警の捜査員を櫛田神社に送り、銀杏の御神木を調べさせると、確かにカセットテープが縄で括り付けてあった。
それを、再生してみると、
「おい、清志、このままじゃ俺は終わりだ。山笠の総務を全員殺して、口を封じるんだ。勿論、警察には、気付かれない様にしてほしい」
と、西城仁志の声が、しっかり録音されていた。
それが証拠となり、次は、西城仁志が、任意同行という形で、県警本部に連行された。
仁志は、取調室で、椅子にふんぞり返って座り、「自分は何もしていない」と、こちらを見下した様な態度で、無実を訴えた。
白垣が、テープレコーダーを出し、仁志の前に置いた。静かに、再生ボタンを押す。
すると、仁志が、体を起こした。テープが再生されるに連れ、仁志の顔は青白くなる。
テープの再生も終わりに近づき、仁志が、兄の清志に殺害を指示する声が、部屋に響く。仁志の目は、既に狼狽していた。
「君は、まだ犯行を否定するつもりか?」
テープの再生が終わると、白垣が、仁志にそう声を掛けた。仁志は、落ち着いた口調で、自供を始めた。
仁志の自供により、脅迫状の真実が明らかになった。
実は、三百万円を要求する脅迫状は、最初、恵比須流宛に送られていた。他の、六つの流が結託し、恵比須流が不正に入手した三百万円を、取り返そうとしてである。
清志は、送られてきた脅迫状の事を、弟の仁志に相談した。二人は、送り主が「山笠を恨む男」となっていたものの、それは嘘で、真の送り主は他の六つの流であることを察した。
清志の方は、指示通りに三百万円を払う事を提案したが、仁志は、それに断固拒否した。三百万円を払い、相手を黙らせても、弱音を握られていることに変わりない、と考えたからである。
そして、仁志が、清志に口封じの為の殺害を依頼したのである。
清志は、ただ単に口封じの殺人を犯しても、警察に調べられると自分たちの悪事はすぐにバレると考えた。各流の総務を殺害していっても、自分が最後に生き残ってしまうからである。
そこで、自分に送られてきた脅迫状を利用することを思いつく。
総務を殺害して、その総務が、何者かから脅迫状を送られていたように装うため、所持品の中に、自分たちに宛てられた脅迫状を、紛れ込ませておいた。
警察は、きっと、脅迫状の送り主と殺人犯は一緒と考える。脅迫状の送り主は、「山笠を恨む男」のままだから、警察に、犯人は振興会の内部ではなく、山笠を恨んでいる部外者、つまり、安達雄介による犯行であると思わせたのだ。
そして、清志は、大濠公園で、自らをナイフで切り付ける。まさか、自作自演だとは思わないだろうから、第三者に襲われたと裏付けることができたつもりだった。
安達に、特急『きらめき四号』も切符を渡したのが、奥田であることが、清志の供述でわかった。
奥田は、『きらめき四号』が博多駅を出発する前に、濱嵜を、「コモンスペース」に監禁した。安達に罪を着せる手口は、城戸の推理通りだった。
「三百万円の件を、有耶無耶にしようと企んだ殺人だったが、今となってみれば、逆効果だった」
自供を終えた仁志は、溜息交じりに嘆いた。仁志は、殺人教唆罪で逮捕された。
犯人の逮捕を終え、捜査本部は解散となった。
捜査本部を解散するとき、城戸は、やっと晴れて事件を解決できたという心情だったが、福岡県警の捜査員は、何だか重い雰囲気だった。
確かに、殺人犯は、博多祇園山笠内部の人間だったという、博多の人間である彼らにとっては、後味の悪い終結の仕方だった。
城戸は、改めて、博多人の山笠に対する熱い感情を、思い知らされた。
捜査本部は解散されたが、福岡市の三百万円の会計不正に関しては、福岡県警捜査二課に引き継いだ。
城戸は、羽田へと帰る飛行機の中で、新聞の記事を見て、田端が横領罪で逮捕されたことを知る。
事件解決から五か月後の七月、城戸は、福岡行きの飛行機に乗り、再び福岡に向かっていた。
福岡空港に着くと、ホテルに入り、翌朝、早朝にホテルを出て、櫛田神社へと向かった。
その日は、七月十五日、つまり、博多祇園山笠の「追い山」が行われる日であった。城戸は、それを見るために、休暇を取って、福岡へやってきたのである。
早朝四時三十分頃に、櫛田神社に着いた。既に、大勢の人がそこに居た。
城戸は、幼き頃と同じく、目をこすりながら、一番山笠の「櫛田入り」を待っていた。
同じく、「櫛田入り」を待つ大勢の人の中には、今回の山笠を、邪な眼で見ている人もいるであろう。気のせいか、マスコミ関係者も多いような気がする。
城戸も、今年の山笠は、中止になってしまうのではないか、と心配していた。しかし、今年も例年通り開催されるというのを聞きつけ、「追い山」を見に来たのである。
すると、城戸は、群衆の中から、知った顔の男を見つけた。そちらの方に歩き、声を掛けた。
「白垣警部、何故ここにいらっしゃるのですか?」
相手は、驚いた顔で、
「城戸警部こそ、どうしてここに?」
と訊き返した。城戸が見つけた、知った顔の男とは、福岡県警の白垣警部だった。
「あの事件の後、山笠が心配でですね。休暇を取って、ここまで来ました」
「私も、全く同じです。福岡市民も、私自身も、今年の山笠は中止されるのでは、と思っていたのですが、いつも通り開催されると聞いて、やってきたんです」
そんな話をしていると、今年の一番山笠が、「櫛田入り」をした。
山笠を担ぎ、それに乗る男達の、威勢のいい掛け声は、今までと変わらない。迫力は、十分にあった。
「今年の一番山笠は、たしか、恵比須流でしたよ」
城戸が、「櫛田入り」に見入っていると、白垣が、そう教えてくれた。
事件の後、多くの苦労があった、というよりは、苦労しかなかった感じだろうが、山笠当日、集まった観客に感動を与えられるようにまでなったのだ。
「よくここまで立ち直ったなあ」
白垣は、思わず口からこぼれたように言った。
七百年の歴史がある山笠は、ほぼ絶えずに続いた。戦時中も、一年中止しただけで、すぐに再開してみせたほどである。今回のような事件があっても、見事に立ち上がり、今では、人々に感動を与えている。
城戸は、博多祇園山笠に、不滅の力を感じた。
※この物語はフィクションであり、実在の人物・団体等とは一切関係ありません。