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二度目の夏。

作者: Dry‐Ice



大学一年の夏休み、母に掃除をしろと言われ俺はなぜ今までこんなになるまで放っておいたのかと昔の自分を恨みながら高校の教科書やらをまとめていた。


「こんなゴミまで放っておいて!!もうあんたに部屋要らないんじゃない?ダンボールで十分よ!!」


「ごめんて!・・・ああ、待って、それ捨てないで!」


母が捨てようとしたのは湿気った数本の線香花火とくしゃくしゃになった映画の半券だ。


「はあ・・・もう好きにすれば?それよりさっさと片付けて遅刻しないようにね。」


「はーい。」


今の時刻は午後5時。

今日は地元の花火大会に大学の友達3人と行く予定だ。

そして今日、俺は好きな子に告白をする。


「やっべ・・・母さん、俺もう行ってくる!」


「ちゃんと鍵持って行きなよー。」


「はいはーい」


待ち合わせ場所に着くと時間前にも関わらず三人はもう着いていて、女子二人は浴衣を着ていた。


「おせーよバカ」


「お前らが早すぎんだよ~」


「そんなことより!どう?私たち、可愛いでしょ?」


ある意味本来の浴衣に不似合いな盛り髪が俯き気味の彼女を引き寄せる。

彼女の白い肌と黒髪が白地の淡い朝顔柄の浴衣によく似合っていた。


「ああ、馬子にも衣裳・・・って感じだな。」


「何それひどーい(笑)」


いや、こんな人前で言えるかよ。綺麗だ、なんて。

俺がそんな器用な男なら今頃恋人として二人きりでこの祭りに来れてたわバーカ。


その時は本命の子と一言も交わさずに、とりあえず人混みの中に俺たちは紛れた。

彼女との会話は続かず、祭りで騒がしいはずなのに下駄で砂利を蹴る音だけが耳に響く。

横目で見るだけじゃ、彼女の考えてることは微塵も分からないのに。


「・・・あ、あの二人、見失っちゃった。」


「あー、これ見つけるのキツいな。もう別行動にしようか。喉乾いてない?足とか大丈夫?疲れてない?」


まあ、予定通りなんだけどね?今頃あっちは俺らと違って上手くやってんだろーなあ。


「大丈夫。でも、かき氷食べたいかな。」


「お、いいね!何味が良い?俺買ってくるよ。」


「え、そんなの悪いよ」


「いいからいいから。その間休んでてよ。」


「ありがとう・・・。じゃあ、イチゴがいいな。」


「分かった。すぐ戻ってくるよ。」


そうは言ったものの、あまり人が並んでいない屋台を探したがそれでも並ぶ羽目になった。


並んでいる間、ふと母に捨てられそうになった映画の半券を思い出した。

あれは6年前の夏の終わり、当時好きな子と一緒に行った映画のものだ。

あの子は別に初恋の子じゃないし、そのあと俺は高校で彼女だってできた。

引きずるつもりはないのに、俺はあの日を忘れたくなくていつまでも捨てることができない。

あの日は確か、一緒に当時流行った感動する系の映画を見に行って、近くのフードコートで感想を語り合ったり雑談して、あの子が線香花火が好きだからって理由で家の近くの公園で線香花火だけしようって話になって・・・。

その帰りに俺は言うつもりだったんだ、君が好きですって。

そのはずがあの子が公園に着いた途端に、話があるのって言いだした。

・・・正直、物凄く期待した。

でも彼女の話の内容は期待外れで、彼女の両親が離婚することになって夏休みが終わったら母方の実家に引っ越すことになったというものだった。

「最後にこんな思い出が作れて・・・良かった。ありがとう。」

その言葉と彼女の涙ぐんだ声が胸を鋭く劈いた。

隣で俯いていた俺には彼女がどんな表情をしていたのか分かるはずもない。

俺は何も言えず、彼女の手を汗ばんだ手で握りしめることしか出来なかった。

そこからどう帰ったのかはあまり覚えてないが、ゴミ同然の映画の半券と無駄になった線香花火を自分の部屋の床に思いっ切り投げつけたのは覚えている。

引っ越しの日までまだ日にちはあったが、その日以降俺は彼女に会っていない。

忘れてはいけないとは思う。だからといって思い出したくないから絶対に写真は見なかった。

それなのに彼女の顔はぼやけて、その声だけが何度も夢に出てくる。

苦い思い出だ。


イチゴ味のかき氷を二つ持って彼女の元へ行くと浮かない表情をしていた。


「ごめん、遅かった?」


「ううん、そんなことないよ・・・」


「じゃあ気分でも悪い?大丈夫?」


「大丈夫。かき氷ありがとう。」


そう言って笑うも、なんだか辛そうに見える。

体調が悪かったのだろうか、そもそも人混みが苦手で今日は無理して来たのではないだろうか。

気分が悪いのか、どこか痛いのか、もしかして俺じゃなくてあいつのことが好きなのか。

何も分からない。俺がいない間、ずっと下を向いて何を考えていたんだろう。

今俺たちが共有しているのは氷を貪る音と甘ったるいイチゴのシロップの味だけだ。


「ねえ、もしかしてお祭りとかあまり好きじゃなかったりする・・・?」


「うーん・・・お祭りは好きなんだけど、花火が・・・」


「えっ!?ああ、音が苦手とか?じゃあちょっと打ち上げ場所から離れようか・・・」


彼女はしばらく間を空けて、小さく頷いた。

花火が苦手なのに無理して来たんだ・・・、断れなかったんだなあ・・・。

まあ、理由が分かっただけ安心した。

彼女が楽しめてないなら告白は今度にしよう。

こんな気分の時に言うなんてデリカシーもムードもない。


あの二人には先に帰ると連絡して、途中カステラやリンゴ飴を買いながら距離はあるけれど人が少ない駅に向かった。・・・少しいつもより歩きたかったのだ。


「今日はごめんね。私のせいで台無しだね・・・」


「そんなことないよ。俺どっちかっていうと花火より屋台の方が好きだし。」


「・・・ありがとう。」


そう言うとまた俯き始める。駄目だ、今日は本当に会話が続かない。

またしばらくの間、沈黙が続く。正直もうどうにでもなれ、と思った。


「・・・浴衣!すごく似合ってる!!」


「えっ、今それ言うの!?遅くない!?」


「いや、ずっと思ってたんだけど言い損ねたっていうか、でも思ったことは言った方が良いと思ったっていうか・・・」


「それで浴衣似合ってる!って?もー、何言ってんのー(笑)」


俺があたふたしているのがツボだったらしく、彼女の笑い声で今までの重い雰囲気が吹き飛んだ。

そして、笑い尽きて落ち着いた彼女は何か吹っ切れたようだった。


駅に着くと誰もいなくて、またねと言葉を交わし俺は彼女の反対ホームに向かった。

向こうの電車が来るまであと1分。


「「私、本当は言うつもりなんてなかったんだけどー!でも思ったことは言った方が良いって言ったからー!!」」


突然彼女は大声で叫び始める。


「「花火の音が嫌いなんじゃなくて、いい思い出がなかったの!!だからっ・・・」」


彼女の声が俺の知っている涙声に変わっていく。


「「今度こそ一緒に線香花火しよう!!!」」


彼女の語尾に重なるように電車が到着し、彼女を連れ去ってしまった。





終わっていなかった。





許されるのなら、俺はもう一度あの夏をやり直したい。




あの頃隣にいた彼女は笑っていたのか唇を噛み締めていたのか。

電車に乗り込んだ彼女は笑えていたのかひっそりと泣いていたのか。

”俺”はこの後追いかけたのか何も出来ずもう一度間違うのか。


拙い文章でありましたが、お読みいただきありがとうございました。

宜しければ、「死を選んで。」や「隣で大人が泣いている。」の方もお読みいただけると嬉しいです。

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