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勇者がこない! 新米魔王、受難の日々  作者: 七夜
魔王と勇者とゆかいな仲間たち
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07 大酒乱闘アームレスラーズ(2)

「アタシもよく知らねえんだけどさ、どうも他のドワーフとは色々と違っちまってるわけよ。両親は普通なんだぜ? でもアタシだけ身長がグングン伸びちまってさ」

 さも当然のように妾たちと同じテーブルに着いたディータは、新たに追加で注文したボトルを凄まじい勢いで開けながらそう話した。

 危険な目に遭ったことに対し文句を言ってくるならまだわかるのだが、喜ばれた挙句にこうして居座られるのは予想外だった。しかもそれなりに酒が回ってるのか、非常によく喋る。

 しかも喋りながら妾の空いたグラスへ勝手に酒を注いできた。チラッとボトルを見たら結構度数が高めだった。勘弁して欲しい。

 注がれた手前飲まない訳にもいかず、殆ど聞き手に徹しながらちびちびと消費していく他なかった。

 一口飲むたびに全身がカッと熱くなる。とてもじゃないが、あんな馬鹿みたいな飲み方は無理だ。

「どうも生まれつきの魔力の質? 的なのが関係してるみたいなんだが、アタシにゃさっぱりだね。周りにはアタシみたいなのはいなかったしよ」

 彼女がドワーフであることに懐疑的な姿勢を見せた妾たちへの説明はひどくざっくばらんとしたものだったが、ジラルは思い当たる節があったらしい。

「ふむ。確かに同じ種族の中から他とは異なる成長をするケースは、希少ながら存在しますな。儂も数えるほどしか知りませぬが」

「ふーん、やっぱ珍しいもんなんだな」

「自分のことなのに反応薄いな……」

 大して興味なさげに言うディータにポツリと呟く。

 すると彼女はニカッと笑い。

「別にこの体で不便なことはねえからな。手足が長えぶん通常の鍛冶道具が合わなかったりしたけど、正直言って鍛冶自体にあんま興味なかったし」

「ますますドワーフとは思えん発言だな」

「よく言われるよ。ま、結局のところ武器を鍛えるより自分の肉体を鍛える方が性に合ってたって話さ」

「ほう、言い得て妙ですな」

 ディータの鍛え上げられた肉体はまさしく業物と言っても差し支えない。ジラルが感心するのも頷ける。

 そして胸は大業物ときたもんだ。

 はは、泣けてくらぁ。

「おいどーしたよちみっ子。ただでさえ小さいのに更に縮んでるように見えんぞ」

「誰がちみっ子か!? お前だってドワーフの癖にデカいじゃないかこのでかっ子!」

「お、言うねぇ。ほらその調子でもっと飲め飲め! 飲まないと大きくなれないぞ?」

「まだ飲み切ってないのに注ぎ足すな! ていうか酒飲んだって大きくなれるわけないだろ!?」

 もうこれ完全に酔っ払いの絡みだよ! 絡み酒!

 たまに訪問した先の偉い人がこういうタイプの酔い方すると対応に凄い困る。無下に扱う訳にもいかないし、かと言って好きにさせると鬱陶しいから本当に困る。

 それに比べれば、抵抗が出来る分幾分かマシな状況ではあるか。やれやれ、社会の荒波に揉まれ過ぎて多少のことではへこたれなくなったな妾。

 取りあえず飲み切れない分はジラルへ横流しした。妾の飲みかけだからか複雑な表情をしているが、ジラル相手にそういうのは特に気にしないから。もう殆ど家族みたいなもんだし、おじいちゃんだし。

「ところでさ。お前らアタシがドワーフだって知ってたみてえだが、誰から聞いたんだ? 自分で言うのも何だが、ぱっと見でわかるようなもんじゃねぇだろ」

「かくかくしかじかということがありまして」

「そんなんで伝わるかぁ!」

「父やフォルトゥナならば理解できていたんですが」

「人智を超えた竜とか神と妾たちを一緒にしないでくれます!?」

 ミルドはずっと黙ってたから眠っていたのかと思ったが、どうやら起きていたらしい。相変わらず酔っぱらっているようで、言ってることが滅茶苦茶だが。

 代わりに妾が、勇者たちからディータについての話を聞いたということを伝える。

 すると、さっきジラルから自分のことを聞いたときよりも余程驚いた様子で。

「え、お前らアレクたちの知り合いなのか?」

「知り合いというか……まあ、そんな感じではあるが」

「へぇ、どおりで。タダもんじゃねぇのが四人も集まってるから妙だとは思ったが、あいつらの知り合いなら納得だわ」

 納得したように何度も頷くディータ。

「おいおい、妾たちはあいつらみたいな変人ではないぞ。一括りにするのは止めていただこうか」

 誠に遺憾である。

 確かに傍から見れば妾たちは色物かもしれないが、これでも常に社会常識を尊ぶ一国の主+αなんだからな!

「人格はともかくとして、実力はかなりいい線いってるよな。アタシは強え奴を見抜くことに関しちゃ自信あるんだぜ?」

「何?」

「エルフの爺さんは見るからに魔法職って感じだが、さっきから見てて魔力がこれっぽっちも漏れてねえ。毛先に至るまで完璧に制御し切ってる証拠だ。こりゃ全盛期はもっとヤバかったろうな」

「……多分な評価ですな」

 謙遜しつつ、どこかジラルは嬉しそうだった。

 確かに周りが濃いせいで忘れがちだが、ジラル自身魔術師としての実力はそれこそ世界で通じるレベルなのだ。何せ、あの旧大陸の深みへ踏み込んで生き残った猛者である。国が出来てからは表舞台に立つことが殆どなくなり、実力を示す機会もなかったのだろう。

 実際、一晩で国中に蔓延した虫系モンスターを一掃なんて普通は不可能だったわ。ジラルに対する評価をもうちょっと上げるべきかもしれない。

「そっちの狼男も、相当鍛え上げられてるように見えるぜ。ぶん殴ったときの感触からして、そこらの騎士や兵士じゃ剣で斬ろうが槍で突こうが傷一つ付かねえよ」

 気絶したままのガリアンは特に何もリアクションは起こさなかった。

 言われてみればガリアンも、純粋な実力で将軍の地位を得るくらいの強者ではあるのだ。父親であるサーベラスも魔王軍総帥であり、血筋も申し分ない。何よりこれだけ酷い目にあっても気絶で済んでいるのだ。

 堅牢さという一点において、こいつの右に出る者はザハトラークにはいないだろう。他の兵にもう少しガリアンを尊敬するように言ってやるべきかもしれない。

「メイドに至っては底が見えねえ。こうして近くにいるだけで得体の知れねえ力をビシビシ感じらぁ。細っこい体ん中にどんな怪物を飼ってんのやら」

「神話生物対策は担当の者へお願いします」

「通じてるようで通じてない!」

 いつの間に窓口の昼休憩は終わっていたらしい。

 ……じゃなくて、ミルドに関しては妾も全然底が知れない。

 度々メイドらしからぬ強さの片鱗を見せることはあるが、ミルドが本当に本気を出している場面は一度も見たことが無かった。チットと追いかけっこをしてたときにサラッと言っていた森を更地にするという暴挙も、その気になれば出来たのだろう。

 怒らせてはいけない人物堂々のナンバーワンである。今でも充分すぎると思うが、ミルドのやらかすことにはより寛容であるべきかもしれない。

「ちみっ子だって強さで言えば一線級だぜ?」

「だからちみっ子って……マジ?」

「おうよ。ガタイの割に持ってる力は狼男にギリギリ届かないくらいだが、年の割には充分以上だ。この先成長すればもっと強くなる。まだ眠ってる潜在能力もあるみてえだし、久々にゾクゾクしたね」

 ……マジか。

 マジで言ってるのかディータさん。

「おっと、アタシとしたことが長く居座りすぎたか。なあ爺さん、さっきエントリーするとこ見てたけどあんたらも大会出るんだろ?」

「儂は出場しませんがな。しかしその言葉を聞く限りでは、随分と前から我々のことを見ていたようで」

「実はあんたらがこの店に入った瞬間からビビッと来てたのよ。ライバル相手にこれ以上の詮索はつまらねえし、あとは明日の大会で存分に語るとしようや――力と力でな」

 最後に肉食めいた笑みと共にそう言い残して、ディータは律儀に自分で飲み食いした分の金をテーブルに放っていくとそのまま店を後にしていった。

 妾はそれを、ただ黙って見送った。

「なるほど、アレク殿の言っていた通り中々気のいい御仁でありましたな。魔王様、我々もこれ以上店へ迷惑にならないようそろそろお暇し……魔王様?」

「……初めてだ」

「は、はい?」


「初めて初対面の相手からプラスの評価をされたあああああああ!!」


 妾は号泣した。

 嗚呼、思い返せばいつだって。やれ小さいだの、やれ残念だの、やれがっかりだの。どいつもこいつも妾のことをバカにし腐った発言ばかり。初めて訪問した国で外交相手から「え、こんな子供が魔王なの? この国大丈夫?」みたいな目を向けられるのにも慣れてしまった。

 だけど、まだこの世にはいたんだ!

 妾を見た目だけではなく、ステータスを加味して正当な評価を下してくれる人間が存在していたんだ!

 何て素晴らしい日なんだ!

「今日を国民の休日にしよう!」

「いきなり何を言い出すんですか!?」

「だっで、妾あんなまどもに評価されだの初めでだったがら……!」

「魔王様がご立派であることは我々は元より存じております! この様子、よもや泣き上戸であられたか……!」

 ジラルが何か言ってるが、もう何もかもがどうでもよくなってきた。

 いいから乾杯だ!

「よーし、妾飲んじゃうぞー!」

「わーい」

「お主は無表情で酒を注ぐんじゃなあああああい!!」

「――ハッ、小官は一体何を」

「セクハラです」

「え、まだ何もしてな――おばぁー!?」

「ワハハハ!」

「いかん、これ以上は店に迷惑が……ええいかくなる上は! 魔王様、お許しください!」

 んん? ジラルが何か詠唱し始めたぞ。

 新手の余興かな? いいぞもっとやれー!

 そして急に空を飛びだしたガリアンも芸術的に着席だ。実に素晴らしい飛行だった。褒めて遣わそう。

 さあ酒宴は始まったばかりだ。じゃんじゃん飲んでじゃんじゃん騒ぐぞー!

「黒き森の番人・アシュタロスの名においてここに命ずる。咎人らよ、汝らの罪業より出でし闇に飲まれ潰えるべし。永劫に――【エーヴィヒカイト】!!」

 あれ、突然暗くなったぞ?

 おっかしーなー、まだ昼間だってのに。室内だからか?

 おーい、誰だよ電気消したの。

 というか、何か眠くね?

 こんなに楽しいのに、どうして、意識が、遠のい、て――


 ◇


 ――翌朝。

「気分はどうですかな?」

「最悪だ……」

「最悪です」

 宿で目を覚ました妾とミルドは、気遣わし気に声をかけて来たジラルへ声を揃えて答えた。非常に頭痛が痛い。きっつい。

「あちゃぁ、典型的な二日酔いの症状でありますな」

「一応【ヒール】はかけさせて頂きましたが、二日酔いには何故か効き目が薄いようなので、効果が出るまで今しばらく辛抱を」

「あうぅ、マジかぁ……」

「一体、何が何なのやら」

 どうしてこんなことになっているのか、全く記憶にない。昨日の昼間……ディータと会話していたことは覚えているんだが、途中からの記憶がすっぽり抜け落ちている。ミルドに至っては店に入った直後から記憶がないらしい。

 痛む頭を抱えながら、妾たちは事の顛末をジラルとガリアンから聞く羽目になった。

「妾も酔っぱらってたの!?」

「はい、それはもう見事に」

 ミルドが完璧に酔っぱらっていたのは覚えているのだが、まさか妾まで仲間入りしていたとは……屈辱!

 量自体はそんなに飲んでいなかったはずだが、やはり度数の高いディータの追い込みが効いていたのだろう。妾もそこまで酒には強くなかったようだ。

 何をしでかすかわからない酔っ払いが二人に増え、店への迷惑を考えたジラルは早急な鎮圧を決意。一族秘伝の封印魔法を用いて妾とミルドの意識を強制的に断ち切り、叩き起こしたガリアンと二人掛りで宿まで運んだとのこと。

「非常事態とは言え、魔王様には大変なご無礼を働きました」

「い、いや、ジラルは悪くないぞうん。多分その場では最良の判断だった」

 表向き平静を装っているが、内心はビビりまくりだった。

 仮にも酩酊状態だったとはいえ、竜神の血を引くミルドとトゥルーヴァンパイアの妾を同時に眠らすとかどんだけ凶悪な魔法なんだ。

 もしかしなくても、国際法で規制されるレベルの禁呪であることは間違いなかった。

「ガリアンも災難だったな。一日に四度も気絶するとは」

「今後、酒の入ったミルド嬢には近づかないようにするであります!」

「はて、私はガリアン将軍に何かしましたでしょうか?」

「……別に、思い出さなくてもいいであります」

 どうせ思い出したところであんた反省しないでしょ?

 ガリアンの表情がそう語っていた。


 さて、今日は待ちに待っ……てもないが、アームレスリング大会当日である。

 開催は正午になる前で、会場は件の酒場だ。ジラルによる【ヒール】も後から少しずつ効いてきて、頭痛もだいぶ緩和されたタイミングで妾たちは会場へ向かった。

 既に店は観戦しに来た客でごった返しになっていた。町中の人間が集まっているのかは知らないが、出入り口前の通りが入場待ちの待機列で完全に塞がっている。

 選手用の入り口は店の裏手に別で用意してあり、妾たちは人混みをかき分ける労力を割かずに店内へ入ることができた。

 店の中にはまだ出場する選手と運営側の人間しかいない。遠くの方には勇者たちやディータの姿も確認できた。流石と言うべきか、奴らは妾たちが入ってきた瞬間に気づいたらしくこちらへ軽く手を振って来た。しょうがないから振り返してやろう。

 しかし、歴史ある大会の割には意外と人数が少ないな。妾たち結構遅めに来た自覚があるんだが。

 若干不自然に思いつつも、待つこと十数分。


「さぁいよいよ始まる第一〇二回アームレスリング大会! 司会進行と実況は、勇者パーティーの魔法使いことネリム。解説は魔王ちゃんちの名宰相ことジラルさんだよ!」

「何やってんのお前らぁぁぁあああああああ!?」


 いつの間にか、ネリムとジラルが実況・解説席を占拠していた。

「えーだって見てるだけじゃ暇だしー」

「実は先日、店側へ謝罪する際に身分を明かしたところオファーを受けましてな」

「聞いてない妾聞いてない!」

「完全に言うタイミングを逸したであります」

 うぐぐ、確かにさっきまでは頭痛すぎて話しかけられるのも嫌だったからな。気を使わせた結果か。

 しかも観客の盛り上がりが尋常じゃない。

 冷静に考えてみれば勇者パーティーの一員とか魔王軍の幹部とか、妾たちって普通に有名人なんだよな。そりゃ盛り上がるわけだ。

「まだ試合前なのに会場が凄い興奮で沸き立ってるけど、ジラルさんはこの状況を見てどう思う?」

「そうですなぁ。年に一度、最強の腕力を持つものを決めるこの大会……競う者も見守る者も、熱気は充分と言えるでしょう。ほほ、昔を思い出しますのぅ」

「ジラル様もノリノリですね」

「妾はネリムが案外普通に実況していることに驚いたわ」

 一時はしっちゃかめっちゃかになるかと思ったが、割と与えられた仕事はきっちりこなす主義らしい。

 そう言えば勇者が木こりをしてる間、ネリムが家のことを殆どやっていたようだしな。元々仕事は出来る方なのか。

「えー今回も例年通り百を超えるエントリーがあったんだけど、みんな二日酔いでダウンしたらしくて参加者は今ここにいる八名だけでーす!」

「少ねえぇぇぇぇえええ!?」

 ただでさえ最初にいた人数少なかったのに、その内の大半が運営の人間だったのかよ!

 殆ど身内じゃねえか!

「これって一体どういうことなのかな?」

「ふむ。今しがた届いた資料によりますと、毎年三ケタに及ぶエントリーがありながら皆が皆昼から参加特典のタダ酒を飲み続けているせいで、一握りの酒豪しか参加できない状況になっておるようです」

「じゃあこれも例年通りなんだね!」

「そのようですな」

「本当にこの町大丈夫なのか!?」

 もう大会直前とか関係なく、普段からまともに機能していないんじゃなかろうか。

 つーか参加者も学ばねえな!

 自分でどんだけ飲めるかくらい把握しとけや!

「しかーし、今年の大会は一味違う! 何と参加者の殆どが新規参加者という異例の事態なのです! 町長も『今年は決勝だけで終わらずに済む』って喜んでるよ!」

「毎回二人しか生き残らないの!?」

「少なくともここ数年は、怪力王ゲイリー氏と謎多きミスター・プロテイン氏の一騎打ちだったようですな」

 ちょっと待って。

 一人目はいかにもなネーミングだとして、二人目は怪しすぎるだろ。

 ミスター・プロテインとかいうコテコテの偽名も然ることながら、謎多きって。

 いいのか。歴史ある大会にそんな怪しい奴が出ていいのか?

 ていうかそれらしき人影が見当たらないんだが。

「フハハ! 参加者が増えたと思えば女子供ばかりですなぁプロテイン殿!」

「カカカ! 今年も決勝は我らの一騎打ちになりそうじゃのうゲイリー!」

「隅っこに何かいるー!?」

 仲良さげに話してるのが二人いるー!

 めっちゃマントで姿隠してるー!

 どっちも超怪しー!

 え、あの二人がそうなの? 何で極力目立たないように努めてるの?

 毎年出てるならもっと堂々としろよ!

「どうやら、一筋縄ではいかないようですね」

「誰と当たっても容易には勝てなそうでありますなぁ」

「マスター以外は全員屠る」

「いいねぇ、どいつもこいつも殺気立ってら」

 いやあからさまに殺気立ってんの一人だけだろ。

 それより、やっぱ疑問に思っているのは妾だけなのか!?

「……何だ、あのマント共は」

 微妙に眉根を寄せて、勇者が胡乱気な声を漏らした。

 良かった! 妾だけじゃなかった!

 例え勇者でも同じ意見の味方がいるってだけで安心感が半端ない。

 妾が一方的に安堵感を覚えている間にも、準備は影ながら進行していたようだ。

「えー、何々? 『棄権者続出に伴い行われていた対戦カードの組み直しが、たった今完了しました』……だって!」

「普段は一戦のみだったところに参加者が増えたため、少々立て込んでいたようです」

「やっと始まるのか……」

 なんだか、ここまで随分と時間がかかったような気がする。最近こういうのホント多いな。

 ともあれ、相手が勇者だろうが不審者だろうがやることは変わらない。妾は全力で戦うだけだ。

 打倒猫耳!

「それでは、一回戦の対戦カードをオープン!」

 ネリムの元気いっぱいな掛け声と共に、ステージの上で黒板が立ち上がった。

 そこにチョークで記されていた、試合の組み合わせは四つ。


 ≪一回戦≫

 第一試合:ミスター・プロテインVSミルド

 第二試合:チットVSルシエル=エル=ザハトラーク

 第三試合:アレクVSガリアン

 第四試合:ゲイリーVSディータ


「――っていきなりかよ!?」

 色んな意味でのいきなりである。

 謎プロテインが第一試合であったり、初戦の相手がチットであったりと。

 ま、まあ人数少ないしこうなるのも目に見えてたか。

「……フッ」

 取りあえず、あの人を小馬鹿にしたような笑みを向けてきている猫は必ずぶちのめす。

 それだけは心に決め、妾は戦場へ赴くミルドに声をかけた。

「気を付けろよ、相手は得体が知れないぞ」

「ご心配なく。魔王城のメイドが市井のマッチョに負けることなどあり得ません」

「お、おう……」

 別にメイドであることは関係ない気もするが、自信があるのは大いに結構だ。

「では早速、第一試合に出場する選手はステージに上がってどうぞ!」

 粛々とステージへ上がるミルドの反対側から、マントの二人組の片割れがズカズカと歩み寄って来る。

 男は競技台であろう樽を挟んでミルドと向き合うと、

「むんっ!!」

 徐にマントに手をかけ、一気に脱ぎ去った。

「うわっ、破廉恥だ!」

「落ち着くであります殿下。流石に全裸のわけがないであります」

「そ、そうか。そうだよな」

 あまりに不審者めいてるから、ついイメージが先行し目を背けてしまった。

 ガリアンの言った通り、マントに身を包んでいたのはピッチりとしたレギンス一丁の筋骨隆々な大男だった。頭には覆面を被っているためどんな顔をしているのかはわからない。

 これが謎多きミスター・プロテイン……!


「競技台の左側に立つは、前年度大会優勝者ミスター・プロテイン! 一体どこの町長なんだ!」

「謎が全て解けたー!?」

 町長かよ!

 お前町長かよ!

「一番偉い人が何やってんの!?」

「お前がそれを言うのか」

 勇者が何か言ってるけどあーあー聞こえなーい!

「バレてしまってはしょうがない!」

 いやバラされたんでしょうが。

 妾の心の声は届くことなく、謎解けしプロテインは自ら覆面を脱ぎ去った。

 露わになったのは、逞しい髭を蓄えたそこそこいい年いってるスキンヘッドの爺さんである。

「何を隠そう! バッカス町長であり今代の大会運営委員会長も兼任するこのグリッジこそがみんなのヒーロー、謎多きミスター・プロテインだったのじゃー!!」

「「な、何だってー!?」」

 客席から沸き起こる、驚愕の叫び。

 何この無駄な一体感。

「まさかグリッジさんがあのプロテインだったとは……!」

「そう言えば私町の役場で秘書をしてるんだけど、大会の後に町長がプロテインの覆面を被って仕事をしてることがあったわ。まさか本人だったなんて!」

「いや気づけよ! 気づけよ秘書!!」

「……マジかー。プロテイン殿マジかー」

 もう一人のマント――怪力王ゲイリーも呆然としている。

 あんな親し気に話してたのが町の最高権力者だもんな。そりゃビビるわ。

「四〇年以上ここで戦ってきた儂も今年で六七歳! 丁度引退を考えていたところじゃわい。生涯現役というのも、中々ままならぬもんじゃのう……」

「わかりますぞ。若者には負けんという気持ちばかりはありながらも、体はついていかなくなるものですじゃ……」

 解説役は共感しちゃってるし。

 見てるこっちが切なくなってくるわ。

「続いて右側に立つは、魔王城で働くメイドのミルドさん! 実は魔王ちゃんより強いかもと目下の噂だよ!」

「地味にグサッと来る紹介!」

「買い被りですね。本気になったルシエル様を前にすれば私など塵芥も同然です。邪魔する奴は指先一つでダウンです」

「お前の持ち上げ方も大概だよな!?」

 どこの世紀末魔王だよ!

 ほら見ろ、みんな妾を見て若干引いてるじゃないか。

 恐くないよ? 妾恐くない魔王だよー?

 ――おい誰だ今戦慄って言った奴ぶっ飛ばすぞ!?

「駄目であります殿下、そこでキレたら逆効果であります!」

「ぐぬぬぬぬ……」

「じゃあ二人とも、台に肘をつけてお互いの手を握ってねー」

 葛藤に苦しむ妾を置き去りに、着々と決戦の火ぶたが切られようとしていた。

 ルールは単純明快。

 合図と同時に相手の腕を倒しにかかり、先に手の甲が台に付いた方が負け。一試合につき一回勝負で、制限時間はなし。競技台を壊したら二人とも失格。

 ステージ上の二人は既に臨戦態勢で、合図さえ来ればいつでも勝負が始められる状態だ。

 しかしこうして離れた場所から見てると、体格差半端ないな。

 あのミルドが負けるとは思えないが、どうしても不安になってくる。

「カカカ! 綺麗でか弱いメイドさんが相手だろうと、儂は手加減できるほど器用じゃないぞい?」

「あらご上手ですね。でも、その心配は無用です」

 余裕綽々なグリッジの挑発を、ミルドは涼しい顔で流すと。

「それでは第一試合、よーい……」

 スゥ――と薄ら寒い笑みを浮かべ、


「一瞬で終わらせますから」


「始め!」

 正しく、一瞬の出来事だった。

「――うわっ!?」

 ネリムの掛け声が聞こえた瞬間、広い会場内に轟音が響き渡る。ステージ上で発生した風圧は最前列にいた妾たちの体を持っていかんとするほど強く、激しく煽られた観客たちはまともに正面を見ることすらままならなかった。

 よって、ことの行く末を理解できていたのは。

「ふぅ、凄い風だったねー」

「あの馬鹿者……少しは加減せんか」

 予め結界でも張っていたのか、大して割を食っていない実況・解説席の二人と。

「オォン、仮にもマッチョとは言えヒューマン相手に容赦ないでありますなぁ」

「あれでも手加減はしているだろう。競技台が砕けたら失格だからな」

「相変わらず出鱈目」

「おいおい、いきなり見せつけてくれるじゃねえか!」

「あっぶね何今の風! マント脱げかけたんですけど!?」

 約一名怪しいのがいつつも、個々のポテンシャルの高さゆえにこれくらいの風圧ではへこたれない参加者たちと。

「な、何と言う速さじゃ……これが、若、さ――」

 開始と殆ど同時にKOされ精根尽き果てたのか、何かを悟ったように意識を手放したグリッジ(六七)と。

「いや、若さは関係ないだろ」

 冷静にツッコミを入れる妾のみだった。

 ぶっちゃけ年齢の話をしたらミルドの方が上……いや何でもない。ともかく、これは相手が悪かったとしか言いようがない。

「えーっと、口ほどにも無かったね!」

「止めてあげて!」

 容赦のない実況が町長を襲う。

 とびきりのスマイルでなんてことを言うんだあの娘は。

「第一試合の勝者はミルドさん! でも、どうして町長さんもあんなあっさり負けちゃったんだろ?」

「恐らく反応速度の差が如実に出たのでしょうな。ネリム殿が開始の合図を言い切った直後にミルドは動き出しておりましたからの」

「じゃあやっぱり若さのせいなのかな」

「年齢と言うよりは種族の差ですかの……ハーフとはいえ竜種ですから。何ともまあ、大人げないと言いますか」

 ジラルの意見も妾と大体は同じだった。流石ザハトラークが誇る名宰相。戦況分析も解説もその道の長いプロのようだ。

 ミルドは遅れて湧き上がる観客へ優雅に一礼してから、ステージを後にした。

「次はルシエル様の出番ですよ」

「おっと、そうだったな」

 人のことばかりを気にしている場合ではなかった。

「後片付けも済んだし、第二試合の選手も上がってきていいよー」

 気絶したグリッジの巨体を運営の男衆がえっちらおっちら運び出すのを尻目に、特に気負う様子もなくステージへ上がる小さい人影が一つ。

 他でもない、猫耳だった。

「余裕の表情ですね」

「あのすまし顔を屈辱と恥辱で歪めてくれる……」

「救いようのないほどゲスな発言ですね」

「そこはせめて悪役らしいって言えよ!」

 なんだか自分がとんでもない屑に思え気分が萎えそうだった。

 しかしこんなことではへこたれないぞ。

 今こそ、積もりに積もった雪辱を晴らすときだ。


 鼻息荒く壇上へと上がれば、妾より少しだけ背の低いチットがこちらを見上げて来た。

 先の戦闘を目の当たりにしたことで既にスイッチが入っているのか、その目に嘲りの色はなく、純粋な戦意が燃えている。

「叩き潰す」

 ただ一言、告げて来た。

 余計な言葉はいらないと言うわけか。

 ならばこっちも望むところ。

「格の違いを教えてやる」

 片手で指の関節を鳴らしてやりながら、不敵に言い放つ。

 バチリと。

 視線がぶつかり合った競技台の上で火花が散ったような気がした。


「おお、一触即発だ! 子供同士の微笑ましいマッチングかと思いきやとんでもない修羅場だよこれ!」

「ある意味因縁の対決ですからのう。魔王様は年下のチット殿に散々煮え湯を飲まされてきていますから」

「つまり私怨?」

「私怨ですな」

「ちょっとうるさいよそこの二人!?」

 色々と台無しだった。

 妾子供じゃないし!

 あと私怨ってゆーな!

「相変わらず締まらない」

「……ぐうの音も出ないわ」

 なんだか申し訳ない気分になりつつ、妾は競技台の上でチットと組み合った。

 妾より一回り小さい手を握った瞬間、一度弛緩した空気が再び引き締まるのを感じた。もうこうなってしまえば外野が何を言おうと関係ない。

「さあ左側に立つは勇者パーティーの狩人チットちゃん! 秘めたる野生はこのルールで縛られた競技においても発揮されるのか!? そして対する右側に立つはザハトラーク王国の国王、二代目魔王ことルシエルちゃん! 果たしてラスボスとしての威厳を取り戻すことは出来るのか!?」

「キャットピープルにトゥルーヴァンパイア。どちらもヒューマンより基礎能力が高い以上、種族での優劣は語れません。最終的には、積み上げた物の多さが勝負の決め手となるでしょうな」

 心なしか勢いを増してノリノリな実況解説もどこか遠くに聞こえるほどに集中し、妾はただ台上の右腕に意識を注いでいた。

 不本意ながら、これでも妾はチットの実力を買っているのだ。そしてそれは相手も同じ。互いの目に映る互いの表情は真剣そのもので、一切の油断はない。

 油断をすればそれこそ、第一試合の再現をすることになるだろう。

 観客たちもステージ上の緊張が伝播したように静まり返り、誰かが唾を飲み込む音がハッキリと聞こえた。

「それでは第二試合、よーい……始め!」


「にゃっ――!」

 合図と同時に、チットが仕掛けてきた。

 狩人として現場で鍛え上げられた瞬発力によって先制をもぎ取り、妾の腕を一気に右側へと傾ける。

 先にミルドが見せたのと同じ技。

 宣言通り、抵抗される前に叩き潰す反応速度の暴力。

 だが、簡単にやられてやるほど妾は甘くない。

「ふん!」

 カッと目を見開き、少々遅れ気味ながら力を込めた。すると六〇度ほど傾いた時点で、腕がビタリと止まる。

 実戦経験で劣る妾は反射神経じゃ敵わないと知っていた。だから、最初からどれだけ速く先制されようとも臆せずに耐えることのみを考えていたのだ。

「くっ……!」

「ぐぎぎぎ……!」

 互いに全力で力を込めているが、腕はびくとも動かない。あの小さな体のどこから出てくるんだと本気で疑問に思うくらい、チットのパワーは見た目に反して強かった。

 このまま押し切られる――誰もが、そう思っていたことだろう。

 だが、それは否だ。

「おっと、一見有利に見えるチットちゃんの方が余裕無さそうだぞー?」

 ネリムの実況が示す通り、一〇秒以上に渡る拮抗状態の末、チットの表情に段々と焦りが見え始めていた。妾自身も余裕はないが、奴ほど焦ってはいないだろう。

「あれほど体勢の有利がありながら未だに勝負がついていませんからな。もしこの状態が崩れれば、取り返しのつかないことになりますぞ」

 そう、チットにはもう後が残されていないのだ。

 初手を奪い、相手の腕を半分以上も傾けた今の状況。上側を取り、体重すら乗せられる体勢であるチットが非常に有利な状況だ。

 にもかかわらず、一向に妾を倒せていない。

 この事実によって導き出される答えはただ一つ。

「スピードじゃ、敵わなくても――!」

 妾は思い出す。

 勇者と出会い、あの戦いを見届けたあの日から始まった筋トレの日々を。

 素の身体能力で遥かな高みにいる奴らへ追いつくために、今日まで続けて来たたゆまぬ努力を。

 ――ここじゃない。

 目指しているのは、もっと上にいる二人。

 ――こんな所で、立ち止まってはいられないんだ。

 その内の一人が、今もこの戦いを見ている。

 だから負けられない。

 練習は嘘をつかない。

 筋肉は、嘘をつかない!

 心のままに、妾は吼えた。

「筋力で、勇者とエディ以外に負けてたまるかぁぁぁぁあああああああああ!!」

「っ――!?」

 均衡が崩れる。

 止まっていた腕が少しずつ、徐々にスピードを上げながら反対側へと傾いていく。

「魔王ちゃんの反撃が始まったー! チットちゃんはしのぎ切れるかな!?」

「どうですかな……何にせよ、あそこで勝負を決められなかったのはチット殿にとって非常に痛いことでしょう」

 ジラルは明言しなかったものの、もはや勝負は決まったと言っていい。

 腕は既に一二時を過ぎ、チットの側へと傾きつつある。必死に抵抗を続ける猫耳だが、ただでさえ有利体勢のときに止めを刺しきれなかったのだ。この状態からパワーで勝る妾を押し返すのは不可能に近い。

 チットの腕が重いことに変わりはなかった。何秒もかけて、ようやく数センチ沈む程度。開始から既に一分も経とうとしているのに、まだ勝負はつかない。

 それでも、妾の優位は覆らなかった。

 腕の角度は六〇を超え、遂に九〇度近い。あと一押しで、決着がつく。

 その時、

「にゃ、ぁぁあああああああああ!!」

 チットも咆哮した。

 まるであの時、勇者に追い詰められた時と同じように。

 抵抗力が爆発的に高まった。持久をかなぐり捨て、残った力の全てで一気に押し返さんとかかる。

 これがきっと、最後の抵抗。

 妾はこの足掻きを読んでいた。

 自分と同じ極度な負けず嫌いであるチットなら、必ず最後に一矢報いようとするだろうと。

 故に、対応は全くの同時だった。

「うおりゃぁあああああああああ!!」

 同様に叫び、妾自身も全ての力を投入する。

 再び生み出される均衡。

 力と力が衝突し、全てを支えている台がミシリと怪しい音を立てて軋む。

 ――マジか!?

 競技台が壊れれば勝敗云々などなく両者失格。

 考え得る限り最悪の結末が頭をよぎったが、

「――っくぅ」

 それよりも早く、チットが力尽きた。

 あれほど強かった抵抗は糸が切れたかのようになくなり、手の甲があっけなく台へとついた。

 再び静まり返る会場。

 数秒遅れて、妾も実況も観客も勝負がついたことに気がつき。

「だ、第二試合の勝者は、魔王ちゃん!」

「よっしゃあああああああああああああ!!」

 喝采と共に妾は勝利の雄たけびを上げていた。

 勝った!

 勝ったぞ!

 妾はあの猫耳に勝利したんだ!

 何て清々しい気分なのだろう。今まで積もりに積もった恨みつらみが全て吹き飛ぶレベルだった。

 今なら何を言われても許せそうな気がするぞおい!

「……ミーが、負けた」

 その場にへたり込み項垂れていたチットが、現実を飲み込むように呟く。

「がっかり魔王に負けた……」

 おっとがっかりと来たか。しかし許す!

「色々と締まらない残念魔王に負けた……」

 今度は残念と来るか。まあ、許す!


「聞いてるこっちが恥ずかしい戦慄の魔王に負けた……」

「それは許さん!」

 それだけは絶対に許さーん!

「チッ」

「あ、舌打ちしやがった! お前実は全然落ち込んでないな!?」

 何食わぬ表情で立ち上がり顔を上げたチットに、妾は食って掛かる。

「そんなことない。激凹み。魔王の胸みたいに」

「凹んでねえから!? 少なくともお前よりは凸だからな!?」

「子供と比較するなんて大人気ない」

「ぬおおおこんな時だけ子供の権利を振りかざすとか!」

 ちくしょう、やっぱりこいつとは相いれないのか!?

 思わず頭を抱えそうになったが。

「でも、負けを認めないのはもっと大人気ない」

「へ?」

「ミーは魔王に負けた。パワーでは敵わなかった」

「お、おう」

「だから少しは認める。魔王はそこそこ強い。……マスターほどじゃないけど」

「……そうか」

 最後は照れるように目を逸らしつつ小声でチットはそう言った。

 少々腑に落ちないが、一応妾のことを一目置いたということでいいんだろうか?

 人を馬鹿にするような言動は鳴りを潜めていないようだが、こちらを見る目には前のような明らかに見下す感じの気配はない。

 最低限、猫耳の中で妾は対等くらいにはなったのか?

 ……やはり腑に落ちないが、今までの虫けらみたいな扱いと比べれば大躍進と言っていいかもしれない。

 そう考えると、まあ悪気分ではなかった。

「でも、次はミーが勝つ」

「ふん、次も妾が勝つさ」

 挑戦的な視線を真っ向から受け止め、あくまで妾も挑戦的に返す。

 この猫耳とは、これくらいの距離感が丁度いいのだろう

 憎まれ口を叩き合いつつも、競い合うくらいの関係が。

 少なくともその方が、一方的に敬われるよりは面白いと思った。


「死闘を演じた後で芽生える友情! いやーこれぞ青春だね!」

「良いものですなぁ。最後の二人の表情の清々しさと言ったら、もう儂思わず涙が出そうになりましたわい」

「これじゃよ……儂が目指していたアームレスリング大会はこれなんじゃよ!!」

「ちょっと恥ずかしいから止めてくれるそういうの!? あと何か一人増えてるし!?」

 実況・解説席にはネリムとジラルに加え、いつの間にか復活していたグリッジが加わっていた。

 そういや、あいつも運営側の人間なのか。選手としての出番が終わった以上、向こう側にいても確かにおかしなことはない。

「ここ最近は毎回儂とゲイリーの一騎打ちばかりで『正直これ見てて誰が得するの?』って思っていたんじゃが、やはり今年は一味違うのう!」

「おい可哀想なこと言うなよ!」

 そのー、何たら王ゲイリーだってきっと毎年頑張ってるだから!

 ていうか今の状況をどうにかしたいなら他にするべきことがあるだろ。

「参加者増やしたいなら大会前くらい禁酒させとけって!」

「し、しかしここは一応酒の町じゃし」

「それで身持ちを崩したら元の子もないだろ!?」

「た、確かにそうじゃな……来年からは気をつけるようにするかの」

 よし、これで例年通りの悲劇は起こさずに済むだろう。

 こういう時は統治者がしっかりとしなければいけないのだ。健全な大会を運営したいなら、まずは健全な生活から!

 ……妾もミルドも二日酔いでダウンしかけていたが、それについてはノーコメントで。

「次の第三試合なんだけど、今の戦いで競技台が少し壊れかけてるから、新しいのに取り換えるまで少し待っててねー」

 ひとまずは自分の試合が終わったことだし、ここはさっさと撤収するべきか。

 そう思い踵を返そうとしたとき、

「一つ、質問」

「ん、何だ?」

 チットの方からそんな言葉を投げかけられ、踏みとどまる。

 一体妾に何を聞こうというのだろうか。ストイックなチットらしい質問として考えられるのは勝利の秘訣とか?

 うーん、筋トレ以外の答えが見当たらない。見当たらないんだが、それを言ったらまた馬鹿にされそうだなぁ。

 と言った感じで、軽く悩んでいたら。


「エディって誰?」

「……あとで勇者にでも聞いてくれ」


 予想の斜め上をいくそれに、妾はそう答える他なかった。

予想外に話が長くなったので、異例の三分割……!

何故俺は、ファンタジー世界でガチの腕相撲をやっているんだ……!?

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