06 大酒乱闘アームレスラーズ(1)
「オゥルァァァァアアア! 出てこいや勇者貴様いつまで寄り道し腐ってんじゃこちとら話の裏は取れてんだぞオラ神妙にお縄にかか――うわぁぁあぁぁああああああああああああああ!?」
その日、妾は溜まっていた。
何が溜まってたかって?
ストレスだよ!
こちとら魔王。国家元首である。
最近の子供は、魔王は玉座でふんぞり返って高笑いするのが仕事だと勘違いしているが、それは大きな間違いだ。
ザハトラークは強力な助っ人を引き入れた父上の手腕によりたったの数年で基盤が出来上がった異例の国家だが、それ故に歴史も浅い。調子に乗れば周囲の国から袋叩きにあって滅亡あるのみ。
優れた技術を有してはいても、それだけで生きていけるほど国という生き物はお手軽ではないのだ。
そこで必要になるのが他国との協調だ。
代表的なのは交易である。
土地があまり豊かではなく生産能力に劣るザハトラークは他国から原料を輸入し、それらを加工して再度輸出するという方式を取っている。技術的な面でのアドバンテージを活かした生存戦略だ。
勇者を相手とした特殊な外交にしたって、国を挙げた興行みたいな側面を持っている。半分は父上の趣味から始まったのだが。
他にもご近所で危険な魔獣の討伐作戦が組まれたら積極的に助太刀を送るし、種族間のいざこざに関してはノウハウの蓄積があるから相談に乗ることも少なくない。
とにかく、まだ生まれたての小国であるザハトラークは他国との関係をより密にしていかなければならないのだ。
ここ、社会のテストに出るからな!
で、ここからが本題。
ザハトラークにおいて、他国のお偉いさん方とお話をしなければいけない人物とは誰か?
正解は……妾でした!
え、何で一番偉い人が最初から会談の場にでなきゃいけないのかだって?
外交官がいないからだよ!
父上は重要な会談とかは全部自分から乗り込むスタンスだったから、魔王城にそんな部署はない。
言うなれば、魔王は外交官を兼任していると言っていい。
何じゃそりゃ!?
我ながらおかしいと思う。
かと言って今から外交部門を設立しようにも、こちらの事情など待たずして国家間での会談はどんどん持ち掛けられてくる。
特に人間の国の大半は春先になる度に幹部陣の入れ替えがあって、その顔合わせがあったりと非常に面倒だ。
内政をジラルに任せっぱなしにしているだけに、これ以上のタスクを増やさせるわけにはいかない。これは妾がやらねばいけないことなのだ。
ミルド? あんな歩く国際問題を会談の場に出せるわけねーだろバーカ!
……失礼、どうもイライラがマックスで言葉が荒くなってしまうな。
まあそんなこんなで、妾は最近長距離転移をフル回転させて各国に挨拶周りをしていたのだ。正直言ってああいう堅苦しい場は苦手なのだが、そんな雰囲気はおくびも出さないように頑張ったのだ。
その結果どうなったかって?
白髪だよ!
頭頂部から長いのが一本!
朝起きて鏡見てもう戦慄したね!
「ルシエル様、それはただの宝毛なのでは?」
うるさい!
誰が何と言おうとこれは白髪だ!
というわけで、今日は魔王城休業である。
王にも休息は必要なのだ。
そして溜まりに溜まったストレスを発散すべく外出することにし、折角だから今日も今日とて脇道に逸れまくっている勇者をとっちめてやろうと思った。
何だか最近会えてないなーとか思ってたし……いや失言であった。妾は別にあんな外道共に会いたいなんて思ってないから。だからその生暖かい視線を向けるのは止めろぉ!
ごほん。
例の如く女神との【コール】により奴らの動向は掴んでいる。情報収集に抜かりはない。
得た情報によると、やつらは二日前からバッカスという町に滞在しているらしい。ロドニエは大国だし、未だに自国から出ていないことに関してはもうとやかく言うまい。
あの町は確か酒造で有名だったはずだ。バッカスの酒と言えばザハトラークに輸入される嗜好品の中でも結構な人気を誇る特産品である。
ザハトラークにおいて酒は各々が自分で責任を取れる年になるまで禁止されており、妾は一七で魔王なので余裕で飲める。
でもあんまりアルコールの味って好きじゃないんだよな。
他の国で晩餐会とかがあったときに頂くことがあるが、妾はどちらかといえば普通のジュースが好きだ。
かと言って、妾が一国の長として身を粉にしている間、勇者たちが酒飲みながら遊んでたと思うと沸々と黒い感情が湧いてくる。
別に酒を飲むのはどうでもいいが、それでいい気分になられるのは気に入らん。
それに下手すれば、まだまだ酒を飲むには早いチットが飲酒という名の非行に走っている可能性もある。
良識のある大人たる妾としては、未来ある若者を酒で破滅させないためにも早急な対処をしなければならない。
具体的には、保護者をしばくことで!
「それはただの八つ当た……ごほん。ミルドは勝手についていくものとして、儂とガリアンも往かねばなりませんでしょうか?」
いやー、そこは一人でも多く手勢が欲しいというかさ。
妾もここ最近かなりレベル上がったけど、奴ら相手だと一人じゃまだ身が重いっていうか……。
ほら、勇者は相変わらず化け物じゃん? ネリムも化け物じゃん? チットも化け物じゃん?
あのパーティー化け物しかいないじゃん!?
ど、どうせ今日はお前ら仕事ないんだし、付き合ってくれよな。
「営業を休止したのは殿下でありますが」
うっせー!
いいから行くんだよ!
こうして妾は久々に揃った、と言うか揃えた三人の部下と共にバッカスへの長距離転移を敢行したのだった。
◇
そして現在。
バッカスの郊外へと到着した妾たちは予め特定しておいた勇者のいる宿へと足を運び、店主に身分と事情を明かし了承を得た上で奴らの部屋へ突入。理解の早い店主には頭が上がらないな。
しかしドアを蹴破った次の瞬間、ぐるりと天地がひっくり返ったのだ。
足首をふん掴まれ、そのまま持ち上げられたかのような感覚。
何事かと頭を起こし、足首を見てみれば。
「ロ、ロープだと!? 何で宿屋の部屋の中にこんなトラップが!」
お縄にかかったのは妾の方でしたってね。
何でやねん!
誰だこんなことをするのは!
「こんな真似をする御仁には一人しか心当たりがないであります……む、部屋の中には誰もいないようでありますな」
「どうやら留守のようですな。何とも間の悪い」
「ちょうど正午に差し掛かる頃です。勇者様たちは恐らく外で昼食を取っているのでしょう」
「真っ当な考察は後でいいから取りあえず助けて!」
宙吊りのまま放置は辛い。
さっきから解こうとしているのだが、結び目が硬いってレベルじゃなくしかもロープ自体が対魔力素材らしい。純粋な力でしか解けないイヤがらせ仕様だった。
こんな性格の悪いアイテムで罠を仕掛ける人物と言ったら、もうあの猫耳しかいない。
あいつ馬鹿だろ?
引っかかったのが妾だから良かった……いや全く良くないんだけども、もしこれが宿の清掃員とかだったらただの事件になってたぞ。
むしろこの状況で訴えても勝てない魔王の立場がたまにとても辛いです。
「ジラル、じゃ無理か。ガリアンはいけそうか」
「小官の腕では、この位置で剣を振ると部屋に傷をつけてしまうでありますからなぁ」
「むむ、それは困る。宿の人に迷惑だ。じゃあ、ミルド――」
「かしこまりました」
ぶちり。
「引きちぎったー!?」
ミルドは結び目を完全に無視して、両手で掴んだロープを紙屑のように引きちぎった。
流石は竜神を父親に持つハーフドラゴン。腕や指はスラリと細くても、秘めたるパワーは最強種の名に恥じない。
かくして天井から垂れたロープは重量物を失って所在なさげに揺れ、妾はミルドの左手によって吊るされている状態となった。
さっきよりも若干床が近くなったが、相変わらず吊られたままである。
「えーと、ミルド? そろそろ降ろして欲しいなーって」
「そうでしたね。私も効き手じゃないのでそろそろ辛いと思っていました」
「離すなよ!? ゆっくり降ろせよ! 絶対だからな? 振りじゃないからな!?」
「存じていますよ」
ミルドは殆ど表情が変わらないので本当にわかっているのか怪しいところだが、少しずつ床が近づいてきている気がするのでまあ大丈夫だろう。
でもゆっくり降ろすにしたってこんな最初からゆっくりじゃなくてもいいんだけど。
もうちょっと床に近くなってから慎重に降ろしてくれればよくね?
ま、まあこのまま無事に床へ辿り着けるなら問題は――
「人の部屋に寄って集まって何をしている」
「あっ、勇者様――あ」
「あ」
不意に戻ってきた勇者に気を取られたミルドの手から、ロープがするりと抜け落ちた。
その先に引っ付いてた妾も。
「ウワァァァァァアアアアア――いだ!?」
グワー! あ、頭がー!!
五〇センチほどの高さを落下し、見事脳天着地を決めた妾は痛みに悶え床を転がる。
「オォン、今のは痛いであります……」
「だ、大丈夫ですか魔王様!?」
「勇者様たちはどちらへ行かれていたのですか?」
ジラルやガリアンが心配してくれる一方で、元凶であるミルドは普通に勇者たちと会話してる。
こいつ……!
「外の食事処で昼飯を食べていた」
勇者ものたうち回る妾をちらりと一瞥するだけで、普通に会話を続けている。
妾、魔王なんだけどなぁ。勇者として、魔王が目の前に現れたら何かしらのリアクションがあってもいいと思うんだけどなぁ。
もしかして慣れた? それとも飽きた?
いずれにせよ、妾もうちょっと気にされた方がいいと思う。
「いやー、お酒の町だけあって食べ物も美味しいよね!」
「この町を故郷にしたい」
後に続いて部屋に入ってきたのは、いつも通りニコニコ笑顔のネリムと、眠そうな顔で欲望にひたすら忠実な元凶の元凶である。
そうだよ元はと言えばこいつのせいだよこいつの!
「おいそこの猫耳ィ! 公共の施設に罠を仕掛けるとはどういう了見だこの野生児が!」
「何がかかったかと思えばがっかり魔王。がっかり」
「だぁれががっかり魔王だつーか二度もがっかりって言うな!」
相変わらず年長者に対する敬意を微塵も感じない憎たらしいロリっ子め。
親の顔が見てみたいね!
妾の中で勇者以上の天敵は現れないと思っていたが、チットは間違いなく奴に並ぶか、それ以上の脅威だ。
「……今回はそっちの言い分が正しいな。チット」
「盗人対策だった。次からは気を付ける」
「お前勇者に対してはホント素直ね!」
まあ、いいさ。
この調子で奴が手綱を握ってくれれば遭遇する度に命を脅かされることも減っていくだろう。
敵に頼るというのは業腹だが、背に腹は代えられん。
「で、今回は何をしに来たんだ」
「毎回本題に入るまでが長いよな……ていうか、言わねばわからんのか」
「……?」
「無表情でとぼけるな! お前らいつまでこの町で遊び倒す気だ!?」
「あー、そういえばこの町に来てもう三日だね」
「このまま永住してもいい」
「良くないから! お前らなぁ、お前らが酒場でフィーバーしている間妾がどんだけ仕事に追われてたかわかるか!? こちとら毎日の緊張とストレスで白髪生えてきてんだぞ白髪が! 終いにゃ禿げるかもね!!」
「……よくわからんが、お前が苦労しているのは伝わった」
妾は頭頂部から一本だけチョロリと伸びたそれを指で詰まんで強調しながら詰め寄る。
その様子があまりに鬼気迫ったものだったのか、さしもの勇者も若干引き気味だった。
「でも魔王ちゃん金髪だしあんまり目立たなくない?」
「そういう問題じゃない。つーかチット、お前子供のくせにまさか飲酒したりしてないだろうな?」
「お酒は嫌い。ジュースがいい」
「あ、そうなのか。ふーん」
思わぬところで共通点が。
いや別に嬉しくもなんともないんだけどね。
しかし子供のチットと好みが同じって、要するに子供舌ってことだよな。
うーん、やるせない。
「そもそも俺たちは酒なんか飲んじゃいない」
「え?」
「生まれつき耐性が強いらしくてな。俺は飲んでも酔えない物に高い金は払わん」
「私はお酒好きだよ?」
「お前が酔っぱらうと後始末が面倒だ。チットは好み以前の問題だしな」
「な、なるほど」
どうやら酒を飲んでいないのは本当なようだ。
ていうか思った以上に勇者がしっかりしていた。
もしかして性格を別にすると、勇者は三人の中で実は一番まともな感性をしているのではないか? こいつはこいつで苦労人なのかも。
でも、それだと尚更疑問が残るわけだが。
「じゃあ、お前ら何のためにバッカスくんだりまで来て三日も滞在してるんだよ。ここって一応酒の町だぞ」
「そういう魔王ちゃんは、これに参加しに来たんじゃないの?」
「……何だこれ?」
ネリムが懐から取り出したのは、絵や文字が書かれた一枚のポスターだった。
手渡されたそれに全員で目を通してみると、
『バッカス名物・第一〇二回アームレスリング大会。優勝者には豪華景品あり!』
などという文面と共に、筋肉モリモリマッチョな男二人が互いの手を掴み合っていきんでいるイラストがでかでかと描かれている。
これほどまでにむさ苦しいポスターを妾は見たことがない。
「アレク殿はこれに出場なさるおつもりか?」
「ああ。景品に興味はないんだがな」
「それって参加する意味あるのか?」
「参加せざるを得ない理由が出来てしまったんだ」
勇者の話は、こいつらが町に辿り着いた三日前に遡る。
当初は道中で消耗した食糧や道具等を補充するための寄り道だったらしく、軽い観光も込みで一日のみの滞在予定だったようだ。
買い物自体は滞りなく終わり、その日の夕食は町の中で一番大きい酒場で取ることに決めた勇者たち。
諸々の事情から酒は飲まず純粋に料理へ舌鼓を打っていたところへ、それは現れた。
「ドワーフの女性、でありますか」
「チットが言うにはそうらしい」
そう言えば、チットには魔力から相手の種族を推定する特技があったな。アンデットだと見抜かれて頭を射抜かれたことも記憶に新しい。
「らしい、と言いますと?」
「ドワーフにしては、身長がありすぎた。俺と同じくらいはある」
「デカすぎじゃね!?」
ドワーフは男女ともに低い身長と、ずんぐりとした体格が特徴的な種族だ。人並み外れた膂力と鍛冶関連のスキルを持ち、古くからエルフと並んでヒューマンとの交流が多い種族でもある。
彼らの身長はどんなに環境が良くても、大人でチットくらいまで……精々一三〇に届かない程度とされている。
だが、勇者と同じくらいの身長ともなると一七〇近くはあることになる。
人間の女性でも高身長とされるのに、それがドワーフの女となればもはや突然変異レベルだ。
「スタイルも凄く良かったよね。ドワーフ特有のごつっとした感じじゃなくて、引き締まった感じだったなー」
「もうそれチットの見間違いじゃないのか? そっちの方がまだ信じられるぞ」
「ミーは獲物を見間違えない」
「獲物って言うなよ物騒だろ!」
「いや、狙っているという意味では正しい表現だ」
「はえ?」
「俺はあいつを、仲間にしようと思っている」
…………な。
「何だってええええええええ!?」
「ちなみに、もう声はかけた。名前はディータと言うらしい」
「手が早ぇええええええええ!?」
なんて無駄な行動力!
てかどうしていきなりそうなる!
お互い初対面で、しかも相手はいかにも怪しげなドワーフ的な何かだぞ?
そこでどうして「仲間にしますか?」って選択肢が出てくるんだよ!
妾なら全力で「いいえ」を連打する。
「種族や見た目は別としてだ。一目見た瞬間、互いに確信した」
――こいつは、できる。
「今のモノローグ何!?」
「俺は迷わず声をかけた。村を出てから、戦って勝つか負けるかわからない相手に会ったのは久しぶりだったからな」
「構わず続けるのな! つーかお前やエディみたいなのがポンポンいてたまるか!」
「懐かしい名前が出ましたね」
エディとは勇者の故郷の村で門番をしていた、現在は勇者に代わり物騒な『木こり』をやっている森のクマさん系マッチョガイである。
どんな人物か忘れてしまった人は、頑張って思い出してくれ。
「みんなで一緒にご飯食べてるうちにすっかり仲良くなったよねー」
「あの豪快さと無遠慮さには、一周回って好感を持てる」
「打ち解けるのも早いな……」
コミュ力の塊であるネリムは別として、コミュニケーション障害の極みと言っていい野生児すら心を開くとは。
そのディータという女は普通に好人物っぽいな。種族と見た目の齟齬はともかく。
「向こうも俺たちの実力を認めてか割と好感触だったんだが、その場で仲間になることは固辞されてしまった」
「まあ、いきなり『旅に出ようぜ!』なんていわれても困るだろ」
仕事だったり人間関係だったり、色々なしがらみがあるはずだ。
「旅に出ること自体に問題はなかった。ディータも流れの武闘家で、バッカスにも腕試し目的で立ち寄っただけだったらしい」
「……まさか、その腕試しって」
「察した通りだ。そして、同時にその場で仲間になることを拒否した理由でもある」
ふむ、つまりこういうことか。
ディータという武闘家はあの大会に参加するためにこの町へ来て、偶然勇者という強者に出会ってしまった。
話を聞く限り、どうやら彼女も勇者やチットと同系統の戦闘民族らしい。ふざけろと言いたくなるが、問題は件のディータにバトルマニアの気質があるということ。
そんな奴が自分と同等かそれ以上の相手を見つけたらどうなるか?
ごく普通の一般魔王である妾には到底理解が及ばないが、まあ戦いたくなるのだろう。
そして力を競うのにうってつけの舞台が、この町にはある。
バッカス名物・第うんたら回アームレスリング大会だ。
「要するに、仲間にしたければアームレスリングで勝負しろってとこか?」
「その通りだ。よくわかったな」
「ふっ、これくらい朝飯前よ」
最近は国に関する難しい話ばっかりだったからな。
このくらいのレベルの話なら理解も容易い。
国家間の会談もこれくらい単純ならストレスも溜まらないんだけどなぁ。
「では、勇者様たちは明日行われる大会に出場するためにこの町に滞在していたということですね」
「ああ。ルール上魔法は使えないから、ネリムは観戦だが」
「ネリムは応援係! お兄ちゃんとチットちゃんの活躍を、草葉の陰から見守ってるからね!」
「それ死んでる。言葉の使い方間違ってる。……って、チットも出るのか?」
「ミーが出ることに問題でも?」
「いや無理だろ。ポスター見ろよ。みんなマッチョだぞ? 勝負以前に体格差ありすぎて組合いすらできんだろ」
「ミー獣人。そこらのマッチョよりもパワフル」
「いやだからそういう問題じゃ……もういいや」
どうせ妾が何を言っても聞かないだろうし、とやかく言うことでもないだろう。
勇者が仲間を増やすことに関してもそうだ。
パーティーを組むってことは、今後ダンジョンを攻略していく意思はあると見て良い。今回の寄り道はそこそこ真面目な理由だったこともあるし、今日のところはこれくらいで勘弁してやるか。
ふぅ、社会の荒波に揉まれて妾もすっかり大人になってしまったな……。
用事は済んだがどうせ今日は休業だし、たまには部下を労ってやるとしよう。半ば無理やり連れてきてしまったしな。
「折角来たんだし、夜までゆっくりしていくか」
「まあ、たまには羽を伸ばすのも良いですな」
「酒代は経費で落ちるでありますか!?」
「ルシエル様もごく稀にいいことをおっしゃいますね」
「ごく稀には余計だ! ……というわけだ、我々は失礼する。いいか、用事が済んだらダンジョン攻略しつつ真っすぐ魔王城に来いよ? 絶対だぞ!」
最後にそう念を押して、妾は部下を引き連れて勇者たちの部屋をお暇しようとした。
しかし、
「魔王は大会に出ないのか?」
背後から、勇者にそう問いかけられた。
いつも通り何を考えているのかわからりずらい無表情と、そういえばまだ手元にあったむくつけきマッチョの描かれたポスターを交互に見比べ、
「いや出ないわ」
妾、パワータイプじゃないから。どちらかと言うとネリムと同じ魔法使い系の能力ビルドだから。
種族的に下手なヒューマンよりか力はあるけど、そういうのは純粋なパワー系同士で争えばいいと思います。
まあ応援くらいはしてやるよ。心の中で。
フレーフレー勇者。がんばれがんばれ猫耳。
そんじゃさよなら。
再び踵を返そうとするが、何故か奴が食い下がってくる。
「豪華景品が出るぞ」
「別に興味ないし」
「エントリーすると大会終了まで酒がタダで飲めるぞ」
「妾酒飲まないし」
「……」
「……」
互いに、しばらく沈黙して。
「大会に出れば、胸がデカくなるかもしれないぞ」
「嘘つけぇ!?」
よしんば本当だとして、それでデカくなるの大胸筋だろ!
筋肉デカくしてどーすんだよ!?
馬鹿にしてんのかこんにゃろうぁあ!!
「さっきから何なんだよお前! そんなに妾に大会に出て欲しいのか!?」
「ああ」
「何でやねん!」
「久々に会えたから、もう少し話ができればと思ったんだが」
「…………へ、へぇ」
な、何だよこいつ。勇者のくせして結構可愛いとこあるじゃないか。
確かにここ最近忙しくて、勇者にちょっかいを出す暇もなかったしな。最後に会った日から大体二週間くらいは経ってるのか。
ま、別にぃ? 妾は全然勇者にそんなこと言われたって嬉しくはないんだけどぉ?
そこまで寂しいって言うなら、ここは一つ魔王として余裕のある態度を取ってやろう的なぁ?
「そそそそこまでい言うなら、べべ別に妾たちは今日一日はこここにいるしぃ? はは話がしたけければ勝手にしにくればばばばばば」
「ルシエル様、声が震えすぎてもはや何を喋っているのかわかりません」
「うるさい! とにかく、大会には出ないが話ぐらいは聞いてやるから! じゃあな!!」
死ぬほど恥ずかしい。
もう一刻も早くこの場から立ち去りたかった。
しかし、今度は。
「何故出場しない? マスターが誘っているのに」
「ああもう今度はお前かよ! 妾はフィジカル系じゃないから出ないって言ってんの!」
お前頭おかしいんじゃねえの? と言いたげな表情を隠さないチット。
こいつは勇者に言われたら何でも言うこと聞きそうな雰囲気あるからな。だからって妾を一緒にされたら困る。
イエスマンじゃ国の運営なんてやってけないのだ。
ノーと言える魔族に、妾はなりたい。
「……成程、納得」
ん、やけに今日は物分かりが良いな。教育の賜物か?
何にせよ、これ以上引き留められないのであれば今度こそお暇して――
「魔王は負けるのが恐い」
――あァン?
「マスターとの力の差は歴然。下手をすればミーにも劣る」
振り返ってみると、そこには。
「敵前逃亡。片腹大激痛。やっぱりがっかり」
これまでの人生で見てきた中で、トップレベルの嘲笑を妾に向けるチットの姿が。
……プッチーン。
妾は激怒した。
必ず、この邪智暴虐の猫を除かなければならぬと決意した。
「んだとこの猫耳ァァァアアア!!」
「で、殿下落ち着くであります!」
「うるさい離せ! あぁくそ、こいつ妾より筋力値高い!?」
「部下よりも弱い。弱すぎてミー戦慄」
ブチッ。
「ふんぬぅぅぅうううううううあぁぁぁああ!!」
「あっっっつ!? 殿下が発火し始めたであります! ミルド嬢とジラル翁も見てないで助けて欲しいでありますー!!」
「ガリアン将軍が焦げてますね」
「冷静に言っとる場合か馬鹿者!! 落ち着きになってください魔王様! 宿が燃えてしまいますぞ!?」
「我が血潮は煉獄。天地冥、三界を灰燼へ帰さんとする劫焔なり――」
「あ、駄目。その詠唱はいけない」
「言っとらんで止めんかぁぁぁぁぁぁぁぁああああ!!」
「相変わらず賑やかだねぇ」
「……そろそろ止めるか」
~中略~
「――はっ!?」
「お目覚めになられましたか、魔王様」
気が付くと妾は、宿のベッドに寝かされていた。
一体何をしてたんだっけ……うーん、記憶が曖昧だ。
「妾は、一体何をしていたんだ」
「ルシエル様がチットちゃんに煽られて激おこし、バーニングしかけたところを勇者様が聖剣でジュッとして事なきを得ました」
「物凄いざっくりとした説明!」
「そしてルシエル様が寝ているのは勇者様のベッドです」
「ホワー!!」
妾は高速回転しながらベッドから床へ転げ出た。
うぅ、目が回る……。
「ご不満でしたか?」
「い、いや、そうじゃないんだけど、何がどういう経緯でこんな」
「既にご説明したのですが」
「あれで理解しろと!?」
「……儂から改めて説明させていただきます」
ジラルにより、多少掻い摘んだもののミルドより遥かにわかりやすい解説がされる。
なるほど。チットにブチ切れた妾が我を忘れて血の力を解放しようとし、妾を羽交い絞めしていたガリアンも香ばしく焼け始め、流石にヤバいと思った勇者が聖剣の余剰聖気で半殺しにして事なきを得たと。おい聖剣の使い方。
じゃあ向こうの床で燻ってるのはガリアンだったのか。これは悪いことをした。
取りあえず回復魔法をかけておこう。数分もすれば目覚めるだろう。
「で、一番近くにあった勇者のベッドに寝かされたと言うわけか」
「ちなみに運んだのも勇者様です」
「何やて!?」
「半殺しにした手前、一応な」
「む、無駄に律儀な奴め」
実際に運ばれているシーンを想像すると、どうしても顔が熱くなってくる。
別に恥ずかしがっているわけじゃないぞ?
これはあれだ。聖属性デバフに違いない。
ふぅ。妾としたことが、あんな子供のあんな安い挑発に乗って我を忘れてしまうとはな。まだまだ未熟な証拠だ。
手段はどうであれ、勇者もグッジョブである。興行を前日に控えた書き入れ時に、宿が全焼でもしてたら、ここの店主に謝っても謝り切れなかったぞ。
「あれ、当の猫耳はどこへ行った?」
「魔王ちゃんの後ろー」
「げぇいつのまに……って何やってんだお前」
指摘されて慌てて後ろへ振り返ると、さっきまで寝ていたベッドの上で、体を丸めたチットが無心でゴロゴロ転がり続けていた。
妾の視線に気が付くと、ピタリとその動きを止め。
「上書き」
「へ?」
「マスターのベッドに残念臭が移ったから、ミーが上書きしてた」
「……ほほぅ、言ってくれるじゃないかこのロリ猫」
まさか、不本意ながら妾が見せた力の一端を目撃しておきながらなおこの態度とは。
面白い奴だ、気に入った。
「野郎ぶっ殺してやらああああ!!」
「落ち着いてください! 今度こそ宿が焼けてしまいますぞ!?」
「ぐぬぬぬぬ!」
おのれ、かくなる上は!
「いいだろう。ここは大人である妾が、お前の安い挑発に乗ってやろうじゃないか」
「その割には余裕が皆無」
「うるせー! 明日の大会で当たったら正々堂々、けちょんけちょんのギッタンギッタンにしてやるからな。首を洗って待ってるがいい!」
こうなったら大会という舞台で、ルールに則って打ち負かしてくれる。
いくらチットと言えども、奴の強さの大部分は自然というフィールドで発揮される野性的な勘によるもの。確たるルールの定まった戦闘では本領を発揮できないはずだ。
一方、普段から国家のルールで雁字搦めになってる妾に死角はない!
もう負ける気がしないね!
「アームレスリングなら手首なのでは?」
「どっちでもいいわ! いいから行くぞお前ら」
「ど、どちらへ?」
「大会にエントリーしにだよ! だから魔王城は明日も休業な」
「この宿ならまだ部屋が空いているぞ」
「それなら部屋を予約してから行きましょうか」
うむ、それがいい。
勇者たちと同じ宿って魔王としてどうかと思わんでもないが、別に二度目だしもういいや。 それに二回もこの宿灰にしかけたし、実際少し壁とか床が一部焦げてるし。せめてお金を落としていこう。
「ちょ、魔王様!? 我々が揃って二日も連続で魔王城を空けるわけには――」
「いいんだよ他国が攻め込んでくるような情勢でもなければ攻め込んでくる勇者もいないんだから! ミルドはガリアン持って来い!」
「かしこまりました」
「……これも、一種のガス抜きですかのぅ」
最後にはジラルも折れ、妾たちは未だ気絶したままのガリアンを引きずって勇者たちの部屋を後にした。
「ナイス挑発」
「お安い御用」
「今夜は肉だな」
「神……!」
ん、何か聞こえたような……。
まあ、気のせいか。
◇
さて、部屋は取れたし大会の参加受付をしている酒場の場所も店主から教えてもらった。ガリアンも復活したし準備は万端。
受付は中央にある、この町で一番大きな酒場で行われているらしい。建物の中にはステージもあって、大会もそこで開催されるようだ。
道中町の雰囲気を肌で感じたが、やはり催しを前日に控えているだけあって活気が良い。まだ日が高いのに酔っ払いもちらほら見える。
到着した店内でも昼間だというのに大量の酒飲み客がいて大変賑やかである。その殆どが主要な労働力であるだろう屈強な男たちなのだが、この町大丈夫か?
「大会の前日から翌日までは、町の運営母体を除いて就労の義務が解かれるようですよ」
「へぇ、流石酒の町。粋な計らいがあるものだ」
割と本気で心配しちゃったよ。
例え一日二日とはいえ、町の運営を完全に放置とかゾッとしないな。
……ジラルの視線が痛い。
そうでした。それを国でやっちゃってるのが妾たちでした。
だ、大丈夫だって。ザハトラークの国民はみんな真面目だし、妾も明日までは予定ないし。『蟲の間』も解体したから前回みたいなバイオテロだって起きる心配もない。
大会へのエントリー自体はステージの方にいる関係者に名前を記録してもらうだけという至極単純なものだった。ここに来た目的が一分と経たず完了してしまった。
どうせ昼食がまだだったし、店に入っておいて何も食わずに出ていくというのも無粋な気がしたので適当に空いてる席を見繕って四人で座る。
この町では酒場が食堂を兼ねているようで、どの店に行こうが必ず酒がある。飲むのは別に個人の自由だろうが、周りの客はまるで水でも飲んでいるかのように杯を呷っていた。
よくもまあ、あんな勢いで飲めるものだ。妾だったら喉が焼けて咽るな。
「お待たせしました!」
愛想のよい給仕の娘が、注文した品を運んで来た。
オススメだという肉料理を中心に各々が好きなように頼んだのだが、結構な量になったな。これ食べきれるんの?
まあ、ガリアンもいるしどうとでも……って。
「お前らも飲むんかい!」
いつの間にか妾以外の三人はアルコールを注文していた。
しかもボトルで。
「これはその、現地でしか飲めない銘柄があったものでつい」
「大丈夫でありますジラル翁、どうせ非番でありますから!」
「いやまあ、別に飲むのはいいんだけどさ。明日になって二日酔いでダウンとかやめてくれよ?」
ジラルは出場しないからまだいいとして、ガリアンは選手としてエントリーされている。大会はトーナメント形式の個人戦だから関係ないと言ってしまえばそこまでだが、魔王軍の幹部なんだから不戦敗なんて間抜けなオチは避けてほしい。
「殿下は心配性でありますなぁ。小官、これでも酒には滅法強い方であります」
「ならいいんだけどな……ミルドも他人事じゃないぞ? お前だってエントリーしてるんだからな」
「はい大丈夫です。ところでルシエル様はいつから二人になられたのですか?」
「既に手遅れかよ!?」
表情に変化はないけど妙に早口だし、よく見たら顔真っ赤だ。
一杯でこれとかどんだけ弱いんだよ!
それとも酒の度数が高いのか?
ボトルを確認してみるが、表記されているアルコールの度数は高すぎるというほどでもない。妾でもまだ普通に飲めるレベルだった。
ミルド、下戸確定。
「ちょっと目を離しただけで四人に分裂するなんてルシエル様はとても不思議な生き物なんですね」
「あぁ、何か表現がふわっとしてる! いつもなら『気持ち悪い生物』とか平気で言っちゃうのに!?」
頭がぽわぽわしてるのか、言葉選びがだいぶマイルドだった。
ていうか人数が倍に増えてる。妾は鼠か。
「おいジラル、ミルドが酒に弱いって知らなかったのか!?」
「い、いえ。長い付き合いではあるのですが、こやつめが酒を飲むところなど一度も」
「ルシエル様を一人見たら一〇〇人はいると思いなさい」
「もはやゴキブリ扱い!?」
しかもこいつ、変なこと口走りながら更にグラスへ酒を注いでる。
この期に及んでまだ飲む気か……!
「こ、これはもう止めた方が――」
「セクハラです」
「あばぁー!?」
「ガリアーン!?」
止めに入ったガリアンが顎に良いのを一発貰い、あえなく撃沈した。
一撃で意識を刈り取られたガリアンの巨体はそのまま宙を舞い、放物線を描いてあらぬ方向へと飛んでいく。
その先には屈強な男たちで賑わう中、一人で席に着き静かに酒杯を傾けている女性客が。
ヤバい。死ぬほど重たいガリアンがあんな勢いでぶつかったら怪我じゃすまされない。相手が女性なら尚更だ。
最悪――死ぬ!
「そこの人、逃げろおおおお!!」
注意喚起はしてみたが、恐らく間に合わない。
ええいかくなる上はガリアンをここから魔法で店の外までぶっ飛ばして――
「――ハッ」
その短い笑い声は、一体誰が発したのか。
気を取られた一瞬の内に。
バコォン! と、凄まじい音がした。
「ぐばぁー!?」
超速で振り抜かれたアッパーにより、ガリアンが再び宙を舞う。殴られた瞬間意識が戻ったようだが、また気絶したらしい。
そのまま来た道を辿るようにこちらへと飛んで来たガリアンは、元々座っていた椅子へ芸術的な着地をした。
「い、生きてるかー?」
完全に白目を剥いている。死んではいないようだが、二重の衝撃は相当なダメージを刻み込んでいるようだった。
取りあえず、回復しておきますね。
「ハハハ! けっこー重たかったなその大男!」
何がそんなに面白いのか、豪快に笑いながら一人の若い女が妾たちのテーブルへと歩み寄って来る。
他でもない。危うくガリアンに押しつぶされかけ、それをあろうことか自ら迎撃せしめたあの女性客だった。
遠目ではよくわからなかったが、背の高い女の身体は筋肉質で引き締まっており、相当鍛えこまれているのが一目で知れた。それでいてプロポーションは抜群で、女性的な部分はしっかりと主張している。褐色の肌と合わさり、大人の色気がそこにある。
……人間、ここまで完膚なきまでに負けると敗北感すら感じないんだなあ。
妾、人間じゃないけど。
そんな妾の気を知るでもなく、女は初対面とは思えない気さくさを全面に出して話しかけて来た。
「で、誰がそいつをアタシんとこまでぶっ飛ばしたんだ? エルフの爺さんは違ぇだろうし、もしかしてそこのちみっこい嬢ちゃんか?」
「ちみっこくないわ!! つーか妾がそんなことするか!」
「へぇ、じゃあそこのメイドが? 細っこい腕してんのに中々やるもんだ。ま、ヒューマンみてぇな見てくれで力のある種族なんざ珍しくもないけどよ」
妾の反論を華麗にスルーした女に声をかけられたミルドが、未だ顔を赤くしたまま胡乱気な視線を彼女へ向けて。
「どちら様ですか? 現在天界サポート窓口は昼食休憩中なのですが」
「酔いが悪化してる!? 何だその窓口は!?」
「おっとそうだな。こういう時ぁ自分から名乗るってのが筋だもんな」
酔っ払いの謎発言に意を介することなく、女は野獣が牙を剥く姿を連想させる獰猛な笑みを浮かべ名乗りを上げる。
「アタシはディータってんだ。よろしくな!」
それは奇しくも、勇者から話に聞いていたドワーフの名前と同じだった。
――う、
「「嘘だぁぁぁぁぁぁぁああああ!?」」
思い至った妾とジラルは同時に叫び。
「……猫飼いたい」
ミルドはもはや、意思疎通すらままならなくなっていた。
ガリアンは気絶したままだった。