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勇者がこない! 新米魔王、受難の日々  作者: 七夜
ダンジョン攻略は無計画的に
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28 ザハトラーク建国物語(4)

更新が遅い!(ビンタの音)

 四大真祖。

 それは旧大陸に突如として現れた四人のトゥルーヴァンパイアを指す名であり、千年以上の時を経てなお恐怖の象徴として語り継がれている。

『煉血のザハトラーク』はその一角であり、四体の中では『殲血のフォイルニス』と最強の座を争う怪物であったとされる。

 名が表すように血の一滴に至るまでが灼熱を帯び、ただその場に存在しているだけで全てを焼き尽くす煉獄の化身。天にて燃え盛り続ける太陽が如く、ザハトラークの焔は『殲血』と相討ちになった後も消えることなく旧大陸を大地を焦がし続けているという。

 虚飾が施された伝承の中で、数少ない事実の一つだ。

 そして、もう一つ。

 彼の恐ろしさについて伝説にはこう記されている。


 『煉血』の紅き軌跡は誰にも捉えられない。

 

 ◇


「……あれは」

 信じられない光景が繰り広げられている。

 それを目の前にして、私はただ茫然と呟くことしかできなかった。

「あれは、一体なんだ?」


「ダラァァァァァアアア!!」

「ぐっ、おおぉぉぉぉおおおおお!?」


 紅が閃くたび、比肩するものなき竜神の巨体が大きく揺らぐ。何も存在しない場所で異様な地形変動が起きたかと思えば、変形した地形ごと叩き潰される。不可視の暴力が一方的にイシュトバーン殿を打ちのめしている。

 連続攻撃が始まってから、ただの一度たりともヴェリアルの姿を視認することは適わなかった。聞こえてくる裂帛のみが、もはや目で追うことすらできない彼の存在を証明していた。

「ジラル翁! あ、あれは――」

「わからん。わからんが」

 何もわからなくても、これだけは確信を持って言える。

 僅かな高揚を伴って、その声は上ずった。

「ヴェリアルが優勢だ……!」



 真名開放――『煉血』――そうか。

 認識がまるで追いつかない殴打に見舞われながらも、イシュトバーンの思考は冷静かつ高速で展開していた。

 イシュトバーンが司る〝摂理〟の権能は、任意の領域内で己が定めた法則を、内包した存在全てに強要するというもの。それは小規模な世界の創造に等しく、亜神でありながらその力は真なる神にも届きうる。

 ただし決して万能ではなく、無敵でもなかった。

 例えば、同等の力を持つ神に対しては権能が十全に働かない。〝摂理〟という広く薄い概念では、より狭義で色の濃い概念を塗りつぶせないからだ。

 それでも、神に劣る種族では抗いようのない絶対的な法則であるはずだった。

 だからこそ、自分が殴り飛ばされているのには明確な理由がある。

 四大真祖が用いる血の力は、魔法ともスキルとも異なる。何が近いかと言えば、神族が振るう権能に近い。

 誰もが『煉血』のザハトラークの力を見誤っただろう。彼が操っているのは炎ではない。当時の誰もが、彼の力を炎熱という形でしか認識できなかった。

 熱が粒子の振動より生じるなど、この世界の幾人が理解しているのか。

 無限の熱を生み出すということが、一体何を意味しているのか。

 

 際限なく物質にエネルギーを与える。どこまでも速く、全てを動かし続ける。

 力の名は【ハイペリオン】。その本質は世界ですら認識不可能な無限の加速。

 速度という次元を超えた、神速。


 流れる血液そのものが奇跡を宿している。それはごく狭い範囲の法則を捻じ曲げ、その余波だけが目に見える形となって現れる。

 個人レベルに限定された世界改変能力。

 故にそれは、イシュトバーンが生み出す仮初の世界に抗いうる――

「がっ……!?」

 強かに顎を打った一撃が、止まることのなかった思考に初めて揺らぎを齎した。

 一瞬遠のく意識の向こう側から、懐かしい気配が近づいてくる。

 過去にたった一度きり。神となる前から築き上げていた無敗の伝説に泥を付けられた、清々しくも苦々しい記憶。

 あの時は剣だった。

 今は拳となって迫ってくる。

 敗北が、目の前まで――

「――めんな」

 その時。

 戦闘が始まって以来、イシュトバーンは初めて。


「舐めんなやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁああああああああ!!」


 己自身の爪を振るい、ヴェリアルを叩き落した。

「ぐぁ――!?」

 直撃を食らったヴェリアルの体は白磁の床に叩きつけられ、派手に瓦礫をばら撒きながら吹き飛んでいく。

 ヴェリアルの攻撃は全てが直線機動だった。速度に任せ、最短距離を駆け抜けてくる。細かい軌道修正が効かないのはすぐに見抜いた。

 真っすぐ来るとわかっているのならば、軌道上に攻撃を置いておくだけでいい。例えこの世の何よりも速く動く存在であろうと、動く前に放たれた攻撃を追い抜かすことなどできないのだから。

 竜とはこの世で最強の生物である。肉体の強さも、魔法の出力でさえも、並び立つ生物が存在しないが故に。

 そしてイシュトバーンは、その竜種の中においてなお最強を名乗る者。

 権能を用いずとも――神でなくとも、彼は既に全生命の頂点である。

 身体能力。知能知識。戦闘経験。

 最強の竜の全てをもってして、ヴェリアルの神速に追いすがらんとしていた。

「チッ、厄介やなぁ」

 しかしイシュトバーンも無傷では済まされなかった。

 ヴェリアルを叩いた手の表面が焼けただれ、焦げた鱗が剥がれ落ちていく。殴打を食らった個所も同じ有様だった。

 無限の加速によって生み出された膨大な熱量は、ヴェリアルに触れたものを焼き尽くす。イシュトバーンの竜鱗ですら例外ではない。接触時間が一瞬だったからこの程度で済んでいる。

「随分と速度を持て余してるようやなぁ。そんな調子で大丈夫かいな」

「……てめぇこそ、権能使ってる余裕すらねえみたいだが?」

 起き上がったヴェリアルが徒歩で近づいてくるが、先の様に彼を叩き潰すような地形変動は起こらない。

 この空間に定義されていた〝摂理〟は、ヴェリアルへ一撃を加えた際に解除していた。どうせ今のヴェリアルには効き目がなく、むしろ変動した地形がイシュトバーン自身の動きを制限しかねなかった。

 そんな事情を正直に言う必要もない。適当に濁しつつ、とりあえず煽っておくことにする。

「気分や気分。直接しばき倒した方がスカッとするやろ? 周りでゴキブリみたくチョロチョロされてイラついてたんや」

「そーかいそーかい、じゃあそーいうことにしといてやるよ。俺様はどこぞのケチなドラゴンと違って器が広いからなー!」

「ワハハハハ!」

「クハハハハ!」

 そうやって一頻り割あってから、どちらともなく。


「誰がゴキブリだゴラァァァァァァアアアア!!」

「誰がケチなドラゴンじゃボケェェェェェエ!!」


 再び頂上の戦いが幕を開ける。



 ……何だろう。

 最初は一方的にヴェリアルがやられていたが、そこから一転攻勢。このままヴェリアルが押し切ると思った矢先、イシュトバーン殿がまさかの反撃。

 僅かな休止を挟んで始まったのは、もはや戦闘というか。

「ただの喧嘩だな」

「規模は天変地異もいいとこであるが、確かに……」

 攻撃が全く目で追えず、交叉の度に天地が砕け、常人ならば秒も待たず消し炭になることを除けば、その内容自体は単なる殴り合いだった。いやまぁ見えないから厳密には踏んだり蹴ったりしてるかもしれないが。

 破壊的な光景を除けば、雰囲気そのものは最初と大きく異なるような気がした。

 そしてそれとは別に、落ち着いたことで思い出したことがある。

「先の詠唱……いや真名開放か。まさかヴェリアルが、かの『煉血』の子孫だったとは」

「え、四大真祖の伝説って作り話ではないのであるか!?」

「多少事実と異なる部分はあるが、概ね真実だ。サーベラス殿の世代だと既にそのような認識なのだな」

「世代って……そういえばジラル翁とは結構年の差があったであるな」

 まぁ私があの伝説を事実と知っているのは、少々特殊な事情もあるのだがな。

 あれが血の力を呼び覚ます真名開放なのだとしたら、魔法の詠唱とは毛色が異なるわけだ。実際この目で見ている『煉血』の力は、あの方から伝え聞いた以上に凄まじい。

 イシュトバーン殿が定めた〝摂理〟が……世界が追い付けない速度など、あまりに馬鹿げている。それを強引に実現させてしまう無茶苦茶さ。

 あんなのが四人もいて殺し合いなんか始めれば、そりゃ同じ地域に住んでるその他の種族などひとたまりもなかったに違いない。

 世代と言えば、我々より遥かに上の世代の方がいたな。

「レティス殿は実際に真祖らの戦いを見ていらしたのではないか?」

「はい。主上共々、この山頂より傍観していました」

 懐かしむように目を細めながら、レティス殿はヴェリアルたちの戦いを見ている。

「彼らの戦いと比べてしまうと、今の戦いはじゃれ合いのようなものですね」

「あれがじゃれ合いであるか……」

「ええ。ヴェリアル様は元より、主上にも既に殺意が無いようですし」

「殺意無いのかあれで……」

 どちらの攻撃も食らえば一瞬で血煙になりそうなんだが。根本的に耐久力が違い過ぎるのだろうな。

 ちなみにミルドはと言うと、我々の会話など意にも介さずヴェリアルたちの戦いを食い入るように見つめていた。見て何かわかるものなのだろうか。私にはさっぱりだ。

 ただ、今や双方の実力はほぼ互角に思える。このまま戦局が膠着し続ければ、最終的に勝負を決めるのは。

「どちらの体力が先に尽きるかだが」

「規格外の吸血鬼に、最強の竜種……こちらも結局読めないであるな」

「いえ、そうでもありません」

 サーベラス殿が浮かべた疑問はレティス殿によって即座に否定される。

「ヴェリアル様が最初から『煉血』を使わなかったのには、恐らく相応の理由があるのでしょう。つまり彼は手札を切らされた側です」

「……」

 彼女の意見は、私が薄々懸念していたことを明確に代弁していた。

 ヴェリアルは決してイシュトバーン殿を侮ってはいなかったはずだ。ならば何故あれほどの力を最初から使わず戦っていたのか。

 当然、リスクがあるのだろう。

 そして恐らくそれは……ヴェリアルにとって致命的なものだ。

 

 ◇


 果たしてそれは、何度目の交錯の後か。

 もはや何度打ち込み、打ち込まれたかなど数えるのも億劫だ。何百年と感じずに久しい疲労感に妙な充足を覚える。与えられた痛みが生存本能を活性化させ、完結していたはずの世界がどこまでも広がっていくようだった。

 それ故に、口惜しい。

「時間制限付きやな」

 イシュトバーンは攻撃の手を止めた。

 絶え間ない連撃に初めて発生した空隙。決して捉えられないはずの『煉血』を――完全に動きを止めたヴェリアルを見下ろし、告げる。

「血の力は血を消費する。ジブンの場合は燃やしているってとこかいな? んでもって、そのペースはトゥルーヴァンパイアの再生力でも到底追い付かへん」

「……」

「もう答える余裕もあらへんみたいやな」

 ヴェリアルは無言を貫いているが、息を切らしながら立ち尽くす姿こそがイシュトバーンの言葉を肯定しているようなものである。

 吸血鬼は無限のスタミナを持つといわれているほどにタフな種族だ。それをあそこまで憔悴させるというのだから、やはり『煉血』の力は相当燃費が悪いのだろう。

 しかし、それだけが原因でもあるまい。

 相手の戦い方を見ていれば、自ずとわかることだった。

「力尽きるまで抑え込めない。初っ端から使わんわけや」

 一度発動してしまえば、燃料が尽きるまで燃やし続ける。自らの意思で鎮火することがかなわない。

 恐らく初代の『煉血』にはなかった弱点だ。世代を経て力を御しきれなくなったか、ヴェリアルが若すぎるのか。

 いずれにせよ、彼に許された時間ではイシュトバーンを削りきることはできなかった。

「正直感心したで。まさかここまで追い詰められるとは思わんかったわ」

 心からの賞賛だった。

 息も絶え絶えなのはイシュトバーンも同じだ。こうして話している今も必死に意識を保つよう努めており、耐えられてもあと一発が限界だっただろう。

 間違いなくヴェリアルは勝利に手をかけていた。

 だが、一歩足りなかったのだ。

「ホンマ残念やで」

 心からの失意だった。

 一体の竜であった頃には終ぞ経験せず、神となってからはたった一度だけ味わった敗北。今回も目の前まで迫っていた。

 ここまで緊迫した戦いがこの先あるだろうか。ヴェリアルたちのような酔狂な者がそういるとは思えない。旧大陸を踏破し自分の下まで来れる者となれば更に限られる。

 これが終わってしまえば、千年近く続いた退屈が戻ってくる。そして今度は、何年続くのだろうか。

「今なら降参を受け付けるで。しないんならしばき倒す」

「……どっちも、お断りだ」

「せやろな」

 絞り出したような返事に思わず苦笑した。

 ここで負けを認めるような男に、イシュトバーンがここまで追い詰められるはずがない。

 ならばやるべきことは一つだった。

 矮小の身でありながら、この竜神を相手に待望を貫こうとした挑戦者に最大の敬意を。


『其は終焉の大地。万象の往きつく果て。枯れ落ちし荒涼の風』

 それは竜を竜たらしめるもの。

 魔法の術理を解し、行使する存在の最高峰。竜種にのみ許された魔導の極点。

 大地より生まれた全てを大地へと還す、アースドラゴンの代名詞。

 地属性最上級魔法【ガイアブレス】。


 イシュトバーンが放つことができる中で最大の攻撃。

 ヴェリアルの速度であれば躱すことは可能だ。ただし、ブレスの回避に力を使えばその時点でこちらに攻撃を加える体力は残らないだろう。避けなければそのまま消し飛ぶだけだ。

 どちらにしても、イシュトバーンの勝利は揺らがない。


「ッカァァァァァァァァアアアアアアアアアア!!」


 詠唱から発動までは一瞬だった。

 呼吸するかの如く放たれるのが、吐息(ブレス)と呼ばれる所以である。

 到達までの一秒にも満たない刹那。極限の集中で引き伸ばされた時間感覚の中、イシュトバーンは相手の動きを注視し続ける。

 ヴェリアルは動かない。

 回避を捨てたのだろうか。それにしては迎撃の姿勢も見せない。

 ヴェリアルは動かない。

 よもや諦めたのだろうか。あれだけ食い下がってきた男がここに及んで?

 ヴェリアルは――


「やっと撃ってきやがったな」


 笑った。

 獲物がまんまと罠にかかった様を見た狩人のように。

 不敵な笑みと共に、その全身から力が吹き上がった。

「――ッ!」

 ヴェリアルが【ガイアブレス】に自ら飛び込んでいく。万物を風化させ崩壊を齎す奔流を切り裂き進む紅き閃光。

 或いは解放直後よりも強大な気配が、潰えることなく近づいてくる。

「ぐっぉ……ぉオッ――ぉぉぉおおおおおオオオオオオラアアアアアアア!!」

 そして突き抜けた。

 イシュトバーンが誇る最大の一撃が。数多の竜を一息に滅ぼす咆哮が。

 たった一人の吸血鬼によって、千々に霧散する。

「馬鹿な――」

 ヴェリアルが纏う力には、紛れもなくイシュトバーンが放った魔力が混ざっていた。それは恐るべき事実を示唆している。

 彼は【ガイアブレス】を力任せに突破したのではない。

 食い散らかして取り込んだのだ。

「ブレスだか何だか知らんが知ったことかぁ! 俺様の包容力舐めんじゃねぇぞ!」

 無限のエネルギーを生み出す『煉血』の力。それは即ち、無限の熱量を受容する器を持つということ。

 例え最強の竜が全力で放った魔法であろうと、底なしの器に飲まれて消える。

 エネルギーによる攻撃で『煉血』は殺せない。

 消えかかっていた炎に、まんまと燃料を投下してしまった。

 もしも……もしも最後の一撃に【ガイアブレス】を選んでいなければ。単純な物理攻撃でとどめを刺していれば。

 無数の可能性が脳裏を過ったが、すぐに考えるのをやめた。それらは万が一にもありうべからず選択だったからだ。

「……あー、そういうことかいな」

 固く握られた拳が届く寸前、イシュトバーンは思い出した。

 強者も弱者もなく、同じ地平に立つ。常に対等であろうとする。無数の死と回帰の果てに、ヴェリアルが語った理想。

 今の自分はどうだろうか。

 神として得た権能をかなぐり捨て、素手での殴り合いに興じ、最後は竜としての誇りをもって引導を渡そうとした。

 いつの間にか、彼と同じ次元にまで引きずり降ろされていた。竜神イシュトバーンとしてではなく、ただのイシュトバーンとしての戦いを心から楽しんでいた。

 あの時、権能を解除して反撃に出たあの瞬間から。

 イシュトバーンは既に敗北していたのだ。

「ホンマ、よーやるわ――」

「食らいやがれとどめの必殺ヴァンパイアパンチ――と見せかけてキィィィィィィィィ――ック!!」

 特に意味のないフェイントの末、振りぬかれた爪先が的確に竜神の顎を捉え、意識を刈り取る。

 視界が暗転する寸前、イシュトバーンが最後に見たのは人の身でありながら己を討ち果たした男の清々しい笑顔。

 それは全く似ていないにもかかわらず、かつて言葉を交わした友の優し気な顔と妙に重なって見えるのだった。


 ◇


「勝った……のか?」

 我々が目撃できたのは【ガイアブレス】が放たれる寸前までだった。直後にはイシュトバーン殿が倒れ、同時に輝きを失ったヴェリアルもまた地へと堕ちていた。

 ……そう、最期の瞬間を見逃した。だって竜をダース単位で土に帰す魔法をこの近距離で放たれそうになったんだぞ。私もサーベラス殿も自分の身を守ろうとするのに必死だったわ。

 だが放たれたはずの【ガイアブレス】は急に消え失せ、気づけば両者ともにダウンだ。

 まさか相討ちになったとでもいうのか? その場合、勝敗はどのように判断されるのか。

「レ、レティス殿。この勝負は――」

「あちらを」

 問いの途中でありながら、レティス殿は真っすぐに指をさした。

 細い指先に誘導されるがまま、視線を向けたその先には。


「いってぇ頭から落ちたし……たんこぶになってそう……」


 立ち上がったのは小さい人影だった。

 声を上げたのはいつもと変わらないあの男だった。

 神を下しておきながら、くだらないことを気にしているあいつは――

「ヴェリアル……!」

「閣下ぁぁぁあああああ!!」

 居てもたっても居られなくなった我らは、どちらともなく駆け出していた。この瞬間ばかりは、自分が老人であることを完全に忘却していた。

 手の届く距離まで近づいた途端、何だか感極まってしまい思わずヴェリアルの背中を思い切り叩いてしまう。

「本当に……本当にお前って奴は!」

「痛たたたたたた!? おま、叩くな叩くな! そういうキャラじゃないだろお前!?」

「我輩は信じていたである! 必ずや閣下がかの竜神に打ち克つと……ウォォォォォォォオオオオオオオオンッ!!」

「うるせええええええ! 頭打った直後なんだよもっと音量落とせやぁ!」

「あれだけの死闘の後だというのに随分元気じゃないか。実は余裕だったのでは!?」

「見た通り超ギリギリだったしこう見えて疲労困憊なんだよ調子のんな! ていうかいい加減叩くのやめろ!」

「ウォォォォォォォオオオオオオオオンッ!!」

「だからうるせってぇぇぇえええ!!」


「……やかましいやっちゃなぁ」

 足元が揺れ、風が巻き起こる。

 ただ身を起こすだけで周囲の存在を揺るがす巨体。つい先ほどヴェリアルに打倒された竜神は、もう意識を取り戻していた。

「やかましすぎてすぐ起きたわ。ジブンらホント元気やなぁ。若さってやつかいな?」

「悪ぃな、今黙らせる……いい加減にしろこのタコ共が!」

「ごはぁ!?」

「オォン!?」

 脳天で衝撃が弾け、目の前に星が散った。

 わ、割と強めに殴られた……肉体派のサーベラス殿ならともかく、この老体にまで容赦をしないとは。平等と言うのも考え物かもしれない……。

「で、勝負は俺様の勝ちってことでいいんだよな?」

「せやな……ワイの敗北や」

「んだよ潔いな。もっと言い訳とかすんのかと思ったわ」

「ここで認めんかったら最高にダサいやろ。そもそも〝摂理〟の亜神たるワイが自分で定めたルール破るのはアカンって」

「クハハッ、それもそうか」

 私たちが頭を押さえて悶絶している間に、競い合った両者の間で綺麗に話がまとまったようだ。

 三度イシュトバーン殿の全身が輝き、ヒトの姿になる。目立った外傷は見られないが、やはり消耗しているのか佇む姿はどこか気だるげだった。

 そこへ我々の後から徒歩でついてきていたレティス殿とミルドがやってくる。

「お疲れ様です主上」

「おーレティスちゃんにミルドちゃん。堪忍なぁ、ワイ神様なのに負けてしもたわ」

「お気になさらないで下さい」

 ばつが悪そうなイシュトバーン殿の頬に手を添え、レティス殿は嫋やかにほほ笑んだ。

「主上はお楽しみになられていたのでしょう? 貴方様の喜びこそが私の喜び。敗北など些末なことです」

「……やっぱりかなわんわぁ。レティスちゃん好きやー」

「うふふ、私もお慕いしていますよ」

 急に惚気始めた。私たちは何を見せられているんだろう。

 勝負はついたのだし、こちらとしてはそろそろ今後のことについて話を進めたいのだが。

「……」

 二人の世界が形成されていく中、それを破ったのはミルドだった。

 憮然とした表情で、イシュトバーン殿の脚へ蹴りを入れる。

「いったぁ!? ちょ、ミルドちゃん? 今ローキックはアカンって。パパフラフラやから!」

「うるさい」

「聞く耳持たず!?」

「こらミルド。蹴るならせめて理由を言ってからにしなさい」

「止めてはくれないんやな!」

 レティス殿に窘められ、一旦大人しくなったミルド。

 相変わらずむすっとしたままではあったが、彼女は短い言葉を紡ぐ。

「じれったい」

「じれったいって、何がやねん……」

「この先のこと」

 ミルドは不意に我らの方へと目を向けた。

 短い付き合いではあるが、直接矛を交えた私には何となく彼女の無表情に込められた感情が読み取れた。

 あれは……大きな期待の籠った視線だ。

「凄い戦いだった……けど、通過点なんでしょう」

「……あぁ」

 どうやら試合前のヴェリアルとの会話を聞いていたようだ。

 僅かな迷いもなく、私は応える。

「種族の隔てなく、誰もが手を取り合える国を作る。それが私たちの目的だ」

「誰もが平等に殴り合える国じゃなくて?」

「……解釈は人それぞれだが。とにかく、同じ目線に立つことが重要なのだ」

「それって凄いの?」

「歴史に残る偉業となるだろうな。道のりは困難だが……我々は必ずやり遂げて見せる」

「そう」

 満足がいったのだろうか。

 ミルドは小さく頷き、再びイシュトバーン殿へと向き直ると。

「働いて」

「いったぁ!?」

 再びイシュトバーン殿を蹴り飛ばした。

 唐突に始まった意味不明な攻撃行動に、私はようやく意味を見出す。

 何と言うこともない。

 子供らしく、待ちきれずに急かしているのだ。

「誰を殴っても文句を言われない国……私も見てみたい」

「さっきより酷くなってる!? 違うぞ我々の理想はもっと平和的な――」

「成程、そういう方向性も悪かないな」

「お前は一番乗ったらいかんだろうが! 悪い意味で歴史に残るわ!」

「だそうですよ、主上」

「はぁ。ワイも結構疲れてるんやが……可愛い娘のためやしな」

 イシュトバーン殿は仕方ないとばかりに苦笑した。その間も蹴られ続けており、小刻みに揺れている。中々に珍妙な光景だった。

 とはいえ乗り気になってくれたのはありがたいことだ。

「んで、後ろ盾だったかいな? 具体的には何すればええねん」

「アンタが俺様たちの思想に賛同し協力してるってことを大々的に広めさせてくれりゃ、他には特に望まねえよ」

「そんだけ? そんなん勝手に名前くらい使えばよかったやん」

「勝手に使ってどんな怒り買うかわかったもんじゃねえし、流石にそこまで恥知らずじゃねえよ。国民を嘘でまとめるつもりはねーからな」

「案外真面目なんやなぁ」

 事実、ヴェリアルは己の国についてどこまでも真摯に考えている。他種族に関する知識も建国から国家運営までの大まかな計画も、旧大陸に来る以前から持っていたものだ。相当な年月をかけたことは想像に難くない。

 その生真面目さを普段の振舞にも発揮してくれると助かるのに。

「せやったら、うってつけの方法があるで」

「うってつけの方法?」

「三日くれたら、いっちゃん分かりやすい形でワイの存在を知らしめたる。待たせとる間はここで丁重にもてなしたる。どうや、乗るかいな?」

「ふーん。どうするよジラル」

 判断を仰がれ、しばし熟考する。

 これから本格的に建国のために動き出すわけだが、当然そのためには新大陸へ帰還しなければならない。来た道を戻ると言えば容易く聞こえるが、実態は不規則に発生する即死レベル災害の大盤振る舞いである。

 現在の我々は死闘の果てに疲労困憊。とても『竜神の谷』を下山し、死地を邁進するような体力も魔力も残っていない。

 一日でも早いことに越したことはないが、三日を惜しむほど急ぐ道中でもないだろう。建国の為に動いているのは実質我々三人だけなのだし。

 滞在中の生活を保障してくれるというのならば、断る理由もあるまい。イシュトバーン殿自身が協力してくるのなら猶更だ。

「ここはお言葉に甘えさせていただこう」

「ほなら、適当な部屋使ってくつろいでてや。メシの時以外は自由にしててええで」

「おう。そういや、何の準備に三日も使う気なんだ?」

「そんなん決まっとるやないか」

 ヴェリアルの問いに、イシュトバーン殿はニヤリと笑う。

 ……何だろう。凄く。物凄く嫌な予感がする。

 絶対この人、いやこの竜ろくでもないことを考えている!


「お引越しや」


 私の予感が正しかったことは、三日後に証明される。

 それは我々にとって記念日であると同時に、大陸史における最大の事件であった。


 ◇


 新大陸西方、ロドニエ王国。

 かつて旧大陸から流れてきた移民たちによって作られた国は、今や大陸で有数の力を持つ五大国の中にあって、更に上位に至るほどに栄華を極めていた。

 多様な人族を擁するロドニエが種族間の軋轢無く発展を続けてこれたのは、国の頂点に立つ者――即ち王の求心力の賜物であると誰もが疑わない。

 千年以上もの時を生きてなお、衰えることなき美貌と智慧。エルフの中でも最長命種とされるエンシェントエルフの王。

 アルベリヒ=オーベルタス=ロドニエは、謁見の間の玉座にて部下からの報告を受ける。

「そう……まだ見つかっていないんだ」

「はい。半年前にカースドラゴンの襲撃を受けて以降、ジラルディア様……アシュタ一族の足取りは掴めておりません」

 ある程度予想は出来ていた結果だが、それでも酷く落胆せざるを得なかった。

 帝国から追い立てられたカースドラゴンがアシュタ一族の集落付近に落着したという報せを受け、アルベリヒは即座に救援を送っていた。私事に兵を使うわけにはいかず、己の裁量で動かせる近衛のみではあったが。

 しかし彼らが現場へたどり着いた時、そこには頭部が吹き飛んだカースドラゴンの死骸だけが放置されていた。激しい交戦の跡はありながら、ダークエルフの死体は一人たりとも発見されていない。

 もしカースドラゴンをあのように屠れる存在があの場に現れ、ダークエルフたちに牙を剥いていたとしたら。

 この半年の間、何度も脳裏を過った最悪の予想を振り払うようにアルベリヒは顔を上げる。

「引き続き捜索は続けて欲しい。少なくとも死体か遺留品が見つかるまでは」

「畏まりました。……陛下も、あまり気をお病みになりませんよう」

「わかってる。僕は大丈夫だ」

「はっ、出過ぎた発言をお許しください」

「気にしなくていいよ。報告お疲れ様」

 報告を終えて去っていく部下を見送り、扉が完全に閉じたのを確認してから。

「……はぁ」

 アルベリヒは散々我慢していたため息をようやく吐き出した。

 勘のいい近衛たちならアルベリヒの心労など見抜いているのだろうが、表に出さないのはせめての意地だ。子供じみたつまらない矜持だ。

「いつも大事な時に、僕は動けない」

 己の手を見つめ、強く握りしめる。一見清らかなそれは、何もかもを取りこぼした空っぽな手のひらだ。

 かつては力が足りず、かけがえのない友たちを失った。後悔へ蓋をするように旧き地と新しき地の境界に国を築いたが、諸外国を敵に回さないためには彼らが魔族と呼ぶ者たちを受け入れるわけにはいかなかった。ダークエルフ――肌の色が違うだけの同胞らもその内の一つ。

 理想を体現するための国は、今やアルベリヒにとって豪奢な枷となっていた。

 全てを投げ打って、かつてのように森と生きる道を選べればどれだけ楽だろう。いっそ己らも魔族として排斥されてしまえばまだ気が楽だった。

 しかし問題はもはや自分だけのものでは無くなっている。お飾りの王とはいえアルベリヒの求心力はあまりに大きく、行動の一つ一つが大きな影響を与えてしまう。

 親友の無事を確かめるという些細なことですら、直接的には動けない。

「一体どこに行ったんだ……ジラルディア」

 友の名を呟き、アルベリヒはしばらく項垂れた。

 気分が落ち着くのを待ってから、玉座より立ち上がる。実務から離れて久しく公務など殆どあってないようなものだが、少しでも気を紛らわすのに仕事はいい逃げ先だ。

 沈む心を引きずるように謁見の間を後にしようとした、その時。


「アーアー、ゴホン。ロドニエ王国王宮の諸君、こんちわー」


 王宮の上空に突如として、埒外の力が吹き荒れた。

 物理的な現象は何も伴っていないというのに、発せられる圧力だけで全身が煽られ、吹き飛ばされそうになる。大陸の魔導士としては最上位であると自負しているアルベリヒですらも、木っ端程度の存在であると思い知らされる。

 理不尽と呼ぶことすら烏滸がましい力の差。歯向かえば容易く葬られるという確信。

「アポなし訪問で悪いんやけど、ちょっとした挨拶に来たでー。ワイらのボスは王様とのお話をご所望や。取って食いやせんから、安心してお茶の準備でもしといてやー」

 軽々しい口調ではあるが、間違いなく高位の竜種が操る万能言語。意思を直接相手に理解させる限定的な精神干渉。

 直接見るまでもなくアルベリヒはその正体に気づいていた。王宮を丸ごと圧し潰してしまいそうな存在感は、旧大陸に住んでいた頃遥か遠くに臨んでいたそれと同じだったから。

 竜神イシュトバーン。

 最強の生命体である竜が肉体を捨てずして神へと昇華した、正真正銘の怪物。

 あまりにも唐突な出現に、アルベリヒはただ茫然と立ち尽くすことしかできなかった。

 ……しかし。

 驚いたのはイシュトバーンに対してではない。

「嘘、だろ」

 激流じみた竜神の気配の中から、砂粒の様にか細い二点をアルベリヒは見逃さなかった。

 一方は彼が人生を賭して追い求めていたものであり、もう一方はつい最近血眼になって探していたものだった。

 居てもたっても居られずアルベリヒは短距離転移で王宮の屋根まで移動していた。あまりに短慮な行動ではあったが、居てもたっても居られなかった。

 そして目にしたのは――


「クハハハハ! 見たかよジラル、俺様たちの片道半年が一分だぜ一分! 馬鹿みてーだなおい!」

「馬鹿はお前たちだぁぁぁぁあ! 直接王宮の上まで飛んでくるとか何を考えて……宣戦布告と取られてもおかしくないんだぞ!?」

「ええやん、そんときは正当防衛でワイらの完全勝利やで。土地ごと国ふんだくったろ」

「んな暴論に正当性もクソもあるかぁぁぁぁぁぁあああ!!」


 空を覆う竜神の巨体の上で高笑いする、かつての親友と同じ力を宿した青年。彼と竜神へ魂の叫びを吐き散らす、随分と老けた様子の親友。

 そんな彼らを見て、アルベリヒはただ一言。

「……いや、ほんと何やってるのあいつら?」



「申し訳ございませんでした」

「あー、うん。色々と問題はあったけど、幸い人的被害は出なかったし……彼を見た者が殆ど気絶して騒ぎにもならなかったから」

「申し訳ございませんでした」

「えー、とにかくジラルディアが無事でよかったよ。カースドラゴンに襲われたって聞いて気が気でなかったんだ……もっとヤバいドラゴンと友達になってるとは思わなかったけど」

「申し訳ございませんでした」

「とりあえず頭上げよ? それと会話しよ?」

 地に埋める勢いで額を床へ擦り付け続けていると、アルベリヒ陛下がお優しい言葉をかけてくださる。

 本来であれば馬鹿共の暴挙について丸一日謝り倒しても足りないくらいなのだが、ここまで仰られてしまったら顔を上げないのは逆に失礼だ。

 あの後も中庭に降りた途端大量の衛兵に囲まれたり、イシュトバーン殿が戯れに放った威圧でその衛兵らがほぼ全滅したりと散々である。陛下の寛大さには一生頭が上がらない。

 事態がある程度収束した後、我々は王宮内の小さな一室に通していただいた。どうやら話に聞いた陛下のコレクションルームらしく、洗練された王宮内とは違った趣のある内装だ。どう転ぶにせよ、ここからの会話はおいそれと公には出来ないから

 普通ならどれだけ穏当な対応だとしても追い出されて当然の狼藉を働いたわけだが、こちらにイシュトバーン殿が付いてるせいで無下に扱えないという質の悪さ。本当にすんません。

 陛下は護衛すら連れることなく、我々とテーブルを挟んで席についている。信頼されているのか、護衛なんてつけたところで無駄だとわかっているのか。

「さて、聞きたいことは山ほどあるんだけど……とにかく、君が無事でよかったよ」

「ご心配をおかけして申し訳ございません。まさか捜索隊まで出していただいていたとは」

「近衛しか使えなかったから、そんな大げさなもなじゃなかったけどね。でもまぁ見つからないわけだ。まさか旧大陸に向かっていただなんて」

 呆れ気味な陛下の表情を見るに、本当に万一の可能性としても考えていなかったらしい。

 そりゃいくら追い立てられたからと言って、あんな地獄に誰が好んで向かうというのか。まだ魔境の方がマシだ。向こうからこちらへと渡ってきた陛下は猶更戻りたいとは思わないだろう。

「それで、君たちがジラルディアの新しい友達?」

「おう、俺様はヴェリアルってんだ」

「わ、我輩……いえ、自分はサーベラスであ……ります」

「ワイはイシュトバーンやでー。神様やでー」

「主上の妻であるレティスと申します。拝謁の名誉に預かり光栄です」

「……ミルド」

 はいヴェリアルとイシュトバーン殿アウト-。人生やり直して礼儀と言う言葉の意味を学びなおして欲しい。サーベラス殿は取り繕おうとしてるしまぁ許す。ミルドは子供だからノーカンにしておこう。とりあえず落第者二名はレティス殿の爪の垢を煎じて飲め。

「君にしては個性的な面々が集まったねぇ。まぁ昔のジラルディアは結構尖ってたけど」

「これを個性的の一言で片づけますか……あと昔の話はおやめください」

「あはは、そうだね。昔話はまた今度にするとして」

 陛下は私から隣のヴェリアルへと視線を移す。

 そこから口を開くまでの数秒は、まるで何かを確かめているようだった。

「改めて確認するけど、君が代表ということでいいのかな?」

「その認識で構わねえよ。こっちも一応聞くけど、あんたが代表でいいんだよな?」

 他に誰もいないだろ。確かめる必要皆無だったろそれ

 今すぐぶん殴りたい衝動を抑えている一方で、陛下は心底楽しそうに笑っている。

「大したひねくれっぷりだ。流石はザハトラークの子孫と言ったところかな」

「あん? まだ言った覚えはねえんだが」

「君のご先祖様とは旧友なんだ。だから魔力を視れば嫌でもわかる」

「そいつはまた……エンシェントエルフってのはマジで年取らねえんだな」

「自慢じゃないけどね。だから僕からすると君は親友の息子みたいな感じ」

「正確には孫だけどな。ていうかまた脱線してんぞ」

「ごめんごめん。横道に逸れるのは僕の悪い癖だな……コホン。では、まず君たちの話を聞こうか」

 陛下の咳ばらいを一つ挟み、ようやく初の外交が始まる。

 新興にして有数の大国たるロドニエ王国。我々が国家として相対する最初の国。相手が私の知己であるとはいえ、その力の差はドラゴンとヒトに等しい。

 だが、ここで通すことができなければ先はない。

 そして、この男には押し通せるだけの力と意思がある。

 それこそ、その身一つで最強の竜神に打ち克つだけの力が――

「俺様たち魔族込みの多種族国家作るから。認めてくれ」

「軽っっ!? いくら結論から入るのが大事とはいえ他に言い方が――」

「うん、いいよ」

「こっちも軽っっっ!?」

 話題の重さに対して全体的に空気が軽すぎる!

 私がおかしいのか? 国を作るということを重く受け止め過ぎて……いやどう考えても重いだろいい加減にしろ。

 ……いやいやいや、そうじゃない。それは今重要ではない。

 今、陛下は何と仰られた?

「マジで? 場所は地図で言うとこの辺を予定してるんだけどよ」

「帝国と魔境のちょうど境目か。人が住める環境ではなさそうだけど」

「その辺はプランがあるから問題ねえ。それよか他の大国はどう出ると思う?」

「ベスティアとシントはたぶん問題ない。片や大陸の反対側で、片や相互不干渉を貫いている国だし。問題は隣国になる帝国かなぁ」

「結果論にはなるが、魔境の開拓ついでにモンスターの流出に対する防波堤になってやるってんだ。少なくともカースドラゴン取り逃がした帝国には文句言わせねえ」

「無主地とはいえ、他国の国境付近に追い立ててるからねあれ……まぁ、交渉材料として精々利用させてもらおうか」

「セントリアはどうなんだ?」

「国家としての価値を示すことができれば大丈夫だよ。あそこは最終的に自分ら、ひいては大陸の発展にしか殆ど興味ないし」

「成程ねぇ。とりあえず帝国どうにかすりゃよさそうだな」

「あ、行くなら僕もついていくよ。ドラゴンの件で言いたいことあるし」

「よし、そうと決まりゃ早速行くか!」


「いや行けるわけないだろ馬鹿か!?」

 気づけば殆ど話がまとまりかけていた。何で?

 あまりに淀みなくしゃべり続けるものだから止めどころがわからんかったわ。

「何だよジラル、お前は直接的な被害者なんだしもっと怒っていいんだぞ」

「確かに思うところはあるが、政治である以上公私は切り分ける。それよりも陛下、あんなに軽々しく認めてしまって宜しいのですか」

「君たちとしては認められた方が都合がいいんじゃない?」

「そ、それは……だとしても、大国の王として時間をかけ慎重な判断を――」

「考えたよ」

「――っ」

 私は絶句した。

 いつ如何なる時でも自信に満ちている陛下が見せた、あまりにも弱々しい姿に。

「時間だけで言えば、何百年も考え続けている。誰もが幸せになれる方法……種族も力の強弱も関係なく、みんなが笑って暮らしていける方法を」

 陛下はそう言って俯き、自嘲気味に笑う。

 王としての輝かしさは欠片もなく、そこにいるのは陰りきった表情を浮かべる一人のエルフでしかなかった。

「僕にはできなかった。何一つだ。志を同じくする友を守ることも、その遺志を継ぐことも。君を……ダークエルフを国に受け入れることすら」

「陛下……」

「考えた時間の長さなんて重要じゃないよ。本当に大切なのは、何を成し遂げるかだからさ」

 陛下の視線が上がり、我々を順々に追っていく。

 私からサーベラス殿、イシュトバーン殿らを経由し、最後にヴェリアルへ。

「ダークエルフにライカンスロープ。ドラゴンにヒューマン、ヴァンパイア。ここまで統一性のない集団を僕は見たことが無いよ。しかも半分は魔族だ」

「それは……そう見られるものではないでしょうな」

「これが君たちの作ろうとしてる国の縮図なのだとしたら、行動すら起こせなかった僕はその行く末を見届ける義務がある……いや、違うな」

 再び陛下はほほ笑んだ。

 そこに先ほどまでの陰りはなく、ただただ明るく希望に満ちていた。

「僕も見てみたいんだ。いつかではなく、今すぐにでも。だから――」


「可及的速やかに帝国へ突撃しなければならない!」

「って結局そこに帰結するのかよ!!」

「ジラル翁、敬語敬語!」

 おっと、私としたことがつい。この半年ですっかりツッコミ癖がついてしまった。一体誰のせいなんだろうなぁ?

「冗談だよ冗談。だけど今話した理由はホント。納得してくれた?」

「……承知致しました」

 我々は託されたのだろう。

 かつて陛下と酒を酌み交わしながら、語り合った理想。種族のしがらみも弱きものが不幸になることもない国。

 あれが酔いから零れた一時の夢などではなく、友の悲願だというのならば。

「ご期待に必ずやお応え致しましょう。我が身命を賭しましても」

「うん、よろしく頼むよ。にしても、君は相変わらず硬いなぁ」

「未だ形無けれど国政を背負う身でございます故。陛下が砕けすぎなのです」

「僕は万事が万事こんな調子だからね。あぁ、そういえば」

 何やら忘れていたのを思い出したのか、陛下はポンと手を叩き尋ねてきた。

「国の名前はどうするんだい? この後正式な書類を作るのに必要なんだけど」

「それそれ、ワイもそれずっと気になってたんや。いい加減教えてくれてもかまへんやろ」

「名前で、ございますか」

 言われてみれば、今まで我々は建国のための後ろ盾を得ることや建国後の計画を立てるのにばかり必死で、自分たちの国につける名前を全く考えていなかった。

 いや忘れていたわけではないんだ。ただ、まだ目途も立っていない内に名前を考えるのは浮かれ過ぎかなぁとか思って終ぞ話題に出せなかっただけで。

 どうしたものかと考えていると、ヴェリアルがサラリと。

「名前なら決まってるぜ」

「え、いつの間にであるか?」

「最初からだよ。俺様の名前にもなるんだからな」

「ヴェリアルのセンスか……大丈夫か?」

「おいどういう意味だコラ」

 何しろ攻撃のたびにヴァンパイアなんちゃらとか叫んじゃう奴だ。ヴァンパイアキングダムとか言い出しても全くおかしくないし、もしそうだったら我々は全力で拒否する。

「まー聞くだけ聞いてみようやないか。ダッサいのだったらワイが最高にクールなやつを考えてやるでー」

「ハンッ、世話になるつもりはねえよ」

 イシュトバーン殿の提案を鼻で笑い、ヴェリアルは立ち上がる。

 堂々とした佇まいに、不敵な笑みを携えて。

「つーか、考えるまでもないだろうが。これ(・・)を最初に始めようとした奴は、一体どこのどいつだ? 言っとくが俺様ではない」

 我々が目指したものへ最初に手を伸ばした、始まりの存在。

 恐らくそれはイシュトバーン殿が言っていた、過去に我々と同じことをしようとした果てに取り返しのつかない失敗した者。

 既に見当はついていた。

 つまり、これからヴェリアルが言うであろう国の名にも。

「志半ばで倒れた先達へ……てめえの夢をガキに押し付けられなかった、お人よしの大馬鹿野郎共への手向けだ」

 この日、この瞬間。我々の国は真の意味での誕生を遂げた。名を与えられたことにより、確かな存在として産声を上げたのだ。

 その国の名は――


「ザハトラーク王国の建国をこの俺様、ヴェリアル=ギル=ザハトラークが宣言する!」




「大体、ほ前はいっつもいつも……儂の苦労も知らずに好き勝手色々企画しおって……イシュトバーン殿共々、一度書類の海に沈めばよいのだ……いや一〇〇度は……」

「あー……完全に悪酔いしてやがるなこのジジイ」

 カウンターに突っ伏してぶつぶつ呪詛を垂れるジラルを前に、ヴェリアルは苦笑いした。

 簡単に酔い潰れるほどジラルは酒に弱くはないが、途中から明らかに杯を空けるペースが早まっていた。昔話に花を咲かせすぎたらしい。

「誰が持って帰ると思ってんだよ、ったく」

 グラスに残っていた酒を一気に呷り、ヴェリアルは席を立つ。管を巻いてるジラルを片手でヒョイと掴み上げて背負い、カウンターの向こう側へ声をかけた。

「勘定ここに置いとくぞ。釣りは取っといてくれ」

 それだけ言い残し、店を後にする。返事がないのはいつものことだ。

 外に出るとすっかり日は落ちていたが、夜の街は昼とはまた違った賑わいを見せている。仕事帰りの人々に、彼らを呼び込む飲み屋や食堂の従業員たち。種族は千差万別。ヒトも魔族も入混じり、そのことに誰も違和感を抱いていない。一方が一方に気を遣う様子もなく、ただただ対等であるだけ。

 かつて心の底から渇望し、自分たちの手で実現して見せた国。あらゆる種族があるがままに生きていける場所。誰も自分を殺さなくていい世界。

「……なぁジラル」

「はいぃ?」

 背中のジラルに問いかけると、酷く曖昧な返事がきた。

 構わずヴェリアルは続ける。

「もし俺様がまた無茶を言い出したら、お前はついてきてくれるか?」

 流石に散々迷惑をかけてきたという自覚はある。振り返ってみれば当時のヴェリアルはとにかく他人を振り回しがちだった。今が違うかと言われたら返答に詰まるところだが、自覚がある分幾分かマシだろう。

 いずれにせよ、愛想をつかされていても仕方がない。

 しばらくの沈黙を経て、しわがれた声が返ってきた。

「どうせ死ぬほど苦労をさせられるのでしょうなぁ」

「否定はしねえ」

「建国の時もそうだった。突然旧大陸へ連れていかれ、何度も死ぬような思いをして……国が出来てからもイシュトバーン殿とやりたい放題。何度筆をへし折りかけたことか」

「若気の至りだ。許してくれよ」

「……ただ」

「ただ?」


「後悔をしたことは一度だってないし、これからもあり得ない」


 そう断じた言葉は、やけにハッキリとしていた。

 ヴェリアルは思わず振り返るが。

「ぐぉー、ごぉぉ……」

「ンのクソ酔っ払いが……言うだけ言って寝やがった」

 振り落としてやろうと思ったが、寸でのところで踏み止まった。

 そして今度は自分へ腹が立ってきた。どうしてあんな小恥ずかしいことを尋ねてしまったのか。昔の自分なら、有無を言わさずついて来いと強引に引きずり回していただろうに。

 酔っているせいだ。そうに違いない。大して酒精に侵されていない頭でそう結論付ける。

「お前は何のかんの言いつつ付き合ってくれるんだろうな……けど」

 そして今後の方針も決まった。

 憑き物が落ちたような笑みを浮かべ、ヴェリアルは自宅――魔王城へ向かって歩き出す。


「やっぱ連れてけねえわ。ルシエルのことは頼んだぜ」


 返ってくるのは、もはやいびきばかりだった。


 ◇


 畳敷きの広間に剣戟の音が鳴り響く。

 剣戟と言う表現には語弊があったかもしれない。正確には一方が斬りつけ、もう一方はただそれを受けるだけ。傍から見れば掛かり稽古のようなやり取りだ。

 しかし前者の剣幕は明らかに、後者を斬殺せしめんとしていた。

「ッシャア!」

「ほいっと」

 クロイツから放たれる斬撃の全てが、タクマが掲げた黒刀に触れた途端その気勢を完全に削がれる。

 刀自体の特異性ではない。

 僅かな握りの加減と手首の返し。魔法でも権能でもない、小手先の技術。

 たったのそれだけで、クロイツの剣は封殺されている。

「威力は十分。技の繋ぎも悪くない。外に出てからも稽古は欠かさなかったみたいだな」

「こっ、の……!」

「だがそれだけだ」

 受け一辺倒だったタクマが初めて自ら動いた。

 予兆を察知したクロイツは即座に受けへと回る。斬りかかる姿勢を強引に捻じ曲げ、己とタクマの間へ差し込むように剣を構え――そこまでが限度だった。

「が――はっ!?」

 背を打つ衝撃に肺が絞られる。急激な酸欠で視野が狭窄する中、遠く離れたタクマがこちらに歩いてくるのが見える。

 一瞬。ほんの一瞬ではあったが、自分が何をされたのかを認識できた。

 刀ではなく手刀。刹那にも満たない速度で放たれた素手の一撃で、部屋の端まで吹き飛ばされたのだ。

「おっと悪い、つい手が出ちまった」

 微塵も悪びれる様子もないタクマがゆったりとした歩調で開いた距離を詰めてくる。壁を背にしたままクロイツは立ち上がった。ふらつきつつも剣を構えなおす頃には、既に間合いの内側まで入られている。

「く、くそ親父……受けるだけじゃねえのかよ」

「だからごめんて。でもこれでわかったろ? お前の剣は俺に届かない」

「……っ」

「多少工夫はしているようだが、結局根底にあるのは『境界剣』。自分の毒で死ぬ蛇がいないように、自分で編み出した技で斬られてやるほど俺は甘くない」

 知っていた。理解していた。

 相手は武神。武を司る神。剣術に留まらず、あらゆる武術において彼に並び立つ者は生物として存在しない。唯一比肩するとすれば、それは同じ神以外にあり得ないだろう。

 対するクロイツはどうか。

 母譲りの術士適正に明晰な頭脳を持つ兄と、武神の再来とまで謳われた妹との間に挟まれた凡人。際立った才覚もなく、愚直な研鑽を血反吐を吐くまで積み重ね、ようやく剣術だけがある程度形になった。それですら、たった数日剣を握った妹に遠く及ばない。

「国を出てお前は何をしていた。何を学び、何を得た」

「……」

「俺が見たいのは此処で燻ってたジュウジ=シングウジではない。クロイツとして積み上げたものを見せてくれ」

「……うるせえな」

 言われなくてもわかっていた。

 完全に受けに回ったタクマに剣で一矢報いようなど、絵空事でしかない。

「ずっと用意してんだよ最初から。俺には才能なんてねえから、時間かかんだ……」

「何だって?」

「でも今終わった」

 機会は一度きり。これで仕損じれば二度とタクマに同じ手は通用しない。

 クロイツにとってそれは完全なる未知の領域だった。剣術とは違い酷く感覚的であり、初歩の初歩を習得するのに丸々二年半かかった。

 だからこそ切り札となりえる。

 この攻撃は、自分と同じくらい才能がないタクマには絶対避けられない。


「【ライトボルト】」


 精霊魔法。

 この世とは別位相に存在する精霊へ働き掛け行使する魔法。その性質上、発動の瞬間まで察知することは不可能であり、己自身の魔力を使わないため通常の魔法の才がなくとも扱える。精霊に語り掛けるという、新大陸はおろか旧大陸ですら可能な者が限られた技術さえあれば。

 旧大陸からの帰り道、クロイツの傍には専門家がいた。それでも二年半かけてできるようになったのは、針のようにか細い光の矢を飛ばすことだけ。

 しかし光弾が発生したのはタクマの眼前。いくら慮外の身体能力を持つ亜神であろうと、肉体を持つ以上は限界がある。

 あの距離から放たれた光速の攻撃を避ける術など――

「喰らえ」

 たったその一言で、生じたばかりの光が掻き消された。

 タクマの手にした刀――妖刀『鵺』が咀嚼するかの如く数度瞬く。

 それは複数ある能力の一つだった。魔法やスキル、一時的にとはいえ神の権能すらも遍く無にする、神秘と奇跡の否定。

 避けられないなら消せばいい。至極単純な解決方法である。

 最初で最後の不意打ちを防がれた。更にはその身に宿す加護すら封じられ、空気が粘度を増したように動きが鈍るのを感じる。

 それでもクロイツは。

「シッ!」

 迷うことなく一閃。

 振るわれた剣は吸い込まれるようにタクマが握る『鵺』の柄を捉える。

 難なく防げるはずだ。埒外の技巧をもって衝撃を無とし、切り札を失ったクロイツの勝利は絶望的となる。

 先ほどまでのタクマだったならば。

「くっ、ぉぉお!?」

 受け流されなかった。打ち込まれた勢いそのままに刀を押し込まれ、タクマの体勢が大きく崩れる。

 力の流れを操ろうとする動きは見られた。しかしそれは弱体化したクロイツの攻撃速度へ一切追いついておらず、完全に御するために必要な最低限の力すらも足りていない。

 クロイツはそこから更に一歩踏み込み。

「――ハァ!!」

 彼の手から刀を弾き飛ばした。


「……『鵺』の効果は、使用者にまで及ぶ。今のあんたは見た目通りのガキでしかねぇ」

 本来ならば自分が攻め手の時に発動するものだ。元がヒューマンである亜神のタクマが防御のために、それも意図しないタイミングで使わされればその後が続かない。

 身体能力の落差という点では、神から人へ墜とされた彼のはクロイツの比ではない

 そして反応が鈍った僅か一瞬に、最後の一撃を通す。

 クロイツは最初からこの絵だけを描き続けていた。

「成程。あのしょぼい魔法はそのためか」

「しょぼいって……否定はできねえが」

「いやいや、本気で驚いたんだぞ? お前から魔法が飛んでくるなんて想像もしてなかった」

 首元に剣を突きつけられたまま、タクマは諸手を上げて破願した。

 突き刺すような剣気は消え失せ、張り詰めていた空気が解けていく。戦いの終わりを態度で示され、クロイツもようやく全身から力が抜けていくのを感じた。

「俺の勝ちってことでいいんだな?」

「ここで負けを認めないほど狭量じゃないさ」

「ならいい――っと」

 言質を取って剣を下ろした途端、蓄積した疲労が脚に来て軽くよろめいた。

 別にこのまま倒れてもいいかと思ったが、倒れかかった体を意図せずして支えられる。

「お疲れ様です、クロイツさん」

「セレナ……無理しなくてもいいんだぞ。重いだろ」

「夫を支えるのは妻の役目ですから」

「……そうかい」

 屈託のない笑顔で言い切られてしまったら、これ以上食い下がっても仕方ない。おっとりしているように見せかけて筋金入りの頑固者なのだから。

 そしてここにセレナがいるということは。

「終わったようじゃな」

 いつからそこにいたのか。

 タクマの傍らにはいつの間にかアサギの姿があった。あの位置へ移動するにはどうしたってクロイツの視界に入るはずだが、気にするだけ無駄だろう。

「よもやよもや、あのジュウジが主様から一本取る日が来るとはのう。ウキョウの怪談に怯え一人で厠に行けなくなっていた童が……」

「だからいつの話だよ。とにかく、これで文句はないだろ」

「元よりわっちは反対などしとらんよ。主様もよいな?」

「そういう約束だったしな。しっかし俺最近約束ばっかしてんな……」

「何の話だ」

「いんや、こっちの話」

 はぐらかすようにそう言って、タクマは宙に手をかざす。するとそこへ、畳に突き刺さっていた『鵺』が独りでに抜け出して飛翔した。彼はそれを難なく掴み取る。既に神としての力を十全に取り戻しているようだ。

「おーおーかませ犬にされて怒ってやがる。また今度活躍させてやるから落ち着けっての」

「刀に意思があるんですか?」

「俺の刀には調伏した妖魔が封じられてるんだ。喋ったりはしねえから態度から察するしかないんだけどな」

 ガタガタと震えている刀を強引に鞘へ納めながら、タクマがクロイツへと向き直る。

「本格的にヤバそうになったら一度だけ介入する。それでいいか?」

「構わないが、俺たちの状況をここから把握できるのか?」

「そりゃ神特有の超感覚……ってのは冗談で、ウキョウがそこら中に間諜代わりの式神仕込んでんだよ。ここだけの話、大陸の防諜ってガバガバだぞ」

「地味にとんでもないことしてやがるな兄貴……」

 もしバレたら大陸中の国から怒りを買うことだろうが、まずバレることはないだろうという確信があった。ウキョウが手ずから仕上げた式神は本物の人や動物と区別がつかない。クロイツでも見分けるのは困難だ。

 彼の口ぶりからして、ザハトラーク王国にも仕込みがしてあるのだろう。

 純粋な興味からクロイツは尋ねる。

「あの国って大分昔に一回行ったきりだったな……なぁ、ザハトラークは今どんな感じになっているんだ?」

「それならつい先ほど昨日の分の報告が来ていたのう。確か――」


「『先代魔王と宰相が久々に酒場で飲んだくれていた』……とのことじゃ」

「そりゃまた……平和なこって」

おっさんばっかでむさ苦しい過去編終了です。ぐだって予定より長くなった……

次回はちゃんと魔王様出てきます。休んでた分いっぱいツッコミがんばろうね!

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