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勇者がこない! 新米魔王、受難の日々  作者: 七夜
魔王と勇者とゆかいな仲間たち
3/30

02 大きくし隊の今昔

 突然だが、妾ことルシエル=エル=ザハトラークは今年で一七歳になった。


 巷では吸血鬼は不老不死とよく噂されているが、正確に言うならばそれは真祖――すなわち、旧大陸の淀みから生じた原初のトゥルーヴァンパイアにのみ当てはまる。

 世代交代を経た吸血鬼はその完全性を失っているため、外傷による死こそないけれども普通に寿命が来れば普通に死ぬ。

 もっとも、その寿命はただの人間と比べれば十分長いのだが。

 ここで肝心なのは長さではなく、肉体の成長速度である。

 寿命が長い種族の代表格であるエルフ種は、その長い寿命に従う形で成長も非常に遅い。百歳児とかいうパワーワードが生まれるくらいには。

 転じてエルフほどではないがそこそこ長めな人生を送る妾達吸血鬼は、少々特殊だ。

 まず、生まれてから二〇年くらいは人間とさほど変わらないスピードですくすく育つ。

 やがて二〇代を超えるとしばらく肉体的な成長、あるいは老化は大きく抑制され、寿命が近くなると一気に老け込む。

 言い換えるならば、肉体的なピークが長く持続する種族なのだ。

 理由には諸説あるが、元々吸血鬼が戦闘に特化した種であったためにこのような成長の仕方をするようになったというのが最も有力である。

 身近な例を挙げると、ジラルは確か五〇〇歳くらいだったか。エルフの寿命が平均で六〇〇前後と考えると、結構な老齢である。

 逆に妾の父上は現在一〇七歳だが、見た目は四〇代後半のダンディなおじさんだ。ピークは過ぎているものの、まだまだ現役と言えるだろう。

 他にはガリアンのようなライカンスロープのように、一生を通して肉体の衰えはないが寿命は人間とどっこいどっこいであったり、ミルドの父親である竜種はエルフ以上の長寿を誇ると言われている。

 一口に寿命や成長速度と言っても、種族によって十人十色。

 みんな違ってみんないい。

 ザハトラーク王室は、異種族間で発生する問題の解決を全力でサポートします!


 ……おっと、話が逸れたな。

 冒頭からいきなり年齢をカミングアウトされ、聞いてもない雑うんちくを垂れ流されてさぞ臣民諸君は混乱していることだろう。

 ただ、これにはれっきとした理由があるのだ。

 先ほど、吸血鬼と人間は途中まで同じように成長すると妾は言った。

 そう、成長速度は同じはずなのだ。

 生まれてからよーいドンで二〇歳くらいまでは並んで走っているはずなのだ。

 なのに、なのに――


「どーして妾ってこんなに発育悪いんだろーなー」

「魔王様、突然いかがなされたのです?」

 王座で不貞腐れていると、書類の山を抱えたジラルが怪訝そうな面持ちでこちらを見ていた。いつの間に来ていたのか。

 つーか何だこの大量の書類……ああそうだ、思い出した。

 妾が魔王に就任してから出た新事業案や国への要望について、魔王の承認が必要なものをジラルにまとめて貰っていたんだった。

『虫の間』の騒動があったり息抜きに散歩に行ったりしてたから、すっかり忘れてた。

「うむ、ご苦労だったな。量も多いことだし、さっそく取り掛かるとしよう」

 妾はさも覚えていた体で印鑑を召喚し、ジラルから書類を受け取る。

「滅相もありませぬ。ところで、何かお悩みですか?」

「え?」

「少々距離があったので具体的な内容までは聞き取れなかったのですが、実に深刻そうな表情で何やら呟いておりましたので」

 まじか。

 どうやらあまりに切実な悩み過ぎて、意図せず声に出してしまっていたらしい。

「こ、この大量の書類と比べたら些末な問題だ。気にするな」

 本音を言うと全然些末な問題じゃない。大問題だ。

 しかし発育が悪いなんて理由で深刻に悩んでいるというのは恥ずかしいし、わざわざジラルに相談するようなことでもないだろう。

 ていうか、相談されても困るだろ。

 というわけで、今は仕事に集中しようそうしよう。

 受け取った書類を無駄に広い肘掛けへ置き、一枚ずつ目を通していく。

「東方面への空輸の事業範囲拡大か。確かにあの辺りは手が回っていないが、主力のハーピィたちじゃ長距離は厳しいんじゃないか?」

「実は畜産部門にて、グリフォンの繁殖に成功したとの報告がありまして。騎手の育成体勢が整えば、飛行能力を持たぬ種族でも遠方への運輸が可能になるかと」

「おお、それはいいニュースだ! 運用コストも鑑みて、遠近での使い分けができれば理想的だな」

 大陸の東と言えば、ザハトラークとはまた違った意味で独特の発展を遂げ、遥かに長い歴史を持つ大国シントだ。

 たった一つの一族によって統治がなされる閉鎖的な国であると有名だったが、我々の国が建国された時期から少しずつ近隣諸国との交流を持ち始めたらしい。

 あの国が誇る伝統的な技術や工芸には目を見張るものがあり、是非ともこれを機に安定した交易を持ちたいところだ。

 近々、シントの統治者と会談を持つ必要があるかもしれん。

 何にせよ、投資をするには充分ということで印鑑をポチッとな。

 ついでに関連して提出されていた、畜産部門の予算案も可決しておく。

 そんで次はっと。

「自然公園におけるゴミのポイ捨てが増加しているだと?」

「最近は観光客も増えて、一層人の出入りが激しくなりましたからな。モラル教育へどれだけ重きを置くかは国によりけりですじゃ」

「ううむ嘆かわしい。一時的な対応として公園内にゴミ箱を追加で設置し、あとはより強く注意喚起するように努めるか。まあ、それで様子見をするしかないな」

 特に問題のある対応とは思えなかったので、これも承認。

 国外の人間が関わってくる以上、早期の解決は望むまい。

 まだそれほど深刻なレベルではないそうだし、長い目で見ていく必要があるだろう。

 ポイ捨ての撲滅然り、妾の成長然り。

 ……しまった、また雑念が!

 やれやれ、前まではここまでコンプレックスを拗らせてはいなかったんだが。

 やっぱりあれか。

 対して歳の差がない上、よりによって二つも年下であるらしいネリムに圧倒的大差を付けられたことによる焦りなのか。

 あいつ魔術に関してもそうだけど、色々おかしくない?

 何がとは言わんけど、その……大きくない?

 背丈が妾より少し高いくらいであのサイズ感だから、一層大きく見えるのだろうか。

 あっちの母親がどれほどのものかは知らないが、少なくとも遺伝子的には妾も優秀なはずなんだよなぁ。

 それなのにあの格差だと?

 納得いかん!

「魔王様、やはり何か気がかりなことがおありで?」

「ハッ!? い、いや、何でもないんだ、何でも」

 ああもう油断したらすぐこれだ。

 今は仕事中だぞ全く。

 最近はちょっと気が緩み過ぎている。

 ここらで一度、受験時代の集中力を取り戻すべきか。

 ……ぶっちゃけた話、ここにある書類は既にジラルによって選別されたものだ。

 今更妾が頭を悩ませて内容の是非を問う必要はないわけだが、これは気分の問題である。

 久々の仕事らしい仕事なんだから、きっちりとやりたいではないか。

 と、気合を入れなおしたところで、四枚目を手に取る。


 ――最終記録から一年経過。下着のカップ数に変化なし。

 栄養状態・睡眠時間共に良好だが、成長率は絶望的である。

 従来とは違ったアプローチでの解決策が必要になるかもしれない。

 筆記者:『ルシエルたんの胸を大きくし隊』隊長M――


「喧嘩売っとんのかゴラァァァアアアア!!」

 妾、キレた!

 いや普通にキレるわ!

 もはや事案でも国への要望でも何でもねえ!?

 ……ある意味「事案」だし「要望」もハッキリしているのか。

 ってそういう問題じゃなくて!

 そもそも何で妾の私生活モニタリングされてるの?

 その上で成長率が絶望的とか舐めてるの?

 この変化に乏しい平坦なグラフは皮肉なの?

 つーか何が『ルシエルたんの胸を大きくし隊』だよ!

 余計なお世話だ!

 誰がルシエルたんだ!?

「おいジラル、変な書類が混じってるぞ! ちゃんとチェックしたのか!?」

「え!? た、確かに全ての書類には目を通したはず――って何じゃぁこりゃあ!?」

「まさかお前の悪戯じゃないよな?」

「知りません! 儂はこんな書類知りませんぞー!?」

 ジラルにとっても未知の存在だったらしく、件の書類を見せると素で驚いていた。

 見ているこっちが逆に冷静になるこの慌てっぷりを見る限り、嘘ではないようだ。

 しかし、ならこの異物はどのタイミングで混入した?

「そう言えばここへ来る途中、何やらそわそわした様子のミルドとぶつかり、書類をばら撒いてしまったのですが。確かミルドも何枚か広告や書簡を持っていて、恐らくそれらの内の一枚と入れ替わってしまったのかと」

「多分郵便受けを確認した帰りだったんだろうな……」

 ミルドがそわそわしていたというのも気になるが、それ以上に気にすべきはこの謎書類。

 この妾に悟られずここまで調べ尽くすとは。

 おのれ、何が絶望的な成長率だ。

 許さんぞ!

「ま、魔王様、魔力をお鎮め下さい。書類が燃えてしまいますぞ!」

「ハッ!?」

 気付けば、妾の怒りのオーラにあてられた書類の束の端が若干くすぶり始めていた。

 ジラルに指摘されて、慌てて魔力を抑える。

 ふー危ない。うっかり魔王としての力の片鱗を表すところだった。

 ちょっと漏れるくらいならまだしも、本気で開放したら色々洒落にならないからな。

「それにしても、一体誰だよ隊長Mって。ジラルは心当たりあるか?」

「……心当たりと言うより、儂にはあやつの仕業としか思えないのですが」

 あやつ?

 妾がその存在について詳細を聞きただそうとしたその時、


「すみませんルシエル様、こちらの方で怪しげな書類を見かけませんでしたか?」

 王座の間へ転移してくるなり、実にタイムリーな質問を投げかけてくるミルド。

 妾達はしばし無言でそれを見やった後。


 ――もしかして、こいつ?

 ――はい、十中八九。


 アイコンタクトで意思疎通。

 なるほど、確かに妾と殆ど生活を共にしているミルドならば、妾の成長具合を把握していても不思議ではない。

 それに、よくよく考えてみればMってミルドのイニシャルだ。

 ジラルとぶつかったときの状況的にも怪しすぎるし、こいつで確定なのでは?

 ……いや、早期に決めつけるのはよくないな。

 幾らなんでも、こんな安直でバレバレな暗号名をミルドが使うとは思えない。

 ていうか、こんな怪しげな名前の団体で隊長として活動していると信じたくない。

 データの正確さからして魔王城内に下手人がいるのは確定だが、他にもMがイニシャルの奴がいるかもしれないじゃないか。

 と言うわけで、一応確認を取ることに。

「お前の言う、怪しげな書類と言うのはこれのことか? この……ル、『ルシエルたんの胸を大きくし隊』とかいう意味不明な団体の」

「あら、やはりあの時にジラル様の書類と混ざってしまっていたようですね。郵便受けを見たら明らかにルシエル様を侮辱するような内容の書類が入っていたので、処分しにいく途中だったのです」

「おお、やっぱりそうか! そうだよなお前が隊長Mなわけないもんな、妾信じてた!」

「…………」

「おいなぜ黙る」

 妾は笑顔のまま問うが、ミルドは露骨に目線を合わせようとしない。

 なあ、その図星を突かれたような反応を今すぐやめろよ。

 疑っちゃうだろ?

 人と話をするときはちゃんと相手の目を見て話さなきゃダメだろ?

 ほらほら、こっち向いてお話しようや。

 やがてミルドは一つ溜息をつくと、こちらへと向き直り。

「……どうやら、隠しても無駄なようですね」

「ん?」

「既にお気づきのようですが、その書類は私によって作成されたもの」

「んん?」


「そうです。私こそがルシエル様の成長を陰で見守る会――別名『ルシエルたんの胸を大きくし隊』の創始者こと、隊長Mなのです」

「んんん!?」


 な、何だこいつ!

 黙ってたかと思えば急に自供しだしたんだけど!?

 いやまあこいつが隊長Mだったのは大方察しがついてたし、もう今さら疑問に思ってもいないが。

 妾がびっくりしたのは、団体名の原型の留めなさだよ!

 何で『成長を陰で見守る会』が『胸を大きくし隊』になっちゃったんだよ!

 色々飛躍しすぎだろ!

「……で、結局おぬしは何がしたかったのだ」

 心底呆れたように問うジラルに対し、ミルドは淀みなく答える。

「ここ数年、ルシエル様が発育の悪さを気にしていたようなので、勝手ながら個人的に観察と考察をさせていただいていました」

「本当に勝手だよ!」

「そして残念ながら、結果はお手元の資料の通りです」

「本当に残念だよ!!」

 出来れば嘘と言って欲しかった!

 こんなふざけた名前の癖に、データは正確なのか。

 何かもう、怒りを通り越して悲しみが湧いて来た。

「改めて怒る気も失せたわ……とりあえず、その怪しい団体は解散な。他のメンバーにも伝えとけよ」

「いえ、その必要はありません」

「え、何で?」

「私以外にメンバーいませんので」

「ええええええ!? じゃあ何で隊とか名乗っちゃってんの見栄張ったの!?」

「語呂が良かったもので。一応、名誉会員に任命したジラル様を加えれば二人ですが」

 ……は?

 ジラルが名誉会員、だと?

「勝手に儂を仲間に加えるんじゃない!」

「よかった! ミルドが勝手に言ってるだけか」

 これ以上味方がいなくなったらもう誰も信じられなくなるところだった。

 全く、善良で常識的なジラルを怪しげな団体に加入させるなんて恐ろしい奴――


「でも、ジラル様の奥方は全員巨乳でしたよね?」

「確保ぉぉぉぉおおおお!」

「ぬわああああああああ!?」


 妾の一声で、すぐ側に居たミルドが瞬く間にジラルを取り押さえる。

 今明かされた衝撃の真実!

 まさかこんな近くに裏切者がいたとは。

「いかが致しますか?」

「そうだなぁ、取りあえず火にでもくべてみようか。おっぱいって脂肪の塊だし、それに憑りつかれたおっぱい星人もさぞよく燃えるだろうよ……」

「ご、誤解です魔王様! 情報が意図的に捻じ曲げられているのです!」

 王座から降りた妾がとても良い笑顔で指を鳴らしていると、引っ立てられたジラルが大慌てで弁明してきた。

「ダークエルフの女性は、種族レベルでその、恵まれてる者が多いというだけで、儂が選り好んだわけではないのです!」

「何だその羨ま――けしからん種族!?」

 何たることだ。

 種族そのものが巨乳属性とは、恐ろしきかなダークエルフ。

「……発育力を税として徴収できないだろうか」

「無理でしょう流石に」

「るさい、言ってみただけだ! 大体『全員』ってことは、ジラルにはたくさん妻がいるってことか? プレイボーイだったのかお前!?」

「いや、それは、その」

 おいこいつ言いよどんだぞ。

 何だ、公には出来ない関係なのか?

 爛れた関係なのか!?

 ぐいぐいと詰め寄る妾だったが、ここでミルドが宥めるように。

「ジラル様はザハトラークが建国されるまで、あるダークエルフの一族の長だったんですよ。当時は今ほど平和ではなく、種族としても少数派であった以上は一夫多妻制を採用せざる得なかったのでしょう」

「……何もかも初耳なんだが、そうなのかジラル」

「ええ、その、はい。この手の話は魔王様の教育によろしくないと、ベリアル様に禁じられておりましたので」

 いや、流石に歴史的な背景を鑑みれば特に問題はないと思うんだが。

 父上はいささか過保護な気がするなぁ。

「別に種族的な問題なら、ジラルがプレイボーイでも妾は気にしないぞ」

「いやだからあのですね魔王様、儂と妻たちは別に遊びの関係では――」

「ちなみにこちらがザハトラーク建国前のジラル様の写真です」

「ほぅ、どれどれ……って誰だこのイケメン!?」

「ジラル様です」

「嘘だぁ!? あ、いや別にジラルがかっこいいわけがないとかそういう意味じゃなくて、聞いていた話と年齢がかみ合っていないというかだな」

 気のせいではなく落ち込んだ様子のジラルに弁解しつつ、妾は記憶を探る。

 確か昔父上に聞いた話では、ザハトラークが出来る前の時点でジラルはエルフ種としても老境に入ってたことになってるんだが。

 しかし写真に写っているダークエルフはどう見ても人間換算で二〇代後半のナイスガイだ。知的でありながら男らしさを損なわない甘いマスク。

「この頃は後継者がまだ幼く情勢も厳しかったので、魔力を用いて強引に若さを保っていたそうです。建国後は安全に後進を育成できる環境が整ったので、あるべき姿に戻っていますね」

「なるほどなぁ……しかし月並みな言葉だが、本当にイケメンだな。こりゃ族長云々を省いても入れ食いですわ」

「ええ、昔のジラル様といったらそれはそれはおモテになりました。昼間は街でフィッシング。夜は女性をとっかえひっかえ――」

「事実無根です魔王様!」

「いやまあ、ジラルが真面目なのはわかってるって……というかさ」

 話している間。というかだいぶ前から気になっていたことではあるんだが。

 丁度いい機会なので、今聞いてみることにした。

「ミルドってやけにジラルについて詳しいな。昔の写真とかも持ってるし」

「あら、ルシエル様にはお話ししていませんでしたっけ」

 するとミルドは意外そうな顔をして、

「私とジラル様も、ザハトラーク建国以前からの仲なのですよ」

「えー!?」

 今明かされた衝撃の真実、その二!

 ちょっと待って、ザハトラークが建国したのって七〇年くらい前だったよな。

 つまり最低でも奴の年齢はそれ以上ってわけで……ふむ。

 妾はすまし顔のミルドを見上げながら、


「ミルド、お前って実はかなりおばぁぁぁぁぁあ!?」

 神速で伸びて来た細指が、ぐわしと妾の顔面を掴み取った。


「おっと、手が滑ってしまいました」

「滑ってないし思っくそ掴んでるしめっちゃ締め上げてるし!」

「ところで、女性の年齢についての話題は時代に関係なくタブーであると認識しているのですが」

「はいそうです! 長寿族がマイノリティじゃない世の中で年齢とか気にするのはナンセンスです!」

「つまり?」

「ミルドはお姉さんっ!」

「よくできました」

 万力の如きパワーから解放され、妾は今生きているということを実感した。

 それにしても痛かった……今のは、痛かったぞ。

「おぬしはまた、魔王様に何たる無礼な……」

「いや、いいんだ。今のは妾にも非があった」

 実際ミルドのやったことは普通に考えて狼藉もいいとこだが、別に咎める気はない。

 竜の血を引いているミルドが若々しさを保っているのは至極当然のことであり、積み上げた数字だけをあげつらっておばさんなどと煽るなど言語道断。

 つーか妾だって年取らない系種族の代表格だし。明日は我が身である。

 と言うわけで復唱!

 ミルドはお姉さん!

「で、ミルドお姉さんはどんな経緯でジラルと知り合ったんだ?」

「そうですね……簡単にいいますと、私とジラル様は永遠のライバルなのです」

「ラ、ライバル?」

 ちらりとジラルを見やったが、特に否定をするつもりはないらしい。

 え、と言うことはマジなの?

 困惑する妾を他所に、ジラルは懐かしむように語る。

「あれはザハトラークを建国するべくベリアル様と儂、そしてガリアン将軍の父君であるサーベラス殿が奔走していた時期でしたなぁ」

「思わぬ名前が出て来たなおい」

 サーベラスって、今も魔王軍総帥として君臨してるあのサーベラスだよな?

 今も現役で軍人をやっており、たまに練兵場にも顔を出すことがある。彼が現れると、ガリアンの影響かのほほんとしてる雰囲気が嘘のように引き締まるから凄い。

 妾と話すときは好々爺なんだけど、時折目の奥がギラリと光るから怖いんだよな……

 前にガリアンも「親父殿は昔話が長いから苦手であります」って言ってた。

「その頃の私は客観的に見てルシエル様よりも幼く、旧大陸の霊峰にて父と母の三人で暮らしていたのです」

「きゅ、旧大陸!?」

 旧大陸:名詞。

 意味:地獄。

「お前それは大丈夫だったのか? いや確かにお前なら心配なさそうだけど、にしたって旧大陸だぞ!?」

 父上に昔から怪談話の如くあの場所の恐ろしさを語り聞かされてきた妾からして、旧大陸に定住するなんて狂気の沙汰ではなかった。

 しかしミルドは、そう思っていないらしい。

「ただ暮らすだけなら問題はありませんでしたよ。何せ、父は旧大陸でも最強クラスの竜神でしたから。旧大陸を闊歩する化け物たちも、父を恐れて私たちの生活スペースには近づきもしませんでした」

「これはまた思いがけず凄いのが出て来たな。ミルドの父が竜族とは聞いていたが、竜神とはまた……ん、竜神?」

 竜神って、なーんかどっかで聞いたことがあるぞ。

 竜神……確か父上がザハトラークを建国するための後ろ盾として旧大陸の竜神を味方につけたとか言っていたような気がす、る……っておいおいおい!

 思い出したよ思い出しましたよ!?

「まさかミルドの父って、あのイシュトバーン様か!?」

「どのイシュトバーンでしょうか?」

「王室特別顧問のイシュトバーン様だよ!」


 直接会ったことは一度か二度、それもあらゆる記憶が朧げなくらい妾が小さい頃だ。

 しかし軽く話しかけられた程度だったのに、あの父上を上回る力の片鱗を味わったことは今でも忘れていない。

 真なる竜とは元来誇張抜きで、たった一体で一国を滅ぼしうる存在である。

 その頂点たる竜神は天を制し地に覇する、正しく神に等しき力を振るう者。

 父上が如何にしてかイシュトバーン様を味方に引き込んだからこそ、今のザハトラークがあると言っても過言ではなかった。

 事実、たった数年で国が出来ちゃうくらいの影響力がかの竜神にはあるのだ。


 現在は国内の一等地に屋敷を建ててそこに夫婦で暮らしているらしいが、妾はあれ以降その屋敷に行ったことはない。

 もし妾が自らあそこを訪れるとしたら、それこそ国が存亡の危機に立たされたときだろう。てかそれぐらい切羽詰まってなきゃ恐れ多くて近づけん。

「さっきから何なんだ、お前らの昔話はちょっとばかし心臓に悪いぞ」

「それはまあ、仕方のないことでしょうな。儂らが生きたのは正しく激動の時代にありましたので」

「私がジラル様と知り合ったのも、ベリアル様たちが旧大陸を血反吐を吐きながら横断して私たちのマイマウンテンを訪問した時でしたね」

「マイホームみたいに言うのやめような」

 旧大陸育ちは一々スケールがデカい。

 そして実際、父上らは文字通り血反吐を吐いていたんだろうなぁ。

「呪われた森を抜け、吹き荒れる死の嵐を避け、竜種が蔓延る谷を越え……辿り着いたその先でイシュトバーン様と対面したときは、思わず気を失いかけました」

「そりゃ驚くだろうよ……」

 恐らくミルドの母であるという人間を除けば、初めて新大陸の者たちが神話クラスの存在と遭遇した歴史的瞬間だ。それがたった三人のパーティーともなれば、偉業と言っても過言ではない。

 ミルドもうんうんと頷きながら、

「第一声が『こんちわー』でしたからね」

「軽ゥ!?」

「竜神である父は全種族へ意思を伝達するための万能言語というものを扱うのですが、家族以外で相手にするのが話の通じない輩ばかりな土地柄でしたので、使わずに鈍りに鈍った結果軽い表現しかできなくなってしまったようです」

「うーん、威厳も減ったくれもない!」

「元より父に威厳なんてありません。我が家の最高権力者は母で、その次が私。父はドベです」

「竜神をカースト最下位にするとか、お前がある意味一番こえーよ……」

 まあ、どんな上位存在だとしても家族の前では形無しということか。

 普段は傍若無人な父上も、母上に対しては完全に尻に敷かれてるしな。いわゆる惚れた弱みという奴なのだろう。

「んでんで、衝撃の対面からどのような経緯を経てイシュトバーン様を仲間に引き入れたのだ?」

「当時、かの竜神は非常に退屈しておられましてな。儂らが無事に山頂へ辿り着けたのも、実をいうとイシュトバーン様が戯れで放った【ガイアブレス】の余波が立ち塞がる竜種を薙ぎ払ったからなのですじゃ」

「暇を持て余した神の戯れ!?」

 地属性最上位魔法【ガイアブレス】。

 必要とされる魔力量が多すぎるが故に、上位の竜種以外には使用不可能とされている攻撃魔法だ。

 直撃すれば瞬時に土くれとなって崩れ去り、その余波ですら一気に全身を腐食されるという。相手は死ぬ。

「あの時余波が鼻先を掠めていきまして、いやはや生きた心地がしなかったですわい」

「ちなみにその【ガイアブレス】は、私が父にせがんで撃ってもらいました。近くで見ると中々壮観ですよね」

「花火感覚で戦略級の魔法をねだるなっ!」

 ねーパパ、【ガイアブレス】撃ってーってか?

 やかましいわ!

 ねだる子も子だし、撃つ親も親だよ!

「そしてイシュトバーン様からの要求に則り、熾烈な戦いが始まったのです」

「熾烈な、戦い……!」

 おお、これは燃える展開だ。

『助力を得たいのであれば、それに足る力を示すがいい』とかいって、苦難を乗り越えた勇士たちと最強の竜神による血沸き肉躍る戦闘が――


「『モーレツ! ドキドキ山頂三番勝負』ですね」

「ゆるーい!?」

 緊張感がゼロ!

 驚きの柔らかさ!

 文字で読んでも声に出しても圧倒的平和!

 明らかに場面と状況に即していない!

「ネーミングは母によるものです」

「もーお前の一家変なのばっか!」

 妾のワクワクを返してほしい。

 でもまあ、出鱈目な力を持つ竜神とは言えやはり人の親。

 幼い子供の前で血で血を洗うような戦いは教育に悪いと判断し、ほのぼの路線で行こうとなされたのだろう。

 うんそれなら仕方がない。

 と、妾は納得しかけていたのだが、

「どうしたジラル、顔色が悪いぞ」

「い、いえ……あの三番勝負を思い出すと、今でも儂やベリアル様が生きているのが不思議で不思議で」

「は?」

「名前こそ穏やかでしたが、その実内容は本気の実力勝負。一戦目はイシュトバーン様の妻であるレティス殿とサーベラス殿による武術対決。二戦目は儂とミルドの魔法対決。そして最後のベリアル様とイシュトバーン様は何でもありのデスマッチでした」

「ガチじゃん!?」

「サーベラス殿は初手で瞬殺され、儂は次へと繋げるために死力を尽くして辛勝。ベリアル様は一回の戦闘だけで一〇回ほど【リザレクション】しておられました」

「うわー!」

 死んでるじゃん!

 生きてるのが不思議っつったけど、【リザレクション】発動したってことは死んでるじゃん!

 いくら父上が最上位のアンデットだからってマジに殺すことはないだろ……イシュトバーン様おっかねえ。

「しかし最後はイシュトバーン様もベリアル様の力をお認めになり、ザハトラーク建国の足掛かりとなったわけですじゃ」

「な、なるほどなぁ。じゃあ、ミルドがジラルのことを『永遠のライバル』って言ったのも……」

「あれ以来ジラル様とは本気の戦闘を行っていないので、私は見事なまでに勝ち逃げされている状態ですね」

「無茶を言うでない。衰える一方の儂と違い、お主は今が最高潮だろうに」

「ええ、だからこそ一方的に嬲り倒せるとうものです」

「お前は老人を労われ!」

 ミルドが言うと冗談に聞こえない。

 いくら生涯現役を掲げるジラルと言えども、今は一線を退いた事務職。メイドとか言いつつバリバリの武闘派だったりするミルドとでは流石に分が悪いだろう。

 勝負は正々堂々とが我が魔王軍の基本原則。弱い者いじめは妾が許さん!

 ……え、お前もさっきジラルのこと燃やそうとしてただろうって?

 気のせいだろ。妾がそんな恐ろしい真似をするはずがないじゃないか。

「しかし、お前たちにそんな過去があったとはなぁ。人に歴史ありと言ったとこか」

「これでもかなり掻い摘んで話していますけどね。全てを語ろうとすると、この場では圧倒的に尺が足りませんので」

 尺? 何のことを言っているのだろう。

 妾は一瞬問いかけようとしたが、ふと思い立ってやめた。

 何か知らんが、この手の話題は危険な気がする。

「でも、三番勝負とかの詳細については知っておきたい気もするな。今後勇者と戦うときの参考になるかもしれないし」

「まあ、それについてはまたの機会と致しましょう。お忘れのようですが、魔王様は一応お仕事の途中ですからな」

「あ、そうだった」

 王座の肘掛けにはまだ、最初の三枚の承認が終わっただけの書類の山が物寂しく放置されている。

 完全に忘れてた。元はと言えばミルドの作った資料のせいなんだが、唐突に始まった昔話にすっかり聞き入ってしまっていた。

 妾は王座によじ登り、再び書類の山に手をかけて。

「そう言えば、まだここに置いてあったのか」

 一番上に放置されていた、例のアレが目に入った。

 見れば見るほどむかっ腹が立ってくる、無駄に信憑性の高いデータ。

 妾の未だかつてない怒りに晒されたその資料は、端っこの方が焦げていた。

 出来ることなら今すぐ消し炭にしてやりたいところだが。

 ……一つだけ。

 これに書いてあることで、ほんのちょっぴり、何となく、心の端に軽~く引っかかる感じで気になったことがあるのだ。

「なあミルド」

「はい」

「これに書いてある、『従来とは違ったアプローチ』というのは何だ?」

 資料から読み取る限り、ミルドは栄養状態や生活習慣の調整によって妾の胸を大きくしようとしていたらしい。結果は惨敗だったようだが。

 しかし、この文章によれば今まで取らなかった別の方法があるみたいじゃないか。

 別に心の底から知りたいわけじゃない。

 ただ、勝手な行動とはいえミルドが妾のために今まで頑張ってくれていたのもまた事実。

 ならば妾は単に怒るだけではなく、ミルドのしてきた努力にきちんと報いるべきではないだろうか。

 具体的には、どうやって胸を大きくするかについて聞くことで!!

「私は別に構わないのですが。市井でそれとなく聞き込みをかけただけですので、どれも民間療法というか、効果が実証されたものではありませんよ?」

「まーうん、いいんじゃないか? 聞くだけ聞こうと思っただけだし、別に後で試してみようとか全く考えてないし」

 何かジラルが仕事して欲しそうな目で見てくるけど、聞くだけだし多分すぐ終わるって。

 ちょっとだけ! ちょっとだけだから!

「では、僭越ながら」

 ミルドは小さく一礼してから、メイド服のポケットから小さなメモを取り出し、読み上げ始めた。

「まず一つ目。『揉めば大きくなるらしい。特に相手が男性だと効果的』」

「いきなりハードル高いな」

「揉ませるほどの胸もないと」

「物理的なハードルじゃねえよ精神的な方のだよ!」

 つーかそこまで小さくないから!

 触ればわかるくらいにはあるから!!

 見てたんだからわかるだるぉオ!?

「冗談です。まあ仮に実践すると仰るのでしたら、勇者様に頼めばよろしいかと」

「どうしてそこで勇者の名前が出る」

「いえ、特にこれと言った理由はございませんが」

 そう嘯くミルドだが、こちらを見る目が意味深だ。

 よくわからんな、ホントどうしてこんなとこで勇者の名前が。他にも男ならジラルとかガリアンがいるだろうに。

 ……いや、あり得ないな。ジラルはおじいちゃんだし、図体のデカいガリアンと妾ではスケールが違い過ぎる。想像すら湧かない。その点勇者なら、確かに年も近いしお互い人型だから適任ではある。

 それにあいつムッツリ疑惑あるし。触れと言ったら触ってきそうだしな。

 万一に、それこそ人魚が溺れるくらいあり得ないことだが、試しにイメージしてみる。

 やはり日夜山に籠れるくらい体力が有り余ってるから、結構がっつく感じになるのだろうか。それとも案外紳士的で、妾を気遣って優しくしてくれるのだろうか。

 うーん、妾としてはどちらかというと――

 

「無理やりされる方が好みですか」

「ぶっ!?」

 突然耳元で囁かれ、吹き出しかけた。

 いつの間にかミルドが王座の側面に移り、わざわざ【レビテーション】で浮遊して高さを合わせてきている。

「へへへへ変なこと言うなよ突然ビックリしただろ!?」

「とは言いつつ、顔が真っ赤ですよ」

「バッ!? おまっそれは、何言ってんだこのバッ!?」

 混乱がピークに達し、言語中枢がやられた。

 赤くなってねーし!

 仮に赤くなってたとしてもビックリして顔に血が上っただけであって、別に勇者に色々されるシチュエーション想像して興奮したわけじゃないから!

「とにかくこの案は却下だ! 次だ次!」

「そうですか」

 少し残念そうな顔になったミルドが、床に降り立ち再び正面へと回る。

「では、二つ目。『毎日牛乳を飲む』」

「牛乳か。それだったら風呂上りに毎日飲んでるではないか」

「それだと量が足りないようです。この方法でバストアップに成功したと自称する方によりますと、摂れる水分は全て牛乳で取らなければならないと」

「えぇ……腹壊しそう」

 風呂上りの一杯は格別だが、夕飯とかまで牛乳を出されると流石にげんなりする。

 そういえばザハトラークの学校の一部は給食制度を取っていたな。栄養バランスなどを考えた食事が提供されるのだが、毎食牛乳っていうのはどうなんだろう。

 組み合わせ次第じゃ悲惨だぞ。

「パンとかケーキならいいかもしれないが、味の濃い肉料理とかと一緒に出されたら嫌だわ」

「では、やはりこれも無しで?」

「気分を悪くしてまで効果がなかったら世話ないしな」

 実践するのは一つ目よりも抵抗が少なかったが、気分的にいまいちなので却下。

 覚悟が足りていないんじゃないかと思われるかもしれないが、別に聞いたものを全て実践するつもりは端からないからな? 最初に言ったからな?

 まああわよくばすぐ出来そうなのがあれば……ゲフンゲフン。

「で、三つ目は?」

「三つ目というよりこれで最後なのですが、『神頼み』です」

「運ゲーかよ! この無成長っぷりが既に不運が生んだ悲劇じゃないのか!?」

「自分で仰っていて悲しくなりませんか?」

「なったよクソッタレ!!」

 何が悲しゅうて自分が貧乳であると声高々に叫ばなくちゃならんのだ。

 嗚呼、不幸だ!

「大体神に頼んだところでどうもならんだろ……」

「いえいえ。一部の神は加護と言う形で外界の存在に恩恵を授けることが可能なのです。今の勇者様が素で化け物なおかげでお忘れになっていそうですが、勇者とは本来聖剣から受ける加護によって強大な力を得ます」

「あー、そういえばそうだったな」

 この前勇者とエディが衝突した際、あいつは一度も聖剣を使ってなかったらしい。らしいというのは妾が当時その戦闘を目で追えず、逐次ミルドからの実況で内容を把握していたからだ。

 勿論それなりにトレーニングを積み基礎レベルを上げた今なら、多少なりと認識できるはず。妾は魔王として日々進化しているのだ。

 そして言われてみれば、使っていなかったとはいえ確かに勇者は神から力を授かっている。

「だが、それと神頼みが何の関係がある」

「早い話、『豊胸の加護』でも授かってしまえば良いのです」

「そんなピンポイントな加護があんの!?」

「私も実際にあったかどうかは覚えていませんので、専門家をお呼びしました」

「専門家? 一体誰を――」


「こちらが祝福を司る女神こと、フォルトゥナです」

「……え?」


 キョトンとした声が、玉座の間に響く。

 妙に聞き覚えのあるそれを発した人物は一瞬何が起きたのかを計りかねるようにキョロキョロと周囲を見渡していたが、妾と目が合ったことで状況を理解したのか。

「えぇぇぇぇぇぇぇええ!?」

「えぇぇぇって言いたいのはこっちの方だ! 何で女神がここにいる!?」

「ししし知りませんよ! 私も仕事がひと段落したので、先日送って頂いたお菓子をいただこうとしていただけで……」

「菓子って、あー、あれか」

 そういえば、勇者が村から出ていないという報せを受けたとき、余りにも不憫だったから励ましも込めて菓子折りを送ったんだった。

 確か、あのときはミルドに配送の手配を頼んだ気が……って。

「おいミルド」

「やりました」

「潔い!?」

 しかも食い気味!

「こんなこともあろうかと、包装紙に極小の強制転移魔法を仕込んでおいたのです。注意深く見れば気づく程度のものですが、フォルトゥナなら大丈夫だろうと」

「どうしてお菓子食べるときに転移魔法の警戒なんてしなきゃいけないんですか!?」

 女神フォルトゥナの怒りはごもっともだ。

 まさか労いとして送られてきた品にトラップが仕掛けられていようなんて普通は想像だにするまい。

 まあ転移魔法とか発生する魔力が大きすぎて普通気づくはずなんだけど、ここは女神の名誉のために黙っておく。

「申し訳ないフォルトゥナ殿、こやつめがとんだご迷惑を」

「い、いえ、そんな頭を下げて貰わなくても大丈夫です。何と言うか、慣れてますので」

「慣れてしまうってのはどうなんだよ」

 つーかミルドは神様相手に何してきたんだよ。

 そもそもこいつの交友関係って結構謎が多い……むむ!

 むむむ!

「ど、どうなされました魔王様。フォルトゥナどのを二度見などして」

 ジラルが引き気味に尋ねてくるが、妾の耳には届いていなかった。

 女神はよく見ると妾とあまり年が変わらないように見える。

 見えるというのは、神は寿命の概念がないからだ。昇神の儀について詳しくは知らないのだが、神となった時点から肉体の成長が止まるらしい。

 つまりあれか?

 あのたわわに実った果実は生来の物だとでも言うのか!?

「まさかあなた様が豊胸の神様だったのですか!?」

「どうしていきなり敬語……と言うか、豊胸の神って何です?」

「それが、かくかくしかじかで」

 いやミルド、それじゃ伝わらんだろ。

 ほら、女神もすごく困った顔してるじゃないか。

「えっと、加護によるバストアップは可能か……ですか」

「通じてるー!?」

 今ので通じちゃうのかよ。

 これが神の力だとでも言うのか。

 しかし、何故困ったような顔をしているのだろう。

 ……やはり、そんなピンポイントな加護なんて存在しないのだろうか。

 まあ、無いなら無いで良いんだ。

 本気で神に頼めばどうにかなるなんて思ってはいなかったし、それでもまあせめて話くらいは聞いてもいいかなーくらいだったし。

 だから妾は全然残念に思ってなんか――


「その、加護自体はあるのですが」

「あるのぉぉぉぉぉおおおおお!?」


「は、はい。神界に寄せられる下界からの願望の中でも多いものだったため、つい最近になって創られたんです」

「何という神対応……流石は乳の神だな! まさかその乳も加護のおかげなのか?」

「祝福の神です! あとこれはじ、自前です」

 なんだ自前か。

 チッ、発育強者め。

 だが今となっては全てが些末事。

 加護さえ受けられれば、妾だって強者の仲間入りだ!

「どうすればその加護とやらを受けられるのだ? そのためなら何だって出来るぞ!」

「ま、魔王様。国家元首たるあなた様が何でもとか言ってしまうのはあまりよろしく無いかと」

「じゃあ妾が個人的に何でもするから!」

 ジラルの忠告を受けて訂正すると、何故かミルドが一瞬すんごい目でこっちを見てきた。恐い。

 しかし今肝心なのは女神の反応だ。

 さあ、どうなんだ!?

「加護を私個人の裁量で授けるのも問題なのですが、それ以前にもっと根本的な問題がありまして……」

「何が問題なのだ!?」

 妾の問いかけに対し、女神は心底言い辛そうに。


「神の加護は分類体に聖属性バフに相当するので。魔族である魔王様にかけると、その」


 ホワイ?

 せいぞくせい?

 なにそれー。

「ルシエル様、現実から目を逸らしてはいけません」

「う、嘘だ! 聖属性バフなんてかけたら、そんなことしたら……死んじゃうだろ!?」

「だから無理だという話なのです」

「そんな馬鹿なァー!?」

 闇よりも深い絶望が、妾の心を支配した。

 つまりあれか?

 妾が魔族だから神の加護は受けられないと。

 それって差別じゃね? お前それザハトラークでも同じこと言えんの?

 ってここがそうじゃーん。こりゃ一本取られたわー。

 もう乾いた笑いしか出ないね!

 ハハハハハ、ハ。

 ……逆に考えよう。

「豊胸の加護を受けて滅びれば、来世では巨乳になれるのでは!?」

「魔王様! 早まってはいけませんぞー!?」


 ◇


 後日、女神には迷惑をかけたお詫びとして再び菓子折りを送った。今度はジラルに頼んだから多分大丈夫。

 例の大きくし隊……というかミルドには永久活動停止を命じた。あれによって明らかにされた正確なデータは、思った以上に精神を抉ったようだ。

 神にすら見放されたに等しい今、妾にできることは遅れてくる成長期を祈ることだけ。

 願わくば、妾と同じ悩みを持つ大陸全土の婦女子たちに乳の加護があらんことを。

 そんなことを願いながら、今日も妾は風呂上りにコップ一杯の牛乳を飲み干すのだった。

設定とバックボーンは小出しにしていくスタイル。

国には魔族以外にも色々住んでます。

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