23 ようこそゴーレムパークへ!(2)
切りどころが見つからなくてちょっと長くなりました
第二ステージ以降の攻略も、熾烈を極めた。
どうやら妾の知らぬ間に、エメスを始めとした追加機能の実装が行われていたらしい。恐らく先方からこちらに報告は来ていたのだろうが、ちょうど忙しかった時期と重なってチェックが抜けていたのかもしれない。ちゃんとチェックしてから来ればよかった。
そのせいで、先の九〇度大回転みたいな妾の知らない理不尽トラップが結構追加されている。さっきエメ公が言ったことじゃないけど、これ考えたやつは相当性格悪いぞ。妾よりも絶対に性格悪い!
当初予定していたサクサク攻略の構想は完全に頓挫したわけだが、幸いなことに攻略不可能な状況には追い込まれていなかった。
まず情報に抜けがあるとはいえ、既存のトラップに対してなら妾の知識も有効だった。部屋のレイアウトから内容は大体わかるので、これで大抵の初見殺しは回避できる。
そして、ダンジョンの防止魔法はしっかりと発動していることもわかった。何故わかったかって? ハハハ、野暮なことは聞かないでくれ。
……あぁそうだよ、死んだよ死にましたよ!
しかも第二ステージに突入して早々にだよ!
ことの顛末は、次の通りである。
「第二ステージはここか……」
「内容に心当たりはあるのか?」
「一応な」
妾と勇者がセーフルームから飛ばされたのは、第一ステージとは打って変わって広い空間だった。およそ一〇〇メートルほど先にゴールが見えるが、妾たちがいる場所と反対側の壁との間には、床が存在していない。肉眼では底を目視できない深さの奈落が広がっている。
飛んで越えるのは……流石に無理だな。助走距離も長くて二メートルってとこだし、少なくとも妾では身体強化込みでもこの距離を跳躍するのは無理。飛行魔法を習得していないことが悔やまれるな。そもそも習得してる方が珍しい部類なんだが。
「勇者はジャンプでいけそうか?」
「俺一人ならどうにかなるかもしれないが、魔王を抱えてだと厳しい」
「マジか……お前すげえな」
高速回転する鉄球と同じ速さで走る脚力は伊達ではなかった。
しかし勇者だけが行けても、二人で一緒にゴールしなければ次のステージには進めない。なので飛び越えるという方法は却下。
結局、正攻法で行くほかないようだ。
「勇者、何か長い棒のようなものはあるか?」
「聖剣しかない」
「……鞘に入れたままでいいから、その辺を探ってみてくれ」
本当は妾がやろうと思ったが、流石に仕舞われたままだとしても聖剣を持つのは憚られた。勇者は指示通り鞘ごと聖剣を手に取ると、崖っぷちに立って足元を探り始める。
すると、真ん中から五歩ほど右にずれたところでカツン、と硬いものにぶつかったような音がした。依然として目視で確認できるものはないが、確かにそこには何かがある。
「まさか、見えない床か?」
「そのまさかだ」
より正確には、特定の形状に固定された空間である。一見して何もないように見えるが、実際には物理的に触れることができる不可視の足場が配置されているのだ。生成される道の形は、複数のパターンからランダムに決定される。
と言っても、用意されているのはせいぜい五、六パターン。しかもスタートから一番近い足場の位置でパターンは特定可能であり、そこからの正確な道順も頭に入っている。
つまりたった今、勇者がとっかかりを見つけたことでこのステージはクリアしたも同然ということである。
妾のように道順を知っていなくても、ああして足元を確かめながら歩けば最低限落ちることもない。飛行魔法が使えればそもそも床を探す必要すらない。
見た目とは裏腹に、第一ステージの鉄球と比べると断然やさしいのだ。
「だが油断は禁物だ。ここは道を知ってる妾が先行するから、勇者は少し後ろからついてきつつ周囲の警戒を頼む」
「わかった」
先導を妾が、不測の事態への対応を勇者が担当する。
この布陣なら、素早くゴールを目指しつつ未知のギミックにも対応できるはずだ。
「スタートがここと言うことは……しばらく真っすぐだな。よし、行くぞ!」
記憶を頼りに最短ルートを割り出し、妾は意気揚々と一歩目を踏み出し。
「……あり?」
思いっきり踏み外した。
「え、なんでさっきまで確かにここに足場がああああああぁぁぁぁぁぁ……!?」
『ハイざんねーん! 一人死んじゃったので、スタートからやり直しでーす!』
こうして妾は死んだ。
色々と言いたいことはあったが、ひとまず底はあったよとだけ。
気が付いた時には勇者共々、第二ステージのスタート地点まで戻されていた。落ちたとこから数歩下がったところなんだけど。
「大丈夫か魔王」
「だ、大丈夫だ。体は何ともない」
意図せずして防止魔法の有無を、身をもって確認する羽目になった。ひしゃげた死体のままスタート地点に戻されるということもなく、いたって健康体である。これなら勇者がやられても最悪のケースは免れるだろう。
「それより、何で妾は落ちたんだ……確かにあそこにあったよな!?」
「間違いなかったと思うが」
怪訝そうに呟きながら勇者が再び崖っぷちまで移動し、さっきと同じ場所で剣を左右に振る。すると同じように、見えない床に切っ先がぶつかる音が聞こえた。
このステージは失敗しても道の再生成は行われないので、当然と言えば当然か。
でも、そうなると尚更わからない。
何故落ちたし!
「……ん?」
「どうした勇者」
「床の位置が、少し横にずれてる」
「何だとぉ!?」
慌てて駆け寄り、勇者が指差しているところを横からつま先で小突いてみる。
最初の内はちゃんと当たる感覚があったのだが、しばらくすると突然手ごたえが失せてしまった。そこで立ち位置を少しだけ右にずらして再度蹴ってみると、今度はしっかりとつま先が見えない床にぶつかる。
マジかよ。この床、ちょっとずつ右に動いてやがる!
「見えない上に動くとか、馬鹿なんじゃないの!?」
「お前が考えたわけではないのか」
「そこまで嫌な性格してないわ! しかし、これはどうしたものか……」
横への移動速度自体は大して速くない。床の上を歩いている最中にバランスを崩すようなことはないだろう。
だが、呑気に歩いていると壁際まで追い詰められてしまう。その時に左側へ移動できる道が近くにあればいいが、なければこそぎ落とされて真っ逆さまだ。それに、進んでいる最中に床の移動速度が加速して振り落とされるかもしれない。
無論、そんなギミックは実装していないが……今の仕様ならあり得ないと言い切れないのが怖い! さっきの傾斜といい、発動タイミングに悪意を感じるもん!
でも、このまま立ち往生していたって何の意味もないのも事実。腹を括るべきか。
「とりあえず慎重に進んでみるか……あと一回は失敗できるし、このトライアルを捨て石にして――」
「先に、一つ試させてくれ」
妾の言葉を遮りながら、勇者はスッと手を正面にかざしてみせる。するとその先に例の白い魔法陣が出現し、そこから射出された鎖がゴールへ向かって一直線に伸びていった。召喚武装は普通に使えるらしい。
鎖の先端を反対側の壁にぶっ刺して、橋を渡そうとしてるのだろうか。悪いアイディアではないのだが、残念なことに不可能である。
現に、今しがた遠くの方で金属同士がぶつかり合い、弾かれる音が聞こえた。取っ掛かりを得られなかった鎖がスルスルと魔法陣の中へ戻っていくのは、ちょっと哀愁を誘う。
「無駄だぞ。ダンジョンの壁もあの鉄球と同じで、破壊不可能なんだ。だから鎖の先っぽも刺さらない」
「予想はついていた。俺が確かめたかったのは鎖が使えるのかと、反対側まで届くかどうかだ」
「そ、そうか。まあ、届いてはいたようだが」
でも結局、固定できないんだから意味ないじゃん。
そう言おうとした矢先――
「こうすればいい」
ゴール側に出現した魔法陣からこちらへ射出された鎖を、勇者がキャッチした。
……あー、そうか。
前提として、射出側は魔法陣で固定されてるんだよな。だったらゴール側から鎖を出して、反対側を持ってそのまま収納すれば自動的に向こうまで運ばれると。
実にスマートな解答ではないか……って。
「そんなのアリかよ!」
「禁止されてないならアリだろ」
「そりゃそうだけど、なんかこう……敗北感というか!?」
仮にこのダンジョンが普通に攻略されていたとして、こんな抜けられ方をしたら悔しさのあまり地団駄不可避である。道具の使用禁止とかもルールに加えるべきだろうか……いかんいかん、改善案を考えてる場合じゃないってば。
完全に裏道のような方法ではあるが、クリアする目星がついたんだ。さっさと抜けてしまおうこんなステージ。
「よし、今度こそ行くぞ勇者!」
「あぁ。振り落とされないようにしっかり掴まれ」
「……誰が何に?」
「魔王が俺に」
そう言って、側に寄るようジェスチャーしてくる勇者。
こ、こいつ……平然とした顔で何て注文してきやがる!
さっきはあいつからだったから仕方ないとして、今度はこっちから行けと? 妾からしがみつけと?
「どうした、行かないのか?」
「いや、そのぉ、うーん……よ、よし」
これ以上逡巡してたら不審に思われるし、恥ずかしがってるなんて思われるのは以ての外だ。別に妾から勇者にくっつくのが恥ずかしいわけじゃないぞ。本当だよ。
ほんの一瞬、向こう岸に着くまでの短い間だけだ。だから大丈夫。
自分へ言い聞かせ、呼吸を落ちつけながら勇者へと近づいた。
「フゥー、フゥー……さ、触るぞぉ……」
「どこに触る気だお前」
何だか勇者に若干引かれたような気がしたが、ともかく勇者の腰辺りにぎゅっと捕まり、無事第二ステージはクリアしたのだった。
『第二ステージクリア! 一回ミスしちゃったみたいだけど、足元には気を付けないとダメだぞー?』
ところでこの音声、オフにできないのだろうか。
あ、できない? そっすか……。
◇
第三ステージは、これまでと比べれば単純明快だった。
セーフゾーンに似た何もない部屋へと飛ばされたが、どこを探しても次の部屋へと移動するパネルは見当たらない。
このタイプの部屋は、ダンジョン側から指定された条件を満たすことでクリアとなる仕組みだ。アカデミー側から渡された企画書には「○○しないと出れない部屋」とか書いてあったような気がする。
本来ならダンジョン標準の音声が、事務的にアナウンスしてくれるのだが。
『はいはーい! みんなのエメちゃんがこのステージの解説に来たよー!』
「やっぱりこいつか……」
こっちは死にかけたり死んだり大変な目に遇ってるというのに、底抜けに元気な声だしやがって。
疲労感が二割ほど増したのを感じてげんなりしつつも、エメスの言葉に耳を傾ける。攻略に直結する情報だから、聞き逃すのは許されない。
『このステージはね、今までとはちょっと違った趣向になってるんだー。何と……これから教える特定の条件を満たすと、次のステージへと進めるのです!』
知ってた。
肝心なのは、特定の条件の部分だ。オラ、勿体ぶってないでさっさと言え。
『それでね、その条件はねー』
『ずばり、〝相手の名前を呼ぶ〟! わーい、すっごく簡単!』
……な。
「何だとぉ!?」
『あ、一応断っておくけどぉ、通称とかニックネームは駄目だよ? ちゃんと正しい名前を、相手の顔を見て呼んでね?』
「おい待て! どさくさに紛れて変な条件追加すんな!」
『ちゃんとできないとやり直しだからね~』
「聞いてんのかゴラァ!?」
妾の怒りの声を一方的に無視し、エメスの声はフェードアウトしていった。
お、おのれぇ……こんな条件を用意した覚えなんてないぞ。どこまで妾の裏をかいて来れば気が済むんだこのダンジョンは!
「何故そんなに怒ってるのかは知らんが、簡単な条件でよかったな」
「か、簡単ってお前な」
「名前を呼ぶだけだろう? ……まさか、俺の名前を覚えてないのか」
「そこまで可哀そうな頭してないわ舐めんな!」
「なら問題ないな。さっさと済ませよう」
「そ、それは……」
いつになく急かしてくる勇者に、思わず目を逸らしてしまう。
そりゃいくら普段呼ばないからって、外交相手の名前を忘れるほどしょっぱい記憶力はしてない。むしろ立場上、人の名前は覚えるの得意だ。
問題は……そう、普段呼んでないってところであって。
思えば、出会った日から妾はこいつを一度も名前で呼んだことはない。ずっと勇者って呼んできたし、それで通用してたからだ。
だから、その。
今更になって名前で呼ぶのは、何となく……ていうか物凄く恥ずかしいと言いますか。
しかも相手の顔を見ながらとか! 何考えてんだあのエメス!
「こっちを見てくれないと条件が成立しないんだが」
「うっ、うぅ」
こんなことになるなら、一歩間違えば死ぬような部屋に飛ばされた方がまだマシだったかもしれない。
つーか勇者はなんでこんな平然としてるんだ。これじゃまるで一方的に躊躇ってる妾が馬鹿みたいじゃないか。
……いや、馬鹿だなうん。たった一回だけ名前を呼べば済むのに、何を悩む必要があるんだって話だわ。
よ、よし、そうと決まれば終わらせるぞ。一瞬でな。
決意を固めた妾は、変に迷わないように勢いよく正面へ視線を戻し――
「って顔近い!? 何この距離感!?」
思った以上に勇者の顔が近くにあり、反射的に距離を取ろうとした。
しかし、それよりも早く勇者が妾の両肩をがっちりと掴んだ。
「ギャー! 捕まったー!?」
「何故逃げる」
「お前の顔が近すぎるからじゃ!」
「様子が変だったから、何があったのかと」
「もう何ともないから! 頼むからもうちょっと離れてくれ!」
「わかった」
必死に懇願すると勇者は素直に頷き、少しだけ奴の顔が離れていく。
ただし、両肩は掴まれたままだった。何でやねん。
逃がすまいとしてるのか、手に込められている力は少し強い。痛みこそ感じないが、抵抗しても抜け出せなさそうな感覚に、否応なく男女の差というものを感じてしまう。一度でも気にしてしまうと、心臓が騒ぎ出すのを止めることはできない。
おかしい。ただ名前を呼び合うだけなのに、どうしてこうなった!?
あ、妾が逃げようとしたからか。妾の馬鹿ぁ!
『イヤーン情熱的! こんなのお茶の間で流せないよー!』
エメス黙れ!
「これはフルネームで呼べばいいのか?」
『ファーストネームだけでいいよぉ』
「了解した」
数秒前の自分を糾弾している間、勇者はエメスに細かく確認を取っていた。ダンジョン攻略者の鑑である。
妾が不意打ちでパニックに陥った時は、勇者が対処を行う。取り決め通りの、理想的なコンビネーションではないか……って現実逃避してる場合かぁ!?
ま、待って、まだ心の準備が――!
制止の言葉も声にならなければ届くはずもなく。
勇者はやけに真剣な眼差しを、真っすぐこちらへと向けながら。
「そういえば、こう呼ぶのは初めてだったな……ルシエル」
――。
――――。
「――――――っ~……!?」
妾はしばらく放心した後、全身を襲うむず痒さに激しく悶えた。
うわこれヤバい。自分が呼ぶことばっかり考えてて、呼ばれた時のことは全く想定してなかった……!
言うなれば、ノーガードの状態でボディにいいのを食らったようなもの。全身の血液が沸騰しそうなほどに身体が熱く、今にも額から湯気を噴きそうだった。
な、名前を呼ばれただけだというのに……こんなの反則だ。
「次はお前の番だぞ」
「わ、妾か?」
「他に誰がいるんだ」
至極ごもっともな指摘である。
そ、そうだ落ち着け。これはステージをクリアするための条件に過ぎない。そもそも名前を呼ぶこと自体、特別な行為でも何でもない。現に、勇者パーティーの面々のことはいつも名前で呼んでるじゃないか。
なのに勇者のことだけ名前で呼べないなんて、それじゃあまるで妾がこいつのことを意識してるみたいじゃないか! 断じて認めん!
手っ取り早く済ませるべく、妾は勇者へと向き直る。
「何故睨む」
「べ、別に睨んでいないが?」
どうしても顔に力が入ってしまって、目つきが鋭くなっているようだ。他意はないから大目に見て欲しい。
未だにうるさい心臓を落ち着かせるべく、深呼吸を繰り返す……駄目だ、全然落ち着かん。もうこのままいくしかない。
幸いにも、奴は長い名前をしていない。もしジラルの本名みたく長い名前をしていたら、絶対に噛むところだった。
あとは〝アレク〟と、そう呼ぶだけ。そうだ、心の中で名前を連呼しながら適当なタイミングでサラッと声に出してしまおう。妾天才。
よし、行くぞ……アレク、アレクアレク、アレクアレクアレクアレク、アレクアレクアレクアレアレクアレアクレアレアレク――ここだっ!
「アリェク!!」
――…………。
その瞬間、音という音が死んだ。
静寂に包まれる中、密室だというのに冷たい風が吹き去っていく感覚。
時が経つにつれて脳が冷えていき、僅かばかりの冷静さを取り戻した途端――
「――ぁぅ」
ボンッ、と顔面が噴火したような錯覚に陥った。
噛んだ!
声が上擦った!
しかも力んで目をつむってしまった!
恥ずかしすぎる死にたいむしろ殺して!
ああああああ何てこった、あんなに気を付けてたのに、蓋を開けてみたら清々しいまでのフルコンボじゃないか。それも悪い意味での! 誰だよアリェクって!
これってセーフなのか? それともアウトなのか!?
頼むセーフであってくれ! きっと名前を呼んだ瞬間は僅かに目を開いていたに違いないから! 盛大に噛みはしたけど相手には間違いなく伝わってるはずだから!
『うーん、これはどうしようかなぁ』
悩むそぶりとか見せなくていいから!!
ただひたすらに、今のが有効であることを祈り続ける。こんな状態からもう一度言えとか言われたら、今度こそ恥ずか死ぬ。
そんな思いが届いたのか、やれやれといった雰囲気でエメスは判定を下す。
『まー、必死過ぎて面白かったしセーフでいいや。エメちゃんやっさしー!』
「よかったなセーフで」
「……うん」
蚊の鳴くような声で、ただ小さく頷く。
いつもなら、何が面白いだ見せもんじゃねーぞとキレるところだったが、そんな余裕は一切なかった。
穴があったら、埋まりたい。
もしくは生まれ変わったら、感情のない植物になりたい。
『第三ステージクリア! 最終ステージまであと一つだよ、がんばー!』
エメスのクリア宣言が聞こえセーフゾーンへ移動する間も、妾はひたすら無言で羞恥に震えるのだった。
◇
第四ステージは……何というか、殆ど記憶にない。
一つ前のステージで受けたダメージがあまりにも大きく、半分自失したまま攻略していたようだ。気が付いたら、周囲にはバラバラに吹き飛んだゴーレムの残骸らしきものが大量に散らばっていた。
どうやら戦闘系のステージだったらしい。
「……これ、やったの勇者?」
「九割はお前がやった」
「うそーん」
でもまぁ、確かに剣で切ったり鎖で投げ飛ばしたりって感じの破壊痕ではないな。破片の多くは焦げ付いていて、一部は未だ真っ赤に発光しながら融解している。火属性の……それもかなり高火力な魔法をぶっ放した痕跡だ。
うん、犯人は妾だな。
勇者は魔法使えないみたいだし、間違いない。やり場のない感情を、ゴーレムを相手にして無意識の内に発散していたのだろうか。
「死んだ顔のままゴーレムを惨殺していく光景は、中々ホラーだったぞ」
「それは怖いな……でも一割はお前が倒したんだろ?」
「倒したというか、無防備すぎる魔王を守っていた」
「世話かけるねホント!」
今回ばかりは勇者におんぶにだっこだなマジで。魔王として恥ずかしくないの?
「大したことはしていない」
そしてこの謙虚さである。
妾もこういうことをサラッと言えるようになりたい。
『第四ステージクリア! いよいよ次がラストだぞー気合いれてけー!』
まるで他人事のようにエメスが送ってくるエールを受けながら、妾たちは最後のセーフゾーンへと移動した。
奴の言った通り、次がラスト。最終ステージは今までのランダム仕様と違い、完全に固定された内容となっている。本来の内容は、ギミックのないシンプルな部屋で巨大ゴーレムとの真っ向勝負だ。純粋な実力勝負なので、ぶっちゃけ妾一人でも苦戦はしないはず。
だが、これに関しても何らかの手が加わってると考えるた方がいいだろう。ここまでの道のりを考えれば、警戒してしかるべき。
時間制限はないし、体力と魔力……ついでにすり減った気力も回復し、万全の体勢で臨まなければ。
「一〇分くらい休んでから行こう」
「わかった」
部屋の端まで移動し、勇者と肩を並べて床に腰を下ろす。壁に寄りかかって脱力すると、思った以上に大きいため息が出た。
無意識の妾は無駄に強い魔法を連発したようで、特に魔力の消費が激しい。じっとしていれば勇者に言った時間で回復する程度だし、まあ問題ではないのだが。
「……」
「……」
休んでいる間の、この静けさは如何としがたい。
勇者はどうだか知らないけど、妾は相手に関係なく沈黙に耐えられないタイプなんだ。このままだと精神はすり減る一方である。
何か話題を振るか? でも勇者が静かに休みたい派だったら悪いよなぁ。ここに至るまでに相当負担かけてる自覚あるし。
妾の心の安静を優先するか、勇者に忖度するか――
「魔王は火属性の魔法が得意なのか?」
「ってお前から振ってくるんかい!」
しのごの考えていたら、勇者の方から話しかけてきた。もしかして同類?
と、とにかく結果オーライだ。こっから色々回復するまで話題を繋げていこう。
「属性魔法は一通り扱えるが、どれが得意と言われたら火属性になるかな。父上も、直接会ったことはないが爺様もそうだったらしいし、血筋なんだろう」
「血筋か。そういえばお前の名前……というか家名は、あの伝説と関係があるのか?」
「伝説……あぁ、あれか。一応そういうことになってる」
意図せずして、返事がぶっきらぼうになってしまう。
父上が建国にあたって掲げた、今では国と王家の名になっているザハトラーク。
四代真祖の一角。『煉血』と呼ばれ恐れられたトゥルーヴァンパイアの伝説は、お伽噺になるほど有名だ。
万物を焼き尽くす炎を操り、近づく者全てを灰にした怪物。最後は他の真祖と対立し、他種族を巻き込む大戦争を起こし、仲良く共倒れになったという。
あのお伽噺は、さもザハトラークが私利私欲で動いた悪党のように描かれていて、正直好きじゃなかった。
「妾が父上から聞いた話は、伝説とは全然違う」
まだ本当に幼い頃……他の記憶は曖昧なほど昔なのに、父上の膝の上で聞いた先祖の話は今でも鮮明に思い出せる。
ザハトラークは本当は誰よりも優しく、命を慈しむ存在だったという。己の力を徒に振るうのではなく。むしろ他種族同士の橋渡しとなって、旧大陸の過酷な環境へ立ち向かうために助け合うよう働きかけていた。
正しく、今のザハトラーク王国のように。
真祖大戦に関しても、ザハトラークは他種族を排そうとした他の真祖から人々を守るために戦ったそうだ。
「父上にこの話をした爺様も、育ての親代わりだった女性に聞いたらしい。又聞きの又聞きだから、どこまで真実かも怪しいが……少なくとも、妾だけは信じてる」
ここまで話しておいて何だが、どうして妾はこんなにムキになってるんだろう。
先祖が非道な存在だと勘違いされたくなかったからか。そのせいで勇者に失望されるのが嫌だったから?
何にせよ、ちょっと熱くなりすぎたな。一人で勝手にヒートアップしてしまって恥ずかしい。
気まずくなって口を噤んでいると、勇者はしばらく考え込むそぶりを見せてから。
「きっと、お前の言っていることが正しい。俺も今の話の方がいいと思う」
「……そうか」
まさかの全肯定に、戸惑う一方で形容しがたい感情が湧き上がってきた。さっき勇者に名前を呼ばれた時とは別系統のむず痒さを感じ、余計に体温が上がった気がする。
「わ、妾ばっかりフェアじゃないぞ! 勇者も何か話せ!」
このままだとそれが表情に現れそうな気がして、慌てて話題を変えにかかった。我ながら謎過ぎる理由だが。
しかし、勇者は特に疑問に思わなかったようだ。
「何を話せばいい」
「そうだな……じゃあ、両親についてとか」
咄嗟に口を突いて出てきたのは、そんな質問だった。先の話で父上との会話を思い出したからかもしれない。
実際、こいつの両親については謎が多い。
父親は単身で旧大陸を踏破し、アルベリヒ陛下とも密な関係にある剣士。母親は今のところ直接面識はないが、あのネリムがブルーになるほどのメシマズにして、何やら遠距離から相手を呪殺する手段があるらしい。何者だよマジで。
それに、前に『海魔の神殿』で遭遇したタッキーとの関連も気になる。あの外見からして、絶対にこいつやクロイツ氏と関係があるはずだ。
勇者は虚空を見つめながら、ぽつりぽつりと語り始める。
「親父は元々、村の住人ではなかったらしい」
「他所から流れ着いてきたってことか?」
「大陸の東側から旅をしてきたと言っていた」
「東か……」
東部というと、やはり真っ先に思い浮かぶのはシントだ。かなり長い歴史を持つ大国家でありながら、最近まで他国に胸襟を開いてこなかった謎の多い国。
クロイツ氏はそこの出身なのだろうか。東の国家はシントだけではないし、決めつけるのは時期尚早かもしれないが……どうにも引っかかる。
ひとまず、この疑問については置いておくとしよう。
「でも、クロイツ氏は元木こりだったんだよな。ああいうのって、他所の人間がサラッとなれるもんなのか?」
「親父は入り婿だからな。母さんは村長一家の末娘で、本人の実力も申し分なかった」
「そりゃ文句は言えないわな」
伝統的な役割は血筋やら何やらで厳しいと思ったんだが、そういうことなら納得だ。
権力者の身内になったなら立場の問題は解決。戦闘力において彼に文句を言える人間なんて、大陸中探したって数えるほどもいないだろう。
「クロイツ氏が来る前はどうしてたんだ?」
「元々木こりは村長一家の長男がなるものだが、先々代の爺さん……俺の祖父は怪我で引退していて、本来引き継ぐはずだった伯父は病弱だった」
「成程なー」
わざわざ婿としてクロイツ氏が迎えられたのも、その辺りの事情があったんだろう。王族の妾が言うのもあれだが、伝統って面倒だなぁ。
……ん、待てよ。
「なら何で次の正式な木こりがエディだったんだ? 長子継承なんだろ」
「エディが伯父の息子だからだ」
「あ、そういう……ってじゃあエディってお前の従兄なの!?」
「言ってなかったか?」
「初耳じゃい!」
兄弟ほど血の繋がりは濃くないにしても、似てない。全く似ていない。ネリムを見る限り、勇者たちの母親がエディ似とも思えないし……うーん。エディの両親を見ないと何とも言えんな。
それにしても、シントの気配を匂わせる圧倒的強者の父親に、大陸の境界に接する村を統べる一家に生まれた母親か。
勇者の家庭は中々に複雑なんだな。
両親が先代魔王と元勇者な妾も相当だけど。
「そろそろ一〇分経つが、調子はどうだ?」
「もうそんな時間か。あぁ、問題ない」
色々話している内に、体力も魔力もすっかり回復していた。
気力の方は……驚いたりして余計に減った気がしないでもないが、大丈夫だろう。少なくとも、さっきまで感じていた気だるさはない。
勇者と共に立ち上がり、妾は次の……最後のステージへと続く壁を睨みつける。
紆余曲折あった。何度もみっともない姿を晒したし、散々恥もかいた。全ては妾の監督不行き届きが原因だし、ある意味自業自得である。
だが、それでも。それでもだ。
妾は……この先にいるであろうエメスに、一発かましてやらなきゃ気が済まない!
八つ当たり上等。ここに至るまでさんざんおちょくってきたツケを返してくれる!
「行くぞ勇者!」
「あぁ、行こう」
気合も充分に、妾たちは同時にパネルへと手を置いた。
◇
「ここが最終ステージなのか」
「そうみたいだな……足元に気を付けろよ。たぶん落っこちたら死ぬぞ」
転移した先の最終ステージは、やはり妾の記憶にあるものとは大きく異なっていた。
フィールド内には太さも高さもバラバラな円柱がまばらに配置されており、その一つの上に妾たちはいる。縁から下を見下ろせば、第二ステージのような底の見えない奈落。当然落下防止の柵なんてついていない。
地形自体は、元から存在しているアスレチックステージのものを流用しているようだ。まさか最終ステージでただのアスレチックなんてことはないだろう。ざっと見渡してみたが、どこにもゴールであるパネルは見当たらなかった。
同様に、本来あるべき存在の姿も。
「巨大ゴーレムとやらがいないが」
「おかしいな。ボスは部屋に最初から配置されてるはずなんだが……」
そもそもサイズからして、周囲にある円柱のとりわけ太いやつの上じゃなきゃ、まともに両足で立つことすらできない。そこから他の円柱を飛び交うような真似ができるほどの敏捷性も備えていなかったはず。
ステージの生成と同時に落っこちたとか? そんなことある?
もしそうだったら、拍子抜けもいいとこだなーとか考えていたら。
『クックック。よくぞここまで辿り着いたな挑戦者たちよ~』
「……エメス」
どこからともなく聞こえてきた、にっくき仇敵の声。
今までと違って、何となく声が近い気がする。空間全体に響くのではなく、直接聞こえてくるような……まるで、同じ部屋にいるような感覚だった。
「隠れていないで姿を現したらどうだ」
『もー焦らないでってば。あんまりがっついてると、成長期と婚期を逃すゾ?』
「余計なお世話だ! てか成長期は関係ないだろ!?」
的確に人をイラつかせる言動を取りやがって。
姿を現し次第、早々に引導を渡してくれる……!
「勿体ぶってないで出てこい!」
『はいはい出ていきまーす、というより現在進行形で準備中でーす』
エメスを急かすと、投げやりな返事が返ってきた。
しかし、どうも含みのある言い方だな。準備中だって?
疑問に思っていると、勇者が妾の肩をちょんちょんと叩いてきた。
「どうした勇者」
「下の方から何か聞こえてくるんだが」
「下から?」
促されるまま円柱の端までより、下の方へ耳を澄ませてみた。
これは……風? 微かに、空気の流れるような音が聞こえてくる。
だがこの奈落の底が先ほど妾が落ちた所と同じ深さだとすると、音源の位置は相当遠くになる。にもかかわらず、ここまで音が届いてくるということは。
実際の音源は、どれだけの轟音を発しているというのか。
妾はその正体を掴もうと、より音に注意を向けるべく身を乗り出して――
『暖機かんりょー。あ、そこに頭出してると首がポーンしちゃうよ』
「え――」
エメスの間の抜けた声が聞こえた瞬間、後ろから凄まじい力で襟を引っ張られた。
仰け反るように円柱の内側まで体が引き戻されたのと同時に、何かが鼻先を猛スピードで掠めていく。発生した風圧で体が吹っ飛びそうになるが、寸でのところで身体を支えられる。
「ギリギリだったな」
「ゆ、勇者か。助かった……」
あと少し遅かったら、本当に首から上がポーンしていた。始まる前に死ぬとか笑えん。
それより何だったんだ今の。一体、何が飛んできたんだ?
『満を持してのボス登場! この雄姿を刮目せよ~!』
目を白黒させていると、頭上から威勢のいいエメスの声が聞こえてきた。
嫌な予感がしつつも、妾たちは天井の方を見上げ。
「……おぉ」
「な……なんじゃありゃあああああああああ!?」
――近頃のゴーレムに決まった形はない。
勇者にはそう言ったが、それでも驚愕を禁じ得ないフォルムだった。
元からボスとして存在していた、人型ゴーレムの名残は多く残している。しかし、大きく異なる点が二つ。
まず二本しかなかったはずの腕が、大幅増量されて六本になっていた。あれでは昆虫みたいじゃないか。しかも両手には剣と盾を装備していたはずなのに、完全な無手だ。あんなに腕あるのに。
極めつけは下半身だ。大胆にも、股関節から下を大幅カットオフ。平たく言うと脚がなかった。代わりとばかりに取り付けられた箱状のパーツからは、爆発のような音を立てながら青白い炎が噴出している。
まさか爆風で空中に浮いているのか? あの巨体を、あの安定感で?
『どーだ御見それしたか! 新型ゴーレムコアの導入により得た圧倒的並行処理能力は、六本の腕を完全独立操作可能! 脚部を新開発の六連ジェットスラスター二機に換装することで、地形によらない安定高速飛行を実現! そして搭載する全機能は、メインシステムに組み込まれたエメちゃんが完璧に統制!』
エメスが長ったらしい説明を早口で捲し立てている間も、腕を複雑に動かして様々なポージングをするゴーレム。キモい!
最後に、エメス入りゴーレムがバシッと決めポーズらしきものを決めて。
『その名も、次世代型戦闘ゴーレム〝ヘキサグラムVer.2.05 feat.エメちゃん〟!!』
高らかにその、意味不明な長ったらしい名前を名乗るのだった。
……えー、さっきの説明の半分も理解できなかったわけだが。
とりあえず見る限りでわかる情報をまとめるとだな。
「常時飛行状態で、武器を持ってないってことは魔法攻撃が主体……要するに高速移動砲台ってわけか」
戦闘方法としては、属性反転後のヴァイパーに近いか。しかしあちらとは違って、このダンジョンには天井が存在する。攻撃の届かない高度まで逃げられることはないだろう。
注意すべきは、やはり六本の腕か。あれ一つ一つが魔法をぶっ放す砲台だとすると、単純計算で六人の魔導士が飛行魔法で飛び回りながら攻撃してくることになる。使ってくる魔法の度合いにもよるが、厄介極まりない。
安定を取るなら、勇者の鎖で動きを封じて妾が魔法でぶっ飛ばす。これにしたって、あの、何だっけ。次世代型……もうエメスでいいや。エメスの飛行速度によっては捕捉できない可能性もある。
いずれにせよ、一当たりしてみる他ないな。
「油断するなよ勇者……って、おい。何ボーっとしてんだ」
こっちの言葉に反応しないので軽く嗜めると、勇者は宙に浮かぶ前衛芸術的ゴーレムに心なしか熱い視線を向けたまま。
「すまん。アレに少し見とれてた」
「アレに!? あのみょうちきりんなデザインに!?」
「言葉にするのは難しいんだが……何となく胸が熱くなるな」
「えぇ……男子のツボってよくわからないわぁ」
などと、呑気に会話している場合ではなかった。
ボスが現れた以上、既に勝負は始まっていたのだ。
『さぁさ、いざ尋常に勝負! 先制の悪質エメちゃんタックルー!』
完全に不意を打つ形で、両側の腕をガバっと広げたエメスが猛スピードでこちらへ突撃をかましてきた。
は、速い! ミルドの【ドラゴンフライ】に若干劣るが、それでもあの巨体を考えればあり得ない速度で急接近してくる。
魔法でも何でもない、単純な質量攻撃……成程、ある意味悪質だ。
直撃すれば無事じゃすまないし、仮に生きてたとしても確実に円柱の上から吹っ飛ばされる。つまりは奈落の底へ真っ逆さまであり、やはり無事じゃすまない。
あの速度で突っ込んでくる質量を止められるだけの魔法を、今から準備するのは間に合わない。生身で受け止める? ノーセンキュー!
「回避一択だこんなん! 妾抱えて横の柱に飛び移れ!」
「わかった」
勇者は最初のステージでしたように素早く妾を抱え上げると、常人離れした脚力で跳躍。それとほぼ同時に妾たちが直前までいた柱にエメスが着弾し、盛大な金属音を立てた。
あと一瞬判断が遅れていたら、確実にぺしゃんこだった。あぶねー。
そして、お姫様抱っこ再びなわけだが……この際恥ずかしいとか言ってられない。
身体能力が成熟したヴァンパイアならいざ知らず。見ての通り発育があまりよろしくない妾では、結構距離がある柱の間を自力で飛び移ることはできないのだ。あくまで身体能力の話だぞ?
強化魔法を使う手も考えたが、相手の出方がわからない以上無駄な魔力の消費は抑えたい。勇者のフィジカルが化け物じみているのは実証済みだったし、いっそこっちも移動砲台スタイルになった方が色々都合がいいと判断した。
着地したタイミングを見計らって、勇者に今後の方針を伝える。
「つまり、俺はしばらく魔王を抱えたまま回避に専念すればいいんだな」
「あぁ。攻撃や避け切れない時の対処は妾が担当する」
「それはいつまでだ?」
「相手の手の内をある程度暴くまでだな……えーっと、もしかして妾って重い?」
「軽い。振り落とされないようにしっかり掴まっておけ」
「そ、そう? えへへ」
まーこいつからすればってことなんだろうけど、軽いって言われて嬉しく思っちゃうのはしょうがないよなー妾だって女の子だからなー。軽くて飛ばされちゃうと危ないし、もうちょっとしっかり捕まっておきますかね。ギュッと。
『戦闘中にイチャイチャすんなー!』
「い、イチャイチャしとらんわー!?」
『問答無用! 食らえおしおきエメちゃんビーム!』
上擦った声で反論してる間にも、エメスの六本ある腕の一つから一条の光が放たれていた。勇者は軌道を読んだのか、大きく飛び退いたりはせず最小限の体捌きで回避する。
詠唱は無茶苦茶だったが、今のは間違いなく光属性の【ピアーシングレイ】。速度と貫通力に長け、連射も利く使い勝手のいい初級魔法だ。
薄々わかってはいたが、実質無詠唱か。やりづらいことこの上ない。
だが、やられっぱなしでもいられん。
次はこっちの番だ!
「避けれるもんなら避けてみろ!」
向こうに対抗してというわけではないが、こちらも無詠唱で魔法を放つ。
【ヒートブラスター】による熱線を同時に五つ。一つは直撃コースに、残り四つは逃げ場を奪うように調整して発射した。
このダンジョンに出現する金属製のゴーレムと、妾の得意とする火属性魔法は相性がいい。小手調べの下級魔法とはいえ、当たればそれなりのダメージにはなる。
さぁ避けるか、それとも防ぐか――答えは前者だった。
『ワハハハハ! スローリィすぎてあくびがでるわー!』
エメスは高笑いしたかと思えば、爆発めいた音と共に急加速。静止状態から一瞬で、熱線の軌道から逸れて見せた。ろくな加速も必要とせず、すぐ最高速度が出せるらしい。あれでは鎖で動きを封じるのも苦労しそうだ。
やはり動きを止めるか、回避できないほどの近距離から攻撃する必要が――
『お返しのエメちゃんファイアー&エメちゃんサンダー!』
「うおおおお回避回避ー!」
先とは別の腕から、それぞれ大量の炎と雷がばら撒かれる。範囲攻撃相手では留まることもできず、再び別の柱へ移ることを余儀なくされた。
腕ごとに別の属性……成程、六属性に対応していると。今のところ使ってきている魔法は初級と下級。中級以上の魔法は使えるのだろうか。ていうか魔法攻撃しかしないなら腕いらなくない?
問題なのは、ダンジョンから魔力を供給されているエメスは事実上魔法を無制限に使えるということ。対して、妾の魔力や勇者の体力には限りがある。
「持久戦に持ち込まれると不利だな……」
「近づくか?」
「頼む。逃げ回ったところでジリ貧だ」
短期決戦の提案に勇者は一つだけ頷くと、次々と柱を飛び移ってエメスとの距離を詰めていく。人間の動きじゃねえなこれ。
最高速ではないとはいえ、常に移動し続けている標的に追いつく程の速度だ。しかし先の範囲攻撃で遠ざけられていたせいで、相手は既に迎撃態勢を整えていた。
『こっちくんなー! ぶっ飛べエメちゃんハリケーン!』
「っ……【エアハンマー】!」
『何ぃー!?』
相手の攻撃を見て、即座に対抗魔法を選択。真空波が渦巻く竜巻に対し、真正面から風圧の塊を叩きつけて散らす。
中級魔法も使ってくるようだが、純粋な威力勝負ならこっちの方が上のようだ。あまり得意じゃない風属性でも打ち勝てるんだからな。
魔王舐めんな!
しかも、奴は反動の強い魔法を使うために足を止めている。足ないけど!
「いざ尋常に死に晒せぇー!」
『いやあああああん!』
有効射程に入った瞬間、隙だらけのエメス目掛けて【エクスプロージョン】を放った。溜め無しで妾が放てる中では最高威力の魔法だ。
さしもの大型ゴーレムと言えど、直撃すれば一たまりもないはず――
『――なーんてね♪ エメちゃんワープ!』
「はああああ!?」
魔法が発動する寸前、悲鳴を上げていたエメスの姿が忽然と消えた。そして、背後から巨大な魔力の気配が!
「【ショートジャンプ】って嘘だろ!?」
短距離転移ってお前、次元干渉まで使えるなんて聞いてないぞ! そりゃ誰も言ってないけど! 腕六本で六属性と決めつけたの妾だけど! でもゴーレムのくせに転移魔法使うとか何事だ!
『ピピピー! 失礼の波動を検知! 天誅のエメちゃんファイアー!』
「うわー動揺してる場合じゃなかったー!?」
こちらの背後を取ったエメスが、特大の火球を放ってきた。
この大きさに熱量……まさか【メテオバースト】か!? ふざけんな無詠唱で最上級魔法ぶっ放すとか妾でも無理だよ! そもそも同じエメちゃんファイアーで何でこんな威力に差があるんだよ!
ヤバい、こっちは空中にいるせいで回避行動がとれない。妾も強力な魔法を撃った反動で、即座に防御や回避のための魔法を使えない。
気づけば、火球はもう目の前だった。
あ、死んだ――
「落ち着け」
「ぐえぇぇえ!?」
死を予感した途端、急激に体が横方向に引っ張られる感覚。突然内臓を絞られ、乙女らしからぬ声が……。
辛うじて視界の端に白い鎖が見えた。これは第二ステージで使った、収納されていく鎖に捕まる移動法?
視界の外で閃光が爆裂し、広がった熱波がジリジリと肌を焼いてくる。咄嗟に勇者ごと全身を包むように防御魔法を展開した。余波程度ならこれで防げるが、直撃の場合は紙くず同然だっただろう。
勇者の冷静さに救われる形になったか……ホントこいつ狼狽えないのな。
「奴は何故、最初に転移を使わなかった?」
柱の一つに着地しながら、勇者は疑問を投げかけてきた。
「最初?」
「お前が熱線を撃った時だ。わざわざ避けずとも、転移を使えばよかっただろうに」
「た、確かに。でもさっきは短距離転移で背後を取ってきたな……」
状況に大きな違いはなかったはずだ。こちらから攻撃を仕掛け、向こうが対処的な行動をとったことに変わりはない。しかし、その内容には大きな差があった。
何故だ。最初から転移で不意を打った方が効率的じゃないか。妾なら絶対そうする。まさかエメスが舐めプしてんのか?
……ありえなくもない。でもそれじゃ本格的に攻略の糸口が失われてしまう。
『コラー動いたら当たらないでしょー! 今度こそ必殺の~!』
「しまった、またデカいのが来るぞ!」
今度は何だ、まだ出てない水かそれとも闇か!?
いずれにせよ無詠唱で最上級魔法ぶっ放されたら対処が間に合わな――
『エメちゃんタックルー!』
「ってまさかの物理!?」
最初にしてきたような体当たりをかましてきたが、これは難なく回避した。勇者が。
ここでタックルって……まさか本当に舐めプされてんのか? 流石に馬鹿だろ。
『ぐぬぬ、今度こそ当たれー! リベンジのエメちゃんスプラッシュ!』
「今度は水属性の初級魔法……?」
勇者に避けられ過ぎ去っていく【アクアバレット】を見送りながら、妾は違和感……いや、正確には既視感を覚えた。
エメスの一連の行動――単純な物理攻撃からの初級魔法。
だとすると、この次は。
『うおおおおヤケクソのエメちゃんウェーブ!』
「【サンドスウォーム】……そうか、わかったぞ」
「何がだ」
「エメスの行動の規則性だ!」
背後から迫りくる砂の津波から逃げつつ、勇者に早口で説明する。
「奴の行動には明確なパターンがあった。最初は物理攻撃。その後は初級から順番に段々と上位の魔法を使ってくる」
さっき使われた【ショートジャンプ】は上級魔法。【サンドスウォーム】は土属性の下級魔法だ。パターンにしっかり当てはまっている。属性がランダムな上、エメスの滅茶苦茶な詠唱や言動から、適当にぶっ放しているんだとばかり思っていた。
だが、実際にはゴーレムらしくきっちりと決まったルーチンで行動していたわけだ。紛らわしい奴め。
そして、同時にエメスが最初に短距離転移を使わなかった理由も判明した。あれは舐めプではなく、あのタイミングでは上級魔法である短距離転移が使えなかったのだ。
つまり……使えるタイミングなら、絶対に使ってくる。
「この攻撃をやり過ごしたら、もう一度接近するぞ」
「また転移で避けられるんじゃないか?」
「それでいいんだよ。奴が最適な行動を取るなら、出てくる場所は決まってる。後はわかるな?」
「……成程。理解した」
「本当に察しがいいなお前」
こっちとしては余計な説明を省けて助かるが。
一通りの打ち合わせが終わったタイミングで、ちょうど砂の勢いも弱まった。勇者は素早く反転し、先と同じく一気にエメスとの距離を詰めにかかる。
当然、相手はそれを看過しない。
『させるかー! 接近拒否のエメちゃんシャドー!』
的を絞らせないよう常に移動し続けていたエメスが、手近な柱の上に留まる。そこに降りた影から無数の黒い腕が生え、妾たちに向かって殺到してきた。【シャドーアームズ】は闇属性の中級魔法。やはり予想通り!
「妾が対処する! 目を閉じて真っすぐ突っ込め!」
勇者に素早く指示しながら、妾は魔法を構築する。
使用する魔法自体は初級レベルだが、光属性は絶望的に適性がないから発動するのも一苦労だ。
「我が手に光を――【フラッシュ】!」
こちらを捕縛せんとしていた影の腕を、手のひらから放った閃光で一掃した。使用者以外の目をくらませる効果があるが、勇者には事前に目をつむらせている。
『ぐわー! 目が、目がああああああ!?』
エメスはもろに食らっていた。ざまあないな!
顔面を押さえて悶えるエメス目掛けて、勇者が跳躍。隙を晒したエメスを、さっきと全く同じ状況で射程圏に収めた。
「今度こそくたばれぇー!」
『いやあああああん――ってこれはさっきもやったやろがーい!』
妾の放った【ヒートブラスター】を、エメスは短距離転移で悠々と回避した。ノリツッコミめいたやり取りをする余裕まで見せて。
たった一発の下級魔法を、わざわざ上級魔法まで使用して。
そして、転移する先は当然。
『その背中貰ったぁ!』
背後から巨大な魔力を感じる。先と同じく、無防備な妾たちに最上級魔法をぶち込もうという魂胆だろう。
だが――
『いくぞとどめのエメちゃ――のわあああああああああああ!?』
虚空から突如として出現した勇者の鎖が、エメスを全方位から雁字搦めに縛り付けた。
「ふははは! かかったな阿呆がぁ!」
エメスの行動に規則があるのは明確だった。転移からの大技で確実に潰しに来たことからも、ルーチン内における最適行動を取ってくることも予想できた。
故に同じ状況に持ち込めば十中八九、背後へ回り込んでくると思ってはいたが。こうもドンピシャではまってくれると、実に清々しい気分だ。
『何のこれしき、緊急脱出エメちゃんワープ! ……あるぇ!?』
「馬鹿め、その鎖は結界効果付きだ!」
大方【テレポート】でも使って抜け出そうとしたんだろうが、無駄無駄無駄ァ!
チットを捕まえた際に拘束として用いていたように、鎖の結界には対象を封印する効果がある。これは動きを封じるのみならず、魔法の行使すら阻害してしまう凶悪さだ。
つまり、今のエメスは陸に打ち上げられた魚も同然!
「ゴーレムの腕力にもよるが、しばらくはもつ筈だ」
「あぁ、あとは任せておけ」
若干名残惜しい気がしないでもないが、これ以上逃げ回る必要もないので妾は勇者の腕から降り立った。
『ちょ、ちょーっと待って欲しいかなー? エメちゃん今かなり忙しくて……だから指をバキバキ鳴らしながら近づいてくるのはやめて欲しいなーって!?』
露骨に命乞いらしきことをわめき始めたがガン無視し、妾は円柱の縁で立ち止まった。
どうやって止めを刺すか少しだけ迷ったが、ここは単体向け最高火力の魔法を使ってやるとしよう。散々もてなしてくれた礼に、とっておきを食らわせてくれる。
また勇者に手の内を晒すことになるけど、世話になった礼だ。甘んじて受け入れるさ。
「我が手に灯りて剣と成せ、終焉の火よ」
詠唱と同時に、ステージ内の室温が一気に上昇した。
熱の発生源は妾の手中。手のひらから次々と噴出する炎が収束し、密度を高め、一つの形を作り上げていく。程なくして、それは完成した。
最上級魔法【レーヴァテイン】――煌々と輝きを放つ、炎の剣。
火属性で最大の攻撃範囲を誇る【ヘルフレア】の対極。発生した全熱エネルギーを一振りの剣として収束させる、近接攻撃魔法。
近接と言えど、長めに形成した刀身は一〇メートルを優に超える。妾たちがいる柱のすぐ近くに拘束されているエメスになら、余裕で届くだろう。
妾は後ろにいる勇者を巻き込まないよう、細心の注意を払ってそれを構えた。剣術の心得は最低限しかないが、重量のない剣を真っすぐ振るくらいならできる。
「さて……何か言い残すことはないか?」
『あのね、エメちゃん思うの。争いって、とっても虚しいものなんだって』
うむ、それに関しては心底同意する。
しかし、残念ながらこれダンジョン攻略なんで。ボス倒さんと終わらないんで。
「じゃ、死のうか」
『いやー! 顔はやめてー!?』
全身に力を籠め、手にした炎剣を一気に振り抜いた。
扇状に描かれた紅蓮の軌跡が、ゴーレムの胴大部分を何の抵抗もなく通過。赤熱した断面を境に、鎖で拘束されていない下半分が推力を失って奈落へと落ちていく。上半分は鎖で縛られたまま、先までの抵抗が嘘のように力なく垂れ下がっていた。
コアの位置は元のゴーレムと同じだったらしい。当たるまで斬るつもりだったが、手間が省けたな。
「終わったか?」
「あぁ」
用済みになった【レーヴァテイン】を手元から消失させてから、こちらまで歩み寄ってきた勇者へ返事をする。
「残り半分はどうする」
「適当な柱の上にでも放っておこう」
そのまま落としても別によかったが、流石に可愛そうかなぁと。直接手を下したことでだいぶスッキリしたので、もうエメスについて思うところもないし。
手近な柱の上にゴーレムの残骸が安置されたのを確認して、ようやくすべてが終わったという実感が湧いてきた。
「はぁ~! これでやっと終わりか……何だか、かなり長い時間を攻略に費やした気がするぞ」
「道中に比べて、最後はあっさり終わったな」
「結局エメスの行動もパターンだったしな」
それでも攻撃自体は無詠唱かつ最上級魔法まで存在し転移まで使えるという、無人にしては中々のオーバースペックっぷりだ。最近のゴーレムの進歩ぶりを垣間見た気がする。
そういえば、エメスって結局何者だったんだろう。ダンジョン内だから何のためらいもなくぶった切ったけど、最初にガイドとか言ってたよな。この後の処理とかはどうなっているんだ。
「……エメスを倒すと進行が完全に停止するとかいう、アホみたいな話はないよな?」
「そうなると、俺たちは一生このままか」
「え、縁起の悪いことを言うな!」
勇者の言ったことが現実になる可能性は十分あり得た。もしそうなってしまった場合、完全に外からどうにかしてもらうしかなくなる。今の妾たちは、脱出どころかダンジョン内のコントロールルームにすら移動できないのだ。
ジラルたちも何とかしようとしている筈だが……どこまで当てにしていいものか。
不安を募らせていると、ふと聞き覚えのある声がステージ全体に響いた。
『緊急事態発生。緊急事態発生』
「これは、ダンジョンの標準音声?」
本来なら攻略に関する説明や進行を事務的かつ的確に行う予定だった『人形の遺跡』の主。いや、ダンジョンそのものと言うべきか。
そうか、エメスがダウンしたからメインのシステムが復活したのか! これなら問題なく出れそうだ。
でも、緊急事態ってどういうことだ?
妾の抱いた疑問への答えは、すぐにもたらされた。
『現在、当ダンジョンは外部から不正なアクセスを受けております。アクセス頻度の高さから悪質な攻撃であると判定。これより外部操作を全てシャットアウトします』
「……はい?」
◇
「ぬっ! のうガリアン、急に入力を受け付けなくなってしまったんじゃが」
「何回もパスワード間違えたから制限がかかったでありますよ!」
「何と、回数制限なんてものがあったとは! いつになったら制限は解けるのじゃ」
「しばらく待てばまた入力できると思うでありますが……ん? 画面に何か表示されているであります」
「『初期化進捗0%』……何じゃこれ?」
◇
外部から不正なアクセスって……おい。
まさか、あいつらやらかしたか。ジラルだけならともかく、ガリアンやミルドも一緒にいただろ! 何なら勇者パーティーの面々も!
外部操作をシャットアウトってことは、もう外からどうこうできなくなったんじゃないか!?
ただでさえ最悪な状況なのに、無機質な音声は更にたたみかけてくる。
『メインシステムへの介入が確認されたため、安全のためにダンジョン内に存在する全オブジェクトの初期化を開始します。完了予定時刻は、現在より一分後です』
「ダンジョンの初期化……や、やばい」
「何がやばいんだ」
「ダンジョン内が最初の状態にリセットされる! このままここにいたら――」
『初期化グリッド展開』
ブォンと。
虫の羽音にも似た音と共に、部屋の端の方で光が生じた。
部屋の壁に沿う形で現れたのは、不健康そうな青白い輝きを放つ格子状の結界。それは早くもないが、遅すぎもしない速度でこちらに向かって迫ってくる。
セントリアの技師によると、接触したダンジョン構造を一度分解し元の形状に再構築する機能らしい。これに関して説明を受けた際、再三にわたって注意を受けたのだ。
曰く。元々ダンジョン内に存在しないものがあの結界に触れると、ダンジョン側に元情報がないから分解されたっきりになる。
つまり――
「妾たちがあれに接触したら消滅してしまうぞ!」
「成程、やばいな」
「だからそういってるじゃん!」
こんな会話してる間にも、結界はどんどん接近してきていた。通過してきた部分は柱と奈落が消滅し、次々と平坦な床へ変換されていく。
初期化作業が一分で終わるということは、あと五〇秒もせず結界は反対側の壁まで到達する。その時には妾たちも……うっ、想像しただけで寒気が。
「と、とにかく遠ざかるんだ! できるだけ一番反対側の壁に近い柱まで!」
「その後はどうする?」
「移動してから考える!!」
再び勇者に抱えられながら、妾たちは柱を飛び移って少しでも結界との距離を稼ごうとした。壁際の柱までは何の問題もなく辿り着いたが、このままじゃ一時しのぎにもなっていない。
「考えろ……考えるんだ……」
触れたものを全て分解する性質上、あの結界を直接どうこうはできない。この部屋には転移用のパネルがないから他の部屋に退避もできないし、外からの干渉も不可能。ていうか外からは中の状況把握できないしこっちから伝える手段もない。
あれ、ひょっとして詰んでない?
『初期化完了まで残り三〇秒』
「うおおおマジでやべえええ!?」
もう半分終わってる! あと半分で終わる!
「魔王」
「何だ! もしかしてこの局面を切り抜ける妙案が!?」
「悪いが、俺にはこの状況をどうにかすることはできそうにない」
「ご丁寧に自己申告どうも!」
くそ、僅かではあるが余計な時間を食ってしまった。
こんな状況で嘘を言うとは思えないが、ここに来て戦力外とは。今まで頑張ってくれたぶん文句は一切言えないけど。
「そっちで何か手はないのか?」
「……ないことはない」
実のところ、手がないわけじゃなかった。どうしても歯切れが悪くなってしまうのは、これが真の意味での最終手段だからだ。
「妾の血の力……『煉血』を解放すれば、ダンジョンをぶっ壊して無理やり止めることは可能かもしれない」
「すぐに使わなかったってことは、相応のリスクがあるんだな」
「まあ、そういうことだ」
ぶっ壊したダンジョンの修繕にかかる予算と時間を考えるとむしろ死にたくなるが、この方法には根本的な問題が二つある。
一つは、未発達な妾の身では血の力に耐えられないということ。経験上、十中八九瀕死に追い込まれる。でも実際に死ぬよりマシなので、これに関しては大きな障害じゃない。
最大の問題はもう一つの方だった。
「一度解放してしまうと、今の妾では力を抑え込むことができない。殆ど暴走に近い状態なんだ……いちいち的なんか絞れないし、確実にお前を巻き込んでしまう」
故に父上からは使用を禁じられていた。いくら勇者が人外じみていても、人間である以上『煉血』の力に巻き込まれればただでは済まないだろう。妾の手で勇者を殺しては本末転倒にすぎる。ダンジョンを壊してしまう都合上、防止魔法にも期待できない。
周囲にいるのが全員敵……それこそ、魔王城での最終決戦とかであれば気にする必要のないリスクだったのだが。こんなことになるなら、父上がいるうちに力を制御する訓練をもっとしておくべきだった。
「だから、この方法を使うわけには――」
「使え」
「――っ」
話を遮られたことより、何の気負いもなく放たれた言葉に声を失った。
こいつ、人の話を聞いてなかったのか?
妾が絶句している間にも、勇者はお構いなしに続ける。
「俺のことは気にしなくていい。鎖で壁を作ればある程度は防げる」
「いやだから、そんなんでどうにかなるならとっくにやってるんだよ!」
「俺は死なない」
「さては話が通じてないな!? 自信だけで死ななきゃ苦労は――」
「信じろ、ルシエル」
「んなっ……!?」
な、何で急に名前で呼んでくるんだこいつは! 状況わかってるのか!?
不意打ちで二の句を告げなくなった妾に、勇者は再び。
「俺は死なない。俺は、お前の攻撃には絶対に殺されない」
「何を根拠に、そんなこと」
「それは言えない。事情を説明している時間もない。だから……信じろとしか、俺には言えない」
二度に渡って、信じろと告げてくる勇者。
根拠は言えない。理由は不明。
普通なら、話にならないと切り捨てるところなのに。こいつの目はどこまでも真っすぐで、嘘偽りなく妾に全てを託そうとしているのがわかってしまう。
『初期化完了まで残り一五秒』
もう時間がない。どうせ何もしなければ、二人仲良くあの世行き。
……今度は、妾が信じる番ってことか。
「――からな」
「何だ? よく聞こえなかった」
「死んだらぶっ殺すからな!! あとできるだけ離れてろ!」
自分で言っておいて頭が悪すぎる悪態をつきつつ、勇者に距離を取るよう促す。気休め程度にしかならないだろうが、至近距離にいるよりかはいいだろう。
充分に離れたのを確認してから、妾は詠唱を開始した。
「我が血潮は煉獄。天地冥、三界を灰燼へ帰さんとする劫焔なり」
解放のための真名詠唱。その前半を唱えただけで、何の比喩でもなく全身の血液が沸騰し始めた。血管が破裂しそうなほどに激しく脈打ち、今にも肉体がドロドロに融解しそうな感覚へと陥る。
前に怒り任せで解放しようとした時は我を忘れていた上に、すぐ鎮圧されたからこそ大事に至らなかった。
今は、ただ恐ろしい。このまま自分が跡形もなくなくなってしまう予感が沸々と湧き上がり、それに勇者を巻き込んでしまう恐怖で舌が痺れそうになる。
「心を燃やせ。熱く燃え滾れ」
それでも唱え切るのだ。
あいつの信頼に応えるために。
二人で生きて、このダンジョンから出るために。
『初期化完了まで残り一〇秒』
眼前まで迫ってきた結界を見据え、妾は最後の一節を紡ぎ出す!
「我が魂の焦がれよ、仇なす総てを焼き尽く――」
『初期化完了まで残――もーうるさいなー!』
「……は?」
カウントダウンがいかにも頭空っぽそうな声に上塗りされ、妾の頭もまた一瞬真っ白になった。
思わず詠唱をやめてしまったが、何故か結界も妾の目の前で動きを止めている。集中が切れた途端、力の解放も中断され一気に体温が下がっていく。
えーっと……助かった、のか? ていうか今のってまさか。
「エメスか!?」
『そうです私がエメちゃんです』
「どうしてお前が……つーか今まで何してたんだ」
『何って言われてもー、エメちゃん倒されちゃったからスリープモードになってただけだよ? 面倒な後処理はダンジョンが自動でやってくれるもん』
エメスの声は、まるで熟睡中にたたき起こされたかのように不機嫌そうだった。第一声もうるさいだったし。
『そもそも、クリアしたのに何でまだいるの?』
「こっちが聞きたいわ! お前が寝てから閉じ込められるわ消されかけるわで散々な目にあってんだよ!」
『知らないよー。エメちゃんもさっきまで気持ちよく寝てたのに、無理やり起こされたんだから……ふわぁああ』
あくび交じりに文句を垂れてくるエメス。マジで眠いのか、攻略中と違ってテンションが滅茶苦茶低い。
この調子だと本当に何も知らなそうだな。休止状態になったエメスが何らかの理由で覚醒し、メインの処理に偶然割り込んで初期化が止まったと考えていいのだろうか。
偶然にしては出来すぎている気もするが、現にその偶然で命は救われていた。
「こいつのおかげで助かったって思うと少し……いやかなり複雑な気分だな」
「互いに五体満足で出れるなら、それに越したことはないだろう」
離れた場所にいた勇者が、いつの間にかすぐ隣まで来ていた。
未遂とはいえ解放の余波は受けていたはずだが、目立った外傷は見当たらない。一応大丈夫だとは思っていたが、こうして確認できると安心する。
「体は大丈夫か」
逆に心配されてしまった。
「別に何ともない。ギリギリとはいえ完全な解放には至らなかったからな」
「相当苦しそうな顔をしていたが、本当に大丈夫なのか」
「だから大丈夫だと言って……おい待て何する気だ!?」
急に勇者が手を伸ばしてきたもんだから、反射的に後ずさってしまった。
勇者は妾と自分の手を交互に見比べてから、しれっとした顔で。
「本当に大丈夫かどうか触って確かめようかと」
「せんでいい! 見ただろ今の軽快な動き!」
「確かに素早かったな。そうか、問題ないならいいんだ」
素直に引き下がってくれて助かった。
全く、平気な顔でとんでもないことしようとしやがる……折角下がった体温がまた上がるところだった。
『お客さーん、もう閉店時間なのでイチャつかないでもらえますー?』
「だからイチャついとらんわー! いいからもう外に出してくれよ今すぐ! ナウ!!」
『もーしょうがないなー。ほい、エメちゃんバイバイ』
「最後までそんなんかよ!?」
エメスの適当極まりない魔法を受けた俊寛、意識が急速に遠のいていく。
この感覚は、ダンジョンに入った時と同じ――
『クリアおめでとーおやすみぐぅ……』
いびきのようなものを耳にしたのを最後に、妾の意識は途絶えた。
勇者と妾は、ダンジョン『人形の遺跡』をクリアした……。
◇
「……外だ」
「外だな」
気が付くと、妾たちはダンジョンの入り口の前につっ立っていた。ここに来たのは昼頃だったが、既に日はだいぶ傾いていて空には赤みがかかっている。わかってはいたけど、攻略に相当時間を食っていたようだ。
数時間ぶりのシャバの空気……何というか、開放感が半端ない。壁と天井のない空間がこんなにも素晴らしいとは。
「マスター……!」
最初に気付いたのは、気配に鋭いチットだった。
木陰の方からものすごい勢いで駆け寄ってくる。猫まっしぐら。
「魔王が迷惑かけなかった?」
開口一番がそれってお前。とても失礼!
でも迷惑かけなかったかと言われたら、滅茶苦茶かけてるから何も言えねえ……。
罪悪感から口を噤んでいると、勇者は特に悩むことなく言う。
「攻略中に迷惑と思ったことはない。むしろ助けられていた」
お前いい奴かよ! もう勇者んちに足向けて寝れないな。
「……」
「……サッ」
猫耳から「本当かぁ?」と言いたげな目を向けられ、さりげなく視線を逸らす。
「あー! お兄ちゃんたち帰ってきてる!」
「何ですと!?」
すると丁度、他の面々も妾たちの帰還に気付きこちらへと寄ってくるところだった。ナイスタイミングだぜ。
「ご無事でしたか魔王様! それにアレク殿も!」
「お、おう」
ドタドタと音を立てて駆け寄ってきたジラルの必死さに、若干引き気味になりながらも妾は頷く。もう若くないんだから、急な運動は控えるべきなのでは?
理由は概ね察してるが、一応聞いておく。
「どうしたんだ、そんなに焦って」
「それが……どうにかダンジョンの外からメインシステムにアクセスできないかと、セントリアの専門家に伺いを立てながら試行錯誤していたのですが」
「失敗しまくって、結局外から何もできなくなったと」
「面目次第もございませぬ……!」
その場に膝をつき、心底悔しそうな表情で謝罪するジラル。
まあ、おじいちゃんだからな。こういう新しい技術とかには、どうしても疎くなってしまうのだろう。
「でもガリアンたちもついてたんだろ?」
「ジラル翁が頑なに譲らなかったであります。あと、ミルド嬢はネリム嬢たちと何かしていたでありますな」
憮然とした表情で言いながら、ガリアンはジラルを半目で見下ろした。こっちはこっちで苦労の跡が垣間見える。そしてミルドよ。君はもうちょっと協力的になった方がいいんじゃないかなー?
疑念の視線をミルドに向けると、奴はしれっとした顔で。
「私はルシエル様たちなら余裕で帰ってこれると信じていました。ただ、思ったより時間がかかったお陰で大作が完成してしまいましたが」
「大作? 何だそれ……余裕どころか何度も死にかけたし、何なら一回死んだわ。最後に至っては、ダンジョンの初期化に巻き込まれて消滅するとこだったぞ」
「大惨事じゃないでありますか!? 何でそんなことに……」
「外部からの悪質なアクセスがどうたらとか言ってた」
「面目ございませぬぅ!」
膝どころか両手も地面につき、殆ど土下座するような勢いで謝罪するジラルなのであった。こいつが大ポカするのも珍しいし、こりゃしばらくは凹みそうだな。今はそっとしておこう。
「ねーねー魔王ちゃん、今回のってダンジョンをクリアした回数にカウントされるの?」
「そうだな……攻略したことに変わりはないし」
そもそも営業していないはずのダンジョンな上に妾が協力までしてしまったわけだが、迷惑料ということで。なるべく貸し借りは無しにしておきたいし、これで一連の失態がうやむやになるなら安いものだ。
しかしこれで四つ目……ダンジョン攻略も折り返しか。
妾ものんびりしていられなくなったな。今日だけでも顧みるべき点が両手で数えきれないほど露見した。
特に血の力に関しては早急に制御できるようにならなければ。でも父上が帰ってこないと本格的な修行は出来ないし……今どこにいるんだろう。大陸を一周するとなると、そろそろ東あたりだろうか。
また近いうちに近況報告でもするかなぁ。
「ディータとクラリスはどうした」
「ディータさんはテントの準備してるよ。今日はここで野宿だって」
「クラリスさんはさっきまで私と一緒に芸術的創作をしていましたけど。またお散歩でもしてるのでしょうか?」
「……あいつなら、その内戻ってくるだろう。ところでウルスラ、芸術的創作とは何だ」
「はっ!? な、何のことでしょう私にはさっぱりですねーあははは」
勇者たちは野宿か。一番近い町でも移動途中で夜になってしまうし、賢明な判断だ。流れの武闘家だけあって、ディータは旅慣れてるな。
これ以上いても邪魔になりそうだし、お暇するとしよう。
「妾たちは帰るが、くれぐれもダンジョンにはもう触るなよ。念のため言っておくがフリじゃないぞ。次は助けに来ないからな?」
「流石に懲りた。後でディータたちにも伝えておこう」
「うむ、任せたぞ」
「ほらジラル翁、もう帰るでありますよ」
「うぅぅ……これがジェネレーションギャップ……」
「この数時間ですっかり老け込みましたね」
「手紙よりも、このダンジョンの仕様書を全員で見直すのが先か……」
もう二度と同じ失敗を繰り返さないようにしなければ。
……しかし、結局エメスって何だったんだ。後でアカデミーの担当者に問い合わせる必要があるな。
◇
「はぁ、はぁ……んぅ、ぐっ……!」
身を割くようなと形容するしかない激痛に苛まれていた。体が酸素を受け付けず、何度呼吸を繰り返しても息苦しさが消えない。心臓が脈打つたびに、全身に遅効性の毒が回っていくようだ。
声を上げてのたうち回りたくなる衝動を必死に抑え、手近な木に寄りかかったまま痛みが過ぎ去るのを待つ。気を失うようなことだけは絶対にあってはならない。飛びそうな意識を繋ぎ止めているのは、もはや精神力のみだった。
――見立てが甘かった。
ダンジョン内から力の発現を感知したことで非常事態だと気が付き、介入を決断したまではいい。しかし施設に用いられていた異界の法則を解読するために、時間偽装の使用まで余儀なくされたのがいけなかった。
「ホント、あの子は無茶しようとするんだから……あはは、人のことはいえないか」
結果的に二人を助けられた上、未熟な『煉血』の解放を阻止できたのは僥倖だった。とはいえ、払った代償は大きい。
元々限りのある力をここで使う羽目になったのもそうだが、目下の問題は体が全く言うことを聞いてくれないことか。
少しの間ふらっといなくなる程度なら違和感を抱かれないだろうが、既に太陽が殆ど沈みかけていた。あまりに戻るのが遅いと心配させてしまう。
表面上は健康に見せかけても、勘が鋭い仲間たち相手ではバレる可能性が高い。特に彼は未だ底が見えず、完全に気配を消した状態でも時々こちらを認識していた節がある。
最低限、自力で歩ける程度までは回復しなければ。
「あと、半分。最後までもってくれるといいけど……」
残された時間の使い道はとっくの昔に決まっている。惜しむ命なんてなかったはず。
なのに、今はもう少しだけ生きていたいと思ってしまう。
例え仕組まれた邂逅だったとしても、彼らとの出会いは間違いなく宝だった。控えめに言って常識外れな面々との旅はむしろ居心地がよかったし、打てば響く彼女とのやりとりも心の底から楽しいと感じている。
だからこそ、別れの時を思うと寂しくなり。
「まだ、一緒にいたい……離れたく、ないなぁ……」
少しだけ、胸が切なくなるのだった。
~魔王城ハイテク適性~
ルシエル・ガリアン:スマホもPCも余裕
ミルド:説明書さえ読めば問題なし
ジラル:説明書すら読めない。おじいちゃん
ダンジョン攻略も何やかんやで折り返し。
情報を小出しにしつつ、第二部も後半戦へ……




