22 ようこそゴーレムパークへ!(1)
ザハトラーク王国の、ダンジョンを用いた外交が始まって約五〇年。行われた回数自体は妾が担当する今回で八回目とまだ少ないものの、ダンジョン自体が運営されてきた期間は結構長かったりする。
ご存知の通り、ダンジョンは我らの国が大陸へ提供している一種の娯楽施設である。軍事的な教練のみならず、一般人にもダンジョン攻略に生きがいを見出す者たちが結構な割合でいるようだ。国家間の戦争なんて史実上でも殆どない平和な世の中だし、命の危険を顧みずに戦えるダンジョンは、思いの外需要が高いのかもしれない。
ただまあ、長く続けてると当然ながら問題が発生する。
そして起こりうる問題の中で、最も危険と言えるのが……マンネリ化である!
同じ内容でダンジョンを経営したとしよう。どんなにスリリングで激熱なダンジョンだとしても、何十年と代わり映えがなければ早晩飽きられるのは目に見えている。老舗と言えば聞こえはいいが、見方を変えたら時代の変化に乗り遅れた化石。歴史的な価値のある遺物であればいざ知らず、娯楽施設なのに誇れるものが歴史だけになってしまえば、それはコンテンツとしての終わりを意味する……!
人は新しいものを求める生き物だ。それはダンジョン攻略者も同じであり、彼らは我々へ常に新鮮さを期待している。古き良きに胡坐をかいていてはいけない。
以上のことから、定期的に行われるダンジョンの視察および改装は、重要な国家事業なのである。実際の運営状況を見つつ現地のダンジョンマスターと折衝し、必要であれば施設自体の拡充も行う。その規模は良くも悪くも想像がつかないので、予算もそこそこ多めに確保してあるのが現状だ。
長きに渡って過分な評価をいただいているダンジョン経営の裏では、国を挙げた血が滲むような努力がなされているのである。だから明かなオーバーアタックでダンジョンをむやみに破壊することは許されないんだ。某勇者パーティーの魔法使いと精霊術士、お前らのことだぞお前らの!
……ごほん。
まあそんな感じで、現在いくつかのダンジョンが改装中だったりする。特に大規模なリニューアルを行っているのが『人形の遺跡』で、ここはゴーレム系の敵しか現れないというコンセプトの下に作られたダンジョンだ。
大量のゴーレムが死を恐れず、淡々と迫ってくる絶望感が堪らないと中々好評だったんだが、如何せんそれだけだと芸がない。ゴーレムの種類を増やしたり階層を増やしたりと試行錯誤は繰り返されてきたが、小手先の変化では限界が見えてきたのも事実。
そこで、今回のリニューアルではセントリアのアカデミーと大々的に協力し、『人形の遺跡』を時代の最先端をゆくダンジョンへ進化させるという計画が発足したのである。細々とした協力は今までも受けていたが、ここまでがっつりと国同士で提携したダンジョンは恐らくこれが初になるだろう。
現時点で施設の改装および増築は完了しており、後は何度かのテスト運用を経てお披露目という段階である。何ぶん色々と盛り込み過ぎて、いきなり一般向けの経営を行うには不安要素が多すぎたのだ。
だって下手すりゃ魔王城よりギミック満載なんだぜ? 正直やりすぎた感は否めない。
よって肝心のテスターについても慎重に選ぶ必要があったのだが、ここ最近はバタバタしていたこともあって人選もままならず、テストは未だに行われていない。
長期間ダンジョンを休止させておくのは、あまり望ましくない状況だ。施設もリフォームというか、ほぼ一から建て直したようなもんだから出費がかなり嵩んだし、回収のためにも手っ取り早く稼働させたいんだがな……もうテストとかしなくていいかな?
――などと、考えていた矢先だった。
「勇者が改装中の『人形の遺跡』に間違えて入って出られなくなっただとぉぉおおお!?」
「簡潔かつ自然な状況説明、流石です」
「そこまで自然じゃないし褒められてもうれしくない!」
妾たちは女神から先のような一報を受け、至急『人形の遺跡』へと向かうことになった。位置的には、前回攻略された『海魔の神殿』の割と近くである。
現地についてみれば、ダンジョンの前で立ち往生している勇者パーティーの面々が。しかし連絡にあった通り、勇者自身の姿は見当たらない。
何で運用停止中のダンジョンが稼働しているのか。ていうか改装中の看板立ててあんのに、何故挑もうとしちゃったのか。
とりあえず、奴らの言い分から聞いていこう。
「今しがた女神から連絡が来たが、一体どういうことだ!?」
「何か、アレクのやつが扉に触ったら突然消えちまってよ」
「『改装中につきお手を触れないでください』の注意書きが読めないのか!」
「いやー、ワンチャンあるんじゃね? って」
「ねーよ! いやでも認証システムは動いたってことだよな……どうして!?」
「アタシに聞かれても困るわ」
ディータのツッコミはもっともだ。落ち着け妾。
ギミック確認の時に、ダンジョンへの魔力供給を切り忘れたのだろうか。最後にここを訪れたのは何か月も前だから、記憶が朧げだ。
ていうか、もしそんな長い間点けっぱなしになってたとしたら、被害が出たのが今日で初めてなのはある意味ラッキーだったか。こいつら以外はちゃんと注意書きに従ってたってことだな……。
「アレクが消えちゃってからは念のため誰も触らないようにしてたんだけど、これって彼がダンジョンの中に入っちゃったってこと?」
「……信じがたいが、状況的にはそうなる」
ここの扉は、触れたものを挑戦者としてダンジョン内部に転移させる仕組みとなっている。本来なら動いていないはずなのだが、実際動いているものはもう疑いようがない。
きかっけがどうあれ、こちらの管理不行き届きが原因であることは確かだ。訴えられたら負けるやつ。
あーうー、胃が痛い……。
「外側から引っ張り出したりは出来ないでありますか?」
「今それを実行しようとしたのですが、どうやら完全独立モードで起動しているようですね」
「外部からの操作を受け付けないってことか。益々厄介だな」
こうなってしまうと、ダンジョンの外で何をしようと無駄だ。人件費を抑えるために、全自動でダンジョンを運営する機能を付けたのが仇になるとは。ケチりすぎるのも考え物だな畜生め。
「死ねば出れるんじゃねーの?」
「防死魔法が正常に働いているかわからない今、それは避けたいですな」
「じゃあ、さっさと降参しちゃうのは?」
「いけるかもしれないが、それを中にいる勇者に伝える手段がない」
そもそもダンジョンが勝手に稼働してる現時点で不確定要素が多すぎる。どこまで正しく動いているかが把握できないせいで、下手に弄れん。
……嘆いてばかりいても仕方がない。
今考えるべきは、ダンジョンに取り込まれてしまった勇者を如何にして救い出すかである!
「ミルド、攻略人数はどうなっている?」
「最低値の二人になっていますね」
「なら、勇者はまだ最初の部屋か」
このダンジョンは最初に決めた攻略人数を満たすまで、挑戦が始まらないようになっている。不幸中の幸いか、とりあえず勇者の無事は確保されている可能性が高まった。
何とか首の皮一枚は繋がったぞ。もし勇者が無事じゃなかったら、怒れる猫耳に八つ裂きにされかねない……。
外側からどうにかできないのならば、内側からどうにかするしかあるまい。内部の操作端末は最終フロアの奥。そこまでは自力で辿り着く必要がある。つまりダンジョンを攻略するか、すぐに降参してしまうかの二択。
結局のところ、もう一人ダンジョンに入るのは確定というわけだ。
「問題は、誰が入るかってことですが」
「それは、妾が行くに決まってるだろ」
「ま、魔王様それは――」
「元々こっちの過失なんだから、責任者として救助を請け負うのは当然のことだ」
部下には任せず、妾自身が赴くことで誠意を示すのだ。
それに制作に関わった都合上、ダンジョン内のギミックもひと通り把握しているからな。真正面から攻略することになった場合、それらの知識は助けになるだろう。
「えーネリムが行きたーい」
「私も行きたいです! ぜひ!」
「断固却下だ。特にウルスラ、お前は絶対に勇者と二人きりにはしないからな?」
ただでさえデリケートな状況なのに、こいつらが好き勝手にとんでも魔法ぶっ放して変なとこ壊しでもしたら、マジで収拾がつかなくなるから。
その上、このエロエルフは前科がある。アレを勇者と密室に閉じ込めたりしたらろくなことにならないとも。
「第一、これは我々の管理問題だ。一応被害者側になるお前らには任せられないんだよ」
「まー道理は通ってるな」
「だね。ここはルーちゃんに任せるのが賢明かな」
流石に年長組は話が早くて助かる。
ただし、猫耳だけは露骨に不服そうな表情で。
「魔王……不安」
「んだとコラ」
「肝心なところでしくじりそう」
「おいマジでそういうこと言うのやめろって……」
言霊って知ってる? 何かあったらお前のせいだよ?
って駄目だ駄目だ。ここでビビってたらそれこそ失敗の種だ。既に取り返しのつかない失敗してるが、後はリカバリーしていくだけだ。
「ルーちゃん、本当に大丈夫?」
「だ、大丈夫だ! だって妾魔王だし、ダンジョン攻略なんて楽勝だし!?」
「露骨にキョドってますね」
「キョドッてねーし!?」
苦しい言い訳をしつつ、妾はダンジョンの入り口の前まで移動する。
金属質な壁の中心にある、ぼんやりと輝く円形のパネル。これに触れたら妾はダンジョン内へと移動し、勇者を連れて脱出に挑むことになる。
……本当に奴はまだ無事なのか? 妾が行って簡単に攻略できるのか? それ以前に、中はまともな攻略ができる状態なのか――
「ええい、こんなとこで時間かけたってしょうがないだろ!」
次々と湧き出る疑問を一蹴し、妾は思い切りパネルへ手のひらを叩きつけた。
手が振れた瞬間、青白い輝きが赤いそれへと変化する。
『第二の挑戦者を認証。スタート地点へ転移します』
すると不意に、無機質な声が頭の中で響き――
『「人形の遺跡Ver.2.05β」へようこそ。挑戦者の皆様の、ご健闘を祈ります』
妾の視界は、急に暗転するのだった。
◇
「――はっ!?」
ほんの一瞬だけ意識が飛んでいたらしい。
気が付くと妾は、ダンジョンの扉と似たような材質の壁で四方を囲まれた小部屋へと転移していた。
小部屋と言っても、部屋は一辺が十メートル弱の立方体状なので結構広く、床や天井を走る魔力経路が照明代わりになっているため、室内はそこそこ明るい。そして正面の壁には、ダンジョンの入口と同じようなパネルが。
どうやら、妾は何事もなくスタート地点へと移動できたようだ。最初の段階で躓かなくてよかった。
そして、もう一つの懸案事項についてもすぐに解決した。
「……魔王か?」
「おぉ勇者、ちゃんといたか」
きっと向こうからすれば、突然目の前に妾が現れた形になるだろう。
珍しく目を丸くした勇者の無事な姿を見て、柄にもなく安心してしまった。変なイレギュラーでいきなりトラップ部屋とかに飛ばされてたらシャレにならんからな。
さて、本来なら謝罪なり今後の説明なりをしなければならないところだが……そのまえに、言わなければいけないことがある。
ていうか、言わなきゃ気が済まん。
「お前なぁ、触るなって書いてあるんだから触るなよ! 反骨精神旺盛な子供か!」
「すまん。完全に興味本位で触った」
「相変わらず素直!」
「だが本当に動くとは思わなかった。正直驚いた」
「それに関しては本当にすみませんでした!」
強気な態度から一転、卑屈な態度へ瞬時に切り替わる妾。
悪いことをしたと思ったら、すぐ謝る。これ大事。
謝罪ついでに、何も呑み込めていないだろう勇者に今の状況や、外の仲間たちの様子、ここを出るための手段等をかいつまんで説明する。
説明ついでに降参できるか試してみたが、ダンジョンからの応答はなかった。テスト運用では通しで攻略することを想定していたから、その名残で降参自体を実装していなかったようだ。くそぅ。
「つまり、これからお前とこのダンジョンを攻略するのか」
「そうだよ。何だ、不服か?」
おめーもあの猫耳と同じ口か? ぉおん?
詰問するようにガンをつけてやると、勇者は訝しげに。
「……魔王なのに?」
「魔王でも攻略すんだよ! もうそうしないと出られないんだからしょうがないだろ!?」
妾だって、自分で作ったダンジョンを自分で攻略することになるなんて、微塵も思わなかったよ!
あぁもう、こんなとこで無駄に体力使っても無意味だ。クールになれ妾。
ともかく現状は共有したし、ダンジョンを攻略する必要があるという共通認識もできた。後はこのダンジョンをさっさと攻略するだけだ。
というわけで、さっそく攻略と行こうじゃないか!
「攻略するのはいいんだが、この後はどうすればいいんだ」
「ええっと、確か――」
『ようこそゴーレムパークへ!』
妾の言葉を先回りするかのように、室内に朗らかな声が鳴り響いた。
そうそう、最初の部屋でこのダンジョンの仕様について大まかな説明がされるんだ。単純に迷路を進んだりするのとは勝手が違うからな。
でもゴーレムパークってなに? ここって『人形の遺跡』だよな?
それに、案内音声はこんな感情豊かだったか。妾の記憶が正しければ、ダンジョンへ入る時と同じくらい無機質なトーンだったはずなんだが……。
『ワタシは本ダンジョンでガイドを務める、人工知能のエメスだよ。気軽にエメちゃんって呼んでね!』
「めっちゃフレンドリーだな! いやマジで知らんぞ誰だお前!? 人工知能って何!?」
「エメちゃんって名乗ってただろ。聞いてなかったのか?」
「お前はちょっと黙ってろ!」
『こらこらー喧嘩しちゃメッだぞ~。簡単に言うとー、エメちゃんはアカデミーで開発されたアイドルみたいな? ここには試験的に実装されたみたいな?』
「ちょーっと待って、一旦整理させてくれ」
喋り方がこの上なくウザいのは置いといてだ。
このエメスとやらは、どうやらアカデミーで作られた何かであり、その性能を確かめるためにダンジョンへ宿っていると。アイドルとか抜かしてるのについては無視する。
疑似的な魂とか既に理解を超えているんだが、要するに案内役として存在する妖精のようなものと考えればいいのだろうか。
急すぎる展開に頭痛がしてきたが、そんなことはお構いなしにエメスは一方的に喋り続けている。
『それでは、当ダンジョン「ゴーレムパーク」について説明するね!』
「ここは『人形の遺跡』じゃないのか?」
『そうとも言うー。でも、こっちの方が可愛くない?』
「んな理由で勝手に名前変えるな!」
『それでねー、ここでは主に三つのルールがありまーす』
野郎、無視しやがった……いや、喋り口からして女っぽいか? でも姿が見えん以上どちらとも言えない。
まあ、別にどうでもいいな。
『一つ、みんなで仲良く攻略しましょう! みんなで一緒じゃないと、先には進めないから気を付けてね?』
「一人でも脱落者が出たら、そのフロアのスタート地点まで戻されるんだったな」
この仕様上、ここは最低でも二人からの攻略になっている。一度に挑戦する人数が増えるほど、一人当たりがケアしなきゃいけない他者が増えるため、中途半端な連携だと相対的に難易度があがる仕組みだ。
『いぐざくとりー! よく知ってるね』
そりゃ管理者ですし。
ただこのエメスみたいに、妾の知らないところで変な追加要素がある可能性もある。いちいちウザいからって説明を聞き流すことはできない。
『二つ、ダンジョンはボス戦を含めて七ステージ! 内容は入ってからのお楽しみ!』
正確には、無数にある敵やギミックの組み合わせから六種がランダムで選出され、そこへ最終フロアを加えた五つの部屋を順番にクリアしていくことになる。かなり凶悪なパターンが来ることもあるので、そこは挑戦者の運次第だ。
設定された難易度が低ければ、そこまで理不尽な組み合わせはないが……。
『ちなみに難易度は極悪だよ!』
「んなことだろうと思ったよ!」
「全てが悪い方向に向かってるな」
「言うな!」
だ、大丈夫だ。ギミックの仕様は大体把握している。いわばカンペをもってテストを受けるようなもの! 何だよ楽勝じゃん!
自分にそう強く言い聞かせつつ、最後の項目に耳を傾ける。
『三つ、同じステージを連続で三回失敗すると最初からやり直し! 焦りは禁物だよ!』
「こればっかりは避けたいもんだ……クリア済みのステージも、再抽選されて全く別のものになる」
「それは嫌だな」
『ホントだよねー。こんなルール考えるなんて、発案者は相当性格悪そう!』
「……」
「……何だよ」
「お前はいい奴だと思うぞ」
「そのフォローが逆に痛いわ」
いいもん別に気にしてないもん。ちょっと性格が悪いくらいじゃなきゃ、ダンジョンメイクなんてやってけないもん。
それはそれとして、エメスはいつか泣かす。
『そして最後にもう一つ!』
「って三つじゃねえのかよ! 他にルールなんて設定してないぞ!?」
「静かにしろ魔王。重要な情報かもしれない」
「くぅぅぅ……!」
悔しいが、勇者の言っていることは正しい。
一時の感情に囚われるな。今は未知の情報に意識を傾けろ。それ以外のことは全部ここを出てからでも間に合う。
『ダンジョンを攻略してる時、どうしてもイライラすることがあると思うの……』
さっきまでの明るさが鳴りを潜め、急にシリアスな感じを演出しはじめるエメス。
攻略前からめっちゃイライラしてるがな。言ったところで取り合わないだろうし、勇者共々黙って聞いておく。
『でも、そんな時はこの言葉を思い出して――』
『ダンジョンのことは嫌いになっても、エメちゃんのことは嫌いにならないで下さい!』
……は?
もはやルールでもなんでも無いんですが。心底どうでもいいんですが。
まさか本当に終わり? 嘘だろ?
『以上で説明終わり! 正面のタッチパネルから最初のステージに移動してね! 最後の部屋で待ってるよ~♪』
エメスの声はやり切った感を醸し出しつつ、それだけ言い残してフェードアウトした。
後に残されたのは、空虚な沈黙。
勇者は何も言わない。妾も何も言わない。ただ静寂だけが部屋を満たす。
……よし。
「いくぞ勇者」
「攻略に、だよな?」
「他に何がある」
若干引き気味な勇者に先行して、妾は正面の壁へと近づく。
ここから出るためには、ダンジョンを攻略するしいかない。最初から、前へ進む以外に道はない。
だが、ここに来て新たな目的が追加された。
奴は確かに言った。最後の部屋で待っていると。
つまり、ボスなのかどうかは不明だが、最終フロアまで行けば何らかの形でエメスと相まみえる可能性があるということ。
あぁ、楽しみだ。首を洗って待っているがいい……!
「絶対に……絶対にボコボコにぶちのめして、泣いたり笑ったりできなくしてやる! ついでにここを出たら、製作者もとっちめてやるからなぁぁぁぁあああああ!!」
「……程々にしとけよ」
決意を新たに、妾は勇者を連れて『人形の遺跡』へと挑むのだった。
◇
勇者と共に壁に触れると、ダンジョンへ入ってきた時と同様、一瞬にして別の部屋へと移動した。ここが第一ステージか。
「一本道だな」
「そうだな……てことは、あれか」
道幅は、ギリギリ妾と勇者が横に並んで立てるくらいの絶妙な塩梅。それほど天井の高くない細道が、目算で五〇〇メートルほど先まで伸びている。
ざっと見た感じでは、勇者が言った通り何の変哲もない一本道である。
当然、そんなわけはないんだがな。これから何が起こるかわかっているだけに、足が重く感じる。
とはいえ、進まないわけにもいかん。
意を決して、勇者へ忠告をする。
「反対側の壁まで走るぞ。ただし全速力は出すな。相手の速度に合わせ続けるんだ」
「相手? 何だそれは」
妾が説明をしようとした、その時。
――ゴドン、と。
何か重たいものが落下する音と共に、床が僅かに振動した。
僅かに振り返ると、そこには。
「これは――」
「っ、走れ!」
スタートの遅れた勇者の腕を引っ張り、妾は駆け出した。説明した通り、全速力ではなくある程度の速度で。
同時に、背後に落下してきたそれも動き出す。
道をほぼ隙間なく占拠する、巨大な鉄球。
金属特有の鈍い輝きを放つ球体が、妾たちを追いかけるように加速し始めた。
このステージは単純明快。一本道を転がってくる鉄球から、潰されないように逃げ切れればクリアだ。
「何というか、ベタだな」
「ただの鉄球じゃない、あれはゴーレムだ」
「ゴーレムって、もっと人の形をしてるものじゃないのか」
「昔はそうだったが、今はその限りじゃないぞ」
ゴーレムと言えば巨大な人を模した形が主流とされていたが、最近では犬猫のような動物型、妾たちを押しつぶそうとしてきてる鉄球みたいな無生物型など、決まった形なんてあってないようなものである。
更に言えば、このダンジョンもゴーレムだ。部品としてのゴーレムを大量に組み合わせることで、施設としての巨大なゴーレムを形作っている。アカデミーにおけるゴーレム研究の集大成らしい。
「将来的には、従来では任せられなかった複雑な作業もゴーレムで代替できるようになるんだとさ」
「便利な世の中になるんだな。それで、全速力で走るなというのは?」
「あの鉄球はこちらの速度より、僅かに速くなるように加速する。そして減速は一切しない。ここまで言えばわかるな?」
「最初から本気で走れば即潰されるな」
「理解が早くて助かる」
本来ならば、突然降ってきた鉄球にビビって逃げ出す挑戦者への初見殺しトラップだ。
だがタネさえ分かっていれば、大したことはない。世話話をする余裕すらある。
クックック、これが知っているか否かの差というやつだ。
妾、ちゃんと貢献してる!
「よーし、このまま少しずつ速度を上げてゴールまで行くぞ。あくまで少しずつだぞ?」
「おい、魔王」
「何だよ勇者」
真剣な顔しちゃってまあ。こいつの場合はいつも通りか。
でも何でだろう。
心なしか、いつもより表情がマジなような……ていうか、妙に走りづらいような――
「この道、傾いてきてないか?」
「……んー?」
言われてみれば、確かに少し傾いているような気がする。しかも妾たちから見て、上り坂になるように。
あー成程ねー、どおりでペースの割に体力の消耗が激しいわけだ……ってぇ!?
「何だとおおおお!?」
「そういう仕掛けじゃないのか?」
「知らない! 妾こんな仕掛け知らない!」
言ってる間にも、徐々に傾斜がきつくなっていく。体感でしかなかった傾きが、段々と肉眼でも認識できるレベルに……!
ま、まずいぞこれ。今はまだ通路の四分の一あたりか? 思ったより傾斜が大きくなるスピードが速い。
今のままのペースじゃ、走るどころじゃなくなる!
「で、どうするんだ」
「全速力で走れぇぇぇぇえええ!」
もはやちんたら走っていられる状況じゃなくなり、妾たちは一気にスパートをかけた。こうなったら追いつかれるより前にゴールにたどり着くしかない。
だがそうすれば当然、鉄球の速度も上がるわけで。
「うおおおい上り坂で加速するとか卑怯だろ!? 重力様に逆らってんじゃねえ!」
「あれは破壊できないのか?」
「無理だ! 二人で同時に攻撃しても壊れないようになってる!」
ダンジョンの入口に手を触れた際、挑戦者に関する情報は戦闘能力まで含めて読み取られている。それを元に、各ギミックには力によるごり押しが効かないよう、ダンジョン内限定でしか使えない無茶苦茶な強化が施されるのだ。例のごとく、イシュトバーン様による謎魔法である。
故に、あの鉄球自体をどうこうすることは逆立ちしても無理!
「ていうか、いつまで傾き続けるんだこれ!?」
「まさか垂直になったりしないよな?」
「……そそそ、そんなまさか流石にそれは無いってあはははは!」
精一杯笑い飛ばしてはみたものの、勇者の恐ろしい推測が現実になる可能性はゼロじゃない。そうなる前に、早くゴールしなければ……!
妾たちは必死に足を動かした。たぶんこれまで生きてきた中で一番必死に走った。
だが上り坂は確実にこちらの走行を阻害する。単純な重力の負荷のみならず、足場自体がどんどん悪くなっていくのだ。鉄球との距離も少しずつ狭まってきている。
それでも気合で狭い通路を駆け抜け、ついにあと数十メートルの地点まで来た。背後からは鉄球が風を巻き込む音が聞こえてきて、その速度と距離を思い知らされる。
ゴールまであと少し。妾たちは頑張った。頑張ったとも。
でも……もうだめだ!
「本当に……本当に垂直になるやつがあるかぁぁぁぁあああ!?」
最悪の予想が、最悪の形で実現する。
通路の傾くペースは、一切緩むことがなかった。床は壁となり、ゴールの壁は天井となり。踏み込んだ足は、空を切る。
後は縦穴を落ちて、迫りくる鉄球に磨り潰されるだけ。
妾はまだいい。ハーフとはいえトゥルーヴァンパイア。一回死ぬ程度なら、大した問題もなく自力で復活できる。
勇者は普段の人外っぷりから忘れがちだが、ただのヒューマンだ。防止魔法がちゃんと機能しているかわからない今、下手すれば本当に死――
「くそっ、そんなの認めてたまるか!」
せめて妾が先に潰されれば、失敗判定で最初の地点に戻される。奴の無事を確保するにはそれしかない。
ふん捕まえて、上にぶん投げる!
「あ、あれ?」
しかし隣を並走していたはずの勇者の姿は、いつの間にか忽然と消えていた。掴もうとした手が空気を掴み、虚しく漂う。
まさか、もう既に……いや、でもそれなら失敗で戻されるはずじゃ?
不可解な事態に、混乱していたのもつかの間。
不意に伸びてきた二本の腕が、妾の体を下から掬い上げた。
「はにゃぁ!?」
「聞いたことのない悲鳴が出たな」
「ゆ、ゆゆ、勇者、おま、どこから生えて……てかこの格好は――」
「じっとしていろ」
そ、そう言われても、これ完全にお姫様抱っこじゃん。妾、魔王なのに……ってそういう問題じゃない!
何これ恥ずかしい! 恥ずかしいけど安定感半端ない! お姫様抱っこ半端ないって!
あまりの羞恥に頭の中まで沸騰しそうになるが、ふと違和感を覚える。
勇者は妾を下から受け止めたようだが、通路が九〇度傾いた今、お互いに宙を待っていたはずだ。なのに空中で姿勢を安定させているどころか、そのまま天井に向かって上昇している。こいつが飛行魔法を使えるなんて聞いたことがないし、使えたならもっと早い段階で使うだろう。
でも、だったらどうして……?
真相を確かめるべく、妾は恐る恐る視線を下へ向ける。
そして、目の当たりにした。
猛烈な速度で回転している鉄球の上で、勇者が物凄い勢いで逆走しているのを!
「嘘ぉぉぉぉぉぉぉおおおおおおお!?」
あまりに信じがたい光景に、それ以外の言葉が出てこなかった。
妾を抱えたまま上体を一切揺らさず、凄まじい回転数で壁面を転がる鉄球に食らいついている。鉄球はこちらを潰そうと、ゴール地点に向かって上昇している。
つまり、勇者は玉乗りによってこの絶望的な状況を打破したのだ。
直接見ておいて信じられん……曲芸ってレベルじゃねーぞ!? こいつ本当に人間?
「あれがゴールか」
「あ、ああ。二人で同時にタッチすればクリアだ!」
気が付けば、今となっては天井となった壁が目と鼻の先だ。まさか無事にたどり着けるとはな。
しかし、ここでまたハプニングが発生。
「両手が塞がってるんだが」
「あー……上手くタイミングを合わせて片腕を離すか?」
「いや、ここは確実にいく」
「確実って、どういう――わわっ!?」
尋ねるより早く、勇者は行動で示した。
器用に妾の体勢を調整し、片腕で抱きかかえる形に変えたのだ。舌を巻きたくなる鮮やかな手口だったが、問題はそこじゃない。
こ、これさっきよりも体が密着してる……しかも互いに向き合った状態だから、色々当てちゃってるんじゃ……主に胸とか! 胸とか!!
「お、おい勇者、この体勢は流石に――」
「何か違和感でもあったか」
「別にぃ?」
どうやら全く意識していないようだ。当たるほどねーってか、ケッ!
頭に上っていた血が、急激に降りていく気分だった。
「そろそろだ。手を挙げておけ」
「言われなくても!」
勇者の腕の中で、妾は思い切り真上に手を突き上げる。勇者もその高さに合わせ、空いている方の手を掲げ。
……これ、このまま激突して死んだりしないよな?
少しだけ嫌な予感はしたが、流石にそこまで悪辣ではなかったらしい。
二人の手が同時に壁に触れた途端、視界が暗転し。
『第一ステージクリア! おめでとー! この調子でどんどんいっちゃおー☆』
あのウザったいエメ畜生の声が聞こえたかと思えば、妾たちはまた別の部屋へと移動していたのだった。
先の一本道とは違い、どちらかと言えば最初の部屋に近い広めの部屋。特にこれと言ったオブジェクトは設置されていない。
ステージとステージの合間に用意されたセーフゾーンだ。ここまで来れば、ひとまず安全と言える。
「……はぁぁぁぁぁぁぁ」
気が抜けると同時にドッと疲労感が湧き、妾は思わずその場で膝をついた。
信じられるか? まだ一ステージ目なんだぜこれ。
「これが……これが後、ボス戦まで三回も……」
「大丈夫か」
「……」
返事をする余裕もなく、ただ項垂れる。
口にはしないが、正直言って心が折れそうだった。
これでも妾は、勇者を助けようと意気込んでここに来たのだ。ダンジョンの仕様について把握しているのだから、そう苦戦もしないだろうと。
だが蓋を開けてみれば、想定外の連続。知識は裏目に出るし、救助対象である勇者に窮地を救われる始末。冷静になってみれば、身体強化を使ったりとか、追い風を起こして加速するとか、色々やりようはあったじゃないか。
これが情けないと言わず何と言えばいい?
穴があったら埋まりたい気分だ……。
「俺は、お前が来てくれてうれしかった」
「何だよ。同情ならいらないからな」
そっけなく返すも、勇者は構わず続ける。
「一人でここに来てしまった時は、どうしたらいいかわからなくてただ困惑してた。お前が突然現れた時は驚いたが、同時に安心した」
「……」
「お前の知識は頼りにしている。対応し切れなければ俺がカバーする。だから……そんな泣きそうな顔して、一人で抱え込む必要はない」
「っ……あーもう、こっち見んな!」
不覚にもこみ上げそうになったものを誤魔化すべく、乱暴に目元を袖で拭いながら立ち上がった。
相変わらずデリカシーのない奴め。こういうのは黙って見過ごすのがセオリーだろ。
……でも、心は幾分か軽くなった気がした。
そうだよ、妾一人が責任感じる必要なんてないじゃん。この場にいる以上、勇者にも全力で働いてもらえばいいんじゃん。
こんなことで弱気になっていたとは。全く、精神的に参るとろくなことを考えない。
いくらダンジョンが理不尽だろうと、こっちには理不尽の権化がいるんだ。理不尽には理不尽ぶつけんだよ。
よし、立ち直った!
「大丈夫か」
「あぁ……あと、泣いてないからな!」
「わかってる」
「本当だろうな? 妾の目を見て言ってみろ」
「……目が赤いが、まさか本当に――」
「やっぱ見んな!!」
これ以上ボロを出す前に、さっさと進んでしまおう。
休憩もそこそこに、妾たちは次のステージへと繋がるパネルの方へと歩を進めた。
◇
『魔王……』
『や、やめろ勇者。今はダンジョン攻略中だぞ……』
壁際まで追い詰められてなお、拒絶の言葉は弱々しく。掴まれた腕を振り解こうにも力が入らない。触れられた肌が火傷しそうな程に熱を帯び、それどころではなかった。
まるで酷い熱病に罹ったような気分だった。それでいて不快感はなく、むしろ幸福とさえ感じてしまう。思考能力が低下し、これからされてしまうことへの期待感だけが募る。自分が自分でなくなっていくようだ。
『体は正直なようだな』
『違う! 妾は、こんな』
『そうは言っても、さっきから全く抵抗していないぞ』
『そ、それは……』
言われたことを否定できず、せめてもの意志表明として顔を背ける。そんなことに意味があるとは思えなかったが、魔王としての最後のプライドが、ただ大人しく食われることを是としなかった。
しかし、彼はそれすら許してくれない。
『逃がさない』
『ぁっ……』
そっと顎に添えられた指に引かれ、再び視線が交わる。吸い込まれそうな黒の瞳に正面から射抜かれた途端、全身に甘い痺れが走った。力が抜け、崩れ落ちかけた身体を逞しい腕が支え、床に優しく横たえる。
嗚呼、もう駄目だ。こうして組み敷かれてしまった今になっても、抗う気力が湧いてこない。肉体は既に全てを受け入れようとしている。なけなしの反骨精神も、見つめられた瞬間には脆く崩れ去っていた。
互いの吐息が相手の前髪を揺らすほどの距離で、彼は囁く。
『お前が欲しい……ルシエル』
『アレク……』
名前を呼び合ったことで、掻き立てられた衝動。
愛おしさに駆られるまま、二人の距離は縮まっていき――
「ウルスラちゃん、何書いてるのー?」
「お兄様と魔王さんのカップリング小説です。きっと中ではこうなってます!」
「もしそうだとしたら、最初の段階で失神確定ですね。それと、脱稿したら是非写本を」
ウルスラが手帳の上で鼻息荒く筆を走らせているのを、ネリムとミルドが横から覗き込んでいた。チットは木陰に入って黙々と尻尾の毛づくろいをしており、クラリスの姿は見当たらない。近くで散歩でもしてるのだろう。
そしてディータは、道具類のメンテナンスに勤しんでいる。今やる必要はないのだが、他にやることもなく暇を持て余していたからだ。
このパーティーは馬車のような移動手段を持たないし、積極的に利用しようともしない。基本徒歩での移動になるので、必然的に野宿の頻度も増える。人数が人数なので野営の道具も多くなり、その殆どは一番旅慣れしているディータが管理していた。
鉄製の道具に薄く油を塗布したり、テント用の布にほつれや穴が無いかを細かく確認したりしてるさ中。
「――っ!」
思考するより早く、本能に従って体が動いていた。
直前まで修繕用の針を持っていた右手が閃き、左肩の上辺りを掴み取る。
「うわっ」
すると確かな手ごたえと共に、驚愕の声が上がった。
振り返ってみると、そこには先ほどまで姿を消していたはずのクラリスが、肩を叩こうとした手を掴まれた状態で固まっていた。
初めて見たかもしれない彼女が素で驚いている様に、思わず笑みがこぼれる。
「やっとこさ一杯食わせてやれたぜ」
「いやー、ホントに驚いちゃった。まさかバレるなんて……ディータって獣か何か?」
「失礼だなおい。ま、修行の成果ってやつだ」
とは言ってみたものの、ディータは同じことをもう一度やれと言われて、再現する自信はなかった。
わざわざ口にはしないが、今クラリスを捉えることができたのは、彼女の気配遮断にほんの僅かな乱れがあったからだ。常人には決して捉えられない綻びを逃さなかったのは、正しくディータの研鑽の賜物である。
かと言って、偶然の勝利を手放しに喜ぶような性格はしていない。
あくまでディータの目標は、クラリスの完璧な隠形を真っ向から打ち破ることにあるのだから。
「んで、何の用だ?」
「ちょっとしたお茶目と、ついでに何してるのかなーって」
「見ての通りだよ」
ディータは掴んでいた細腕を解放しつつ、目下の地面に広げた道具類を指差す。それだけでクラリスは理解を示した。
「道具の整備かぁ。ディータって、意外と器用だよね。普段は忘れがちだけど、こういう時はドワーフなんだなって感じる」
「アタシの住んでた村じゃ、ガキはみんな鍛冶場か工場で下働きだからな」
ままごと代わりに燃え盛る炉の前で鎚を振り、本物の花よりも彫金された花模様を見る機会の方が多かった。
何とも鉄臭く暑苦しい少女時代だったが、昔はそれが普通だと思ってたし、培った技術は今もこうして役に立っているのだから問題ない。
「途中から武術への興味が勝って、鍛冶に関しちゃ中途半端な腕に落ち着いたが」
「あはは、それでも下手なヒューマンの鍛冶師より断然腕はいいじゃん。うーん、それにしても」
ザっと周囲を見渡したクラリスは、軽く首を傾げながら一言。
「自分で言うのもなんだけど、緊張感皆無だね私たち」
「まー、あっちに比べたらな」
クラリスの言葉を受け、ディータはここから少し離れた場所を一瞥する。
ダンジョンの入り口前には、ルシエルが来るともれなくついてくる三人のうち、ミルドを除く二人が佇んでいる。
漏れ聞いてくる会話の内容からして、どうやらダンジョンの製作に関わったアカデミーの人間に連絡を取っているようだ。外側から何とかして干渉しようと、手段を模索しているらしい……が。
「申し訳ないのですが、もう一度説明して頂けますかな? えー、施設側面の補助管理室へ移動し……サブコンソールを起動? 緊急介入プログラムの実行? ちょ、ちょっとお待ちになって下され――」
「全然わかってないじゃないでありますか……いい加減小官が代わるであります!」
「ま、待て、もう一度最初から聞けば今度こそ理解できるはず」
「また最初から聞いてたら日が暮れるでありますよ! もうおじいちゃんなんだから無理しないで欲しいであります!」
「おじいちゃんだと!? 儂はまだまだ現役じゃ!」
「言ってる場合でありますか!?」
「……あまり芳しくないみたいだね」
「どころか、全然進展してねえなありゃ」
よほど焦っているのか、いつもなら理性的なジラルとガリアンがしょうもない言い合いにまで発展している。ミルドは相変わらずブレないというか、いつも通りだが。
「何だかんだ言って、過保護だからねーあの人たち。それだけ慕われてるってことなんだろうけど」
「ちみっ子もアレクも、そう簡単にやられるようなタマじゃないだろ。余計な心配するだけ無駄だっての」
「あら素っ気ない。私たちのパーティーって意外とドライ?」
「白々しいぞクラリス。てか、お前も気づいてんだろ」
「ん、何に?」
「あいつらが本気を出したら、ここにいる誰よりも強えってことだよ」
仏頂面になるのを抑えきれず、ディータは半ば不貞腐れたように言う。
ディータには相手の実力や、潜在能力を見抜く才能がある。スキルとは違う、一種の直感のようなものだ。
そしてその直感は、こう断じた。
あの二人は、自分よりも遥かに格上であると。
「ちみっ子の力は眠ってるみてえだし、アレクの奴も普段は手ぇ抜いてやがる。敢えて理由を聞こうとは思わねえけど」
秘密の一つや二つくらい、誰にだってあるだろう。わざわざ隠していることを無理に聞き出そうとしたって、互いにいいことはない。
「ディータって、意外とそういう気遣いできるよね」
「さっきから意外って言いすぎだろお前……つーかんなこと、アタシ以外の奴らも気づいてるっての」
「褒めてるんだってば。じゃあこれもある意味、信頼の形ってことだね」
あくまで己のペースを乱さない仲間たちの姿に、クラリスは楽しそうに笑っていた。
「でもそうなると、益々アレクがわからないなぁ。彼って、勇者である以前にヒューマンだよね?」
「本人はそう言ってるぜ。だがあいつ、明らかに見た目以上のパワーあんだよな……狼男に腕相撲で勝てねえだろふつー」
アレクという男と出会ったあの一件から、ディータは違和感を感じていた。
どれだけヒューマンが鍛えたところで、純然たる種族の差を覆すのは不可能だ。腕力だけで岩石を砕くとされるライカンスロープ相手など、以ての外である。ヴァンパイアのルシエルに対しても勝利を収めていたが、あれは相手の自爆なのでノーカン。
小細工なしのあの大会で、純粋な筋力でガリアンに勝利したアレクが異常なのだ。
だとすると、スキルや魔法以外で彼を怪物たらしめる要因が存在しているはず。ディータの知識には、それに該当するものが一つだけあった。
即ち――神の加護である。
「勇者は女神から加護を貰うらしいが、そんなに凄えもんなのかね」
「うーん。もしそんな強力な加護だったら、昔の勇者たちはみんな魔王に勝てたんじゃないかな」
「その心は?」
「素の能力がかなり優れてたってこと。ただの村人とは比較にならないくらいにね」
言われてみれば確かに、とディータは納得する。
うろ覚えではあるが、アレクよりも前に勇者を務めた者たちは、一国の王であったり稀代の天才、またはそれに比肩しうる才能の持ち主ばかりだ。にもかかわらず、これまで行われた外交において魔王側の黒星は僅か二つである。
もしただの人間を人外に変える加護を彼らが受け取っていたら、結果は拮抗するか、より勇者サイドに傾いたものになっていただろう。
だが、この推論はそもそもの前提が成り立っていないような気もする。
もしアレクが、先代勇者と同じく何らかの才能の持ち主だとしたら?
「あいつ、勇者になる前から頻繁に旧大陸の森に入ってたらしいじゃねえか。普通の人間にこんなことできるか?」
「ちょっと信じがたいよねぇ。いくら一番浅いところと言っても、王国の正規兵だって生きて帰れるかわからないとこだよ。でも嘘をついてるとも思えないし」
「じゃあ何か? あいつは勇者になる前から、何かしらの加護を持ってたってことか」
「考えにくいなぁ。加護って普通、神への敬虔な信徒が稀に授かるものだし……アレクが女神様の敬虔な信徒に見える?」
「全く見えねーな」
「だよねぇ」
事情があったとはいえ、女神の呼び声を一〇日にわたり無視して地元に居座った男。もし彼が教会に属する信徒だったら即破門だ。
しかしそうなってしまうと、本格的に「アレク≠ヒューマンじゃない説」が有力になってくるが。
「あっ、可能性としてはかなり低いけど、信徒じゃなくても加護を授かる方法はあるよ」
「何だって?」
思い出したかのような言葉に、ディータは耳を傾ける。
するとクラリスは、何やら意味深な笑みを浮かべながら端的に告げた。
「遺伝。親の持っていた加護が、子供に伝わることが稀にあるんだって」
「おいおい……加護って、んな癖っ毛みてーに移るもんなのか?」
「あはは。まあ何度も言ってるけど、滅多にないみたいだよ。アレクのお父さんも底が見えなかったし、もしかしたらあの人の加護がアレクに遺伝したのかもね」
「あのおっさんも信心深そうには見えなかったがなぁ……ま、別にどうでもいいか!」
考えるのが面倒になったディータは、考えるのをやめた。
考えること自体は嫌いじゃないが、それに振り回されるのはごめんだ。どこまで推測を並べたって、所詮推測でしかないのだから。
「えー、散々考えたのにそれ? ある意味ディータらしいと思うけど」
「別にあいつが何もんだろーと、今更付き合い方を変えるつもりねえ。仲間ってのは、そういうもんだろ?」
「……それもそうだね」
随分と些末なことで頭を使ったもんだ、と苦笑しつつディータは道具の整備に戻る。アレクたちはまだ戻ってこなさそうだし、時間は有り余っている。話が終わったからか、クラリスの興味の対象はウルスラたちの方へと向いたらしい。
遠のいていく少女の背中を見送りながら、誰にも聞かせる気のない声量でポツリと。
「アレクと言いお前と言い、隠し事の多い奴らめ……ハハッ、まだまだ楽しめそうだな」
未だ見ぬ強大な力に思いを馳せつつ、再び針と糸を手に取るのだった。




