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勇者がこない! 新米魔王、受難の日々  作者: 七夜
ダンジョン攻略は無計画的に
22/30

20 海魔サマービーチサイド (1)

何とか水着回が夏に間に合ったぞ(白目)

最近色々手を出し過ぎて執筆時間が……まさに無計画

 時の流れと言うのは結構早く感じるものだ。

 魔王として即位したのが春先辺りだったというのに、気づけばもう春の末。ポカポカとした陽気は、少しずつ肌を焼くような熱気へと変わりつつあった。

 年を取ると時間が経つのが早く感じるようになるとはよく言ったものだが、妾の場合は短期間で色々ありすぎたせいだと思うんだよな。

 勇者が関わったことで穏やかな時間が流れたことは一度だってなかったし、そうじゃなくてもただ魔王城にいるだけで問題は発生するし……。

 あれ?

 もしかして妾って、魔王になってから一度も平穏無事に過ごせてないのか?

 うわ凹むわー。いくら忍耐強い妾でもこの事実にはガン萎えするわー。

 過酷な現実を前にもう何もかも投げ出したくなったが、一国の王と言う立場をそう簡単に返上するわけにもいかない。ていうかそんなつもりはサラサラない。

 だがせめて!

 せめて一日くらいは王としての責務なんて忘れて、年相応の少女として遊び呆けたっていいんじゃないだろうか?

 所謂ガス抜きというやつだ。

 そうだな、ちょっと早いけど海とかいいかもしれない。白い砂浜にパラソルを立てて、日陰の下で涼みながらどこまでも続く水平線を眺めるのだ。お供にドリンクがあればなお良し。あんまり自信はないけど、少しくらい泳いでみるのも楽しいか。

 あー、想像しただけで優雅! 今すぐにでも海に行きたい気分だ。

 ただし、現実は非常である。

 女神から明日には勇者たちが、次なるダンジョンへと到着するという一報が来てしまってな。気持ちが海に傾いていたせいか、正直言って見に行くのが非常に億劫である。

 就任直後の妾なら喜び勇んでいただろうにな。やれやれ、我ながら現金なものだ。

 とは言え行かないわけにもいくまい。

 ただでさえ奴らの強さは化け物じみているのだ。その戦いぶりから、少しでも攻略の糸口を探らなければ――ってこれじゃまるで立場が逆じゃないか! 攻略されるのは妾の方だろ!? ラスボス的な意味で!

 ……まあいい。どちらにせよ、情報が足りてないのは認めなければならん。未来の勝利のためであれば、泥臭い情報収集だろうとやってやるとも。

「で、件のダンジョンってどこだっけ?」

「『海魔の神殿』です」

「当てつけか!? 確かに海には行きたかったけど、仕事で行きたいんじゃないんだよ!」

 勇者共め。まさかわざと攻略先を選んでるんじゃなかろうな。

 いや、流石に疑りすぎか。あいつら割と鬼畜なところはあるけど、そこまで陰湿な嫌がらせはしないだろ。たぶん。

 あんまりミルドに当たっても仕方がない。ガリアンも無事に外出できる体になったわけだし、今回も四人揃ってダンジョンマスターを訪問するとしよう。

 激励ついでに、いつも通りの忠告もしなければならないだろうしな。


 ◇


 ダンジョン『海魔の神殿』。

 新大陸の中央から数十キロ北上した場所に位置しており、その名が指し示している通り、海底に沈んだ神殿を攻略する形式のダンジョンである。

 内陸部なのに海はおかしいだろと思うのは早計だ。王室特別顧問ことイシュトバーン様のコネによってつぎ込まれた謎の魔法技術により、拡張された空間の中には広大な海と広い砂浜。更には疑似的な太陽まで再現されている。

 神殿は海の底であり、挑戦者はまずそこへ辿り着く必要があるのだが、この時点で躓く者が多い。水深一〇〇メートル以上の領域は、陸地の生き物にとっては致命的な環境だ。挑戦者が水中に適応した種族でなければ、水中での呼吸や身体を保護する魔法が使える者がいない時点で詰みである。

 そして肝心の神殿も当たり前のように水没してるし、ダンジョン内には当然の権利であるかのように海棲のモンスターがわんさか。極めつけにボスは『大洋の悪魔』の異名を持つ、クラーケンのヴォルテクス。無数の触手による変則的な攻撃と強力な水属性魔法のコンボは、数多の挑戦者を苦しめてきた。

 一時期はクソダンジョン入りも騒がれたが、既にノミネートされてるそれらと比べて水中対策さえすれば攻略は不可能ではなく、ダンジョンマスターも普通に真っ向勝負を仕掛けてくる。

 総じて「悪意が足りない」という理由からクソ呼ばわりは避けられたものの、難易度自体は真っ当に高い。

『海魔の神殿』はそんな、玄人向けのダンジョンであったのだが――



「――で、ダンジョンマスターが風邪ひいて臨時休業中と」

「面目次第もありません……」


 神殿の最深部を訪れた妾たちが見たのは、ぐったりと寝込んだまま側近であるマーメイドやマーマンたちに看病されているヴォルテクスの姿だった。

 図体がデカいもんだから、一口に世話をするといっても大仕事だな。

「イカって風邪引くんですね」

「最近水温の高い日が続いてたので、ついダンジョンの機能で発生させた寒流を止めないまま寝てしまって」

「不健康でありますなぁ。そこはちゃんと寝る前か、寝てる最中に切れるようにしとかないと」

「深く反省しております……」

 寝転がったままではあるが、ヴォルテクスは深く頭を下げるような仕草をする。

 それにしても凄い鼻声だな。見た感じ鼻はないけど。

 たかが風邪でとは思いもしたが、思いの外症状は重いのかもしれない。

 ここで病人に鞭を打つのは流石に気が引けるな。クリーンでアットホームな就労環境の形成は、ザハトラークの国策でもあるし。

「まあ、無理はするな。無駄に長引かせると面倒だし、今日はゆっくり休んでしっかり治すんだぞ」

「ありがとうございます魔王様」

「……あれ、でも勇者たちはここに来てるんだよな」

「昼頃からいらっしゃってますね」

 ふむ、女神からの情報に行き違いはなさそうだ。

 でもだとすると、何でまだここにいるんだろう。ダンジョンが休業中なら、少なくとも今日はここに残っていたって何の意味もないはずだが。

「そこんとこ、どうなってるんだ?」

「あぁ、それはですね」


「勇者殿ご一行向けに上のビーチ部分を海水浴場として開放しました。少しシーズンには早いですが、本日限定で」


 ◇


「なぁーに妾を差し置いて海満喫しとるかぁぁぁあああ!?」

「いきなり出てきたかと思えば、急にどうした」


 地上部へ戻った妾たちが、臨時開業している海の家へ足を運ぶと、そこには水着姿でかき氷をかきこむ勇者たちの姿が。

 相変わらず適応早えーなおい! 少しは戸惑え!

「ちゃっかり水着まで用意してるし……幾らなんでも準備良すぎだろ」

「水着はさっきそこの売店で買った」

「至れり尽くせりか!」

 まあ、かき氷食ってる時点で色々察したけどな。

 ていうか食べ物だけならまだしも、水着まで売ってるのかよこの海の家。普通こういうのって、海に来る前に用意するもんじゃないのか。

 疑問に思っていると、店の奥から現れたセイレーンの店員がにこやかに解説してくる。

「初めは泳ぐつもりがなくても、いざ海に来てみると泳ぎたくなるという方は割といらっしゃるんですよ」

「へぇ、そんなもんなのか」

「魔王様も一着いかがです? 当店では旧時代の全身着用式から、セントリア発祥の新型水着まで数多くの商品を取り扱っていますが」

「商魂逞しいな! お前も適応力強者か!」

 自国の君主に対する、一切の躊躇もない売り込み。商売人の鑑かな。嫌いじゃないよそういうの。

 しかし、水着か。うーむ。

「何をお悩みになられているのですかな?」

「いや、最後に水着着たのいつだったかなぁと」

 確か家族で海に行ったのはまだ一〇にもなってない頃だったような。流石にあの頃から妾も随分成長したし……成長してるからな。少なくとも背丈はちゃんと伸びてるから。

 だから昔着てた水着なんて、持ちだしたところで着れないんだよ。そもそもデザインも今の流行からすれば古いし、こいつらの前で着るわけには……ん?

 何か、ナチュラルに海で泳いでいく感じの思考になってるな。

 ……いやいやいや。いくらなんでも、フツーに海満喫してる勇者どもがうらやましいとか思ってないし。大体妾がここに来たのは敵情偵察および配下への激励が目的であって、海で遊ぶとか言語同断なわけで――

「それで、ルシエル様はこのスリングショットでよろしいですね?」

「よろしくないわ! つーか何勝手に水着選んでるんだよ!」

「色々と言い訳しつつどうせ遊んでいく流れになるので、無駄な時間は省こうかと」

「何でそんなこと言うの!?」

 確かにいつもそんな感じだけどさ、そこまでハッキリ言われたら傷つわ。

 あーもう駄目だ。ミルドの何気ない発言によって、ただでさえ低かった妾の仕事に対するモチベーションが死に絶えた。

 フン、いいだろう。そこまで言うなら遊んで行ってやろうじゃないか。

 度重なる不条理を経験し、妾は開き直ることを覚えたのだ。いつまでも翻弄されるばかりだと思うなよ!

 んで、それはそれとして。

「その水着は却下だから」

「えー」

「えーじゃないよ誰がそんな紐着るか! せめて布持ってこい布!」

 ミルドが持ってきた、もはや衣類と認めるのも業腹な水着は問答無用で却下である。

 隠れてればいいって問題じゃないだろ全く。誰が着るんだあんなもの……。

「魔王ちゃん、ネリムとお揃いにしよー」

「ふむ、セパレートか」

 意味わかんないくらい名残惜しそうに水着を戻しに行ったミルドと入れ替わって、ネリムがアピールしてくる。

 露出はそれなりだが下品に感じる程ではなく、それでいて女性としての魅力も引き出すバランスタイプ。選択肢としては無難かもしれない。

 しかしネリムとお揃いか……主に胸囲差のコンプレックスで死にたくなりそうだ。

 ここは一先ず、他の女性陣の水着も参考にしてみる。

「ウルスラはワンピースなんだな」

「これでお兄様を悩殺して人気のない岩陰コースです!」

「そういう意志表明は、せめて本人がいないところでしてくれない?」

 発言はともかくとして、子供らしいあどけなさを残すウルスラにワンピース型の水着はよく似合っている。浜辺の妖精といった感じだ。

 でもなー、妾にはちょっと子供っぽすぎるかな。もう少し大人っぽさが欲しい。

 え、妾の何処が大人っぽいって?

 ハハッ、余計なこと言ってるとシーサーペントの餌にするぞ。幸いここは海だからな。

「クラリスはビキニか。意外と大胆だな」

「そう? 結構大人しめのを選んだつもりなんだけどね」

 とは言いつつも、スタイルのいいクラリスのビキニ姿は充分に煽情的だ。パンツやブラの紐なんて、引っ張れば容易に解けてしまいそうで実に危うい。けしからん。

 流石の妾も、自分にビキニが似合うなどとうぬぼれてはいないとも。過ぎたる自信は身を滅ぼすからな。これも割と最近学んだ。

 で、残る二人はと言えば。

「ディータのは何だ?」

「確か、競泳用だったか。普通の水着よりも速く泳げるらしいぜ」

 ディータの着ているものは、どちらかと言えば古い水着に特有の布面積が多いものだった。ただしボディラインに沿うようにぴっちりとしていて、素材も何だか布っぽい感じがしない。

 着るだけで泳ぐのが速くなるというけど、それって本当なのか? 確かに抵抗は少なそうに見えるが。

 機能性を重視するあまり、やはりデザインが無骨というか可愛くない。折角新調するなら、少しはこだわりたいものだ。

「チットのそれは……」

「旧式学生用水着。アカデミー正式採用モデル、らしい」

 淡々と自分が身に着けている水着について述べる猫耳。

 形状はウルスラのワンピース型に近いが、あれと違って殆ど飾り気はなく布地は紺色一色。よく見るとへその下あたりの布は捲れるようになってるようだ。一体何のために?

 あと何故かわからないけど、チットに不気味なほど似合っている。見た目はこの上なく地味なのに、中々どうして。

 素材がいいから? それとも、水着の方に何かあったりするのだろうか。


 ◇


「あのー、師匠。流石にこの年で学生の水着を着るのは恥ずかしいですよ」

「うむ、やはり旧スクは素晴らしいな。子供が着てこそだと思っていたが、年不相応にそれを着用し、羞恥に染まる二〇代というのもまたいい」

「うぅ、愛が歪んでる……そもそも、このお腹のとこにある穴って何なんですか? いかがわしー気配を感じるんですけど」

「いかがわしいとは失礼な。それは水抜きと言って、遊泳中に水から受ける抵抗を減らすための工夫なのだよ」

「そ、そうなんですか。何だ、ちゃんとした理由があったんですね」

「無論だとも。まあ、布地自体の改善によってとうの昔に必要なくなった物だがな。フェチズムがそそられるから敢えて付けたままにしている」

「やっぱりいかがわしー目的じゃないですかーやだー!!」


 ◇


 さて。一通り女性陣の水着を見てみたわけだが、どうしたものか。

 学生って年でもないからスクール水着は若干抵抗があるし、別に速く泳ぐ気もないので競泳水着も選択肢からは外れる。

 無難に行くならセパレートかワンピースだ。しかし妾に自覚がないだけで、もしかしたらビキニも似合うかもしれない。

 うーむ、悩める!

「優柔不断なルシエル様」

「頭に余計なもん付けんでいい。何だミルド」

「そこまで悩むのであれば、いっそ選んでもらえばいいのでは?」

「誰にだよ。言っておくが、お前に任せる気はないぞ」

「いえ、もっと適任が」

 ミルドはそう言って指をさす。

 その先にいたのは――


「俺が選んでいいのか?」

「ええ、ズバッと決めて差し上げてください」

「っておいおいおい!」

 何勝手に勇者に選ばせようとしてんのこの人!?

「変な水着を選んで幻滅されるくらいなら、最初から勇者様に選んでいただけばよいのではないかと」

「だから何で妾が勇者の評価を気にしなきゃならんのだ!?」

「むしろ他に気にすることがあるとでも?」

「そ、それは……」

 確かに家族同然のジラルとガリアンを除けば、ここにいるまともな異性は勇者以外にいない。そもそもあいつら、妾が何着たって当たり障りのない感想しか言わないだろうし。

 その点、勇者なら思ったことをバカ正直に告げるだろうな。こいつは人が気にしてることでも平気で指摘してくるふてー野郎だ。

 ゆえにミルドの提案はもっともであると言わざるを得ない……得ないが、腑に落ちん!

「それで、結局俺でいいのか」

「はい。一番いいのを頼みます」

「え、ちょ、おい!」

 言い淀んでいるのをいいことに、ミルドはさっさと勇者を店の方へ送り出してしまったではないか。おのれ卑怯な!

 ふ、ふん。まあ勝手に選ぶがいいさ。

 あいつがどんな水着を持ってこようが、着るかどうかの最終的な決定権は妾にある。気に入らなかったら容赦なくお断りしてしまえばいい。

 奴のことだし、どうせミルドと同じで趣味全開だろう。妾の勝利は約束されたようなものだな!

 五分ほどすると、勇者は戻ってきた。

「すまん、待たせた」

「そんなに待ってはいないが……それで、水着は?」

「これだ」

 勇者は手に持っていた水着を広げ、良く見えるようにして差し出してくる。

 それはネリムが着ているものと同じようなセパレートタイプだった。黒を基調としたカラーリングの布地には子供っぽく見えない絶妙な加減で装飾があしらわれており、所々の青いリボンがアクセントとしてよく機能している。

 見た瞬間に、妾は自然とそれを着ている自分の姿を想像し、納得してしまった。

 この水着は、これ以上ない程にしっくりきてしまうと。

「お、おいこれ……」

「黒い水着が金髪に映えると思った。リボンは瞳の色に合わせてある。あまり露出が高いものは好まないだろうが、一応成人しているし大人らしさを出すためにも敢えて飾り気は抑えめにして――」

「わーわーわー!!」

 いきなり何を言い出すんだこいつは!?

 よ、よくもまあ真顔で恥ずかしげもなく……羞恥心とかないのか。

 建前を使うような奴じゃないとわかってるだけに、誤解しようがないから質が悪い。

 まさかここまで熱心に選んでくるとは、この妾をもってしても!

 ていうかめっちゃ断り辛いんですけど。完全に拒否る気満々だったのに、予想外に良いものを持って来られて逆に反応に困ってるんですけど。

 こんな時、どうすればいいかわからないの……。

「着ればいいと思いますよ」

「……うん、そうする」

 是非も無し。

 こうして妾の水着は決められてしまったとさ。

 あぁ、恥ずかしかった。



「ば、馬鹿な……」

 妾は呆然と立ち尽くしていた。

 目の前で起きていることが信じられない。何度自分の頬をつねっても夢から覚めるなんてことはなく、これが現実であることは自明であるのに。

 でも、そんな、やっぱりあり得ない――


「ミルドがメイド服以外の服を着ているだと……!?」


 妾を水着に着替えさせてからも中々更衣室から戻ってこないと思ったら、まさか自分も着替えていたとは。

 驚天動地だ。

 実は、メイド服を着ていないミルドを見たことは今まで一度もなかった。生まれて間もない頃から一緒にいるのに、我ながら驚きである。

 それぐらい徹底されてきたメイド姿だったのに、こんな所で別衣装が解禁されるなんて誰が予想できただろうか。

「そこの所どうなんですかミルドさん」

「どうと言われても、メイド服で海に入るのは流石にどうかと」

「こういう時だけまともなことを言うんじゃないよ」

「まるで普段はまともじゃないみたいじゃないですか」

「よくわかってるじゃないか」

 何て不毛なやり取りをしている間も、妾の視線は世にも珍しい水着バージョンのミルドに釘付けだ。

 一応メイド服を意識しているのか、ミルドが着ているのは縁の白いフリルが特徴的な黒のビキニだった。

 いつもは肌を晒さないメイド服を着ているせいでわかり辛いけど、こうして見るといい体してるようなぁ畜生め。

「ルシエル様、あまりエロ親父のような目で見るのはやめてください」

「誰がエロ親父か。そもそも、その水着いつ用意したんだよ」

「メイドたるもの、常に水着は持ち歩いているものです」

「そんなメイドはお前しかいねえよ!」

 と、いかんいかん。こんな所で口論をしていては時間が勿体ない。

 今日のは海を満喫しに来たのだ。

 波打ち際の魔王とは妾のこと……ふふっ、何かカッコいいな。

「ジラル様たちはどちらに?」

「ジラルとガリアンなら向こうにいるぞ」

 二人とも男性と言うだけあって着替えるのは早く、妾が着替えから戻ってくるのを待ってから一足先に日向の方へ移動していた。

 今は砂の上に敷かれたシートに二人して寝そべり、ジッと動かないままでいる。

「あれは何をしているのでしょう」

「久々に焼いてるらしいぞ」

「意味はあるのですか?」

「……さぁ」

 片や、元から肌が黒めのダークエルフ。

 片や、全身毛で覆われたライカンスロープ。

 どちらも日焼けしたところで大して変わらないというか、そもそも日焼けと言う概念が存在するのかが怪しいというか。

 まあ、当人たちが楽しそうならそれでいいか。こういう機会は希少なのだし、久々に羽を伸ばしてもらおう。

「勇者様たちは?」

「各々好き勝手に遊んでるみたいだぞ」

「混ざって来ればよかったのでは?」

「うーん、そうは言ってもなぁ」

 単純にあいつらのとこへ「妾も混ぜてー」と頼みに行くのが既に抵抗マックスなのもあるけど。

 それ以前に、あれらに混ざること自体が……ね。

 例えば、あっちの浜辺ではネリムとウルスラが楽しそうに砂遊びをしている。

 義理とは言え姉妹仲睦まじく、子供らしく遊ぶ姿はとても微笑ましい。

「うわー、凄いリアルな生首ですね。流石お姉様!」

「ウルスラちゃんのも凄いねー。よくわからないけど、完成度高そう!」

 完成品がことごとくおぞましい代物じゃなければな!

 普通お城とか作るんじゃないのかああいうのって。妾間違ってるか!?

 図らずも、勇者宅にある漬物石が本当に彫刻だったんだと納得しちまったよ……塊からちゃんと削り出してたんだな。

 ウルスラの作ってるものに至っては、よくわからん。

 遠目じゃよくわからないが、大砲か何かか?

「チットちゃんは、素潜りでしょうか」

「ただ潜ってるだけじゃないっぽいぞ」

 猫耳は水深の深めな所で浮き輪に掴まって、ぷかぷかと浮いている。呼吸用の管らしきものがついたゴーグルを身に着け、水中を覗き込んでいるようだ。

 そして唐突に、最小限の動きで全身を水の中へと沈めた。その身のこなしは鮮やかで、水面も殆ど波立っていない。

 しばらくして再び浮上した奴の手には……魚。

「海でも狩りかよ」

「泳ぎも上手なんですね」

「海の中にいる魚を捕まえられるって、上手なんてレベルじゃないぞ」

 一般的に獣人は水に浮かない種族と言われてるのに、そんなの知ったことかとばかりにチットは次々と潜行しては、素手で捕獲した獲物を浮き輪の穴へと放り込んでいく。どうやらそこに網が付いているらしい。

 たぶん後で食べるんだろうな。あいつの性格的に単に捕まえるだけとは思えん。

「では、沖の方でたまに水柱が立ってるのは」

「あいつだろうなぁ」

 チットが潜っている所から更に遠くで、定期的に水面が爆発していた。

 誰かが爆薬でも放り込んでるのかと見紛う光景だが、それらしき存在は見当たらない。ならば水中で何かが起きていると考えるのが自然だろう。

 そう言えば、妾がここへ戻ってくるのとほぼ同じタイミングで海へと入っていくディータを目撃したんだった。

 傍から見たら完全に入水自殺のそれだったが、まさか沖合まで海底を歩いて行ったとでもいうのか。

「彼女ならやりかねませんね。修行だとか何とか言って」

「水の中で何をどうすればあんな現象が起こるんだよ……」

 何にせよ水中であんなことされちゃ、そこに住む魚類からすればたまったもんじゃないだろうな……ん?

 まさか、チットがあのポジションで素潜りしてるのって。

「追い込み漁か……追い込み漁なのか!?」

「馬鹿とハサミは使い様ですね」

「ハサミなんてちゃちなもんじゃないだろあれ! 兎を獲るのに大砲使うようなもんだろあれ!」

 獅子は兎を狩るのも全力とは言うが、それにも限度がある。

 頼むから生態系壊さないでくれよ。ホントマジで。

 このダンジョンって地味にリアルな海底環境を売りにしてるんだからさ。

「成程、確かにあの中に混ざるのは難しそうですね。ルシエル様は泳げないですし」

「妾が泳げるかどうかは今問題じゃないと思います!」

「水着に着替えておいてそれはどうかと思いますが……あら」

 ミルドはふと何かに気づいたのか、小さく首を傾げた。

「どうかしたか?」

「いえ、今見た方々の中に勇者様とクラリス様がいらっしゃらなかったので」

「あれ、そう言えばどこにもいないな」

 妾も軽く周囲を見渡してみたが、それらしき人影は見当たらない。まずこのビーチにいる人物は限られてるので、いなければすぐにわかるのだ。

「あいつらに話しかけて引きずり込まれると面倒だし……おーい」

 一先ず妾たちよりは先にここにいただろうジラルたちに勇者らの行方を尋ねるべく、日向の方へと向かう。

 二人してサングラスをかけ、仰向けになっている姿は中々シュールな絵面だった。

「焼いているというより、干物と日向ぼっこみたいな感じですね」

「それは言い過ぎだ」

 言われてみればそんな感じもするけどさ。

「これは魔王様。水着がよくお似合いですな」

「馬子にも衣装でありますな」

「うむ、ありがとう。あと一言余計だぞおい。おっと、別に寝たままでいい。少し聞きたいことがあるだけだ」

「聞きたいこと、ですか」

 起き上がろうとするジラルたちを止めつつ、妾は早速本題に入る。

「勇者とクラリスを見なかったか? 目につく範囲に見当たらないんだが」

「……おや、確かにお姿が見えませんな。五分ほど前までアレク殿はチット殿と海におられましたし、クラリス殿は砂浜のお嬢様方と遊んでおられましたが」

「そう言えば、さっきクラリス嬢がアレク氏の手を引いて向こうの岩場へ向かうのを見たであります」

「ほぅ、岩場か。なるほどなるほど……岩場ァ?」

 妾はぐるりと視線を動かし、ガリアンの言う岩場へと目を向けた。

 海の家の正面に広がる砂浜からは、少し離れた場所にある岩場。岩石がそれなりの高さまで積みあがっており、ちょうど壁のようになってるので反対側の様子はうかがえない。

 向こう側で何が起こっていようと見えないし、この距離では何も聞こえないのだ。

 そんなところへ、何故クラリスは勇者を連れて行った?

『これでお兄様を悩殺して人気のない岩陰コースです!』

 そんなふざけた発言をしたのは、あの変態エルフだったか。

 だが、他の人物がそれをする可能性は?

「人目のない場所に男女二人……当然、何も起きないわけがなく――」

「うおぉぉぉぉぉぉおおおおおおさせるかぁぁぁぁぁぁぁああああああああ!?」

 ミルドの言葉を全て聞くまでもなく、妾は全力で岩場へと駆けだした。


 ◇


「ねえ、まだ踏ん切りがつかないの?」

「……」

「あはは、もしかしてアレクったら照れてる?」

「……極めて正常な反応だと思うが」

「でも、埋め合わせしてくれるってこの前言ったよね」

「だが――」

「遠慮しなくていいよ。これは、私から頼んだことなんだから……」

 なおも躊躇いを見せる勇者。

 それを前に、クラリスは微かに頬を染めながら自らの水着に手をかけ――


「ぁぁぁぁぁぁああああ困ります! 困りますお客様ぁぁぁぁああああああっ!!」


 たまらず妾は岩陰から飛び出した。

 興味本位で様子を見ていたが、これ以上はマジで危ない。危険。デンジャラス!

 このまま放っておいたら子供の教育に悪い映像が流れてしまう!

 防がなければ。妾が正しい情操教育を守るんだ!

「うわっ、びっくりした」

「当ダンジョンでのわいせつ行為は禁止となっております! 他のお客様のご迷惑にもなりますのでお控えください!」

「えっと、何で敬語なの」

「激しく動揺してるからだよ見ればわかるだろおおおおお!?」

「あーうん、確かに一目瞭然だね」

 こっちの気も知らないで、妾を見たクラリスは最初こそ驚いて見せたものの特に狼狽える気配もなく笑っている。

 んんん?

 おかしいな、行為を目撃されそうになったにしては、やけに落ち着き払ってるような。

 勇者の方はいつも通りの無表情だけど、心なしかホッとしてるような感じだ。

 困惑していると、ゆっくり追いついてきたミルドがクラリスへ尋ねる。

「あなたたちはここで何を?」

「前のダンジョン攻略の時にアレクに借りがあって、それを返してもらおうかなって」

「だ、だからって無理矢理は良くないと思うぞ! こういうことは相互の同意の上じゃないと幸せになれないし後の人間関係にもヒビがだな!?」

「ルーちゃんは大げさだなぁ、日焼け止め塗ってもらうだけなのに」

「……え?」

 日焼け止め?

 それって、日焼けから肌を守るために塗るあれ?

 慌てて勇者の方を見ると、奴の手には日焼け止めのクリームが入ったボトルが。

 な、なんだーいかがわしい行為をしようとしてたんじゃないのかー。

 それならそうと早く言ってくれよな!

「で、ルーちゃんは一体どんな勘違いをしちゃってたのかなぁ?」

「うっ!? そ、それは」

「想像はつくけどねー。とんだおませちゃんなんだから」

「うっさいわ! まず日焼け止め塗るだけならこんな所まで来る必要なかったろ!?」

「気分的な問題かな。あまり積極的に大人数の前で水着を脱ぐのは抵抗があるし」

「異性と一対一の状態で脱ぐ方が尚更不味いだろ! ていうか何故脱ぐし!?」

「借りの件は早々に清算しておきたかったし、脱がないと背中に塗るとき邪魔でしょ?」

「ぐぬぬ……おい勇者、お前は何か言うことないのか!」

 進退窮まり、妾は黙りっぱなしの勇者へと話を振る。

 しかし勇者は僅かに目を逸らし。

「……俺はクラリスに逆らえない。弱みを握られている」

「そこまで深刻な話じゃないだろ!?」

「借りは返さなければならない……だが、昔から母さんに何度も言い聞かされてきたことがある」


 ――よく聞いて、アレク。

 女の子は大切にしなきゃ駄目よ。

 特に嫁入り前の女の子の肌に触れたり裸を見たりしたら、最後まで責任を取ること。あなたは良くても、相手にとっては一生ものなんだから。

 もし不誠実な真似をしたら?

 あなたは不思議な力で死ぬことになるわ――


「今の俺に、そんな甲斐性や覚悟は……」

「お前の母親こっわ! 呪術師か何かかよ!?」

 ますます何者なのかがわからなくなってきた。ここまで来ると逆に会ってみたいわ。

「んー、責任を取ってくれるって言うならそれはそれで――」

「よくない! よくないぞーそういう刹那的な判断は!」

「クラリス様、ルシエル様は初心なおぼこなのであまりからかい過ぎるのは」

「ごめんごめん。打てば響く反応が面白くてつい」

「こ、こいつら……」

 人の純情を弄ぶとは、なんて奴らだ。

 不思議な力で鉄槌でも下ればいいのに。

「どうしてもアレクが駄目って言うなら、ルーちゃんでもいいよ」

「え?」

「ルーちゃんがアレクの代わりにやってくれる? その場合、ルーちゃんがアレクに貸し一つって感じになるけど」

「俺はそれで一向に構わない」

「え? え?」

 戸惑う妾を他所に、あれよあれよと決が下されていく。

 そして、気が付いた時には。

「んじゃ、よろしくねー」

「どうしてこうなった」

 シートの上にうつ伏せになったクラリスを前に、妾は日焼け止めを握らされていた。

 満遍なく塗れるようにと水着の上は外されており、今のクラリスは有り体に言えば上半身裸の状態だ。勇者は視界に入れないようこちらへ背を向けた状態で、ミルドと何やら雑談している。

 ……いや、ある意味これがベストなのかもしれない。

 勇者にクラリスの肌を触らせるのは甚だ不本意ではあったし、妾が触れる分には別に女同士だから問題ないといえば問題ない。

 おまけにクラリスへの借りがそのまま妾へ移ることになった。勇者相手に貸しを作っておくことは必ずしも不利益にはならないだろう。むしろアドだ。

 この状況が妾の意思を全く介さず構築されたことにさえ目を瞑れば、損どころか得しているのである。

 だから一旦は、この釈然としない気持ちを飲み込むとしよう。

「それで、どこまで塗ればいいんだ?」

「首の根元から腰のあたりまでお願いするね。前とかは自分で出来るから」

「うむ、わかった」

 妾は指先で日焼け止めを取り、指示された箇所へと塗りこんでいく。

 間近で見ると、随分と綺麗な肌をしているな。旅の身なら野宿とかだって当たり前だろうに、どうやってケアしているのだろう。

 最後の方に勇者のパーティーへ加わったメンバーなこともあって、クラリスについては謎が多い。直後に加入したウルスラですら出自が明確なのに。

 どこで生まれ、どんな風に過ごして来たのか。

 気になるが、あまり踏み込み過ぎるのもな。

「いやー、王様を顎で使うなんて凄い贅沢してる気分」

「そう体験できることじゃないよな……自分で言うのもなんだが」

「だよねぇ。普通、王様がこんなところで一般人に混じって海水浴なんてしないし」

「うぅ、改めて言われてみると自分の行動が常識から外れてる気がしてならない!」

「すっごい今更だね」

 楽しげに言うクラリスの体が小さく揺れる。

 こちらから表情は伺えないが、きっと笑っているに違いない。

「あー、でも友達に似たような人はいたよ」

「友達?」

「そ。王様とは少し違うけど、一応集団の上に立つ立場の人だったんだけどね。これがまたカリスマがないと言うか、頼りないと言うか」

「何か凄い刺さるんだけど、それって本当にお前の友人の話なのか!? 遠回しに嫌みを言われてるようにしか聞こえないんですけど!」

「だから言ってるでしょ? ルーちゃんにそっくりなんだって」

 それってやっぱり、妾にカリスマが無くて頼りないと言ってるのと同じなのでは?

 ジトッとした目線をくれてやるも、全く意に介することなくクラリスは語り続ける。

「自分の心に正直で、何事にも全力でぶつかる。力を笠に着ないで、他人を慈しむ。そんな人だったからこそ、みんなあの人のことが大好きだった」

「……クラリスは、その友人のことをどう思ってたんだ?」

「勿論好きだったよ。あ、これは異性としてではなくあくまで人としてってことね。そもそも彼には心に決めた人がいたし……でもまあ、憧れなかったと言ったら嘘になるかも」

「ふーん」

 何というか、聞いてもない情報がボロボロ出てくるな。

 妾に似ている友人とやらは男性で、何かしらのグループのリーダーで。指導者としての資質はともかくとして、人には愛される質であったと。

 確かに妾と通ずる部分はあるような気がするな。これでも国民に愛されるよう努力はしているつもりだし。

「その友人とはもう付き合いが無いのか?」

「付き合いがあったのは結構昔の話だから。今だともう、お互い気軽に会える状態じゃなくなっちゃったし」

「出世して遠い存在になったってことか?」

「出世と言えば大出世だね。今じゃその名前を知らない人はいないんじゃないかな」

「へぇ、それは凄いな」

 そこまで有名な人物なら候補は絞れそうだな。ひょっとしたら面識があったりして。

 昔と言うと、クラリスが子供の頃の話になるのかな。聞いた感じだと妾みたいな世襲ではなく叩き上げっぽいし、件の人物とはそこそこ年の差がありそうだ。

 フレンドリーな権力者としてパッと思いつくのはアルベリヒ陛下だけど、あの人はカリスマあるから違うよなぁ。

 せめてもう少しヒントがあればわかりそうな気がするんだが。

「あの頃は楽しかったなぁ……っと、少し語り過ぎちゃったかな」

「別にもっと語ってくれても構わないぞ」

「これ以上先は有料です」

「何でや!?」

「冗談だよ冗談。ただ、あんまり言いふらすなって頼まれてるから」

「ぐぬぬ」

 まあそこまで有名な権力者ともなれば、私的な繋がりはあまり公表したくはないのだろう。妾はその辺あんまり気にしてないからなぁ。

「妾も交友関係にはもう少し気を使った方がいいのだろうか……」

「ルーちゃんは今のままが一番だよ。こうして話してると、昔を思い出して楽しいし」

「そ、そうか?」

「そうそう。だから手を止めないで、お仕事も最後まできっちりよろしくね」

「うーん、容赦と遠慮がない!」

 指摘されてしまい、中断してしまっていた日焼け止めを塗る作業へすごすごと戻る。

 妾、王なのに。

 或いはクラリスの友人も、こんな風にこき使われていたのだろうか。

 顔も名前も知らない相手なのに、何故だかとても親近感が湧くのだった。


 それから数分後、妾は勇者から引き受けたタスクを完了させた。

「ありがとねー。これでルーちゃんはアレクを好きにできるよ」

「す、好きにってお前な……まあいつか借りは返してもらうが」

「あはは、じゃあ合流しようか」

 妾たちは勇者とミルドの元へと向かう。

 万一にも視界へ入れないためなのか、二人は随分と離れた場所で待機していた。

「おーい、終わったぞー」

「あら、思ったより早かったですね。もっとじっくりねっとりとやっているものかと」

「するか! 妾にそっちの趣味はない!」

「ではあっちの趣味が」

「あっちってどっち!?」

「日焼け止めは塗れたのか?」

「バッチリね。これからは毎日ルーちゃんに感謝し、崇め奉るがいい」

「ああ」

「そこまでしなくていいから!」

 この二人が加わっただけで会話のカオス度合いが急上昇する……!

 妾の気苦労の八割はこいつらの仕業に違いない。

「つーか、ずっとここにいたのか?」

「はい。待っている間は、勇者様と雑談で盛り上がっていたので」

「中々有意義な時間だったな」

「お前ら二人が盛り上がってる光景が全く想像できないんだが」

 無表情二人組が淡々と言葉のキャッチボールをしているところなら、いくらでも想像がつくんだけどな。

 そもそも、勇者とミルドで盛り上がる共通の話題って何だよ。そっちの方が気になる。

「二人は何の話をしてたの?」

「秘蔵のアルバムを見ながら幼少期のルシエル様について色々と――」

「っておいいいいいい!! 何でそんなもんが、ていうかどっから取り出したぁ!?」

「ちなみにこちらは、泣き顔がメインの『哀愁の章』です」

「しかもテーマごとにシリーズ化してるぅ!?」

「へー、私も見てみたいなー」

「ではクラリス様にはこちらの『絶望の章』を」

「さっきから収録内容に悪意しか感じねえぞおいいいいいい!!」

 ていうか本当にどこから出現してんのこのアルバム。水着にこんな分厚い本が入る収納スペースなんてないだろ。

 あと本人がいる前でアルバム鑑賞会は止めません? いや見てない所だろうと勘弁してほしいけど。

 ……ん、アルバムから写真が一枚落ちて来たな。

 えーっと、何々。


『身体測定で胸回りが全く成長していないことを知り表情が死んだルシエル様(一五)』


「絶望しかない!」

「だから言ったじゃないですか、『絶望の章』だと」

「えーっとこれは……『奥様が自分と同い年の時に着ていた服の胸辺りがスカスカであることに戦慄するルシエル様(一三)』」

「絶望というか絶壁だな」

「上手いこと言ってんじゃねえよバーカ!!」

 どれもこれも取られた覚えのない写真ばかり。

 おのれミルドめ、いつの間にこんなものを……!

「もうアルバムはいいから! 海に来てすることじゃないだろ!」

「そうですね。では他のシリーズについてはまた後日ということで」

「じゃあ一旦向こうに戻ろうか? もうここにいる必要もないわけだし」

「あまり姿を見せないと心配させるかもしれないな」

 妾の必死さが伝わったのかは知らないが、思いの外すんなりとアルバム鑑賞会を終わらせることに成功した。

 ふぅ、やれやれだぜ。



 勇者から託されたミッションとある種の地獄を乗り越えた妾たちは、ネリムたちが遊んでいる砂浜へと戻ってきた。

 すると開口一番、勇者が訝し気な声を上げる。

「……波打ち際に全員集まってるな」

「何かあったのでしょうか」

「ディータかチットが溺れて打ち上げられたとか?」

「二人ともそんなタマじゃないだろ」

 のんびり日焼けのような何かをしていたジラルたちも混ざっている。

 こっちのことなど気にせずマイペースに遊んでるものかと思いきや、予想とは少々異なる事態に陥っているようだ。

「何かあったのかー?」

「あ、魔王ちゃんだ」

「おぉ魔王様、丁度良いところに」

 声をかけつつ歩み寄ると、気づいたネリムたちが妾たちの方へ顔を向ける。

 人が密集していた状態がある程度緩和されたことにより、あいつらが何に群がっていたのかが露わになった。

「ディータの震脚でミーのところまで飛んできた。危険」

「ダイレクトで浅瀬まで蹴飛ばしといて言うかそれ。つーか、ここって外の海とは繋がってねえんだよな」

「そのはずでありますが……」

「だとしたらおかしいですよね?」

 ウルスラが首を傾げているように、あり得ないことが起きている。

 あの水柱がディータの踏み込みによるものだったというのも頭おかしいけど、これはある意味それ以上だろう。

 ここはダンジョンだ。どれだけ現実の海をリアルに再現していても、根本的に外とは空間的な隔たりがあるのだ。ディータの指摘通り、外の海とは繋がってるはずがない。

 なのに――


「どうして人が漂着してるんだ?」

 そこには、一人の青年が倒れていた。

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