15 魔王と休日
別の小説更新したり免許取りに行ったり研究進めたりしてたらめっっっっっっっちゃ間が空いてしまいました。
少しずつペース戻していきます……
うーん、今日もいい天気!
玉座の間の窓を全部開放すると、屋内を涼やかな風が通っていく。空は雲一つない快晴。城の外は通勤&通学ラッシュで非常に活気づいている。
実に清々しい朝だ。素晴らしい。
時刻は九時過ぎ。平日の目覚めとしては寝坊もいいとこだが、魔王は学校に行く必要は無いし仕事場は自宅。誰も妾を咎めることは出来ないのだ。
……毎日早起きして生活のためにシャカリキ働いている臣民たちからすれば「ふざけんな!」って感じかもしれないが、流石に今日くらいは許してほしい。
勇者たちがようやく、本当にようやくダンジョン攻略へと漕ぎつけたのがつい三日前のこと。
本来ならば喜ばしいことなのだが、相手は魔族である妾をして人外魔境と言わしめる怪物×六。強国の精鋭部隊もかくやといった、やべー連中が集まったパーティーが好き放題暴れてタダで済むはずがなかった。
まず、奴ら――というか魔法職二名が軽くチョップするようなノリで放った【イマジナリーブレイク】。原理云々をすっ飛ばせば〝空間破砕〟で説明がつくアホ極まりないオーバーキルによってダンジョンは構造ごとガタガタになった。
辛うじて全壊は免れたので、明日には施設の復旧は終わるはずだ。ガリアンを始めとした魔王城の力持ち勢の頑張り次第だが。
より深刻なのは物理的にぶっ壊されたダンジョンというよりか、物理的にも精神的にもフルボッコにされたダンジョンマスター――ギタの方だった。
長いダンジョンマスター生命で、あれほどまでに一方的かつ意味不明なまま六連敗を喫したのは初めてだったらしい。いやそうあってたまるかって話なんだけどな!
妾がミルドを介して書簡を送ったのも不味かったようだ。
あれは文面通り「仮に負けてもあいつらが強いだけでお前が弱いわけじゃないから気にするな」という意味だったのだが。
どうにもギタの奴、あれを妾なりの叱咤激励だと思って一層奮起してしまったらしい。
結果として惨敗に加え、期待に沿えなかったという勘違いのダブルパンチを受けたギタはプライドや自信といった諸々がポッキリ逝ってしまったらしく、現在然るべき施設にて治療中である。
来訪者に対してトラウマを背負ってしまったのか、他のダンジョンマスターや妾たちが見舞いに訪れる度に怯える様は見ていて非常に痛々しい。一体奴が何をしたというのだ。
それでも一晩過ぎれば多少は落ち着いたのか、面会が出来るくらいには回復した。キャリアと人望に厚かった男ゆえに、見舞に来る者も多かったな。
一応勇者たちの名誉のために断っておくが、あいつらは普通に……普通か? あれは普通と言っていいのか?
まあとにかく、ダンジョンを攻略しただけである。何も悪いことはしてないぞ。
今回のことはまあ、不幸な事故だった。
ギタの犠牲を無駄にしないためにも、これから奴らを相手取るダンジョンマスター一同にはより堅実なダンジョン運営に加え――
「やられたけどまあ仕方ないな。あいつらバケモンだし」の精神を育んでいただきたい!!
……とまあこんな感じで、ダンジョン再建の陣頭指揮や見舞いのためにダンジョンマスターから来た大量の休暇申請の承認等々、先日起きた悲しい事故の後始末を連日行っていたのである。
魔王に定時はないが、それは決まった休日もないのと同義。仕事自体は嫌いじゃないが、たまには休まないとな。
ここ最近は精神的な疲労にもだいぶ耐性がついて来たと思っていたんだが、やはり疲れるものは疲れる。
心労というのはバカにならん。お陰様で日付が変わる前にはぐっすりだ。
惰眠を貪るというのは、時間の浪費という意味ではある意味最大の贅沢かもな。
特にやることもないし、今日くらいはこのまま怠惰な一日を過ごすのも一興か。
え、今日は勇者の所に行かないのかだって?
そりゃお前……魔王が勇者に会いに行くとかどうかしてるだろ常識的に考えて。
今まで散々ちょっかい出しておいて今更何を言い出すんだという声が上がるかもしれんから言うけど、そもそもの原因はあいつらにあるんだぞ?
さっさとダンジョン攻略に着手すればいいものを、あの勇者と妹ときたら仕方ないとはいえ出発までにやたら時間かけるし、行く先々で道草食ったりトラブル起こしたり、その度に仲間増やすし、その仲間にしたって野生児と脳筋とプロの遊び人と変態エルフとかいう意味わからない組み合わせだししかも全員女だし!
おのれらはハプニング起こさにゃ死ぬ病気にでもかかってんのか!
事件解決や軌道修正のために出動する妾たちの身にもなれっつーの!
まあこれで納得いただけただろう。
妾は一般常識に基づいた判断の下、勇者たちには一切関与しないと決定した……今日限りは。
今日だけは何があっても絶対に魔王城から出ないぞ。あいつらが道草食おうが借金を作ろうが仲間を増やそうが知ったことか。
……流石にこれ以上増えるのは不味いか?
っていやいやいや! 決心揺らぐの早すぎるって!
あの過剰戦力に今更人数が一人二人増えたところでどうと言うことはない。軽く捻られることに変わりはないからな。
とは言え、流れ的にもウルスラで打ち止めっぽいし。勇者も何だかんだ言って常識人ではあるから、あれ以上濃い面子が増えるのを良しとはしないだろう。
しかしいざ何もないとなると、何をすればいいのやら。
思えば勇者と出会ってからというもの、休日らしい休日なんて過ごしていなかったっけ。そう言えば何にもない日って本当に久しぶりなんだな。
……あれ?
妾って休日はどんな過ごし方してたっけ。
うぅむ。最近は暇さえあれば勇者の所に行ってたから、その選択肢が無いとなると如何とするべきか。
当初の予定通り怠惰に過ごす? だがジッとしてるのは性に合わない。
近所のダンジョンに籠ってレベリング? 有意義ではあるが休んだ感がゼロ。
読書でもするか? でも天才C先生の新作はこの前読んだばっかだし。
新たな趣味でも開拓する? 明日以降は働くし中途半端に終わるのもなぁ。
……やばい。休日の過ごし方がわからない!
何をしても駄目な感じがしてる。ていうかこういう思考に陥ってる時点で色々と手遅れ感がある!
み、認めないぞ。
自分が休日がろくに取れな過ぎていざ休むとなって何も出来ない、可哀想な魔族だなんて妾認めない!
「ど、どうにかして休日を優雅に過ごさなければ……!」
「強迫観念に駆られている時点で優雅とは言えないのでは?」
「ほわあああああミルドいつの間に!?」
「ルシエル様が唸り始めた辺りからです」
気が付けば、すぐ後ろにミルドが立っていた。
相変わらずメイド服だ。まあ妾が個人的に休んでいるだけで魔王城自体は平常運転だしな。そもそもメイド服以外の服を着ているとこなんて見たことないが。
「どうやら休日の過ごし方でお悩みのようですね」
「……うむ」
本当は誰にも聞かれたくはなかったが、聞かれてしまったとあっては仕方がない。ていうか神出鬼没過ぎて、こいつ相手に隠し事なんて一生出来なそうだ。
ならばいっそのこと、恥はかき捨てて助言を請うのもありなのでは?
クックック。妾ほどの魔王にかかれば、必要とあらばプライドを捨てるなんて容易いこと。勇者たちと付き合う中で、下手に守ろうとすれば余計に痛い目を見ると充分すぎるほど学んで来たわ!
妾、タダでは転ばない!
「ミルドは休日をどう過ごしているんだ?」
「さあ?」
「いや『さあ?』って」
出鼻をくじかれた。
てか流石に適当過ぎだろ。
こいつに限って休日に何をすればわからない派ではあるまいし。もしかして面倒くさいと思われてる?
いやでもそこはさ、一応妾って主人じゃん?
少しは真面目に考えてくれてもいいじゃない。
「いえ、それ以前にお答えしようがないので」
「なんでさ」
「私は休日を貰ったことが殆どありませんから」
んんんんんんんんんん?
ちょっと待ってくれ。
今何て?
今この人何て言いました?
「前職は二四時間フルパートでしたし。転職してからは少し休む機会もありましたが、ルシエル様が生まれてからは専属メイドとして付きっ切りですし」
「いやいや! 妾だってこうして休んでるし……」
「主が休んでいるからと言ってメイドが休む道理はありません」
「うっ」
言われてみれば確かにそうだ。
ミルドがメイドとして普段どんな仕事をしているか完全に把握している訳ではないが、使用人の仕事は簡潔にまとめれば『主人の世話』に集約される。そこに主人のオン・オフは介在しない。
……あれ?
じゃあミルドって、もしかして全然仕事を休めていないってことじゃ――
「すみませんでした」
「どうしたんですか急に」
気づけば妾はミルドに頭を下げていた。
「全く気づかなかった……まさか魔王城がここまでブラックな職場だったなんて」
「魔王城というより、ルシエル様個人だと思いますが」
「ぐふぅ!?」
ぐうの音も出ない正論である。
元はと言えばミルドを雇ったのは父上ないし母上なのだが、現雇用主である妾が休みをやれてなかった時点でもうギルティ。訴えられたら負ける。
嗚呼、思い返してみれば妾がどこへ行くにもミルドは一緒だったな。
あれは面白半分ではなく、たた職務に忠実だったんだなぁ。
うぅ、罪悪感と自己嫌悪で心が折れそうだ。
「……頭を上げてください」
「ゆ、許してくれるのか? こんな駄目駄目な主を」
弱々しい声で問う妾に、ミルドは優しい笑みを伴って。
「許すも何も、私は好きでルシエル様のメイドをしていますから。言わば、趣味が仕事のようなものです」
「なっ……!」
何て健気なんだ。
まさかミルドの発言でこんなにも感情がこみ上げてくるなんて。
もうこの一言で、今までの狼藉の限りとか全部許せるぞおい!
「でもやっぱ申し訳ないし、休みが欲しいなら言ってくれていいんだぞ? 何なら今から休むか?」
「心配には及びません。先も言った通り仕事自体が趣味のようなものですし、職務中でも隙間の時間を使えばある程度のことは出来ますよ」
「へぇ、例えば?」
「こちらにある、ルシエル様の観察日記とか」
「それは許せねえぞおい!?」
こ、こんにゃろう。
前に『ルシエルたんの胸を大きくし隊』とかいうふざけた団体(メンバー一人)は解体したのに、まだこんなこと続けてやがったのか!?
「ええ。ですから観察日記です」
「名前を変えたってやってることは変わらないだろ!」
「まあそうですね」
「ほらやっぱり!」
何にも反省してねえじゃねえか!
そんな日記今すぐ没収だ焼却だバーニングインザヘルだ!
妾はミルドが懐から取り出した日記帳へ手を伸ばす――!
「最近だと、胸回りに僅かな成長が見られますね」
「続けたまえ」
行動の是非はともかく。
燃やすにしろ破るにしろ、まずは内容を聞いてからでもいいんじゃないだろうか。
焦る必要はない。存在を特定した以上は後からどうとでも出来るんだ。
とにかく、今は成長云々について詳しく。
妾が先を促すと、ミルドは日記を開きその内容を読み上げた。
「直近一か月分のデータによると、勇者様と出会ってからしばらくして成長曲線が徐々に上昇を始め、測定開始時から約七パーセントほどの成長が見込まれています」
「もはや内容が全く日記じゃないけど、確かに成長しているんだな!? やったー!!」
完全勝利!
これには妾も天高くガッツポーズだ。
「元の値が値ですから微々たる成長ではありますが」
「一言余計だ!」
だが、思いもよらぬ吉報を得られた。
フフフ、やはり妾は日々進化し続けている。今に見てろよ全世界の持てる者ども。
ここからが成長期……すなわち妾の時代の夜明けなのだ!
「しかし、何で勇者と出会ってからなんだろうな?」
「考えられる可能性は二つほど」
ページをめくりつつ、ミルドが答える。
「仮説その一。ストレスに晒されて美味しく育った」
「妾はフルーツか」
まあ、果樹は過酷な環境に植えた方が甘味が強くなるって話は聞いたことあるけどさ。
それ植物の話だから。トレントとかドライアドとか植物系の種族ならともかく、妾哺乳類だから。
あと美味しく育ったって表現はなんかいやらしいな。ウルスラ辺りが食いつきそうだ。
「では、仮設その二――」
「勇者様に発情し体がエロくなった」
「妾はフルーツだ!!」
いやーまさかヴァンパイアが植物系だったとは!
でもそれならストレスによる成長も見込めるかもな。
うん、なんの矛盾もありゃしない!
この事実はセントリアのアカデミーを騒がすことになるやもしれん……!
「生まれて初めてまともに異性を意識して、ようやく二次性徴が来たのでは?」
「しょ――しょんなわけあるか!? もういいこの話終わり!!」
なおも続けようとするミルドの話を強引に打ち切る。
これ以上この話題を引っ張るのは危険だ。
何はともあれ、ミルドに休日の過ごし方を聞く意味はないとわかった。
ならば、他の部下たちに聞いて回るしかない。
まずは居場所がハッキリしている奴から訪ねるか……。
◇
「休日の過ごし方、ですかな?」
魔王城内の執務室へ行くと、ジラルはちょうど仕事の合間の小休止に入ったところだった。我ながらベストタイミングである。
ちなみに、ミルドも当たり前のように付いてきていた。
「うむ。ジラルは休日をどのように過ごしているんだ?」
「そうですねぇ……」
ジラルは悩むような素振りをしながら、妾の肩越しにミルドをチラ見した。それを受けたミルドは小さく首を振る。
――また変な入れ知恵をしたのか?
――滅相も。
たぶんこんな感じのやり取りだろう。
「ですが、儂のような年寄りの意見がご参考になるとは思えませんが」
「構わん。今は広い意見を取り入れたいと思っているからな」
藁にも縋る思いだというのが本音だが、敢えてそこを強調することもないだろう。
部下の前では取り乱さず毅然とした態度を取ることも、人の上に立つ者として大切だ。
事前にジラルが定期的に休暇を申請していることは確認済み。ミルドの時と同じ失敗はしない。何かしらの意見は聞けるはずだ。
「成程。そういうことであれば、微力ながら協力させて頂きましょう」
最終的にジラルも納得したらしい。
一つ頷いてから、記憶を探るように宙へ視線をやりながら語り始めた。
「直近で休暇を頂いたのは、アレク殿の自宅を訪ねた日より三日ほど前でしたか」
「ミルドといい、何であいつんちに行った日が基準なんだよ」
「……何分、強烈な記憶として残っておりますので」
「……そうだね、うん」
確かにインパクトは凄かったな。エディだったり石化生首だったり。
つーか、あれに違和感を感じないってもしかしてあの村ってかなりヤバい奴らの集まりなのでは?
っとと、思考が明後日に逸れかけた。今は休暇の話をしよう。
「休暇を頂いた際には主に、北の森林にあるダークエルフの村へ帰っておりますな」
「ふむ、つまり里帰りか」
休暇の使い方としては、まあ常套ではないだろうか。
ジラルは一応、ザハトラーク王室の宰相である以前はダークエルフ最大派閥の族長でもあった。村の運営自体は後進に託したとはいえ、たまには顔を出しておきたいのだろう。
残念ながら参考には出来ないな。妾は魔王城生まれ魔王城育ち。毎日里帰りしてるようなもんだ。ていうか出ていく方が珍しいのでは?
「村に戻って何をするんだ?」
「時によりけりですが、大抵は村の運営が適切になされているかの視察です」
「全然休んでないじゃん」
「言うほど厳密なものではありませんとも。軽く見回って、声をかける程度ですじゃ。一通り済ませた後は、実家でゆっくりとしていますよ」
「どこかへ遊びに行ったりはしないんだな」
「流石に体が言うことを聞いてくれませんからなぁ……ごくたまに王宮を抜け出したアルベリヒ陛下に連れまわされることはありますが」
「自由すぎんだろ……」
王宮ってそんな簡単に抜け出せるものなのだろうか。頻繁に留守にしてる妾が気にすることじゃないだろうけどさ。
しかし前もって断られていたとは言え、あまり参考に出来そうにはないなぁ。ジェネレーションギャップとは少し違うだろうけど、ジラルの休日は妾からすると退屈に過ぎる。アルベリヒ陛下の件を除けばだが。
「やはり、あまりお役には立てませんでしたかな」
「いや、そんなことはないぞ。協力感謝する。礼と言ってはなんだが、明日にでも休暇をとるか?」
「折角のお申し出ですが、それには及びません。また必要な時となれば、正式に申請いたしますので」
「む、そうか……では邪魔したな。午後も仕事頑張ってくれ」
あまり押しつけがましいと却って迷惑になるだろう。
ジラルにも予定があるだろうし、この辺りでお暇することにする。
妾も次に行く場所は決まっているからな。
◇
「休日の過ごし方でありますか?」
所変わって、魔王城敷地内にある練兵場。
午前の訓練が終わるタイミングを見計らって来てみれば、兵舎へ引っ込んでいく集団の最後尾にガリアンがいた。部下のスケジュールを把握出来ているとこういう時に便利だな。
「昼前なのに時間を取らせてしまってすまんな」
「別に大丈夫でありますよ。小官はいつも弁当作って来てるでありますから、食堂までいく必要もないでありますし」
「……意外に家庭的だな」
「私は意外にもサンドイッチを作って来ました」
「お前はあんまり意外じゃないな」
つーかここへ来る途中で一瞬いなくなったかと思ったらそんなもの用意してたのか。何をどうすればあの短時間で籠一杯のサンドイッチを錬成できるのかは非常に気になったけど、まあ丁度いい。
というわけで、その場で昼食を取りながら件の話を進めることになった。
ジラルは相談相手としてはちょいと年上過ぎたが、ガリアンならその点心配はない。
なにしろこいつ、こう見えて妾と五つしか違わない。獣化中のライカンスロープは年齢がわかりづらいことこの上ないな。ガリアンの場合は年中獣化してるから尚更だ。
「でも小官は軍人でありますしなぁ。王族である殿下と趣向が合うかどうか」
「あまり気負わなくていいぞ。あくまで参考にしたいだけだ」
それに自分で言うのもあれだけど、妾も父上も王族の割には庶民じみてるっていうか、その……緩いよね、色々と。締めるところは締めてるつもりだけどさ。
「休日、休日でありますかぁ。最近だと殿下やミルド嬢と森でアレク氏に会った日から二日後であります」
「ガリアン、お前もか」
「? 何がであります?」
「いや、何でもない。続けてくれ」
「そうでありますね。確かあの日は昼前まで惰眠を貪っていたであります」
「……ガリアン、お前もか」
やっぱ休日は遅くまで寝るに限るよな。流石に起床時間が正午を過ぎると、一日を無駄にした感が半端なくて逆に辛くなるが。
「起きてからは?」
「別段何も。前々日の疲れが若干残っていたので、ずっと部屋でゴロゴロしていたであります」
「そ、そうか。じゃあ元気な時は?」
「適当に外を散歩したり、少し遠出をして隣町へ飲みに行ったりするくらいであります。趣味らしい趣味もないでありますし」
「ま、まさかお前まで仕事が趣味とかいいだすのか……?」
「なんで急に泣きそうなんでありますか」
うぅ、ミルドの衝撃発言のトラウマが……!
ずきりと痛む胸を押さえて呻いていると、隣にいたミルドが慈愛に満ちた表情を浮かべながら。
「そっとしてあげましょう。ルシエル様は二次性徴でナーバスなのです」
「……ああ、もうそういう時期でありますか」
「今まで来てなかったみたいな口ぶりはやめろ」
てか示し合わせてもないのに共通認識っぽいとこが実に腹立つ。とっくの昔に来てるわ。
ただ、ジラルの話を聞いた後だとどうしても気になってしまうな。
「お前は里帰りしたりしないのか? 父親とは同じ職場と言っても、たまには母親とかに顔を見せたりしないと駄目だろ」
「えーっとでありますな……里帰りも何も、日を跨ぐ用事がない限り家には毎日帰ってるでありますよ?」
「まさかの実家通い!?」
「知らなかったんですか?」
「初耳だよ!」
てっきり兵舎に下宿しているもんだと……そりゃ実家から通ってるのに里帰りもクソもないわな。
しかし今度も当てが外れてしまったか。妾は別に酒が好きなわけではないし、散歩はたまにフィンスターとするが基本的には飼育担当の仕事だし。
いくら年が近いと言っても、やはり個人の主義思想は違うものだな。
本来なら尊重されるべきものだが、今回ばかりはもどかしい。
「こうなったらお前の部下たちにも聞いて回ってみるかな」
「一兵卒が王に直接問いただされるとか何の罰ゲームでありますか……午後の訓練に支障をきたすのでやめてほしいであります」
「むぅ、そうか」
妾はそういうの気にしないんだが……ガリアンって仕事に関しては意外と真面目だよな。まあそうでなければこの年で将軍にはなれないか。どうにも普段のやられ役っぷりがひどすぎて、こいつが優秀だってことを忘れがちだ。
とにかく無趣味というのであれば、これ以上話を聞いても仕方がない。
「邪魔したな。午後の訓練も頑張ってくれ」
「ハッ。殿下もよい休日を」
席を立ち敬礼するガリアンを尻目に、妾たちは訓練場を後にした。
しばらく歩いて兵舎を出て、城内の人目のない場所までついた途端、我慢していた溜息が漏れた。
「はぁ……まさかこうも当てが外れるとは」
「たまには何もせず怠惰に過ごされては?」
「うーん、そういうのはちょっとな。何もしていないと落ち着かないというか」
「では聞きこみを続けますか」
「したいのは山々だが……」
ガリアンの言ってたことも一理あると思っている。
妾だって、同じ王であるアルベリヒ陛下に話しかけられると滅茶苦茶緊張するからな。そこらにいる城の者に急に話しかけたら滅茶苦茶緊張されちゃうかもしれない。
彼らは普通に仕事中なのだし、業務に差し障るようなことは雇い主として控えるべきだろう。
参考までに、すぐ近くにいる人物へ聞いてみた。
「なぁ、妾から話しかけられるのってプレッシャーに感じるか?」
「いえ特には」
「よくよく考えてみたら一番参考にならない相手だったわ」
やれやれ。今日は悉く相談相手のチョイスをしくじっているな。
これじゃあ、しくじり魔王と呼ばれても文句は言えない。
昼食も終えて、今日もあと半分か。
ここまで来ると焦りを通り越して諦めしか湧いて来ないぞ。
……ま、ついさっき「ヴァンパイア=植物性疑惑」が浮上したばかりだしな。植物らしくベッドに根を張る一日もまた一興か。
そんな感じに、妾があきらめの境地に立とうとしていた時だった。
「……そう言えば、私に一人だけ心当たりがあります」
「何!?」
たった今思い出したかのようなミルドの呟きは、妾にとって天啓に等しかった。
「そ、その者には期待していいのか」
「はい。普段はルシエル様のようなワーカーホリックですが、休日はしっかり満喫するような人物です。同じ女性ですし、いくらか趣向も合うことでしょう」
「どうしてすぐに思い出さなかったんだ! いや思い出してくれただけでも充分ありがたいんだが……」
「いえ、私も何故思い出せなかったのか疑問に思っていたところです。彼女は丁度休暇中ですので、お望みであれば今からでもご紹介しますが」
「今すぐ頼む!」
あまり他人のプライベートな時間を奪うのは気が引けるが、今の妾に真っ当な手段を選んでいる余裕はない。久々の休日が台無しになるか否かの瀬戸際なのだ。
善は急げとも言うしな。むしろさっさと用件を済ませて、貴重な時間を出来るだけ取らないようにしなければ!
◇
「ふんふふんふふ~ん♪」
「確保おおおおおおおおおおおおおおおお」
「きゃあああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁ……!?」
鼻歌を歌いながら上機嫌に町を歩いていた少女へ、音を置き去りにしたミルドが飛び掛かる。
絹を裂くような悲鳴の尾を引かせながら、二人は路地裏へと消えていった。
……やっぱり、手段は選ぶべきだったかなぁ?
大陸中央付近の町へ空間転移してから僅か数秒の間に行われた暴挙を見送った妾は、ただ一人反省する。
しかしいつまでも過去を省みているばかりでは犠牲も浮かばれん。
周囲の目線を務めて気にしないようにしながら、ミルドたちの後を追う。
確かこの路地裏だったか。
ちらりと覗き込んでみると、大体予想していた通りの光景が広がっていた。
「おや、休日にこんな所で会うなんて奇遇ですね」
「何が奇遇ですか!? そもそもどうして私のスケジュールを把握してるんですか?」
「さぁ? しかも、あなたに路地裏で過ごす趣味があるなんて」
「誘拐一歩手前に連れてきたのはあなたでしょう!?」
メイド姿のミルドに食って掛かっては柳のように受け流されている、妾と同い年くらいの少女。ただしそれはあくまで見た目の話だ。
彼女は他でもない、祝福の女神ことフォルトゥナその人である。
私服姿だったから違和感はあったものの、普段より着込んでなお押さえ込めていないあの巨乳を見間違えるわけがなかった。
「何を言ってるんですか。これは一歩手前ではなく誘拐ですよ」
「なおさら駄目じゃないですか!?」
「さあ今すぐ本を厚くする作業に戻るのです」
「いやー!! 元同僚のメイドに攫われていかがわしいことされるー!?」
「っておいおいそれ以上はいけない!」
おふざけがエスカレートし始めたミルドを止めるべく、慌てて妾は飛び出した。
このまま放っておいたらウルスラの愛読書みたいな展開になってしまう。下手すれば発禁だ。
「ストップ! ストップイット!」
「はっ、その声は……魔王様!?」
駆けつけた妾の姿を見て、地面へ押し付けられロープで縛り付けられていた女神の表情が救いの主を得たとばかりに輝く。
すると淡々と作業を進めていたミルドがちらりと妾へ顔を向け。
「ルシエル様、お申しつけの通りエロ担当の女神を一人確保しました」
「ええええええええ!?」
「ち、違うぞ!」
一転して深い絶望に彩られた女神へ慌てて弁明する。
「そいつの言っていることは出鱈目だ! ……半分くらい!」
「半分は真実なんですか!?」
ミルドに指示した手前、嘘はつけなかった。
安心させるつもりが、一層女神の不安を煽ってしまったようだ。
「ええそうです、あなたはエロ担当なのですから大人しくお縄につきなさい」
「そんなぁー!?」
「そっちじゃねえよ! とにかく一旦縛るのやめれ!!」
それからやけに激しく抵抗するミルドを半ば無理やり女神から引き剥がし、ロープを解いてやった頃には女神共々疲労困憊だった。ミルドだけが涼しい顔をしている。
納得はいかないが、これでようやく事情が説明できるようになった。
「休日の過ごし方ですか」
「ああ。どうしても気になって仕方が無かったんだ」
「……ミルドをけしかけるくらいに?」
「……うん」
そんな目で見ないでくれ。心が痛い。
でもめげないぞ。深く反省はしているが、後悔はしていない。
ここまで来たら、もう聞きだす他に道はないのだ。
「頼む、ほんの些細なことでもいいんだ。妾をただの植物からドライアド……せめてトレントくらいには進化させてくれ!」
「言ってる意味はよくわかりませんが……まあ、魔王様には勇者のことで日ごろからお世話になっていますからね」
「本当か!?」
「私は?」
「ミルドは論外です」
「あら」
残念ながら当然である。擁護は出来ない。
紆余曲折あったが、話が聞けそうで一安心だ。
妾の休日が充実するという点もそうだが、単純に神がどのように休暇を過ごしているのかという点も非常に気になるところ。市井に出回るような情報じゃないし、ちょっとワクワクする。
「では差し当たって、今日は何をしていたんだ?」
「ええっと、さっきまでは買い物をしていました」
「ほぅ、その割には大きな荷物は持っていないようだが」
「殆どウィンドウショッピングですから。私の場合、最初にざっと見て回って帰りに欲しい物だけ買っていく感じですね」
おおっ、今までと違って女子っぽい。聞きこみをしてきた相手が軒並み男だったから当たり前っちゃあ当たり前だが。
しかし買い物か。普段はミルドや他の手の空いている者に頼んでいるし、たまには自分でとも考えなくはなかったんだが。
「妾が急に来店して空気がヤバくなったりしないかな」
「むしろ王が直接足を運んだとなれば店にも箔がつくのでは?」
「あ、その発想はなかった」
「そういう自覚はないんですね……」
これには女神も呆れ気味だった。
いやはや恥ずかしい。良くも悪くも影響力のある身分だったな妾。
「他には他には?」
「個人的な趣味としては読書や食べ歩き……あとアロマもおすすめです。仕事中に良い香りがするとリラックスできますし、容器が可愛いとインテリアとしても楽しめます」
「それは良いな。早速取り入れてみよう」
「最近だと編み物にも凝ってるんですよ。空いた時間で少しずつ進めていく感じが好きなんですよね」
「編み物かぁ。ちょっと時期があわなくないか? これから暑くなるのに」
「身に着けるものでなくても、ちょっとした小物とかでもいいんですよ。ぬいぐるみとかポーチとか」
「成程、そっち方面か」
聞けば聞くほど建設的な意見が出てくる。
正直驚いた。ていうか女子力高いなこの女神。
すると黙っていたミルドが、ボソッと零す。
「あざといですね。露骨な女子力アピールは逆に引かれますよ」
「べ、別にそういうのじゃありませんから」
「それに普通過ぎますね。もっと神様らしいのはないんですか。地を這う者共を見ながら飲む酒は美味いとか」
「そんな下衆な趣味はありませんよ! あなたは神様をなんだと思ってるんですか!?」
当然ながら怒られるミルドであった。
まあ、妾としても神様らしい趣味は言われても困るな。ミルドが言ったようなのは論外として、常人には真似できないようなのがあるかもしれないし。
……神と言えば、少し気になっていることがあったんだった。
目の前に本物の女神がいることだし、ついでに聞いてみるか。
「話は逸れるが、少し良いか」
「はい、何でしょう?」
「素朴な疑問なんだが……〝神〟と〝亜神〟の違いって何なんだ?」
亜神。神に亜ぐ者。
字面通りに捉えるのであれば神に準ずる存在であるということなのだろう。
だが妾は自らを亜神と名乗る者には一度も会ったことがない。絶対数が少ないせいなのかは知らないが、あらゆる種族について網羅したアカデミーの書籍にも大した情報は載っていないのだ。
「うぅん、亜神ですか」
尋ねられた女神は、少し困ったように首を傾げてしまった。
「無理にとは言わないが」
「あ、いえそういう訳ではなくてですね。その辺りは結構複雑なところがあって、どこまで話したらいいのか悩んでただけで」
「そこまで詳しく出なくてもいいぞ。少し気になっただけだからな」
「……では、簡単な違いで良ければ」
そう前置いて、女神は口火を切る。
「まず、神も亜神も『昇神の儀』によって自らの存在を昇華させます。昇神の儀については?」
「名前を知っているくらいだ」
「要するに、一つの概念に対し自らの全存在を禊ぐ行為です。私のように数年がかりで地道に行う者もいれば、僅か数週間で達成する者もいますね」
「個人差激しいな」
「短い分自らにより厳しい試練を課す必要はあるのですが……こうして昇神の儀を終えた者には二つの道があります」
女神は指を一本立てて、そのまま自分を指さした。
「一つは私のように、天界へ籍を置く神族となる道。これが一般的に〝神〟と呼ばれている存在です」
「要するに正規雇用です」
「……身も蓋もない言い方をすればそうですね」
神を志して修行してきた身として、ミルドのあまりに俗っぽい表現は受け入れがたかったのだろう。
どことなく不服気なまま、女神は二本目の指を立てる。
「もう一つは天界に属さず、地上世界で生きる道。〝亜神〟と呼ばれているのはこの道を選んだものですね」
「要するに自営業です」
「……当たらずとも遠からずってところですね」
「うーん、つまりただの所属の違いってことか?」
この話だけ聞くと、大した違いがあるようには思えないな。
悩むほど複雑には感じなかったのだが、女神は小さく首を振る。
「そう簡単な話ではないんですよ。亜神は神と比べて存在の格が低いとは言え神族ですから。しがらみがない分好き放題できますし」
「私の父が好き勝手に暴れまくればどうなるかを想像すればわかりやすいかと」
「それは……うん、ヤバいな」
ミルドの父――ザハトラーク王室特別顧問のイシュトバーン様は竜神を名乗る、竜族最強の存在。気まぐれで国を焼き尽くせるような存在がやりたい放題したら、それはそれはとんでもない大災厄と化すだろう。
想像するだけで寒気がしてきた。
思わず身震いしていると、話を聞いていた女神がサラッと。
「と言いますか、イシュトバーン様は他でもない亜神ですよ?」
「そうなの!?」
「初めて知りました」
「お前は知らなかったの!?」
「自分を神だと思い込んでいる精神異常竜かと」
さ、流石に自分の家族のことぐらい知っておけよ! 家庭内の身分が低いのも、まともに実力を評価されていないだけなんじゃ……。
つーかあの人亜神だったのか。いや違和感とかは微塵もないんだが、まさかこんな身近に存在していたとは。
え、じゃあ父上は亜神を下して仲間に引き入れたってことか?
嘘だろ父上ェ。
「イシュトバーン様を含め、この時代の亜神はまだ良識がある方ですよ。昔は調子に乗った亜神の集団が天界へ攻め込んできたこともあったそうです」
「マジか……大丈夫だったのかそれ」
「結局たまたま居合わせた時空管理者クラスの神が一分で鎮圧したそうですけどね。当時を知っている先輩たちは地獄の釜の蓋が開いたと肝を冷やしたみたいです」
時空管理者って。創造神とかと同列ってことか。
もはやスケールがデカすぎて想像も出来ないな。少なくとも、真っ当に生きていればお世話になることもないだろう。
……さて、だいぶ話が逸れたな。
亜神についてはそこそこ知識欲が満たされたし、このくらいにしておこう。
休日の過ごし方についても貴重な意見を聞けたし、そろそろ女神を解放せねば。
「突然すまんな。色々と世話になった」
「お役に立てたのならよかったです。では、私はこれで」
世話になったのはこちらだというのに、妾たちへペコリと頭を下げてから女神は路地裏から去っていく。
「あ、そうでした」
表通りに出る直前。
ふと何かを思い出したかのような声を上げ、女神はこちらへ振り向き。
「これからも勇者のことをお願いしますね」
それだけ言って、今度こそ雑踏の中へと消えていった。
薄暗い路地裏には妾とミルド。そして何とも言えない余韻が残る。
しばしの沈黙の後、妾はミルドに問いかけた。
「あれはどういう意味だ?」
「フォルトゥナのことですし、深い意味はないと思いますが」
「うーん、そうかな……」
特にミルドは違和感を覚えなかったようだが、どうにも引っかかる。
発言自体はまあ、何で妾があいつとよろしくしてやらなきゃいけないんだくらいにしか思う所はない。
でも、女神の去り際の顔。
妾たちに背を向ける瞬間に見せた、何かを堪えるような表情は一体――
「そんなことより、お時間の方はよろしいので?」
「あ!」
いかんいかん、危うく忘れるところだった。
こうしている間にも休日を消費しているんだ。このままでは何のために女神を捕まえて話を聞いたのかわからん。
「と、とにかくいったん国へ帰る!」
「それからは?」
「店の場所を調べて買う物の目星をつけて……いや別に現地で見ながら買えばいいのか? ああもう結局休日なのに慌ただしい!」
今後の方針を決めつつ、せっせと転移魔法の準備を進める。
無駄に焦っている今、別れたばかりの女神を追いかけて情報を得るとか、別にウィンドウショッピングでもいいじゃんとか、建設的なことを考える余裕はなく。
ふとして湧いたささやかな疑問も、目の前の些事に飲まれて消えていくのだった。
◇
「……ミルドには、感謝するべきなのでしょうか」
相変わらず仲睦まじい様子の主従と別れた女神フォルトゥナの独白はあまりに小さく、誰の耳にも届かない。
誰にでもなく自分へ問うように、思い返す。
いつもと変わらない態度。
いつもと変わらない対応。
それが出来たのは、きっと――否、確実にミルドの蛮行があったからだ。
もしあの場で誘拐同然に連れ去られた流れで、彼女と出会っていなかったら。
もし何事も無く、町の道端で普通にルシエルと遭遇していたら。
自分は果たして、普段通りに話すことができただろうか?
……仮にそうだとしても。
「やっぱり、感謝はありえませんね」
そう思い直し、フォルトゥナは苦笑した。
あの友人の行動に深い意味なんてない。ただ自分が楽しいと思ったことを全力でしているだけだ。
初めて出会った頃から変わらず。一緒に仕事をしていた時から、ずっと。
今のメイドとしての仕事も、心から楽しんでいる。
――彼女が愛する日常を守りたい。
そのためにも。
「私は、私に出来ることをしていきましょう」