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勇者がこない! 新米魔王、受難の日々  作者: 七夜
魔王と勇者とゆかいな仲間たち
12/30

11 賭博魔王録ルーシー(2)

遅筆で本当に、申し訳ない(画像略)

なお、筆者は魔王様同様ポーカーは素人なのので多少ルールに間違いがあっても温かい気持ちでスルーしてください。

「ディータ、あの男なのか?」

「間違いねぇ。来てる服は違えが、確かに一昨日対戦した奴だ」

「本当にあってるの?」

「アタシゃ一度戦った相手の顔は忘れねえよ」

「偏った記憶力ですね」

 ポーカーの卓まで来て、今日もカジノへと来ていたらしい"気のいいお兄さん"を見つけた妾たち。対象に聞こえる距離ではないが、自然と小声の会話となる。

 奴はここから一番近い休憩スペースにいた。椅子には座っておらず、壁に寄りかかったままフロア全体を見渡しているようだった。妾たちの予想が正しければ、獲物の物色をしているのだろう。

 まだ、こちらには気づいていない様子だ。

「……あの客は」

「知ってるのか勇者?」

「直接案内や会話をしたわけじゃないが、昨日も店に来ていたのは覚えている」

 途中で合流した勇者は最初こそ来店時と同じ対応をしてきたが、既にディータにバレた後であることを説明したらいつも通りになった。やはり同じ無表情でもこっちの方が落ちつくな。

「ああやって壁際に張り付いて何かを探すような素振りを見せていたが、日が落ちる頃にそのまま帰っていった」

「カジノに来て賭けもせずに? それはまた珍妙な話ですな」

「大方、ディータ様のような好敵手を見つけられなかったのでしょう」

「ヘヘッ、それほどでもあるな」

「褒めてないからな?」

 何故か自慢げなディータにジトっとした視線をやってから、再び壁際の男の方を見る。

 中々整った容姿をしてこそいるが、際立って目立つような存在ではない。格好も地味というか一般人のそれで、雑踏に紛れてしまえばすぐに見失ってしまいそうな特徴の無さ。ここまで個性を感じさせない人物というのも珍しい。

 なのに何故だろう。

「どーっかで見たことあるような気がするんだよなぁ」

「魔王様もそうお思いでしたか」

「ジラルもなのか?」

「はい。その、何と言えばよろしいのやら……初めて会うはずなのに何故か物凄い親近感を覚えるといいますか、意図的に個性を消している感じがするといいますか」

「魔王が店に来た時の俺もそんな感じだったな」

「……まさか」

 勇者の言葉に、妾は一つの可能性へと思い至る。

 偽装魔法。

 それも妾たちが使っているのと同じ【オーバーレイ】だとすれば、外見こそ変えることはできても元の人物特有の雰囲気や魔力までは誤魔化せない。

 もしあの男が妾たちの知っている人物で、妾たちと同様に偽装魔法を使ってまでカジノに潜り込んでいるのだとしたら。

「かち合えば面倒なことになりそうですね」

「いや、確実になるだろ」

「ふーん、よくわかんないけど嫌なら別の相手を探す?」

 部外者であるが故にいまいち状況を飲み込めていないクラリスがそう提案してくる。

 あれだけの偽装を自ら施せる人物ともなると、妾の数少ない知人の中でも更に限られてくる。間違いなく大物だろう。確かに少しでも安全性を求めるならば相手を変えるというのも利口な判断だ。

 だが、その提案は受け入れられなかった。

「別の相手がすぐに見つかるかどうかわからない以上、奴に仕掛けるしかあるまい。妾としても、今日中にどうにかしたいからな」

 もしあの男を切って他に金を持っていて勝負に乗ってきそうな優良物件を探すのにどれだけかかるかもわからん。もし明日以降に跨いでしまうと、妾としても出辛くなる。流石に連日カジノへ通うのは避けたい。

「大丈夫でありますか?」

「向こうもこちらと似たような事情なら、互いに知らぬ存ぜぬを貫けばいい。そうすれば互いに幸せだ」

「そうですね。あの方がディータ様のようなヘマを犯さなければいいのですが」

「……その一言でだいぶ不安になったぞおい」

 勇者パーティーの面子にも言えるけど、出来る奴に限ってどこか抜けたところがあるからな。相手が大物であるほど自爆に巻き込まれるこっちのダメージもデカくなるし、思ったよりリスキーかもしれない。

「やっぱやめとく?」

「こ、ここは初志貫徹だ! 行くぞ!」

 きっと大丈夫だ。相手にもカジノへ来るときに変装するくらいの思慮深さはある。ディータはうっかりさんだったけど、賭けで相手をカモにしようってやつがそんな迂闊なはずはない。

 自分へ言い聞かせるように頭の中で唱え続けながら、妾たちは男の元へと歩み寄っていく。向こうがこちらの存在に気づいたら、あくまで偶然見かけたように振る舞うのだ。ファーストコンタクトさえやり過せればあとはクラリスが上手くことを運んでくれる。

 次第に近づいていくにつれて、最初に見た時に感じた違和感はどんどん大きくなっていく。やっぱり知り合いなんだなぁと嫌な事実を再確認したところで、相手は接近してくる存在を感じ取ったのかこちらへと目を向けた。

 まずは愛想よく行こうと妾が笑顔を作るよりも早く、男は妾――というよりかは若干後ろに控えていたジラルの方を見るや満面の笑みを浮かべ。


「おお、妙に凝った偽装魔法で半端な変装をしていると思えばジラルじゃないか。何だって主まで引き連れてカジノに……あ、やば」

「こっちもうっかりさんかよ!」

「な、何のことかな。僕はアルバートというしがない遊び人で、そこのダークエルフとは知り合いじゃないと思われる」

「ええいどいつもこいつも言い訳下手くそか! あと遊び人枠はもう埋まってるから!」


 もう色々と台無しだよ!

 しかもこっちはまた一方的に身バレしてるし!

 突然無表情になるところまでディータをなぞる男を前に思わず地団太を踏みそうになったが。

「あ、あ、あ……」

「ど、どうしたジラル?」

 ジラルが何故か男のことを凝視したまま、酸欠の魚よろしく口をパクパクしていた。

 気まずい沈黙が場を支配する中、しばらくそうしていたジラルは。


「アンタッサマナニシトンディスカコルァァァァァアアアア!!」

「ジラルー!?」

 突然呪文めいた叫び声を発しながら、猛ダッシュで男へと詰め寄っていった。そのまま胸倉を掴まんばかりの勢いである。妾たちも慌てて後を追った。

 これには彼も面食らったのか、無表情を保てず苦笑いだ。

「おいおい、せめて共通語で喋ってくれ。それとも新手の呪いか?」

「あ、貴方様のような方が、こんな所で何をしておられるのですか!?」

「お前たちも人のことは言えないだろ。僕はたまに家を抜け出して、昔みたく賭けに興じるのが趣味なのさ。椅子に座ってばかりじゃ肩がこる」

「嗚呼、相変わらず滅茶苦茶な」

 息も絶え絶えに放たれる追及を、男は飄々とした調子で躱している。ジラルはまだ何か言いたげな顔をしているが、あまり強く出れないらしい。

 どうも二人は互いを知っているようだけど、妾には未だ正体がわかっていない。少なくともジラルよりは目上の人間なようだ。この時点で相当なポストの人物であることは明らかである。

 これはどうしたものか。

 対応に頭を悩ませていると、ふと男は妾の方を向き。

「あーその様子だとルシエルちゃん、もしかして気付いてない?」

「は、恥ずかしながら」

「うーん、割と最近会ってるんだけどね」

 んなこと言われても、外見を偽装してるなら判別のしようがないんだよなぁ。

「差し支えなければ、貴殿の名を伺いたい」

「名前なら、さっきも名乗った通りアルバート――」

「できれば本名の方で」

「……じゃあ言うけど、あまり大きな声は上げないでくれよ? ここ出禁になったら困るから」

 声を潜めてしてきた要求に小さく頷くと、近くにいる妾たちにのみギリギリ聞こえるような音量で男はその名を名乗った。


「僕はアルベリヒだよ。アルベリヒ=オーベルタス=ロドニエ」


 アルベリヒ。

 アルベリヒ=オーベルタス=ロドニエ。

 あれれー、なんかすごーく聞き覚えのある名前だぞー?

 でも妾の知り合いにこんな強そうな名前の人いたっけー?

「ルシエル様、現実逃避は止めましょう」

「あ、駄目?」

「駄目です」

「そうかー駄目かー」

 駄目なら仕方がない。

 では、改めまして。


「アイエエエエエエエエエエエエエエエエエ!?」

 相手はなんと、この国の王様でした。


「ナンデ!? 国王ナンデ!?」

「だから声大きいって。あと、それを言うなら君だって国王じゃん」

「こちらとそちらとでは格が違いすぎやしませんか!?」

 大物?

 とんでもない。大物は大物でも、それこそイシュトバーン様に並ぶ大物だ。

 西方最大の国家・ロドニエ王国。新大陸の国では一、二を争う歴史の長さであり、東のシント西のロドニエと並べて引き合いに出されるほど。旧大陸から共に渡って来たヒューマン、エルフ、ドワーフの三大種族を筆頭とした多種族国家でもある。

 だが最大の特徴は、やはり建国から現在に至るまで王であり続けているアルベリヒ陛下だろう。

 新大陸唯一のエンシェントエルフにして、果てのない寿命を持つ妖精王。今でこそ執政自体は子孫に任せて象徴的な役割に収まっている彼は、何と初代勇者でもある。勇者の大先輩だ。しかも全盛期に近かった父とほぼ互角の勝負を繰り広げ、敗北ギリギリまで追い込んだという。母上に魔法を手ずから教授したのも陛下だ。

 つまり何が言いたいかと言えば、彼は同じ国王でも建国から百年も経ってないような新米国家の新米魔王とでは比較にならないビッグネームなのだ。

 最近会ったって、そりゃそうよ。一度新年の挨拶でこの国の王宮にお邪魔したよ。

 それに注意深く見てみれば、僅かにだが元の姿の面影は残っている。エルフ特有の長い耳は完全にヒューマンのそれに偽装されているし、絶世の美男子と名高い顔も若干平凡寄りに弄ってあるが。

 ……待てよ。

 じゃあ、ディータをカモにして勇者たちを借金地獄に叩きこんだのは――

「何してるんですか!? ていうか何してくれちゃってるんですか!?」

「いやー、僕もまさか適当にカモった相手が現役勇者の仲間だとは思わなくてさ。これも不幸な事故ってやつ?」

「妾に聞かれても困るんですが!?」

 魔王就任時に初めて会った時から変わらず、陛下は誰に対しても実にフランクだ。多少威厳に欠けようとも、それを補って余りある実績と人徳が彼にはあった。性格的には父上と似ている部分があり、妾としても親しみやすい。

 そして今なら理解できた。

 ジラルがいち早く陛下の正体に気づき、過剰な反応を示したのは。

「ジラルの若い頃のギャンブル仲間って、陛下のことだったのか」

「はい、ザハトラークの建国より何百年も前の話にはなるのですが……」

「懐かしいなぁ。あの頃は種族間の問題とかで大陸中ゴタゴタしてたけど、よくお前と一緒に身分を隠して非合法な賭場で暴れまわったっけ」

 懐かしそうな顔で、割ととんでもない発言をしなさる。

 しかも若い頃のジラルは中々ヤンチャだったようだ。陛下がやりたい放題していたのは見ていればわかるが、今のジラルからは想像がつかないな。

「昔のこいつは結構荒んでたよ? 部族の長に納まってからは丸くなったけど」

「ほう、気になりますね」

「あまり過去の話はしないでいただきたい……ミルドも興味を持つでない」

「そ、そうだ。今はそんな場合じゃないぞ」

 当時荒れていたらしいジラルの過去は実のところかなり気になってはいるのだが、今は昔話に花を咲かせている場合ではないのだ。

「陛下、一つお願いが――」


「アレクたちに金を返せという要求なら受け付けられないな」

「な!?」

 まるで先読みしたかのように、アルベヒリ陛下は妾の思惑をあっさりと棄却した。

「確かに吹っ掛けたのは僕だが、応じたのも彼女だ。正当な勝負での結果である以上、僕からタダで返す筋合いはないよね?」

「そうだぞちみっこ。それじゃ筋が通らねえって話だぜ」

「何でお前そっち側なわけ!?」

 この脳筋バトルマニアめ、妙なところでこだわりやがる。今は正々堂々とか言ってる場合じゃないだろうに。

「ケチですね。王様ならお金くらい沢山持ってるでしょうに」

「ばっ、お前ちょー失礼だな!?」

 いや確かに妾もちょっぴりは思ったけどさ!

「ハッハッハ、手厳しいなミルドちゃんは。でもここは譲れないね」

 対する陛下はこの余裕っぷり。伊達にジラルの倍は生きていないと言ったとこか。

 しかし駄目だったか。知り合いの中では珍しく親しい方の知り合いだったから、ワンチャン交渉でどうにかなると思ったんだが。

「別に、絶対に返さないとは言っていないよ。ちゃんと正当な手段で訴えてくれれば僕もそれなりの対応はするさ」

「せ、正当な手段?」

「僕たちは今カジノにいるんだよ? なら答えは一つだろ」

「……ゲームで勝てということですか」

「その通り。まあ愚問だったかな」

 くっそーやっぱりこうなるのか!

「まあいいじゃん、元々勝負は仕掛ける予定だったんだし」

「クラリス嬢はあまり驚いていないようでありますな。相手は国王でありますよ?」

「ルーちゃんと話した後だし、王様が出てきても今更かなって」

「すげえ胆力……」

 自分でプロの遊び人を名乗っちゃうだけあって、相当図太いようだ。

 妾も人の上に立つ者として、クラリスのこう言うとこは見習うべきかもしれない。

 遊び人だけども。


 では、簡単な話し合いの末に決まったルールを念のため確認しておく。

 対戦するゲームは一番近くにあったポーカー。形式は一番単純なドローポーカーで、最初に配られた五枚の手札から好きな枚数を一度だけ交換できる。交換後に掛け金の上乗せ等の処理をし、最後にショーダウン。役が強い方の勝ちだ。

 これより複雑なルールにされるとディータ同様にカモられてたかもしれんが、これぐらい簡単なやつなら遊びで昔やったことがあるから二の徹は踏むまい。それでも一応簡単な役の説明や同じ役での優劣とかの説明はジラルからおさらい程度に教えてもらった。

 ゲームに参加する妾とアルベリヒ陛下に加え、ちゃっかりジラルとミルドとガリアンも卓に着いていた。妾てっきりタイマンを想定していたが、考えてみればポーカーも多人数で出来るルールだったな。単純に味方が多いのは心強い。

 所持金とチップの交換は手近なカウンターで済ませた。妾が持参した軍資金を四分割したこちらとは違い、陛下はディータから巻き上げ分を全部持って来たらしく巨大な山となっている。あれを全部取り戻さなきゃいけないのか……。

「王様ー、私はルーちゃんに軽くアドバイスしてもいいよね?」

「別に良いよ。ルシエルちゃん初心者みたいだし」

 部外者であるクラリスは流石にプレイヤーとしては参加しないようだが、アドバイザーとして参加する旨を陛下に確認を取っていた。ため口とは恐れ入った。

 ていうかさっきもそうだけど、妾ルーちゃんって呼ばれた? 何か短くなってない? もしかして俗にいうあだ名ってやつ?

 あだ名で呼ばれるとか初めてだ。ま、まあ悪い気分じゃないな。

「ディーラーは……アレクでいいか。頼んだよ後輩君」

「かしこまりました」

 陛下の要請を受け、お仕事モードになった勇者がデッキを持ってやってきた。服装といい佇まいといい、やっぱ物凄く嵌ってる。

 つーかこういう時こそこいつのポーカーフェイスが光る場面なんじゃないのか。妾と代わってくれよマジで。格上相手にギャンブルとか胃が痛いんだよ。

「じゃあ、始めようか」

 妾の願いも空しく、ゲームは始まってしまった。


 ◇


「はいミルドちゃん脱落ー」

「あら」

「あらじゃねえええええええ!」

 たった五回の勝負で、ミルドが撃沈した。

「だから何で陛下が自信満々にレイズしてんのにコールしちゃうの!?」

「手札に自信があったので」

「自信って、これワンペアでありますよ」

「残りの三枚が絵札なので、芸術点で勝てるかと」

「ポーカーにそんなルールはないわい」

 といった感じで全額溶かした。

 ミルドはさっきからワンペアとかツーペアとかパッとしない役なのにもかかわらず、陛下が掛け金を釣り上げまくってるところへ特攻を仕掛けていた。馬鹿である。

「どうやら私はこのゲームと相性が悪いようです」

「相性以前の問題だよ!」

 手持ちがゼロとなったミルドは失格となり、少し離れた位置から観戦しているディータのところまで下がっていった。あそこが敗者席か。

 未だ不服そうな表情のミルドに、ディータはニカッと笑い。

「気にすんな、最初はそんなもんだ!」

「失礼ですね。一緒にしないでください」

「お前ら大差ねえからな!?」

 どんぐりの背比べとは正にこのことである。

「たはは、私ミーちゃんについた方が良かったかな?」

「アドバイス以前の問題ですぞあれは……」

 これには流石のクラリスも苦笑いだ。

 ただミルドを除いた、妾を含めた三人は割と健闘できている。ギャンブル経験の豊富なジラルやガリアンは当然として、妾も要所要所でクラリスから指示を貰っている。おかげで若干負けてはいるが、ミルドのような惨状にはならずに済んでいた。

 しかし油断は禁物である。

 アルベリヒ陛下はポーカーフェイスではないが、積極的に表情や言葉で揺さぶりをかけてくる。伊達に長生きはしていないようで、その手練手管は見事なものだ。妾一人で相手をしていたら下手すれば発狂していたかもしれない。

 しかもテックニックとは別に、凄まじい強運なのだ。何しろ最初のゲームから一度も手札がブタになってない。毎回降りずに勝負に参加し、必ずスリーカード以上を出してくる。

 イカサマしてるんじゃないかと一瞬考えもしたが、ディーラーを務める勇者が陛下に肩入れする理由はないし、魔法の使用は陛下がわざわざ誓約魔法を使ってまで禁じた。隠し持っていたカードとすり替えたりは出来るかもしれないが、それをミルドが見逃すはずはないだろう。

 もはや神に愛されているとしか思えない有様だ。まさか勇者時代の加護が残っているのでは? おのれ女神。

「だが陛下も何度かは負けてる。無敵ではないはずだ……」

 心理的な駆け引きでは相手に軍配が上がるが、根底にあるのは確率。人数が多い分、妾たちの方が有利なはず。まだ勝負はわからないぞ。


 しばらくゲームは何事もなく進行した。

 実質三対一ということもあり、陛下の築き上げた山を少しずつ切り崩せてはいる。こう言ったら失礼の極みだが、馬鹿の一つ覚えみたいにレイズしてくれるので勝てた時のリターンがでかいのだ。

「では、一三回目のゲームを始めます」

 勇者が宣言すると共に、場に残る四人へカードを配っていく。山札から宙へ放ったカードが真っすぐプレイヤーの方へと飛来し、ピタリと止まる。地味に凄いな。

 配られたカードは……むむむ。

「あちゃー、完全にブタだねこりゃ」

 妾にだけ聞こえる声で、クラリスが嘆く。勝負の最中は驚くほど無表情で、周りから妾の手の強さを悟られることもない。流石プロは徹底している。

「どうすればいい?」

「数字もスートも絶妙にバラバラ過ぎて、ここからじゃストレートもフラッシュも狙えないし……降りた方がいいかなぁ」

「うぅむ」

 初心者である妾はクラリスの方針に従い、ワンペア以下では勝負を降りるようにしている。悔しいが、確かにここから手札の大半を交換して強い手が出るのを期待するのは危険だ。

「二枚交換で」

「一枚交換であります」

「儂も一枚お願いします」

 ジラルとガリアン、そして当然のように陛下は追加のベットを行いカード交換をする。この交換する枚数から相手の手札の揃い具合も予測できるらしいが、妾にそんな高度なテクニックはない。クラリスも過度に口出しすることは控えているので、後は行く末を見守るばかりだ。

「ふーん、なるほど」

「ほうほう」

「む」

 それぞれが交換したカードを検めた。三人は殆ど表情を変えなかったが、僅かにジラルが顔をしかめたような気がした。

「おじ様は駄目っぽいね」

 クラリスにもその様子は見えていたらしく、手札を見ずとも芳しい結果でなかったと推測している。

 事実、望んだ役は作れなかったらしい。

「レイズレイズっと」

「コールであります!」

「……フォールド」

 息を吸うようにレイズする陛下と自信満々に追従するガリアンを見て、ジラルは大人しく勝負を降りた。

 ていうか陛下、一回のレイズですげーチップ積んでない? 自信凄くない?

 あれ負けたらヤバくない?

「レイズ。おいおいガリアン君。これ以上追いかけると危ないんじゃないか?」

「コール。陛下こそ覚悟するであります。これは接待ではないでありますからなぁ」

 互いに不敵に笑いながら、チップの山がどんどん高くなっていく。陛下に対していつもの調子でいられる辺り、ガリアンも地味に順応性高いんだよなぁ。

 でも、これは完全に駄目なパターンのような……。

 ま、まあガリアンも自信ありそうだし、大丈夫かな。


 で、ショーダウンの結果。

「フォーカードであります!」

「はいストレートフラッシュ。残念でしたー」

「オォォォォォオオオオオオン!?」

 深追いしたガリアンが撃沈した。

「えーっと、フォーカードって結構強いよな」

「うん。ジョーカー無しのルールなら上から三番目だよ」

「ストレートフラッシュは?」

「二番目ですな」

「ガリアン持ってなさすぎぃ!?」

 いや、むしろ陛下が持ちすぎなのか?

 役ごとの出来る確率は計算しなきゃ漠然としたイメージしかつかないが、フォーカードもストレートフラッシュもそんな簡単に出るもんじゃないだろ。何にせよ降りておいて正解だった。

「こればかりはガリアンを責められませんな。陛下の引きが凶悪過ぎる」

「だな。妾もフォーカードだったら勝負に出てたわ……」

 肩を落としてトボトボと敗者席へ向かうガリアンの背中を、妾とジラルは哀れみの籠った目で見送った。

 それを出迎えたミルドから、一言。

「口ほどにも無いですね」

「ハハハ、惨敗だな!」

「お前らよりかはマシだからな!?」

 無遠慮にのたまう脳筋共に一括し、次なるゲームへと臨んだ。


 ゲーム数としては二〇回目に突入した頃だろうか。

「ワンペアかぁ」

「あんまり逃げててもじり貧になるし、取りあえずペアと一番大きい数字残して交換しとこっか」

「そうだな……げ、全然駄目だ」

 ひとまずコールして交換してみたものの、スートも数字も見事なまでにバラバラだ。これじゃあ流石に勝負にならない。

 せめて陛下がワンペア以下の手札で、不利を察して降りてくれると助かるんだが。

「よーし、レイズ」

 ですよねー!

 もうなんかこの人、単にレイズって言いたいだけな気がしてきたよ。

「フォールドだ……」

 追いかける勇気はないので、大人しく降りた。

 すると、

「レイズ!」

「何ぃ!?」

 ここでジラル渾身のレイズが炸裂した。コールで追いかけるのではなく、更に上積みしやがった! こんなこともできたのか。

「へぇ、ここで攻めてくるんだ。今のお前ならもう少し大人しくしてるもんだと思ってたけど」

「こうして賭けに興じていると、昔を思い出しましてな……鉄火場で長々と勝負を間延びさせるのは無粋でしょう」

「……確かにお前はそういう奴だったな。攻め時を見極め、一気に持っていく。敵に回すと恐ろしいことこの上ないよ」

 ヤンチャ時代の血が騒ぎ始めたのかジラルはいつになくピリピリしてるし、陛下は何が面白いのかすげーニヤニヤしてる。

 なんだか余人が入り辛い空気になってきたな。妾も敗者席で高みの見物したい。

「クラリスはどう思う。ジラルは勝てると思うか?」

「手札を見れないから何とも言えないけど……今までのプレイングはかなりこなれてたし勝算はあるんじゃない?」

「うぅむ、まあジラルに限って無謀な特攻はしないだろう」

 何と言ってもジラルは元ギャンブラーである前に、我らがザハトラーク王国が誇る名宰相。長い年月をかけて積み上げてきた知識と磨き上げてきた知性によってゲームの流れを試合し、未来予知の如く勝利をかっさらっていくのだ。

 と、妾は勝手に思っている!

 

 そして熾烈な戦いが始まった。

「ならば僕もレイズだ!」

「更にレイズ!」

「そんなものかレイズ! ハハハ、何か楽しくなってきた!」

「なんの、まだ儂のレイズは終了しておりませんぞ!」

「レイズ! レイズレイズ!」

「レーイズ!!」

 もうやめてぇ!!

 何回レイズって言うんだよこいつら! 耳から離れなくなるわ!

 レイズレイズぅううぁわぁああああ!!

「落ち着きなよルーちゃん」

「す、すまん取り乱した」

 危うく精神が異次元の領域に旅立つところだった。

 つーかあの調子でレイズしてたら結局ジラルもオールインじゃないか。だったら最初からオールインって言っておけばよかったじゃないか。

「熱いレイズ合戦ですね」

「互いに譲らない展開だぜ」

「そういうゲームじゃねえからこれ!? ていうかガリアンもツッコめよ席が微妙に離れててやりづらいんだよ!」

「無茶言わないで欲しいであります。この二人は小官の手に余るでありますよ」

 数メートルという微妙な距離感でやり取りをしている間にも、勝負は佳境に入っていた。案の定ジラルがオールインとなり、ベットは実質打ち止め。残るは、ショーダウンで勝負を決するのみ。

 これで勝てれば陛下に相当な打撃を与えられるが、果たして……。


「スペードのフラッシュです」

「奇遇だな。僕はハートのフラッシュだ」

 二人が開示した手札は、まさかの同じ役だった

「お前フラッシュでオールインしたの? 相変わらず大胆だなぁ」

「同じ役で躊躇なく追いかけてきた陛下も人のことは言えませんな」

 フラッシュの強さは役全体で言うと真ん中あたり。完全な中堅であり、博打に出るには心許無い手だ。結果的には互いに同じ役で拮抗した訳だが。

 しかし、これではどちらが勝ったのかわからないぞ。

「この場合どうなるんだ!?」

「賭場によって微妙に変わるんだけど、このカジノのルールに従うなら手札の一番強い数字で勝負かな」

 クラリスの説明を受け、妾は二人の手札へと目を走らせた。

 ジラルの手札で一番強いのは……クイーンか。これは中々いい線いってるのではないだろうか。

 そして、陛下は――


「キ、キング……!?」

 駄目だったかー! ここに来て、陛下の強運が光った。

 数字一つ分の差となると、先程のガリアンよりも僅差で負けたことになる。これは悔しい。もし妾が同じ立場だったらあまりの不運さに泣きだすかもしれない。

 惜しくも敗退したと同時に脱落が確定したジラルだったが、その表情に悔恨の色は見られなかった。

「やれやれ、少々熱くなり過ぎましたかな。勝てると思ったのですがのぅ」

「ルールの確認不足だったね。でもまあ、昔贔屓にしてた賭場じゃフラッシュはスペードが最強だったし、目は衰えてないんじゃないの?」

「ほほう、陛下からお墨付きを頂けるとは身に余る光栄ですな」

 珍しくおどけたような口調で言って見せてから、ジラルは妾を見て。

「ですが負けは負け。儂の無念は、魔王様に晴らしていただくと致しましょうぞ」

「お、おう! 妾に任せろ!」

 妾の返事を聞いたジラルはニッコリ微笑み、敗者席へと向かっていった。

 ……つい威勢のいい返事をしてしまったが、これ大丈夫なのか?

 プロの遊び人がアドバイザーといてついているとはいえ、妾はずぶの素人。対するアルベリヒ陛下は百戦錬磨のギャンブラーと来た。

 しかも一時は回避したかに思われたタイマンに持ち込まれてしまった。三人からぶん取ったチップが元から高かった山に詰まれ、もう凄いことになってる。これを一人で相手にしなきゃいけないのか……。

 もう一度言うけど、これ大丈夫なのか?

「良いレイズでした」

「熱かったな!」

「後は殿下が全部何とかしてくれるでありますよ!」

 あっちは気楽そうだなおい。

 正面ではニヤニヤと笑う陛下が待ち構えていて、勇者は完全に他人事であるかのようにディーラ業に専念してる。凄く胃が痛くなる状況だ。

 くそー、どうにかして妾の方に強いカード配ってくれないだろうか。流石に無理か? 下手なイカサマは簡単に見破られる気がする。だが勇者ならあるいは……。

 益体もないことを考えながら、配られた五枚のカードに目を通す。

 パッと見だと黒一色だしフラッシュか? スートは……全部スペード。フラッシュかー、まあそこそこだなうん。この強くも弱くもない感。実に中堅だ。

 と、何とも言えない気分になっていたのだが。

「ルーちゃんルーちゃん!」

「ん、何だクラリス」

「数字数字!」

「数字?」

 小声かつ早口で言い募ってきたクラリス。若干落ち着きを失った様子に不穏なものを感じながら、妾は言われた通りカードの数字を確認した。

 数字はバラバラで、フラッシュより上のフルハウスやフォーカードは造れない。でも妙に絵札が多いような。

 見やすいように、カードを並べ替えてみる。

 4、10、J、Q、K……!?

 こ、これはまさか!?

 声に出すわけにもいかず、妾はクラリスへ迫真の視線を送る。それを受けた彼女もまた、無言でゆっくりと頷いた。

 スートがすべて同じ。このままではただのフラッシュ止まりだ。でもこの状態から4のカードを捨てて新たに来た一枚がスペードの9ならば、さっき陛下が繰り出したストレートフラッシュ。

 もしAを引ければ、完成するのは一般的なポーカーにおいて最強の役。

 ロイヤルストレートフラッシュがワンチャン……!

 確率的な話をすれば、あまりに無謀な賭けだ。大量に残った山札からピンポイントでスペードのAを引ける保証はない。それ以前に陛下の手札にあったり、順番的に先に交換を行う陛下が引いてしまえばそれで終わり。

 だが逆に考えれば可能性はゼロじゃない。人数が少ない分、山札に目当てのカードが残っている確率は上がっているはずだ。だとしても確率が低いことに変わりはないが。


 ――いいっすか? 自分行っちゃっていいっすか?

 ――許可する!


 アドバイザーとアイコンタクトで通じ合った。

 無謀かもしれないが、ここまでお膳立てされてしまえば狙うしかないだろ。別にこの勝負だけで全てが決するわけじゃない。揃わなかったら降りてしまえばいいのだ。

「レイズ」

「コール!」

 一回目のベットタイムは、流れるような動作でチップを積む陛下に追従する。

 問題はこの次だ。

「一枚よろしく」

 最初に陛下が自分の手札から一枚を捨て、勇者から新しい一枚を受け取った。表情は徹頭徹尾変わらず、底の見えない笑みを浮かべるばかりだ。表情から手の強さを読むのは不可能に近い。

 そして妾の手番が回ってくる。

「一枚交換だ!」

 手札から4のカードを選んで捨てた。

 カードを受け取る際、真っすぐに勇者の目を見て。


 ――わかってるよな?

 ――?


 どうやら通じなかったらしい。ふん、修行が足りないな。プロを見習え。

 若干怪訝そうに手渡されたカードを手札に加え、恐る恐る確認する。

 ……スペードの9かよ。

 盛り上がったテンションが一気に下がっていき、顔から表情が消える。まさかこんな形でポーカーフェイスを会得することになるとは。

 ロイヤルストレートフラッシュは無しかぁ。簡単に出るとは思ってなかったけど、やっぱりがっかりしてしまうなぁ。あー惜しかったなぁ。

「ルーちゃんルーちゃん!」

「ん?」

 落胆の気配を察知したのか、クラリスがフォローを入れてくる。

「ストレートフラッシュも充分強いよ? しかも数字の並び的にも最強!」

「でもロイヤルストレートフラッシュより弱いじゃん」

「そんな奇跡みたいな役と比較されても……」

「……まあ、確かに悪い手じゃないな」

 あと一歩だったということもあり未練は深いが、クラリスの言っていることにも一理ある。

 妾の手より強い役はロイヤル……もう長いからロイストでいいか。ともかく、陛下がロイストを出してこない限り妾は負けない。そしてロイストが出る確率は極小。つまり妾が負ける確率もかなり低い。

 怪我の功名と言うべきか、妾の落胆っぷりを見て陛下は強気に出てくるだろう。まあどちらにしても強気なのだろうが……後はこのポーカーフェイスを保ってちょっとずつ釣り上げていけば、大きく削れるかもしれない。

 そう考え、妾は陛下のレイズを待ち構えた。


「オールイン」


 ――え?

 今、何と?

「オールインだ。この勝負に僕は、全てのチップを賭ける!」

「な……!?」

「さあ、どうするルシエルちゃん。伸るか反るか、二つに一つだ」

 何だってえええええええええええええ!?

 思わず叫びそうになるのを必死に堪えながら、陛下が何を考えているのかを読み取ろうとする。

 ……駄目だ、さっぱり理解できない! 何て忌々しいミステリアススマイル!

 強気に出てくるとは思っていたが、有り金全部を賭けてくるなんて予想だにしていなかった。それほどまでに自分の役に自信があるとでも言うのか。

 全てを賭けても確実に勝てると思える手……はっ、まさか!

 ロイストか!? ロイストなのか!?

 妾は極力悟られないように、陛下の顔をチラ見した。

 なのに何故かばっちりと目が合ってしまい、陛下は意味ありげに口角を上げた。

 ――ヤバイヤバイヤバイヤバイヤバイ!!

 ロイストだ! 絶対にロイストだよあれ!

 どうする、どうすればいい、どうしてこうなったぁぁぁぁあああ!?

 頭の中で情報がぐるぐると周り、何が何だかわからなくなってくる。

 こんな時、どうするのが正解なのか。

 安全作を取るのであれば、勝負を降りてしまえばいい。勝負しなければ被害は最小限で済む。ここでオールインして負けてしまえば、もはや勇者たちを解放する術はない。一か月待ちぼうけコースだ。退屈死してしまう。

 だがこれでもし陛下の手札がストレートフラッシュ以下だったら、まんまとプレッシャーに圧し負けて策にはまったということになる。せっかく作れたほぼ最強に近い手を無に帰してしまう可能性が……。

「ど、どうすればいい?」

「……最終的な判断は任せるけど」

 縋るような気持ちで問いかけると、クラリスはそう前置いてから。

「安全を取るなら、降りるべきだね」

「やっぱそうか……」

 妾もそれが賢明だと思った。

 変にこだわって破滅するくらいなら、ここでの勝ちを捨てて次に託す方が無難だろう。初心者にだって理解できる、自明の理だ。

 降りよう。

 そう決めて、フォールドを宣言しようとし――


「でも私なら、勝負するかな」

「え?」

 遮るように告げられた言葉に、思わずクラリスを見返す。

「賭けに出るってそう言うことだから。どうしても逃げたくない場面で、例え一歩間違えば過程が全て無駄になるとしても……可能性がゼロじゃなければ、前に踏み出す」

 最初は淡々と、しかし最後の方は熱に浮かされるように。

 これまでで一番の笑顔を妾に向けて、彼女は言った。


「それが私の選んだ道――プロの遊び人としての生き方だから」


 ……深い、のか?

 よくわからない。

 よくわからないが、その生き方は――

「たぶん長生きできないぞお前」

「え、そういう反応!?」

「これでも魔王だからな。刹那主義には共感し辛いというか」

 たまに忘れられそうだから再三言うが、妾は魔王である。駆け出しではあるが国の統治という重要な役割を担っており、その決断には往々にして責任が伴う。その場の刹那的な判断で事を進めては国の存亡に関わったりしなかったりだ。

「……でも、そうだな」

 ただし、今日はちょいと事情が違う。

 このカジノに魔王ルシエルは存在しないのだ。

 今ここでカードを手にしているのは、そう――

 

「妾はルーシーだし、大胆にいってやろうじゃないか――オールイン!!」


 崩れかけのポーカーフェイスなんぞかなぐり捨て、挑戦的に笑いながら宣言した。

 全く、気づくのが遅すぎた。これまでの自分の何と無粋なことか。

 オールオアナッシング? 上等だ。

 ここで賭けなきゃ女が廃る――!

「うおおおおお勝負だ陛下あああああああああ!!」

「素晴らしい! それでこそ、ベリアルの娘だ!」

 熱気に当てられたように、仮面のような笑みの下に隠していた戦意を露わにする殿下。

 今ここにいるのは二人の王ではなく、二人のギャンブラー。そこに立場の差はなく、全てが対等だ。

 優劣をつけるのは、勝負の結果のみ!


「「ショーダウン――!!」」

 妾と陛下。

 二人の声が同時に重なり、テーブルへ叩きつけるようにその手札が明かされた。

 果たして、その結果は――


 ◇


「いやー、案外早く出れたね!」

「魔王が頑張ったからな」

「ミーお腹空いた」

「お、だったら出所祝いがてら酒場にでも――」


「ちょっと待てやお前らあああああああああ!!」


 ごく自然な流れで立ち去ろうとする四人組を妾は引き留める。

 カジノから出てすぐの場所にいるのはかっちりと決めたカジノのスタッフや雄々しいバニーではなく、いつもの見慣れた勇者パーティーだった。

「どうした魔王、お前も来るか? 世話になったし奢るぞ」

「え、いいの? 何か心苦しいなぁじゃなくてどこ行く気だコラ!?」

「事も済んだし打ち上げにでもいこうかと」

「お前らの中では済んだ話だろうけどこっちでは済んでないんだよ!」


 陛下との勝負を制し、快く返還された金によって勇者たちの借金は返済できた。ついでに妾の持参したお小遣いは綺麗に元の金額へと戻り、勇者たちが働いた分は逆に給料として奴らに支払われることとなった。

 なんだか勇者たちが一方的に得したような展開になっているが、それは別に構わない。妾はお金欲しさにカジノへ来たのではないのだ。勇者たちを解放出来て、想定とは違えどギャンブルもそれなりに楽しめた。

 残すもう一つの目的さえ達成できれば、万々歳なのだが。

「いい加減ダンジョン攻略しろや! ここからすぐ近くにあるから!」

「えー今からー?」

「一番簡単なとこだから大丈夫だよ、お前らなら今から行けば絶対に夕飯までには戻ってこれるよ!」

「その言い方は魔王としてどうかと思うであります……」

『始まりの祠』はアルヴヘルツ南門から歩いて一五分。あそこはいわゆる初心者向けのチュートリアルダンジョンであり、難易度はとても低い。自国のみならず、友好国の新兵教育にも使われるほどだ。

 この人外魔境どもなら鼻歌交じりに蹂躙出来る。

「さあ行こう今すぐ行こう! ダンジョンが君らを待っている!」

「面倒臭い」

「んだと猫耳! 誰が解放してやったと思ってる!?」

「別に頼んでない」

「おっとそういうこと言っちゃいます!? 何だったらさっきカジノに払った金をそのまま妾への借金に――」

「食前運動は大事。具体的にはダンジョン攻略」

 よし、一番厄介なのは説得できた。こいつさえ陥落すれば後は容易い。

「今回は助けられたしな」

「だねー。魔王ちゃんに免じてダンジョンには沈んでもらおうか」

「やるからには全力」

「要するに、乗り込んでぶっ飛ばせばいいんだな!」

 ギラリと目を光らせたりボキボキと関節を鳴らしたりしながら、ダンジョンの方へと向かって歩き出す勇者一行。

 やる気になってくれたのはいいとして、これガチの蹂躙展開だ。いくらでも湧いて出てくるモンスターがやられたところで問題はないけど、ダンジョンマスターがトラウマで再起不能になるかもしれない。昔そういうことがあったらしいしなぁ。

「『始まりの祠』のダンジョンマスターって誰だっけ?」

「ゴブリンメイジのギタ殿ですな」

 嗚呼、やはり初心者向けらしくボスも相応の強さだ。

「トラウマ確定ですね。お疲れ様でした」

「強く生きて欲しいな!」

 ギタは犠牲になったのだ。魔王就任以来から続く妾の執念……その犠牲にな。

 何はともあれ、これでようやく勇者たちもダンジョン攻略に踏み出してくれるわけだ。

 万々歳!


「……で、どうしてクラリスがついてくるんだ」

「ルーちゃんだってついてきてるじゃん」

「妾はこいつらがちゃんとダンジョンまで行くか見張る必要があるからな。でもお前が一緒に来る理由はないだろ」

 カジノ絡みの一件が解決しプロの遊び人ともここでお別れになるかと思いきや、何故か勇者たちに混じっているではないか。

「私って自由気ままな遊び人だから、旅をするのも楽しいかなぁって。それにアレクたちといればルーちゃんにも会えるしね」

「よ、よくもまあ恥ずかしげもなく……だ、だがどうかな? 妾ラスボスだから、そう頻繁に会えるというわけでは――」

「長くても一週間だな」

「だまらっしゃい! つーかいいのか勇者、勝手についてきてんだぞ!?」

 自分のことを棚に上げて問い詰めるが、表情一つ変えず勇者は言う。

「クラリスにも世話になったからな。能力も充分見させてもらっているし、断る理由がない」

「クラリスちゃん凄いんだよー。魔法も使わず気配が消せる上に、アサシン系のスキル沢山持ってるの!」

「遊び人兼暗殺者!?」

 あの凶悪な気配遮断に加えて、捕捉されていない状態で真価を発揮するアサシン系スキルとか……こいつも人外の系譜だったか。

 何なの? 戦闘民族は引かれ合うの?

 勇者パーティーの戦力増強が留まることを知らない……!

「女一人身で根無し草だと、用心に越したことはないからね」

「護身術とかならまだしも積極的に殺しに行く技ばかりなんですが!?」

「あはは、まあ細かいことは気にしない気にしなーい!」

 のらりくらりと妾の追及を躱して、クラリスは悪戯っぽく笑う。

「細かいことを気にしてると禿げちゃうぞ? うりうりー」

「ちょ、何だいきなり!? やめろ撫でるな! あんまり強く撫でるとマジで毛根持ってかれるから!」

「あ、ずるい! ネリムも魔王ちゃん触るー!」

「お前はお呼びじゃねぇー! 妾のそばに近寄るなー!!」


 こうして妾はネリムとクラリスに揉みくちゃにされながら、勇者たちと共に王都の南門へと向かうのであった。

 そしてこいつらは、いつか絶対に泣かす……!


 ◇


「あーやられたやられた」

 勇者一行と魔王一行が去ったカジノ。

 騒がしいことには変わりないはずなのに、心なしか少し静かになったようなフロアの片隅でアルベリヒは独り言ちた。

 その手には先ほどまでポーカーで使っていたカードが五枚。四枚は同じ赤色で、10からKまでの数字が綺麗に並んでいる。

 しかし、最後の一枚は。

「スペードのAか。ルシエルちゃんには悪いことしたなぁ」

 あの落胆っぷりを思い出すと、今でも笑いがこみ上げてきそうになる。ショーダウンで開示された手札を見ても、ロイヤルストレートフラッシュを一点狙いしていたことが見え見えだった。

 挙句に引いたのがスペードの9と来た。彼女は笑いの神に愛され過ぎている。

「ま、どちらにせよ僕は負けてたか。順番が逆ならブタで終わってたし」

 結果から言えば、あの時のオールインは完全に悪手だった。相手の反応やこれまでのプレイスタイルを見るに、あの場面でオールインすれば安全策を取って降りるものだと思っていたのだが。

「やっぱり、あの親子はいつだって僕のことを楽しませてくれるな……おっと」

 カードを指先で弄びながら勝負の余韻に耽っていたアルベリヒは、ふと自分に向かってくる魔力の波動を感知した。一定のリズムで受信者の注意を引くこの感覚は、遠距離通信魔法【コール】に特有のものである。

 そしてアルベリヒほどの魔導士ともなれば、連絡印を見ずとも魔力のみで通信相手を特定できた。


「やあクロイツ、元気にしているかい?」

『ごきげんようアルベリヒ陛下、自分は元気です……なんて言うとでも思ってんのか? 冗談キツいぞ』

 応答した通信相手――クロイツと呼ばれた男は相手の立場を知っていてなお粗雑な、不機嫌さを隠さない態度で愚痴り始めた。

『こちとら四〇手前のおっさんだぜ? 長生きなあんたからすりゃ赤ん坊どころかノミみてえな年齢かもしれないがよ、この年のヒューマンは体中ガタガタさ』

「情けないなぁ。僕の親友は見た目ヨボヨボなのに、生涯現役って頑張ってるよ?」

『生憎と、こちとら不真面目拗らせて国を出た放蕩者でね。突然誰かさんに旧大陸の調査をしてこいと言われて、五年間ほぼ毎日死にそうな目に遭えば、文句の一つも言いたくなるもんさ』

「おやまあ、君にそんなことを命じた奴はとんだ鬼畜だね」

『ハッ、どの口がほざくのやら』

 小さな魔法陣からフンと鼻を鳴らす音が聞こえてくる。

 最後に出会った五年前と全く変わらない生意気な態度に懐かしさと安堵を覚えながら、アルベリヒはスッと表情を引き締め。

「それで、あれはどうなっていた?」

『これから報告しに行くってのにせっかちなこった。しかもお前以外の声がしこたま聞こえるが、最重要機密について話すにゃ場所が悪いんじゃねえのか?』

「ご心配なく。今の僕は誰にも認識されないし、誰も僕らの話なんか聞いちゃいない」

 アルベリヒの言葉通り、カジノ内にいる人間の誰もが彼の方を見向きもしなかった。未だ【オーバーレイ】の偽装を解いていない以上目立たないのは確かだが、近くを通ったバニーガールやスタッフまでもが完全に無視してくる状況はありえない。

『【アイソレーション】か。けったいなスキルだ』

「僕のは再現でしかないけどね。とまあそういう訳だ、触りだけでも聞かせてくれ」

『……単刀直入に言うぞ』

 一呼吸空けて、クロイツは告げる。


『「永久(とこしえ)の氷晶」は砕け散っていたよ』


「……そうか」

 アルベリヒはただ短く、そう返事する。

 予期していたこととはいえ、すぐに受け止めるには衝撃的過ぎる事実だった。

『永久の氷晶』――伝説と言うよりかは半分、聞き分けの悪い子供に言って聞かせるようなお伽噺に近い物語に出てくる産物だ。

 それが旧大陸に実在し、絵空事に描かれたある存在が実際に封じられていると知っている人間は新大陸に数えるほどしかいない。アルベリヒの知る限りでは自分とクロイツ、他にはイシュトバーンやアカデミーの上層部くらいか。確認は取っていないが、シントの亜神連中(シングウジ)も把握しているに違いない。

 何にせよ、直接的な当事者にあたる彼女らすら与り知らないところだ。

『死の嵐の発生周期が早まってるのは封印が弱まったせいだとあんたは考えていたみたいだが、まさか解けちまってたとはな』

「ああ……考え得る限り、最悪の事態が起きている」

『で、どうすんだよ。俺ですら片道二年半かかってんだ。帰ってくる途中でそいつを追い越したとは思えないんだが?』

「いや、まだ新大陸には来ていないはずだ。伝承が正しければ、封印された時点で奴は殆ど死にかけている。力を完全に取り戻すまでは旧大陸を徘徊しているだろう」

『ってすると、あん時見たのは中身入りだったのか……ホント、よく死ななかったな俺』

 心底ゾッとしたように呟くクロイツ。彼が実際に目にしたのは紛うことなき死の体現であったのだろう。

 これに関しては茶化す気にもなれず、労いの言葉を掛けようとしたアルベリヒだったが。


『さっきから何を話してるんですか、お父様?』


 不意に【コール】の魔法陣から聞こえてきた声に喉から出かかった言葉がつっかえる。

 明らかにクロイツとは異なる、鈴を転がしたような少女の声だった。

『ちょ!? あのなウルスラ、今俺は大事な仕事の話中――』

「今のは誰だい? クロイツ」

 丁度いいと、アルベリヒは沈痛な表情を消してにたりと笑う。

 いい加減、辛気臭い空気は払しょくしておきたかったのだ。

「ウルスラって言ったかな? 君のことをお父様って呼んでたよね。でも僕の記憶が正しければ、君には二人しか子供はいなかったはずだけど」

『あーこれはだな、海よりも深く空よりも高い理由があるっつーか何っつーか』

「ふーんそうなんだ。まあこのことは、僕の方からグレンツェのセレナさんにしっかり伝えておくから」

『バ、やめろ!! てめえアルベリヒ、俺を殺すつもりか!?』

 とある人物の名前を出すや否や、クロイツはあからさまに焦りだした。その反応が面白く、アルベリヒは更に追い打ちをかけていく。

「大げさだなぁ。『境界の剣聖』ともあろうお方がそう簡単に死ぬわけないじゃないか」

『お前は何もわかっちゃいねえ! そういう軽口はあいつのベリータルトを食ってから吐きやがれ!! いや食ったら吐けよマジで死ぬぞ!?』

「あはは、肝に銘じておくよ」

 妻の手料理を劇物扱いする夫は人としてどうかと思わんでもないが、事実なのだから仕方がない。アルベリヒとしても命は惜しいので、彼の家でご相伴に預かるのは避けたいところだ。

「そうそう、君って今どこにいるんだい?」

『どこって、アルヴヘルツに向かってる最中だが』

「方角的には?」

『……南だな』

 ――これはまた、運命の悪戯ってやつかな。

 まるで仕組んだかのような巡り合わせの良さに、アルベリヒはほくそ笑む。

「丁度、南門の方から今代の勇者一行がダンジョンに向かうそうだ。五年ぶりの再会と洒落込んだらいかがかな?」

『……え、あいつ勇者なの? ていうかこっち来てんの!?』

 やはり知らなかったようだ。

 無理もない。旧大陸にいたのでは新大陸の情報など得ようがないし、クロイツが旅立ったのはアレクが勇者に選ばれるよりもだいぶ前だった。

「で、どうする?」

『あー、そうだな。顔を忘れられる前に顔出しといた方がいいか』

「是非そうしてやってくれ」

『おう。それじゃ、詳しい報告はまた直接会ってからするわ』

「ああ、また後で」

 敢えて魔王一行も一緒にいるという情報は控えたまま、クロイツとの会話を終えた。

 何故そうしたか?

 無論、そのほうが面白そうだからだ。

 ただ、気がかりなのは。

「あれがいつ、こっちに来るのやら……ま、今考えても無駄か」

 深刻に受け止めていたさっきまでとは異なり、アルベリヒはあっさりと割り切った。

 長らく言葉を交わしていなかった友と他愛のない会話が出来たことで緊張が解れたし、念のための保険も仕込んだ。勇者たちを引き留めることで、おびき寄せたルシエルと彼女を接触させるという目的も果たされている。


 ――何より。

 去り際に見た彼らのやり取りを思い出すと絶望的な状況の中でも光が見えてくるのだ。

 勇者と魔王。

 人と魔族。

 種族の垣根もなく、対等に接し合い、笑いあう彼ら。

「……お前の夢や理想は、間違っていなかったよ」

 どこか遠く――もうここにはいない誰かへ捧げるように、アルベリヒは虚空へ囁く。


「だからこそ、必ず守らなきゃいけない。そうだろう――ザハトラーク」


 その言葉は誰の耳に留まることなく、ただアルベリヒ自身の心へ決意を刻み込んだ。

アサシン系プロ遊び人のクラリスが勇者パーティーに加わった!

果たして、魔王様は無事に勇者たちをダンジョンまで送り届けられるのか?


そして、広げた風呂敷を畳める日は来るのか?

次回、第一部完結(予定)!

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