10 賭博魔王録ルーシー(1)
カードを握る手に汗が滲んでいくのを気持ち悪いほどハッキリと感じる。
静寂に包まれた場で聞こえてくるのは、遠くでルーレットが回る音にうるさいくらいに鳴り響く鼓動。そして浅く繰り返される自身の呼吸音のみだ。
ちらりと、極力悟られないように努めながら対戦者の顔を伺う。
高く積みあがったチップの山の向こう側。妾と同じく五枚のカードを手にしたかの人物は至って落ち着いた様子で、配られた手札へ目を通している。
だが、その口元が静かに吊り上がっていくのを妾は見逃さなかった。
――ヤバイヤバイヤバイヤバイヤバイ!!
必死に保っているポーカーフェイスが流れ落ちそうなくらいの汗が噴き出て来る。向こうがこちらの顔をあまり見てこないのが救いか。多分見られたら一発でバレる。
――どうする?
ただでさえ妾の身に余る展開だというのに、この状況は非常にマズい。ここからの一発逆転は博打が過ぎる。あまりに無謀な賭けだ。
――どうする!
悩んでいる間にも時間は過ぎていく。ちくしょう、こんな時に時間操作系の魔法が使えれば……駄目だ、実力で遥か上をいく相手に使っても意味がない。そもそも妾はそんな魔法使えない。
万事休す!
――どうしてこうなったぁぁぁぁあああ!?
もはや八方塞に近い今、妾はただひたすらここへ至るまでの経緯にそう心の中で叫ぶ他なかった。
◇
事の発端はいつも奴らだ。
いい加減妾も慣れてきたと思ったんだが、どうもまだ甘く見ていたらしい。
「勇者たちがギャンブルで借金作って町から出られなくなっただとぉぉぉおおお!?」
『はい、恥ずかしながら……』
対話魔法【コール】越しに聞こえてくる女神の声は、とても申し訳なさそうな感じだった。まるで子供がしでかした不祥事に心を痛める親のようだ。
何でも、現在奴らはロドニエの王都にいるらしい。
最後に会ったときにそっちの方へ向かうという話は聞いていた。王都付近には『始まりの祠』というダンジョンがあることもあって、ようやく攻略に着手し始める気になったのかとその日は久々に快く別れたのだが。
数日空けて女神に話を聞いてみれば、この始末である。
アルヴヘルツ――新大陸でも有数の歴史を持つロドニエ王国の王都にして、俗には『妖精王のお膝元』とも呼ばれている。大国らしく街並みは壮観で、年中日を問わず多くの観光客が訪れる。その経済効果たるや、下手な小国の国家予算を上回るほどだ。
当然それほど金の集まりが良い場所には、それを使うための施設がある。巨大な商業街であったり、高級な宿泊施設であったり、幅広いニーズに対応した娼館であったり。
そして金を回すという点において最も特化しているのがカジノだろう。多分に漏れずアルヴヘルツにも存在し、小市民であれば五回くらい人生をやり直せそうな金額が日夜動いているとの専らな噂である。
話を聞く限りだと勇者たちはそこで多額の借金を作り、未だにカジノから出てきていないという。大方、負けを取り返そうと一層のめり込んでしまっているのだろう。
呆れて物も言えなくなりそうだ。賭け事で身持ちを崩すとか、典型的なダメ人間ではないか。
「で、借金はすぐに返せそうなのか?」
『それが、私はカジノ内の様子を見ることが出来ないので詳しいことは……あの子たちが借金を作ったという情報も他の神から聞いたんです』
「何で!?」
『私、一応祝福の神をやっていまして。賭け事とか、それを司る施設への干渉は禁止されてるんです』
祝福――つまり幸運を授ける神でもある女神フォルトゥナは放つオーラだけでもギャンブルを支配する確率に著しい偏りを起こす懸念があるため、これへの干渉を禁じられているとのこと。
神は万象を統べる存在だとよく言われるが、そんな造物主クラスの神はホンの一握りであり、大抵の神は各々の適正にあった役割が振られているようだ。その辺は人間社会とあまり変わらんな。
「私がフォルトゥナを連れてどこぞのカジノに立ち入り、大勝ちして以来定められたルールですね」
「お前のせいかよ!」
「側に置いておくだけでぼろ儲けです」
『私を不正アイテムみたいに言うのやめてくれます!?』
大体ミルドのせいだった。
「しかし、女神にもわからないんだったら結局妾たちが確かめに行くしかないじゃないか。全く、世話の焼ける連中だ」
「すごい自然に行くことが決定してるでありますな」
ガリアンが何か言ってる気がしたが、妾の頭の中は既に今後の予定で一杯だ。
さて、まず予算は幾らくらいにしとこうか……。
「恐れながら魔王様、様子を見に行くだけであれば誰か一人使いを向かわせれば済むことでは?」
「え、何で?」
「いえその……」
殆ど素で聞き返した妾に対し、ジラルは心苦しそうにして。
「仮にも国家元首である魔王様が城を空けて、賭場へ赴くというのはあまりよろしくないことかと」
……あー、うん。そうだね。
王様が平日に職務を放り出してカジノで遊んでいるというのは確かにイメージが悪い気がするし、何よりこうしている今も身を粉にして働いている勤勉な国民たちに申し訳ないような気もする。
ジラルの言っていることはごもっともだ。
でもなぁ。実は妾って今、結構暇なのよ。
この間は忙しくて死にそうで酒でも飲まなきゃやってられねえよ状態だったんだが、年度始めのあいさつ回りも粗方終わって、後は特定の国との会談が不定期にあるくらいなのだ。国内情勢はあの蟲事件以来は平和そのもの。ぶっちゃけ一週間くらい放っておいても機能しそうな感じ。
何が言いたいかっていうと、王様って意外と退屈なんだ。勇者こないし。
数件だけ上がって来た事業案に判子を押しただけで今日の業務が終わり、何か面白いことになってないかなーと女神に連絡をしたら、あの話だ。
正直に言おう。
カジノ、めっちゃ行きたい。
自分で言うのも何だが、妾は結構いい子だ。万年新婚気分の両親に囲まれながらもグレずに真っすぐ育ち、特に非行に走ることもなくこうして魔王の任を引き継いでいる。一緒に悪いことする友達がいなかったというわけじゃない。妾は孤高であって、孤独ではないのだ。
そんな妾だからこそ、ギャンブルにはちょっとした憧れがあった。それで破滅するのは論外として、どこかアウトローな雰囲気があっていい。危険な遊びって感じが若者心をくすぐる。
そう、欲望の坩堝たるカジノも節度さえ守れば大人の社交場なのだ。
たぶん。
ただジラルの言い分もわからんでもないんだ。妾の発する行きたい行きたいオーラを感じ取ったからこそのあの表情だったのだろう。
それによくよく考えたら、大っぴらに勇者に会いに行くというのも恥ずかしい。心配になって見に来たみたいじゃないか。
うーむ、何かないのか。ここから全員が幸せになれそうな方法は……。
王座に座ったままウンウンと悩むこと数秒。
妾が答えを出すまでもなく、前に並び立つ三人の内の一人がスッと手を挙げる。
ご存知ミルドさんである。
「ルシエル様、私に妙案があります」
「ほう、言ってみるがいい」
自信ありげなミルドの発案を、妾は期待と共に聞き届け――
◇
「ふっ、来ちまったぜアルヴヘルツ……」
平日の正午を少し過ぎた頃だというのに、やはり道を往く人の数が多い。流石は王都と言ったところか。成り立ちからして開放的な文化を持つこの国では、ザハトラークほどではないが多種多様な種族の人々が往来している。
数多くいる観光客の一団に混ざり、妾たちが一直線に目指したのは。
「ここがカジノ『フォーチュン』か。ふっ、危険な香りがするぜ……」
「ルシエル様」
「ふっ、どうしたんだミール、眉でハの字なんか作っちまって。あと妾はルーシーだ」
「ではルーシー様」
指摘されたミルド――もといミールは改めて呼び直し、
「そのキャラ付けは多分いらないと思います」
「……いらないかな?」
「はい。見ていて痛々しいかと」
他の二人の方にも意見を求めるように視線を向ければ、揃った動作で小さく頷かれてしまった。
……うん、妾も途中からなんかおかしいと思ってたんだ。
久々の外出。しかも行き先が今まで踏み入らなかったような所だから、テンションが上がってたのかもしれん。
はいやーめた。やっぱいつも通りが一番!
と言うわけで、妾たちの前には割と大き目な建造物が佇んでいる。
掲げられた看板に光る塗料で描かれた建物の名は『フォーチュン』。賭場としては新大陸でも一、二を争う敷地面積を誇るロドニエ王国唯一のカジノである。
これから妾たちは、この中で未だ借金返済のために奮闘しているであろう勇者たちの様子を見に行くのだが。
「いいか、もう一度確認しておくぞ。妾はルーシー。特に名は売れてない成金の娘で、ここには観光できている。ほら、お前らも自分の名前と職業を復唱しろ」
「えー、儂はラルジです。お嬢様の住む屋敷の家令を務めさせて頂いております」
「小官はガルであります。ルーシー嬢の護衛の任を預かっているであります!」
「私はミール。メイドです」
「何かやけにあっさりしたのが一人いるが、まあいいだろう」
魔王として来るのが駄目なら、一般人として来ればいいじゃない。
ミル……ミールからもたらされたアイディアを元に、妾たちは自分たちの身分を隠してここのカジノへ潜り込むことにした。
別に勇者たちと直接コンタクトを取る必要はないのだ。さり気なーく奴らの状況を見守り、放っておいても大丈夫そうだったら少ーし遊んでからお暇すればいい。借金と言っても、どうせ大した金額じゃないだろう。
必要な資金はまさか国の予算を使うわけにもいかないので、妾の個人的な貯金から捻出した。忙しすぎて使う間もなく、結構な額が溜まっていたのだ。
ぶっちゃけこの金を勇者に渡してしまえば解決な気もするが、それではつまら……あいつらのためにならないからな!
見た目の方も、ジラルが組んだ偽装魔法【オーバーレイ】で軽く変えている。髪や目の色といった細かい部分を弄る程度で体形などは誤魔化せないが、他の幻覚系の魔法と比べてバレにくいという長所がある。直接コンタクトを取らないなら、これくらいで充分だろう。
父上譲りの金髪は銀髪になっていて、母上譲りの碧眼は赤みかかった色へと偽装しておいた。更にその上からはサングラス。完璧じゃないか。
三人の部下たちもそれぞれディティールを弄っているから、これなら他人の空似で回避できるはずだ。そして全員サングラス。完璧じゃないか。
服装もそれぞれの役にあったものをコーディネートした。いつもの如くミールはメイド服だが、全体的に黒っぽい感じだ。ドレスコードも完璧。
完璧すぎて逆に不安だ。
「では、行くとしようか」
「「「はっ」」」
妾を先頭とし、黒っぽいグラサン四人組はカジノへと入っていく。
気分はさながらアウトロー。
ふふっ、何か悪だくみをしているようで年甲斐もなく気分が――
「いらっしゃいませ」
「アイエエエエエエエエエエエ!?」
出迎えてくれたのは、勇者でした。
「ユウシャ!? ユウシャナンデ!?」
あまりの衝撃に、ずれたサングラスを直す余裕もなかった。
何故だ。
何故勇者がお出迎えしてくる!?
しかもカジノの従業員みたいな格好して! 結構似合ってるなおい!
ってマジマジと眺めてる場合か!
こいつの観察眼のヤバさはチットの騒動で確認済みだ。こんなド正面から見られたら流石にバレ――
「……失礼ですが、どこかでお会いしたことが?」
「え? あ、いやー、気のせいじゃーないですかねーあははは」
言い訳下手くそか妾!
でも勇者は本気で気づいていない様子だ。マジか。軽く配色弄っただけなのに。
ま、まあいい。バレてないならそれに越したことはないんだ。少し長い沈黙があったのは気になるが。
「どうやらそのようですね。すみません、知人によく似ていたもので」
「お、お気になさらず」
「ではお客様方は、こちらへどうぞ」
他の三人のことも特に疑うこともなく、勇者は妾たちを店の奥まで先導していく。
何と言うか、こいつに敬語を使われるのは物凄い違和感があるな。立ち振る舞いとかが無駄に洗練されているから尚更だ。田舎育ちとは思えん。
「し、死ぬかと思った」
「ええ、危ないところでしたな」
「意外と気づかれないものでありますな」
「勇者様も案外ピュアなところがありますから。しかし、どうして従業員のような真似をしているのでしょうか」
「真似というか、あの練度ではもうプロの従業員でありますよ」
「よもや借金を返済するために働いているとか」
「……あり得るな」
前をいく奴に聞こえないよう小声で会話している内に、広いホールのような場所まで案内された。
店内は全体的に金色で、部屋全体が光を反射して非常に眩しい。ギャンブルに興じている客は観光で軽く遊びに来たような一般人から、見ただけで本物とわかる金持ちまで様々だ。
「各ゲームのルールは、テーブルにおりますディーラより説明をお受け下さい。それではごゆっくり」
いつもの無表情なまま滑らかにテンプレ感あふれる台詞を言い残し、勇者は音もたてず妾たちの側から去っていった。
最後までこちらの正体には気づかなかったようだ。
あいつもしかして物凄いアホなのでは?
「いかがしますか、まお……ルーシーお嬢様」
「ジラ……ラルジの推測が正しければ、他のメンバーもどこかで働いているかもしれん」
「……名前、別に変える必要ないんじゃないでありますか?」
「ありまするよ! 誰かに聞かれてるかもしれないだろ!?」
あとこういうのは形から入った方が楽しいし!
誰が何と言おうと、この一線は譲れない。
「方針としては、適当にホール内を回りつつ各人がどこで何をしているかを遠巻きに把握する感じでしょうか?」
「ああ。なるべく直接的な接触は避ける方向で行くぞ」
勇者は騙せたかもしれないが、他の面子だっていかにも鋭そうな奴が揃っている。チットの野性的な勘は侮れないし、ディータも相手の実力を見抜く目がある。ネリムは……よくわからんが危険だ。
とにかく周りにいる従業員たちに細心の注意を払いつつ、妾たちは移動を開始した。
テーブルから離れた所を歩きながら周囲を見渡していると、最初の一人は結構すぐに見つかった。
「あれは、チットか?」
「あの猫耳……間違いないですね」
ルーレットのテーブルに、嫌でも目立つ特徴的な猫耳を発見した。猫耳以前に、あんな子供が大人たちに混ざっている時点で充分目立つのだが。
こちらの存在を気取られないよう、少しだけ近づいて様子を伺ってみる。
立ち位置的に、どうやらディーラーをしているらしい。これはいよいよ勇者パーティー総出で労働をしている線が濃くなってきた。
相変わらず眠たげな表情でプレイヤーのベットを待っていたチットだが、ルーレットを回す手番となるとスッと目を鋭く光らせ。
「にゃ」
指先の最小限の動きでルーレットを回転させ、そこへ小さなボールを投じた。
カラカラと音を立てながら円盤の上をボールが滑り、プレイヤーたちは各々数字を叫んだり黙って祈ったりしながら、その行く末を見守っている。
やがてホイールが回転の勢いを失い、カランとボールが落ちた先は。
「黒の11」
この結果を受けて、プレイヤーたちは一喜一憂していた。
満足気に去っていく者もいれば、悔しそうにまた新しくチップを置く者もいる。
……うむ、何が起きてるのかさっぱりわからん!
頭上に浮かんだ疑問符が見えたのか、ラルジが補足してくれた。
「簡単に説明しますと、色や数字の組み合わせに対してチップを賭け、その当たりに応じた配当が返ってくるようになっておるのです」
「なるほど、そんなルールだったのか。詳しいなラルジ」
「若い頃、友人との付き合いでそこそこ嗜んでいましてな……しかし、チット殿も相当なやり手ですな」
「ん、どこがだ?」
何度となくルーレットを回すチットを見てジラルが感心したように呟くが、妾からすれば何がやり手なのかさっぱりだ。ルール的にも、あれは運ゲーじゃないのか?
「先程から、客への払い戻しが絶妙なのですじゃ。多くはないが、不満が出るほど少なくもない。最終的には損をしているはずなのに、最後の一勝で客が満足するよう心理的に誘導しているようです」
「それって、出目を操作してるってことか!?」
「恐らくは。ホイールの回転速度とボールを落とすタイミングを完璧に制御出来て初めて成せる技ですな」
んなアホなと言いたいところだが、チットならやりかねない。証明不可能なイカサマとか質が悪いってレベルじゃないぞ……。
一番意味わからないのは、このカジノに来て三日と経ってないはずのチットがルーレットのルールと使用を完全に把握しているということだ。これだから天才は恐ろしい。
まあ、何にせよだ。
「あの調子なら大丈夫そうだな。次行くか」
放っておいてもルーレットで荒稼ぎしてそうだ。今でこそゲームに集中しているが、これ以上同じ場所に留まっていると感づかれそうだしさっさと場所を移そう。
「次は……カードか?」
「カジノでは定番ですな。見たところ、ブラックジャックのようです」
お、これは聞いたことがあるやつだ。やったことはないけど。
「確か、カードの数字の合計が二一になるように色々するんだよな」
「概ねその通りにございます。プレイヤー側はカードを引くヒットと現状の枚数で勝負するスタンドを使い分けてディーラーと競うのです」
「賭場によってはスプリットやダブルダウンもあるでありますな」
「何だ今のは。呪文か?」
つーか今の口ぶりだと、ガルも割とギャンブルできる奴なのか。まあ魔王軍に所属する兵同士での遊びとかでやっているのだろう。
いいよな普段から遊ぶ相手がいて。今度乱入してやろうかな。
「あのテーブルを叩いたり手を振ったりしているのは何なのでしょう?」
「ああやって声に出さず、ディーラー側へカードを要求したりするのじゃよ」
妾と同じく知識ゼロのミールだが、この距離からでもプレイヤーの手元が見えているらしい。流石の超視力。
どんな感じになっているのかが気になるので、さっきと同じく慎重に近づいていく。
すると、そこには。
「いたぞ、ネリムだ」
「あの位置関係だとディーラーではなくプレイヤーのようですね」
ブラックジャックが行われている卓には、元からこの店で働いているのであろう場慣れした感じの男性ディーラーと、他のプレイヤーに混じって手札とにらめっこをしているネリムの姿が見て取れた。
「チップって、程よく手に馴染むサイズだよねー」
服装もいつも来ているローブで、どう見ても店側の人間ではない。天真爛漫な笑みを浮かべつつチップを手で弄っている様子は客というよりか、完全に紛れ込んだ子供である。心なしか、あの辺りだけ雰囲気がほんわかしてるような。
「もしかして、気が張り詰めるカジノ内でのリラックスポイントなのか?」
「……そうでもないようですぞ」
ここで再びラルジが何かに気づいた様子。
こいつ、アームレスリング大会以来すっかり解説役がハマってるなぁ。
「先程から、明らかにバストする人物が恣意的です」
「バスト? 胸か?」
「数字が大きすぎると負けになるであります」
「デカいと負けなのか!?」
「ルーシー様には無用な心配でしたね」
「んだとコルァ!?」
「数字の合計が二一を超えてしまったという意味です……ルール上不利なディーラーがバストしているのはともかく、ゲーム毎に二人以上のプレイヤーがバストしているようです。しかもネリム殿は常勝ではないにせよ、一度も超過していない」
言われてみれば、カードの引き過ぎで最後の勝負にすら持ち込めなかったプレイヤーが数いる中、ネリムだけがコンスタントにスタンドしていた。
更に注意深く見てみれば、ネリムのチップが地味に数を増やしている一方で他のプレイヤーのチップは結構なペースで削られている。
まさか、これって……!
「ディーラーとネリムはグルなのか!?」
「恐らくは。ディーラーの一人勝ちをカモフラージュするべく、ネリム殿をサクラにしているのでしょう」
「如何にも裏表なさそうな御仁でありますからな……」
実際あのネリムを見て、カジノ側の人間だと疑えるものなどいるだろうか。知人である妾ですら、ラルジの解説を聞いてなければ思いもしなかっただろう。
このカジノを運営している者は、人材の扱いに相当長けているようだ。
ブラックジャックのテーブルから離れ、壁沿いに敷設された休憩スペース付近を移動していたとき、事件は起きた。
小奇麗な机と椅子が点々としている休憩スペースには精神をすり減らしたカジノの客たちがひと時の休息を享受しており、その近くを酒か何かのグラスが乗っている盆を持った女性従業員が巡回している。
彼女らは……実にセクシャルな恰好をしていた。
「あ、あれが噂のバニーガールってやつか」
「もしかすれば本物のラビットマンもいるやもしれませんが、基本的には飾りの耳でしょうな」
胸元や太ももを大胆に露出した服はボディラインを強調するようにピッチりとしていて、実に煽情的だ。ぴょこぴょこと跳ねる兎耳や尻と共にフリフリと揺れる丸い尻尾がより一層イケナイ雰囲気を醸し出している。
あの服装を最初に考えた奴はとんでもない天才か、とんでもないド変態に違いない。
「ううむ、中々目に毒でありますなぁ」
獣チックなコスチュームに獣ルックなガルは感じ入るものがあるのか、やたらチラチラとバニーガールへ視線を投げかけていた。
「セクハラです」
「セクハラだな」
「おっとお嬢様方。これは男としては当然の、いわば本能という奴であります。むしろ興味を抱かない方が生物として異常なのであります!」
うわこいつ開き直った!
普段は常識人ぶってるくせに、場の空気に当てられていっちょ前にアウトロー気取りか生意気な!
「ラルジ翁もそう思うでありますよね?」
「さてのぅ。儂はもうこの年じゃし、そのような欲求も鳴りを潜めていてな……」
「んな!? いつも生涯現役とか言ってるくせに、こんな時だけ老人ぶるのは卑怯でありますよ!」
などと、休憩スペースだからと言って気を緩め騒いでいたのが不味かったのだろうか。
「おーいそこの賑やかなお客さんら、飲みもんいかがっすかー?」
「ヴァアアアアアアアアア!?」
褐色肌で赤髪で背の高いバニーガールが、いつの間にか妾たちの所へやってきていた。
ていうか、ディータだった。
惜しげもなく晒された腕や脚は、引き締まってはいても他の女性たちと比べて筋肉質で何周りか太い。セクシーさよりもワイルドさが先行してくる。エロいというよりか強い。さながら、兎の群れに一匹だけ混じった首狩り兎のような存在感だ。
「なななな、何でお前がよりによってバニーガールに!?」
「いやー、アタシゃ頭使ったり芝居うったりすんのがどうも苦手でよ。これなら何も考えずドリンク運んでりゃ務まるだろ?」
「そ、それはそうだが……ん?」
ディータの言い分に納得しかけたが、妾はふと違和感に気づいた。
何か凄い自然に会話しちゃってるけど、妾たち初対面だよね?
いや正確には初対面じゃないけど、ディータとルーシーは初対面だよね?
「随分と個性的なバニー様ですね。まだマンティコアに兎耳を付けた方が可愛げがあると思いますが」
同じく疑問に思ったらしいミールが、敢えていつもと同じような要領で毒を吐く。
するとディータはいつもの妾たちへ接するように豪快に笑い、
「ハハハ、言ってくれるじゃねえか! 相変わらず口のわりぃメイド……あ、やば」
突然ピタリと言葉を止め、無表情になるディータ。
彼女はその場でクルリと回れ右し、キビキビとした動作でここから立ち去ろうと――
「お待ちなさい」
回り込まれた。ミールの姿が一瞬ぶれたかと思えば、ディータの行く先へ立ち塞がる位置へと移動していたのだ。
魔法ではなく、身体能力任せの高速移動である。
そのままミールはズイっとディータとの距離を詰め、低い声で問いただす。
「あなた、私たちの正体に気づいてますね?」
「な、何のこった? 知らねえなー、ちみっこい魔王に口の減らねえメイドにアレクに速攻ノされた狼男に解説役の爺さんの四人組なんて腐るほどいるしなー」
「んなピンポイントな四人組がそういてたまるか! ダダ漏れじゃねえか!!」
「……チッ、誤魔化せると思ったんだけどなあ」
「むしろいけると思ったのか今ので!?」
誤魔化すの下手すぎぃ!
どうやら先に言っていた通り、咄嗟に嘘を吐くのが苦手なタイプらしい。
にしたって限度があるだろ。妾より酷いぞ。
何にせよ詳しい話を聞くために、ディータと妾たちは手ごろなテーブルへと着いた。
「くそ、まさかこんな簡単に見破られるとは……誤算だった」
「見破ったっつーかだな、見てくれこそ多少変わっちゃいるがあんたらみてえな四人組そういねえぞ」
「あ、やっぱそこなのね」
「今更か、って感じもするであります」
自分でさっきツッコんでおいてあれだけど、やはりメンバーの個性が強すぎたか。せめてバラバラに入ってくるぐらいの対策は取るべきだったかもしれない。
「しっかし、こりゃアタシがアレクに叱られんのかねぇ」
「そう言えば、何でさっきはあんなワザとらしくしらを切ろうとしたでありますか?」
「んにゃ、大した理由じゃねえんだ。あんたらを案内した後、あいつアタシらんとこ一人ずつ回って言ってきたんだよ。『魔王がバレたく無さそうに来たから、気づいてないフリをしてやれ』ってな」
「あの時点で気づかれてた上に気まで使われてたのか……」
ピュアボーイかと思いきや、とんだ紳士さんだったぜ。
やけに沈黙が長かったのは、どうっすかなーこいつらと考え込んでいたからなのだろう。申し訳なさと敗北感が半端ない。
「ま、別にやましいことしようってんじゃねえんだ。王様だからってわざわざ正体なんざ隠さなくても、たまにはカジノで息抜きしたってバチは当たんねえだろ」
「お前まで無理に気を回さんでも……ていうか妾たちは遊びに来たわけじゃないぞ」
「そうです。仮に遊びに来ていたとしても、本来の目的を差し引けば七割程度です」
「地味に多いわ! せめて四割くらいにしとけ!」
「やっぱ遊びに来てんじゃねえか。で、本来の目的ってのは?」
「なに他人事みたいに言ってんだ。女神から話は聞いてるぞ」
証拠は既に挙がってんだよと、妾は筋肉バニーに前もって聞いていた情報に関する詳細を尋ねる。
「お前らギャンブルに大負けして借金してるみたいじゃないか。色々見て回った限り全員ここで働いて返そうとしてるみたいだが、返せる見込みは――」
「おっとそこを歩いてるお客さん、飲みもんはいかが――」
「お待ちなさい」
唐突に席を立とうとしたディータの両肩を、瞬時に背後へ回り込んだミルドが押さえる。
「何故逃げるのです?」
「い、いやほら、アタシ一応仕事中だから」
「やましいことがあるのですね」
「やましいっつーか、なんっつーか……あー、もういいやめんどくせえ。どうせ他の奴に聞きゃわかることだ。バレるのも時間の問題だしな」
色々と言い訳を考えたが思い浮かばなかったらしく、頭をガシガシとかきむしる。
それから観念したようにディータは打ち明け始めた。
「アタシらはつい一昨日王都に着いたばっかなんだ。アタシゃ初めて来たわけじゃなかったんだが、他の三人は大都会が珍しいのか大はしゃぎしてたぜ」
「三人って、勇者もか?」
「表情こそ殆ど変わらねえけど、目に見えてテンションは上がってたな。んで土地勘があるアタシが色々と案内してやって、最後に来たのがこのカジノだ」
ディータを含めカジノはおろかギャンブル経験が皆無だった四人は、まあ遊んでいる内に覚えるだろと楽観主義極まりない心持で意気揚々と入店したとのこと。
もうこの時点で死臭しかしないんだが。
「あいつら物覚えがとんでもなく速くてな、ルール聞いただけですぐマスターしちまうんだよ。大勝ちってわけじゃねえけど、そこそこ稼げてたみたいだな」
「何とも勇者たちらしいというか……ってちょっと待て、なら何で店で働かなきゃいけないレベルの借金をこさえてるんだ?」
「そりゃアタシがボロ負けしたからな」
「ああ、なるほど……何だって?」
今すごいサラッと言ったからサラッと流しそうになったけど、ディータがものっそい重要なこと言ってなかったか?
「いやー負けに負けた。何つったっけな、あの手札の組み合わせで勝負するやつ」
「えー、もしかしてポーカーですかな?」
「それそれ! 常連らしい気のいい兄ちゃんにルールも教えてもらってな。速攻で有り金擦っちまったけど、カジノ側も足りない金貸してくれたからつい熱中しちまったわ」
「しちまったわじゃないわ!」
大体こいつのせいかよ!
負けこんでる勝負に借金してまでのめり込むとか悪手にも程がある。それぐらい初心者の妾にだってわかるぞ。
あとその男絶対に気のいい兄ちゃんじゃないから! お前完全にカモられてたから!
「アホの極みですね」
「ハハッ、返す言葉もねえや!」
「笑ってる場合か! で、借金はどれくらいあるんだ? すぐに返せそうなのか!?」
「アタシはともかく、ギャンブルに関しちゃアレクたちが優秀だからな。店の人間が言うにゃ一か月もすりゃ返せるとよ」
「一か月ゥ!?」
詳しい金額を聞いてみたら、割と洒落にならない金額が返って来た。とにかくゼロがたくさん並んでる。妾の持ってきたお小遣いじゃ全然足りない。人生百回くらいやり直せそう。
これを一か月で返せる勇者たちも相当だが、妾的にはこいつらが一か月間ダンジョン攻略もせずに働いているだけということの方が重要だった。
一か月だぞ。この仕事が特にない暇な時期に一か月!
勇者たちに会いに行くにしたってずっとカジノにいるし、頻繁に妾がカジノへ通おうものならいずれ噂は広まり、不良魔王のレッテルを貼られても文句は言えない。
もしそんな悪評が父上……いやむしろ母上に伝わろうものなら――
『悪い子にはおしおきよー☆』
『ウボァァァァァァァアアアアアアア!!』
――オイオイ、死ぬわ妾。
詠唱省略からの【ヘルフレア】。地獄の業火で反応する間もなく消し炭にされる。
つい最近母上から手紙をもらったばかりだから、一層リアルな情景が思い浮かんだ。
ヤバい、全身の震えが止まらない。
死んでも復活するけど、だからって死にたいかと言われたら断然ノーだ。
「だが一か月も待つなんてそれこそ死ぬほど暇だぞ……くそ、どうすれば」
「稼げばいいのでは? 元手はルシエル様がそれなりに持ってきていますし、ここはカジノなのですから」
「ミルド嬢は簡単に言うでありますが、あれだけの額をギャンブルで稼ぐのは現実味が無いでありますよ」
「ガリアンの言う通りじゃ。賭け事にはどうあがいても運が絡む。機を見誤れば、即一文無し……などということもザラじゃよ」
ジラルの言葉には、非常に含蓄があった。かつてそのような経験があったのだろうか。昔友人とつるんで賭けに興じていたこともあったらしいし、ほろ苦い思い出もいくつかあるのかもしれない。
しかしミルドの案が使えないとなるといよいよ予算から引っ張るしか……いや駄目だ、これは国を預かるものとして超えてはいけない一線だ。でも一か月は長い……この際だから認めるけど、マジで友達いないんだよ。立場上知り合いは多いけど、プライベートで城に呼んだりお邪魔したりするような間柄じゃないんだよ。レベリング用ダンジョンの動く鎧だけが友達とか悲惨過ぎて死にたくなるんだよ。だがやはり国王として国費に手を出すわけには……!
出口の見えない葛藤に苛まれていた、その時。
「へぇ、中々面白そうなことになってるね。私も混ぜてよ」
不意に横合いから、全く聞き覚えのない声が聞こえて来た。
「ぬわ!?」
「何と!?」
「オォン!?」
「……!?」
「うおっと」
危うく椅子ごとひっくり返るとこだった。妾のみならず、その場にいた全員が突然の事態に目を見開いている。
妾たちの視線が交わる場所――妾とミルドが座っていた丁度間の所で。
「ありゃりゃ皆さん凄いリアクション。ごめんごめん、そこまで驚くと思わなくて」
さっきまで存在しなかった六つ目の椅子にまるでさも最初からいたかのように鎮座していた女が、ケラケラと笑いながら謝罪を述べていた。言葉とは裏腹に、微塵も悪いと思っている様子は見られないのはきっと気のせいじゃない。
年は妾や勇者と同じ一七・一八くらいか。見たところヒューマンのようだし外見通りの年齢だろう。容姿は美人系というよりは可愛い系。色白な肌とプラチナブロンドの髪が照明を反射してキラキラと輝いている。体格や雰囲気的にもディータより遥かにバニー衣装が似合いそうだ。
って冷静に観察してる場合じゃない!
誰だこいつ!?
いつからここにいた!?
妾はともかくとして、こんな他人の目を惹きそうな人間がミルドやディータみたいな化け物枠にすら気づかれずにどうやって椅子ごとここに現れた!?
混乱の極みにある妾たちが誰一人として問うべき言葉を発せない中、
「てめぇクラリス、いつから居やがった」
「ディータが下手な芝居しようとした辺り。そのまま一緒に席に着いたんだけど、気づかなかった?」
「悔しいがこれっぽっちもな……ったく、まだまだ修行が足りてねえらしい」
「――待て待てお前たち! 何フツーに会話してんのお前たち!?」
あまりに自然に話し始めたもんだから、思わず我に返ってしまった。
この不審人物とディータは知り合いなのか?
それと今、聞き間違いじゃなきゃだいぶ早い段階から妾たちに交じって会話を盗み聞きしていたようなのですが?
「こいつはクラリス。アタシら……っつーかアタシが借金抱えてどうすっか悩んでた時に今みたく現れて、カジノ側と返済のプランを取り付けてくれたんだ」
「ご紹介に預かりましたクラリスでーす。よろしくねルシエルちゃん」
うわー名前バレした!
「ち、違うぞ妾はルーシー! 断じて魔王ルシエルではない!」
「魔王様、先の会話を聞かれている以上全部バレております……」
「オワター!!」
「あはは、大げさだなぁ。大丈夫、言いふらすような趣味はないから」
「ほ、本当に?」
「ホントホント。むしろ私はルーシーちゃんの味方だよ?」
周囲に配慮してか、ちゃんと名前を呼び直してクラリスは人好きな笑みを向けてくる。
よ、よかった……『不良魔王、爆誕!』なんて一面記事はかかれずに済むらしい。ある意味、戦慄の魔王よかキツイわ。
「そんなことより、あなたは何者なのですか?」
「そんなこと!?」
未だ警戒を解いていないらしいミルドが、油断なくクラリスへ意識を向けつつ問いかけた。完全な不意をつかれたからか、ディータの挑発を食らった時よりも剣呑な雰囲気だ。
正直言って、滅茶苦茶恐い。
ガリアンなんかあわあわ言って妾と大差ないし、いつもなら諫める役のジラルですら言葉を掛けかねている。もしこの気配が無秩序にバラまかれたものだったら、カジノは今頃阿鼻叫喚の騒ぎになっていたに違いない。
「私? ふふっ、私はねぇ……」
下手すりゃチビりそうなオーラを真っ向から受けているはずのクラリスは微塵もプレッシャーを感じていないのか、至って涼し気な表情で、あろうことか勿体ぶるような様子すら見せている。
馬鹿、間に合わなくなっても知らんぞ!
あまりに命知らずな態度に妾が忠告するよりも早く、ギリギリのラインを突くようにクラリスは答えた。
「遊び人だよ」
この瞬間、妾は確かに空気がピキリと固まるのを認識した。
賑やかな施設内の喧騒もどこか遠く、無音と錯覚するほど静かな脳内にひたすらクラリスの言葉だけが反響していた。
「遊び人、ですか」
「そう。しかもプロの遊び人」
この答えには流石のミルドも困惑した様子で、発していた凶悪なオーラも凄まじい勢いて鎮火していった。畳みかけるようなクラリスの返しが更なる混乱を招く。
ミルドは眼を瞑り、彼女の答えを反芻するように黙り込んで。
「……プロの遊び人なら仕方がないですね」
やがて理解するのを諦めたのか、ありのままを受け入れた。
「――――いや仕方がなくないだろ!?」
結構重要そうな情報に対するあまりに適当過ぎる片づけ方に、妾はツッコまざるを得なかった。
いつの間にか周囲の空気も元に戻っている。いたたまれなくなったシリアスさんはどっかへ消えていったらしい。
「遊び人って、要するに無職じゃないか!」
「違うよルーシーちゃん。『プロの』遊び人だから」
「そうですルーシー様。プロの方に失礼ですよ」
「お前味方じゃないのかよ!? でも妾めげない! 大体、お前みたいな気配の消し方をする遊び人がいてたまるか!」
「えー、でも気配の消し方は別に鍛えた物じゃなくて――」
「うわぁ!?」
「――生まれつきの才能なんだよねぇ」
右隣にいたクラリスが喋ってる途中で椅子ごとフッと姿を消したかと思えば、今度は左隣にまたもや椅子に座った状態で現れた。
時間差がなければ転移魔法と錯覚するほどに、消えてから現れるまでの過程を認識できない。何て恐ろしい才能なんだ。
「よしっ、今のはギリギリ気配を追えたぜ!」
「お、流石ディータやるぅ」
「適応早っ!? つーか心臓に悪いから止めーや!」
「しかしプロを名乗るということは、クラリス殿はギャンブルで生計を立てていると言うのですかな?」
「まぁね。自慢なんだけど、ここ数年全く働いてないよ」
「凄いのか凄くないのかよくわからない自慢!」
ここまで堂々と、誇り高く無職宣言をする人物に妾は会ったことが無かった。
実績が伴っているというのがまた、世の中の理不尽さを物語っている。
真面目に働いて稼いでいる労働者からすれば殺意の対象になりかねない。
「ということは、アレク氏たちの借金をどうにかできるでありますか!?」
「勿論、プロですから。でも、どうにかするのは私じゃなくてルーシーちゃんだけどね」
「え、妾がやるの?」
「私は生活に必要な金額以上は持たないし、稼がない主義なの。あと他人のお金でも賭けはしない。これはプロとしてのポリシー。だから私がしてあげられるのは、勝つためのアドバイスくらいかな」
「むぅ、そういうことなら」
ポリシーと来たか。どうやら伊達や酔狂でプロを自称しているわけではなく、その辺は徹底しているようだ。
妾も他人の主義主張にとやかくいうつもりはない。てっきり荒稼ぎして豪遊でもしてるのかと思ったが、案外堅実で一本筋が通っていてむしろ好感が持てた。
「なら勇者様たちにもアドバイスをして差し上げればよかったのでは?」
「そりゃ無理だった。流石に額がデカすぎて、期限が不確実なギャンブルでの返済は受け付けられないとよ」
「だから高い能力を担保にして、一か月間フロアでの労働とディーラーの補助をするってことで手を打ってもらったんだけどね」
どうやらギャンブル以外のことにも相当頭が回るらしい。初めて会った勇者たちの実力を見抜き、それに見合ったプランをカジノ側にも通して一応は丸く収めて見せたのだ。
これがプロの遊び人……!
「じゃあ早速行こうか。ネリムとチットは持ち場を離れられなさそうだし、まずアレクと合流しよう」
「ちょ、ちょっと待て!」
立ち上がるが早くさっさと歩きだそうとするクラリスを妾は引き留めた。
「どしたのルーシーちゃん。あ、もしかしてアレクに会うの気まずい?」
「そういう訳じゃ……いや気まずといっちゃ気まずいんだけどさ! あんな額の賭け、カジノ側が乗ってくるのか? そもそも確実に勝てるのか?」
「ギャンブルに確実なんてないよ。それに大体のゲームってベット額に限度あるし、チマチマやってたらそれこそ一か月以上かかっちゃう」
「じゃあどうするんだ!?」
「持ってる人に吹っ掛ければいいじゃん」
「んな都合のいい相手が――あ!?」
簡単に見つかる訳がない。
そう言おうとした妾だったが、ふとあることを思い出す。
いる、かもしれない。
その人物が今日も、一昨日と同様にカモを探しているとしたら――
「常連の気のいいお兄さん。多分、ポーカーの所にいるんじゃない?」
取られた分を取り戻す。
暗にそう宣言し、クラリスは屈託のない笑みを浮かべた。
勝負に熱が入るディータ姐さんは、典型的なギャンブルをやっちゃダメな人です。