あ、くまだ (始)
「ねぇ、知ってる? この学校の手芸調理部に伝わる怪談」
「また怪談? 千砂、好きよね。そういうの」
「そういう眞菜だって、ノリノリで聞くじゃん」
「まあ、嫌いじゃないけどさ。で? 手芸調理部の怪談? ってか手芸調理部ってうちの部なんだけど」
「そうよ、そうそう! だからさ、聞いたことないかと思って」
「どんな怪談よ?」
「くまのぬいぐるみの話」
「あー……」
◆◆◆
昔、この学校で裁縫がとっても上手な女の子がいた。
その子はもちろん、手芸調理部だった。裁縫は得意だし、大好きだし、何より同じ部に一番の親友もいた。
彼女の親友で幼なじみの女の子は料理がとても上手だった。
二人はとても仲良しだった。
それが、あんなことになるなんて、誰が思っただろうか。
二人には、悲劇が降りかかった。
裁縫好きの女の子には好きな男の子がいた。親友と同じくらいずっと一緒にいる幼なじみだ。
ずっとずっと好きだったけれど、奥手な彼女には告白なんてする勇気はなくて、代わりにせっせせっせとくまのぬいぐるみを作っていた。
え? 何故くまのぬいぐるみかって? よくあるだろう? 女の子たちが好きなおまじないだよ。その当時、想いを込めて作ったテディベアを好きな人に贈ると、その恋が叶うなんていう、ロマンチックなありふれたおまじないが流行ったのさ。
裁縫好きの子は自分のありったけの勇気と愛情を込めて縫い続けていたんだ。すごい健気だよねぇ。応援したくなっちゃう。
おっと、話が逸れたね。うんうん、そうだよ。これは怪談だよ。ここからお約束のような愛憎劇が始まるんだ。いや、昼ドラじゃないからね?
もうお察しかもしれないが、幼なじみの男の子を好きなのは裁縫好きちゃんだけじゃなかった。料理好きの親友ちゃんも、彼のことが好きだったんだ。
ある日、親友ちゃんは裁縫ちゃんがくまさんを縫っているのを見て、もしかして彼女もあいつを好きなんじゃ、と気づいてしまう。そこで困ってしまうわけだ。どうしよう。あいつを他の誰にもとられたくない。それが親友であっても。けれど、あの子は親友、自分から酷いことなんてできないわってね。
いい子だよねぇ。おんなじ男の子を好きなっちゃった恋敵なのに、親友だからって、戸惑ってしまう。女の子の友情も捨てたもんじゃないよ。
ところが、そんな不安を抱えたままだったからか、裁縫ちゃんと話した親友ちゃんの熱い友情にひびが入ってしまう。
「ねぇあなた、あいつのこと、好きなの?」
訊ねた親友ちゃんに裁縫ちゃんは満面の笑顔でうん! と答えた。だから、このくまさんができたら、渡すんだ、と。
裁縫ちゃんは純真無垢で天使のような子だった。──いや、僕個人の感想じゃなく、本当に。だから、親友ちゃんは少し、怖くなっちゃったんだな。こんなに可愛い子だから、あいつが靡いてしまうかもしれない。
不安で不安で堪らなくて、けれど自分にはこれっぽっちも裁縫の才能がないからくまのぬいぐるみを作るなんてできなくて。親友ちゃんはそこで、遠回しに幼なじみくんの想いを聞いてみることにした。怖いなら、聞かなきゃいいのにね。
ごめんごめん、茶々はこれくらいにして、話を進めよう。
で、親友ちゃんはこう訊いた。好きな人いるの? って。
ふふっ、思ったより直球でびっくりしたでしょ? でもね、ここからの彼女が回りくどいんだわ。
いるよ、と幼なじみくんはあっさり答えた。どんな人? と更に訊く。すると彼はこう答えた。──裁縫がとっても上手で、料理もできる可愛い子、ってね。
ぴったんこ、それはまんま裁縫ちゃんの特徴と合致した。裁縫ちゃんは手芸調理部に入ってから、料理の腕も上がったからね。確かに、女子力高いとコロッとやられちゃうよねぇ。あ、これいらない情報?
相思相愛なのを知ってしまった親友ちゃんは絶望の淵に立たされてしまった。確かに、二人ならお似合いだ。でも、だからって、私の想いが諦めきれるわけないじゃない!!
そう思った親友ちゃんは仄暗い思いを抱え、放課後の部活で、裁縫ちゃんがいない隙に──彼女が一所懸命縫ったくまさんの頭をくしゃりと包丁で切り裂いてしまった!
それから、 どうなったと思う? うん、これは怪談だからね。それは当然怖い結末が待っているわけだけれど……ああ、わかった、焦らさずに話すから。北極より冷たい視線を送るのはやめて。
親友ちゃんがくしゃりとくまさんの頭をかち割ったその日、幼なじみくんは交通事故で亡くなった。歩道を歩いていたところを暴走車に突っ込まれて、近くの喫茶店の窓ガラスを割って激突、割れたガラスで頭がざっくり割れていたそうな……
裁縫ちゃんはね、親友ちゃんがくまさんを切り裂いていた頃、幼なじみくんと電話していたんだよ。くまさんができあがったから、渡すために会う約束を取り付けようって。
そんな話をしている最中、彼は電話の向こうで轟音の中に消えてしまった。
彼女は聞いていたからね。すぐ何かあったんだとわかった。嫌な予感もした。だから部室に荷物と彼に渡すくまのぬいぐるみを取りに急いで戻って、見てしまった。
親友が、くまの頭をかち割って立ち尽くしているのを。
「あ、ああ……あああっ……!!」
裁縫ちゃんはそう叫び、泣き崩れそうになりながらも、無惨な姿に成り果てたくまのぬいぐるみを抱え、ふらふらと帰っていった。
親友ちゃんはただそれを見送った。
翌朝、幼なじみくんも、裁縫ちゃんも学校には来なかった。
親友ちゃんは幼なじみくんが死んだのをそのとき知った。
聡い親友ちゃんは、前日の自分の行動を省み、なんてことをしてしまったんだ! と嘆いた。そして、裁縫ちゃんに謝りに行こうと、放課後、裁縫ちゃんの家に行ったんだ。
意外なことに、裁縫ちゃんは笑顔で出迎えてくれた。理由を話したら、そっか、気づかなくてごめんね、なんて言って、許してくれたんだ。
本当に、天使みたいな子。
親友ちゃんがそう思ったとき、裁縫ちゃんが手に取ったものを見て、一気に背筋が冷えた。
「彼が死んで、あなたもショックだろうなぁって思って、作ったんだ。一晩かけて」
天使のような笑顔で裁縫ちゃんが差し出したのは、くまのぬいぐるみ。
しかし、逆の手には裁ち鋏。
「受け取って、くれるよね?」
微笑む彼女に空恐ろしいものを感じた親友ちゃんはがくがくと首を縦に振ることしかできなかった。
そんな親友の答えを聞いて、裁縫ちゃんは。
「よかったぁ」
満面の笑みのまま、くまの頭に鋏を突き立てた。
次の日、親友ちゃんは学校に来ず、裁縫ちゃんは来た。
親友ちゃんは行方不明になった。
どうしちゃったんだろうねって裁縫ちゃんに声を掛けたらね、相変わらず、天使みたいな笑顔で言うんだよ。
「悪魔さんにお願いしたの。私の代わりに復讐してって。そしたら、いいよって言ってくれたから、そういうことだと思うな」
びっくりしたよ。とっても天使な裁縫ちゃんは悪魔に頼ったんだ。
それから。
「でね、ちゃんと復讐を果たしたら、代わりに私を不思議の国に連れ去っちゃうんだって」
そんな冗談を彼女も言うんだなぁって、その話は流したけれど。
そのまた次の日、彼女は失踪した。
◆◆◆
「って話でしょ?」
「何、眞菜ってば詳しすぎじゃない?」
「だって、部活の胡散臭い先輩が事細かに何度も話すんだもん。耳だこだよ」
「あー、名切先輩かぁ。二留してんだっけ?」
「うん。なんか実話っぽいんだよね。先輩の話し方もあるけど、千砂覚えてる? 四年前の事件」
「うぁ、今思い出した。そういえば、幼なじみくんが遭った事故とおんなじの、あったね……女子高生の連続失踪も。どこの生徒かは公表されなかったけど」
「でさ、千砂さんや。一つ、言いたいことがある」
「なぁに?」
「きっとあなたは風の噂で今の話を"壊れたくまのぬいぐるみにお願い事をするとそのぬいぐるみを介して悪魔が何でも願いを叶えてくれる"とか聞いて、それを実行しようなんて考えて、私を誘おうとしたんだろう」
「全くもってそのとおり。さすがは親友。その慧眼に感服するよ」
「そりゃどーも。あんたのことだ。悪魔が連れ去る"不思議の国"にワンダーランドな期待を抱いたようだが……やめときません?」
「うん。やめる」
「思い止まってくれて嬉しいよ」
「だって、眞菜! 今のふつーに怖かった!!」
「だよね。私も話してて怖かったわ」
「「一番怖いのって、結局……」」
◆◆◆
「おい、名切」
「お、その幼いのに偉そうな声は悪魔くん」
「二留野郎がっ!」
「ぐっ、そこだけは、そこだけは触れないで!!」
「で、本題なんだが」
「う、そこまで綺麗にスルーされるのもなぁ」
「どっちなんだ!? ……ったく、名切、何故今回は俺の邪魔をした? あの千砂とかいう女、あと少しで親友共々引きずり込めそうだったのに」
「あー、眞菜ちゃんにあの話しちゃったこと? ごめんよ。僕はこう見えてあの事件には結構傷ついてるんだ。眞菜ちゃんと千砂ちゃんって裁縫ちゃんと親友ちゃんにちょっと似て見えるからさ。今回だけ、勘弁してよ。──他はどうでもいいからさ」
少年の冷たい声に悪魔は苦笑いした。