紫陽花サロン
さて、到着。
真中美穂は、オシャレなログハウス風の建物の前に車を停める。
建物とエントランスの紫陽花が良く似合っている。6月にしてはさわやかな日。
お気に入りの服、メイクもバッチリ!足元も、完璧!チェックOK。
二ヶ月に一度の逢瀬にワクワクしながらドアを開けると、笑顔で出迎えてくれる。
「真中様、お待ちしておりました。」
この笑顔、たまらないわ♡
「今日はどうされますか?」
「毛先を揃えて、カラー。デジタルパーマも同時にお願いします。」
普通にオーダーするだけなのにワクワクしちゃう。丁寧な言葉遣い、細やかな心遣い、確かな技術。ここで、3時間だけお姫様気分を満喫することが、ささやかなお楽しみ♡
「かしこまりました。」
いつ見てもイイ男だわ〜。ニタニタしそうになって、慌てて微笑みに変える。鏡ごしに笑顔を返してくれる。営業スマイルとわかっていても、またニタニタしそうになる。
逢瀬の相手は、ここのヘアサロンのお気に入りのスタイリストさん。波多野さん28歳。
子持ちのオバさんが若い男性と話すなんて、こんな時ぐらいだから、楽しみなのよね♡
…気づいたら抱きしめられていた。
ウソ…。
「ちょ、ちょっと。波多野さん…」
振り返ろうとしたら言い終わらないうちに口をふさがれる。動けないまま、唇を重ねていた。
唇を離すと再び抱きしめられる。
「何も言わないで…」
あったかい広い胸。華奢に見えるのに。
…ダ、ダメよ。真中美穂、40歳。小学生2人の子持ちよ。人妻よ。うっとりしている場合では!
「波多野さん…ダメだよ…あたしは…」
「知ってるから。美穂さんが結婚していることも、お子さんがいることも」
美穂さんって…。いつも真中さんって呼ぶじゃない。
波多野さんはあたしを抱きしめたまま言う。
「俺、年下だし、相手にされないのわかってるけど、いつも美穂さんが来てくれるの楽しみで、ずっと前から、美穂さんが来るたび、ドキドキしていたんだ。」
波多野さんの鼓動と、あたしの鼓動が重なる。いけないよ。こんなこと。
「あの、波多野さん…」
「これからは、俺が美穂さんのことも、お子さんたちのことも守るから。」
あたし、抱きしめる腕を許したくなっている。
どうしよう…。こんなことになってしまって、家族に合わせる顔がない。
「…さん。真中さん」
ハッとして顔を上げると、目の前に心配そうな表情の波多野さんが。
「大丈夫ですか?」
「…は、はいっ。」
夢だったんだ。良かったー。しかし、どのくらいの時間、寝てたんだろう。
「スタイルをご確認くださいね」
波多野さんは大きなミラーを手渡すと椅子を後ろに回した。
「いかがですか?」
と言うと同時に笑顔でティッシュを手渡してくれた。
「!!!」
ヨダレたらしてんじゃーん!スタイルチェックどころじゃない!顔が赤くなるのを感じながら慌てて口元を拭う。恥ずかしー!!!
クロスを外してマッサージしながら、まだ少し心配そうな波多野さん。
「大丈夫ですか?お疲れですか?」
「あ、あはは…。寝言、言ってませんでした?」
「いえ、特には」
肩凝りがひどいから、特に気を遣ってくれているのがわかる。ティッシュも、そっと差し出してくれたな。
若いのに、紳士だなあ。ヨダレにもスマートに対応して。気遣いもさりげないし、早いうちにトップスタイリストさんになりそう。
「はい。お疲れ様でした。」
考え事をしているうちにマッサージ終了。
夢だとわかったら、なんだか惜しくなってきた。またしてもニタニタしそうになりながら笑顔に修正して、お会計を済ませる。
「ありがとうございました」
紫陽花の隣でお辞儀をして見送ってくれる。紫陽花の花言葉の一つが“移り気”だったなあ、などと花言葉に思いを馳せてみる。今度来る時は、ヒマワリがキレイな時期かな。また二ヶ月後にお会いしましょうね。




