第7話
隼に連れられるまま、部室棟にやってきた。部室棟は、教室のある中央棟に隣接していて、三階の渡り廊下で繋がっている。
絨毯敷きの廊下を歩き、五階の王子部部室にやって来た。木目調の落ち着いた感じの扉を引く。あたしは中を見て、息を呑んだ。
ダークブラウンのフローリングに金の刺繍が施された赤い絨毯が敷かれ、その上に高級そうなテーブル、それに高さの合う柔らかそうなソファが置かれている。
そのソファに座る、二人の麗しき男子。
一人は、昨日親切にも声をかけてくれた国定麗だった。彼はあたしに気付くと、ソファから立ち上がって近づいて来た。
「西條くん、どう? この学校には慣れてきた?」
気遣いが嬉しい。爽やかで優しいお兄さんは好きです。
「まだ慣れるまでには時間がかかりそうです」
「そっか。でも、大丈夫だよ。何か困ったことがあったら何でも言ってね。俺たちがフォローするから」
苦笑するあたしに、温かい笑顔を向けてくれる先輩。ヤバい。惚れる……!
目を輝かせながら口元を押さえるあたしに、もう一人の男の子がひょこっと近づいてきた。
「先輩?」
身長は十六〇センチ代と低く、ふわっとした髪が若干外ハネして可愛らしい。
「そうだ。こいつは西條遥って言って、俺のクラスメイトだ」
隼が彼に説明する。それを聞いて、プリティーボーイは笑顔のまま、あたしに右手を差し出す。
「初めまして、遥先輩! 僕、高校一年の響奏と言います。よろしくお願いします」
天使のような笑顔に釣られて、求められるまま笑顔で握手をしとうとしていたあたしの表情が、彼の自己紹介で固まった。
「先輩、どうしたんですか?」
こんなに可愛らしい男の子が、まさか、まさか、そんな――。
実物を目の前にすると、そのギャップにショックが大きい。
響奏。父親は大物ピアニスト、母親は大物バイオリニストという、音楽一家。本人もバイオリニストとして名高く、コンサートも幾つも経験している。ちょっとした芸能人張りだ。テレビの前でも天使のように微笑む彼だが、その腹の内を知る者はかなり少ない。彼の中身は相当黒い。普段は押さえているのか、可愛さをアピールしているが、ふとした瞬間にブラックが出てくる。という設定。……いや、ふとした瞬間ではなく、結構な頻度かもしれない。まあ、見てればその内出てくるよ。
あたしは一先ず奏と握手を交わし、作った笑顔を浮かべた。
「遥の紹介も終わったし、そろそろ部活始めっか」
隼はソファに乱暴に腰を下ろした。
「え、もう始めるの? 雅来てないじゃん」
あたしがドアの方を見つめると、麗が教えてくれた。
「雅はもう藤堂の仕事を手伝っているんだけど、最近案件が忙しいみたいで、学校が終わるとすぐに会社の方に行っちゃうんだ。昨日は、久々の休みだったみたいだよ」
大変なんだなぁ。というか、久々の休みに不良に絡まれるって、どんだけツイてないんだよ。
「ということで! もうすぐコンペのエントリーがあるから、さっさと決めちゃおうぜ」
人数足りなかったから遥が入ってくれて助かったよ、と言いながら隼はバッグからエントリーシートを取り出した。ソファに座る四人は、その紙を中心に頭を付き合わせる。
エントリーシートには既に学校名が印字されており、後はそれぞれの競技の欄に出場者を当てはめるようになっていた。下の方には、学校印の押印欄も設けられている。
「奏は芸術の才能ハンパないからな。芸術枠で決定。去年と同じでいいなら、麗先輩は知識枠、俺はスポーツ枠、雅がオールマイティー枠。残った料理枠は遥ってことになるな!」
「単細胞が」
ん? 何今の。低めのドスの聞いた声。
上機嫌でさっさと用紙に書き込もうとしていた隼の手が止まった。
「隼先輩! 遥先輩の得意分野訊かないで安易に決めちゃうのは、危険だと思いますよ? コンペはそれぞれの枠で相手に勝利すればいいという単純なものではありません。あくまで点数制です。競われるのは総合点なんですから。だから、もし遥先輩が途轍もなく料理が苦手だったら、僕たちが足を引っ張られることになっちゃうんですよ?」
可愛らしい笑顔を先輩たちに向ける奏。だけど、今さっき聞こえた声も同じ所から発生していた気がするのですが、気のせいでしょうか?
「そ、そうだな」
さっきのは幻聴だったのか? そんな表情を浮かべながら、隼の頭にはクエッションマークが並んでいるように見えた。
「……遥、料理はどうだ?」
隼があたしに真剣な眼差しを向ける。
「い、いやー、どうって言われても……ねぇ? 普通?」
「苦手じゃないんだな?」
うっ! 何だか答えづらい。正直、実家暮らしのあたしは、料理は全てお母様に作っていただいているわけで。でも、料理ってレシピ本見たり、練習すれば上手くなるんじゃないの?
「作ってもらえば早いだろうが」
今度は麗、隼、あたしの三人が一斉に奏に目を向けた。
「何ですか、先輩方? 遥先輩に実際にお題出して作ってもらえば、すぐに答えは出ると思いますよっ!」
エヘッ! という言葉が似合いそうな笑顔。こいつマジで一体何キャラだよ。
「……確かにそうだね。明日、調理室に食材を運ばせるから、やってみようか」
麗があたしに笑顔を向ける。でも、あたしは笑顔を返せない。
ファンメモでコンペがあるのは最後。もはや、内容は憶えてなかった。
「あの……、因みにお題は……?」
「お題? それは明日発表するよ。コンペの時もフェアにするために中身は当日発表なんだ」
え……、それって、あたしもう料理死亡じゃん。あ、でもカレーならルー入れて作れるし、うどんなら玉子とじとか味噌煮込みとかチゲ鍋とか、冷凍うどん使って簡単に美味しく作れるじゃん!
「分かりました! やってみます!」
どこから湧き上がるのか謎な自信を見せ、あたしはそう言ってしまった。