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二次元コンプレックス  作者:
第二章 「料理はセンスが大事です」
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第6話

「ここどこぉー?」

 あたしは眠い目を擦った。


 明るくなって日差しが入る部屋。そこは、あたしがよく知る部屋ではなかった。

 ソファに横たわった体、その上にかけられた毛布。

 上体を起こし、辺りを見回して、呟く。


「やっぱり戻ってないか……」


 暫くソファに座ったまま、ボーっとしていた。それから、ん? と首を傾げた。


 あれ? 藤堂雅は?


 あたしは、そーっと彼の部屋を覗いた。開けられたカーテンから日光が降り注ぎ、整頓された綺麗な部屋が露わになる。だが、そこは蛻の殻。


 ドアを閉めて、時計に目をやった。


「十時十分……?」

 サーッと青ざめる。


 何なんだよ、もうっ!!


 急いで顔を洗い、歯を磨き、学ランに着替えてバッグを手に寮を飛び出した。全力疾走で教室まで十二分。


「すみません、遅れました!」


 息を切らせて中腰になりながら、教室の後ろのドアをガラッと勢いよく開けた。先生も生徒も一斉にあたしに注目する。


 あたしは大勢の視線に気付かないフリをして、自分の席に向かった。赤いトンガリメガネをかけ、ドピンクのスーツがピッチピチのおばさん先生が教科書を持ったまま、あたしに近づいて来る。黒板に目をやった。英語が書かれている。嫌な予感がする。


「西條くん。転入二日目にして遅刻とは、随分余裕ざますねぇ。帰国子女のようですし、さぞや英語はお得意なんでしょうねぇ?」

「いや、そんなことは……」

「折角ですから、教科書44ページの問題1を素晴らしい発音で英訳してもらおうかしら」


 やっぱり。


 仕方なく教科書の指定されたページを開く。


 大丈夫。大学受験を経験した、現役大学生のあたしが解けないはずない!


 問題1に目を落とす。

『アイザック・ニュートンの万有引力の法則は、太陽の周りの惑星の動きを説明しています』?


 なんじゃそりゃ。


「さあ、どうぞ?」


 何が、さあどうぞ、だ! ふてぶてしい顔を向けるな!


 あたしは唇をきゅっと結び、眉間に皺を寄せた。


「ア、アイザック・ニュートンズ バンユウインリョクノホウソク エクスプレイン ザ モーション オブ プラネッツ アラウンド ザ サン……?」


 教室が凍った。帰国子女、まさかのカタコト。


「……すみません。昨日、ちょっと衝撃的な出来事がありまして、そのせいで若干の記憶障害を引き起こしているんです。で、得意であるはずの英語が吹っ飛んでしまい、こんな有様に……」


 笑顔を向けてみるが、言い訳が苦しすぎる。先生は初め、ぽかんと口を開けていたが、すぐに隣の席に座る雅を当てた。


「……藤堂くん、英訳して下さる?」

「はい」


 雅は席を立つと、美しい発音の英語を流暢に披露した。


「Isaac Newton’s laws of gravity explain the motion of planets around the sun.」

「相変わらず素晴らしい発音ですわね! 完璧ですことよ!」


 先生にベタ褒めされながら、雅は着席した。あたしは彼を見つめながら口を開けてマヌケ面。それに気付いて、雅は嘲笑するようにふっと笑う。何かムカつく。つーか、発音はともかく、ほとんど合ってんじゃん!


 雅を睨み付けるあたしの視界に先生の太い体が入って来た。


「西條くん。廊下でバケツでも持ってなさい!」


 意味が分からない。水の入った重たいバケツを両手で持って廊下に立たされるなんて、いつの時代だよ! あたしが何したって言うんだよ! ただの寝坊! ただの遅刻だよ!!


 授業が終わるまであと十五分。真面目にバケツ持ってるなんて、バカのすることだ。


 あたしは、音がしないようにゆっくりと両手のバケツを床に下ろした。


 ふぅー。


「あれ、遅刻?」


 あたしは突然小声で話しかけられて、ぎょっとした。心臓が一瞬跳ね上がった。

 顔を上げると、そこにはどこかで見たことのあるようなカッコいい系の男子生徒が。


「えっとー、君は?」

「え!? 俺のこと覚えてくれてないの!? 俺、遥の前の席の高崎(たかさき)(はやと)だよ!」

「高崎隼!?」


 高崎隼って言ったら、藤堂雅と仲の良い、スポーツ万能少年ではないか。確か、高崎総合病院院長の次男坊って設定だったような。


「俺のこと思い出した?」

「うん……」

 ちょっと意味は違うけど。

「……で、隼はどうして今こんなところに?」

「俺? 勿論寝坊だよ」

 威張って言うな。


 隼はあたしが床に置いたバケツを見て、肩に手を乗せる。

「ドンマイ」

 笑顔でそう言い残して、隼は細く教室のドアを開け、そこから中の様子を覗く。そして先生が板書をし始めた時を狙って、静かに教室の中へと入って行った。


 え……?


 あたしは気になって閉められたドアを細く開けて、隼の行動を見学した。高崎隼は身を屈め、自分の席へと静かに向かって行く。先生は教科書を見ながら板書をしていて、隼に気付く気配はない。そして面白いのは、隼に気付いても誰も何も言わないことだ。


 高崎隼は無事自分の席に到着すると、教科書を出して、何食わぬ顔をしてクラスに溶け込んだ。


 ……なんて奴だ。


 唖然としていたら、ガラッと教室のドアが開く音がした。あたしは急いでバケツを持ち上げる。


「……ちゃんと持ってるざますね。あと十分持ち続けて、筋肉をつけるざますよ」

 それだけ言うと、ドアを閉めて先生は教室へ戻った。


 筋肉……?


 あたしは口元を引きつらせた。


 あたしに筋肉なんて必要ない! あたしは守ってもらえるような、か弱いプリンセスになりたいんだよ!!



 無事チャイムが鳴り、先生に言われた通りバケツを片付けて、あたしは教室に戻って来た。席に着いて、グタッと机の上に脱力する。


「お疲れー」

 隼がそう言いながら、あたしの腕を摘まむ。筋肉がピクピクと痙攣する。

「おっ! 遥の二の腕プニプニしてんぞ! つーか、筋肉ゼロだな!」

 隼が楽しそうに、あたしの二の腕を突く。

「やめろって」

 そう言いつつ、隣の席に座る雅に目を向けるあたし。

「おい、雅。何で起こしてくんなかったんだよ!? お陰で掻かなくていい恥掻いただろ! しかも風呂入れてないし……」

 自分の体の臭いを嗅ぐあたしを見て、雅が乾いた笑みをプレゼント。

「朝自分で起きるのは当然のことだろ? まさかその年でお母さんにでも起こしてもらってんのか? それに――」

 雅は一度区切ると、めいっぱいの皮肉を込めて嘲笑した。

「アメリカから帰ったばかりの帰国子女様が、まさか英語が苦手だとは思いもしなかったものでね」


 く、悔しい! 言い返せない! というか、そもそもあたし帰国子女じゃねー! 生粋の日本人だぁー!!


「まあまあ、雅そんなに苛めなくなっていいじゃん」

 涙目を浮かべるあたしを見て、擁護してくれた。かと思いきや。

「苛めない代わりにさ、遥を王子部のメンバーに入れちゃおうぜ」

「王子部!?」


 何その煌びやかだけど、明らかに怪しそうな部――!!


 とツッコんで、自分で思い出した。そうとも知らず、隼がご丁寧に説明を始める。


「王子部は〝秀麗(しゅうれい)学院〟伝統の部で、文武両道を目指す美しい日本男児を育成するために発足したんだ。で、毎年、古からのライバル〝絢爛(けんらん)学園〟と、どちらが真の男子であるかを競うイベント〝真の男子競技会リアルボーイコンペティション〟っていうのがあって、王子部の部員は絶対それに出場しなきゃいけないことになってる。昔は沢山部員がいたみたいだけど、みんなそれに出るのが嫌で、今では最低部員数五人にも満たない人数しかいないってわけ」


 オーアイシー。


「……で、何でそんな面倒臭い部に二人は所属してるわけ?」

「そんなの決まってんじゃん。みんなはコンペをめんどくさがってる。でも逆に言えば、コンペしかないんだ。それに出さえすれば、他は何もしなくていいってこと」


 秀麗学院では全員が何かしらの部活に所属しなくてはならないという校則があるらしい。


 なるほど。王子部に所属してる奴らは皆自由人というわけだね。


「でも、コンペに出るってことは、学校の代表みたいな感じなんじゃないの? そんな部に簡単に入って、簡単に出場しちゃってもいいの?」

「分かんないけど、いいんじゃん? 去年、俺も雅も出たけど、何の問題もなかったし」

「因みに、コンペってどんなことすんの?」

「五項目に分かれてて、確か――知識、芸術、スポーツ、料理、オールマイティーだったな」

「……料理までは分かるとして、オールマイティーって一体何?」

「言わば、何でもアリってことだ。毎年どんな難題が出るか分からないってこと」

「……ソレにおれも出ろと?」

 コクリと隼が頷く。

「大丈夫だって! 俺も雅も何とかなったから! 一応、部としての活動――合宿とかもあるし、心配だったらそこで練習すればいんじゃね?」 


 マンガの中の完璧くんのあんたらと、現実世界から来た一般人のあたしを一緒にするな。


「とにかく、今日は月に一回の活動日だし、放課後一緒に部室行こうぜ!」

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