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二次元コンプレックス  作者:
第一章 「二次元の世界は甘くない」
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第5話

「あー、もうっ!!」


 あたしは横にあった空のドラム缶を倒し、敵に向かって勢いよく転がした。数人は引っかかったが、それでもまだ半分以上残っている。


 やっぱり携帯で警察に連絡するフリだけでも! ……ってあれ? 携帯は? ホウェアー?


「…………ない」


 血の気が引いていくのが分かった。顔はこうして青ざめていくのだ。


 背後では、待ちやがれコルァアー、と皆が皆バラバラに叫んでいる。そんなに巻き舌上手いなら、アメリカ行って来いよ。


「――って、とうとう来ちゃったよ」


 勿論来ちゃったのはアメリカなんてドリームカントリーではなく、廃工場の行き止まり。男たちが、ニヤニヤしながらじりじりと近づいてくる。あたしは、壁に背をつけた。もう逃げられない。周りに目を配ったが、使えそうなものは何もなかった。


〝西條遥〟だったら、きっとカッコよく敵を倒しちゃうんだろうな……。


 あたしは、深く溜息をついた。


 くそー、やるしかないか……。


 あたしは、唇を噛み締めた。そして、意を決したように左上に向かって右手で指差した。


「あっ、UFO!!」


 面白いくらい奴らは古典的な方法に引っかかった。全員あたしが指差した方向に顔を向けている。こいつらアホだ。ここは屋内だっつーの。


 あたしはその隙に、急いで一番手前にいた奴の大事な部分に向かって蹴りを入れた。男が悲痛な叫びを上げて、股間を押さえる。これは痛い。


 年頃の女の子が一体なんてことを……!! と思うかもしれないが、とにかく必死。自分が痛い目に遭うか、それとも相手か。デッド オア アライブ。


「くっそー!! ふざけやがって!!」


 更に怒りが増した彼らは、今度こそあたしを仕留めようと本気モード。流石にヤバいと思って、骨折覚悟で相手を攻撃しようとした。その時――。


 男たちの向こうで、ドサドサッという音が聞こえた。男たちも不思議そうに振り返る。


「一人忘れてるっつーの」


 藤堂雅だった。彼は気配なく男たちの背後につき、そのまま急所を突いて気絶させていた。


 だが、気付かれてしまったら今の手は使えない。六人が後ろの雅に挑んだ。残りの二人は、あたしをボコろうとしている。


 恐怖を感じながらも、近づく男たち二人の間から雅の華麗な戦闘シーンがお目見えする。無駄のない動き。さらりと躱す身のこなし。汗がきらりと光り、宙を舞う。思わず、うっとりと見入ってしまう、まさに絵になるシーンだった。


 心が魅入られ、心臓の鼓動が最高潮に達したその時、体から勢いよく何かが発射したような気がした。


「うわっ! 目! 目があぁ!!」


 目の前の男が急に目を両手で覆い、床に倒れ込んだ。隣の男は、あたしを見て冷汗を垂らしながら一歩後退する。


 どうしたんだろう?


 すぐに疑問は解消された。だって、ポタッポタッという音が聞こえたから。それは、男の冷汗が落ちたものじゃない。色が赤っぽかった。あたしは、まさかねー、と思いつつ、手の甲を鼻下に押し当てた。赤い。真っ赤赤。


 つまりは、こういうことだ。あたしが雅に魅入られ、興奮が絶頂を迎え、体はそれに素直に従い、一度顔から引いていた血液が一気に鼻へと逆流し、発射した。それが、目の前にいた男の目を直撃した。


 ま、男が避けられないのも当然だ。普通、誰もそんなこと予想しないからね。雅が相手でも床で蹲る彼と同じ運命になっていたことだろう。


 いやー、鼻血がジェット噴射するなんて、まさにマンガの世界だね。何でもアリだ。


 雅は冷汗を流す男も鮮やかに倒し、あたしを見た。爽やかな顔が一瞬にして、歪んだ顔に様変わりする。


「……お前、そんなに血の気が多いなら、いっそ奴らにやられて体外に出すか、世の中のために一リットルくらい献血したらどうだ」


 そんなに抜いたら、あたし死ぬよ。


 あたし(の鼻血)にやられた男の横にいた奴も雅があっさりと倒し、目の前が随分とすっきりした。全員床に伸びている。

 

 あたしは雅の背中を追って、倒された敵の間を通って出口を目指す。途中、雅は自分の本を拾い上げ、あたしはそのまま彼と廃工場を後にした。何だか、久々に新鮮な空気を吸った気がする。


「やべっ! もうこんな時間か。食堂終わってんじゃねーか」


 時計は九時半を過ぎたところを指していた。緊張が解け、ぐぅー、とお腹が鳴る。

 雅は腹の虫が鳴ったあたしを一瞥すると、夜の街に光るファミレスを見据えた。


「寄ってくか」

 大金持ちの雅でもファミレス入るんだー、と感心するあたし。



 明るい店内に入り、温かい空気の中でメニューを広げる。チゲ鍋うどんに即決。雅はバランスの取れていそうな定食っぽいものを頼んでいた。


「……で? 何でお前、あんなところにいたんだ?」

 眉を顰めながら雅があたしを見つめる。


 どうやって答えればいいんだ? 夢なんだったら、正直に答えても別にいいんじゃないか? というか、そもそもコレ本当に夢なの?


 あたしは分からなくなった。昼にも感じた通り、やっぱり夢にしてはリアルなのだ。しかも、本当に時間も長い。あたしまだ寝てるの?


 あたしは頬を抓ってみた。普通に痛い。雅が怪訝そうな表情をする。


 ……夢じゃないかもしれない。


 そういう考えがあたしの脳内を浸食し始めた。その考えを受け入れると、全ての辻褄が合う。妙に感覚がリアルなことも、自分の部屋で転んだ時に読んでたファンメモのページとあたしがこっちに来てすぐの出来事(西條遥の転校シーン)がリンクしていることも。あたしは二次元(ファンメモ)の世界に入り込んでしまったのではないか。


 そこまで考えて、急に鼓動が高鳴り出した。もし……、もしも、自分が導き出したその仮定が正しかったら、あたしはどうしたら三次元(じぶん)の世界に戻れる?


「おい、西條。俺の話聞いてんのか?」

「……あ、ああ」

 あたしは彼の声で我に返った。

「どうしてあた……おれがあんなところにいたか……だっけ? 実は、雅の帰りが遅いから心配になって外出てみたんだ。そしたら、雅がヤバそうな男たちに連れて行かれるのが見えて、付いて行ったんだ。……おれ、全く強くないから、雅が囲まれてる時もただ見てるしかできなくて……。逃げた男が仲間を連れてきそうな予感がしたから、早く廃工場から出なきゃと思って、気付いたら大声で叫んでた。そんで背後から舞い戻って来た男に捕えられ人質みたくなっちゃいました……。すんません……」


 半分ホント、半分嘘。あたしは途中で雅が廃工場にいることを思い出して向かった。到着した時には既に男たちは雅に倒されていて、リーダー格の男の姿もなかった。


 雅は険しかった表情を崩し、長い溜息をついた。

「謝んな。お前悪くねぇよ。寧ろ、お前が来てくれなかったら、俺今頃病院行きだった。お前が奴らの気を引いてくれたから、俺は五、六人ずつを相手にして戦えたんだ。流石に二十人一気に来られたら一溜まりもないからな」


 彼はこっちを見ない。何だか少し照れくさそうにしているように、あたしの目には映った。


 きっと、これはお礼を言ってるんだな。


 あたしは嬉しくなって、にこにこしながら、

「ありがとう」

 と笑顔を見せた。



 お腹も一杯になって、寮への道を辿る。

 あたしは、さっき考えたことを一人で反芻していた。


 憧れていたマンガの世界。そこにいる自分。それは素晴らしく嬉しいこと。だけど、ずっとこの世界にいるわけにはいかないし、そんなことが許されるとも思わなかった。何故なら、あたしは〝西條遥〟じゃないから。


 そこで新たな仮説が一つ浮かび上がる。この世界から出る方法。この世界がファンメモの世界そのものだとしたら、全十巻のストーリーが終わった時に、自分の世界へ戻れるはず。ただ、それには条件がある。ファンメモのストーリー通りに話が進まなくてはならない。


 そこまで考えて、深く溜息をつくあたし。


〝西條遥〟と顔も性格も才能も全てが違うあたしが、果たしてファンメモのストーリー通りに話を進めることができるのか?


 大筋はずれてないにしろ、既に若干ストーリーが変わってきてしまっているように感じていた。


「俺、部屋の風呂入るけど、お前どうすんの?」

 部屋に戻って来て、雅がすぐに訊いてきた。あたしは首を傾げる。

「どうすんの? って風呂入るよ。流石に入らないのは気持ち悪い……」

 これ見よがしに埃っぽく汚れた服を広げる。

「いや、そうじゃなくて。お前、大浴場行くのかって訊いてんだよ」

「大浴場?」

「麗説明してなかった? この寮の九階に大浴場と食堂があんだよ。食堂は六時から八時半までやってて、大浴場は昼間以外はやってんだよ。しかも、わざわざ温泉を引いてきてんだぜ」


 寮に大浴場? この部屋にもユニットバス付いてるのに? しかも温泉?


「もっとお金の使い方考えた方がいいよ……」

「今何か言ったか?」

「いや……。おれも部屋の風呂にする。先入っていいよ」


 雅が先にお風呂に入る。シャワーを流す音が聞こえる。


「はぁ―――――――――――」

 あたしは長い溜息をついて、ソファに乱暴に腰を下ろした。

「何か疲れた……」


 明日になって目が覚めたら、自分の部屋の天井があるんだろうか。そんなことを考えながら落ちてくる瞼に逆らうことができず、あたしはそのまま眠りに入った。

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