第40話
雅たちが会場に辿り着き、舞台袖からあたしの後ろにやって来た。そしてスクリーンに映る映像を全員が見上げる。直後、会場が明るくなり、全員の視線があたしに注がれた。
「遥……」
隼が信じられないといった顔であたしの正面に回り込み、顔をまじまじと覗き込む。
「お前……クローンだったんだな」
クローン!?
その場にいた全員の目が点になる。
隼、あんたの頭の中って一体どういう構造してんの!? え、まさかこの世界ではクローンって設定アリなの!?
あたしが何と返そうかと考えていると、そんなわけないでしょ! と桜子がマイクを持って舞台に上がって来た。
「写真に写っていた二人は他人の空似なんかではありませんわ。あの体つきを見る限り、あの方は男性ではなく女性! しかも、漣のパーティーにお邪魔させていただいた時、わたくしは雅様が彼女を『西條』と呼んでいるのを確かに耳にしましたの。雅様は仲の良い方にしかあんな接し方は致しません。ということは、彼女は寮で同室の西條さんと考えるのが自然ですわ!」
彼女はあたしを睨み付け、必死の表情であたしの正面に立っていた。ああ、彼女は雅のことを本当に好きなんだなと思う。でも、そんなの関係ねぇ!
あたしが彼女に抗議しようと勢いよく立ち上がると、突然背後から腕を引っ張られた。誰だよ、と振り返るとそこには右手を突き出した昴。しかも、その突き出された右手はあたしの胸に直撃。
「―――――――――――――――っ!?」
あたしだけじゃない。雅も桜子も大きく目を見開いた。
「よく見てみろ、ポンコツ。こんなにまっ平らの板みたいな女がいると思ってんのか? さっきのドレスの女はどうだった? 胸デカかったろ。いくらサラシ巻いてもあのデカさは隠せねぇし、隠せたとしてもここまで板にはできねーよ。ほら、お前もここに手当ててみろ」
桜子は言われるままに、あたしの胸に手を当てて撫でてみる。
「どうだ? こいつが女だってまだ言うのか?」
昴に訊ねられ、桜子はぐっと押し黙った。思った以上にまっ平らだったのだろう。
今日のコンペでは早着替え対決とか何があるか分からなかったから、スポーツブラではなくきちんとサラシを巻いてきていた。本当に良かったと心の底からホッとする。
「……で、でも、じゃああの紅いドレスの女性は一体誰だったって言うんですの!?」
「あいつは、西條の双子の妹だ」
双子の妹設定ですか――!?
雅が真面目な顔をしてベタな設定を言うのが面白い。
「あれ? でも昴先輩、彼女はナンパしたって言ってませんでしたっけ?」
今度は港が神妙な顔つきで訊ねる。
「あ、ああ。悪い、説明が面倒臭かったから適当に言ったんだ。本当は余興に参加したくなってペアの子どうしようかなって思ってたら、遥クンに双子の妹がいるって聞いて、紹介してもらったんだ。しかも、丁度アメリカから一時帰国するって言ってたから、お願いしたんだ」
雅と昴が一生懸命フォローを入れてくれている。でも、それでも騙しきれない事実があった。
流が席から立ち上がり、昴の前に佇む。
「昴……、今の話本当なのか? だってお前あの時ドレスにメロン――」
「そうさ、俺はあのドレスにメロメロだったさ! ――流、ごめん。全部演出だったんだ。流さえも騙した。まさか双子だなんて思わないだろ? 遥クンが家に来た時、俺面白いことになるって言ったじゃん? 遥クンがウチに通い詰めてたのに、まさか当日来るのが本人じゃなくて妹だとは流も思わなかったはずだ。ドッキリ大成功。いつも通りの俺のちょっとした悪戯だよ」
流が言葉を全て言い終える前に口を挟んで意地悪く笑った昴。
直後、彼は流に飛ばされた。流がグーで昴を殴ったのだ。昴は痛みの走る頬を一度手の甲で触れてから、弱々しく立ち上がる。
「俺は昴には嘘つかれないと思ってた。だけど、勘違いだったようだな」
「……………」
「ま、でも――」
流は怒りの表情を崩して笑顔を見せた。
「昴らしいよ」
昴はそれを聞いて、ふっと笑った。あたしには理解できなかったが、言葉でなくても拳で相手に気持ちが伝わると聞いたことがある。男の子には女の子には分からない何かがあるのだろうと思う。
雅は桜子に近づき、向き合った。桜子は体を強張らせ、雅と少し距離を取る。
「花宮、お前に誤解を与えたのは申し訳なかったと思ってる。だけど、こんなやり方は間違っていると俺は思う。言いたいことがあるなら、直接俺に言えばいい」
彼女は俯いて拳をぎゅっと握りしめた。
「――だから俺も直接言う。俺、好きな人がいるんだ」
「――――!?」
桜子は下に向けていた視線を雅に合わせた。あたしも隼も、きっとそこにいた全員が雅に目を向けたと思う。あたしの心臓の音がドックンドックンと今まで以上に大きくなる。
「……その方は、あの紅いドレスの、西條さんの双子の妹さんですの……?」
涙目で桜子が見上げる雅の顔は穏やかに笑っていた。
「ああ、そうだ」
あたしの心臓はきっと本当に一瞬止まったと思う。彼の肯定の言葉で、あたしまで涙が溢れ出す。雅があたしに近づいてきて、にっこりと微笑んだ。
「宜しくお願いしますよ、お兄さん」
あたしが泣きながら首肯すると、観客がワッと湧いた。何故だかスタンディングオベーションで拍手喝采。まあ、これで良かったんだと思う。
その後、コンペの第五試合が始まり、種目は作詩だった。制限時間内に自分の今の感情をより豊かに表現した者の勝利。流は昴のことを詩にし、あたしは自分が危なくなった時にフォローしてくれる大切な仲間たちのことを詩にした。きっと、さっきのハプニングが影響したんだと思う。結果は、同点引き分けだった。
二勝二敗一引き分けで、総合得点三八五点の絢爛学園が勝利して〝真の男子競技会〟は幕を閉じた。
コンペが終わり、みんなが打ち上げに行くと言ってどっかのホテルに向かうのを少し抜けてあたしと雅は校舎裏に来た。二人の他に誰もいない。何だか、凄く緊張する。
暫く黙っていると、雅はあたしの方に振り向き、真っ直ぐに瞳を向けてきた。あたしはゴクンと唾を呑み込む。
「西條……、さっきはお前の気持ちも考えずに申し訳なかったと思う。だから、今改めてもう一度言わせてほしい」
最初に会った時と変わらぬ綺麗な瞳があたしを見つめる。この段階で、もうあたしの目には涙が溜まっていた。雅は静かに息を吐いてから口を開く。
「俺、西條のことが好きだ。俺と付き合ってほしい」
自然と溜まっていた涙が溢れ出す。こんなことがあっていいのだろうか。こんなにカッコ良くて、こんなに完璧で、ずっとずっと大好きだった藤堂雅が、こんなあたしを好きになってくれるなんて……!
「……こ、こんな、あ、あたしで、いいの……?」
泣きじゃくりながらも、念のため確認してみる。すると、雅は巧笑を見せた。
「ああ、勿論だよ」
そう言って力強くあたしの腕を引っ張り、雅は自分の元へあたしを引き寄せた。温かい。
「そりゃ確かに最初はこんな変人と寮は同室、教室の席も隣だなんて嫌だと思った時もあった。鼻血は出すし、料理は壊滅的だし。だけど西條にはそれ以上のものがあった。危なっかしくて目が離せなくて、一生懸命で、何だかんだで優しくて、何事にも真っ直ぐで。俺はきっと西條のそういうところに惹かれたんだと思う。――そう言えば、西條の本当の名前って遥でいいの?」
雅があたしの頭を優しく撫でながら問う。あたしは首を横に振り、破顔一笑した。
「あたしの本当の名前は、恋って書いて〝恋〟だよ」
「恋……。意外と可愛らしい名前だな」
雅は少年のような笑顔を見せてから急に真顔になって、あたしを少し引き離して肩に手を乗せた。雅の顔が近づき、あたしは自然と瞼を下ろす。自分の唇に雅の唇が重なる感覚がした。
「恋、大好きだよ」
雅が優しく微笑む。
「あたしも雅のこと、ずっとずっと大好きだったよ……!」
直後、白く眩い光が辺りを包み、あたしは目を開けていられなくなってきつく瞳を閉じた。




