第36話
あたしたちが会場に戻ると余興も既に終わり、人もほとんどいなくなっていた。昴も桜子さんもどこかへ行ってしまっていたようで、姿は見えない。
どこのフロアでも会わなかったんだけど……、と思いながら会場を見渡していると、あたしの目の前で雅が背中を向けてしゃがんだ。
雅何してんだろう、という視線を向けていると、彼はこちらに顔を向けた。少し頬が赤い。
「早くしろよ! 足痛いんだろ?」
ああ、足!
「――いったーい!!」
緊張の中にいてすっかり痛みが麻痺していたのが雅の台詞で痛覚が戻り、あたしは悲鳴を上げた。雅の御好意に甘えて、すぐに彼の背中に体を預ける。
朔夜と佐祐に別れを告げて、ホテルを出た。艶華と一緒に乗って来た藤堂家のリムジンは既にホテルにはなく、あたしたちはタクシーを捉まえて寮へ戻る。
部屋へ入ると、雅はソファの上であたしを降ろした。雅も隣に座る。
「……本当に今日はご迷惑ばかりかけてすみませんでした。どうもありがとうございました」
あたしは紅いドレスのフリルを両手で握りしめていた。何故だか雅の顔を見ることができない。
「何でそんなに余所余所しいんだよ」
「いや、何となく……」
雅は軽く溜息をついて、手を組んだ。
「……で、西條、お前何者? 先生もそうだし、あの男の人も」
あたしは雅の質問に丁寧に包み隠さず答えた。あたしたちが全員CIAの諜報員であること、藤堂グループの贈賄疑惑を担当していたこと、そのために男装して雅と同じ秀麗学院に入ったこと。もう男装してこの学校にいる必要もないけど、王子部のコンペがあるから終わるまでは在籍すること。
雅は全てを聞き終えて静かに、そうか……、と呟いた。
「……お前、俺の前でずっと諜報員だってバレないように演じてたのか?」
雅の瞳があたしを真っ直ぐに見つめる。あたしはそこから目を逸らしたかったが、できなかった。彼の目を見ていると、理由も分からず涙が出てきそうだったから。
「……違うよ。確かに秀麗学院に男装して入ったのは贈賄の案件を調べるためだったけど、あたしは一度も演技したことなんてない! あたしはあたしらしく精一杯、自由にこの世界で暮らしてた!!」
自信を持って言える。あたしは確かにこの世界で、自分の意思で生きてきたんだ!
雅はあたしの表情を見て、美しく微笑んだ。
「そうか。やっぱり西條は西條だな。お前には敵わないな」
雅は何だか急に少年らしい笑顔を見せ、あたしの頭を優しく撫でる。雰囲気の変わった雅に戸惑いながら、あたしは頬を赤らめ微笑んだ。
今凄く幸せな気分を味わっている。だけど、そろそろ雅とのお別れが近いのだと、あたしは頭の片隅で理解していた。
*
一昨日のわたくし花宮桜子は、それはもう幸せでした。パーティーに雅様とペアで参加することができ、余興では雅様がわたくしを迎えに下の階から必死になって走って下さっている――と思っていた時までは。
幼い頃から必死になって走ったことなんてありませんでした。苦しくて、それでも雅様も頑張って下さっていると思っていたから、わたくしも頑張れた。ですが、二一階のフロアに足を踏み入れて、思わずわたくしは体を強張らせました。雅様が、昴様のペアの女性の肩に手を載せ、ご自分の方へ彼女の体を引き寄せていたのだから……!
わたくしは何も悪いこと等しておりませんでしたが、すぐに階段の影に隠れて彼らの様子を窺いました。そこでわたくしは確かに聞いたのです。雅様が彼女を「西條」とお呼びになるのを。
お知り合い!? やはり雅様のあの行為から考えると、彼女は雅様の想い人。雅様はお慕いしていない女性に気安く触るような男性でないことくらい、わたくしが一番よく知っていますわ。
悔しい! わたくしの方が雅様のことをよく知っていますし、お慕いもしておりますのに!!
彼らの様子を眺めながら手に汗握っていると、ふと〝西條〟という名前に聞き覚えがあることを思い出しました。必死に思考を巡らせて、頭の中に豆電球が光ったかの如く、過去のワンシーンが呼び出されました。
あれは秀麗学院の学園祭に行った時のこと。雅様のクラスの出し物だった執事喫茶。そこでわたくしたちの専属執事を務めて下さったのが、〝西條〟という名の男子生徒。
最初は偶然かと思いましたわ。ですが、よくよく顔を思い出し、紅いドレスの女性の顔と照合致しました。自慢ではありませんが、わたくしの視力は両目2.0ですの。すると、どうでしょう! 信じられないことに、専属執事の男子生徒と目の前でドレスを着た彼女に同一人物だというフラグが立ったのです!
それでは、あの方はそもそも男性なのか、女性なのか。ドレスを着ているとよく分かります。あの身長、胸の大きさ、腕の細さ、脚の細さ、足の長さ。あの方は間違いなく女性!
わたくしは一先ず携帯で彼女の写真を撮ってから、下の階へ向かうことに致しました。あの場でずっと彼らを見ていても怒りが押し寄せてくるだけですし、雅様も余興どころではなさそうでしたので、わたくしもゲームを放棄致しました。
階段を下りる途中、昴様にお会いしましたので、「パートナーの方はお取込み中のようですわ」とだけお伝えしました。彼も何となく事情を察したようで、上の階へは上がりませんでした。昴様の横を通り過ぎる時、何故だか彼は微笑んでいるように見えましたわ。わたくしには理解できませんでしたが、構っている暇もありませんでしたので無視して会場を目指しました。
結局、余興は藤堂艶華様と国定麗様の優勝で幕を閉じましたの。でも、そんなことはどうでもよいのですわ。問題は、雅様とベタベタしていたあの女なのですから!
流石に俄かには信じられないことでしたので、わたくしは真実を確かめるべく、本日こうして秀麗学院高校寮の前で張り込んでいるのです。目深に帽子を被り、サングラスをかけ、ベージュのトレンチコートを着て、ポケットにはデジカメと虫眼鏡も入っていますの!
わたくしは自分の口角が上がっていくのを感じましたわ。まるで探偵みたい……!
と、とにかく! 何が何でもあの方の素性を明らかにしてみせますわ!!




