第32話
じきにパーティーが始まった。漣ホールディングスのCEOの挨拶があり、それから流麗なクラッシック生演奏と共に立食がスタートする。奏はソロでもバイオリンを演奏していて、やっぱり凄いんだなと感心した。
「さっき藤堂がここに来てただろ。早速バレたのか」
昴が料理が盛られたプレートを運んできて、あたしの前に差し出す。
「うん……」
あたしはそれを受け取って、楽しく立食する群衆を見て目を丸くした。
「あの人は!?」
あたしが指差す方向に昴も顔を向ける。
雅と話す超絶美人。スタイル抜群。胸元が広く開いた黒いドレスから、白く滑らかな肌が露出する。こんなに敵多かったっけ? と思いながら、艶なりの女性に目が釘付けになる。きっと三次元には、あれほどの人はいないだろうと思う。
「ああ、あの人は藤堂の姉で、確か名前は艶華さん……だったか」
雅のお姉さん!? あれだけの美人が身近にいるから、桜子さんとか凛さんとか何とも思わないわけね。何か納得。
昴の持ってきてくれたプレートを完食し、あたしは立ち上がった。
「湿布のお陰で大分良くなったから、あたしもあの中に入ってくる」
「おい、平気なのかよ」
昴があたしを支えてくれようとするが、手で制止した。
「一人で大丈夫だから。ありがとう。昴もあたしのこと気にせず、回ってきなよ。あたしもいつまでも足かせになってるのも嫌だからさ」
そう言って、あたしは痛む足を我慢して一人で会場の群衆の中に混じってから、入口と反対の壁へと向かった。
座って会場を見渡している時からずっと気になっていた。全身黒の飾り気も何もないドレス。髪はボサボサ。明らかに悪目立ち。
「……先生、こんなところで何してるんです?」
あたしは月影朔夜に話しかけた。彼女はさして驚いた顔もせず「驚いたな」と呟く。
「こう見ると本当に女の子だな」
「自分で言うのも何ですが、先生よりよっぽど女らしいと思います」
あたしはそう断言してから、プレートを持って朔夜の方に向かってくる男性に目を向けた。黒のジャケットの中に黒ベストを着用し、ワインレッドのネクタイが少しだけ顔を出す。整えられた顎鬚がダンディーな印象を与える。薄らと茶色に色づいたレンズのメガネをかけており、見た目は四十半ばくらいだろうか。恐らくこの男性の招待で朔夜はこのパーティーに参加しているのだろう。
その男性はあたしの前に来るなり、口を開いた。
「君が西條遥くん……いや、ちゃんか。俺は藤堂グループに勤めている坂上佐祐だ。君のお仲間だ。今日は宜しく頼むぜ、御嬢ちゃん」
この人が藤堂グループで情報を集めてくれている諜報員か。
「そう言えば言い忘れていたが、藤堂猛と仲の良い政治家だが、ほら早速だ」
あたしは朔夜の見る方向に視線を合わせた。男性が二人話している。どちらにも付人らしき人が横にいた。
「左でワイングラスを持っている男が藤堂猛。その後ろにくっ付いているのが、秘書の国定戒。藤堂猛と話している政治家が四宮司。その後ろにくっ付いてるのは奴の秘書だろう」
四宮司……。どっかで聞いた苗字だなと思い、思考を巡らせて空を喘いだ。
「四宮って、絢爛学園に通う四宮静の父親ですか!?」
あの朴訥で存在が薄いこと自体がキャラになっている男。正直すっかり忘れてた。
「おっ! 御嬢ちゃんよく知ってんな。その通りだ。奴は藤堂猛の大学時代の同期で、学生時代から競い合っているライバルだそうだ」
ライバル……。
「ライバルが、賄賂とは言え協力関係なんて結びますかね?」
あたしが腕を組むと、佐祐も、そこなんだよ! と同調した。
「贈賄の事実があったとして、動機が分からないんだ。経営者と政治家としての出会いだったら頷くこともできるんだが、二人の関係が大学の同期から始まっていて、今もそれは崩れていないように見える。だから、俺も不思議に思ってるのさ」
「じゃあ、贈賄なんてしてないんじゃないですか?」
あたしがそう答えると、佐祐は笑ってあたしの頭にぽんぽんと手を載せた。
「それならそれでいいんだ。ただ俺たちはその証拠を見つけて上に報告しなきゃいけないから、それまではこの案件から手を引けないんだよな」
まあそうだよな、と思っていると、朔夜があたしに小型イヤフォンと小型マイクを差し出した。
「このパーティーの間はそれを身に着けていろ。何かあったらすぐ連絡するんだ」
あたしが頷き、手渡されたものを装着すると、会場の明かりが徐々に落ちていった。
「どうやら余興が始まるようだぜ」
佐祐の言葉に、あたしの目がステージに移った。




