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二次元コンプレックス  作者:
第五章 「パーティーは余興が命」
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第30話

 終礼も終わり、放課後。生徒たちは部活へ行ったり、習い事に出かけたり、すぐに教室から捌けていった。


「遥ー、今日帰りCDショップ寄ってかね?」

「ごめん、おれ今日も用あってさ。悪いけど、また今度な!」

 あたしは隼の誘いを断り、雅の前を通って教室を出た。


 隼はそれを目で追ってから、雅の机の角に腰かける。


「なあ、雅。遥最近放課後すぐにどっか行っちゃってるけど、何か知らね?」

「知らねぇよ。何で俺があいつの行動を把握してなくちゃなんねぇんだよ」

「……まあ、確かに」


 それじゃあ、と雅をCDショップに誘った隼はあっさりとフラれ、彼は一人寂しく教室を出て行った。


 雅はオレンジの夕陽が射す誰もいなくなった教室で、静かに窓の外を見つめた。走って学校を後にする遥が視界に映る。


「……ったく。俺はどうしたいんだよ!」

 雅は窓に背を向け、寄りかかった。




「今日もちゃんと来たな」

 笑顔で昴が出迎える。


 漣家はとにかく凄い。そもそも門の高さが三メートルくらいあり、インターフォンを鳴らして名乗ると、自動的に門が向こう側へ開く。そこを潜ると、丁寧に整えられた芝の黄緑が爽やかな印象を与え、美しく刈り込まれた木々はアーティスティックな空間を演出する。ヨーロッパを思わせる微妙に色の違うアイボリーの石段は道を作り、邸宅まで導く。当の邸宅は門から十分ほど歩くと辿り着くが、プールも付いている超豪邸である。


「もう先生いらしてるから、早く準備しろよ」

 ゼーハーと息を切らせるあたしに、容赦ない台詞。


 あたしは、お邪魔します、と一言言って、靴を脱いで一段高い大理石チックな廊下(ロビー?)に用意されたスリッパに足を入れた。頭上には、ガラスを通り様々な角度に反射した光が輝いている。プチシャンデリア。あたしはそのまま奥の客間に向かい、ジャージに着替えた。


 昴に特訓と言われた次の日から、あたしは毎日ここ漣家に通っている。彼の言う〝俺のパートナーに相応しい女〟というのは、茶道とか華道とか立ち居振る舞いとか、日本女性本来の奥ゆかしさというか、美しさを身に着ける特訓だと勝手に思い込んでいたのだが、実際は違った。勿論、立ち居振る舞いは含まれていたが、後はヨガだったり、筋トレだったり、シェイプアップのための運動だった。お陰で、プニプニだったお腹が徐々に引き締まってきているように感じます。


「……今日も彼、来てるんだ」

 流が階段を下りてきて、昴の横に立つ。

「ああ。意外と頑張り屋さんだろ?」

「……それにしても、彼を女装させてパーティーに参加するなんて本気?」

「本気も本気。超本気。だって――」


 昴は口元に笑みを含んで、流に目を向けた。


「――そっちの方が面白いことになると思うし」


 流は軽く溜息をついて、階段を再び上って行った。


        *


 毎日忙しく漣家に通い詰めて、あっという間に漣ホールディングス主催のパーティーの日がやって来た。


 あたしは昼頃から漣家に向かった。図らずも足がスキップを刻む。それもそのはず。今日は待ちに待った、あのドレスと御対面なのだから!


 漣家に着くなり、メイドさん方はあたしを待ち構え、そのまま全身鏡のある部屋へと連行した。その部屋には、あたしのためだけに作られたドレスが掛けられていた。


「うわぁ――!!」


 鮮やかだけど上品なワインレッド。首の後ろでりぼんを結び、裾は腰まで垂れ下がる。ウエストの左側には形作られた華やかで大きな黒いりぼんが添えられ、周りの生地を集めて引き締める。スカートはギャザー入りの三段フリルで、各フリルの先には黒い精緻なレースが可愛らしく華を添える。


 一度こういう紅いフワッフワのドレス着てみたかったんだぁ! と顔が緩む。

 メイドさんたちに着替えを手伝ってもらい、ドレスに手を通す。特訓のお陰で引き締まったウエストも計算されているかの如く、まさにあたしの体にフィットする。と、思っていたらバストの辺りがちょっとスカスカする。いくら首の後ろのりぼんで調整できるとはいえ、それでも胸元がスースーする。


 まさか運動したことによって、ただでさえほとんどなかった胸の脂肪までもどこかへ消えてしまったのかと青ざめていると、メイドさんが申し訳なさそうに、あるものを取り出した。


「……あのぅ、それは……?」


 ガチャッとドアが開くと、そこには正装した昴が立っていた。光沢のある高そうなグレースーツ。胸ポケットには赤いポケットチーフが顔を出していた。髪もしっかりとまとめ、清潔感が出ている。悔しいが、滅茶苦茶カッコいい……!


「お、やっぱ馬子にも衣装だな」


 あたしの姿を見るなり、随分と失礼な台詞を吐く昴。


 ブラウンの長い巻き毛のウィッグを被らされ、そのウィッグの右耳上辺りにダイアモンドで出来ていると思われるクラウン型の可愛い髪飾りが留まっている。首からは雫型のダイアモンドが一つ輝きを放っている。メイクもバッチリして、自分で言うのも何だか、誰? と思うくらい別人のように可愛く仕上がっているのではないかと思う。


「あのー、これは一体どういうこと……?」


 あたしは自分の胸元を指差した。やけに胸が大きい。スースーしていた胸元に申し訳なさそうにメイドさんが入れ込んだのは、メロンパンでした。


「一応あたし女の子なんで、本物の胸あるんですけど。なのに何故メロンパンを詰める必要がある……?」


 それを聞いて、昴はふっと笑った。


「ウエストは運動すれば絞れるけど、胸まで大きくするのは難しいだろ? だからドレス作る時にバストは二十センチくらい余裕持たせてくれるように頼んでおいたんだ。ドレスは美しいんだから、それを着る本人もドレスに合わせないといけないだろ?」


 くそ! 何て野郎だっ!!


「……君、本当に西條くん……?」


 ストライプの入った黒スーツに身を包んだ流がひょいっと顔を出し、あたしを見て驚愕の表情を浮かべる。


 ああ、やっぱりなんて美しいの……! 流石ビューティフルボーイ!!


 鼻から真紅の滝が流れ出しても、今日のドレスの色と同化してくれるから平気か、等と不毛なことを考えてから、いやこのドレスに一滴でも垂らすもんか! と鼻の奥辺りに力を入れる。


「凄いだろ、俺のプロデュース力!」


 昴はただでさえ高い鼻を更に高くし、エッヘンという具合に手を腰に当てる。


 流はあたしを全身見回し感心してから、やけに大きい胸に視線を集中させ、人差し指で押してみた。


「―――――――――――――っ!!」


 あたしと昴は声にならない悲鳴を上げた。あたしはそのまま一気に部屋の奥へ後退り、昴は流の両肩を掴んだ。流は二人の余りの挙動不審ぶりにたじろぐ。


「流! あそこに入ってるのはメロンパンなんだよ! パンが潰れたら元も子もないだろ!? 興味本位で触んな! 俺の芸術を壊してくれるな!!」


 そっちかよ!


「わ、悪かった……」

 昴の凄まじい勢いに圧倒されながら、流は首を上下に振った。


 あたしは口をへの字に曲げたまま、履き慣れないヒールの高い靴で昴と流と一緒に家の前に用意してあった黒いリムジンに乗り込んだ。

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