表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
二次元コンプレックス  作者:
第五章 「パーティーは余興が命」
28/42

第27話 漣昴と藤堂雅の出会い

「流石愛人の子は違いますわね。行儀もなっていないし、野蛮そのものという感じですわ。よく旦那様も認知されたわよね」


 従者たちが声を潜めてヒソヒソと話しているのは知っていた。


 小学校に上がるのと同時に、漣家に世話になることになった俺はかなりの注目の的だったと思う。そもそも漣家には流という正統の息子がいたし、あいつは、行儀は勿論、小さいながらに頭の回転も速く、小学生とはとても思えないくらい大人びていた。ここでの環境がそうさせたのか、あいつの生まれながらの性質なのか、それは分からない。ともかく、漣家の奴らはみんな流を慕っていた。いや、崇めていたという方が正しいかもしれない。


 母親は漣家に入ることは許されず、フランスで一人ひっそりと暮らしている。俺が漣家の息子として認知された背景には、彼女が俺の将来を考えて漣家の息子として育ててくれるように父親に切願したという事実があると聞いている。その時の条件が、漣家に一切関わりを持たないこと。それを泣く泣く呑み、母親は俺を漣家に預け、フランスに戻った。今でも俺専属の執事に言って偶に会いに行くことはあるが、父親には秘密にしてもらっている。


「昴坊ちゃん、お止め下さい!」


 まだ漣家に来てすぐの頃だった。俺は従者たちが母親の悪口を言っているのを聞いてしまった。俺のことを何と言おうが構わない。けど、何もしていない母親のことを蔑まれるのは耐えられなかった。俺はそこら辺にあった小物を従者たちに投げつけた。陶器が衝撃で割れる音が響き、執事が俺を制止させようと必死になる。


「蛙の子は蛙って本当ね。あの愛人と同じ、図々しくて野蛮な生き物だわ」


 侮蔑的な言葉を吐いて、物を投げつけられた従者たちはそそくさと部屋を出て行った。


「野蛮はどっちだ! 今度母さんを悪く言ったら絶対許さないからな!!」


 息を荒げ泣き叫ぶ俺に執事は同情の目を向け、床に散らばる陶器の破片を集め始める。


「言いたい奴には言わせておけばいい」


 突如背後から声が聞こえ、俺はすぐに振り向いた。そこに立っていたのは、流だった。


「だけどもし聞くに堪えないのなら、昴がそう言われないように行動すればいい」

「どういう意味だよ」

「言われたことには何も言い返さず従う。勉強も運動も全部一番を目指す。そうすれば野蛮でも何でもなくなるし、昴のことを認めざるを得なくなる」


 ああそうか。俺の行動が母さんを悪く言わせていたのか。流の言葉を聞いて俺はそう思った。俺が所謂優等生になれば、みんな俺のことを認めざるを得なくなり、母親が悪く言われることもなくなる。


 きっと流は今までそうやって生きてきた。それは、この漣家では賢明な生き方だと思った。俺も流に倣い、暫くは大人しくしていた。その甲斐あって、徐々に母親の悪口も、俺への暴言もなくなっていった。けど、いつまでこうしてなくちゃいけない? 本当の自分を押し殺し、相手の望むままの自分を演じ続けることに早くも疲れ始めてきた頃、俺は藤堂雅に出会った。


 藤堂は父親と一緒に漣家に来た。何で来たのか、そんなことは分からないし、どうでも良かった。今でも憶えている。俺はあいつを見て、確かに羨ましいと思った。


 藤堂も父親の前では優等生だったが、でもその〝優等生〟は、俺たちの演じている〝優等生〟とは異なる種類のものだった。縛られていない、窮屈じゃない、苦悩を感じない。彼はそういった、俺たちとは違うオーラを纏っている気がした。


 大人同士で話があるとかで、それぞれの執事たちを同行させ、俺たち三人は別の部屋に案内された。丁度時間は三時頃で、ティーセットが用意されてきた。漣家の執事たちが藤堂の紅茶も用意しようとしたが、あいつはそれを断った。紅茶の名前を言われてもよく分からない、淹れ方も分からない、何を用意されても何とも思わずそれを口にする俺たちとは対照的に、藤堂は輝く笑顔で執事に話しかけた。


「今日はルフナと緑茶をブレンドしてみる!」

「坊ちゃま、ですがここは漣家でございます。本日は相手の方が折角用意して下さる紅茶をお飲みになってはいかがですか?」


 藤堂は小さい頭で思考を巡らせた後、執事の助言を受け入れた。


 それを見て、俺は自分の羨ましいという感情が疎ましいという感情に変化したのを感じた。俺は籠の中の鳥で、あいつは空を自由に舞う鳥だと思った。俺は相手に受け入れられるように、相手の思う通りの自分を演じているのに、どうしてあいつは自分の思ったことを言える? どうしてあいつは自分の意思で行動できる? 父親の前での〝優等生〟に俺たちと同じものを感じなかったのも、藤堂の自然体の姿だとでも言うのか……?


「いいよ。君の言ってた紅茶、用意させるよ」


 俺の一言に、藤堂は不思議そうな目を向けた。


「お気遣いいただき、ありがとうございます。ですが、折角用意して下さっている紅茶をいただきますので、大丈夫ですよ」


 藤堂の執事が優しく俺に微笑みかける。だが、俺の隣に座っていた流も口を開いた。


「藤堂くんの言った紅茶、用意してあげて」


 これには流の執事も驚いたようで、一瞬遅れて返事をして用意のためにすぐに部屋を出て行った。


「勘違いしないで下さい。ぼくたちは別に気を遣っているわけではありません。ただ、飲んでみたいんです。藤堂くんの言ったブレンドの味がどんなものなのか」


 やがて茶葉が藤堂の前に用意され、俺たちは彼の行動をじっと観察していた。藤堂は、二つの茶葉をティースプーンで掬いながら、目を凝らして分量を調節する。


「うん、これでいい」


 納得いく茶葉の配分になったらしく、そこにゆっくりとお湯を注ぐ。何分か蒸らしてティーカップに注いだ。緑茶のような少し香ばしい香りが漂う。


「はい、どうぞ」


 藤堂は琥珀色に透き通った紅茶を俺たちの前に差し出した。俺と流は一度顔を見合わせてから、二人同時にそれを口に含んだ。


「……おいしい」


 思わず俺も流もそう口にした。今ではその美味しさが、ただブレンドに成功しただけ、というわけではなかったんだと思う。


 俺は漣家に従うことで今の不自由な安定を手に入れた。けど、あいつは違う。様々なものに興味を持ち、自力で調べ、実践する。家から反対されれば、自分の行動がどうして間違っているのかを問う。自分の正しさを証明しようとする。常に自分の信念の元、行動する。自らの力である程度の自由を手に入れている。


「よかった」

 笑顔を見せる藤堂。彼のその生き方に魅せられ、同時にそれを壊してやりたいという相反する思いが心の奥底から沸々と湧き上がってきた。


 数日後、漣家主催のパーティーがあることを知って、俺は藤堂の苦悶の表情を見るために計画を練り始めたのだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ