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二次元コンプレックス  作者:
第四章 「学園祭ですよ、お嬢様」
26/42

第25話

 折角みんなで打ち上げパーティーだと思ったのにな、と残念に思いながら、一〇〇一のドアを開ける。


「あれ?」

 何かがドアに当たり、カチャンと床に触れた音がした。足元に目をやる。

「何これ……?」

 手に取ってみる。厚紙のバインダーで中に一枚ペラの紙が挟まっていた。

「回覧板?」


 近所でよく回ってくるアレか? それにしても今まで一度も回ってきたことなんてないぞ?


 とりあえずそれを持って部屋に入った。


 手洗いうがいをした後、ソファに腰かけ回覧板の要旨を読む。


「『一〇〇一部屋限定! スペシャル大浴場デー』?」


 どうやら今日一日だけ大浴場を一〇〇一部屋の二人が貸切できるらしい。いつも藤堂家にはお世話になっているから一年に一回そういうことをやっていると記載されていた。


「それにしても今日っていうのは他の子たち可哀相だよなー」

 そんなことを呟き、回覧板の紙をまじまじと見つめる。


 実はまだ一度も大浴場って入ったことないんだよなー。雅どこ行ったか知らないけど、どうせ遅いんだろうし……。


 あたしは勢いよくソファから立ち上がった。


「よし! 行く!!」


 部屋の引出からパジャマやバスタオルを取り出し、大浴場に行く準備を整えると部屋を後にした。


        *


「流石にいないか……」

 雅は学校の裏門で溜息をついた。


 今朝、学校の下駄箱を開けると中に一通の手紙が入っているのを雅は見つけた。ハート柄の封筒。中を開けると、学園祭が終わった後に秀麗学院の裏門に来てほしいという内容だった。名前は書かれていない。


 雅にとって珍しいことではなかった。他校の女子がどうやってか雅の下駄箱に手紙を入れるのだ。下駄箱には出席番号しか書かれていない。最初に手紙を入れた子はどうにか雅のクラスと出席番号を調べて入れたのだろう。そこから情報が漏れたのか、今や雅の出席番号が一八番というのは他校の女子の常識となっていた。


 お手洗いにちょっとどこかに行っているだけだったら相手に失礼だと思い、雅は三十分ほど待ってみたが、誰も現れる気配がない。


 告白だとしたら受けるつもりはなかったが、自分に好意を向けてくれている女の子を無下にあしらうことはしたくないと、雅はいつも指定の場所に行き、きちんと相手に誠意を持って断っていた。そのせいか、女子は女子で振られても雅を好きでい続けてしまう。何とも罪な男だ。


 そろそろもう来ないだろうと見切りを付けて、雅は寮へと足を向けた。歩きながら昨晩何故か机上に増えていた『一欠片で頭スッキリ! チョコレート』を取り出し、口に放り込んで頭を回転させてみる。まあ、増えていた理由は何となく想像できるが。


 昨日自分が帰った後から今朝登校するまでの間に手紙を入れたことになるが、文化祭の間はロープが張ってあり生徒以外立ち入り禁止になっていたはず。


 ロープを無視して手紙を入れたのか?


 チョコレートの効果は正直今一だと雅は思った。



 寮に着いて自分の部屋に入る。すると、すぐにシャワーの音が聞こえてきた。


 あいつ今シャワー浴びてんのか……。俺も最初に風呂入るか。


 雅は支度を整え、大浴場へと向かった。


        *


 高校生の寮如きでこんなにも素晴らしい大浴場だと思わなかった。まるでどこかの高級旅館や高級ホテルの温泉のようだった。窓ガラスからは街の夜景が一望でき、露天風呂まで存在する。


 顔も熱ってきたところで、そろそろ出ましょうと、ガラッと湯気で曇った扉をスライドさせて脱衣所に出る。


「…………………」


 一歩左足を踏み出して、まだ扉の取っ手を握ったまま固まる。


 目の前には上半身裸の雅が――!!


 自分で抑えることができず鼻から温かいものが出てきそうになって、今はそういう場面じゃないとそれを奥へ押し流す。


「西條お前どうしてここに……。それに――」

 雅は明らかに動揺している様子だった。


 雅の言いたいことは分かる。今のあたしの状態は、前なんて濡れてしなったタオルでほとんど隠れていない。雅の帰りが遅いと勝手に判断し、調子乗って大浴場に入ったのはあたしのミスだ。あたしはタオルを握る手に力を込める。

「……雅、おれ本当は――」


「藤堂、お前本当は分かってたんだろ」

 あたしが完全に更衣室に入りドアを閉め、俯いてか細い声で告白しようとしたその言葉に被せるように、脱衣所の入口の方から声が聞こえてきた。あたしは顔を上げ、雅は身を翻す。


「昴……、どうしてお前がここにいるんだよ」

 雅は苛立った様子で、しかし静かに問うた。当の昴は口角を上げて脱衣所に堂々と入って来る。


「西條は早く服着ろ」

「う、うん」


 雅に言われるままに自分の服の入れてある籠の前に走った。昴はその様子を楽しむように笑みを浮かべる。


「どうしてこの状況になっているか、一から説明してやるよ」

 昴はご丁寧にも最初から説明して下さいました。


 前日夜に雅の下駄箱に偽ラブレターを入れるところから昴の計画は実行に移された。当日は寮の入口で秀麗の生徒を捉まえて生徒証を拝借し、寮に侵入。その日一日は大浴場が使えない旨の手紙を一〇〇一以外の全寮部屋のポストへ投函。その後、用意した小道具(回覧板)を部屋に置いて、あたしが帰ってくるのを待ち構える。あたしが部屋に入りドアが閉まる直前に小石を挟み、タイミングを見計らって中に入る。ドアはオートロックのため、鍵をかけるという習慣があたしから欠如していた。あたしが大浴場に出かけたのを確認し、昴は回覧板を回収。雅が戻って来るのに合わせて風呂場に身を潜めシャワーを出し、あたしがさもお風呂に入っているように思わせた。雅はそのまま大浴場へ向かい、昴は彼の後を付けて今ここにいる、ということらしい。


「………………」

 昴くん、そこまで頑張ってる君の姿を想像すると、いっそ微笑ましいよ。


 あたしは昴の説明中に着替えて、雅から少し離れた後ろの方に立っていた。


「で、俺が何を分かってるって?」

 雅が不機嫌そうに昴を睨み付ける。昴は雅と対照的で、物凄く楽しそうだ。

「実は俺、夏休みのあの合宿でお前らが帰った後、夜にそっちの別荘に行ったんだ。偵察ってことでな。そこでちょうど見ちゃったんだ。藤堂が遥の上に覆い被さってるのをな。手の位置までばっちり」

「――――――――!?」


 見られてたの――!? というか、それよりあの部屋二階だったけど!?


「つまり俺が何を言いたいかって、藤堂は遥が女であることをあの時知ったんじゃないのかってことだよ」

「……それは、私の体が未だに成長過程でして気付かなかったんですよ……」

 自分で言ってて悲しい。

「いや、違うな」

 昴のその台詞にあたしが首を傾げる。

「いくら板でも、触れば男か女かくらい分かるって言ってんの」

 なんですと――!?

「だが、藤堂は気付かないフリをした。そっちの方が都合がいいと咄嗟に判断したんだろうな」

 あたしは雅に目を向ける。


 確かに言われると、一つ疑問に思ったことがあった。執事喫茶にしようと言った時に、女子が喜ぶ視点が大事だからという理由を挙げたが、いつもの雅だったら「お前女子じゃないんだから女子の視点なんて分かんねぇだろ」とか言うはず。あたしが女だって思ってたから言わなかった……?


「藤堂、どうなんだよ。俺の言ったこと当たってんだろ」

「……昴、お前はどうして西條が女だって知ってんだよ」


 逆に質問をされて、昴は合宿での出来事を得意げに話した。自分は雅より早く西條が女だと知っていたのだと。


 雅は拳を強く握りしめた。それを見て、あたしは思う。雅を困らせてるのはあたしだ。雅があの時気付いていても気付いていなくてもそんなの関係ない。あたしが自分の口で真実を告げよう。


「……雅、実はおれ……あたし――」

「知ってた」

 あたしは下に向いていた顔を上げて雅を見上げた。

「昴の言う通りだ。あの時、西條は女だって思った。だけど、そんなのすぐには信じられなかったし、その後どう行動すればいいのか分からなかった。それで咄嗟に誤魔化した」

「雅……」


〝西條遥〟の時はいくらなんでも誤魔化しきれなかったんですね。あたしは板だから誤魔化せると思ったんですね……。何かちょっとショック。


「それに……」

 雅があたしを指差して付け加える。

「こいつが女だと思いたくなかった」


 ガ――――ン。


 雅の台詞がエンドレスで頭に流れ続ける。今までの女らしさの欠片もない行動に激しく後悔。


 だって男役なんだから男の子のように振る舞うでしょ、普通!


 あたしは白目を向いて跪いた。涙のようなものが反動で上へ舞い上がった。

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