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二次元コンプレックス  作者:
第四章 「学園祭ですよ、お嬢様」
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第24話

 一〇〇一の部屋には誰もいなかった。雅は会社なので当たり前なのだが。


 あたしは一先ず、ふーっと息を吐いてソファに腰かけ天井を見上げた。さっきのことが頭に浮かぶ。


「余計なこと言っちゃったな……」

 誰が聞いているわけでもないのに独り言を漏らす。


 単純に「うーん、申し出は有難いけど、協力は遠慮しとくよ。自分で何とかしてみるねー」くらいに留めておけばよかったとかなり後悔。


 でもそれはできなかった。レベルは違うかもしれないけど、昴と似たような経験があたしにもあったから。


 同じ小学校でいつも仲良く遊んでた子と同じ私立中学を志望してた。本当は一緒にその学校に通えれば良かった。だけど結果は、彼女だけ合格。あたしは不合格だった。


 勉強が嫌いだったあたしは、ただ塾に通ってただけで、ちゃんとした受験勉強なんてしてなかった。落ちたのも当然だった。だけど、その友達が受かったことにあたしは納得できなかった。彼女は習ってたピアノの稽古も毎週欠かさず行ってたし、あたしとだって普通に遊んでた。教室でも勉強が大変だなんて話は一切してなかった。だから思った。あたしだけ落ちるのはおかしい。彼女も勉強してなかったんだから、合格するのはおかしいと。彼女が立っている位置が羨ましかった。


 卒業式の日、あたしは彼女にちゃんとお祝いの言葉を言おうと思った。だけど実際はそうならなかった。気付いたらあたしは、彼女に訊いてた。何で彼女だけ合格するのかと。そして彼女から言われた言葉に、あたしは頭を強く打たれたような衝撃を受けた。


「恋ちゃんはどれだけ勉強したの? あたしは学校、ピアノ、塾、お風呂、睡眠、トイレ、ご飯、それ以外の時間は全部勉強に費やしてた。自由時間は恋ちゃんと遊んでた週二時間くらいだけ。毎日毎日問題集とか過去問を繰り返し解いてた。恋ちゃんはそれだけのことをしたの?」


 あたしは言葉を失った。彼女がそれだけ頑張っていることを知らなかったのだ。


 そこであたしは自分の愚かさを思い知った。勿論運だけで物事を乗り越えていく人間もいる。だけどそれは極少数。自分が妬むような――羨ましいと思うような人間は、自分の知らないところで物凄い努力を重ねているのだと。表面上は優雅に泳いでいるように見えるが、実は水面下では必死にバタ足をしている白鳥のように。


「…………」


 だがそれでも、昴にお説教染みたことを言ってしまったのは間違いだったと思う。


 悔恨の情が脳内の七割を占めると、あたしは机の周りをぐるぐると意味もなく回り始めた。


「ヤバいヤバいヤバいヤバいヤバい…………」


 回りまくってそろそろ目が回ってきた頃、元座っていたソファにボフッと腰を下ろし、大きな溜息をついた。



 ふと時計が目に留まった。もう七時だった。


 雅ホント頑張ってるよな……。


 あたしは自分用にコンビニで買ったチョコレートをバッグから取り出す。


「『一欠片で頭スッキリ! チョコレート』……。自分で買った割にこれ効果あるのかな?」


 あたしはそのチョコレートを持って雅の部屋のレバーハンドルに手をかけた。


 もしこのチョコの謳い文句が本当なら、雅の仕事も捗るはず!


「お邪魔しまーす」

 小さな声で一応断りを入れてから中に入る。すると、あたしの視界が何かを捉えた。


「ん? これはまさか……!」

 机の上にチョコを置いて戻るだけのはずが、意外なものを見つけてしまった。


「駄菓子……ですよね?」


 チョコレートシガレッツ、ハクサイ太郎、すき焼き屋さん太郎、みっちゃんイカ……。


 あたしはそれらを手にして哄笑する。


「駄菓子バカにしてたくせに」


 誰も知らないところで駄菓子屋に行って購入し、誰も知らないところで駄菓子に挑戦する雅を想像して、あたしは笑い涙を弾いた。


 雅のこういうところがいいんだよな。


 あたしはチョコレートをその駄菓子の中に混ぜて、雅の部屋を出た。


        *


 翌日もA組の執事喫茶の人気は不動だった。学園祭が始まる前から噂の盛り上がりが半端なく、更に昨日実際に体験した女子たちがその噂を真実へと変え、来場者増量中といった感じだった。あたしたちは笑顔を絶やさず滑らかに動き、二日間とも華やかな空間を演出することに成功した。


『それでは発表します』


 学園祭が恙無く終了し、お客さんが全員帰った午後七時。実行委員が決死の覚悟でアンケート集計を終わらせ、放送室でマイクを握る。あたしたちは教室で手に汗握り、スピーカーに耳を傾ける。


『優勝は――』


 じゃかじゃかじゃかじゃかじゃかじゃん。


『――二年A組執事喫茶フェアヴァルターカフェです!! おめでとうございます!!』


「うおおおおお――――――――――っ!!」


 みんな席を立って大歓声。あたしも前の席の隼とハイタッチ。


 直後実行委員ボーイが教室に入って来て、おめでとうございます、という言葉と共に優勝賞品を目の前に出す。再び、おお――!! という歓声が響いた。


 全員に配る。あたしの手元にも〝絶対何でも言うこと聞きますよ☆券〟が届いた。普通の紙より少し上質な織の入った紙を眺める。


 誰にどんな言うこと聞かせようかなー、とそんなことを思いながら、その券を何気なく裏返す。


「ん?」


 よく見ると、細かい字で何やらびっしりと書かれている。あたしは目を近づけ凝らし、それらを黙読した。


 一、本券を使用できるのは一回のみとする。

 一、本券を使用し終えたら、ハサミ等で切り込みを入れること。

 一、いかなる理由でも本券を再発行することはできない……等々。


 こんな調子で使用上の注意が書かれおり、あたしは最後の行まで達した。そして眉根を寄せる。


「『一、テストの内容を教えることや成績を上げること等の倫理道徳に反する願いは叶えることができない。詳しい基準が知りたい方は職員室まで』!?」


 あたしが思わず音読した台詞を聞いていたのだろう。クラス全員の動きがぴたりと止まり、それから暫くして、え――!? という悲痛な叫びが教室を包んだ。


 さっきまで、打ち上げ行こうぜ! という空気だったのに、一瞬にしてどんよりとした暗い空気に様変わりした。目に見えて教室の色が濃紺だ。


「くそっ! 教師共ふざけやがって! 行くぞ、野郎共!!」

「おお――――――!!」


 けたたましい雄叫びを上げて、ドドドドドと生徒たちが音を立てて職員室という戦場(いくさば)へと向かう。(いくさ)前に鳴らす大きな法螺貝の音が聞こえた気がした。


「……帰るか」

 あたしは溜息をついてバッグを右手で肩からぶら下げた。

「俺ちょっと用があるから先帰ってろ」

 雅は帰り支度を整える。

「え、今から? どこ行くの?」

「ちょっとな」

 あたしの質問にも答えず、雅はさっと教室から出て行ってしまった。


「…………」

 何だか感じ悪い。あたしは隼に視線を落とした。

「隼は?」

 あたしの声に反応して、机に突っ伏していた隼は虚ろな目を向けた。


「―――――!?」

 隼型の魂が口から出てきている。今にも昇天しそうな勢いだ。慌てて彼の顎と頭を押さえて口を閉じさせた。


「おい隼、しっかりしろよ!」

 あたしは頭と顎を押さえたまま体を揺らしてみるが、何の反応もない。


 ダメだこりゃ……。


 あたしは深く溜息をつき、気力を喪失した隼を諦めて一人で帰ることにした。

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