第23話
秀麗祭初日、執事喫茶フェアヴァルターカフェは大盛況だった。アンケートの中間発表でも二位と大差をつけての一位。校内放送でアナウンスが流れた時は、クラス中大盛り上がりだった。
明日の準備をして、各々寮に戻る。
流石に疲れたなーと思い、あたしは腕を上に伸ばして一人で廊下を歩いていた。最終点検をしてからだったので、皆先に帰ってしまっている。雅は今日も会社へ行くとかで先に行ってしまった。ご苦労なことだ。
靴に履き替え、小川の流れる橋を幾つか渡り、正門から一歩外へ出てあたしは静止した。
「やあ、西條遥チャン」
正門横で寄りかかって笑みを浮かべる漣昴。
「その呼び方止めてくれる? ていうか、何でここにいるの?」
「何? 俺がここにいちゃダメなわけ? 俺、ここにいたいっていう意思も持てないの?」
うわー、めんどくせー。
あたしは無視して右に曲がった。左から昴が付いてくる。
「あの様子じゃ、まだ藤堂はあんたが女の子って気付いてないみたいだな」
「………………」
「藤堂ってさー、鈍感だよな。どこに目付けて歩いてんだよ。こんだけ一緒にいて寮も一緒で全く気付かないなんてどんだけア――」
「何が言いたいの」
あたしは立ち止まり、昴に鋭い視線を向ける。彼はその言葉を待ってましたと言わんばかりに歪な笑みを浮かべた。
「協力してあげよっか?」
「は?」
「あんた雅のこと好きでしょ」
「は、何言って――」
「隠さなくていいよ。俺、そういう勘は鋭いんだ」
あたしは昴から目を逸らし、前を向く。
「俺、あいつに興味あるんだ。あんたが女だと分かった時、藤堂がどう思うか。その後、藤堂はどんな行動を取るのか。あんたが藤堂を好きだと知ったらどんな顔をするのか」
「………………」
「俺だけじゃない。寧ろ境遇の近い流の方が藤堂に興味を持ってるくらいだ。大金持ちの御曹司という普通では得られない地位を得て生まれてきて、どうしてあいつは一般人と同じように生きようとする? 金があれば女は寄って来るから遊びたい放題、面倒臭いこととか自分でやりたくないことは誰かに頼めば必ずやってくれる。それにも拘わらず、あいつはその地位を利用しない。女が寄って来ても相手にしない。誰かがやってくれることでも一人でこなしたがり、困難な局面でも相手に助けを求めない。そういうの、俺は虫唾が走るんだよ! だからこそ藤堂の何かを壊してやりたい。今は藤堂と、藤堂がやたらと構いたがるあんたの関係を壊してみたい。――どう? 利害一致してると思わない?」
あたしは押し黙ってしまった。何と返答すればいいのか分からなくて。
昴の言ってることは何となく分かる。彼の気持ちも何となく理解できる。だからこそ困る。確かにあたしを女だと分からせるという利害は一致している。だけど、昴の動機は不純だ。彼のあたしへの協力はきっとあたしの望むものじゃないだろう。
「……断る」
短くそれだけ吐き捨て、あたしは再び歩みを進めた。昴もそれに続く。
「昴の言ってること分かるよ。本当は雅のこと羨ましいんでしょ」
昴は目を見開き、それからあたしから目を逸らして息を吐いた。
「は? 何言ってんだか。何で俺があいつを羨まなきゃいけないんだよ」
「相手を貶めたいという欲望は、自分がその相手のいる場所に行きたいという願望からくる。つまり、羨ましいんだ。自分はそうしたいのにできなかったり、手を伸ばしても届かなかったり……。だけど、手を伸ばした先の世界にいる人が身近に存在する。いつもそいつを見る度思う。そいつをその世界から落としてやりたい、絶望を味わわせたいってね。でもそれは間違ってる」
昴は眉を顰める。
「確かに人間にはその人の能力の限界ってのがあると思う。努力してもどうにもならないことってあるよ。だけど、おれには昴がその域まで達しているとは思えない。手を伸ばす……届こうとする前から諦めてるように見える」
「お前に何が分かる!?」
あたしは寮門の前まで来て足を止めた。そして昴を見据える。
「分かんないよ! だけど、さっきも言った通り、相手を落としたいと思う気持ちは、自分がそこへ行きたいと思うところから生まれる。もし自分が努力してもそこへ到達できなかったんだったら、昴の台詞は〝どうしてあいつは一般人と同じように生きようとする?〟じゃなくて〝どうしてあいつだけ一般人と同じように生きられる?〟になるはずなんだよ」
「―――――――!?」
「手を伸ばすことさえしなかった人はそこへ行くまでの努力を知らない。だから、自分の立ち位置から相手を蔑む。でも、手を伸ばしてもダメだった人はそこへ行くまでの大変さを知ってる。その人たちの思うことは、自分はどうしたらその世界に行けたのか。WHYじゃなくて、HOWを知りたがる。――少なくとも雅は凄く努力してきたし、今でも努力してると思うよ」
昴は俯き、口を噤む。それから自嘲気味に顔を上げた。
「まさか、あんたに説教されるなんてな。しかも随分と上から。これじゃ、どっちが上の立場なのか分かんねぇな」
昴は目にかかる髪をかき上げ、目を細めた。
「でもさ、俺前に言ったよね? 俺の機嫌損ねない方がいいよって」
「……………」
ぐっと堪えて拳を握り、あたしは昴を睨み付ける。彼は、おお怖っ! と言って背を向けてその場から離れた。
寮から一番近い交差点で信号待ち。鈍色の自動車が左右に横切る。昴はすぐ横にあった電柱に拳を叩きつけた。
「くそっ……!」




