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二次元コンプレックス  作者:
第四章 「学園祭ですよ、お嬢様」
23/42

第22話

「あ、雅様。お久しぶりでございます」


 雅がテーブルに近づき、桜子が嬉しそうに話しかける。あたしは二人の紅茶が少ないのを見て、失礼します、と会釈してから、紅茶をカップに注ぎ足した。


「ああ、久しぶりだな。元気だったか?」

「わたくしのことを気にかけて下さるのですね! とっても元気でしたわ! 雅様は?」

「……まあ俺も見ての通り元気だ」

 何だか面倒臭そうに答える雅。

「本日は二年A組の皆さんが執事喫茶なるものを行うと耳にしまして、一時間半も並んでこうして雅様の執事姿を拝見しに参りましたの。制服も非常にお似合いで惚れ惚れしますわ」

「……どうも」


 会社の基盤をより強固なものにするための政略結婚。雅もそのことをきちんと理解しているのだろう。いつもなら無視するような面倒臭い話にも耳を傾け、何とか返答している。


「話はもういいか? 俺まだ接客中だから戻りたいんだけど」

 彼女は少し寂しそうな表情を見せてから、苦笑した。

「そうですわね。お役目にお戻りになって。いつもと違う雅様を知ることができて本日は非常に有意義でした。また今度――、冬に開催される漣ホールディングスのパーティーでお会いしましょう」


 桜子はにっこりと微笑み、背を向ける雅を見つめていた。その横であたしはというと、脳内で〝漣ホールディングスのパーティー〟という言葉がエコーのように木霊していた。




「お嬢様、そろそろご出発の時間でございます」

 二人が会計まで終え準備を整えた頃、あたしはそう声をかけた。彼女たちの椅子を引き、その場から彼女たちが離れてから椅子を机の中に仕舞う。


 出入口に向かうと、隼が一礼する体制で扉の前に立っていた。今から新しいお嬢様が入って来るのだろう。あたしはこの場で別れの挨拶を始めた。


「本日、天気予報では晴れとなっておりましたが、雲行きが怪しくなってきております。どうぞ雨には十分お気を付けになって午後の予定をお楽しみ下さい。またお戻りになられるのを執事一同、心よりお待ち申し上げております」


 丁度タイミングよく扉が開いた。向こうからお客さんが入ってくるのだろう。その人が入って来た後に、扉の前で彼女たちに「いってらっしゃいませ」と言って一礼すれば、ひとまずこの仕事は終了だ。


 扉から入ってくる相手の専属を務める隼が一礼する。


「お帰りなさいませ、お坊ちゃま」


 お坊ちゃま?


 あたしは入って来た客を見て辟易した。隼も腰を戻して客を見据え、目を剥く。


「お、高崎隼に西條遥じゃん」

 軽い感じで言葉を発するのは、先ほど話が出た漣ホールディングスの御曹司、漣昴。横には流が立っている。

「何でお前らこんなとこにいるんだよ!?」

 隼がめいっぱいの嫌悪感を示す。

「あれ? 俺たちの専属執事さんが主人に向かってそんな口の利き方してもいいわけ?」

「くっ……!」

 昴の台詞に隼が拳を握りしめる。


「流さん……?」


 あたしの背後から声が聞こえ、彼女は漣流の元へ駆け寄った。黒髪ストレートヘアの子だ。


「凛さんですか……。あなたもこちらにいらしていたのですね」

 どうやら流は彼女のことを知っているらしい。

「はい。桜子に一緒に行こうと誘われまして。流さんはどうしてここに?」

「俺もこいつに誘われて」

 流は昴を親指で示す。

「あ、あの!」

 凛は流の視線を引き留めるように、少し慌てて声を出した。桜子は祈るように両手を組んでいる。

「このカフェから出られた後、何かご予定はありますか?」

 流は少し思案する様子を見せてから、かぶりを振った。凛の表情が明るくなる。

「もしよければ、少しお話などいかがですか? ここの近くに落ち着いたカフェがあるのを知っているので」

「いいですが……」

 流は昴に目を移す。

「あ、俺のことは気にしなくていいよ。どうせお邪魔だし、俺この後用あるし」

「昴、この後予定なんてあったか?」

「今思いついたんだよ」


 昴はそう言って隼の横を通り過ぎ、楽しそうにあたしに近づいて肩を引き寄せ、囁いた。

「分かんないだろうから教えてやるよ。あの御嬢さんは水嶋凛。水嶋財閥の御令嬢で、流のフィアンセだ」


 またかよ……。というか、


「離れろよ!」

 あたしは横に付く彼を引っぺがした。昴はにやにやと笑っている。何か癪だ。


「何突っ立ってんだ。お嬢様方に迷惑だろ。さっさと仕事に戻れ」

 雅が音もなく背後からやって来て、脇に抱えていた銀の丸いお盆であたしと隼の頭に軽くチョップを加える。

「いってー」

 頭を両手で抱えるあたしと隼を一瞥して、昴が雅にニヤリと笑う。

「やあ藤堂。お前最近どう? あれから何か変わったことあった?」

 昴の意図していることが理解できず、雅は眉を顰めた。

「その様子じゃ何もないみたいだな。お盆で攻撃加えるくらいだしな」

「………………」

 押し黙る雅を楽しそうに眺める昴。


『次のお嬢様を入れたいんだけど、そっちお嬢様ご出発じゃないの?』

 あたしの左耳から声が響いた。イヤフォンからの音声だ。廊下で受付をしているクラスメイトからのものだ。


「悪い、今すぐ出発してもらうから、入室ちょっと待って」

 あたしは襟元に付いたピンマイクに小さく呟くと、扉の前に立ち桜子と凛に笑顔を向けた。

「お嬢様、ご出発の準備が遅れてしまい、大変失礼致しました。午後からの予定もどうぞ有意義にお過ごし下さいませ」

 そしてあたしは扉をゆっくりと引く。

「それではお嬢様、お気を付けていってらっしゃいませ」

 あたしは深々と頭を下げる。桜子と凛は、雅と流にそれぞれ一礼すると教室から出て行った。扉をゆっくりと戻し、小さく溜息をつく。


 隼は嫌々ながらも漣兄弟を席へ案内し、昴に何やかんやと茶々を入れられていた。

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