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二次元コンプレックス  作者:
第四章 「学園祭ですよ、お嬢様」
22/42

第21話

「お帰りなさいませ、お嬢様」


 片腕を腹部に当て、頭を下げるあたし。四十五度の角度で曲げた腰を戻し、笑顔を見せる。


 学園祭が始まってかれこれ三時間が経つが、未だ途切れる様子を見せないお嬢様方。それでも、あたしは全く疲れていなかった。


 黒い燕尾服に身を包み、お嬢様のお相手をする。なるべく低い声でカッコいい執事を演じるなんて、めちゃくちゃ楽しすぎる!


「本日お嬢様の専属を務めさせていただきます、西條と申します。どうぞ宜しくお願い致します」

 再び腰から頭を下げた。


 今回お相手するお嬢様は二人。今まで来たお嬢様とは比べ物にならないくらい二人とも可愛い……。


 あたしは思わず彼女たちに見惚れた。


 ただでさえ二次元はレベルが高いのに、この二人はそれを更に上回る。


 こげ茶色の柔らかそうな髪が緩く巻かれ目元に泣き黒子のある可憐な少女と、サラサラ黒髪ストレートヘアでどこか現実離れしたクールで美しい少女。


 二人を見て思う。絶対敵わない。


 そんな思いを振り払うように心の中で首を左右に振った。


 泣き黒子の方がヴィクトリア+ニルギリ、黒髪ストレートの方がマリア+ブレンドだったな、と反芻し、席にご案内する。


 黒髪の方はずっと無表情だが、もう一人の方は他のお嬢様と同じように目を輝かせ店内を見回していた。


 床に敷かれた高級レッド絨毯、席の間隔が広く取られたゆとりある空間、大きな高い窓にゆるりとまとめられたシックな赤いカーテン、天井に一時的に設置されたシャンデリア、英国の王室をイメージした優美な音楽、笑顔を絶やさないお嬢様方。そこはまさに、お伽の世界。非日常の空間だった。


 あたしは椅子を引き、お嬢様に座っていただく。


「お嬢様方のティーセットをすぐにお持ち致しますので、少々お待ち下さいませ。ご用の際はテーブルの中央にありますこちらのベルを鳴らして下さい。すぐにお近くの執事がお伺い致します」


 あたしは金色の小さなベルの説明をしてから席を離れ、教室の奥にあるカーテン裏へと向かった。中では簡易設置のキッチンでデザートの盛り付けをしている者、紅茶を淹れている者、お皿やティーカップを洗っている者で賑わっている。


 教室は二年A組だけでなく、隣のB組のそれも借りている。教室は便宜上、A組とB組の間の壁は取り外し可能な構造をしていたらしく、更にB組は校庭で出し物をするというので、運よく広々とした空間で執事喫茶を始動させることができた。


 あたしは銀のカートに彼女たちの注文の品を載せると、素早くお嬢様方の所へ向かった。


「お待たせ致しました」

 用意してあったナプキンを少し広げ、お嬢様のお膝元に掛けて差し上げる。

 それから、蘭の切り花がベルの横、中央に飾られたテーブルへティーセットを置く。まずは可憐なお嬢様の方だ。


「ニルギリでございます。こちらの紅茶はフルーティーな香りとすっきりとした味わいが特徴の紅茶でございます。ストレートでもミルクでもお楽しみいただけますので、是非どちらの味もお試し下さい。また、今回ご用意させていただいたティーカップですが、ウェッジリバーのインディカでございます。インディカは一九九六年に発表されたボーダー柄が特徴の陶器でございます。イエローの帯に咲く花々とダークグリーンの細帯が非常にお洒落ですよね」


 あたしはそこで一度笑顔を見せてから紅茶を注ぎ、まだ中に残るポットの上には保温効果のある厚手の布を被せた。


 もう一人にも同じような調子で紅茶とカップの説明をして注いだ後、スイーツをテーブルに置いた。そして、長々とまたスイーツの説明をした後、

「ごゆっくりとお寛ぎ下さい」

 そう言って会釈をし、テーブルから離れようとした時、燕尾服の腰の部分を引っ張られた感覚がしてあたしは振り返った。


「あの、あちらの方を呼んで下さるかしら」


 泣き黒子の彼女はやや遠慮がちに窓の近くで接待する一人の執事を指差した。そこには一人の麗しき執事が……!


 ワックスを使って髪を少しワイルドにし、燕尾服をばっちり着こなしている。いつもでは滅多に見られない、光が溢れ出す美しいスマイル。


 おっと、いかんいかん。


 あたしは咄嗟にやや上方を見て小鼻の上辺りを左手で抑えた。


 流石にもうプロですよ! 何度経験したか分からないこの感覚! 鼻の奥がツンとして熱くなり、そこから数秒で滴る紅い液体。鼻血の出る感覚がしたらすかさず今の行動を取る! お陰で出血する回数が大きく減りました! あたし成長しました!!


「どうかされましたか?」

 謎な動きをするあたしに、彼女は不思議そうに首を傾げる。

「いえ、何でも……。それより、藤堂……ですか?」

 あたしの質問に彼女は首肯する。

「畏まりました」


 あたしは訳も分からないまま一礼して、ちょうど案内の終わった雅を捉まえて声を潜めた。


「あそこのお嬢様が雅に会いたいって言ってるんだけど、知り合い?」


 雅はあたしがお腹の辺りで指差している方向を見て、オーラが一転、口元を引きつらせ陰鬱な雰囲気を醸し出した。


「……ああ。あいつは花宮桜子。花宮財閥の御令嬢で俺の許嫁……」

「許嫁!?」

 思わず大声を上げ、すぐさま口を両手で押さえた。しかし、充分注目を浴びてしまっている。


 雅は横で右手を額に当て、バカか……、と呟いた。


「失礼致しました」

 あたしは一礼し、お嬢様方は徐々に先ほどまでの穏やかな雰囲気に戻っていった。


 あの子メインキャラだから他とは別格で可愛いのか……。


 彼女が可愛い理由を知り納得してから、そういえば雅には許嫁がいたなと思い出し、憂鬱な気分になった。


 本来、許嫁は絶対的な存在である。お金持ちの御曹司なら尚更だ。あたしは最終的に雅と西條遥が結ばれると知っているが、原作の西條遥とあたしは別人なんだから、雅があたしを選んでくれる保証はどこにもない。そもそも男だと思われているんだから、戦いのリングにすら上がれていないのだが。


 そう考えて、ライバルの出現にじわじわと焦りが込み上げてきた。


「ちょっと行ってくる」

 雅が桜子の元へ向かおうとする。あたしは目の前を横切る雅の燕尾服の裾を無意識のうちに掴んでいた。雅が振り返る。

「西條……、どうした?」

 あたしは、はっと我に返り、ぱっと裾を離して苦笑した。

「い、いや、何でもない。おれが専属のお嬢様方だし、おれも雅に付いてく!」

 雅は小首を傾げたが、何も言わなかった。あたしはそれを肯定と受け取り、雅の後ろに付いた。

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