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二次元コンプレックス  作者:
第四章 「学園祭ですよ、お嬢様」
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第20話

 出し物が決まってからは大忙しだった。


 カフェの雰囲気に合うイメージ図を作成。その後、それを元に教室の構造も考慮して設計図を依頼。寸法も測り、必要な装飾道具や衣装を用意する。


 カフェを楽しんでもらうには内装外装が良質であることは勿論のこと、執事たちのクオリティも要求される。外観とおもてなしの両方を兼ね備えてこそ〝本物〟を実現できるのだ。


 やはり執事といえば、イギリスのバトラーが有名である。流石にバトラーの上の職位であるスチュワードがいたり、下の職位であるフットマンなどのヴァレットを統括したりするという凝った設定にまでする気はなかったが、カフェの雰囲気は英国のティータイムをイメージさせる内装やメニューを用意することにした。ドイツ語で名前付けた割に完全無視だ。


「いいか? メニューとその説明は全て暗記すること! 提供するティーカップの名前と説明も憶えること! 堂々と自信を持って愛想よく振る舞うこと! 言葉遣いを丁寧にすること! そして、相手を思いやる心を持つこと!!」


 あたしは放課後教壇に立ち、席に着いているクラスメイトに向かって言い放った。


 何故こんなことになっているかというと、皆今一執事たるものを理解していない様子だったからだ。普段執事が付いている生徒もいるにもかかわらず、彼らは執事の何たるかを全く分かっていなかった。ただ命令されたことをこなせばいいという認識しかなかったらしい。


 勿論あたしは執事が付いてくれたことなんかないし本当のところは分からなかったが、あたしには彼らにはない武器があった。それは、三次元で実際に執事喫茶に足を運んだことがあることだ。


 レンガ造りに少し蔦の絡まる美観。扉を開けると、そこはまるで別世界。床に敷かれた赤い絨毯、天井に施されたシャンデリア、優雅なクラッシック音楽、燕尾服を着たバトラーたち!


 静かにテーブルに運ばれるのは、映画とかでよく見るスコーンやケーキが載った三段のプレートスタンド、仄かに香り立つ琥珀色に透き通る紅茶。


 執事喫茶に訪れた時の経験を活かし、執事の気高さを全く理解していない彼らについついあたしが口を挟んでしまい、今のような状況を生んだというわけだ。とは言っても、自分もメニューやカップを憶えなくてはならないのだから大変だ。


 学園祭で本物の執事喫茶ほどのメニューを用意するのは作業効率が悪い。スイーツメニューは幾つかのスイーツを盛り合わせたようなボリュームのあるものを三種類用意し、お客さんにメニューが少ない、物足りないと思わせないよう工夫。紅茶は八種類用意することにした。


 ティーカップも全て一つのブランドに統一し、ブランド名が混乱しないように配慮した。


 と、ここまで自分で説明して思う。学園祭の出し物にいくら金かけてんだよ!?


 十月の学園祭までにプロの執事になるべく、二年A組の生徒たちは放課後を利用して奮闘を続けていたのでした。


        *


 秀麗祭当日。


「どれほどこの日を待ちわびたことでしょう。(りん)、本日やっと雅様の執事姿を拝めるのよ!」


 興奮気味に凛に話しかける桜子。二重の大きな瞳、左目の下の泣き黒子(ぼくろ)、すっと通った鼻梁、桜色に湿った唇、緩く巻かれたミディアムロングヘア。


 胸元でゆったりと大きなりぼんを結ぶ白いブラウス、三段フリルに花柄レースの縫製が施された紺のスカート。まさしく超お嬢様学校、白雪女学院の制服である。


「学院でもあれだけ噂になっていたんだから、今日明日の二日間はうちの生徒が山ほど押し寄せてるんじゃないかしら」


 サラサラ黒髪ロングストレートヘアを風に靡かせ、凛は事実をただ述べるように言葉を口にした。


 秀麗学院に到着し、二人は早速お目当ての執事喫茶〝フェアヴァルターカフェ〟へ向かった。 がしかし、踊り場にやって来るや否や驚愕の事実が発覚。


「お嬢様方、最後尾はこちらになります」

 燕尾服を着た男子生徒が〝最後尾こちらです〟と書かれたプラカードを持って、長い女子列の最後に並んでいたのだ。お嬢様方が増えるに従って椅子を用意する執事もいる。


「何ですの、これ……」


 桜子が唖然としながら踊り場から列を見上げる。八割方白雪女学院の制服を着た女子たちだった。


「これ、どれくらい待てば入れるのでしょうか?」

 凛がプラカードを持った執事に訊ねる。

「そうですね……、大体一時間半といったところでしょうか」

「一時間半!?」


 桜子は大層驚いたように大声を上げ、それから額に手を当てつつ卒倒しそうになるのを凛が制止した。


「わたくし、こんなに並んだの、生まれてから一度だってありはしませんのよ!?」

 とかぶつぶつ文句を言いつつ、しっかり椅子に座って自分の番が来るのを待つ桜子。それを横目で見つつ、黙座する凛。


 暫くそうしていると、やがて桜子が口を開いた。

「ねえ、凛」

 話しかけられ、凛は桜子に目をやった。

「わたくし、雅様はとても素敵な方だと思いますの」

 唐突な話に驚きもせず、凛は黙って彼女の話に耳を傾ける。

「いくら将来のお相手をお父様方が決めるといっても、わたくしは将来の伴侶は自分自身で選びたい。そう思っておりましたし、今もそう思っていますの。――最初に許嫁と会うと言われた時は心の中で反発していました。ですが雅様にお会いして、この人なら自分の人生の半分以上を渡しても惜しくない、そう思いましたわ」

 桜子はそう言ってから、切なく辛そうに眉根を寄せた。

「でも、どうしたら雅様の心がわたくしに向いて下さるのか分からない……! わたくしは結婚する以上は、雅様にも望んでしていただきたいのです!」


「……羨ましいわ」

 凛がぽつりと漏らした言葉に、桜子は驚き彼女を見つめた。

「私は相手のことが好きな桜子が羨ましい。相手のことを考えて悩んでいる桜子が羨ましい」

「へ?」

 思いがけない言葉を聞き、桜子は少々困惑した。凛はその様子を見て苦笑する。

「……私、よく分からないの。自分がどうしたいのか。親に結婚しなさいと言われればそれに逆らう気はないし、かといって相手のことが好きなのかと訊かれたら即答できない。きっと令嬢として生まれてきた身としてはそっちの方が楽だし、正しいんだと思うわ。だけど時々、楽しそうに嬉しそうに雅さんの話をする桜子を見てると、凄く羨ましくなるのよ」

「凛……」

 憐憫を誘ってしまったか、と心の中で反省しつつ、凛は笑顔を見せた。

「やだ、そんなに見つめないでよ! 恥ずかしいでしょ?」

「そ、そうね」

 焦って前を向く桜子を見て、凛は自分に言い聞かせるように言葉を紡ぎ出した。

「私も桜子みたいに、まずは相手をもっとよく知らないといけないわね。逃げてばかりじゃいけないのよね」

 桜子は彼女の台詞に笑顔で、そうよ! と答えた。



 四〇分ほど待った後、やっと二年A組が見えてきた。視界に入る空間に桜子は思わず息を呑む。


 二年A組の領域の壁は全て本物のレンガでコーティングされ、少しずつ絡まる蔦の緑はレトロでお洒落な空間を演出していた。並んで待っているお嬢様方の前では、執事が手品を披露して感覚的な待ち時間の短縮に努めている。喫茶の回転を速めるためにメニューは廊下で渡してしまい、説明からオーダーまで全てそこで行ってしまっていた。順番が来て中へ入り席に着くと、すぐに自分が注文したティーセットが出てくるという手際の良さだ。


 中から出てくる満足そうに微笑む少女たち。彼女たちの表情を見る度、桜子の中の期待は膨らむ一方なのであった。


 更に三〇分待つと、やっとメニューを手渡された。こげ茶色の本革でできたメニューを開く。きなりの少し厚い紙に日本語と英語でメニューが記され、その下には説明が施されていた。


「当家では、三つのスイーツセットをご用意しております。マリア、エリザベス、ヴィクトリアでございます」

 執事は桜子たちの開くメニューに手を添え、簡単に説明を始める。

「マリアとエリザベスは、一皿に三種ずつスイーツが飾られております。ジュレ、ケーキ、アイスの組み合わせとなっております。ヴィクトリアは英国風アフタヌーンの三段プレートで、スコーン、ティーサンドイッチ、デザートがそれぞれのプレートに載っております。全てセットになりますので、紅茶は右ページよりお選びいただければと思います」

「わたくしはヴィクトリアのセットでお願いします」

 桜子は説明を聞いてセットを即答。

「畏まりました。お飲物はいかがいたしますか?」

「どれにしようかしら……」

 桜子がうーんと唸っていると、執事は優しく微笑んだ。

「ニルギリは如何でしょうか? 軽食からデザートまでのヴィクトリアをお召し上がりになるのでしたら、すっきりとした味の紅茶が合うかと存じます。また、ストレートでもミルクでもお楽しみいただけますよ」

「それでは……、それでお願いしようかしら」

「畏まりました」

 執事の対応の良さに感心しつつ、桜子はメニューを閉じる。

「お嬢様はいかがいたしましょう?」

 今度は凛の方に向き直った。彼女は無表情のまま注文を行う。

「マリア。紅茶は特製のブレンドティーでお願いします」

「畏まりました」


 執事はメモを取る様子もなく、メニューを回収し頭を下げてその場から立ち去った。彼の耳にはイヤフォン、襟元には小さなピンマイクが付いていた。恐らく中にいる人にメニューを伝えているのだろう。


 注文をしてから十五分後、漸く中に入る時が来た。


「長かったわ……」

 桜子は溜息を漏らすが、その顔は笑顔そのものだった。


 やや緊張の面持ちで扉の前に立つ。すると、その気配を察したかのように扉が開かれた。

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