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二次元コンプレックス  作者:
第四章 「学園祭ですよ、お嬢様」
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第16話

 二学期初日。


 残暑がまだまだ厳しい九月初旬、始業式を行うために湿気と熱気で蒸された体育館に生徒を詰め込む……かと思いきや、校長先生が長々と話す場所は冷房で適度に冷えた講堂。流石金持ち私立。あたしの通ってたビンボー私立高校はみんなスカート上げて下敷きで中に風を送り込んでいましたよ。


 ――と、そんなことを余裕ぶっこいて思い出してたら、いつの間にか校長先生と選手交代して演台の前に立つ人物が視界に入り、あたしは口を開けて瞠目した。


 長くうねった色素の薄い髪、虚ろな瞳。白いワイシャツと黒いタイトスカート。羽織った白衣のポケットに両手を突っ込む姿は、やる気ゼロのオーラを放つ。


「今学期から佐藤先生に代わって保健室の先生をすることになった月影朔夜先生だっ!!」


 運動着を着て、何故か片手に竹刀を持った高三の学年主任らしき先生がそう紹介すると、朔夜はマイクの前でハスキーボイスを披露した。


「月影朔夜だ。保健室に常駐する。怪我をしたら遠慮せずすぐに訪ねて来てくれ。以上」

 パラパラと拍手が起こる。


 あたしはと言うと、まだ口を開けたまま脱力していた。自分で言うのも何だけど、そんなに口を開けっぱなしにしてると埃や虫が迷い込んできますよ?


「佐藤先生はどうしたんですかー?」

 朔夜が壇上から降りようと階段に足を伸ばした頃、大勢の前でどこかの生徒が恥ずかしげもなく叫んだ。佐藤先生とは一学期までいた保健室の先生である。朔夜は構わず階段を下りる。


 学年主任が手持ちの竹刀でパンッと無意味に床を叩いて、左手に持っていたマイクを口に近づけた。


「佐藤先生はなー、どっか行ったんだよっ!!」

 刹那、沈黙が下りた。


 え……。どっか行ったって……失踪?


 講堂にどよめきが起こる。


「静かにっ! 静粛にっ!!」

 再びパンッパンッと竹刀の音が響く。

「佐藤先生はランデブーに出かけたんだっ! 何人たりとも邪魔をすることは許さんっ!!」


 ホントに? いや、別に邪魔する気は毛頭ありませんが。つーかあんた、名前も付いてないキャラなのに出しゃばり過ぎだっつーの。


 いちいちツッコむのも面倒になって、あたしは月影朔夜に視線を移した。


 百歩譲って佐藤先生(男)がランデブーに行ったと仮定して、その入れ代わりで彼女がこの学校の教師になるなんてタイミングが良すぎる……。一体何を企んでいる……?


 こちらが眉間に皺を寄せ口をへの字に曲げ眼力光線を送っても、全く気付く気配なし。



「くそぉ―――」

 あたしは教室の机に突っ伏しながら溜息交じりに言葉を漏らす。その横で、隼は興奮気味に机上に腕を組み、顔を載せた。


「まさか月影先生がこの学校の教師になるなんてなっ! マジでビックリしたぜ!!」

「はいはい本当にそうですねー」


 隼を適当にあしらい再び溜息をつくと、大原先生が教室に入って来た。生徒が席に着き始める。


 大原先生は徐にチョークを手に持ち、つま先を立てて低い背を一生懸命伸ばして大きく字を書いていった。あたしは徐々に姿を現す字を目で追う。


 学……園……祭……?


 大原先生は書き終えると、ふぅーと息を吐いて前を向いた。


「二学期最大のイベントと言えばコレですよ。学園祭ですよ」


 学園祭かぁ……。


「毎年恒例の高校全クラス対抗の出し物ですが、今年の優勝クラスの優勝賞品は――」


 先生の言葉に生徒一同息を潜める。


「〝絶対何でも言うこと聞きますよ☆券〟ですよ」


 ショボッ!! 溜めた割にそれかよ!?


 とか思っていたら、シンとした教室に突如ワァーッ!! という怒涛の歓声が湧いた。あたしは思わず体を強張らせる。理解ができない。


 雅は涼しい顔をしていたが、隼は体を捻り、輝いた瞳をあたしに向けた。


「今年はヤバいな!」

「今年はって、去年の優勝賞品は何だったの?」

「去年はショボかったぞ。確か――ハワイ旅行だ」


 そっちの方が絶対いいだろ!!


「ん? どうした遥。何だか酷くくたびれた顔してるぞ?」


 そりゃくたびれもするって……。


「……で? 何で〝絶対何でも言うこと聞きますよ☆券〟がこんなにも生徒に好評なわけ?」


 あたしは机に突っ伏した顔を微妙に上げて、上目使いで隼を見る。


「え、何、今年の優勝賞品の素晴らしさが遥には分からないわけ?」


 悪かったな。


「だって考えてみろよ! 誰かが自分の言うこと何でも聞いてくれるんだぜ? 例えばその〝誰か〟を〝先生〟にしてさ、〝自分の言うこと〟を〝成績をオール5にしてくれる〟にすれば、もうテスト勉強しなくて済むんだぜ?」


 そんなこと本当にしてくれるの……?


「ハワイは金出せば行けるけど、成績は金積んでもオール5にはならないからな」


 普通はその金さえ出せないんだよ……。


 とツッコんでみたものの、ここは二次元の世界。つまりは三次元で有り得ないことが起こり得る。願えば本当に何でも叶えてくれるかもしれない……!!


 そこまで脳を回転させて、あたしは顔の筋肉を緩める。


 さーてあたしは何お願いしようかな……。やっぱ雅とのデート? デートしちゃうの!?


「フフッ……フフフフフフ……」


 雅をちら見しながら一人で妄想を広げるあたしに隼は無言で前を向き自席に座りなおした。


 やっぱりこいつイッてる……!!


 雅は隣で極力あたしと目を合わせないように奮闘していたのでした。

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