第12話
あの後、執事さんたちが、折角なので食べて下さいと言うので、お礼を言ってお肉と野菜をいただいた。それからは、奏は防音ルームに籠って音楽の練習。隼は外で運動の独自メニューをこなし、麗は参考書を山ほど積み上げ、勉学に励んでいた。雅は料理枠になったため、あらゆる国の料理本を頭に叩き込んでいた。あたしはというと――
「まずは様々な知識を身につけろ。そのために今日明日くらいは麗のところで一緒に勉学に励め」
とのお達しが王子から出たものですから、麗の部屋に小さな机と椅子を運び込み、分厚い本と睨めっこしているわけです。
因みに椅子に座っている麗さんはというと……、
「それ何ですか……?」
背後から麗が開く古めかしい本を覗き、あたしが顔を歪める。
「これ? 楔形文字の解読書だよ」
麗が本から目を上げ振り返り、あたしに爽やかな笑顔を向ける。だが、その表情と放っている言葉の整合性が取れない。
「クサビガタモジデスカ……。そんなのまでコンペには出るんですか?」
「それは分からないよ。ただ、何が出てもおかしくないからね」
「…………………………」
あたしは大人しく自分の席に座って、経営学マネジメントの勉強をすることにした。正直、難しい言葉で書かれているため、すっと脳内に入ってこない。
「西條くん」
あたしが沸騰しそうになる頭を抱えながら唸っていると、麗が唐突に声をかけてきた。
「何ですか?」
あたしは本から目を離す。
「さっきのバーベキューでの話……、実を言うと雅は今まで色んなことを自分の力でやってきたんだ」
彼は体を九〇度回転させて、椅子の背もたれに腕を乗せた。
「西條くんにああ言われて、高崎くんと響くんは雅ほど怒ってなかったでしょ」
確かに。
「多分、雅は郷に入っては郷に従えの精神で、響家のしきたりっていうか、料理は全て執事が作るっていう慣習に乗っただけだと思うんだ」
「………………」
「藤堂家にも執事はいるものの、雅は幼い頃から自分でできるものは全て自分でやってきた。それは雅自身の性格に起因しているものだと思うんだけど、何かができなかった時に、それを名家に生まれたせいにされるのが嫌なんだ。雅、負けず嫌いだからね。だからこそ、あの時西條くんが言った言葉に敏感に反応しちゃったんだと思う」
そうだったんだ……。
「でも、何でそんなこと知ってるんですか?」
あたしが首を傾げると、麗は懐かしむ様子で語り始めた。
「俺と雅はほとんど兄弟みたいに、ずっと一緒にいたんだ。国定家は代々藤堂グループ社長の秘書を務める家柄でね。俺の父親国定戒も藤堂グループ社長藤堂猛の秘書を長年務めているんだ。家同士の交流が頻繁に行われる藤堂家と国定家に、一年違いで男子が生まれた。それが俺と雅なんだけど、年が近いからか物心ついた時から雅とは常に一緒にいた。幼稚園も小学校も中学も高校も。昔は雅と一緒にいることの意味なんて考えたことなかった。だけど、大きくなるに連れて、その意味が分かるようになってきたんだ。俺は国定家に生まれた者として、藤堂の未来の社長である雅を見守る役目を賜っていたのだ、とね。だからこそ、俺は雅を生涯守っていくつもりだし、雅のことは誰よりも分かっていると自負しているんだよ」
穏やかな笑顔がこちらに向く。
藤堂雅は幸せだな……。
今、国定麗という人物が分かったような気がした。また、彼の語りから何となく藤堂雅という人物も分かったような気がした。だがそれと同時に、少し悪いことをしてしまったような罪悪感に苛まれた。
「麗先輩」
「ん?」
「おれ……、雅に余計なこと言っちゃったんですね。今から、言い過ぎたって謝ってきます。そしたら明日の昼の意味もないバーベキュー勝負もなくなりますから」
あたしが苦笑すると、麗は微笑んだ。
「西條くん、素直でいい子だね。だけど」
「だけど?」
「雅は自分の言った言葉には責任を持つ主義なんだ。だから一度言ったことは基本的に撤回しない。つまり、西條くんが雅に謝ったとしても、明日のバーベキュー勝負は決行だね」
それはつまり……。
「おれが負けたら、合宿中みなさんの下僕になるというアレも……?」
「うん、恐らく有効だろうね」
「………………」
酷い! 酷いよ!! 麗さんのその笑顔何なんだよ――――――――ッ!!
翌日昼。
「お前はそこで座って見物してろ」
今日は昨日と違って陰っている。だからパラソルはなし。ログチェアに腰かけて、言われるままに見物していた。
四人は芝の上に、バーベキューコンロを設置。着火剤をコンロ内に入れて、細めの備長炭を近くに置き、ガスバーナーで着火。備長炭に火が燃え移ったのを確認すると、隼が様子を見ながらうちわをパタパタ。それから木炭ばさみで熱い備長炭をガサゴソ。暫くして金網に油を塗り、食材を投入。美味しそうな匂いが漂ってくる。
奏は何やら雅に言われたようで別荘の中へ入って行った。雅と麗は食材を焼いている。その様子を心配そうに見守る執事たち。
数分後、四人があたしの前にやって来た。
「待たせたな。これで文句はないだろ」
雅はそう言って、白く四角い洗練されたお皿を上品にログテーブルに置いた。
「こ、これは……!」
丁度良く色のついたお肉。薄く五枚にスライスされ、その上には琥珀色に輝くソース! お皿の左端には、円形に重なる玉ねぎ。そこに溜められた違う種類のソースの上には星形に刳り貫かれた人参が! 右側には大きな貝殻の上にバターが浸み込んだ大きな貝柱! その中に短く切られたいんげんとコーンが降り注がれ、色にアクセントが……!
「オリジナルバーベキュー ローストビーフ風 雅特製ブレンドソース添えだ」
な、なんて美しいの……!? まるでそこだけスポットライトが当たっているかのよう。食べるのが勿体ないわ……!!
あたしはゴックンと唾を呑み込み、手にフォークとナイフを持った。
「い……いただきます」
お肉をフォークに指し、ゆっくりと口元に運ぶ。そして、それが舌に触れた瞬間――
「――――――ッ!?」
カッと瞳孔が開き、脳に電流が流れたような感覚に襲われ、口から金色の光線を放った。
「どうだ、美味いだろ」
勝ち誇った雅の顔。あたしは俯きながら悔しそうに歯噛み。でも、あたしはそこで漸く気付いた。
「……でもコレって、バーベキューじゃなくね?」
「………………は?」
「バーベキューって食材を焼いて、エバ○焼き肉のたれに浸けて食べるってもんだよな?」
「……………………」
再び自分の発言に後悔。雅からゴゴゴゴという音が聞こえてくるような気がする。
「金網で焼けば全部バーベキューだろうが。焼いた後加工しようがしまいが、肉と野菜を焼いたらそれはもうバーベキューなんだよ!!」
「ご……ご最も。仰る通りです……はい……」
「そうだろ? よし、これで勝負の決着は着いたな。俺たち四人の勝ちだ」
ま……負けた……。
雅が楽しそうに悪人の笑顔を見せる。こんな禍々しいものが勝者の笑みなのか……!?
「さあて、じゃあ早速だが、俺の言うことを聞いてもらおうか」
「さ、早速すぎやしませんか旦那」
「……俺に意見するのか?」
「めめめ滅相もございません!」
「当然だな。今晩、練習がてら料理を皆に振る舞うことになっている。だが、必要不可欠である、ある食材がまだ手にできていない」
「……その食材とは?」
「それは……スターダストマッシュルームだ!」
「スターダストマッシュルーム!!」
「漆黒で艶のある表面に、目を凝らして見ないと分からないほど小さい、白い星形の模様が散りばめられたキノコだ。その見た目からその名が付けられたという伝説のキノコだ!」
「伝説の……!?」
あたしは興奮気味に声を張り上げてから、すぐ冷めたような表情を雅に向けた。
「……それってパチもんじゃないの? そんな毒々しいキノコ食べて平気なはずないし、伝説のキノコがここら辺にあるわけないし」
「それがそうでもないんだよ」
麗がポケットから何か機械を出して、あたしの目の前に差し出した。それはレーダーのような円形の機械だった。一点だけ赤く光り、そこを中心に赤い円が波紋のように広がっている。
「これは?」
「これはね、スターダストマッシュルームを感知するレーダーなんだ。俺が開発したんだよ」
え、俺が開発したんだよって、麗さんそんな才能あったんですか? と、それよりも。
「レーダーがキノコを感知するって一体どういう仕組みで……?」
「スターダストマッシュルームは極微量な電波を放出しているんだ。このレーダーはそれを感知、受信し、位置を表示しているんだ」
電波!? そんなキノコ本当に食べて平気なの!?
「……まさかと思いますけど、その明らかに怪しい伝説のキノコを採りに行けなんて、そんな恐ろしいこと言っちゃうわけないですよねー?」
「普通に言っちゃうけど。つーか、行け。見つかるまで戻って来るな」
「………………」
雅はにべもなく言い放った。
こうしてあたしの〝未知なるキノコ見つけるまで戻って来れないよ☆ミステリー探検〟が幕を開けたのだった。




